JR吉備線沿線吉備路散策

JR備前一宮駅前レンタル店〜1分吉備津彦神社〜6分鼻ぐり塚〜1分吉備津神社〜7分惣爪搭跡〜7分造山古墳〜8分備中国分尼寺跡〜3分こうもり塚古墳〜3分江崎古墳〜3分備中国分寺〜8分作山古墳〜15分総社まちかど郷土館〜1分備中総社宮〜8分JR総社駅前レンタル
レンタサイクル店
・JR吉備線備前一宮駅前 ウエド(086)284−2311 国分寺前(レンタサイクル高谷0866-93-3421
総社駅前(レンタサイクル荒木0866-92-023 2時間まで400円以後1時間を増すごとに200円(元の所へ返却)
どこで借りてどこへ返却しても、一日1,000円 |
吉備津彦神社
祭神 大吉備津日子大神(別名・大吉備津彦命)
所在地 岡山市北区一宮1043
拝殿
吉備津彦神社は吉備国を平定したといわれる吉備津彦命を主祭神とする神社で備前国一宮です、吉備津彦命とは五十狭芹命(いそせりのみこと)のことで第7代孝霊天皇の皇子で、桃太郎のモデルといわれています |
祭文殿
拝殿の後ろの社殿 祭文殿と呼ばれているようです、現在の本殿は1697年(元禄10年)に、岡山藩主池田綱政によって再建された |
(移動時間5分) hanagurituka |
鼻ぐり塚(福田海本部)
所在地 岡山市吉備津795
鼻ぐり塚について
かつてわが国の農村では、牛を飼い、田畑の耕作の労役等に使用していました
牛は家族の一員のように大切に育てられました。その際、牛の鼻に穴を穿ち、鼻輪(鼻環、鼻ぐり)をはめ、それに縄を結んで使役していました。やがて牛は飼い主の手をはなれて売りに出され、解体されて肉となり皮となりその最期を迎えます。牛はその一生のすべてを人間のために尽くしてきたといえましょう
こうした牛の大恩に報いるため、死後残された鼻輪(鼻環、鼻ぐり)を牛の唯一の形見として集めて浄祭することを福田海開祖中山通幽師が発願されたのであります。篤信の方々のお力により全国から鼻輪は収集され、現在もその事業は続いています
鼻ぐり塚はもと円墳であり、その墳丘上に鼻輪を積んでいます。石室内には真鍮製の鼻輪を溶かして作った阿弥陀の宝号を刻印した金属板が安置されています。また、正面には馬頭観世音菩薩を祀っています。昭和初年に塚が建立されて以来、現在までにおさめられた鼻輪の数は六百八十万を超え、現在も畜類供養のため、春秋二回畜魂祭を行っており、年間数万個の鼻輪が塚におさめられています
福田海 |
牛魂供養の「はなぐり塚」は、陰徳積善を掲げる法人福田海の経営で大正14年の創設。横穴式古墳の前に、馬頭観音の銅像を安置して本尊とし、全国のと場から送られてきた牛の鼻ぐりを山形に積み、その数およそ600万。毎月第三日曜日に供養を行い、なお、春秋二季に護摩をたいて畜魂祭を営んでいる。
岡山県・岡山市 |
(移動時間1分) kibitujinjya |
吉備津神社
御祭神 大吉備津彦大神 ほか八柱の神
所在地 岡山市北区吉備津931
おとぎ話「桃太郎」のモデルといわれる大吉備津彦命を祭神とし、平安時代にはすでに「三備一宮(備中一宮)」として、歴代の朝野に崇められていた由緒ある神社。国宝本殿・拝殿は平成20年10月屋根葺替修復工事が完成しました
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おとぎ話「桃太郎」のモデルといわれる大吉備津彦命を祭神とし、平安時代にはすでに
「三備一宮(備中一宮)」として、歴代の朝野に崇められていた由緒ある神社。
本殿は屋根に千鳥破風が二つ並ぶ、特異な「吉備津造り」(比翼入母屋造)で国宝に指定されています。あじさい園 、ぼたん園、梅林等でも有名です岡山の桃太郎伝説吉備津神社の矢置岩、矢喰い神社の矢喰岩、鯉喰神社の伝説、鬼ノ城、血吸川など鵜羅伝説を物語っています
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比翼入母屋造り
吉備津彦命を主神として祀る、県内最古の神社と言われている比翼入母屋造り
(ヒヨクイリモヤズクリ)で入母屋屋根は檜皮葺(ヒワダブキ)二つ並べた美しい造りで
建物全体を吉備津造りと言うそうです 。
50年に一度の屋根の葺き替え工事が現在おこなわれています |
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吉備津神社の正面の石段の脇にあります 吉備津彦命が温羅との戦いのときに、
射る矢を置いた岩と伝えられていて 毎年、正月には、空に向かって矢を放つ
「矢立の神事」が行われます |
(移動時間7分) souzumetou |
惣爪の塔
所在地 岡山市北区惣爪
田園の中に長径2m,短径1.5mの塔心礎が遺存、付近から天平瓦、土器などが出土されている
造山古墳
所在地 岡山市北区新庄下
造山古墳は、築造時期が5世紀前半に推定されている巨大な前方後円墳であり、古墳時代(3世紀末〜7世紀初め)に全国で築造されている前方後円墳5,200基の内で、第4位の規模を占めています。
前方後円墳は、「倭国(わこく)」と呼ばれていた古墳時代の日本列島において、大和(現在の奈良県)を中核にした政治体制の下で、社会的ステイタスに基づいて築造された首長の墓と評価されています
岡山市教育委員会 |
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(移動時間8分) kokubunijiato |
備中国分尼寺跡
所在地 総社市上林
国分寺の東に位置する備中国分尼寺は、741年(天平13)年に聖武天皇の勅願によって国分寺と共に建立され、東西108m、南北216mの境内に、南門、中門、金堂、講堂を直線に配置され塔を備えた大寺院
こうもり塚古墳
所在地 岡山県総社市上林
この古墳は六世紀後半に自然の丘陵を利用してつくられた全長約100メートルの前方後円墳です。内部の石室は巨石を用いた横穴式石室で長い羨道とその奥の玄室とからなっています。
玄室には家形の大きな石棺がおさめられています。この石棺は井原市野上町産の波形岩(貝殻石灰岩)を材料としたくり抜き式の石棺です。ほかにも陶棺や木棺がおさめられており、後期古墳に一般的な複数埋葬であったことがうかがわれます。この古墳は大きな墳丘や内部の石室、石棺などにみられるように多くの労働力を集めることができた支配者層の古墳であることを示しています。
文部省・岡山県教育委員会
江崎塚古墳
所在地 総社市上林
前方後円墳、後円部のほぼ中央部に巨大な花崗岩を積み上げて築いた全長14mの横穴式石室が設けられており浪形岩製の家形石棺が納められている。
文部省・岡山県教育委員会
備中国分寺
所在地 岡山県総社市上林
国分寺は国分尼寺とともに、鎮護国家を祈るため、天平13年(741)に聖武天皇の発願によつて、全国に建てられた国分寺の中のひとつ。中世には廃寺になり、その後江戸時代中期になつて日照山国分寺として再建されました。
境内の五重の塔は、岡山県内唯一のもので国の重要文化財に指定されていて吉備路を代表する景観をです |
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(移動時間8分)sakuzan |
作山古墳
所在地 岡山県総社市上林
作山古墳の規模は、全国的にみても第9位に相当し、県内では全長約350メートルで全国第4位の岡山市新庄下・造山古墳につぐもので、古墳の規模が豪族権力の反映または象徴であることからすれば、本墳の被葬者が吉備に君臨した大首長であることが想像されますこの古墳の築造は発掘調査がおこなわれていないのであきらかではありませんが、墳丘の形態や円筒埴輪の研究から5世紀中葉頃と考えられています
岡山市教育委員 |
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(移動時間15分)matikado |
総社まちかど郷土館
所在地 総社市総社2-17-33
時間:9:00〜18:00 休業:月 12月29日〜1月3日 祝日の時は翌日
| 明治43年に建築された旧総社警察署の建物で、現存する市内唯一の明治洋風建築 |
備中売薬や阿曽の鋳物、い草関係など、明治を中心とした伝統産業の資料が展示されえいる |
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(移動時間1分) soujyaguu |
備中総社宮
ご祭神 大国主命、須世理姫命、相殿に神祇官斎祀八柱神<BR>
所在地 総社市731
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| 総社駅まで8分 |
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