土田晶子さんは常連客の一人。
いつもうつむき加減でやってきては、静かに買い物をすませる。
その静けさが休火山のように、なんだかとても怖い時がある。
熱くたぎったものは、外から容易に窺えない。
 「 入梅 」  土田晶子

ガーゼを千切ったような月が雨雲に滲んでいる。
梅雨はじまる。
私は蛍のことを知人にたずねる。
谷町という谷あいの町に、数十年ぶりに蛍があらわれた
というニュースをきいて訪問したのは昨年だった。
今年はまだみかけないという。
雨催いの夜の樹木の匂い、草の匂い、水の匂い、
それらは幼い日にみた蛍柱につながる。
幾千匹の蛍が河面に群れて青白い火柱となっていた記憶は、
年と共に鮮しくなっていくのに、去年の蛍ははかなく消える。
古びた赤煉瓦の鉄道管理局の正面に咲く泰山木へ、
いつしか話題は移っていく。