鳥取駅ひるさがり





■鳥取駅前

 所用があって訪れた鳥取にて、所用は午前のうちに済んだので、昼休みに鳥取駅あたりを瞥見してみることにする。鳥取駅は高架構造となっており、鳥取砂丘の玄関口ともなる北口には背の高い木が並んでおり、雰囲気はなかなか良い。

鳥取駅

 ただ、駅前の空気はどうにもうつろだ。連休中で天気も良く、まさにお出かけ日和だというのに、人気があまりにも少ない。ビルが並ぶ大通り、アーケードの商店街、どちらもさびしい風情だ。鳥取市の人口は20万人に届いていないし、さらに観光客の姿もまばらとあっては、このようなさびしさも仕方ないところか。

大通 商店街

 ちなみに、左の写真に写っているバスを拡大したものが下。どこかで見たような造作ではある(笑)。名前は「くる梨」。循環バスであることがよそ者にもすぐわかる名前で、「梨」を入れることで鳥取らしさをも表現している、微笑ましい命名だ。

くる梨





■鳥取駅

 さて、鳥取駅のなか。実は筆者は鳥取県初訪問、見慣れない車両が数多くいるのだろうと予感していたが、やはりそのとおりだった。まず銀色の車体がまぶしいキハ121。 浜坂・倉吉両方向の山陰本線に充てられており、ローカル列車も近代化され、都市圏型列車に貌を改めつつある。同型車はまだ 9両しかないはずなのに、昼下がりの短い時間帯に 3本の列車に出会ったあたり、集中的に運用されていると見る。

キハ121

 ただし、一方で「国鉄色」もしっかり生き残っている。左のキハ47は見慣れているものの、右のキハ33は一瞬正体がわからなかった。四国では見慣れた前面も、朱色に覆われると印象がまったく異なり、LEカーに近い顔つきだということがよくわかる。わずか 2両しか在籍しない車両で、50系客車改造という超稀少車両といえば聞こえが良くなるものの、単に中途半端な位置づけに終わった車両と評した方が正当であろう。鉄道車両は数にこそ価値があって、ローカル向けでもキハ120 が89両も投入されている事績と比べ、あるいは51系客車改造車両が主流を占めている札沼線と比べ、かなり対照的である。

キハ47と33

 さらに驚いたのはこの車両。キロ29+59から成る「ほのぼのSUN-IN」。特急型80系由来の優等車両でさえ既に全て引退しているというのに、超老朽58系由来のグリーン車が未だ生き残っているとは寡聞にして知らなかった。団体扱いが主であるから料金体系が異なるといえばそれまでだが、耐用年数の限界近くに達したと想定される車両を使い続けるのは如何なものであろうか。

ほのぼのSUN-IN

 さて、こちらは現役の優等車両である。右の智頭急行 HOT7000系は既に経年十年だが、内外装ともにまだまだ衰えてはいない。「やくも」に次ぐ陰陽連絡列車の主役として、特に関西都市圏−鳥取県を結ぶ事実上唯一の列車として重きをなしている。あと数年もすれば後継車両の話題も出てくるのであろうか。

 左のJR西日本 187系はローカル特急用車両と銘すべき新しいカテゴリーに属し、JR北海道 261系と対をなす車両である。2〜3両編成の特急が一日に数本という程度の需要を鉄道が担うというのは、客観的にはかなり無理があるように思われてならないが、高速化スキームと併せ鉄道の限界領域を広げたという意味において、鉄道史に期を画した車両といえよう。

「はくと」「いなば」 ※二枚の写真を合成

 最後は第三セクターの車両。左は智頭急行から直通してきた HOT3500の 2両編成列車で、因美線の鳥取都市圏輸送をも補完する格好となっている。ただし、地理的状況を見れば、智頭急行沿線と鳥取都市圏を結ぶ流動は少なく、「はくと」「いなば」両特急を利用する広域流動が太宗であるように思えるのだが、実際のところはどうなのだろうか。

 右は若桜鉄道から直通してきたWT3000単行「さくら1号」。キハ33と相似形の顔つきである。筆者はこの「さくら1号」に乗車して若桜を目指してみたのだが、これについてはまた別の記事で採り上げることにしたい。

智頭急行 若桜鉄道





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執筆備忘録

訪問:平成17(2005)年秋

執筆:平成18(2006)年春