強力伝 2008.6.12

池上 遼一 強力伝 前編の扉
|
最近、いくつかの山岳漫画を読んでみて、ふと小学生の頃に読んだ「強力伝」を読み返したくなった。記憶に残っているのは富士山の強力が数百キロの石を背負ってどこかの山に運び上げる話。四十年ほど前に読んだのだけど、落石で負傷して足からピューと血が噴出する場面を鮮明に覚えている。アマゾンで検索するとすぐ見つかった。「池上遼一の珠玉作品集2」に収録されていた。古本しかなく、価格はなんと1円! 絶対に手に入らないと思っていたものが簡単に入手できるなんて、恐るべしネット社会! 届くまでにいろいろ調べてみると強力伝は新田次郎のテビュー作であり、第34回直木賞を受賞していた。だから漫画化されたんだな。新田次郎は小説家として多くの山岳小説を残している。孤高の人、槍ヶ岳開山、八甲田山死の彷徨、武田信玄(これは歴史小説)、劒岳 点の記(映画撮影中)、などが特に有名で多くの作品が映画化されている。 新田次郎は専業の小説家ではなく、気象庁に勤める公務員だった。(公務員って兼業禁止じゃなかったですか?) NHKプロジェクトXで放映された富士山レーダーの設置では気象庁測器課長として工事の指揮をとったことから富士山レーダー生みの親とされている。また、無線ロボット雨量計(アメダスのこと?)の発明で運輸大臣賞を受賞するなどしている。(省庁間といういわば身内に賞を与えるというのは変、と思うのは私だけですか?) よくよく考えてみると気象庁勤務であったからこそ「強力伝」を書き、「劒岳 点の記」を書けたのだろう。それにしても何という才能と業績だろうことか。これほどまで連続して成功を得る人なんて、妬みたくもなるが彼の小説は良い。主人公は実在の人物、もしくはモデルがいてその人柄を詳細に記述し、その苦労にスポットを当てる。本当にそのような人だったのかな?とも思うが多くの資料を集め、足を運び、執筆したということなので誠実に書かれたのだろう。読んだらファンにならないまでも心に残る。加藤文太郎、播隆上人、柴崎芳太郎、自分が持っている人物像はみんな新田次郎が創り出したものなんだ・・・
|