・著者紹介 

  

 本文著者の名は『鬼頭 康』といい、
 何のひねりもなく『キトウコウ』と読む。
 昔広島だか岡山だかで、同じ姓の弁護士だか何だかが、
 犯罪を犯して裁判沙汰になったというが、
 その男とは縁もゆかりも無いという話である。
 そもそも、その弁護士然り、
 『先生』と名の付く奴にロクな奴はいない
 と言われることがあるが、
 彼、キトウコウも以前教師をしていたという話である。
 1996年〜2002年の6年間を、
 長野県にて教師として小学校、養護学校に勤めたというが、
 はたまた疑わしいものである。
 そのころの彼を知っている方が居られたら、
 ぜひご連絡いただきたいものである。

 旅立ちの動機について、彼曰く、
 『人の人情に触れる職に生きがいを感じたがために、
 あえてその職を辞して旅に出た』
 と、ふと聞けば矛盾したことを抜かしておるが、
 大方、給食費滞納などで、懲戒免職にでもなったのであろう。

   

 ・旅立ちの経緯 

  

 彼は2002年、
 ワールドカップで日本中が盛り上がっている最中に出国した。
 陸路、ラオス、タイ、カンボジア、タイと移動し、
 オーストラリアへ渡ったという。
 語彙力が乏しいくせに流暢に英語を話すふりを得意とする彼は、
 メルボルン市郊外の地元公立学校にて講師の職にありつき、
 かなりの額の給料をせしめていたということで、
 まったくもってサギである。
 ちょうど1年間オーストラリア滞在後、カンボジアに戻り、
 4ヶ月もの間孤児院に寄生し、
 よりにもよって孤児院から食・住をたかっていた、人でなしである。
 唯一の救いは、週6日、一日8時間英語を
 子供たちに教えていたことであるが、 所詮前述のサギ英語である。
 詳しくはトップページにリンクされている
 『クマイの国』をお読みいただきたい。

 その後、2004年3月再び中国は上海から大陸横断の旅を始める。

  で現在地を確認。

 

 ・本サイト『嘆きの大地』について  

 本稿『嘆きの大地』は、
 チベット南東に位置する中国雲南省から、
 北に、四川省・青海省と北上、
 その間本来なら中国最西端から
 パキスタンに入国するはずであったのだが、
 計画性の無い彼は、
 途中でパキスタンビザの有効期限が切れてしまい、
 やむなくチベットからネパールへ抜けていこうとした際に、
 著者が感じ、考えたことを、
 珍しくまじめに書きとめたものである。

 そして、コンピューターにまったく能無しの彼に代わり、
 このような美しいウェブサイトを製作してくださったのが、
 本文中にも紹介されている、チベット初段、写真も堪能な、
 石田哲也氏である。
 能無しの著者に代わって、ここで厚くお礼を申し上げる次第である。

 2004年12月5日 オニガシラヤス(インドの首都デリーにて)