ゴジラの思い出
怪獣との出会い
『ゴジラ』(1984年版)が私とゴジラとの出会いだ。当時小学1年生、7歳だった。
だが怪獣との出会いはもう少しさかのぼることになる。おそらく東映のヒーローものを別とすると、怪獣を最初に知ったのは『ウルトラマン80』だ。本放送以来見直したことはないけど、今も青い闇をバックに怪獣と戦うウルトラマンの姿は頭に焼きついている。
それ以降、保育園児の頃で覚えているのは『サンバルカン』や『仮面ライダースーパー1』、宇宙刑事シリーズ、『ガンダム』や『イデオン』、『ダグラム』といったサンライズのアニメ作品、再放送の『ゴレンジャー』、『マジンガーZ』、『ゲッターロボ』などなど、それから忘れてならないファーストガンダム(何度目かのリバイバル放送を見てたはず。劇場版3作目『めぐりあい宇宙』は映画館に見に行った・・・けど途中退場したのを覚えてる)。保育園の頃、はじめて一人で組み立てた模型はイデオンのプラモだった(もちろん色なんて塗らないけど)。親の手を借りずに、一人で組み終わったときの興奮は忘れられない。その興奮を覚えているから、今も模型を作り続けているのかもしれない。
そして朝の6時くらいから毎日放送していた『ウルトラセブン』『ウルトラマンA』。
ずっとTVにかぶりついて見てた。
よく、リアルタイムで体験した世代が、そのことを誇ったりもしているけど、ボクらだって追体験じゃなく味わっていたんだ。それらの作品を。それらの作品が生み出した世界観を。
そりゃ、社会現象とまでなってるようなブームは体験していないけど、その歳頃の小さな世界の中では充分大きな社会現象だったんだ。
そんな中でゴジラと出会った。小学1年生の冬。
今でも家族4人で映画を見に行く途中、デパートのチケット売り場で前売り券を購入する風景や、帰り道、感想をしゃべりながら夜道を歩いていた風景をはっきりと覚えている。
今見ると、子供には難解で娯楽性も低いような気がするけど、当時はそんなことはなかった。ゴジラというキャラクターの持つ、他の怪獣とは違う重みっていうんだろうか、テレビの怪獣とは違った雰囲気に飲まれたのだと思う。
ゴジラとの再会
初代ゴジラとキンゴジを別格にすると、実は一番好きな作品は『ゴジラの息子』で、その次が『ゴジラ対ヘドラ』『メカゴジラの逆襲』だ。
『ゴジラの息子』が好きなのには明確な理由がある。1984年版の『ゴジラ』で、映画怪獣を知ったオイラが次に劇場で見たのが『ゴジラの息子』だった。
地元の東宝で新『ゴジラ』公開の翌年1985年夏休みに特別企画があった。新『ゴジラ』のリバイバルと『ゴジラの息子』のカップリング上映だ。『地球最大の決戦』あたりをリアルタイムで見、新『ゴジラ』で怪獣映画に(たぶんノスタルジックな思いで)呼び戻された親父は、二人の息子を連れてその劇場に足を運んだ。
当事小学2年生だった兄の雲斎少年にとって(幼い弟にとっても)、それはスクリーンでのゴジラとの再会だった。そこで再会したもう一つのゴジラは、最初に見たゴジラとは違うキャラクターだった。でもそんなことは関係ない。おもしろかった。新『ゴジラ』も『ゴジラの息子』も違う魅力を持ち、それぞれがおもしろかった。興奮した。
特撮映画の日々
小学1年生の『ゴジラ』から小学6年生の『ゴジラVSビオランテ』までの間は長い。おそらく私達の世代ほど怪獣映画に不遇な世代はないのではないだろうか。そんなタイミングでの「体験」だと、好きだろうが嫌いだろうが「怪獣」という存在が根付かない。
特に『ゴジラ』の直後、過去の作品を見直すことは難しい時代だった。リバイバル上映で『ゴジラの息子』を見ることは出来たものの、それ以外の手段はほとんど無かった。
そこに現れたのが親父の職場の後輩である。
レンタルビデオはもちろん、家庭用のビデオデッキすら一般的でなかったその時代、その人はなぜかダビングした昔の特撮映画やテレビ作品、アニメ作品のビデオを大量に持っていたのだった。親父は(よせばいいのに)息子のためにそれらのビデオを借りてきてくれた。ビデオデッキは家に無かったので、映像関係の仕事をしていた伯父から借りてきた。
そのときに過去の名作はかなりの数を見た。小学校低学年でのその体験は後々に大きな影響を与えたし、恵まれていたのだと思う。
そのとき見た作品を覚えているだけ挙げてみると、初代『ゴジラ』『モスラ対ゴジラ』『地球最大の決戦』『南海の大決闘』『地球防衛軍』『ラドン』『モスラ』『フランケンシュタイン対地底怪獣』『サンダ対ガイラ』『キングコングの逆襲』『仮面ライダー(旧1号)』『スペクトルマン』『ミラーマン』『デビルマン(TV)』『ジャイアントロボ』『大鉄人17』・・・・・・。
まだあったかもしれないし、記憶違いもあるかもしれないけど、有名作からマニアックなのまで、いろんなものを見た。今だに見直したことは無いけど記憶に強烈に残ってるもの(ミラーマンとか)もあるし、なぜかウルトラシリーズは無かったり(発売されてなかったのかな?)。
この体験が無かったら、今のオイラはいないと思う。
そうそう、このちょっと後になると、土曜日の午後にはよくよくガメラシリーズを放送していた。また次第にレンタルビデオ店も一般的になっていった。1本千円近かった記憶もあるのだけれど。確か『怪獣総進撃』や『ゴジラ対ヘドラ』あたりはレンタルで見たのだと思う。
その頃の友人達の中にはは怪獣好きを公言するヤツはあんまりいなかった。怪獣博士なんてのもいなかった。自分自身だって当時放送してた戦隊ものや『仮面ライダーBLACK』は弟達の世代のものと思ってあまり見てなかった。高学年になる頃にはお決まりのビックリマンからミニ四駆、RCカーに熱中し、購読するマンガ雑誌をコロコロからボンボンにのりかえてSDガンダムにはまったり、当時の少年達の中でも一般的だけど着実に「マニア」の芽は育っていた。
『ゴジラVSビオランテ』前夜〜
運命的な出会いというものはあるものだ。
小学6年生のある日、ひょんなことで図書券を手に入れなければ、その図書券で模型雑誌「ホビージャパン」を手に入れなければ、おそらく今は模型なんて作ってないし、特撮映画も見てないんじゃないか。
手にしたのは1989年10月号。表紙が『機動戦士ガンダム0080』のガンダムアレックスの号だ。マンガ雑誌『ボンボン』でガレージキットの存在を知っていたのだけど、それほど深くは知らなかった。当時のホビージャパンは少し大人の香りのする(金額的にも)小学生には手の出ない雑誌だった。もらった図書券の使い道を考えてたオイラはそのホビージャパンを購入した。自分の今後の人生が決まってしまうとも知らずに。
その号には『ゴジラVSビオランテ』の製作発表と撮影風景の記事が載っていた。
その何ヶ月か前、たまたま東宝の映画館の前を通りかかった時、公開中の作品のポスターとは離れたところに貼ってある一枚の一面真緑のポスターが目に留まった。『ゴジラVSビオランテ』。その時は「へえ、ゴジラの新作かあ」程度にしか思っていなかったのだが、その敵が何とも知れないそのポスターのことはよく覚えていた。
それから毎月、ホビージャパンを購読することになる。『ゴジラVSビオランテ』の記事も追っかけていた。だが当の『ゴジラVSビオランテ』を見に行ったのは、弟が見たいと言い出し、それを家族で見に行くことになったからだ。だから最初はそんなに乗り気でもなかった。見たいとは思っていたけど、思い入れが強いわけでもなかった。
ところがこれがまた面白い。
それに今度は作品を見て楽しむだけじゃない。ホビージャパンや各種ムックが手に入りやすいところにあった。作品のバックグラウンドを知り、薀蓄を読む。怪獣を模型にする世界があることも知る。それをやっているのは大人だ。怪獣、特撮映画が子供のものじゃなく、大人が楽しんでもいいんだということ。
本来ならそろそろ怪獣から卒業、あるいは卒業していてもいい時期に、オトナがまじめに特撮を論じている世界を知った。
それっきり、オイラは特撮映画を好きでい続けている。
(2005.8.7了)