| 「涼宮ハルヒの憂鬱」"あらためて"放送は終了しましたので、ネタバレレベルを改定します 台詞の記述はアニメ版を優先します。引用に付けたタイムコードはyoutubeにupされた動画のものを見て付けていますが、あまり精度はありません。 レベル0 : 「涼宮ハルヒの憂鬱」について全くしらない人でもOK。原作小説もDVDも前回放送も知らない人。 レベル1 : 1期放映分を視聴した人向け レベル2 : 文章が書かれている時点でDVDになっている分を視聴した人向け。 レベル3 : 「あらためて」放送分を視聴した人向け。 レベル4 : 原作「憤慨」まで読んだ人向け「長門さんの小説っていいよね」 レベル5 : 原作「分裂」まで読んだ人向け「『わたぁし』って誰?」 レベル6 : 原作「驚愕」先行掲載分まで読んだ人。:劇場版「消失」を見た人
むうう、例によってか超ダウナーなので気持ちが乗れませんでした。 落ち込んでいるのをむりやり引き上げてくれるようなタイプの作品ではありませんので、これからご覧になる方はしっかりと気構えをして「よおし!見るぞぉっ」という心理状態で見られる事をおすすめします。 この作品は、映画用に画面が高精細*)になった分、線を多くして演技を細かく、という方針です。なので見るほうの気持ちが盛り上がっていないと音楽のゴージャスさに違和感を感じてしまいます。 今回かなり注意力が落ちている状態での鑑賞ですので、まったく自信がありません。忘れないうちに何項目かメモしておくにとどめます。 とテキストエディタで書いたままほおっておいたのが先月初め。納得できないのでもう一回見てきました。 ちなみにブックマークは甲南病院屋上でした。あまり褒められた行為でもないので縮小して掲載。 ![]() 以下盛大にネタバレします。まだ見ていない人は読んではいけません。 ネタバレレベル6 : 劇場版「消失」を見た人 劇場版オリジナルの演出も多いのですが、原作を読んだときから意味ありげだった描写や台詞もきちんと再現されています。 何回も書いている、七夕の部室にあるPC(→09/03/05)と朝比奈さん(大)の溜息(→09/12/24の*2) 12月18日への転位位置。 偶然にもハルヒと古泉が着替えをした場所だった。偶然……だと思う。(p.201) *2) 消失長門との初対面時の台詞 「わたしはここでは、初めてあなたと会話する(p.58 原文では「ここ」に傍点)」 19日朝の朝倉の台詞 「目に映るものをしっかり把握して、それで初めて理解の助けになるの。あなたはどう?ちゃんとできてるかしら(p.74)」 長門の台詞は"以前図書館で会話したが校内では初めての会話になる。気付いて欲しい"と考えられ、朝倉の台詞は"長門さんにまで宇宙人だなんて酷いじゃない、正気?"と解釈可能なのですが、両方とも真相を知っていて演技しているとも考えられます。ただミスリード狙い臭くもありますが。 また朝比奈さん(大)の公園での台詞など。これらの考察は今回は行いません。 古泉の「うらやましいですね」と長門「ありがとう」は2回繰り返される事で、重要性をまし、また両者のニュアンスの違いが「消失」という作品の特異性を際立たせています。 原作では、古泉は病院で目覚めたキョンに、ずっとハルヒが泊り込みで付き添っていた事に対して 「いえ、あなたを羨ましく思っているだけです。羨望と言ってもいいでしょう(p.230)」 また長門は、病室で、自らの処分が検討されていると言った長門にキョンが「くそったれと伝えろ」と言った事に 「伝える」/やはり平坦な声で呟いた。/「ありがとう」(p.245) 先に消失世界の古泉/長門が言ってみせる事で、二人の心の底からの本音である事が強調されます。エンドレスエイトの「では、僕がやってみましょうか」「私の役目は観測だから」を思い出しますね。もちろん、当サイト的に気になるのはそこだけではありません。 まずは古泉が剥いている林檎です。以前にも書いたとおり、「消失」は「憂鬱」の再演であると同時に逆でもあります。 白雪姫を目覚めさせるのが王子のキスであるならば、白雪姫を眠らせるのは白雪姫に嫉妬した王妃の毒林檎なのですが、古泉は目覚めるキョンとハルヒの為に林檎を剥いています。通常世界で目覚める事こそが古泉=機関の狙いでもあるのです。古泉は羨望を口にしながら林檎を剥いています。白雪姫ハルヒ(の力)とこびと長門で望みの世界を作り上げ、林檎でキョン王子を目覚めさせる。これが古泉にとっての「消失」です。(→08/08/09) 長門はどうでしょう。 19日に消失世界のマンションで「私はあなたに会った事がある(p.90)」と図書館の思い出を語ったあと、 「それが、あなただった(p.90)」と原作どおり言った後に「ありがとう」と答えます。憂鬱Vアバンタイトルの「それが、あなた」と、この「それが、あなただった」は対置されるのでしょう。 インターフェイス長門にとって、キョンは「無視できないイレギュラー因子」ですが、感情を持つ消失長門にとっては貸し出しカードをつくってくれた人なのです。 原作では、ここで長門は「ありがとう」と言いませんので、「それが、あなた」のみが対置されています。では「ありがとう」は? 18日早朝にキョンにコート(原作では上着)を掛けてもらった朝比奈さん(大)が 「あ、ありがとう。ごめんね(p.202)」 と言います。恥ずかしい限りですが、原作を読んだときも映画鑑賞一回目も気付きませんでした。 長門は18日の早朝にはキョンのコートを着た朝比奈さん(大)を、消失長門モードで寒さに震えながら見ているのです。 原作では、キョンは病室に現れた長門の手を取っています。上記引用部の3行前には ふと我を取り戻せば、俺は長門の手を強すぎる力で握りしめていたようだった。だが、読書好きの有機アンドロイドはその行為に対しては何も言わない。(p.245) とあります。 このシーンを映画では屋上にし、雪を降らせた事で、対応関係が明確になります。朝比奈さんと同じようにキョンに寒さを気遣われる存在になった、という事です。そして、映像になった事で、3年前の長門がなぜ最初に注射器を構成して見せたのか、そもそもなぜ眼鏡なのかもあきらかになりました。 長門から「(眼鏡を)してないほうがかわいいと思うぞ」と言われた事でうまれた想いを消し去るために、眼鏡が注射器になり、それが長門に撃ち込まれるのです。 注射器では困るとキョンに言われた長門は短針銃を構成し、 「出来れば直接皮下に撃ち込むことが望ましい(p.193)」と答えます。 このあと、キョンの手をとって歯からナノマシンを注入する…のですが、原作でイラストになっているにもかかわらず、動画でこのヴィジュアルを見るまでは、これまた気付けませんでした。長門がしているのは、自分もこうして欲しい事なのですね。 "わたしの気持ちを否定していい。『(眼鏡を)して無いほうがかわいいと思うぞ』と言った言葉を取り消す事になってもかまわない。せめてその時にはわたしの手を取ってほしい。今の私がしているように"ですね。 18日早朝の裏門上の門の陰で待受けるキョンと朝比奈さん(大)を、坂を登ってくるノーマル長門が気付けなかったはずもありません。すでに覚悟をしていたのでしょう。遮蔽フィールドを展開しているといっても、長門には既に3年前にあった事なのですから。ならば、キョンが 「元に戻してくれ。お前も元に戻ってくれ(p.216)」 と長門を説得している間は何も起こらず、銃を構えた瞬間に朝倉が現れた理由も理解できます。直前に「ただの女の子だわ」と言ったのはキョンのコートを着た朝比奈さんだし、長門は「ただの女の子」だからこそ寒さと恐怖にふるえているのです、って… キョンが理解できなかったのは仕方が無いかもしれないけれど、こりゃ朝倉でなくても許せません(怒)。 だからこそ、病院屋上でやっと長門の手をとり、コートを掛けてくれたキョンに長門は「ありがとう」といえるのです。 ところで、なぜ病院の屋上で雪がふるのでしょう。既に書いていますが、「サムデイ イン ザ レイン」は「消失」と同じ構造です。雨が降らねば「サムデイ」のラストはあり得ないのと同様、雪に促されたからこそキョンは長門にコートを掛けてあげるのです。 インターフェイスであるノーマル長門には、キョンに自身を選ばせ「宇宙を有るべき姿に進行させる(朝比奈ミクルの冒険)」使命があり、その為にキョンには自身を重要な存在であると思ってもらわねばならないのですから、ノーマル長門にとってもこのシーンは重要なものでもあります。ならばやはり、雪を降らせたのは長門でしょう。 そのほかにも対になるカットはたくさんあります。 クリスマスパーティー準備でハルヒが三角帽をゆっくりかぶって見せると、18日朝の自問自答シーンでは長門が同じようにかぶるとか*3) 足が震えて歩けないキョン、というのが18日の昼休みの8組前と20日に光陽園ハルヒを前にしての二回あるとか。 OP前のハルヒの「待たせたわね!(劇場版のみ)」とラストシーンのキョンが「なあ世界。少しくらいは待てるだろ(p.251)」が対応しているとか。おそらく3期は「鍋を食べるまで」が「やりのこしていたことをすませよう。できるだけ速やかに(陰謀p.7)」になるかはともかく、あるでしょう。 続きます。 *)^ 公式ガイドブックのスタッフリストには、"IMAGICAレコーダー〜realtime〜"とあります。IMAGICAのページには、「入力信号:HD1080/24P、SD60i(アップコンバータを使用)」とありますから、1920*1080解像度で制作でしょう。 *2)^ 後述するように、この場所は寒がる朝比奈さん(大)にコートをかけてあげた場所ですが、同時に、着替える光陽園ハルヒに「寒くないのか」と聞いた場所でもあります。ただ、この台詞は映画オリジナルで、原作では寒がる古泉がハルヒに「ジャージの上(略)貸してほしいのですが(p.140)」だけです。確かに対応はあるものの、これが転位地点をここに選んだ理由だとすると、消失世界でのキョンの一挙手一投足をノーマル長門がモニターしていた事になります。朝比奈さんの「ありがとう」だけなら、あらかじめ仕込んでおいて朝比奈さんが演技しているだけなのかもしれませんが。 *3)^ ガイドブックを見る限り、長門は16日にハルヒに三角帽をかぶせてもらってから、17日も頭の上に乗せているだけです。 (10/06/06)
「消失」での象徴描写で、すごく気になるのは、まずは「ミノムシ」と「球根」です。 19日(消失世界2日目)、焼却炉隣のゴミ捨て場に捨てられたミノムシの付いた枝(?)*)をゲンコツ広場の木の下に刺してあげます。また、中庭に女子生徒たちが中庭の花壇に球根を植えているのを窓から眺めます。カブるキョンのモノローグは、原作p.74〜76の、別の世界に連れ去られた男が、不幸な境遇が消え去った事を知ったとしたら?というたとえ話。 このミノムシと球根は、このシーンだけでは終わりません。 まずはミノムシ。 wikipediaのミノムシ#生活環の項目(→wikipedia) を読むと、このシーンだけと思われたミノムシがどうなったか分かります。私もオスだけが蛾になるとは知りませんでした。 七夕の夜、キョンが立ち寄ったコンビニに止まっていた、そして朝比奈さん(大)の待つ光陽園駅前公園でキョンの視線を遮って星が輝く夜空に飛んでいった蛾はきっとミノガなのでしょう。 朝比奈さんの台詞 「きっと、いつかあなたも、この高校生活を懐かしく思う日がきます。/終わってしまえば何もかもあっという間だった、夢のように過ぎてしまった、そんなふうに思うときが。」(映画オリジナル) なにげなくミノムシを木の下に移した事でミノムシが蛾になることができたように、状況に迫られたとは言えエンターキーを押す決意をしたことがキョン自身を主人公にしたのです。 そして、寒い自室でキョンブルーの毛布一枚にくるまっていふるえていたキョンが、ベッドで目覚めるとハルヒレッドの寝袋で眠っているハルヒを目覚めさせます。 では球根は? 球根を植えるシーンは丁寧にアニメートされていて、印象にのこります。しかし植えられた球根が芽をだす描写もありません。消失世界に植えられた球根は通常世界には帰還しなかったのでしょうか。 20日、光陽園学院の前でハルヒを待つキョン。校門の前には花屋さんがあり、電柱に花屋さんの黒板が固定されています。 キョンは黒板によりかかって待つのですが、黒板には大きな球根の絵が描かれ、チューリップの球根が入荷したと書かれています。 消失世界に植えられた球根はメタ化してキョンの告白を見つめているようです。 しかし、この後は球根は現れません。七夕の夜、星の光に照らされて輝くように咲いているのはひまわりです。球根ではなく種を蒔く花です。では、病院でキョンの枕元にある、美しいが誰も見ない花は?見舞いに来た朝比奈さんが驚きのあまり落としてしまう花は? 原作のとおりアニメートされれば、花の無い病室に朝比奈さんにしっかりと抱きしめられた花が入ってきて、花をかかえた朝比奈さんが泣き出してしまうのですが、この描写から変更された理由はなんでしょう。あきらかに花を顧みないように変更されています。 これらのキョンを見ているだけでキョンに顧みられる事の無い花は、すくなくともチューリップではありません。 球根は消失長門でしょうか。通常世界への帰還を祝福するように七夕の夜空に輝くひまわりはハルヒなのでしょうか。誰も見ない花瓶の花と朝比奈さんの手元から滑り落ちてしまう花束はノーマル長門なのでしょうか。 <以下ちょっとだけデムパ妄想> チューリップの開花時期は4月です(!)。 長門マンションと北高前でジムノペディーが流れ、長門の心情を謳いあげていたように、マンションでの朝倉主催の食事シーンと、光陽園ハルヒがジョン・スミスの名を聞いた瞬間になぜかグノシエンヌが流れた事とあわせて考えても、「分裂」「驚愕」は ハルヒ=ソメイヨシノ 佐々木=八重桜 九曜=チューリップ になるのでないか、と今から期待しております。 </デムパ終了> 次に、やはり電車。 ハルヒの居場所を聞いたキョンが光陽園学院へ走る。体がたどり着くまえに、想いが祝川行き電車になって追い越してゆきます。 とうに諦めてしまった、「不思議」を知る男の名前を告げられたハルヒ。灰色の現実から解き放ってくれる、ジョン・スミスの名を聞いた光陽園ハルヒの視線の先へ、光陽園行きの電車は駆け抜けます。 3年間想い続けた記憶も、ハルヒの心を守る為に命を賭けた任務も忘れて光陽園に転校し、ハルヒの同級生として生きてきたのに、突如現れたキョンにかっさらわれた古泉がやりきれない悲しみに顔を背けると電車が駆け抜け、彼の「うらやましいですね」の声をかき消します。 七夕の駅前公園へ走るキョン。三年の時間を越えた公園には、秘密を知る人が待ってくれているはず。駆けるキョンの先へ、電車がゆっくりと発車します。*2) そして、天候。 12月の空は終始曇っています。以前から指摘してきたように、ハルヒ世界では天候はハルヒのテンションに連動していました。 8月の夕立、満たされない思い、雨に濡れるハルヒの髪 セミが鳴く10月の暑い休日 文化祭前最後の月曜。ハルヒと和解したはずなのに降る雨の中で、交錯する3大勢力の影 楽しいはずの文化祭、キョンすらもハルヒの姿を見ない中で体育館に降りだした雨。叫ぶように歌うハルヒ。どんな暗い闇の中でもいい、きっと運命さえも変えられる。だから話してほしい。 本サイトでは、単なる心象描写ではなく、ハルヒパワーの現れであると解釈してきました。 ところが、11月の「サムデイ イン ザ レイン」から曇ったままです。 陰鬱な曇り空は消失世界でも同じで、毎日どんどん暗くなり、20日は作品のテンションは高いのに画面は暗く、緑がかった画面になっています。 病室で目覚める20日夕方の天気は解りませんが、深夜の屋上では雪が降り出します。 雪のイメージはこの作品全体をおおっています。 16日に頭に三角帽を乗せたまま読書をしていた長門は、17日には頭に三角帽を乗せて雪の結晶の形をした紙細工を持っています。 消失世界では長門は雪の模様を刺繍したひざ掛けをしています。そして、本棚の「ハイペリオン」には雪の模様を印刷したしおり。消失長門もノーマル長門も同じ長門なのです。 前回指摘したように、この陰鬱な曇りも雪も、長門のもたらしたもの。 そこまではいいのですが、しかし消失世界は奇妙です。 よく見ると18日放課後の文芸部室は、自らを探し当ててくれた長門の喜びなのでしょうか、曇っているのに夕方のオレンジの光が影を作ります。 もっと早い時間のはずなのに、20日の文芸部室には陽光は差し込まず、蛍光灯が点いています。 一体この天候を操っているのは誰なのでしょうか。 もっと解せないのは、18日早朝です。明け方の曇り空の下で改変が行われると、吹いてくる風に雲が吹き払われ、長門の姿が差し込んだ月光に輝きます。 ……あれ、おかしくね?なんで晴れちゃうの?キョンが最初に消失世界で目を覚ました時は曇っていたはずです。 やはり消失は一筋縄ではいかないようです。 そしてやっぱり、鏡面反射…なのですが、 教室/文芸部室のガラス、キョンの部屋や長門のマンション入り口の鏡、消失長門の眼鏡、サイゼリアのコーヒー、消失長門の淹れたお茶など、これでもかと言うほど登場人物、特にキョンが写りこみます。よく覚えていないので、詳しくはDVDorBDが出てからまた論じたいのですが…… 18日の夜、自宅に帰ったキョンが見る自室の鏡などは消失世界と通常世界の対比。 サイデリアのコーヒーは水面に写っているキョンをスプーンでかき混ぜる事で 長門の眼鏡に写るキョンは真摯な長門の視線。 など、何度も写りこみの演出があります。これらは、20日の緊急脱出プログラム発動の伏線でもあります。 閉じていた目を開く場面は何回も繰り返され、これがまた重要なのですが、この時は特異な演出がされています。 目の前の風景が歪む→暗転、声は消失世界で出会った人たちの声→踏切の映像、声は古泉「うらやましいですね」→エレベーターの表示板、なぜか上向き表示。声は朝倉「ゆるさないわよ」→最後に逆さまになった文芸部室の映像にフェードイン→ゆっくり風景が半回転。 鏡の中と外が反転して通常世界に帰り、同時に消失世界はキョンの記憶の中だけの存在になります。 もう、どこにも消失世界は存在しない。サイデリアで戯れに古泉が言っていたように、キョンが帰還した事で彼らは永遠に消え去ってしまいました。 でも、本当に? これ以降、キョンは何度も消失長門を思い出す事になります。忘れられなくなった薄明のような微笑。「出会いをくりかえす」日はまたくるのでしょう。 鏡面反射はクライマックスの自問自答の伏線でもあるのですが、それは次回に *)^ ガイドブックp.34には”傘の骨”とあります。サムデイの傘=ハルヒの不在の象徴でしょうか。また、てりぃ様のOld Dancers Blogには消火器と傘が一瞬写ると書かれていました(→こちら)が、よくわかりませんでした。もし、消火器は18日の昼休みに8組が無い事に気付いたキョンが廊下の角で寄りかかっているあたりならば、キョンがショックの余り足が動かない描写や、後ろから教師/警備員に声をかけられるあたり一致していますから、消火器:赤コート朝倉⇔球根:茶色カーディガン消失長門の対応でしょうか。ガイドブックp.28の14番のスチルを見ると、奥のほうに左から赤ランプ、キョン、教師が見えます。 *2)^ 記憶が定かではありません。電車の向きが逆、つまりキョンと朝比奈さん(大)がハルヒ宅に向かう時に電車が到着するのが正解だったらごめんなさい。 *3)^ (11/09/23修正) (10/06/12)
消失世界初日に文芸部室の長机には黒い全集本が積んであります。キョンが崩してしまうのですが、1期OP(「感じるまま感じる事だけを」のあたり)にも本が落ちるカットがありましたね。本を落としてしまう事でキョンの動揺というかパニックぶりが表現されています。 黒地に金色の幾何学模様がかっこいいこの本は早川書房の「世界SF全集」です。2日目以降はこの本は本棚の左端に見えます。左側本棚の「クライム・ゼロ」「ボトムズ」「ハイペリオン」「エンディミオン」の左が「真・ク・リトル・リトル神話体系」ですが、その左側にある、黒字に黄色の楔のような模様が見える本です。 2ちゃんねるアニメ板の劇場版「涼宮ハルヒの消失」スレには文芸部室の本棚を再現しようと画像加工をしている方がいらっしゃいますが、いまだにこのあたりは埋まっていません。古い本なので解らないのかもしれませんし、絶版なので書影がみつからないのかな?市立図書館などには所蔵されているところも多いですし、googleで画像検索してもけっこう書影が出てきます。この古書店サイトだと白い本に見えますが、これは本を入れる函です。 ここには実物を持っている人がいました。 消失長門は箱の無い全集を古書店で購入したのでしょうか。 というわけで、当サイトをご覧になっている方がいらっしゃいましたら、消失スレに書き込んであげてください。 まとめwikiにも載っていないようです。 (10/06/13) 追記:6月19日に映画スレにうpされた映像に「世界SF全集」が見えます。茶色っぽく焼けた書影ですが。 (劇場版「涼宮ハルヒの消失」 Part133 http://changi.2ch.net/test/read.cgi/animovie/1276361723/586) (10/06/19)
河出書房新社の「文藝別冊/総特集・萩尾望都―少女マンガ界の偉大なる母」(→出版社サイト) 入手。 田舎町なので近所の書店には無く、中心街で捜し歩き、やっぱり無いので帰って自宅のPCで検索。M書店のサイトで発見。「希少」なんて書いてあったのに、棚に平置きだった!しかも隣には「非実在青少年読本」(徳間書房)!(→amazon) やはりそうか!私の勘は間違ってなかった。つうかM書店さんグッジョブ! なぜこの本を読みたかったかというと、幻の作品「フレアスター・ペティコート」が掲載されているからだ。 この時期に! で、「フレアスター・ペティコート」とはこういう作品です(→ブログの書評)。私の下手な要約よりこちらのブロガーさんの要約と感想をどうぞ。盛大にネタバレしますが、萩尾作品のネタバレが気になります?ストーリーでびっくりさせるような作品ではないので、読んだからと言って魅力が無くなる事も無いとは思います。 本作は永年単行本等に再録されず幻の作品になっていました。ふと思い立って検索してみて発見したのです。運命のようなものすら感じました。昔、本屋の店頭で立ち読みして、それでも買わなかったのは、希望に満ち溢れた少年(?)だったからなのでしょう。実際、ピンと来なかったような気がします。しかし、ずっと気になっていました。 30年ぶりに読み返してみて、確かに少女娼婦ヴィスタがタンバリンを叩き歌うシーンなど、「ラーギニー」や「銀の三角」を思わせる、というか「フレアスター」の発表はあれらの作品の前年なのですから、原型になった作品なのでしょう。 娼婦たちは歌います。 明日は/地球行きの船が出るという 朝の七時に出るという 故郷の/夢に病んだ/船乗りばかりを/乗せて 船が出るよ 船が出るよ ところが、主人公の髭の男が「ガキの方は/オレが買うよ」というと次の駒は ヴィスタの横顔と男の横顔にかぶさるナレーションまたはモノローグ もう船はない/人もいない 地球もない/明日もない この対比にゾクッときます。 旅に疲れ、旅に病み、たどり着いた男。夢に見るのは地球の事ばかり…のはずなのに、少女のスカートの下にきらめくフレアを見た男は地球ではなく、さらに遠くに行く船へと流れてゆきます。 初見の人の為に書いておきますが、裏表紙の絵にあるように、もともとはカラー作品です。少女がスカートをたくし上げた下に見える巨大な太陽は濃いオレンジと赤で描かれていました。太陽のフレア*)が何を意味するのかは明確でしょう。 ありていに言えば「男ってなんであんなモノがみたいのかしらねぇ。冒険心とスケベ根性って同じなのかな」という作品なのです。いやもちろん下品だったり、不快な気分になるような作品じゃないですよ。 こんなインタビュー記事もあります。 マット ユーリが翼を、羽根をなくした理由を話しているところを読んで、僕は当然、「これは性的暴行を受けたんだ」と捉えたんです。 萩尾 あ、そうですね。 -略- マット 「トーマの心臓」にしても「残酷な神」にしても、性的虐待の話が多いのは、自分の経験に基づいて描かれているんですか? 萩尾 うーん……いやそれはないんだけれど、なんか人格崩壊の憂き目に逢うような、精神的な虐待? ……というのがすごくよくわかる。 マット それは自分の子供の頃の? -以下略(是非読んでください!)- この時期にこの作品を出版する萩尾先生の勇気と後輩たちへの、そして漫画への愛に感動しました。 さて、ではもうすこし「非実在」関連。 上記の「非実在青少年◆読本」については、ここにインタビューがありました。(→非実在青少年◆読本を作った理由──徳間・大野編集長に聞く) 「改正案を作った側はエロ漫画や一部のアニメやゲームなどを個別に叩きたかっただけだろうが、知らないうちにクリエイターやファンすべての地雷を踏んでいたのだと思う」 同感です。「知らないうちに」というのはこちらを見ても解ります。(→Togetter - まとめ「【GJ!】非実在青少年規制に反対する自民党員が自民都議を説得してみた」) 「出版社の陰謀」ですか(溜息)、よっぽど意外だったんでしょうね。と言うべきか、都議会議員さんって、随分浮世離れしていらっしゃるんですね。圧力団体のひとの顔だけじゃなくて、都民の顔もごらんになったらいかがでしょうか。 昔から、私は「健全」という言葉にはいい印象はありません。そうか。私は不健全なのかね。 と思っていると、(→産経ニュース) 「ある意味、彼らは卑しい仕事をしてるんだから。あの変態を是とするみたいな(作品を見れば)。そういう人間がいるから商品として需要があるんだろうけれど。話にならんね」 「そんなのにおもねって反対するというのは…。普通の政治の世界だったら、数ってことで政党の(意見が)通ってしまうけど。普通の社会じゃありえないことですな」 萩尾先生、竹宮先生。私たちは変態らしいです。 でも閣下も、閣下のお言葉どおりなら「完全な遊戯」「太陽の季節」*2)「聖餐」とか書いて「卑しい仕事をして」らっしゃった「変態」ではありませんか?それを自認する事すらうやむやになさって、他人事みたいに「普通の社会じゃありえない」とか言い出すのって、ずいぶんと卑怯に見えてしまいますが。 そういいたいならまずは「オレは『卑しい』『変態』だ」とおっしゃってからです。「連中が果たして芸術家かどうかは知らないけど」と仰りたいなら、「文学なんて芸術でもなんでもない」と付け加えるのを忘れない事です。そうしなければ先人の威を借りているだけではありませんか。 もちろん言うまでも無いけれど「そんなことで描きたいものが描けなくなるなら作家じゃないよ」っていえるのって、あくまでも(元?)作家としての立場でしょう。法律(条例)をつくって圧迫する側で言う台詞じゃないですよね。 「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」という言葉があります。これは確かに作家の言葉ですが、政治の文脈でも用いられる、というか政治のプロなら必ずご存知でなけりゃいけない言葉だと思うのですが、違うのでしょうか。 どちらが「普通の社会じゃありえないこと」なのでしょう。 「それを主張する(権利)」というのは、政治的主張だけじゃなく、こちら(→wikipedia ヴォルテール#ヴォルテールの名言 )を読む限り、物書きの表現行為の事のように見えます。 まだどちらの本も買ったばかりであんまり読んでいないのですが、とりいそぎ。 *)^ ちなみにホンモノの太陽フレアというのはこんなの。(→国立科学博物館 太陽では大爆発がおきているのですか?) 「太陽フレア」で検索するとオカルト終末思想系サイトが大量にひっかかるのでご注意。 *2)^ こちらのブログ(→青少年の健全育成のために 「悪書」追放を全力で支持する) の要約がおもしろい。ギャグっぽい書き方ですが要約元の文章自体が人によっては不愉快な表現なので注意。 他の作品も作品名で検索すると要約が読めます。 こちらのブログは美少女戦士シリーズへの言及がおもしろいのですが、それはまた。 (10/06/22) |
→2010年7月分の雑記 :「どれみっちの穴」、非実在
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