一、 はじめに
中国では俗説に「百行之首、以孝為先(ありとあらゆる行いの最初=トップは、先ず孝行である)」と言われてきた。即ち「孝道(孝行)」は中華民族の伝統的な美徳であり、民族伝統文化の精髄であった。中国社会で、千百年来維持されてきた家庭における基本道徳であり、人物評価の基本要素であった。孝行に関する著作や故事は枚挙に遑がない。その中でも、元代の郭居敬の収録した二十四人の孝子(孝女)故事は『二十四孝』に編纂されて、広く世に伝えられ、中国の老百姓(庶民)もちろん、中国だけでなく中国文化の伝播した近隣地域にも広まった。
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| 玉蘭貞秀の画 大舜(1) |
玉蘭貞秀の画 唐夫人 (17) |
歌川国芳の画 見立て王祥(18) |
歌川国芳の画 見立て朱寿昌(23) |
鈴木晴信の画 孟宗(21) |
日本もその中に入る。御伽草子に始まり、江戸時代には広く寺子屋でも教えられていたようだし、歌舞伎浄瑠璃でも一部引用されたり、浮世絵(玉蘭貞秀など)や、また北斎漫画ではそれらの故事を全て見ることが出来る。また、神社仏閣の欄間や天井、山車の彫刻などに描かれたたり、刻まれたりしてきた。明治時代に出版された「修身」の教科書にも故事の一部が紹介されたりしている。落語にさえ『二十四孝』の話がある。
とは言え、その孝行も封建社会の中で生み出されてきたもので、縦の関係を極端に重視しているため、故事の内容は現代から見て納得できないだけでなく、奇怪に思えるものや、全く肯定できないものなどがある。これらの視点は既に魯迅も抱いていており、その著作で、その故事の「孝道」への違和感、更に反感さえ感じたことが述べられている。
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| 江西省萍郷市の映画城の建物の壁面、二十四孝の絵柄 | |||||||||
社会において縦関係の重視された時代には必要な考え方であったのであろう。清の時代社会を引きずっていた民国初期(紹介の銭荘票は年月日の記載は無いが、縦長票は民国初期のもの)であってみれば、このような絵柄が取り上げられるのも頷ける。現代でも映画城などには彫像の『二十四孝』壁面が造られている(例えば1911年に赴任していた江西省萍郷市)。花銭ももちろん封建社会に造られたものである。
今回紹介しているのは、『二十四孝』に関連する票と花銭で、票は前回と同じく青島の劉海さんの銭荘票を活用させてもらっている。
二、『二十四孝』を描く銭荘票
劉海さん所有の銭荘票の中に『二十四孝』を描く銭荘票が三枚見られた。二枚はほぼ明確にその絵柄が確定できた。もう一枚は写真の撮り方が拙かったのか絵柄が不鮮明で、一部しか見当がつかなかったが、『二十四孝』の絵柄だと思われる。
先ず、前者二枚を紹介してみよう。
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| 「義生號」銭荘票の壹千文の表、表の二十四孝絵柄番号、背の絵柄 | |||||||
| 番号絵柄拡大図 |
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一枚は夏村集の「義生號」銭荘票の壹千文の面、その四周に『二十四孝』故事の絵柄が描かれている。中間の四周には朱柏廬の『治家格言』「黎明即起、灑掃庭除、要内外整潔;既昏便息、関鎖門戸、必親自検点。一粥一飯、當思来處不易;半絲半縷、恒念物力維艱。 宣未雨而綢繆、毋臨渇而掘井。・・・・・・・・・」が記載されている。最初の文は、「夜が明けたら直ぐに起き、庭の掃除をし、内外を整理し清潔にし;」と書き起こし、夕方に到る処世が記されている。次の文は「雨が降らぬうちに雨戸を修繕せよ、喉が渇いてから井戸を掘るようなことがあってはならない。・・・・・」と平明な処世訓が綴られている。これは『二十四孝』の絵柄と相通ずる、老百姓(庶民)教化の内容だ。背面はよく分からないが、女性が多いところを考えると紅楼夢の一場面であろうか。しかし、左上の人物たちは福禄寿とも見ることが出来る。
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| 銭荘が未定の銭荘票の表、表の二十四孝絵柄番号、背の絵柄 | |||||||
| 番号絵柄拡大図 |
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別の一枚は銭荘が未定でその名が印刷されていない票である。面はその四周に『二十四孝』故事の絵柄が描かれている。背面は昔の学校であろうか、多くの子供たち(机に向って勉強している子供もいる)と先生と見られる人物が描かれている。
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| 「振豊號」銭荘票の貮千文の表、表の二十四孝絵柄番号、背の絵柄 | 中央には、高官 | ||||||||
そして、全体が不鮮明な銭荘票だが、金口鎮の「振豊號」銭荘票の貮千文である。面は「義生號」銭荘票と同じく、四周に『二十四孝』故事の絵柄、中間の四周には朱柏廬の『治家格言』が記載されている。背面は上部に「和合二仙」が盒を開き五匹の蝙蝠が飛び立っているところ(本誌2010年12月号を参照)、その下「信」と「通」の間には「八仙」が描かれているようだ。
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| 「天官賜福」という吉祥図 | 「指日高陞」の吉祥図 | ||||||||
中央には、高官が巻物を広げている絵柄が見られる。この絵柄は一般に蝙蝠を伴い、「天官賜福」という吉祥図である。ただ蝙蝠がどれか定かではなく、太陽が描かれていることを考えると「指日高陞」の吉祥図かもしれない。前者なら天官(福神)に福を賜ると言うことであり、後者であれば、役人(官)として最速で昇官するという吉祥図になる。この二つの吉祥図は大いに関わりあるようで、「指日高陞」の吉祥図で高官が手許には「天官賜福」という文字が見られる。「なお、天官とは「三元大帝(天官、地官、水官)」の一つで、また福、禄、寿の三星中の福星である。
「天官賜福」や「指日高陞」の花銭も中国人インテリ層には愛されてきたものだ。二吉祥図が関わりが深いということでは、面背に「指日高陞」と「天官賜福」を同時に刻む花銭も多く見られる。その他に「指日高陞」と「福在随遍」や、「如意」や、北斗真君の絵柄なども見られる。変わったところでは瓢箪型の道光通宝にも「指日高陞」と八卦と「福禄(鹿の絵)」を刻んだものが見られる。
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| 面背に「指日高陞」と「天官賜福」 | 面背に「指日高陞」と「福在随遍」 | ||||||
| 面背に「指日高陞」と、「如意」 | 面背に「指日高陞」と北斗真君の絵柄 | ||||||
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| 瓢箪型の道光通宝にも「指日高陞」 と八卦と「福禄(鹿の絵)」 |
「天官賜福」 | ||||||
中央下の文は陶淵明(陶潜)『桃花源記』「晋太元中武陵人捕魚為業。縁渓行、忘路之遠近。忽逢桃花林。・・・・・」である。この文は日本でもよく知られている文で、明治、大正、昭和の中等漢文教科書にも採用されてきている。
周辺の左右及び下の絵柄はよく分からないが、戦闘場面などもあり、『水滸伝』や『三国志演義』あたり故事をとりあげたものではなかろうか。
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| 陶淵明(陶潜) 『桃花源記』 |
北斎漫画の『二十四孝』絵柄 | 中国の1930年代に発売されていた 香煙(巻煙草)のラベル『二十四孝』 |
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さて、本題の『二十四孝』に戻り、孝子(孝女)二十四人の故事と絵柄を簡単に紹介しておこう。番号は銭荘票の絵柄、北斎漫画の絵柄、中国の1930年代に発売されていた香煙(巻煙草)のラベルに付けた番号と同じにしてある。明清時代に四字句のタイトルと詩が付されるようになったが、多少地域によっては違いがある。
1、孝感動天 大舜―尭から禅譲を受け帝位についた人物
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隊隊春耕象、紛紛耕草禽。嗣尭登寶位、孝感動天心。
父や弟のひどい仕打ちにも、孝行する舜に天が象や小鳥に工作を助けさせる。
銭荘票の絵柄(象が目印、高官は尭であろうか)
2、親嘗湯薬 前漢文帝劉恒
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仁孝臨天下、巍巍冠百王。莫庭事賢母、湯薬必親嘗。
帝位にあっても、母の病床に際し、常に薬の毒見をする。
銭荘票の絵柄(病床の傍らの高官)
3、噛指痛心(心痛寧家) 曾参―孔子の弟子
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母指才方噛、児心痛不禁。負薪帰未晩、骨肉至情深。
急な人の来訪に、指を噛む母の心が子に伝わり、急ぎ帰宅する。
銭荘票の絵柄(母の前に立つ、天秤状の柴を、手にした或いは背負った男)
4、百里負米(負米養親、為親送米) 子路(仲由)―孔子の弟子
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負米供旨甘、寧辞百里遥。身栄親已歿、猶念旧劬労。
(負米供甘脂、何辞百里遥。身栄親已没、猶念脹劬功。)
両親の為に、遠方から米をもらって、背負って帰る。
銭荘票の絵柄(米を背負って帰宅した男)
5、蘆衣順母(単衣順母) 閔損(閔子騫)―孔子の弟子
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閔氏有賢朗、何曾怨晩娘? 尊前賢母在、三子免風霜。
父を車に乗せ外出した時、継母が彼を差別し単衣で過していたことに気づいた父の継母離別の 申し渡しに、腹違いの兄弟たちのことを考慮するように嘆願し、離別を思いとどまらせる。
銭荘票の絵柄(父を乗せて車を引く男児と女性と二児)
6、鹿乳奉親 郯子
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老親思鹿乳、身挂褐毛衣、若不高声語、山中帯箭帰。
老いて眼を患っている両親の為に、鹿皮を身につけて鹿の群れに入り、鹿乳を求め、狩人に射ら れそうになる。
銭荘票の絵柄(鹿皮を着て、猟師の前に跪く男
)
7、戯彩娯親 老莱子
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戯舞学嬌痴、春風動彩衣。双親開口笑、喜色満庭閙。
父母に老いを意識させないために、七十歳にもかかわらず、幼児を演じて父母を慰める。
銭荘票の絵柄(両親の前で、子供のように戯れる老人)
花銭の絵柄が入手できず、台湾の切手を入れておいた。
8、売身葬父 董永
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葬父貸穴兄、仙姫陌上逢。織布償債主、孝感動蒼穹。
父の葬儀費用のために身を売り、天女に助けられる。天女は機織って身請けの費用を作り、天 に上っていく。
銭荘票の絵柄(多くの絵柄は天女が機を織っているものか、天上へ帰っていく絵柄であるが、紹介した銭荘票では董永が跪き天女に感謝している絵柄)
9、刻木事親 丁蘭
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刻木為父母、形容在日時。寄言諸子侄、各要孝親闈。
両親の木像を刻んで、生きた父母のように仕え行動する。
銭荘票の絵柄(両親を模した人形の前に立つ男)
10、行傭供母 江革
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負母逃危難、窮途賊犯頻。哀求倶得免、傭力以供親。
戦乱の中、母を背負い危機を逃れる途中、賊に捕らまるも、その孝行により放免され、雇われて 母に食を供する。
銭荘票の絵柄(母を背負って歩く男)
11、懐橘遺親 陸績
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孝悌皆天性、人間六歳児。袖中懐緑橘、遺母報乳哺。
ご馳走にでた蜜柑を二つ懐に持ち帰ろうとして見つかったが、それは六歳の陸績が母に食べさせ たかった行為だった。
銭荘票の絵柄(高官の前で弁明している子供)
12、埋児奉母(為母埋児) 郭巨
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郭巨思供給、埋児願母存。黄金天所賜、光彩照寒門。
母に食べてもらうため、子供の食を削ろうとし、子供を葬って埋めようとする。曰く、「子供はまた 授かればよい。母が死んだらそれっきりだ。」と。しかし、天が地下に黄金の入った壷を用意し、そ の孝意に報いる。
銭荘票の絵柄(子供を抱いた女性の傍らに立つ鍬を持つ男、或いは土地神の象徴で山地)
13、扇枕温衾 黄香
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冬月温衾暖、炎天扇枕涼。児童知子職、知古一黄香。
暑い時期には親の枕を扇ぎ、寒い時期には布団を自らの肌で温めておく。
銭荘票の絵柄(団扇で扇ぐ子供)
14、拾葚異器(拾橘供親) 蔡順
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黒葚奉萱闈、啼飢泪満衣、赤眉知孝順、牛米贈君帰。
赤眉軍兵士に問われ、熟した黒い桑の実は母に、硬い赤い実は自ら食べると。
銭荘票の絵柄(兵士二人に尋問されている男)
15、湧泉躍鯉 姜詩
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花銭は 湧泉躍鯉ではなく 右に見るように 晨昏亭省になっており、 本来の二十四孝とは異なる。 晨昏亭省は礼記にあり、 父母に、 朝夕気遣う礼節のこと。 |
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舎側甘泉出、一朝双鯉魚。子能事其母、婦更孝於姑。
泉が湧き、母の求める美味しい水が、また毎日二尾も鯉が飛び出す。
銭荘票の絵柄(水汲みの絵柄か、泉の鯉の絵柄だが、銭荘票では明確に分からず、最後にのこ ったものを15とした。)
16、聞雷泣墓 王裒
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慈母怕聞雷、冰魂宿夜台。阿香時一震、到墓繞千回。
雷を聞き、雷を怖がっていた母の墓に駆けつけ、墓前を巡って、母の墓に付き添う。
銭荘票の絵柄(傍らの仮小屋から墓を見守る男)
17、乳姑不怠 崔山南の祖母唐夫人
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孝敬崔家婦、乳姑晨盥洗。此恩無以報、願得子孫如。
歯が抜けて食べ物が噛めない老母に、自らの乳を飲ませて怠らず。
銭荘票の絵柄(老母に乳をやる女性の傍らに子供)
18、臥冰求鯉 王祥
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継母人間有、王祥天下無。至今河水上、一片臥冰模。
鯉を食べたがる継母の求めに応じて、半裸になり肌で氷を解き鯉を献じる。
銭荘票の絵柄(屋外で半裸の男)
19、恣蚊飽血 呉猛
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夏夜無帷帳、蚊多不敢揮。恣渠膏血飽、免使入親幃。
裸になり、蚊の飽きるまで、自分の身体を吸わせて、父親を蚊から守る。
銭荘票の絵柄(部屋の中で半裸の男)
20、扼虎救父 楊香
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深山逢白虎、努力博腥風。父子倶無恙、脱離饞口中。
まだ童年だった楊香が虎をつかみ、銜えられていた父を救う。
銭荘票の絵柄(倒れた人物の傍らで虎と格闘する子供)
21、哭竹生笋 孟宗
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泪滴朔風寒、蕭蕭竹数竿。須臾冬笋出、天意報平安。
母の求める筍を冬の竹林に入り探すも、見つからず、泣き悲しむや。筍がにょきにょき。
銭荘票の絵柄(竹林の中の男)
22、嘗糞憂心 庚黔婁
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到件未旬費、椿庭遺疾深。願将身代死、北望起憂心。
父の病状を大便を嘗めて憂い、生命を司る北斗の星に我が身を身代わりにと祈る。
銭荘票の絵柄(病人と糞を嘗めている高官)
23、棄官尋母 朱寿昌
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七歳生離母、参商五十年。一朝相見面、喜気動皇天。
母と七歳で別れて五十年にもなり、官職を棄てて、母を尋ねる。
銭荘票の絵柄(戸口で母に挨拶している高官)
24、滌親溺器(親滌溺器) 黄庭堅(山谷)
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貴顕聞天下、平生孝事親。親自滌親溺器、不用婢妾人。
名声を得、身分が高くなるも、自ら親のオマルを洗う。
銭荘票の絵柄(オマルを洗っている高官)
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山東の縦長銭荘票の図柄と中国の伝統文化
二十四孝(王祥・孟宗・董永など)の図柄と花銭
-その1
加藤正宏
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