高坂駅彫刻通り
埼玉県東松山市高坂駅西口から約1キロメートルにわたり
高田博厚の作品32点が通りの歩道に設置されています。
こちらの作品のすべては、三郷工房で鋳造、設置したものです。
作品には、作者の言葉を引用したプレートが作品の台石の脇にあり、
それぞれの彫刻を理解したり、作者の思索の断片を
垣間みれると思います。

遠望 1981年作 高さ174.0cm

大地 1978年作 高さ72.0cm

水浴 1969年作 高さ 132.0cm
もっとも簡潔に一元化して「存在」している。これが真の「形(フォルム)」なのだ。
彫刻とはそれ以外のなにものでもない。
−作者−

アラン 1932年作 高さ41.0cm
彼はモンテーニュやゲーテの直系子孫なのである。
「哲学とはもっとも深い意味において自分を見出すことである。人間の連續を。」
−作者−

海 1962年作 高さ76.0cm
にわかに天地一切が薔薇色のもやに包まれてしまった。
空も海も地面ももう区別がつかない。
そうして一面の薔薇色の中に、空にも海にも地にもちらちらと金色に輝くものがある。
もやの動きなのだろう。物音も水の中のように遠のいてしまった。
風景そのものが恍惚状態にとけてしまっている。私は茫然としていた。
「自分」しかないのだ。しかもそれが何か広大無辺なものに包まれていて、実に懐かしいのだ。
−作者−

女のトルソ 1965年作 高さ65.5cm
昔は「美に対する観念」というより、むしろ藝術品を求める注文主が「完成姿態」を要求した。
しかし、発掘された古代作品が、首や腕がない時、より本質の「美」を
示していることへの感覚的知恵を近代人に与えた。
−作者−
高村光太郎 1959年作 高さ56.5cm
日本の彫刻界で彼のように聡明確実な腕をもった者は一人もいなかった。
その上彼の世間を相手にしない孤高な魂はそれに気品を与えた。
彼は木盆にヴェルレーヌの詩、「われは選ばれたる者の怖れと喜びを持つ」を
原語で自ら彫りつけていた。
−作者−

カテドラル 1937年作 高さ54.0cm
「跪いて祈る女」と云っているのは、勿論君は知っている。
僕がはじめてランスの寺で受けた感動は、
後年ギリシアのシシリアで受けたものと同質である。
春の小雨の降る日、細い道に入って右にまがったら、
不意に目の前に、雲の流れる濡れた空の下に、膝を折り、胸を張り、
合掌し天を仰いで若い女が祈っていた。ランスのカテドラルが……。
−作者−
憩い 1961年 高さ48.0cm
−作者−

女の大トルソ 1963年 高さ73.0cm
これは多様の外界から「選ばれた」形である。
構造(コムポジシオン)はここではじめて存在理由を持つ。
そしてたとえば、私は一生無限に「トルソ」を作り続けるだろう。
−作者−

在 No.2 1981年 74.0cm
彫刻が真の「彫刻」でありうるのは、あらゆる藝術作品に共通する一つの普遍性、形而(メタフィジック)上なものが「形」を通して
内奥からにじみ出ている「存在」であることだけである。
−作者−
ポール・シニャック 1961年作 高さ53.0cm
セザンヌの三十号の風景、これは驚くべき傑作だ。
僕はうなった。シニャックもうなっている……。
−作者−

女のトルソ 1963年 高さ69cm
どのように完全な姿態を巧みに写しても、それは真の「形」とはならない。
人体の一部を現しても、それが極限の「調和」をえているならば、
それこそ本当の「形」である。
−作者−

タゴール 1979年作 高さ93.0cm
─それはお伽話と詩と神秘とが一つになっている「たのしみ」である。―
に彼の精神風土、詩魂、思想の原形質があると、私は思うのである。
タゴールの思想形体は難しいものではないのだ。彼の本質はひじょうに単純素朴なのである。
彼の絵がよくそれを示しているだろう。
−作者−

女のトルソ 1973年作 高さ131.0cm
それで私がマイヨルの作品に地中海を感じるとき、
私の想像(イマジナシオン)は作品をも裏切らず、私をもあざむかないであろう。
附けられた「題」は少しも干渉して来ない。
一つの女のトルソ。
−作者−

棟方志功 1979年 高さ73.5cm
当時日本では、柳宗悦が民衆作品の美しさを一般に教え、
陶器の浜田庄司がこれを享け継いだ。棟方はこの空気の中で育った。
私は長い間日本を離れていたので、彼の約三十年間の仕事を知らなかったが
帰ってきて彼の仕事を見て、彼がもう「版画家」を超脱した本当の美術家であるのに感動した。
−作者−

空のトルソ 1978年作 高さ117.0cm
彫刻家は内部のものが形を構成する知恵を学ぶ。
この意味で、私にとって人体も肖像も同じことである。
「形」とは内部から押し出る力の極限限界なのだ。
これを捉えること、すなわち、内部の力を一元的な形体・簡潔率直な形に
要約するのが彫刻であろう。
彫刻とは純粋な形而上(メタフィジック)な術であり、音楽と共通する。
−作者−

新渡戸稲造 1976年作 高さ68.0cm
ある一時の面(つら)しか見ていない者はそう思う。
当然だろう。けれども、本当の肖像彫刻というものは、
(私が考えているところでは)「人間」の容貌にそれが経てきた「時間」の層、
その厚みが出なかったら意味を失うだろう。
−作者−

裸婦立像 1963年作 高さ75.5cm
「心ある者」のみをその前に立ち止まらせ、
そして無限に語りかけてくれるものであろう。
彫刻自体が独りあるものなのだ。
−作者−

宮沢賢治 1971年作 高さ42.5cm
土壌に根を張った辛抱づよい一律に凝(かた)まった人間存在。
私が打たれたのはその「単純」な徳性であり、
もしそれに「詩人」とか「思想家」などという調味料を加えようとしたら、
私自身が混迷してしまうだろう。………同じ東北人でありながら
啄木と賢治は対蹠的な存在である。
−作者−

空 1978年作 高さ132.0cm
その位置の決め方がいかにむずかしいか。
マイヨルはそれに苦心した。
彼は直立姿態に彫刻本質を感じ、一生をかけた。
−作者−

憩う 1976年作 高さ59.5cm 幅83.0cm
彼はそして「自然」の中から「思想(イデー)」をくみとる。
それの純化したのが「形(フォルム)」なのである。
−作者−

男のトルソ 1973年作 高さ68.0cm
「ラオコーン」の身振りが説明するよりも
もっと真に自由に「人間」を示している。
ミケランジェロはそれを知り、彼の作品でそれを私達に教えてくれた。
−作者−

女のトルソ 1973年作 高さ85.5cm
よほどの力量、というより作者の内面的充実がいる。
単純に見えるから、
そこに無量のものを満たすのがむずかしいのである。
古代作品にはこれがあった。
−作者−

礼拝 1982年作 188.0cm
夕べの祈の鐘である。ここの山峡の高みにある
アヌンシアータ修道院の神父が私に言ったことがある。
「私は四十年この山から一歩も下に降りないで、毎日海の潮を見ていました…。」
−作者−

高橋元吉 1970年作 高さ52.5cm
生き方も歩き方も二人はずいぶんちがっていた。
しかし、自我の内部が命令するもの、精神の秩序、
この点で二人は全く一人であった。
−作者−

在 No.1 1980年作 高さ63.0cm
どうか私たちと共にいてください…」「ルカ伝」の中の、
イエスが復活して弟子たちのところに現れ、
食事を共にした祈りの弟子たちの言葉である。
−作者−

女のトルソ 1965年作 高さ58.0cm
それに接する者に「無限に語りかけ」てくる。
これが美術の本質だ。言いかえると首も手も足もない
ただ「人間の中心なる胴体(トルソ)」だけで
「美」を示せる作家が本当の彫刻家だ。
−作者−

横たわる女 1969年作 高さ47.5cm 幅92.0cm
形に触れ得るよろこび、どのような話にも、常に私達の魂が形而上の
ひろやかさにつながっているある歓びを得たい。
−作者−

マハトマ・ガンヂー 1966年作 高さ100.0cm
やせこけた白衣の小人が達磨のように坐って、
糸車を紡いでいる。
こちらの壁際に私は坐る。黙礼して一言もかわさない。
寂かな部屋の中にじんじんとして伝ってくるものがある。
なんにもいわないで、こんなに人間の存在を強く感じることはない。
−作者−

パラスのトルソ 1966年作 高さ73.0cm
ホメロスの物語ではいつも「パラス・マテネ」と呼ばれている。
−作者−

水浴 1961年作 高さ80.0cm
語りかけてくるものである。
装飾や建築に従属していた大昔から、彫刻の本質はそうであったのである。
−作者−