平成 10 年 遍5ノ−トより

       
毎日がキツくて止めようと思っても人との出会いや自然の強さ
を見ていると、どうしても最後までやりたくなってしまう。宿も色々
あったし、納経所の対応などイヤな事があっても番外や番外に
なっていない所に寄ると話も楽しく本当の人間に出会った気

もする
毎日日記をつけていると徳島などは自分の身体のこと
ばかりだったが、日がたつにつれて心が豊かになってきた様です。
                                                      
 平成 10年 10月 1 日  群馬県前橋市 Kさん   27才

   元、銀行員の方、御自分で事業をするにあたって何かをみつめ直して
   みたい由..焼山寺を登る時、苦しいだけの道のりだったのが心残りで、
   再度挑戦したいとか・・・ 体重が7s減った由。

9月3日1番霊山寺をスタ−トして今日で31日。40日から45日
を予定していた為あまりの順調さに自分でも驚いております。
足のマメ対策がうまくいって歩くことの楽しさを知りました。
健康な身体を両親から与えられ感謝の遍路の旅となり
ました。
豊かな自然、人々の心の優しさにふれて素晴らしい
経験をしたことに感動しています。
これからはどのような
「ご接待」できるか真剣に考えなければと思う毎日です。

平成 10年10 月 3 日   横浜市中区  Sさん   61才

 根香寺にいた白い犬が鬼無への道案内をしてくれたとか・・・・

今日が1番から42日目、歩き遍路としては遅い部類の未熟者です。
最初の頃は一日20qがせいぜいでしたが足の故障にもかかわらず
最近は30qのぺ−スです。ところが本日38q歩きました。嬉しくて
ビ−ル2本も飲んでしまいました。 
                  

平成10年10月3 日      東京都稲城市  Tさん   47才

                               右足を痛められてつらそうです。会社をやめられてのお参りの様子・・
                               明日のお泊りは八栗下の宿で本日のSさんもご一緒とか・・・
                      

定年退職を人生の区切りとして、また四国に住んでいる者として
1度は遍路(歩き遍路)をしたいと念願しておりましたが、なかなか
その機会がなく、やっと10年目に区切り打ち(半分の札所を巡拝
する)実行する事ができました。いままで民宿には縁がなかったの
ですが、利用した殆どの民宿が家庭的でその気安さに改めて、その
良さに気付いた次第です。初めての歩き遍路でどこまでやれるか
不安でしたが、お接待された方々はじめ多くの人に励まされてやれ
ば出来るものだと自信もつき始めました。感謝の気持ちをもって、
あせらず一歩一歩あるいて行きましょう。人生も又同じだと
思います。


 平成 10年10月 8日   愛媛県松山市   Yさん   71才 

一宮寺に着いたとTELあり やはり香東川に抜ける道がわかりずらく
まちがわれたらしい。目標のイチジクの木、昨夜に限って言うのを忘れた
のである・・・・。1日20qを目安にゆったりとお参りされている。

 初めての四国遍路苦路の道どこ迄続くか自分でも解らない。
明日の光を胸に秘め人生の一歩一歩を明日に向かって 
四国遍路前進
 人生に明るい道になるでしょう       


平成 10年10 月11日   東京都練馬区    I さん   69才

今日は高照院さんから歩かれ少々疲れた風 初めてのお参り・・・。

区切り遍路今回にて結願です。10月18日、予定ですと
東京です。早く着きたくない様な心境です。素晴らしい  
四国とお別れの日が来ないように・・・・。          

平成 10年10 月11日        東京都豊島区       Fさん   70才

今から国分寺さんより白峰寺に向かう所だと昼前位に電話頂いた。爽やかな
かんじがした実際、明るく楽しい方で夕食時にも色々話しが弾む。     
  


9月16日 1番出発  何か雨ばかり 本日78番AM6時55分に納経
                    5時過ぎ到着最初で最後の遍路になるでしょう・・・・。                                                 
平成 10年10 月18 日        埼玉県朝霞市    Sさん  61才

「台風7号で(高知の水害はひどかったから)水害の後始末をしている側を何も
しないでのん気そうにお遍路などしていて良いのだろうか・・・手伝って上げる
べきではないのか」と、ひどく迷ったそうです。                   
  
 

        


9月11日に歩き初めて今日で39日目。遍路道を求めて歩き続けて、
1080q程となりました途中室戸で台風にあい高知市高須で大雨それ
に道後温泉で、プラス一泊と、歩かない日が3日あったため、実質歩いた
のは36日間で1日平均の歩行距離が丁度30qとなりました。今回の
四国遍路は遍路道を歩き通して人と自然に触れる事が最大の目的
で霊場への参拝は二の次だと思っています。
その意味で88ケ所の
コ−スは良く出来たコ−スだとつくづく感じます。
ずっと楽しみながら歩い
ています。登り坂もうしろから押し上げられる感じで苦になりませんでした。
国道の長いトンネルと言う困った所もありましたが、十分もすれば開放
されてこれも変化のうち、ある意味で最大の難所は松山今治などの
都会です。昔の遍路道は沢山の新しい道路に埋設し、うっかりする
とすぐにはずれてしまいます。
地元の方に尋ねても次の霊場の道は教
えてくれるが遍路道には詳しくないため札所に着いても団体に待たされる。
どの札所も一日に参拝する遍路の数は同じはずなのになぜか町中の札所
が混み合って不思議でした。霊山寺を出た頃は10人ぐらいでしたがそれが
高知に着くと3〜4人、足摺近くになりますと1人か2人かと思う時がありま
したが松山を出るとまた多くなっています。面白い現象でした。

 平成 10年10 月19 日   東京都江東区     Oさん   49才

 生まれは岐阜の長良川と言う、 長身で口ひげをたくわえられ穏やかに話される
 物腰のやわらかな方。 東京まで遍路姿で帰るのは気にならないが、家の近くで近所の
 人達にみられるのは抵抗があるとか・・・・。49才で退職され、お寺まわりが目的
 じゃなくて四国の道を歩きたいというのがねらいとか・・・・・。
     

5年前に四国遍路を思いたち今年まで都合がつかず、今春タビックスのバスツア−に
便乗45番岩屋寺まで打ちましたが、残りの44ケ寺は自分の足で88番大窪寺までの
遍路をと思い、70才の誕生日を出発日ときめ無理のない老人コ−スを自分の  
ぺ−スで歩いています。
肝臓炎で治療中で医師には歩き遍路は内緒あと3日で  
結願、その後霊山寺まで歩き通せれば最高の幸せ。途中横峰寺へご一緒して頂いた
奈良のEさん、また池田町の民宿岡田屋さんで同宿の福岡市のKさん御夫妻には  
雲辺寺まで大変御心配をかけ愚生が到着するのを見届けて頂き雲辺寺を出発され  
ました本当に暖かい人情に感謝の気持ちでいっぱいです。                
                                

平成 10年10 月23 日        宮城県岩沼市  Sさん  70才

早くから予約頂いていたのだが順調に進んでいるのかどうか確かめるため
御自宅の方に電話を掛ける。奥様の話だと10月5日に出られ何もその後  
連絡入らずとのこと、そうこうしているうちに辿り着かれホットする。10月5日
は70才の誕生日とか。                               
      
 

   
歩きにこだわってここまで来た。 
なぜ( こだわる )・・・        
( こだわり )を捨てたい       
  そのための遍路なのに・・・・     
( 欲 )だと人は言う         
それだけか・・・・          
でも歩きにこだわる空しさが   
少しずつ判って来たような気もする
でままだ( こだわり )たい     
( こだわり )は生命の証し     
完全に捨て切れるのは       
棺桶に入った時            
大師さま                
こんな男も仏になれるのでしょうか
明日もまた歩き続けます      

                               合掌

    平成10 年10 月24 日 群馬県高崎市
        Tさん御夫妻 62才 56才
   
根香寺に着いたと電話あったのがPM4.30頃 当方に着かれ
るのはPM7時前位になるとか・・冬場だと夜道は大変なので  
車でお向かへにいったのだが、  ノ−トに書かれている様に   
 最後まで歩きとうしたいと言うことで車には乗らず、結局着     
かれたのはPM6時半頃・・・・。                     

          
生まれは広島なので瀬戸内海を挟んですぐ近くに来ているわけで故郷に帰った
様な気持ちで歩いております。四国へ来たのは一つには自分の体力を知って
おきたかった事です。四国遍路の歴史は古く白衣を着て自由に歩き回っても
不思議に思われない事が私には魅力でした。
アルコ−ルを断ち車等は一切
乗らず自分の足を信じて今日33日目で高松に着きました後2日なんとか
やれそうです 頑張ります。

   平成 10年10月28 日        埼玉県狭山市    Yさん   
 
        大西食品の醤油豆をお土産に送りたいというので主人とサテイに
        一緒に行く。私の言動が娘さんとよくにているとか・・・・。

      自称「塩焼翁」何となれば市川市塩焼の在に居住する一老人の故に
駄足を加えるならば 浜辺で「藻塩焼く翁」に擬したもの、貧しくとも平安の謂
小生 1918年1月の生まれ、当年とって80才人生の終局も視野に入
るようになった、 人生の黄昏には秋遍路こそふさわしいと思い立って
この度の旅、
台風5号でスタ−トして7号8号9号とたて続けにお見舞を受け
一息いれて10号まで、雨風は織り込み済みと強がって結構気合いが入った
あと数日で結願。余生(これこそ本当の余生)を坦々と歩むつもり
駄文に目を通して下さった方の御多幸を祈る。

  平成 10年10月28 日    千葉県市川市     Mさん  80才

       第一回目の遍路    60才・・・・第二の人生に先立ち
       第二回目の遍路    78才・・・・74才で亡くなられた奥様の供養に
       第三回目の遍路    80才・・・・上記の様に
       徳島で会った65才のお遍路さんと次回は88才の平成18 年 8月8 日に
      結願する様にお参りしょうと約束したとか・・・
      京都大学のチンパンジ−の「愛ちゃん」の先生は息子さんとか
      当方の略図(一宮寺までの)で説明する時、目印のいちぢくの木の側に
      立っている石柱に書かれている皇運扶翼(こううんふよく)という言葉は
      「教育勅語」の中に出てくる言葉とか・・・・。
      後日「教育勅語」なるものコピ−して、送って下さる。

                平成10 年遍5ノ−ト


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