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病気 その5


 

その後の経過は良好だった。 と、言っていいのだろう。患部が大きくなる事もなく、チビ介が痛みを

訴える事もなく、周りの人間もチビ介が病気持ちだという事を忘れるほどの日々であった。もちろん

私を除いてだが…。 私は曲り形にも彼の母親である。定期検診には私が連れて行く、事が暗黙

の了解であり、当たり前だが日常の彼の世話も私がしている。私の母親辺りは 「次に病院に行く

のはいつだっけ?」 と彼の病気に無関心であった訳ではないのだが、ダンナなぞは受診日はおろか

主治医の名前・病名すら覚えていない始末だった。…これでは、私が彼の病気を1人で背負って

いたと言っても過言ではあるまい。 そして、確か9月の頭だったと記憶しているのだが…チビ介がハ

ンディキャップを持って産まれたのだ、と認識させられる出来事が起こった。 この程度じゃねぇ・・・。

 

それまでは、彼の病気など 本当に大変な方達に比べたら屁でもないと思っていた。実際にそうな

のだが、だからといって全く問題ない子達と同レベル、ともいかない現実に直面したのだ。 チビ子が

産まれてすぐ、郵便局の学資保険を始めた。父親の年齢で保険料が決まる為、出来るだけ早く

加入しようとチビ介も産まれてすぐに加入申し込みをした。すぐとはいえ、面接がある関係で8月の

中旬を過ぎてからだったと思う。そして、9月の頭。 不受理の連絡を受けることになったのであった。

 

誰も知らない事であるが、私はちょっとだけ泣いた。 保険にすら入れない体で産んでしまってゴメン

ね、と、ようやく首がすわり始めたばかりの彼に謝った。 穢れを知らない彼の澄んだ瞳を見ていると

申し訳なさでいっぱいになり、さらに少し泣いた。しかし、私は母親であり、我が子達が頼りに出来

るのは私しかいない。 しっかりしなくては!と自分に言い聞かせた。 私が甘えられる人はいないの

だ。 それに、彼の病気など 病気のうちに入らない!しっかりしろ、と 自分自身を 奮い立たせた。

命を賭けて、病気と 懸命に戦っている親子が 世の中にはゴマンといるのだ。 恥ずかしいゾ! と。

 

話は少しそれるが、この日を境に私はしばらく募金・寄付オタクになっていた。 私個人が出来る事

は微々たるものだけど、そう思って行動した人が多ければ多いほど、結果が出るから、と。今 現在

でも続けているのは盲導犬協会への寄付と、定期的な献血(あまりOKが出ないのが 玉に瑕…)

ドナーカード(臓器提供意思表示カード)所持、腎臓・アイバンクへの登録・寄付、骨髄バンク

の登録・寄付、ドナルドハウスへの募金といったところだろうか…。 リンクを張ってみたので、興味が

おありの方は是非サイトを訪れてみて下さい。 もちろん、強請などはいたしません。脱線しまくり。

 

大分話がずれてしまったが…。 結局は、たかが保険に加入するのを断られただけの事。 過ぎてし

まえばどうという事もない。 しばらくは何事もなく日々が過ぎて行き、1歳になる直前の定期検診

で次回は半年後、という事になった。 半年後も問題はなく、私はそろそろ手術の事を考え始めて

いた。 いや、手術をお願いするのは大分前から決めていたのだが、具体的な日程を T 医師と相

談したり、周りの者に手術の話をし始めたのが この頃だった。 チビ介は もうしっかり歩き出し、言

葉もかなり出てきて やんちゃ坊主になりつつあった。そうそう、この頃から既に英語に興味があり、ア

ルファベットの名前を読みはじめていた(シー・エイ・ティー キャット!という風に。フォニックスはまだ

知らなかった。) 彼はまず アルファベットが読めるようになり、数字 (英語読み→日本語読み)→

平仮名→カタカナ→英語(フォニックス読み?Akabane赤羽をアカバーンとかShioiri汐入をショイリ

とか読む。)→漢字 と進んでいる、ちょっとヘンな奴である…。 まぁ、それは無事に手術が終わって

からの話になるのだが。 2歳になる前に…と、平成12年6月に執刀予定を組んだのであった・・・。

 

その6へ続く…

 


 

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