平成 11 年 遍路12ノ−トより

 

一人歩きの遍路、今日で36日目、59才になった定年を少し前に
会社に不要な人になった。再生し、新しい人生を歩む為には
過去にとらわれない、自分の考え方を持ちたいと思った。
独りで一日中歩き乍ら自問自答し 段々ああそうか、それ
で良いではないか等と考え方地についているというか、定
まって来た様に思う。
同時に感謝、有り難うという事の訓練行
であった様に思っているあと2〜3日で達成出来そうだ、我れ乍
ら良く頑張った様に思うし今後も苦を楽しみに出来る様頑張りたい。                                


 平成 11年 10 月 1日 千葉県流山市 M さん   59才 

根香寺よりの当方への道順を電話で教えたのだったが一回で頭の中に
インプットされ、それを間違いなく反復されたのには参りました。   


昨年 定年を機に未知の土地の体験、人との出合いを求めて四国の地を訪れる事にしました。
「遍路の旅」という型で 四国の地を訪れて四国の人々の中に「お接待」を通じて我々の周囲で
忘れているものを四国の人々の中に残っていること感じ日本をまだまだ捨てたものでないと思
った。四国一周で多くの人を知り、四国の人情を知り得たことは最大の収穫だった。この
体験を生かし今後の人生の中に少しでも生かせればと思う。  
              

  平成 11年 10 月 2 日    愛知県丹羽郡    Y さん   61才

10年前脳梗塞になり、足が少々不自由な今、それでも歩けるということを証明したくて
お四国参りに挑戦されたとか・・・・PM2.30頃当方に着かれる。             
   
   

とりあえず 10代のうちに何かをやりたいと思い、歩き遍路を始めた。
歩く前は「これから辛い事があったら四国の旅を思いだして自信をつけよう」
と思っていた。しかし今は、「自分が好きで始めたことだから、辛い事があっ
た時に思い出しても自信はつかない」と思うようになった。歩き終わった
時には、どのようにこの問題を考えているだろうか。                           

平成 11年 10 月 3 日    愛知県西尾市    H さん   19才

大学の2回生 家の息子と同じく 一人っ子だということだが ご両親の教育が良かっ
たのでしょうかえらい違いである・・・・ 今日は86番志度寺あたりまでとか・・・。  

四国八十八ケ所を順打ちで、1年に1県 ( これを 「一年一国 」 と云うことを今回初めて知った)
づつ4年計画で始めた。歩き遍路ひとり旅の4年目、最終の区切り打ちです。あと83番〜88番
の6ケ寺、そして御礼参りの1番、海峡を渡って高野山と結願できそう。へんろみち保存協力会
発行の「四国遍路ひとり歩き同行二人 」を片手の旅ですがこのガイドブックが無かったら これま
でできなかったのではないかと感謝している。発端は信仰心からではまったく無く退職前
10年ほど前に知り これは面白そうだ一回体験してみたいと思ったことが始まり。 
 
 
   これまでに感じたこと                                       

*汗まみれの毎日、マメを出した足での辛い歩み、台風難渋した日、それでも一度も止め 
ようと思ったことが無く、次の札所へと歩みを進めたことが我ながら不思議。      

*行く先々での「お接待」には心から感謝 泊めていただく宿で疲れた身には大変な安らぎ。

*一昨年高知県のある宿で同宿者と精神的な変化は何も起こらない、ただ何も考えないで
 歩いてるだけと話し合ったとき、宿のおかみさんから、「おへん路なんてそんなもの」と言わ
れたが、今だその状態にある。この旅が終了して 何ヶ月後 何年後かにでも その変
化が現れるか 自分自信に興味がある。
何はともあれ、結願出来るまでやり通うそう。   

  
  平成 11年 10 月 5 日    宮城県仙台市    K さん   64才

     金剛杖のかわりにステッキ( 伸縮自在の) をもたれた 背筋のピンとなさっているのが    
印象的でした。「ゆっくりコ−ス」のとうりに歩かれているとかで 当方にはPM2.30頃
着かれる 
明日は屋島まで。                                 





1番から此処まで来ると 残りも少なくなり 名残を惜しむかのように、自然と足の運
びが遅くなるようにかんじます。
昨年もお世話になり 今回もまたすっかり甘えてしまい
ました。                                               
  
  平成 11年 10 月 8 日    大阪市西区    O さん   71才

昨年11月20日 同窓生5名と御一緒いらしたのだが
今回は代表でお参りとか・・・               




今日で39日一生懸命歩いて来ましたが 何で歩いて来たのか今だ理解出来ない
88番済んだ時何か一つでも理解出来ればと思います。
後者の方も頑張って下さい
好きな言葉  冷暖自知。                                  
  
  平成 11年 10 月 8 日    静岡県伊東市   S さん   57才

糖尿病で体重が激減されたとか・・・・。体重が減るのはとてもうらやましいのだが・・・
お肉が食べられないので豆腐を焼くことにする。                     






金色のちいさき島のかたちして 銀杏ちるなり夕陽の丘に

                           与謝野晶子
  
  平成 11年 10 月 9日   北海道上磯郡   S さん   女性

お若くみえるが30才の息子さんがいらっしゃる。一年前、教師をされていた御主人
を心筋梗塞でなくされその悲しみを癒す為のお遍路だったとか・・・・また来年も
歩いて見たいとおっしゃる。  同宿のGさんとは途中途中はぐれたりで、空海展
には結局ひとりで行かれたとか・・・・それでも八十窪さんで何故か又バッタリ
あったそうである。                                        

 

  平成 11年 10 月 9日   岐阜県羽島郡   G さん   58才

「ノム ウツ カウ 」の三拍子揃っていると高語なさる変な(?)お遍路さん・・・・。
小柄な人好きのするかたなのだが、出てくる言葉は意外でポンポンと飛び
してくる定年にはまだ間があるのに、リストラされたと怒っておられた。      




ヘンロは歩くのが勤め、早く宿に着くと いわば白い目で見られてしまう。鯖大師では、私のところは
かまわないが、まだ先に進めますよと言われ、結果泊まることを断念した。また香園寺でも、 もう宿坊
に入られますかと何か悪い様である。お寺の宿坊の他でも再三言われた私は宿には ほとんど2時前
に入っている。 歩く勤めを十分に(果たす)達成しない、不良なヘンロです。ヘンロが修行になっていな
いので不良ヘンロであることは間違いないが・・・・・・。                            
  
  平成 11年 10 月 10日    岐阜県可児市    M さん   63才

PM1.30頃到着される。 遅い昼食を私共と一緒に作り置きのカレ−を食べる

 その後家に帰られてから、ここを立ってから詳しい電子メ−ルいただきました。

10月12日に「ながお路」に13時に着きましたら、まだ、大窪寺に行けると言われまし
たが、何とか泊めてもらいました。13日に女体山を越え、大窪寺にお参りし、「八十窪」
に12時30分少し前に着きましたら、まだ、切幡寺まで十分行ける。ここからは下りだから
「もったいない」と言われ、全く泊めてくれる気配にないので、やむ終えず、切幡寺に向け
歩くことにしました。出来たら最初に泊まった安楽寺に最後も泊まろうと思っていたので
急ぎ足で歩き、3時頃に行ける見通しが立てば電話をしょうと思って、歩きました。   
歩いても歩いても公衆電話が有りません、4時過ぎ切幡寺の入口を通過し、4時40分
頃に熊谷寺の手前2キロぐらいのところで、ス−パ−で電話を貸してくれると言うので、
安楽寺に電話すると、午前中の予約でないと泊めないと言い、近くで宿を探すように、
とのことであったが、なんとか 泊めて下さいと頼んで、6時までに安楽寺に着くようにと
言う事で、泊めてもらうこととしました。係りの人も替わり、10分近くかかりました。  
これからが大変でした。安楽寺まで7キロ近く有ります。「八十窪」から20キロ近く歩き
これから7キロを1時間で歩く事となってしまいました。歩いても 歩いても、近づきません。
タクシ−に乗るにも公衆電話もありません。走るように歩き、何とか5時50分に安楽時
に着きました。部屋に荷物を入れ、すぐ食事です。皆さんが食事中の所に、汗「びたびた」
で入って行きました。息を切らして食事ですから、何にも食べられません。幸い、歩き遍路
の人がいましたので、話ながら、6時45分までかかり、ご飯を、汁掛けでたべました。 
本堂でお勤めが、7時前からあると言う。6時45分に集合の合図です。無理無理頼んだ
注目の人ですから、「さぼる」事も出来ません。食道から直接本堂です。お勤め後、風呂に
入り、洗濯をしました。ここまでは、まずまずでしたが、夜、大変でした、身体が火照って
寝付けません。6万5千歩( 約42キロ )歩いたので、体温が下がりません。悪い事は続く
もので、団体さんが、4時30分に出発です。高野山にでも行くのでしょう。14日は霊山寺
までの11キロほどを3時間で歩き、霊山寺で記帳してもらいました。坂東からJRで徳島
徳島から高速バスで舞子、舞子からJRで米原を経由し帰りましたが、土産を買う元気も
なく、ようやっと家に辿りついたような状態です。1日6万5千歩( 約42キロ )もあるくのは
無理であったようです。最後でしたので事なきを得ましたが、途中で無理をしたら大変だ
ったとおもいます。遍路は上手に歩く事が1番と言う事を身にしみて感じました。




5月8〜6月初、75番まで歩く 今回 76〜84番 次回(11月)85〜88番〜1番の予定です。

  平成 11年 10 月 10日    兵庫県三田市    K さん   57才


    





                                         
                  平成11 年遍12ノ−ト



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