topページへ戻る

 

チビ等 top へ戻る 

 

 


病気


 

得てして子供は病気にかかる。軽い風邪に始まり、おたふく・はしか・みずぼうそう・冬の下痢・中耳炎

りんご病・ヘルパンギーナ・etc.etc... うちのチビ等も例外ではない。今、これを作成している横でチビ介

は熱出して寝ているし、チビ子は2歳の時に肺炎で入院した。それが彼女の最大の病気かな…。それ

はそれで大変だったけど、今回書こうとしているのはチビ介がもって産まれた「海綿状血管腫」というやつ

 

1998年7月26日 午後3時43分 3512gで彼はこの世に生を受けた。出生前に性別は聞いていな

かったが、何となく女の子であると疑いもしなかった私は彼を見て「……あれ?」と思った。まさか、私が

男の子を産むなんて…私の生家は完全に近い女系だった事もあってかなりの驚きだった。大きいだけ

あって(産道を通れるか、事前に検査をしたくらい)新生児にしてはしっかりしており、泣き声も立派な

ものだった。後産が上手くいかず、私が手術をうけるため(と、言っても医師が手を突っ込んで胎盤を

引っ張り出すだけの事だが…それでも3万円かかったのだ、手術代として)早々に彼は新生児室へと

運ばれて行った。分娩台の上で安静にしている間、助産婦さんから彼の首に血腫がある事を聞かさ

れた。多分、分娩時にどこかで圧迫されてできたんだろう、と。頭血腫とか産瘤は知っていたので、そん

なもんだろう、と特に気にもしなかった。珍しいものではないし産瘤はすぐに消える。頭血腫だって2、3

ヶ月も経てば消えてしまうのが大体だ。私は病室へ戻った後も21時までは起き上がるのを禁止され、

お見舞いに来てくれた家族が彼に会って帰っていった。21時半くらいであったろうか、トイレに行きがて

ら新生児室をのぞくと、たまたま看護婦さんがいて彼を窓際まで連れてきてくれた。可愛いらしい寝顔

だった。その夜はやはり疲れていたので、ぐっすり寝た。私が出産した病院はその当時母子別室で、

授乳を始めるのは出産時間にもよるが、大抵18時間後からだった。だから朝の授乳はさせてもらえず

昼の授乳からになるであろう…と思っていたら、9時頃呼び出しをくらった。 あれれ、ちょっと早い…?と

思いつつナースステーションに行ってみると、見慣れない顔…小児科の医師がそこにいた。曰く、彼の

検査結果で白血球の数値がおかしく、若干発熱しているとの事。治療の為、保育器に入る事になり

ます、授乳はしばらく様子を見てから…とな。4台ある保育器の中、どう見ても未熟児のちっちゃな仲

間に交じって、保育器に入れるぎりぎりの大きさの彼が、とっても場違いに見えてちょっと笑いを誘った。

血腫の件は金曜に専門(形成外科)の先生が来るので、その時に診てもらいましょう、という事でその

時は特に話題にあがらなかった。その日と次の日はする事がなく(授乳がないのでオムツ替えも、沐浴も

何もない。そもそも子供に会えない)張ってくる一方のお乳を1人淋しく搾っていた。でも、その病院は搾

乳したお乳を子供にやってくれていたので、非常に感謝している。割と面倒くさがってやって下さらない病

院も多いとか…そして、2日めの夕方の授乳では自分で搾乳したおっぱいを飲ませていいという事になり

消毒をうけ白衣を着て、初めて保育器の中の我が子に触れる事ができた……。まだまだ続くよ!!!

 

その2へ続く…

 


 

チビ等 top へ戻る

 

topページへ戻る