山東の縦長銭荘票の図柄と中国の伝統文化
八仙、及び囲碁 (その3・囲碁)
加藤正宏
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三、囲碁
雑誌『収集』2010年12月号で、囲碁の対局にについて少しご紹介し、八仙の李鉄拐と呂洞賓の対局についても触れた。ところで、聚源永の銭荘票背面の下半分の図見ていただこう。八人の人物が見られる。子供のように描かれているのは、時として子供姿で描かれるという藍采和であろう。そして、左手前で碁を打っているのは、その姿からして、何仙姑と呂洞賓であろうか。八仙中でもこの二人は碁に長じていたと言われる。
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| 聚源永の銭荘票 | 聚源永の背面 | 背面の下部 |
一つの故事逸話がある。安徽省明
この最後の、仙界と人間界の時間の流れが違いなど、雑誌『収集』2010年12月号で紹介した『爛柯』の逸話に通ずる。
| 棋仙詩画選仙銭 南宋の朱熹 (朱子学の祖)の詩 『爛柯山』 |
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花銭に棋仙詩画選仙銭がある。図柄も幾つかあるようだが、いずれも正面は対局図で上部に「碁仙」の文字が見られる。背面には「局上閑争戦 人間任是非 空交採樵客 柯爛不知帰」の文字が刻まれている。これは南宋の朱熹(朱子学の祖)の詩『爛柯山』である。人間(じんかん)とは人の世界つまり世間、樵客とは『爛柯』逸話の主人公である王質のことである。仙人たちの碁盤上の静かな戦いを見ていた樵も、人間世界に立ち返れば、そこは空で何も無く、斧の柄が爛れぼろぼろになっているのが分かっただけであった。
唐の孟郊の詩にも『爛柯石』があり、「仙界一日内 人間千載窮。双棋未遍局 万物皆為空。樵客返帰路 斧柯爛従風。唯余石橋在 猶自凌丹虹。」と詠んでいる。仙人の世界の一日は人間の世界の千載に当る。二人が対局し未だ終わらずして、万物はみんな空となる。樵は帰路にあたり、斧の柄は爛れて風に従いぼろぼろと崩れ落ちるのを見た。仙人の対局していた場所には、唯一、虹のような石橋が、現在はあるのみである。
孟郊や朱熹が頭に描いた爛柯山は浙江省衢州市近くの山であろうが、爛柯山と言う山は、山西省にも、陝西省にも、広東省にもあって、それぞれに爛柯の逸話が伝わっているという。仙人は童子頭をした老人であったとも言われたり、李鉄拐と呂洞賓であったと確定しているものもある。仙人は不老不死ということもあり、童子姿で描かれることもあったようだ。李鉄拐と呂洞賓が対局していたという確実な逸話が伝わっているのは、八仙が集う五岳の一つ北岳恒山で、恒山の琴棋台がその対局の場であった。
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| 王質を描く絵画 | |||||||||
仙人と囲碁の伝説は数多く、また多くの文人が爛柯を題材にした詩を詠んでいる。古代において中国文化の影響を強く受けてきた日本でも、たびたび絵に描かれたり和歌に詠まれたりしてきている。紀友則の「ふるさとは 見しこともあらず 斧の柄の 朽ちし所ぞ 恋しかりける」(古今和歌集)や式子内親王の「斧の柄の 朽ちし昔は 遠けれど ありしにあらぬ 世をもふるかな」(新古今和歌集)などがその例である。
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| 雑誌『収集』 2010年12月号 で紹介 |
忠治堂の銭荘票 | 大義徳の銭荘票 |
劉海さんの銭荘票には、本誌2010年12月号で紹介したのを含め、異なる図柄のものが三種ある。残った二種の一つは義和號と忠治堂の銭荘票、もう一つは友桂軒、杏村居、大義徳の銭荘票である。大義徳の銭荘票である。
前者のそれは李鉄拐と呂洞賓の対局のようだ。
.後者は12月号のそれと同じく、年齢を逆転させた管輅の逸話だろう、観戦者の傍らに食べ物を入れた籠が見られる。
《参考図書》
*『今昔物語』集の巻第十一 本朝仏法部 上巻
佐藤謙三校注 角川文庫 1964年
*『中国花銭』張振才ほか3人 上海古籍出版社 1992年
*『古銭新典』(上)(下) 朱活 三秦出版社 1991年
*『銭幣 収蔵鑑賞全集』戴志強 吉林出版集団有限責任公司 2008年
*『中華吉祥物図典』劉秋霖 百花文芸出版 2000年
*『吉祥図案』中国書店 1986年
(ネットへの上梓:2013年3月上旬)