平成 11 年 遍路11ノ−トより

お四国では沢山の素晴らしい(少し不思議な)経験を
させてもらいました。
僧侶としてどう生きて行くべきか学
ばせていただくことが出来たと思います。有り難うござい
ました。


平成 11年 8 月 29日 岐阜県高山市 さん 31才

途中、何匹かの犬とのかかわりの話伺う、特に交通事故に
あった犬に 道路上で死ぬ間際までず〜っと付き添ってやっ
たという話は聞いていてとても辛かった・・・・。
           


              

8/16日に空路 東京/羽田空港より徳島入り、午後から、四国八十八ケ所の旅を
始める。今回が2回目だが歩くのははじめてここまで歩いてみて思ったこと     

  あ〜いろんな人がいるなあ、おもしろいなあ・・・      
  やっぱり四国は いつまでたっても〃四〃つの国だなあ・・・ 
  歩いてみて良かった良かった・・・・・                 
 四国はあきたけど(高知に7年 川之江に8ケ月住んでました )    
  お四国はあきることないなあ・・また廻ると思いますよ・・3回目     


                                               
   平成 11年 9 月18日   神奈川県横須賀市   O さん  29才


9/19は屋島寺をお参りしたあと、高松在住の友人宅に行かれる由、今回は宗教の
違いで破れた失恋の傷手を癒す為・・・・・ 
                         

 






なんでこんなにビ−ルがうまいのか?今日はよく歩いたというか、歩き疲れていた。
歩き疲れたあげくに、暗くなり、道を迷っているうちに、70才位の方が声をかけてくれ
ここまで案内してくれた。                                   

 「何 お礼したらいいのか?」 
「いいんですよ。」       
「せめて名前位教えて下さい」
「赤 ? です。」        
「有り難うございました。」   
( 名前を聞きながら忘れてしまった。すいません ! )                   
(泊まる所が決まっていなかったら、泊めてあげるつもりだったと言う。)         


遍路でもないお客さんが2人いらして、何となく打ち解けた雰囲気・・・カラオケが
あってもよかったかな・・     冗談ですよ !!                   
こんなノ−ト書いたのも「行当岬 」以来だと思う。だいたいが食事でビ−ルを飲ん
だら部屋に帰ってバタン! というパタン。今宵は有意義に過ごしています。行当岬と
いえば、もう3年たっています。妻を亡くしたのが、1995年の11月でそれを
きっかけにして、その翌年の春 遍路を始めました。「お遍路 」については
新聞で読みました。それと四国は、二人の生活で一度も訪ねたことがなか
ったというのも幸いしました。教師をやっていたので、四国は長い休みを
利用してきました。やっと明後日に結願となりそうです。
四国にはじめてきた時は
「死国 」と思っていました。でも今の僕にとっては、「死国」が「朱国」となってきたと
思います。四国によって僕の立ち直りが可能だったと思います。教師はこの3月に
辞めました。9月22日は記念すべき結願となるでしょう。ぼくは今、この四国そして
そこで出会った人達への感謝でいっぱいです。                     


   平成 11年 9 月 20日   千葉県柏市  K さん 50才   

   
演出家の亜門さんによく似ていらっしゃる方。奥様を癌で亡くされ、「多忙な教員生活
は何だったのか・・・・と」見つめ直すお参りだったとか・・・。息子さんと屋島で待ち合わせ
結願を御一緒にされるとか。                                   

 




まず、本日99.9.23 79番高照院 80番国分寺 81番白峰寺 82番根香寺を歩いた。先日
78番郷照寺を出たときから 高照院をめざして頑張れと、応援団が 5組もあらわれ、雨の中を急ぎ
あわや納経に間に合うかと思われるところまできた。少々無理をしていたので 国分寺の遍路道を
登るのに身の重さを感じていた。案の定、県道に出るまでに心臓が躍ること数回、(12番) (20番
21番)他でも味わった眼の前が暗くなる気持ちとなった。しかし山より大きな猪もいない 暗夜も
やがて朝がくれば明るくなる。信念は変わるものではない、力いっぱいの抵抗をしながら切り抜け
られた。82番根香寺を出て、切ったと思っていた携帯の電源が入っていたらしい 充電して下さいの
サイン不通となった 交信も不可能 附近には家一軒もない鬼無は左に道を折れ山越え公衆電話
のあるお店までやっと辿り着いた。・・・・ この様な雑然としたことを書くのも一ヶ月ぶり 今回初四国
遍路の冒頭 テレビ ラジオ 天気予報 等 自分の意志で すべてのメデイアをカットする目標をたて、
人に聞く、教えてもらう等今までに自分が考へたり、意見を出せば聞いてもらえる生活から どのよう
に皆さんに近づけるようになるかの確認実験の旅でもあった。視点が変えられた?言外に何を言おう
とされているのか 身施 言施 眼施 まだまだいろいろの思いやりがあるはずだ 一挙には達成は
難しい その方法や基礎や感じ方、 やはり自分自身が変わらなければ何も変わらない 自分を零に近
づける程いろいろな事が見える。へんろ道の中で自分で自分の足を手で持ち上げて 頭がボ−ウと
する瞬間こそが自分のありのままの姿ではないか 何も考えない 何も考えていない真空だ 但し下界
へおりてくると腹もたつ、これもなくなったらおしまいだ それも守りながら、実行と並行する考えの中に
こそ 自分があるのではないか、今までやってきたことを、すべて廃棄したり修正を強要する心算が
目的ではない 良い部分は残し誤りがあったり 人の良い面を 素直に評価し、他人の事でも良い面は
共に喜ぶようにすれば今後の生活の幅もゆとりがでてくると確信したい・・・・88番大窪寺の女体山
越えH760を天気の良い時に迎えたい 最後の望みだ。 気持ちよく送り出してくれた妻に感謝の気持
で結願を迎えられれば、今回の遍路は 尚良いものになるだろう。 42番〜43番歯長峠H450の
春盛りと咲いたであろう桜の葉がへんろ道を越えトンネルをくぐり、白衣の汗を絞ろうとしたとき
 静寂の中にカラカラ コロコロ 自然のならいに深く思いいらされた。 時間 時刻 瞬間のうちに  
猛スピ-ドで移動している。  一期一会の永遠の問題と取組み続けたい・・・・・。       


   平成 11年 9 月 23日      兵庫県加西市          I さん     61才
   
PM7.00過ぎに電話あり 夜道でわかりづらいので迎えにゆく。 








平成 10年の春 完全歩き遍路を5月中に終えて様々な出来事に 今迄になかった自分を見つけ出し
或は新しい境地が開けそうに思えた事でありました。そして日が過ぎるにつれて 又出掛ける事が出来
ればもっと深い何かが 感得出来るかも知れないと思いはじめたのです。 そして今度は一つおもむきを
変えて、これも動力は自力である自転車遍路を思い立ったのです。これを家内に話したら安定感のある
マウンテンバイクが良いのではと賛意を得て、或はおだてられマウンテンバイクを購入したものでした。
しかし長い事 乗っていない自転車を乗りこなすのも ( 近頃のMバイクは新しい機能が付いていて、これ
をこなすのが簡単でない )相当の練習が必要であった( 年が年である ) 初めは100米位の登りを少し
づつ登り、そして出発前には近くにある高さ620米の山をMバイクで登る事が出来る様になった。 よし
いよいよ出発だと日時を定めたが実は ツ-ルト゛四国八十八ケ所は 地図を調べれば調べる程自信がなく
なる。しかし家族に高らかに宣言して大枚をはたいて自転車を買った以上、老いたりとは言え、後にひけ
ない。とうとう9月20日小倉港発のフエリ-に愛車を乗せて9月21日松山港に入り、52番太山寺から打ち
始める事となった。これから私の ツ-ルド四国八十八ケ所物語りが始まる訳です。まだ始めて6日目52番
〜82番を終えたばかりですが、自転車遍路には歩きとは又異なった苦しさや 楽な所もあるのですが
何と言っても お山のお寺参りの登りの苦しさは 何故こんな事をしなければならないのかと思う程
苦しい。(年のせいか ) しかし苦あれば楽あり 下りに入ると何もしないで時速30kオ−バ−が出て
風を切って進む、どうやら人間の生き様そのものの様に見える。楽ばかりしていると本当の楽が 
分からないのに違いない。
まだ先が長い。いろいろな事に出合うに間違いない、一つ一つの出合、出来事
をよく考えて見ると深い意味を持っている。何時かはこうした事を整理して文章に出来れば良いなと思いなが
ら書けないかも知れない。これ寺の出合い出来事を通して人生とは良いものだと実感出来ればこれがお大師
様が下さる御利益に違いないと思っている。・・・・・                              以上  

    
  平成 11年 9 月 26日    北九州市     N さん   66才 

   今回は自転車でのお参り 当方に下ってくる折、車の邪魔にならない様、路肩に寄けた    
つもりが地に足がつかなかったとか・・・・・路肩があまり狭く 飛び降りた所がなんにもない
3米もあるガケだったのである・・・・・幸いにして、すり傷程度ですんだとか・・・・・横峰さん
では遭難しかけたとか・・・・!                                   



小生68才 3カ年計画の区切り 独り歩きの遍路をしているものです。今回は NO64より NO1
高野山へを予定しております。台風18号来襲の9/24日旅立ち当日は列車が新大阪止まりで
京都に泊り、やっと9/25伊予三島に入り歩き始めました。雲辺寺の遍路道は倒木多く、喘ぎ
喘ぎ登りやっと辿り着くとロ-プウエイが眠前近く、なんと俺は馬鹿なことをしているのか・・・善通寺
から琴平、満濃池神野寺バスはなく、只々黙々として歩くのみ 然し、みかんの青い実がたわわに
実り 真っ赤な彼岸花が咲く野辺の道  なにか自分が風景の一景になったような風情を感じます。
これで四国は3度目、いつも今回もつくづく思いますことは四国の人の温かい民情です。早朝
すれ違う小学生の 〃お早うございます ご苦労様です〃 夕刻街角でバッタリ会った高校生
から  ゛おっさん 気を付けて行けよ、ご苦労様〃  今時 聞けない青少年の声です。
今日 
( 9/29 )はやっと国分寺から遍路を辿り白峰寺 (予定より1時間30分遅れ) に着きました処、
地元の老婦人お二人にお会いし根香寺 この宿への車のお布施を受けました。当今、失われている
〃人の思いやり〃〃気配り〃がまだまだこの四国にはあるのは心暖まる思いです。         


  平成 11年 9 月 29日    神奈川県平塚山     H さん   68才 

   今日( 9/30 )は仲人をされた上司の息子さんとお会いになるとか・・・・香川地場産業
のコンサルタントをなさたことがある由 コーヒ 紅茶が大好きとか・・・・          
   
 





                                         
                   平成11 年遍11ノ−ト



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