| カヨイ婚と念仏婆さん |
結婚してからも夫婦が同居せ
ず、夜になると夫が妻のところを訪ねてゆくのがカヨイ婚です。古典ではおなじみのこの結婚形態が、愛知県篠島では今もおこなわれています。実は、夫婦が同
居しないことにはメリットがあります。そして、古い時代の日本では、それが家庭生活を円満にこなす知恵になっていました。篠島のカヨイ婚の実態と、その存
続理由を探ります。 そしてもう一つ、篠島では人が亡くなると、念仏婆さんと呼ばれる人々の手で弔いがおこなわれます。寺が葬式を引き受けるようになったのは江 戸時代からですので、それまでは、こういう年輩の女性たちが葬式を取り仕切っていた可能性があります。念仏婆さんの実態とその持つ力の謎に迫ります。 |
| トックリコロガシと両仲人 |
結婚するときには仲人を立てるのが一昔前の日本では当たり前でした。
ところで、三河地方では、仲人を婿方と嫁方の両方で立て、夫婦合わせて4人の仲人に見守られて結婚式が営まれていました。仲人を両家で立てる理由は何か。
そこには三河地方独特の社会構造の存在が隠されていました。 |
| 地取りとムショウ参り |
奥三河地方はケガレ意識を強烈に伝えてきたところであり、人が亡く
なった際には丁重な葬送儀礼がおこなわれます。一方、遺体は以前は屋敷周辺の畑のあちこちに埋葬されたため、人々は死者とともに住んでいるような雰囲気が
ありました。ここにはケガレの意識がほとんど感じられません。 このようにケガレ意識の二律背反が存在するのはなぜか。ここでは、人を畑の一角に埋葬する際におこなわれる「地の神」から土地を買いとる儀 礼、「地取り」に着目しました。この儀礼が、死のケガレを一気に取り去るものであり、その不思議な儀礼を担ったのが法印と呼ばれた里修験の人たちだったこ とを指摘します。 |
| 津島町衆の生活と出入衆 |
津島は中世に起源を持つ伝統的な町場であり、名古屋などもよりもはるか
に古い歴史を持っています。車楽船が登場する津島祭りは津島の町の上層町人によって担われてきたもので、車屋と呼ばれるその身分は世襲されるものでした。
一方、町場にはたくさんの職人たちが住んでいましたが、彼らは上層町人とお得意さんの関係を作り、これがやがてお出入りという一種の主従関係に発展してゆ
きました。 ここでは津島の町にとって車屋がどのような役割を演じているかを示すとともに、彼らの生活が出入衆なくして成り立たなかったことを示し、町 の持つ社会構造の一端を明らかにします。 |
| 尾張の嫁入り |
名古屋の結婚式はとかく派手だと言われます。菓子を撒くとか嫁入り道
具がすごいとか、東京や大阪の人たちはびっくりするようですが、それは本当でしょうか。派手だとすれば、その理由は何なのでしょう。私が新聞、ラジオ、テ
レビの取材を受けるネタでもっとも多いのがこのテーマです。 ここでは派手だと言われる要素を分析し、尾張地方の軽工業の発展とボタモチヨビ・エリゾロイと呼ばれるムラの女性たちへの花嫁と道具の披露 慣行の存在、さらには「在所」と呼ばれる嫁の実家の置かれた立場から派手な結婚の裏側を探ります。 |
| 尾張平野の田植慣行 |
田植は稲作ではもっとも手間と時間のかかる仕事です。ところが尾張平
野では、その田植をわずか一日で済ます習慣になっていました。そして、そのためにヒヨと呼ばれるたくさんの田植人足を雇ってたくさんのお金を払っていまし
た。田植時期には大勢のヒヨが尾張平野を行き交う姿が見られましたが、彼らはどこから来たのか。何よりもどうして一日で植えなければならないのか。その謎
解きのため尾張平野の農業構造を分析し、畑作と稲作からなる尾張北部と、稲単作の南部という農業の地域性を明らかにします。 |
| 犬山の町組織と犬山祭り |
犬山は成瀬氏の城下町で、町衆が山車を繰り出す犬山祭りを担ってきま
した。伝統的町場には厳然とした町衆の家格差があり、一方では、町衆は平等であるという意識が存在します。この矛盾する二つの原理が町の自治や祭りの場に
どのように顕在化するのか。そして、伝統的な町場が廃れてゆく中で、このような古い意識がどのように壊れ、町の自治や祭りの維持のために姿を変えてゆくの
か。空洞化に悩む現代の都市の問題にも切り込んでみました。 |
| 尾東・尾北地域の通過儀礼 |
尾張東部の丘陵地帯は、西部の平野に比べれば江戸時代になって新しく
開けた地域です。尾張地方の文化のセンターは西部にありました。しかし、古い通過儀礼のしきたりは東部の方にたくさん残されています。それはなぜなので
しょうか。 柳田国男は「蝸牛考」を著わし、京都に端を発した文化が地方に伝わり、京都では新しい文化がその後も創造されて地方に伝わっていった結果、 それがまだ来ないところでは古い文化が残っていることを指摘しました。いわゆる周圏論です。柳田の周圏論は当てはまる事例もあり、そうでないものもあり で、全面的には認められていません。これを地域レベルで検証しようとしたのが鹿児島の小野重朗でした。ここでは、尾張地方の通過儀礼にも周圏論的分布が見 られることに着目してみました。 |
| 製糸と機屋 |
製糸と織物業は近代日本の発展を支えた産業です。今まで、これらはあ
まり民俗学の研究対象とはされていませんでしたが、その仕事の中身は熟練を要するものであり、機械化がさらに進行した今となっては、その技術を記録してお
くことに意味があります。また、働き手は若い女性が主でしたが、彼女たちは住み込み、節季払いという江戸時代以来の伝統的な雇用形態に基づいて働いてお
り、古い慣行を利用しつつ産業の近代化が進められてきたことがわかります。 日本的経営、日本的労働とは何か、そして新しい民俗学の調査対象として機械化以後の生業が重要なジャンルであることを指摘します。 |