イエールは紀元前4世紀のころから《OLBIA
LA
BIENHEUREUSE》という場所(アルマナ海岸の近くと推定)を中心にして生まれ発達。
中世(1)のころ9世紀から13世紀にかけ、この地に住む貴族たちの力によって街(現在の旧市街周辺)が形成され、商業も栄え、人口が増加していき、イエールの街は重要な発展を続けました。その後も歴代の王の親族、伯爵などの手により伯爵の君臨する街となる。
19世紀(2)の終わり1887年には、DIJON在住副知事でもあったSTEPHEN
LIEGEARD氏が冬にも太陽が見たいと、友人とこのイエールにバカンスに来られ、ここイエールの美しい海を見て「コートダジュール」(COTEというのが坂とか海岸という意味でAZURは空や海の青という意味です。日本語では紺碧海岸と訳されることが多い様子。)という言葉をこの世に生み出し、「LA COTE D'AZUR 1888」というイラスト付の本を出版。
ヨーロッパで大いに読まれ、この「コートダジュール」が地方の名称にまでなり、イエールは温暖な気候と美しい海が注目され観光地として発展し、現在に至っています。
20世紀(3)に入りお金持ち、芸術家、文化人たちに愛され豪華絢爛な建物が次々と建てられ、現在もその名残が見られます。
(1)中世・ヨーロッパにおいては、西ローマ帝国の滅亡(西暦476年)から東ローマ帝国(1453年)の滅亡までとするのが一般的。
(2)19世紀・西暦1801年から1900年までの100年間のこと。
(3)20世紀・西暦1901年から2000年までの100年間のこと。
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