平成10 年 遍1ノ−トより

昨日 中国で地震があり死者74人とかテレビで放映されていました。       
3年前の1月17日には阪神大震災で7000人弱の尊い命が奪われました。一昨
年の暮れには実母もその地震の遠因で他界し今回の遍路は大震災の死者の
少しでも供養になればと思って歩いています。
歩行遍路3回目です。     

平成 10年 1月11 日     神戸市灘区  Mさん  61才     
                    丁度あの大震災が起きた時、2回目の巡拝を終えて帰り着き、疲れ
                          果てて深い眠りの中にあったのか全く、気付かなかったとか・・・・・。

私は、退職した機会に自分を見つめ直すつもりで昨年春3月4日 
1番霊山寺から区切り打ちをはじめました歩き遍路です。     
今回は区切り打ちの最終日2月27日53番円明寺から打ち始め 
今日3月9日 82番根香寺を打ち終わり、結願近くになってやっと
寺の縁起や、周辺の風景が見えて来る様な気がします。     
後日妻と一緒に高野山にお礼参りしたいと、思っています。    
  歩く 歩く 歩け 歩け 歩き遍路の同行二人

   平成10 年 3月9 日    北九州市若松区    Yさん  61才
    奥様は大の動物好き、御当人は大の苦手、捨てた猫が3ケ月かかって
    帰ってきた由、さすがにもう捨てられず今は飼っているとか・・・。又迷っ
    てきた犬を保健所に連れて行くと、運悪く 、( 運良く ) 受け付け日じゃあ
     ないと引き取ってくれず、又家に連れて帰り、そのまま飼う破目に・・。


平成8年 一国詣りに結願し 今回は一度に逆打ちをする気持ちで四国に
入りました。3月9日に家を出発し15日迄 山陰 鳥取 島根 山陽と
トレ-ニングをして、16日に四国入りして、一番から歩き始めました。
3番から大阪峠越えで香川に入り5日でここに到着しました。30キロの
荷物を背負っての遍路は死ぬほどつらいものです。多分半分程は、
家に送り返す事になると思います。ともかくここまで来ました。5月の
ゴ−ルデンウイ−ク迄に結願したいと思います。歩き遍路は追い抜かれるか
追い抜くかしなければ声を掛け合う事はありませんが逆打ちでは
巡拝の歩き遍路さんと対面交通となるため声を掛け合う事は何倍も
多くなり満足しています。
しかし遍路ステツカ-は逆打ち用にはなく道に
迷いやすい事何倍も注意を必要とします。それにもう一つ巡拝時に
歩いたのと逆に見て歩く事により、四国の風景を表裏から
姿を見られることです。
歩く事が修行との事を単純に信じて 
ただ ただ 歩くのみです。頭の中を真っ白にして歩きます。こんなに早く
再度四国を歩ける事を本当に幸せに感じています。社会の流れ進歩
科学の進展と目のまわる程変化しています。しかし本当に人間として
よりよい生物として、道を進んでいるのか疑問に思えてきました。
 ゲ-ム機も 電車の切符も改札も、機械が判断し言葉を必要としない世の中、
生き物の世界から人間は離れていきつつ見えるのは間違いだろうか、
私はもっともっと生物の原点に戻る必要を感じます。手や足をもっと
動かしましょう。
 頭で考える事はもうけっこうです。もっと子供を育てる努力を
食べ物の大切さを子孫に伝えて行くべき努力を人間はもっとしなければ
ならないと思う。犬や猫や魚も植物も何千年何万年も子孫を必死になって
残してきた。今の人間は必死になって良き子孫を残す努力をしているだろうか
私は今の社会 人間に大きな疑問を感じている 人間に社会にもっと人間どうし
コミニケ−シヨンをとろう。機械を介在させないで、面と向かってまず笑顔で
大きな明るい声で挨拶を
しよう。馬鹿になって挨拶しよう。きっと世の中が少し
明かるくなって、四国の道がそれを教えてくれている様な気がします。
皆が笑顔で挨拶できると楽しいだろうな。

      平成 10年3 月20 日  東京都小平市  Uさん   62才
         今回は連泊されたのですね。Uさんに触発されて当方の常連さんと
         愛犬クロを連れて根香寺に、私も歩いてみました。景色を見るゆとり
         もなく2時間余りかけてやっと辿り着きました。だから根香寺だけは
         納経帳に朱印が2つあります。
         後日、「万才、只今、歩き遍路逆うち結願いたしました。四国の皆様
         四国の山や川、そして私を支援してくれた方々、有り難うございました。」
         と行ってザツクを背負ったままその場に、土下座し、額を20秒ほど地
         につけ、長かった苦しかった遍路旅の区切りをつけました。と言う文面の
         お手紙受け取りました。

順打ちのこれからのハイライトは87から88の女体山越ですが天気の良い日
ですといいですが雨の日、足の自信のない方は車道の方へ行ってください。
一番迄行かれる方はコ−ス切幡寺 大阪峠 折野経由があります。
一番楽なのは切幡寺のコ−スですが、途中狭い道にダンプカ−が通ります。
折野のコ−スは海岸に出て卵辰峠の下りからダンプカ−が通ります。
大阪峠は海岸の坂元からすぐ遍路道です。
少しきついです峠の上迄行ったら展望台まで行くのを進めます。
女体山からの展望程ではないですが素晴らしいです。

      平成 10年3 月24 日 東京都目黒区  Tさん  52才
         今回は12度目で初めての逆打ち、一の宮寺より当方までの間、
         何度も迷った由。  建設会社で自由に休める部署とか・・・・。


歩き遍路女一人同行二人 不安はありました。でも歩き始めたら大丈夫            
ひとりなの、がんばって寂しくない。人間って我がままな所が多く、一人のほうが気楽なの。
山道では、いままでのいろいろな事が思い浮び、両親のこと、兄姉弟のこと、これからのこと
涙がでて、ずっと泣きっぱなしだったり、お寺さんでは、般若心経が涙で読めなかったり   
やさしい言葉 お接待を受け涙がでてきました。本当に本当に涙の良く出た遍路旅でした。
でも、四国へ来てよかった 本当に。                            

平成10 年4 月 6日     千葉県佐倉市  Hさん   女性  49才
                         生まれてくる筈だった子供の供養と共に様々な
                                 思いを胸に、ここまでいらっしやったとか・・・・・・。



夫婦揃って四国巡りをと考えて居りましたが、昨年8月妻が他界し臨終の5分間枕元を離れてしまい
それまで娘や息子も居たのに、皆傍に居てやれず、それが残念でたまりません。今回の旅の中で 
妻に夢でも良いから逢い傍を離れた事を詫びたい詫びる事が出来ないかこれが一番の願いでした。
妻の遺骨の一片と写真をもって一番から今日82番の根香寺 まで巡ったが未だ逢う事が出来ま 
せん。結願では、実現出来る様に願っていますが 道中で大勢の方々とお知り合いになり本当に 
有意義な旅です。再度これるよう念じています                          

平成 10年 4月10 日   長野県南安曇郡   Tさん
 7/2 紀行本、届く。結願を前にして奥様と出会えたとか・・・・よかったですね。

四国の旅を始めて4年目です。あえて四国の旅と記したのは私は遍路としては失格です。
お経も唱えずただ無心に手を合わせるだけです。したがってお寺巡りはチエツクポイントの
一つなのです。遍路道をただ無心に、次のお寺さんへ巡っているのです。
当初は仏の心を知りたくて歩き始めたのです。ところがそんな事は得られませんですね、
自分自身で見つけなければならない事を知りました。もう難しいことは考えません。
何処かで聞いた、無心で歩く遍路旅 」 これが逃げ道になってしまいました。
四国の皆様御迷惑でしょう。門先で道を尋ねられたり それに遍路標識
遍路道の補修 などなど 四国の皆さん ありがとう。

      平成 10年 4月10 日      愛知県大府市   Nさん  59才
           今回は一の宮をお参りしたあと、一旦帰られる由・・・。
           次回はいよいよ結願ですね、頑張って下さい。

               平成10 年遍1ノ−ト           



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