●2/1
このページの日記は、いちいち改行ごとに<BR>ってタグを半角で打たなきゃならんのが面倒っす。
BRを自動的に付してくれるフリーソフトを使ってるんだけど、それでも手間かかりすぎっす。
ちうわけで、ブログ登録しちゃったい。
昨日できたばかりのYAHOOブログ。しかもベータ版。
あんなに文句を言っていたYAHOOのブログ。
たぶんココに書いていたように日記は、今後ブログに書き込みますなり。
規約を見ると、YAHOOの判断で予告なしにいつでもブログを削除できるとあるので、まあせいぜい、いつ削除されてもいいようにローカルにデータを残しながら更新していこうと決めたのでした。
●1/27
野郎海松さんの提言を拝読。一読して予が真っ先に連想したのは、清水義範『私は作中の人物である 』なりね。
レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』を読んだことがない清水氏が、「さらば〜」のカバーに書かれた「主な登場人物」だけを頼りに、そのストーリーやら犯人やらを憶測するという小品だ。「私は〜」を一読して予は、
「あ、これは面白い遊びだな」
と思ったのだが、実際には、まだ一度もやっていない。「SF好きなの? それならこんな本がオススメでっせ」
という情報提供も意義深いと思うけど、予は清水氏や野郎さんのような遊び心も買いたいねえ。
未読の古典・名作の「主な登場人物」(特に翻訳ものにはよくくっついている)を見ただけで勝手にストーリーを憶測して作ってしまえば、なんと自作の小説まで書けてしまうというオイシイ話……まあ、首尾よく行けばの話だけどね。……あ、ちなみに予はチャンドラーを読んだことはございません、とほほ。
(『長いお別れ』は数年前に途中で挫折して、ホントに長いお別れになったきりですな……)●1/23
以前の日記に書いた通り、角火鉢がヤフオクで売れた。
ひとりでは持ち抱えられないほどの大きさで、梱包がクソ面倒だったものの、まあ適当にダンボールやら中古のカーテンやらを巻きつけて、形式上は終わらせた。←形式上では問題ありだと思います ←もう知りません
愚弟が言うんです。
「こんなのは、日本よりも海外で売れるんちゃうの? アメリカのヤフオクに出品すれば良かったのに」
アメリカ人(日本人にとって、アジア人以外はすべてアメリカ人である)には JAPANESE ITEM が喜ばれるであろうという、なんともステロタイプな考え方ですが、それはそれで検討するに値するのかもしれない。
でも、そういうことは、ヤフオク(JAPAN)に出品する前に言うてくれ。
まあ、他の商品でも考慮に価するかと思い直し、
「JAPAN」
「JAPANESE」
「SAMURAI」
「DRAGON BALL」
「HAYAO MIYAZAKI」
「HAMTARO」
「Yu-Gi-Oh」
などのキーワードで検索してみたが、どうも思わしくない。
そもそもロクに英語が読めないのに、ヤフオクUSAに近寄ろうというのが無謀だ。
でもいいもん。
だって結局、角火鉢が売れたのは、日本在住の西洋人だったもんねー。メールでは「家内」なんて日本語も使いこなしていて、相当の日本通と見た。いい人に売れたなあ。
あとは、埴輪と土偶の違いを区別できれば、もう完璧なりね。←蛇足&余計なお世話
●1/21
今さらながら、ヤフオクにはまってしまっている。
数年ぶりにいじって、けっこう制度が変わっていて少々惑ったが、やがて慣れてきた。
ファミコンのカセットとかを出品している。
手数料などを考えてトータルすれば、大して稼げもしないのに。まあ、まだまだ趣味の領域ですな。
考えてみれば、たんに胴元のヤフーが高笑いする手助けをしているだけに等しいわけで、パチンコで一喜一憂するよりはマシとはいうものの、胴元が肥えるという意味では、あんまり大差がない気もする。
でもまあ、実家にあったケヤキの角火鉢が、それなりの良い値段がついたので、よしとしよう。最低落札価格を突破して売却が確定したのだが、そうなると、今まで使わずに置いておいたもののくせに、急に手放すのが惜しくなる。
予のヤフオク熱が数年ぶりに再燃したのは、古物商を始めた愚弟が、他の仕事でいっぱいいっぱいのため、手が回らないから。愚弟がフリーで事業を始めたのは、予がそそのかした……もとい、予がアドバイスしたから。
その愚弟は、一年ほど前にヤフオクを教えてからというもの、ヤフオクと独自のネットワークを併用して、月で6桁単位を稼ぎ出すようになった。来年までには7桁になるであろう(というか、そうでなきゃ飯はくえん)。
商材は、ヤフオクで特に出品料が高いアレなり。
ちなみに、その商売のHPは、予が作っている。
スタイルシートの勉強をかねて作ってるが、傍から見れば、よくもまあ、こんな面倒な作業を無料でやってるこっちゃ、である。
●1/16
日記を続けるのってホントに難しいですな。
放置しすぎて、もう年が改まってますがな。やれやれ。
予の場合、自分勝手に生み出した「オモロシイことを書かなきゃならん」というサービス精神を搾り出せ的な強迫観念と(それが読者のお気に召すかはまた別問題)、売文家のカナシキ貧乏根性(このページを書いてもカネにはならない)と、面倒くささと、その次当たりに忙しさという理由があって、なかなか続きません。仕事の忙しさをもってして、何かをできない(しない)し理由にするのはアカンと思うのです(しちゃいがちだけど)。
毎日のように日記を更新できる人は、天才かヒマ人かのどちらか……あ、いえいえ前者ですとももちろん。
インターネットってなんだろう、と考えることがある。
有益論から害悪論までいろいろあるけど、しょせんはツールに過ぎないので、結局は、利用する個々人の問題なりねえ。
少なくとも予にとってネット(というよりもパソコン)は、仕事の必需品なり。
なぜともなれば、ネットで仕事をゲットし、ネットでクライアントとの連絡を取り合い、メールで原稿を納品するから。メーラーでスケジュール管理もしてるし。
それに、ネットがなければ、予はフリーライターにはなれなかったでしょうな。
三流でも貧乏でも、予はやっぱり今の職が好きなり。てゆーか、サラリーマンができないカラダになってしまっているというほうが正しいかも。
企業の方でもいまさら予を正社員としてあんまり採用したがらないだろうし、予とてあんまり(という非常に)採用されたくない。もし予が「給与所得者」というものになったとしたらと想像すると、一種の恐怖すら感じる。
……こころを病んでます。はい。
「フリーランスは潜在的な失業者だ」という言葉がありますが、たしかにゴモットモと言いたいところだけれど、そんなら「サラリーマンは潜在的な従属者だ」という言い方も通るでしょう。
どっちも一理あるけれども、すべてを言い尽くしているわけではないんですな。
あと、仕事にも関連するけど、それ以外の部分でも、インターネットで、たくさんの出会いのきっかけをつかむことができました。って、いやべつにイヤラシイ意味ではなくて、知り合いが増えたということね。
今まで、いろいろな人に喜怒哀楽を教わってきたなりねえ。ネットには「人生」があるねえ。しみじみ、しじみ。
そもそも予は、出会いサイトがキライです。そもそも表立って賛成する奴も少ないとは思いますが、予は、出会い系サイトに入り浸ってるような奴らは、脳みその濃度が少し薄いと思います。まあ、ニーズがあるから存在するのだとは思うけど。
「結婚相談所」ともなれば少しはマシっぽいですが、なあに、個人情報を右から左に流しすだけで儲けるという、胴元が高笑いする仕組みはおんなじです。予はネットを(ネットも)利用したビジネスに興味がありますが、こんな女衒みたいな商売には興味ございません。←言い過ぎ?
いやいや、何もネットで出会いを求めるなという意味ではなくて、「イチャイチャありきの箱物」というのが気に入らないんですね。「発情しているホモサピエンスども、集まれー」みたいに見えるというか、がっついているというか、商売として非常に下品というか。まあ、死の商人よりは、ずっと上等ですが。
予だって品のいいほうじゃないですが、出会い系サイトは商売としても相当お粗末というか、競合が多すぎてサルマネの胴元のなり損ないどもが跋扈しているだけというか、「いますぐHできる!」なんて広告に飛びつく野郎の腐った脳みその腐臭を感じるというか、いまさら出会い系サイトを立ち上げるだって? どわははははアホか、というか。
なんやかんや言いましたが、要するに出会い系サイトが気に入らんのです。アフェリエイトにも、この系統があふれかえっていますが、正直ヘドが出ます。18禁にして別カテゴリにしてもらいたい。
フリーライターたるもの、そんな偏見を持っちゃいけないと思うんですが、というか個人的にはそう思うというだけなんで大した問題ではないと思うんですが、まあそんなかんじです。
もしネットで出会いを求めるなら、出会い系サイトも結構相談所もノータッチの場所でやってもらいたい。偏見かもしれないけど、そのほうが「いい出会い」ができるような気がする。
……久々に日記を書いて、支離滅裂のオチなしが、どうにもこうにも覆い隠せない文章になっちゃいました。
でも、ええい、もういいやアップしちゃえ。
●11/6
人間の集中力は、せいぜいが30分くらいしか持たないなんて学説を聞いたことがあります。しかし予の経験から言うと、そんなのはウソですな。
めんどくせーとか、やだなもーとかひとりで愚痴りながらも、仕事のライティングをカキコキしたわけです。午後1時起きで、モチベーションを何とか保ってライティングを始動させたのが午後3時過ぎでした。で、気がついたら夜の8時過ぎ。少なく見積もっても、4時間くらいは集中していた計算になります。
気がついたらというか、集中力が切れると、文章を考えることができなくなってくるのですね。先に提出してOKが出た構成案をもとに書く案件だったんですが、やろうと思っても、集中力が切れれば、それ以上は進まないのです。文字入力とはちがうのだよ。
ちなみにココのページは、構成を考えるとか、校正をするとか、ほとんどしてないのです。思うがままの書き散らしです。構成&校正を考えるのは、仕事のライティングと、小説もどきを書くときくらいです。
集中していたかどうかは、時間がたつのを忘れていたかどうかによりますね。そして、それよりさらに上の段階は、腹が減っているのを忘れていたという状態ですな。
んで、「予ってば今日も働いたなあ」と自己満足を唱えて、晩飯を食べに行ったんです。
起きてから何も食べていないというハラペコ状態だったので、松屋はパス。どのメニューであれ、あれっぽっちでは満腹にはなれません。大盛と普通盛りも、器の大きさが微妙に違うだけで、飯の量にほとんど差が見られません。プチ詐欺だと思うくらいで。
最近のお気に入りは、「スタミナ丼」を食わせてくれる店です。小規模ながらチェーン展開しているようで、しかも学生のアルバイトだけで運営しているらしい。正直言って、店の雰囲気は騒がしくて、妙に体育会系で、あまり好きにはなれませんが、丼は肉がぎっしり詰まっていてうまい。まさに学生の、学生による、学生のための店舗だと思います。学生ではない予は、その味を求めてたまに通います。「うおー!」などど意味不明の奇声を発する体育会系の学生どもが集まらなければ、毎日でも通うと思います。あるいは、もう少し店舗が広ければ。
ところが、満員だったわけですよ。学生の溜まり場と化してました。
今にも腹がオシャカになりそうな予は、諦めて撤退。
次善策として、近くのカレー屋に飛び込みました。
ここでの注文はいつも決まっていて「ポークカレー600g」なり。
これ以下だと足りないし、これ以上だと苦しいです。
店員が水を持ってきて「いらっしゃ――」のタイミングで注文を口走りました。
全国チェーン展開しているだけあって、味は決して悪くないですし、水もうまいですし、無料の福神漬けも良いと思うのですが、少々高いのが難ですな。サラダなどのトッピングをつけると、すぐに千円を越してしまう。
まあ、なんだかんだ言って、トッピングなしの600gで満腹になりました。
で、お会計。
予はやっぱり疲れてたんだね。
小銭入れを出したまではいいんですが、200円しか入っていませんでした。
じゃあ札入れを出せばいいだろうと、賢明な読者はお思いでしょうが、さっきも言ったとおり、予は疲れていたようです。集中力を使いすぎていたんでしょうな。
つまり、札入れを忘れてきてしまったんですね。
ふつうなら「あんぎゃー!」とパニックになるところですが、予は冷静に「財布忘れました」と店員に申告していました。なんであんなに冷静だったんでしょ。我ながらクールだぜ。←アホ
選択肢はみっつです。
1.警察に自首する
2.皿洗い1時間
3.財布を取りに帰る
1.だと前科者になってしまうので却下。素直に申告したので情状酌量の余地があるでしょうけれども――てゆーか、食い逃げするつもりないし。やるならもっと高級なレストランで。←コラコラ
2.をやる気力は予にはありません。だって疲れてたんだもん。三流ライターになって以来、就職やバイトは一度もしてないもん。世間知らずのお坊ちゃまだもん。かりあげ君じゃないもん。←はいはい
まあ、順当に3.になるわけですが、そのまま帰ると食い逃げになってしまいかねないので、人質ならぬ物質を置いていく必要があります。集中力が切れても、そういうことに関してはすぐに思い至るのです。なんなんでしょ。
といっても、札入れの財布を忘れているわけですから免許証などの身分証はないのです。
とりあえず小銭入れを渡して「他に預けるものはないかな……」とつぶやきながらポケットを探っていましたが、店員のほうから「これだけで十分です」と言われた。
あーそう、ということで、予は店を出て、愛馬(原付バイク)で家路へ急ぐ。
もし悪魔がささやけば、そのままドロンして食い逃げができる状態だなあ、なんて思ったなり。小銭入れは古くなっていたし、中身は200円程度ですから。
いやいや、もちろん札入れを持ってカレー屋に戻りましたとも。
700円をケチッて前科1犯はイヤだ。
●10/30
白バイ野郎との仁義なき舌戦とか、ゴールデン番組の観覧に行ってきましたとか、今週を振り返ってみて、書くことはそれなりにありそうなんですが、どれを書こうかな。
ゴールデン番組観覧記にしましょうか。
11/18放送予定分の「いきなり!黄金伝説」の観覧に行ってきました。昨日。
うわー、バッチリ番組名も出しちゃいました。こういうのってアカンのでしょうか? でも書いちゃった。
といっても、これは予が積極的に行きたいと思ったのではなくて、愚弟が「友達同伴でもいいらしいから付いて来てくれ」と言うものだから、まあ、気分転換の意味も含めてOKしましたなり。←なんかヤな言い方?
しかも前日に、愚弟とお好み焼きの食べ放題を食べているときにメールがくるんだもんな。なんちう急な話や。
最近は、そういう「観覧者募集」を恒常的にやってる会社があるらしい。しかも愚弟の話では、フロムエーに載っているとのこと。ふーん、そうなんだ。
六本木ヒルズと仲良しこよしのテレビ朝日本社へ、いざ突入。
てゆーか、社屋の一部はふつうに一般客が入れるようになってるんですけどね。人気番組のブースを並べているあたりは、フジテレビを真似てるっぽいなあとか思ったのはヒミツです(日テレとかTBSとかはどうなってるでしょうな?)。
愚弟が、タモリのパネルがあるブースを見ながら一言。
「笑っていいともだ」
なんでやねん。テレ朝やっちうねん。ミュージックステーションのブースだよ。
同局のタモリ倶楽部と間違えるならまだ話は分かりますが、そもそも彼はそんな番組の存在すら知らないようです。予も、顔出しNGのねーちゃんたちが画面で尻を振ってるのと、「空耳アワー」でタモリと毛むくじゃらのおっさんが話しているのしか知りませんが。
「なんや兄貴、テレビ観んとか言いながら、けっこう詳しいやんか」
いやいや、そういうレベルは詳しいとは言わんと思うぞ。てゆーか、ミュージックステーションをまともに観たことはないし、笑っていいともが未だに続いていることを不可解に思ってるくらいだから、もちろん観てないし。
テレビ朝日の開局45周年記念だったか、元・暴れん坊将軍を主役にした忠臣蔵をやるようです。年末でしょうな。ちなみに吉良上野介役は「ニン!」でおなじみの、五月みどりのニセの夫です。
その忠臣蔵のブース(松の廊下のセット)を見ながら愚弟、
「あれ? 香取慎吾じゃなかったっけ?」
と、またやっちゃいました。それはNHK大河ドラマの新撰組だ。彼のボケは本気だからコワイ。「同じ江戸時代やん」って、そういう大雑把すぎる歴史認識もコワイ。
番組関連のグッズを販売しているブースでは、テレビカメラが回っていて撮影中でした。アナウンサーは新人君。なぜわかるかといえば、喋り方がぎこちなかったからですねえ。
などとフラフラしながら適当に時間をつぶすも、愚弟、電話で指示された待ち合わせ場所を間違える。まあ、結局はちゃんと集合場所に辿り着けたからいいんだけどね。
寒風吹きすさぶ野外に集まり、二列に整列させられた参加者(予と愚弟を含む)を一瞥すると、女ばっかり。
あー、こりゃ来る場所を間違えたと、帰りたい病が疼く。まあ、愚弟の付き添いだからと自分に言い聞かせて我慢したが、寒いし、場違い感が満載だしで、軽く後悔。
後ろがカップルだったというのもカンジ悪かったですね。いや、べつにカップルなのはいいんですが、「寒いよぉー」などと女が男に甘えてやがる。
前から回ってきた名前の記入用紙を後ろに回すときに「はい」と声をかけているのに、野郎は一言も返しやがらん。腹が減ってることもあってムカムカする。いや我ながら短気ですが、爆発することはあんまりありません、ええ。
まあ、思いがけず謝礼がもらえたのでヨシとしよう。
といっても、ガキの使いやあらへんでと愚痴りたくなるほど安い金額ですけどね。しかも郵便小為替でやんの。うー、換金めんどくせー。なんで現金でくれないんだろ。
予たちの前で待っていたおばさんたちの会話。
どうやらこの種の観覧には慣れているようで、
「あのテレビ局は駅から降りてすぐだからココ(テレ朝本社)とちがってわかりやすい」
とか、
「36歳なのに29歳と偽って参加してる人もいたのよ」
とか、
「こういう観覧にいつも来ている人がいるのよ。またあんたか、一体何の仕事をしてるのかって感じよ」
なんてほざいていましたが、そういうあんたこそ、なんでそんなに事情通なんでしょ? そういう彼らをよく知っているということは、あんたも暇を持て余しているということぢゃん。他人の仕事をとやかく言えた立場かね。
30分以上待たされて、ようやくスタジオ入り。
(待ってる間にケータイに電話があって、原稿の直しの指示が入って、ちょっと気分が悪くなる。いや、直しが入るのはいいんだけど、指示が「もう少しインタビュー対象者の役職を強調して」などと曖昧なことがねえ)
男および男が混じっているグループが先に入ることになった。
予たちが先頭。ということは「一番後ろになるだろう」と愚弟にささやく。
果たしてその通りになった。観覧席で座らされた席はものの見事に一番後ろ。
まあ、文字通り「高みの見物」なので、それはそれでいいんですけどね。背後からストレスを感じることもないし。←オマエはゴルゴ13か
誤解を恐れずに言えば、テレビ局の観覧者募集は男女差別が激しい。たとえば日テレの「世界まる見え」は、女性観覧者のみの募集だった。他にも女性のみや年齢制限のある観覧番組が多々あった。なかには写真つきの身分証で年齢確認をするという番組もあった。そこまで必死にフルイにかけるか?
そういうことがどうしてわかるかといえば、愚弟が登録していて、今回の観覧種集めに関わっている会社は、観覧者やエキストラを、テレビ局にこだわらずに手配する事業を恒常的に行ってるようで、待ち時間の間に、もう次の日以降の観覧希望者を、用紙を配って募集していたからである。
次の日(つまり今日)の「爆笑おすピー大問題」の、フジテレビの収録に興味があったが、天気予報で雨だということを知っていたので断念した。雨になるなら電車移動にせざるを得ず、謝礼より交通費のほうが高くなりかねない。しかも移動が煩雑だ。
ちなみに愚弟の愛馬は250tのビッグスクーター。その後ろに乗ってテレ朝まで来たのことよ。だから交通費で謝礼が消えることはないわけで。
テレビ観覧は思いっきり女が優遇されている。もっと言おう。顔でも少なからず差別されているようだ。セットの間近と背後の女性陣を数人入れ替えたのを、予は見逃さなかった。てゆーか、前説だったアップダウンにもいじられていた。
「どうして彼女たちを入れ替えたんだか、さっぱりわかりません」
アップダウンというお笑いコンビの知名度はどの程度か知りませんが、予にとっては「聞いたことある」程度の認識です。たぶん前説としてはレベルが高めだったんじゃないでしょうか。愚弟いわく「テレビ慣れしている気がした」と。
客席の雰囲気を暖めるためにウェーブまでやらされましたが、予が驚いたのは、確かに彼らによって、客席が少しずつ熱気を帯びてきたということ。ノリやすい人とノリにくい人というのがいるとすれば、予は明らかに後者で、ノリやすい人は、ある意味うらやましい。
まあ、スタジオ入りする前に「大げさに笑ってあげて下さい」とか「ウェーブにも乗ってあげて下さい」とか、付言されたことも大きいとは思うが、予のようにノリの悪い奴は、たしかに観覧席でも後ろのほうに配置するのが正しかろう。
で、レギュラー陣が登場。やはり観客もテンションが上がりますね。ふだんテレビでしか見たことがない人たちが目の前に出てくるわけですから、その気持ちも分からんでもありません。かく言う予も、少し楽しみました。
元・夏のお嬢さん。
ワハハ本舗の看板独身年増。
都はるみ風味のバツイチ。
節約生活でむちゃしてる奴。
慶応卒のおかっぱ芸人。
八郎の子。
石井ちゃん。
どもる虚弱体質。
……うーむ、あえて芸名を出さずに比喩を用いてみましたが、よくわかりませんか?
予も、別に彼らに悪意はないので、果たして適切なのかどうなのか、よくわかりません。中でも石井ちゃんは「石井ちゃん」と表現するしかなく、これでわからないなら、もう彼を説明するすべがありません。オンエアでもほとんどしゃべっていないので、いないことになってるかもしれません。←コラ
いやいや、予は感じましたよ。
やはりスタジオは、芸能人たちの「戦場」なり。
いかに声を出すか、話の輪に入るか、ココリコ遠藤のフリに食らいつくか、自分が目立つか、他の芸人とのハーモニーを利用して笑いを取るか云々。
予の発見したところ、どうも都はるみ風味が、元・夏のお嬢さんの態度に気分を害した瞬間があったようです。はっきり見たわけではないとお断りしておきますが、どうやら「後ろに下がれ」と、一度手で払いのけたようです。カメラの外で。元夏のせいで、都はあまり前に出て行けないように見えました。
ちなみに元夏の芸風は「おばちゃんリアクション」で、これはこれで需要があるんだろうなあと思いました。VHRで一番大きな声を出しているおばちゃんです。
ちなみに、スタジオ観覧の半分が「お取り寄せ対決」というテーマのVTR鑑賞が大半でした。まあ、番組構成は大体分かっていたので、そんなこったろうと思いましたが、すきっ腹なのに食べ物ばかりを放送されて参りました。まあ、意図的に晩御飯時に当たるように収録時間を設定してるのでしょうけれども。
VTRの主人公たちは、VTR後にスタジオにも登場しましたが、釣りバカ似で「訴えてやるー!」の肥満中年と、草野さん司会のクイズ番組のレギュラーで正答率が極端に低い恐妻家が、夫婦で出てました。
彼ら(夫のほう)は非常に比喩がしやすく、なんだかんだ言っても、三流のふりをした一流芸能人だと思います。
スタジオ観覧で感心したのは、ワハハ本舗の看板娘もとい年増です。VHRが流れているときも周囲の芸能人と和気あいあいと話していて、なんて言うんでしょうか、NHKのタレント好感度調査でも上位に食い込むのはよくわかります。
話の合間や途切れたときなどに、時々両肩と眉を上げるポーズがありますが、あれはウマイですね。白けるのをあれで防いでいるようにも見えます。
予は観客席でも一番遠い所にいたわけですが、それでいてあれだけの好感を感じさせるとは、只者じゃありません。ギャグの基本が自虐ギャグというのも、好感度が高い理由に挙げられるかもしれません。彼女は結婚していないことで、少なくとも芸人としてはずいぶん得をしていると思いますね。
一説には、彼女は某宗教団体に所属しているから、某政党のように基礎票があって好感度調査でも強いのだという批評もあるようですが、それを割り引いても、納得できる気がします。ちなみに、予はその某宗教団体がどちらかといえば好きにはなれませんが、それとこれとは話が別なり。
八郎の子は、札束などの小道具を使って目立とうとしていましたが、これは「作り芸」で、これはこれで需要があるでしょう。自分が話題(笑いの中心)から外れたときに、そっと札束の小道具をしまう姿が、少し哀愁を誘いました。
どもる虚弱体質は、こんな高級な肉を食ったことはないという貧乏ポジションで、これも悪くない位置だと思います。
ただ、よゐこの浜口(あ、名前書いちゃった)の、柔らかい近江牛を「プリンのようだ」と形容したほうに軍配かな。「浜口は何を食べてもプリンに例える」という誰かのフォローもナイス。
ココリコの田中。VTR中もレギュラー陣と話をちょくちょくする遠藤とは違って、なんか疲れ気味でしたねえ。位置的にレギュラー陣から遠いということもあるんでしょうが、ほとんど無表情で、かつまったく無口でVTRに目を向けていました。いやしかし、あの死に体の顔こそが、視聴者の多くの表情かもしれないと思ったら、妙に納得できたなりね。いい意味か悪い意味かは知りませんが「自然体」ですな。
ある程度の「演出」を強要されるテレビ観覧は疲れました。芸能人の皆さんは、もっと疲れるだろうなあと思ったしだい。
でもまあ、趣味として観覧するなら、それはそれでいいんぢゃないでしょうか。ほぼ定期的に大量の観覧案件があるようですし。もっとも、女性のみという限定をされてしまっている番組観覧が多いですけどね。
今度、口説き文句にでも使ってみましょうか。
「ヘイ彼女、予と一緒にテレビの番組観覧しない?」
……これってイケてるんでしょうか。イケてないんでしょうか。よくわかりません。
●10/29
おー、ちゃんと土曜日更新を続けているではないか。
(たまに日曜にずれ込むことがあっても気にしない×2)
予ってば、やればできる子です。園児でいうと風間くんです。←なぜクレしんでたとえる必要があるのか?
ナニやらアクセス数もビミョーに伸びてるようで、シェイシェイ。継続は力なりね。毎日更新すればもっと伸びるのでしょうけど、正直、今くらいのペースがいっぱいっぱいなり。現状は。毎日のように一定レベルを更新している人は天才じゃないかと思う。
「脳みその画像」なんてキーワードでヒットしてしまった方もいるようで、「なんでこんなサイトがヒットすんねん」と舌打ちしているでしょうが、そこまでは予の知ったことではありません。←コラ
「妄言王」というキーワードでいらっしゃる方に対しては、果たして需要を満たしているのでしょうか? うーん、ビミョー。
中には予よりも多くアクセスしてくださっている方もいらっしゃって、ここはひとつ「妄マニ」の称号を差し上げたいと思います。どんぞどんぞ。
巷に溢れるWeb日記は、一次情報と二次情報に大別できるそうです。
つまり一次情報とは筆者の経験・体験であり、二次情報とは「こんなニュースがありました」と引用を引っ張って批評などを書くやり方です。
その分類で考えると、拙文なんぞは、ほとんどが予の一次情報ですね。二次情報で文章を書くのはもっぱら仕事の文章ということになりますなあ。まあ、引用ではなく、参照という形で活用しますが。
こんな辺鄙な場所に二次情報を書く必然性を、予はあまり感じていないということになるかと思いますが、じゃあオマエの一次情報は二次情報以上の価値があるのかと問われれば、そんなことは知りません。←おい
てゆーか、そもそも日記は一次情報が大半で当たり前なのです。と開き直ります。頓首。
●10/23
やっとこさ100本余り(合計180本程度)の某出版社賞のコメント書きが終了。半ば年に数回程度のレギュラーのようなかんじで書いてるものの、毎回よくもまあ間に合うもんだと、我ながら感心する。これだけに集中して書くならそう難しくもないが、種々の案件との並行業務となるとねえ。
あと、10/18の日記の補遺。
書き方がまずかったんですが、要は同一の審査員が同一の作品に対して「作者」と「筆者」という言葉を並存させていて、それで「区別がつかないのか」という暴言に至ったわけなり。辞書的には同じ意味のようです。
もっとも、予は国語辞典のご宣託に九分九厘したがうが、たまに納得できないこともある。新語・流行語の類いに対応していないのはしょうがないとしても、それ以外のケースで。最近も、仕事関連でこんなことがあった。
一ヶ月ほど前になるだろうか。「寅さん」に関するメルマガ原稿を書いて提出したらば、「啖呵売」という読みが難しいだろうからと、読み仮名を勝手に付記された。30代以上の男性が読者に多いというのにそれはどうだろうと思ったのだが、それはまあいいとしよう。
しかし、確認原稿としてメールでフィードバックされた部分を見ると(たんかうり)と付されていたのには驚いた。
「うそーん!」と思いながらも、念のためにオンライン国語辞典でチェックしてみたところ、たしかに「たんかうり」の読みはあるが、予が意図していた「たんかばい」がない。
「男はつらいよ」に多少なりとも愛着がある人であれば特に、違和感を覚えるのではないだろうか。まあ、読み仮名を付したひとが女性ということもあって、たぶん寅さんには微塵の興味もないのでしょう。予にとっては、中学・高校時代に親しんだ思い出の名作なのだが。
←だから同級生にオヤジくさいなどと言われたのだ
「彼女の無知ゆえ」と傲慢にも考えた予は、これは妥協すべきではないと決心した。そもそも原稿を草した予が「たんかばい」と読まれることを想定しているのである。
たしかに辞書的には「たんかうり」となっているが、男はつらいよ関連の原稿であるからには、ここは「たんかばい」にしてくれとメールで主張した。
ただやみくもにそう言うだけでは説得力に欠けるし気分も害してしまうだろうと思い、寅さんの台詞にもあったと記憶する
「売をやる」
という言い回しを援用して、予の理を説いた。
つまりこれは「バイをやる」と読むのが正解で、つまり啖呵売と同じ意味だ。しかしこれを「ウリをやる」と読むと、非合法なイヤラシイ意味になってしまう。辞書には載っていない比較的新しい用法のようですが、と付け加えて。
以上の補足が功を奏したかどうかは知らねども、結局は予の言い分が、あっさりと通った。「あっさりと」というのがポイントで、どうやらそんな「援護射撃」は蛇足だったようだ。まあいいや。
って、ホントに仕事内容だけを書いた日記になりつつあるなあ。こんな仕事一本槍な感じでいいんでしょか。知りません。
●10/18
予定通り、某出版社賞の所見を書き書き。
この某出版社賞の審査員のコメントを参照することができるのだが、なかにはひどいものもある。本当に読んでいるのか疑わしいものも。まあ、作品原稿がヒドイ場合が大半なのだから、同情に耐えないでもないが、「作者」と「筆者」の区別もつかないヤツが審査をしているのかと思うと、なんだかなあ。
ビジネス系メルマガも本日中に納品予定。が、ひとつだけ予定を捻じ曲げた。
直接的なカネにはならない「クライアントへの出向」は、電話で来週に延期してもらった。こんなことを頼むのは初めてだ。しかし、これでまあまあラクになる。てゆーか、往復で3時間、説明で1時間、4時間も損するわけだから、これは非常に有効な変更願であった。
いやいや、そんなことより急遽、書き付けておきたいことが生じたので、書く。
応募作品には、絶対にあらすじを書けー!(ショートショートのような超短編を除く)
審査する側の身になるだけの心遣いを見せなさーい!
特に一次審査では、あらすじしか読まれないと考えても過言ではなーい!
何千作もの作品が大量流入するのだ。いちいち全作なんぞ読んでられないのだ。
はっきり言おう。あらすじの添えられていない不親切な小説は、それだけで嫌悪感を覚える。まあ、予の場合は、ですが。あらすじがつまらん小説は、つまらん小説です。たぶん。
●10/16
今日はなんと予の誕生日なんですね。おめでとうございます。ありがとうございます。ちなみに、マリーアントワネットが処刑された日でもあります。ヤなかんじですね。
ずっと仕事尽くしの日々で、ひとりぽっちのバースデー。
同情するならカネをくれ。
いやいや予は幸せです、ええ幸せですとも。いやマヂで。
「誕生日おめでとう。刻々と死に近付いているので、悔いのないように生きましょう。俺も含めて」なんてステキなメールをくれた愚弟もいるからして。
予の今週の成果を簡潔に列記してみよう。
■13日
6日に取材した、1500字程度の原稿3本(営業マン3人への同時インタビュー)を提出。
同社への取材は、7日にもあったが(技術部・事務・人事の3人同時インタビューで原稿3本)、その分の原稿はまだ。
さらに同社で別の営業マン3人への同時インタビューを、翌日でお願いしますとクライアントに電話で頼まれ、承諾。
別件の取材(飲食店2件。原稿1本2000字程度)へのアポ取り。企画から取材先までを予が選定した案件。翌日と翌々日の取材の約束を取り付ける。こんなに急なのは、何を隠そう、原稿の締切が16日だから。我ながらムチャや。ふつうは、遅くとも締切1週間前くらいには取材するものだ。
■14日
朝。コーヒー屋に取材。昼下がりまでかかる。
昼。某大手家電メーカーのメルマガ原稿の企画案提出。
夕方。上記取材先より40kmほど離れた地点へ愛馬(原付)で移動。営業マン3人への同時インタビュー。終了は夜8時半。
■15日
朝、喫茶店に取材。経営者のオバサマが話好きで、じっくりと4時間近くも話し込まれる。帰ってすぐに原稿執筆。2000字程度をその日のうちにクライアントに提出。安い案件なのに、よくがんばった。こんなムチャなスケジュールをよくこなしたもんだと、誰も褒めないので自分自身で褒めます。
■16日
14日と同じ某大手で別のメルマガ原稿(1500字程度×3本)の企画案、および販促メールの企画案提出。この大手は「大企業らしからぬ」という点に好感を持っている。まあ、予が直接コンタクトしている担当者だけがそうなのだろうけど。
■17日(予定)
某出版社賞の所見作成。とりあえず最低15本くらいやるかな。締切は24日で、残り100本ほど。間に合うのかよ! と思うほど逼迫している。まあ、「間に合うのかよ」は、ほとんど日常的な感情なんですがね。
■18日(予定)
ビジネス系メルマガ原稿1000字程度を提出。事前に企画案提出済み。
別クライアントの取材説明を受けに出向く。仕事が確定していない段階での打ち合わせなんて1銭にもにもならん。しかもご多分に漏れず安い。とほほ。
なんか書き漏らしている気もしますが、まあ、そんなかんじです。
そんなわけで、ココを書いてるヒマなんてないはずなのに、まあ、気分転換ですな。
●10/9
ジオとヤフーが一本化したそうです。
http://www.geocities.jp/mougen_ou/
という新URLが与えられたわけです。現状の
http://www.geocities.co.jp/Hollywood/9457/
も残るようですが、おヒマでしたら上記の新URLにブックマークとかお気に入りとか、そこらへんを変更してもらえると嬉しいです。
それはいいんですが、勝手にカウンタをゼロにされて不愉快千万です。
ええーい、もうこんなもんいらんわいとばかりに外しました。
ムカムカしてきたんで、そのうち、いまハヤリのブログに移籍してやろうかな。
考えてみりゃ、予がジオのページで現在でも閲覧しているのはシコウ回路だけで、ありゃ、5年前にはもっとたくさんのジオっ子がいたばすなのになあ、なんてどうでもいい感慨にふけりました。0.2秒ほど。
●10/8
言壷のことについて、外野的な一案など。案というほどのもんでもないですが。
孔子の「朋有遠方より来る。亦楽しからずや」が織り込まれた雑貨なんてのは、なかなか風流でいいと思いますけどね。旧友が遊びに来る、なんてときに玄関先なんかに掲げておくと佳いかなという気がします。
とまあ、フツーなだけではつまらないので、ちょっと細工して、裏面には蜀山人を入れておくのです。
「世の中に 人の来るこそうれしけれ とはいうものの おまえではなし」
孔子と蜀山人を表裏一体で使い分けるというわけです。
新聞の勧誘員なんかが来そうなときに活用したいものですな。
もっとも、自分の売っている新聞の一面さえ読まないような輩には、ちょいと難しすぎるかもしれませんが。
●10/2
土曜日に書くぞ宣言をした第一週から落とすのもブザマだし、キョーハクという名の応援(←コラ)もいただいたことだし、とりあえず書くなり。
9/23の日記を読んだある人から「疲れているのでは?」というご指摘をいただいた。かいつまんで言うと「話が支離滅裂だから」ということらしい。
うーむ、たしかに仕事続きで疲れてはおるねえ。しかしそんなに文章に出ていましたかねえ? 支離滅裂は予の持ち味でもあるはずで。←そんな持ち味いりません
今日も今日とて仕事なり。
取材でカメラマンが同行する場合、クライアントが同行する場合、そして打ち合わせにクライアントのもとへ赴く場合には感じないのだが、単身で店舗取材をする案件なんぞは、アシスタントのような同行者がいればなあと思うことが、けっこうある。
具体的には、予が店主から話をきいている間に、デジカメでパシャパシャと撮っておいてくれれば、けっこうラクなのだ。ライター志望者とか募集しちゃおうかなと思うくらいで。
もっとも、固定給(人並みの収入)がほしいとか、定休がほしいとか、研修制度が充実していなきゃイヤだとか、福利厚生がほしいとか、仕事量を保証しろとか、そんな甘っちょろいことを言うようなひとは、ライターアシスタントなんてつとまらない。でも「体験学習」くらいはさせてあげられる。
取材を伴わない案件なら、居住地に関係なく、状況に応じて仕事を振り分けることもできる。
なんて応募の仕方だとアヤシイのかねえ?
アヤシイんだろうな。やっぱ具体的な案件とともにじゃないと。
いや、ココで募集します、というんじゃなくて(そういうことでもいいんだけど、当然本名でのやりとりになりますわな。カネがからむわけだし)、募集が効果的に行なえるサイトの存在は知っているので、募集しようかどうしようかと考え中。
ライター用のHPの構築も必要だろうなあとかも思うし。
漏れきくところによると、ライター志願者を応募すると「使えない」奴もたくさんいるようで、面接を含めてその見極めとかしてたら、本業以上に忙しくなって本末転倒になるやも知れず。やれやれですな。
「使えない」というのは、能力的にというよりも、心構えの問題。簡単に言えば責任感の問題である。ライターで一番大切なのはコレじゃないかと思う。できない仕事なら最初から受けるな。受けたからには死ぬ気でやれ、ですな。
状況がよくわからないで右往左往、ということであれば予自身も体験してることなのでわかるが、それ以前の問題として仕事を軽く見られるとすれば(例:急用ができたからドタキャンすればいいや)、やはり許せんだろうなあ。予とクライアントとの信用問題にもなってくる。
あー、そういやこんなことがあった。
いつだったか、「ライターのネットワークを作りたい+お仕事があれば回します」という主旨の募集があって、人脈は広げるべしと思って応募してみた。
予の稼業では、こういう「顔合わせ」はけっこうあるわけで、これがいわゆる営業に当たるわけだが、こういうことを積み重ねないとメシの食い上げなのだ。好む好まぬとに関わらず、必須事項ですな。人と会うのが苦手とかなんて言ってられない。まさに死活問題だからねえ。クライアントの新規開拓は種まきみたいなもので、種をまかないことには収穫にはありつけない。
結局、顔合わせだけで終わってしまうことも少なくないのがカナシイところだが、クライアントだって「内部で処理しきれないほどに仕事が余れば」外部に回すのであり、それ以前の付き合いがある外部を優先するのであって、それはそれと理解しておくべきでしょう。
あ、それからもうひとつ「ライターは使い捨て」という感覚が少なからずあるという現実も忘れちゃいけない。
そんな砂漠のような現実に対抗して、「予ありき」の仕事を増やしていくのは極めて有効な方法ではあるが、そしてそういう案件もあるけど、あまりにありすぎると束縛度が高くなりすぎる気がして、ほどほどがいいなあとか思ってたりするわけで。←同業者によっては「アホか」と言うだろうなあ
下手をすると、福利厚生のないサラリーマンと同じような待遇になってしまう。前にも述べた、予の言うところの「本末転倒型フリーランス」なんだよねえ、これは。そのバランスが難しいところ。
閑話休題。
そんな数ある顔合わせのなかのうちのひとつというわけ。
相手もまたライターだというのが、いままでの顔合わせとは異色だけど。
駅の喫茶店で待ち合わせたわけだが、二人組だった。コンビを組んで仕事をしているらしい。片方は弁は立つし印象も悪くない。相方のほうは、人見知りするタイプに見受けられるが、悪い人ではなさそう。
具体的な案件があったら回します、この企画が出版社に通ったら協力をお願いします、これからも末永くお願いしますなどと、なごやかに別れて数日後。
予は知り合ったばかりのクライアントから、大量の案件に対して、できれば知り合いのライターを紹介してほしいと頼まれた。もちろん予自身も引き受けたわけであるが、一人や二人ではとても間に合わない大量案件だったのだ。
予は、恩を売っておこうかなと、例の二人組にその仕事概要を紹介した。仕事を紹介してほしくて彼らに会ったわけだが、逆に仕事を紹介してあげたのだ。この稼業は、持ちつ持たれつだろう、横のつながりというものも大事にしたほうがいいかも、ということを考えて。
彼らの返事は「できそうです。よろしくお願いします」「仕事を紹介するどころか紹介してもらうなんて、ありがとうござます」というもの。
予は「そのクライアントは第一印象を大事にする人だから面接ではしっかりと」というアドバスも添えた橋渡しをしてあげた。
クライアントに確認すると、どちらも好青年だという印象を受けたので案件をお願いしたとのこと。予の仲介は成功したのだった。ヨカッタヨカッタ。
……と、ハッピーエンドでは終わらないんだよねえ。
二人のうち「弁が立つ」と思われたほうは、引き受けておきながら納品せずに音沙汰なし。クライアントが何回メールしても電話をしても、出ようともしないという。
もうひとりは、受注の半分を返して半分だけを提出したとのこと。
後者はちゃんと申告したのだからそれでいいが、前者はひどい。ひどすぎる。「ライターの逃亡」を最も身近で知ってしまった。
一度引き受けた案件を一言もなく放置するなんて、ライターとして一番やっちゃいけないことだ。どういう神経をしてるんだろう。よくそんなんで今まで飯が食えてきたもんだ。ホントにライターかこいつ?
面談の場では「経歴が僕と似ているんですよね」「ライターは30歳までに目標を明確に持っておいたほうがいいですよ」なんて軽く先輩面をぶら下げておいて、なんたる体たらく。
住所も電話番号も名刺をもらっているので知っている。押しかけて文句のひとつも言ってやろうかとも思ったが、それほどヒマでもないし、クライアントとの間で契約書が交わされたわけでもない(契約書を省略するクライアントは少なくない)。 明確な債権取立てにさえ役に立たなかった裁判に頼るほどアホなことはないし、そもそも予は紹介しただけで直接かかわってるわけでもない。
そんなわけで、抗議のメールを打つことも止めておいた。怒りを通り越してあきれ返ってしまった。どうでもよくなったのだ。そんなアホを紹介してしまった自らの不明を恥じるばかりである。
クライアントに愚痴られて、もちろん予は謝りまくり。クライアントは、予と彼らとの関係性を心配してくれたが「もちろん非道です。予に遠慮なく切って下さい」と申し渡した。以来、彼らとの接触は一切ない。
とまあ、そんなわけで「自称ベテランライター」にも、ひどいのがいるという実体験があるわけで、アシスタントなんて募集したものやらどうやら。しかし、いずれは募集することになるだろうな。覚悟を決めて「人事の難しさ」も経験していきたいと思う。
●9/25
海上自衛隊は、毎週金曜日にはカレーを食べているそうな。
海のど真ん中で任務をしてると曜日感覚が麻痺してくるので、そうやって感覚を維持しようという発想だそうな。
ほお、そおか。
そんなら、曜日感覚なんてとっくの昔に喪失しちゃってる予も、これに倣うとするか。
といっても毎週カレーにするわけではなくて、最低でも毎週土曜には、ココのページを更新しようと、こっそり決めてみたという次第。←と書いてる時点でこっそりではない
ただ、問題がふたつほどある。
ひとつはまあ、皆さんお察しのとおり、書かぬの前科が多い予に、それができるだろうかという点ですな。どうなんでしょ? 予ってばそんなムズカシイこと、わっかんなーい。←カネも恋もからまぬオマエの決意などその程度か
もうひとつの問題は、予が曜日感覚を得たところでなんの役に立つのか。
………。
そういや、あんまり困ったことはないねえ。
●9/23
皆さんは「アフェリエイト」という言葉をご存知ですか?
かのアイザック・アシモフは言いました。
「人間は、クリックによって快感を得ることのできる唯一の動物である」と。
って、トリビアの泉の冒頭をパクりましたが、もちろんアシモフは関係ありません。名を騙っちゃいました。
でもまあ、個人的にアシモフには奇妙な親近感があります。星新一を通じてその名前を知ったわけですが、ロボット三原則の発案者、というごく一般的な知識しかありません。そんな貧弱な理解で親近感を持っちゃっていいんでしょうか。いいんじゃないでしょか。←ひとりで納得
あと、彼は歴史学的な視点を持っていたようです。そうか、SFと歴史は意外と相性がいいのかも。←ナニをいまさら
えー、話がズレましたが、アフェリエイト。
バリューコマースとか、エーハチネット
とか、アマゾン・アソシエイトとか、いろいろありますが、要するに広告です。つまり[説明中略]です。詳しく知りたい人は各サイトに飛ぶか、キーワード検索「アフェリエイト」で調べてください。
星新一のエッセイに「日本人はトルーマンの名前さえ知らない。なにをした人かって? 自分で調べろ」というような文章(「自分で調べろ」は原文のまま)があって、そうだべなー、と強く同感したことを覚えている。
職業柄というわけでもないと思うけど、自分で調べられることは、極力自分で調べたほうがいいと思う。人に尋ねるよりも、自分で調べたことほど忘れにくいから。グーグルの手間さえ惜しむダメ人間に何ができようか。←言いすぎ
とはいうものの、トルーマンを知らず、かつ調べるのが面倒な人は、たとえばこの拙作から推測してちょ。
また話がずれた。アフェリエイトだ。
言いたいことはつまり、アフェリエイトで小遣いを稼ぐことは、案外簡単だということ。
なんといっても、アフェリエイトサイトが中立の立場で広告サイトと仲介してくれるのがいい。一昔に流行ったクリック保証なんてダメだね。やはり成果保証でないと。リードがいいね、特に。
って、けっこうマニアックな話をしてる気がしてきた。まあいいや。
予の場合、アマゾンはあまり振るわないけど、エーハチネットと
バリューコマースで、そこそこ稼いでおるのだ実は。エーハチは、先月と今月は5ケタ。ちょっとその気になれば、こんなものさ。カンラカンラ。
ちょっと有利な広告サイトと、ちょっとした手間さえ惜しまなければ、たぶん誰でもできると思うなあ。ヒントは「メール用広告がある」「本人申込OKもたくさんある」というところだね。ただ、それをやるか、面倒がってやらないか、それだけの差でしょうな。
(注:もちろん所構わずスパムメールを送るなんてのは愚の骨頂なり)
一昔前まで、「アフェリエイト長者」なるものの存在を信じられなかった予だけど、いまはふつうに信じられますな。月に6桁を稼ぐ猛者がいてもおかしくないと思う。もっとも、いつまでも安泰かは知らないけど。
予が特に活用してるのはエーハチネットで、シンプルに使えるのがいい。
バリュコマは、いちいち「広告リスト」を作って、広告サイトを検索して、しかも数時間リンク先が有効にならないという面倒くささがある。
予の見るところ、日本のアフェリエイト業界で強いのは、エーハチかアマゾンなりね。使いやすさと報酬の稼ぎやすさではエーハチ、品揃えの豊富さではアマゾン。エーハチネット経由で楽天アフェリエイトもあるけどアマゾンでいいや。
楽天、ライブドアにすげぇ対抗意識燃やしてるね。世間への宣伝効果はバッチリだ。さすが名経営者。
ナベツネ問題で、Y紙の部数が落ちてるらしいよ。予の誘い水で当該新聞店員の口から漏れたひとことだけど、ライバルのA新聞は今こそ好機と、「傭兵」を使ってガンガン勧誘をかけてる模様。どっちにしろ似たり寄ったりで、脅迫まがいの勧誘だってやってるんです。これもけっこう有名な話。いまはそうでもないと言ってあげたいが、犯罪要件を満たさない程度には健在のようだ。
というとアレか、大手企業とは「品行下劣な外注を使う組織なり」なのか? やな教訓だなあ。
そもそも新聞の存在意義なんてあるのか。
ある! 折込チラシ。
また話がズレた。アフェリエイト。
予の場合は「小遣い稼ぎ」だけど、これに本腰を入れてるひとがいるのもわかる。
でも、これだけに血道をあげるというのは、なにやら薄ら寒い気もする。血眼になるとかはねえ。
本当は、オリジナルの商材をこしらえて、会社登記して、エーハチに広告主として申し込むくらいの気概が理想であることよ。広告費はあまり安くない(注:貧乏フリーライターの金銭感覚では)けど、たぶん日本で一番有効な広告じゃなかろうか。
不満を我慢することが宿命づけられてる会社なんか辞めちゃえよ。
←無責任な悪魔のささやき
フリーはいいよー。
自分のために仕事をやるんだから、不満はない。
でも、サラリーマン生活に慣れきっていると、わきあがってくる不安は隠せないらしい。「らしい」というのは、予のからだには、サラリーマン生活の感覚が無いから。
たぶんアフェリエイトに対して「あこぎな稼ぎ方」というイメージもあるとは思うけど、某大手アホーブーブー(ahoo!BooBoo/仮名)の雇われ勧誘員は、勧誘が強引というか犯罪的(たとえば「ただ名前を書いてもらうだけで申込ではありませんので」とウソをこいて申込書を書かせる)で、いやそれはけっこう有名な話だとは思うんだけど、愚弟がそれを直接知る職場にいたんでね、がぜんヒシヒシと感じられたのことよ。
(でも実は加入してるところがカナシイ。特に都市銀行はキライだけど使わざるを得ないという事情に似てる。嫌われても存続できるのが大手の強いところだな)
あー、言いたいのはつまり、カネ稼ぎって人間の品性が出てくるねえ、ということなり。
その点、予は自信があるなりね。アフェリエイトはキレイな利用だと思う。
もっとも、ヤクザな三流フリーライターの言い分なので、カタギの人たちからどう見えるかは知らない。そこが渡世人のつれぇところよ。←最近寅さん関連のコラムを書いたのでまだ余韻が残ってる
あ、ちなみに上記文章の一部はアフェリエイトです。クリックしても爆発しません。←あーそうかい
●9/21
ああそう。前の日記からもう2カ月も過ぎてるの。
月日のたつのは早いものだ。
ふと思い出した小話でも書いておこうかな。
たぶん元ネタは古典落語だね。
太陽と月と雷が同じ宿に泊まった。
翌朝、雷が目を覚ますと、月と太陽がいない。
宿の主人に尋ねたころ、「おふたりとも、先に行かれましたよ」
これをきいた雷「うーむ、月日のたつのは早いものだな」
さらに付け加えていわく「オレはもう少し居ることにする。夕立ちだ」
●7/19
昨日の日曜、テレビを見ましたか?
ああ、見ましたか。
じゃあ、予がちゃんと映ってるのを見ましたね?
5秒くらいとけっこう長めに映ってました。
だからどうしたと言われれば二の句がつげないのですが、こいつ髪が長いな切れよ、あ、予か。そろそろ散髪行こうかな、というかんじで。
って、1ヶ月前の収録だぞ。そんな頭で16日の取材に行ったのかよ(行ったのだよ)。
●7/16
15日の夕方頃に突然、懇意にしている取引先の人の紹介で電話がかかってきて「明日、取材してくれませんか?」と依頼あり。
こんなタイトなタイミングで電話がかかってくるということは、最初に予定していたライターが何らかの都合で急に取材ができなくなったということでしょうな。
これを「諾」として、お初の相手の心証をよくすることも仕事上のコツだと考えているので、「よござんす」と引き受けた。
次の日の午後イチに、軽く打ち合わせをして取材先へ。
取引先の社員も同行してきた。
そこそこ気心が知れている人なので、
「どうして同行するんですか? 形式的なものですか?」
なんて笑って尋ねると、「うーん、そうですね。形だけですね」と返ってきた。
まあ、実際は取材以外の細かい調整(掲載する写真の問題や具体的な報酬の話など)などが必要となってきた場合、それを話せるように同行するということなのだろう。
取材対象者は、某元テレビ局の女子アナウンサー。
ズバリ名前を出してもいいのかもしれませんが、まあ、いつどんな不都合が生じるかしれないので、とりあえず伏せておきます。
え? ちょっとくらいヒントをよこせ?
じゃあ言いましょう。某野球選手の奥さんです。
うわーっ、すごいヒントを言っちゃった。
って、これだけじゃ全然特定できないのがオトロシイね。
なんで女性アナウンサーは、野球選手と結婚するパターンが多いんだろう? 自分と接点のある男の中で一番の金持ちをゲットしたんだろうという憶測が成り立つのですが、憶測は憶測なので、あまり深く追及しないでおこう。
わーいわーい。
アコガレの女子アナ(元)への取材だゾ。
オラしんのすけだゾ。
……うーん、苦しい。もう勘弁してください。
いやナニが苦しいって、予ってば有名人に取材したんだぜ、いえーい! って例の田舎者根性丸出しで自慢しようと思ったんだけど、まあそれなりに緊張はしたけど、実はほとんどどうでもいいのでした。
ちょっとキレイなお姉さんというだけで、あとは特に魅力は感じなかったなりね。物腰は一応穏やかなんだけど、奥底にある尊大さを隠しきれていないというか。取材に乗り気じゃないというオーラがにじみ出ているというか(取材内容がまったく女史に合致していなかったというのが大きいと思うけど)。
ちなみに予は、尊大な女が一番キライです。逆に卑屈すぎる女もキライです。←そんな告白いりません
強いて言えば、ギャラが通常の取材よりちょっと良かったのがよかったです。
大元のクライアントは某IT商材の販売元なんですが、つまり有名人を広告等にして宣伝したいというハラなんですが、予が取材に当たった元女子アナは、どうやらアナログ人間らしい。アナウンサーなのに(いや関係ないけど)。
べつにアナログ人間でも「もしこの商材があれば、どんなふうに使ってみたいですか?」という話で盛り上げれば問題ないのだけれども、それもちょっと不発ぎみ。
本心では「そんなものべつに要らない」と思っていることが、ひしひしと伝わってくるのだ。いや、思っているどころか、現に平然と言い放たれました。弱ったなあ。
そう言えば取材直前、マネージャーらしき人が奥のほうで「生活がかかっていますので」とか何とか言っているのが耳に入ったような気がしたなあ。
たぶん「えー、こんなの私わかんないよ。なんでこんな取材OKしたのよ?」とか、半分怒りながら言ったんじゃないだろうかと憶測します。あくまで憶測です。
女史は予たちの目前で堂々と(しかもつまらなそうに)商材の資料を見てるし、しかもマネージャーを通じて「商材の説明をしてください」とか言わせてるし。べつに営業のプレゼンに来たわけじゃねえよ。
なんかビミョーに尊大なんです。大企業(元の所属はキー局)にいた人間って、みんなこうなんだろうか、なんて偏見がむくむくと頭をもたげる。
まあ、予は営業マンになった覚えはないので知らんぶりです。
その部分は同行した取引先の社員が、それっぽく話してくれました。
取材中も半分くらいは「道具に使われるのはイヤ」「必要性を感じない」という本音が前面に出ていた。
はっきり言って、予の本音に近い。
予もこんな商材は要らん。特に使いたいとは思わない。テレビ電話なんて普及せんでいい(あ、言っちゃった)。
でも、そんなことを告白して、アンチで盛り上がっても仕方がないので言わなかった。
それでもやはり媒体の性質を考えてくれたのか、あるいは予が、
「媒体が媒体ですので、くどくて申し訳ありませんが」
と誘導したのが功を奏したのか、
「私には食わず嫌いの部分があるから、ハマったら使うでしょうね」
というようなことも言ってくれた。
が、取ってつけたような感は否めない。
媒体に迎合して心にもないことを言うのは、そりゃあツライだろうなあと少し同情した。
でも、その部分を虫眼鏡式に拡大してとらえて書かせてもらいます。でないと媒体に即した記事にならないもん。
取材が終わって、
「うまく話せなくてすいませんね。うまく書いておいて下さい」
と女史に言われた。考えるより先に、
「全然大丈夫ですよ!」
という言葉が予の口をついて出た。職業病かねえ。
ホントに大丈夫かどうか、書いてみなけりゃわかりません。
しかし、大丈夫という方向にもっていきたいという意味で、この言葉にウソはないなりよ。
それなりにうまく書きますとも。それが予の仕事じゃけん。
女史にちゃんと応答してもらったという感触はありましたが、あんまり心弾む取材ではなかったなりねえ。でも笑いとか、ちょっと混じりはしたんですよ。女史の芸能人としての責任感の賜物なのか、予の幇間接待のおかげなのか、それとも両方なのか、よくわかりませんけど。
原稿にまったくの大嘘を書くのも予の良心が咎めるので、前半では女史の人間性に触れつつ(※注)、後半の商材との接点の部分では、
「正直に言うと、いますぐ導入する必要性は感じていないけど、実際に使ったらハマりそう」
という主旨の書き方にして提出した。
あとは知らん。
クライアントなり、女史の所属する芸能事務所の原稿チェックなりで、どうにでも変更しやがれ。
予は取材対象者の言い分と、クライアントの要望が相反する中で、なんとか折衷を果たして書いた。予の最低限の勤めは果たしたぞ、と。
※注:
といっても「温厚な」「優しい」「魅力的な」なんて紋切り型の文句は書かない。一人称形式の原稿ということもあるけど、具体的なエピソードでもって人間性を書かないと取材の意味なんてないと思う。
●7/14
「日常:投稿サイトに参加した2作品について、など」へのお返事
引用元:http://fictions.iobb.net/nikki
で、思うのだけど、やっぱり「感想がある」とモチベーションが違うってことですよ。妄言王さん。「短編」が表向きコンテストであっても、結局、あの感想付き投票システムのおかげで、感想が集まってくるわけです。自作への感想はもちろん、他人の作品が誉められていると、(もう一度でも)その作品を読んでみたくなる。そして、他人の感想を読むと、自分もそれに対して何か一言いいたくなる。
だから「短編」というサイトは盛り上がっているわけですよ。
でも、あるテーマには、そもそも感想を呼び込んでいく仕組みがない。点数付き投票じゃだめなんですよ。コンテストという形式は、感想に締切を設けるといった強制力(書かなきゃと思わせる)があり、感想数によって勝敗が決まるというゲーム性に加え、感想を書くことの効果が見えるという利点があります。
締切とかそういうことではないんです。
感想を呼び込む仕組みがあるテーマには必要だと思います。掲示板とかじゃなくて、主要なコンテンツとして感想をアクセスしやすい場所においておくことも大切だと思います。
感想が作者のモチベーションになりうることは非常によくわかります。予だってたまに小説らしきものを書きますから、実感として。
極論を言ってしまえば、作者のモチベーションを保つには、感想かカネか、どっちかしかないと思います。
それで一時期、予が「あるテーマ」の全作品に感想を付そうとしたわけですが、それなりに気合を入れてしまうので、書くとなると時間と労力がかかりすぎます。本職にも差し支えかねません。というわけで頓挫してるわけです(いずれ復活するかもしれませんが)。
その一方で、読者が作品に感銘を受ければ、作者へのHPの掲示板なり、メールなり、その他の方法なりで、作者自身に感想を伝えるだろうという気もします。
その「感想のやりとり」が第三者にも見えればより盛り上がるというのもわかりますが、読者には「表立って書きたくない」という人もいるでしょう(現にそういうひとがいるのを知っています)。
有志が自主的に書いてくださるか否か、作品にそれだけの魅力(感想を書かずにはいられない要素。ネガティブなものも含む)があるかどうか――少し乱暴な言い方をすれば、そういうことかと思います。
もっと言ってしまえば、管理者としては、血眼になって「集客」とか「盛り上がり」ということは考えていません。
管理者としての能力の問題でもありましょうが、あのサイトは「なす」というよりは「なる」ようにしたいのです。←芭蕉かよ
あと、締切を廃止したのは、単純に言ってしまえば管理者の都合です。
予の都合というよりは、締切前に作品が集まらなかったのでそうさぜるをえなかったという当然の帰結です。
正直、閉鎖も考えたのですが、それよりは「締切なし」で存続させるほうがいいと判断しました。「あるテーマ」しか作品発表の場がない(本当はそうでもないのですが)という作者もいらっしゃるでしょうし、幸い、閉鎖しなければならないような大問題も生じていませんし。
もっと言ってしまえば、他ならぬ透明さんご自身が、
「あるテーマにまつわる短編集http://www3.plala.or.jp/mougen/aruthema/」にも、「愚かなる我に甘美なる死を」という作品を出したが、これもまた、ずいぶん前に書いてお蔵にしていたものだ。こちらも、なんどか書き直そうと思ったのだけど、結局できなくて、さりとて千字に削るのもできないで、そのままになっていたものを、そういえば「自作自演」だよなこれ、と思って出してみた。もうちょっと早ければ、締切にまにあったのですけどね。
とおっしゃっているとおり、「短編」を優先的な投稿先として考えておいて、千字に収まらないものは「あるテーマ」に流す、ということでいいのではないかと思います。読者としての予は、どちらのサイトに掲載されようと、ちゃんと読めるわけですし、個人的にはなんら不都合は感じません。
あと今思いついたのですが、テーマの公募も、「このテーマでこの人に書いてほしい」とかいうのにするといいかも、そして執筆依頼すればいいと思うんです。無料でも頼まれたら喜んで書く人多いと思いますよ。
某所では、作者名を隠して「作者当て」なんてやってるらしいですが、そういう類いの「身内遊び」に堕してしまうのではないかという気がしないでもなかったのですが、フォームの設置の仕方によってそれは解決できると考えました。
というわけで、このアイデアは頂戴して「あるテーマ」のサイトに反映させました。ご提案ありがとうございました。
●7/5
くだんのテレビ局の新人AD氏から電話あり。
放送では、参加者の集合カットのみ使われるらしい。概ね予想通り。
「出演料」を支払うから、送った請求書に記入して送り返してほしいとのこと。
1秒でももらえるとはありがたい限りだが、今回の脳ドックのロケは、一般的にテレビ局からもらえる額としては小さかったようだ。というのも、脳ドックが高価だからである。保険ナシでやったわけだから無理も無い。下手をすると吉本芸人のギャラより高ついている。
その料金だが、予がライティングの仕事をする場合、1ページ(雑誌換算。およそ600w〜800w程度)の金額として、まあギリギリ最低限という金額に当たる程度をいただいた。
って、ようわからんでしょ? それを意図して書いてるので。わはは。
●6/28
何処へ出かけていたのかというと軽井沢に行っていたのであって、どうして出かけたのかというともちろん純粋な観光であるわけがなくて仕事(取材)なのであって、じゃあ純粋な仕事かというとそうでもなく観光目当ての部分もあるのであって、なぜそういえるかといえば、きょうび宿代も交通費も出ないのに首都圏から軽井沢まで繰り出すバカなライターはいないのであって、ならばどうしてそんなド安値の案件を引き受けたのかというとちょうど愚弟が関東圏に中古車を買い付けに来ると聞きつけていてそれならついでに予も同乗できるという目算があり愚弟の約束も取り付けたからであって、しかし結局その愚弟のクルマ買い付けは相手の申告違いで無に帰したのであって、つまり愚弟は関東圏に入る用件はなくなったのであって、しかしそれでも愚弟は予の約束を守ってやってきた。面と向かって褒めるのは性に合わないので、ここで褒めてつかわす。いいヤツである。
軽井沢の近くには霧積温泉というのがあって、その名の通り、軽井沢初日は真っ白だった。軽井沢駅のまん前の道を走っていても、親のカタキのように何にも見えない。
取材では店舗の外観も撮る必要があるのだが、これでは何も見えない。まあ、その濃霧の日が取材前日でよかった。
が、1日は丸々遊ぼうと前乗りしたのに、一寸先は闇ならぬ一寸先は白。下見を兼ねて取材先までの道をおさえようにも、こんな真っ白のゴーストタウンのごとき惨状では、下手に走れば遭難しかねない。なんもできやしねえ。
おおげさだと思う奴は濃霧を知らないんだ。去年の恐山といい函館山といい、予の夏の旅行は、つくづく濃霧に縁がある。まあ、そういうところばかり出かけているということか。山好きか、山好きなのか予は。
しょうがないのでクルマを降り、愚弟と共に軽井沢駅に乗り込む。
駅の中まで濃霧が立ち込めている。ホラー映画に出てきそうな世界だ。ゾンビの数匹でも歩かせたら、さぞしっくりくるだろう。
ふーん、ちっこい駅だなあと思っていたら、駅の一室で、ナマイキにも無線LANが使えることが判明。愚弟がちょうどノートPCを無線LANにしたばかりで、こいつは春から縁起がいいや。初夏だけど。
観光案内所も装備されていたので軽く情報収集。宿泊候補を当たってみる。
予も愚弟も、去年の北海道旅行以来、健康ランドのファンだったが、恐れ多くも宮様とのご縁が深い軽井沢に、そんな俗化したものはないと判明。まったくもって予想通りなり。
唯一、庶民臭い寝所として民宿があったが、ココは民家そのもので、しかも愚弟の茶髪におそれをなしたか、対応した女がこれ以上にないくらいに愛想が悪かったので論外。茶髪にびびるような田舎者は軽井沢から出て行け。←言いすぎ&見当違い
濃霧でテンションがだだ下がりのなか、ヒマを持て余していたので、濃霧の中を取材先の道順かを取った。濃霧でやや心もとないながらも、観光案内所でゲットした地図が大いに役立った。やはり日本地図と、ネット上で拾った略図だけでは無理がある。
ザーザーと雨も降ってきたが、クルマであればどうとういうことはない。
軽井沢銀座というのがあって、愚弟は延々とケータイで電話をしていた。
しかし予は咎めない。彼が友人の恋の相談に乗っていることを、予は知っているからである。
「8万、分捕ればええやん」
なんて漏れ聞こえるアドバイスだけで、愚弟を推して知ってはいけない。
愚弟に相談している男は愚弟いわく「鬼」だが、惚れた女にはカラッキシらしい。その男と付き合っていたという女もけっこうなワルのようで、要するに男からカネを借りて、そのまま踏み倒す形で別れたらしい。こういうディープな相談を、愚弟はよく受けるらしい。人望ですな。細木カズ子もビックリ。
その軽井沢銀座では、愚弟はすでに首にかけていた銀のチェーンに合わせるべく、銀のメイプルを買った。
「似合う?」
などと訊かれる。ファッションのことを予に尋ねるとは、わははのは。
「似合うは似合うと思うが、結局はキミが納得するかどうかの問題だべ」
と、思うところを述べておいた。
その日の就寝は車内だった。これだからクルマは便利である。
2日目は、昨日の濃霧が嘘のような快晴だった。
予と愚弟は、朝からフレンチレストランに繰り出した。
もちろん仕事である。プライベートで訪れるわけがない。
愚弟は予のアシスタントという扱い。
パシャパャ写真を撮らせている間に、予がシェフに話を聞く。
ココのウリはパイプオルガンと新鮮な野菜。
写真を撮り終え、試食という形でサラダを食らう。
甘い。いい野菜である。
愚弟にもそれがわかるらしく、しきりに感心していた。
この店、当たりである。
次の取材まで6時間くらいある。
軽井沢周辺をドライブしつつ時間をつぶす。晴れ渡っているので、だいぶ軽井沢駅周辺の地理を覚える。予はすっかりプチ軽井沢通なり。
で、次はオムレツ屋さん。
昨日、愚弟がメイプルを選定している間にケータイに電話がかかってきて、料理の写真はウチのものを使いたいと言ってきていたので、予も愚弟もご機嫌斜めだった。料理が出ないんじゃ食えないじゃん。ちぇっ。
しかしそこは予の腕の見せどころ(?)、取材先に、料理が作る時間がないわけではないことを確かめたのを機に、まんまと試食用の料理を出していただくことに成功した。愚弟の目が輝いたのは言うまでもない。もちろん予の目も。
味は良かった。食えてよかった。
もう一軒取材先が残っているが、それは次の日の午後だった。
300円という格安の風呂を見つけたので、迷いつつそこへ到着。
観光案内所でゲットした地図なくして到着するのは不可能だったろう。
で、風呂を出て焼肉を食いに行く。これは仕事外のメシ。
晩飯に4000円も使うなんてふだんはありえないが、旅先では例外的にOKである。毎日というわけにはいかないが。
サワーが一杯でまんまと酔っ払う。寝る。またもや車内。たぶん零時過ぎ。
馬鹿兄弟が夢の世界へ到達する直前、車窓をコンコンされた。愚弟いわく、
「兄貴、寝たフリしてて」
フリもナニも、予は酔いが回ってるのでまともに喋れないし目も開かない。耳だけそば立てていると、どうやら深夜巡回の警官らしい。
「車内泊は、軽井沢の条例で禁止されているんだよ」
だそうだ。知らんかった。知るわけがない。
「何しに(軽井沢に)来てるの?」
「仕事」
「仕事?」
「そう、取材」
「へえ、取材? ホテルに泊まればどう?」
「経費が出なかった」
「そうか」
「そうだ。だから安眠を邪魔しないで」
まあ、愚弟と警官の間で、そんなような会話が交わされた。予は酔ってたから、実際の会話とはちょっとちがうかもしれないが、なんて上出来な会話なんだ。こういうところがコイツのスゴイところだ。
愚弟は愚弟で、予の取材での話術を褒めていたが、いやいやキミのそういう物怖じしない話術もスゲエよ。って、兄弟でヨイショしてりゃ世話ねえや。
警官は「まあ、いますぐ運転して事故られても困るから、仮眠もするなとはいわないが」云々。そして去った。車内は酒臭かったはずだ。
「どうする? (クルマを)移動するか?」
予が自主的に運転しようにも、酔っていてとても無理だったので、そういうふうに尋ねたわけ。予の問いに、愚弟は即答した。
「いや、シカト」
まったく、図太い奴である。
案の定、深夜の3時半ごろにふたたび警官が巡回に来た。
コンコンコンと車窓を叩いていたので目が覚めてしまったが、予は寝たフリを決め込んだ。愚弟も反応しない。やがてあきらめたのか、警官たちは去っていった。
あとで愚弟いわく、
「うるさかったな。兄貴がいなかったら怒鳴ってたかもしれん」
困ったチャンである。
朝目が覚めたら、愚弟の姿が掻き消えていた。
クルマの位置も、軽井沢駅に程近い所に移動されている。
ケータイに電話すると、駅まで歩いてブラブラしていたとのこと。まだ9時前なのに。早起きの男である。以前「ナポレオン睡眠」を教えたら、それに近いものを実践してしまっている。
無線LANを使って別件の仕事のメールをチェックし、早めの返信を要するものは返信しておいた。
午後。最後は居酒屋風のお店。ここは日本酒にこだわっている。
話せば話すほど盛り上がって、取材の内容は1時間くらい。あとは「昔の軽井沢」を中心とした雑談に花が咲いた。
予は事前に愚弟から、客商売の苦労って何かきけたらなあ、と聞かされていたので、「取材とは関係なく、個人的な興味からお伺いしたいんですが」と前置きして、それを尋ねた。答えは、
「儲けるために、お客に迎合しなきゃいけない部分もある」
だった。利き酒師の資格も持っているというココの主人はとっても日本酒が好きで(顔を見ればすぐわかる)、青ばつという緑の大豆から作られる豆腐や信州馬刺し、岩魚の刺身などをつまみに出してもらいながら、ぐいぐいと杯を空けた。「ままっ」と勧められると、どうも断れないのだ。ココが最後の取材先ということもあったし。なかなか「それでは……」と退去するタイミングがつかめなかった。酔ってるせいもあったと思う。
結局、6時間くらいお邪魔してしまった。わお。
日の出ているときに訪ねたのに、外は真っ暗になっていた。
取材先でこんなに長居したのは初めてだった。
まあ、そんなこんなの取材原稿は、某巨大ポータルサイトの某カテゴリの「軽井沢特集」として7/16から掲載される予定なり。あえてぼかして書いておくので、半月後も覚えていらっしゃったら、探してみておくんなまし。そこそこのヒマツブシにはなるんではないでしょか。
●6/11(6/14これを綴る)
6/7の日記の続き。
先に断っておきますと、例のテレビ局の取材はとにかく待たされっぱなしで、あんまり面白くなかったなり。だから、この日記もあまり面白くないなり。ついでに順序立てて書かれてもいないなり。
と、言い訳が終わったところで本文へ。
6/11に、テレビ局の取材で脳ドックに行ってきました。
テレビに出るかもということよりも、脳梗塞の有無よりも、テレビ局の取材の仕方と脳ドックを体験してみるというのが主な目的です。
ホントは某家電メーカーの取材の後に行く予定だったんですが、こちらは先方の都合で6/17に変更になりました。
変更を言い渡されたときは「えー」とか不満だったんですが、結局はヨカッタと思います。というのも、11日は雨だったからです。
雨であちこち移動するのは、けっこうな苦行です。だって予の移動手段は愛馬(俗に言う原付バイク)なんだもん。
ふつう雨なら電車だろ、という一般ピープルの発想とはかけ離れちゃってる予は、あくまで愛馬にこだわりましたなり。電車のナニがイヤって、駅の構内をけっこう歩かされるのもイヤだし、駅から目的地まで歩かなきゃならんのもイヤなり。さすがにミスター虚弱体質の言うことは違いますな。
「雨に打たれながら愛馬で疾走するのはイヤだけど、鉄のタコ部屋(電車)での移動よりはマシ」
という発想は、「ホントにおまえ虚弱体質なのか?」と、ヒトからはなかなか理解されない思考回路なのだと予想されますが、こんな考えかたをしてるくらいだから、脳に異常があったとしても、ちっとも驚くに当たりません。←軽い自虐ギャグ
予は地図を片手にどこでも出向くんですが、雨天だと、なかなか地図を開けないという欠点があります。取材とかでも、ふつうは拡大地図をプリントアウトして現場に向かうんですが、そのプリントアウトをうっかり忘れてしまったのも痛かったなりね。
ナニを言いたいかというと、現場の医院の場所がよく分からず、まんまと道に迷ってしまったということなんですね。とほほ。
最寄駅まで来ましたが、愛馬で探し回ろうにも、信号や一方通行などが多すぎて困難なり。しょうがないので愛馬を止めて、あっちでもないこっちでもないと、さんざん歩き回りました。愛馬なら現場まで直行できるという目論見はまんまと外れましたなり。雨のバカ。
でも結局、時間ギリギリで医院を見つけました。偶然とは恐ろしい。←目的地に偶然で着くなよ
テレビカメラらしきものをいじっているひとがいたので、いよいよ間違いないと安堵し、番組名を告げてみると、戸惑われてしまった。
「あ……うーん……えーと……じゃあ……ちょっとお待ちください。制作の者が来ますので」
というような返事。
テレビ局のひとはみんな垢抜けているかと思ったらそうでもなくて、カメラマンとか音声さんっていうのはむしろ職人肌で、むしろ人見知りするタイプが多いんじゃないかという気がしましたなり。
で、制作の者、がすぐに来て、名前を頂戴しますというので諱を告げると、彼が電話で応対していたひとだということが分かった。見るところ、予よりもむしろ若そうで、たぶん新卒のADであろうということが一目で見て取れた。
なるほど。まだ「業界臭」が染み付いていないから、人当たりが良いのか、なんて思ってしまった。←偏見
エレベーターで現場の医院に着く。どうやらMRIを専門に扱っている所らしい。
待合室にはすでに数名が来ていて、待たされた。
とにかく待たされた。
カメラマンと音声さんとおぼしきヒトが話し合ってましたが、アッシらには関わり合いのねえこってすたい。
やがて中堅のADとおぼしき女性が、予たち参加者に向けて簡単に説明をはじめ、そのあとからディレクターと名乗った女性が簡単な挨拶をして「お待ちください」と言い残した。
このあとも、終了まで何度も「お待ちください」と聞かされた。
端的に言って、とにかく待たされることが多くて地味極まりない時間だった。
ディレクターと院長が「画的[えてき]には云々」と奥で話し合っている声が聞こえる。
現場でカメラ撮りの手順や構図などを決めるというのは、どうやら雑誌の取材と大差はないようだ。
結論的なことを言ってしまえば、文章とするためのメモやレコーダーでの録音が不要なぶん、テレビ取材のほうがラクなんじゃないかという気がした。
まあ、現場で撮ってきた画を適当に編集するあたりが、ディレクターの腕の見せ所なんだろうけど。
ちなみにモルモット……もとい参加者は、予を含めて全部で6名。
ひとりだけが女性で、あとは男ばっかり。
20〜40代を集めているようだ。
MRIを受けたあとで、例の新卒AD氏に「被験者に年寄りがいませんね」ときいてみると、
「若い人から(脳梗塞が)出たほうが(番組的に)面白いんで」
ということだった。
彼がここまでぶっちゃけた話をするのは、彼は予がフリーライターだということを知っていることに関係している。かどうかは定かではない。
この一般参加者6名に、女性ディレクターと女性ADと、もうひとりテレビ局関係らしき男(遅刻)が被験者に加わった。
「ははーん、職権を使ってタダで脳検査をしてもらおうってハラだな」と予は思ったが、他ならぬ予もそういう目的で来ているので、目くそは鼻くそを笑えない。
これもMRIを受けたあとだが、ついでに例の新卒AD氏に、
「新人だとアポ取りとかイロイロとこき使われるんじゃないですか?」
なんて、小声ながらも突っ込んで聞いてみた。テレビ関係者への取材というわけでもないが、プチプチインタビューだ。
「まあ、それが仕事ですから。ここの医院もネットで探して、電話でOKがもらえたのがココだったんで」
というような返事。ますます、ある種の雑誌取材に酷似している。つまりやっつけ仕事。←言いすぎ
さて、日記上の時間を、予がMRIを受ける前に戻そう。
ちなみに、どうして今回の日記の時系列がバラバラかというと、MRIを受ける前もあとも、とにかく待たされただけだったからである。時間の前後感覚もマヒしてくるっちうねん。
予は何もせずに待たされるのがキライである。
MRIを受ける前に、名前を書くようにと書類を渡されたが、こんなものは1分で終わってしまう。
すぐに、何もすることがなくなってしまった。
備え付けの婦人雑誌を読んで時間をつぶすのもいいが、どうもその気になれない。
他の参加者たちと話をしているのもいいが、やはりその気になれない。
恋人が来るのを待つのなら少しは楽しいかもしれないが、脳ドックを待つのは楽しくない。
雨の中で愛馬を駆ったことと、出る直前まで原稿を書いていたこともあり、急に眠くなってきて、予のテンションが急激に下がってしまった。
看護婦がMRIの簡単な説明を初めて、そのシーンを撮った。
説明が必要というよりは、明らかに「画を押さえたい」ということである。
まあ、0.5秒から1秒もテレビで流れれば上出来な画だろうと予は思った。
またすぐに、何もすることがなくなってしまった。
4:30過ぎに入って、5:10にようやくMRI用の着替えをするよう促される。
人間ドックというと誰もが思い浮かべるであろう、浴衣みたいな服だ。
MRIが置いてある一室に入るまでの予の姿をテレビカメラで撮られたが、参加者全員が撮られていたので、まあ、念のために撮っているという感が強い。
それよりも参ったのは、義眼(俗に言うメガネ)を外すように言われたことだ。金属類は一切ダメだと説明されたときも、メガネのことは頭に浮かばなかったが、そうかこいつも金属であった。
唯一の女性参加者は、例の服を着た段階で「妊娠に影響はないですか?」なんて医師に尋ねていた。
その答えはよく聞き取れなかったが「大丈夫ですが、絶対というわけではありません。医療機器に絶対はありませんから」みたいなことを言っていたようだ。女性も「わかりました」って、わかってしまったのか。そうかそうなのか。
MRIに乗る前に耳栓を渡された。写真を撮るときに発生する音がうるさいらしい。頭を動かすなと注意されたが、頭を置いた部分の横の隙間に詰め物をされた。悪意的にならない限り、動かせる状態ではない。
気分が悪くなったときに知らせるためのブザーを手に持たされた。
そのままMRIへスルリと放り込まれる。
箱詰めされるフランス人形の気持ちが分かったような気がした。←どないやねん
いや、もっと言うと、火葬される人間の気持ちだな。←ちょっとちがうと思うぞ
トックトックトック……ブー……ブー……トックトックトック……
メトロノームと、舞台の開演のブザーみたいなものが繰り返し鳴っていた。
気分が悪くなったらお知らせくださいということだったが、わかる気がする。
MRIから出てきたときに、例の新卒AD氏に「どうでした?」と聞かれた。
「気分が悪いとまでは言いませんが、いい気分でもないですね」と答えたら笑っていた。
あとはもう、ただただ、ひたすら待たされたなり。
苦痛。拷問。軟禁状態。
あくびを何度もしてしまった。
薄謝について例のAD氏に確認してみると、
「どんな形になるかわからないんですけどね……」
と言葉を濁した。なぬ? こりゃ「ただ働き」かもしれんな。
しかし予はもう、すっかりテンションが下がっていたので、それについてどうとも思わなかった。
いまも「ま、いっか」というかんじ。
ライターの仕事の打ち合わせでも、打ち合わせや面談だけで、それっきりということが何度もあるので、もう慣れっこでもある(もちろん、ちゃんと仕事に結びついているものも多いけど)。
そもそも、タダでMRIを受けられたことと、テレビ局の取材が思いのほか地味極まりなかったということが体感できただけでもヨシとしているし。
あと、ディレクターがモニターをチェックしながら、全員の集合画像を撮った。
これは「検査VTR」の最初にサッと流す画像だな、などと思いながら、予は突っ立っていた。
それから、参加者全員のバストショットも撮った。
まあ、これは押さえで実際に使われることはないだろう、と予は思った。
もし脳梗塞が見つかった場合のみ、クローズアップされる可能性はあるだろうが。
新人AD氏に近くの喫茶店で時間をつぶすように促され、それに従ってあくびを繰り返していたが、いわれた時間に医院に戻ってみても、それからさらに待たされた。
ったく、予は、あみんじゃないのだよ。(注:あみん=♪私まーつーわ と歌っていたグループ……だったと思う)
女性参加者が、他の参加者と話をしていた。
予は知らんぶりをしながら彼らの話を聞いていたが、どうやら男のほうは、某格付け会社に勤めているらしい。予と同い年のようだ。女性は少し年上で、趣味で株をやってるらしく、それにまつわる話をしているようだ。手には結婚指輪が光ってた。
女性は「インサイダー情報を教えて下さいよ」なんて言っていた。冗談っぽく言ってるが、もし聞き出せたら御の字だと思ってることは想像に難くない。これが「プチ有閑マダム」という生き物なのかな、と予は思った。
男のほうは格付け会社か。ふーん、予と同い年でも、ちがえばちがうもんだねなどと思っていたら、女性の、
「三菱なんか、今はダメですよね?」
という株についての問いかけに、
「えーと、自分は時事には疎いもので……何かあったんですか?」
と言ってのけたのには、予は笑いをこらえるのに必死だった。三菱自動車の一連の不祥事も知らないで格付け会社に勤務してるなんて、ホントだろうか?
女性もさすがに呆れたようで、話は一気に盛り下がった。
つくづく、肩書きでヒトの中身を判断しないことであるよと思った。
<余談>
それどころか「日本で最も無能なのは、大企業の中間管理職」という話もある。
まあ、フリーランスに転向すれば、の話だけどね。
なぜなら、彼が誇る人脈の数々は「某大会社の営業部長」というような看板によって培われたもので、取引先も彼を名前ではなく肩書きで覚えている。
ということは、その肩書きを捨て去ったフリーランスだと、丸裸も同然ということだ。
フリーライターの場合でも、特に大企業に勤めていた経歴を持つ人間に、傲慢というかカンチガイなヤツが多いようだ(もちろん例外的なひとも少なくないとは思うけど)。
聞いた話では、記事を書いてくれと頼んだのに、統計学の論文のようなものを書いて、「私が勤めていた○○商事なら最低でもン万円の仕事です。ください」と言うのもいたという。手前勝手な判断で使い物にならないモノを出しておいて、提示された金額以上のものを求めるという。アホだ。
クライアントの言う通りにするか、「こうしてはどうでしょう?」と提案・確認する態度を忘れている人間に、フリーランスで生きていくことはできないと思う。
まあ、この種の話は、経歴に関係なく事欠かない。
めちゃくちゃ安い案件を依頼されて、キレて噛みつくライターもいるという。アホだ。
安く見られていると腹が立つ気持ちは分からんでもないが、イヤなら断ればいいじゃないか。
その安すぎる案件が、初めてのクライントからのものなら、あえてその案件を受けることで、編集者に恩を売るという手もある。
恩を売るというか、腕前を見せるというか、要するに、向こうの誠意を見るわけだ。
安い案件それきりで終わるようなら、最初から誠意がない取引先なんだから、むしろとっとと切れてよかったと思うくらいでちょうどいいと思う。
</余談>
余談が過ぎた。
夜7時を過ぎてようやく、別室で検査結果の発表。
先にディレクターが、奥の一室でディレクターと長々と話している。
院長の話が聞けると思ったら、さらに待たされるようだ。
「だから銀座のママはね……」という院長の声や、ディレクターの大きな笑い声が聞こえてくる。
おいおい、予たちを待たせておきながら、世間話してるんとちゃうやろうな。
なんて思ったが、実はその女性ディレクターに、脳梗塞が見つかったとのこと。
一般参加者のひとりにも、同じく脳梗塞が見つかった。
それが漏れ聞こえてきたとき、参加者の間で小さなざわめきが起こった。
番組的には、まんまと脳梗塞が見つかってバンバンザイといったところだろう。
そのひとりがディレクター本人というのが、ちょっと皮肉じみた話ではあるが。
もうひとり、脳梗塞ではないものの、脳髄が漏れている、みたいなひともいた。こっちはそんなに珍しいことでもないそうで、おおごとでもないそうだ。そおなのか?
脳梗塞を宣告された男性は、院長の話が終わって奥から戻ってきてからも、ソファーに座ったまま、ポカンと宙を見つめていた。
一方、女性ディレクターのほうは、撮影が終了してからも、
「ここんところ、無理してたからなあ。めまいもするし。飲み会も多かったからなあ。お酒は控えめにしよう」
と、妙に冷静だった。まあ、家でひとりになったときに、ズーンと思い悩むのかもしれませんが、女は強いなあ、などと思った。←偏見
シメの画として、院長が脳梗塞についての説明をはじめ、ディレクターが「質問はないですか?」と参加者にフッてきた。予は、実際に脳梗塞が見つかった人を差し置いて院長に尋ねることは、ようせんかった。
ここで目立てば、テレビに映る時間が長くなる可能性は高いだろう、なんてことは容易に推察されるのだけれど、なんかそれを狙って話すという自分がどうにも薄汚いように思えたので、結局黙っていた。
てゆーか、テレビカメラは、実際に向けられるとなんかコワイ。あんなバズーカの出来損ないみたいなモノを向けられて喜べるヤツは、ある意味幸せなりね。
そう思っていたところへ、予の隣にいた一般参加の女性が、妙にハキハキと院長に質問をした。
テレビカメラがズーンと彼女に寄る。
テレビ的には、そういうふうに質問してくれたほうが画的な材料が揃っていいわけだが(使うか使わないかは別問題)、予はなんとなく彼女が浅ましく思えてしまった。←偏見
ちなみに脳梗塞は、ふだん酒を飲まないヒトでも、急激にのんだりすると、なりやすいそうなり。宴会でグイッといくタイプは危険ということですな。予じゃん。
最後に、ディレクターの計らいで、院長に自分の脳みその画像を見せてもらった。
パソコンに取り込んである脳の画像が、輪切りで表示されている。目玉や視神経までリアルに映っていて、あまりいい気分ではない。
「キレイなもんです」
と、院長は予の脳を見てつぶやいたが、喜んでいいものなのか。
まあ、そんなわけで、予がテレビに映る可能性は極めて低いと思われますなり。
てゆーか、予が出るテレビ番組なら、「銭形金太郎」(ビンボー紹介番組)のほうが、番組のコンセプトにマッチしている可能性は高いと思いますなり。いや、これはさすがにNGだけど。
参加者たちが三々五々と散る直前、エレベーターを降るときも、男性は下を向いたままだった。つい、
「大丈夫ですか?」
と最初で最後の一声をかけたら、
「ヘコみました……」
と、ごく当然の返答が返ってきた。
院長の話によると、いちど脳梗塞になると、その部分は二度と復活しないらしい。脳細胞が壊死している状態だからだ。
あとは梗塞が広がらないよう、気をつけるだけだという。
たしかにヘコむしかない。
でもこういうひとが、かえって健康に気をつけるようになり、結局長生きするもんだという気もする。
人間ドックで異常なしと診断されて、喜んでハメを外して不摂生になり、結局早死にしてしまった、という話もきく。
人間万事塞翁が馬なのである。←ありがちな慣用句でシメるのは「悪い作文」の典型なり。皆さん気をつけませう
●6/7
その電話は突然かかってきた。
30分ほどの問答があり、翌日に担当者から「お願いします」と言われた。場所の住所も聞いた。それが今日。
とても話しやすい人で、業界に対するイメージがちょっと良くなった。
局の所得隠しが発覚したからかのう? ←邪推の帝王的発言
なんの話かというと、ライターの仕事の打診……ではなくて、テレビ関係者とのお話し合いでした。
予ってば全国ネットのテレビに出ることになりましたのことよ。わーいわーい。
なんて臆面もなく喜んでみせるところが田舎者根性丸出しですが、ホントは自慢するほどのことじゃないんです。
某情報番組で、近々「脳の検査」ってのをテーマにするらしくて、予がその被験者のひとりに選ばれたってだけのことなんです。
テレビに出るというより「映るかも」のほうが実情に近いんでしょうな。
1秒くらい画面に出ればいいほうで、検査だけやってテレビに映ることはないのかもしれません。
でも、テレビ局がどんなふうに取材をするのかを見届けるいい機会でもあります。
てゆーか、実はテレビ云々ってのは二の次なんです(でも、ちょいとだけ楽しいけど)。
なんてったって予は、自他共に認めるミスター虚弱体質&マドモワゼル不規則生活ですから、タダで脳の検査をしてもらって、しかも薄謝までもらえちゃうらしいのだから、そっちのほうが嬉しいなり。渡哲也に船木和夫です。もとい、渡りに船です。
薄謝ってのがいくらもらえるんだったか忘れちゃいましたが、下手をすると、予が抱えている某案件1本あたりの原稿料よりも高いかも。わはは。←笑えねえよ
ちがうんだもんちがうんだもん、ハリボテライター(※注)じゃないもん。
その案件は数をこなせるから、それなりの収入になるんだい。フンだ。←必死に言い訳?
MRIとかCTスキャンとか、その種の大型医療機器を使うんだと勝手に思い込んでますが、あれって億単位もするそうで、通常の人間ドックでこいつに寝転がると、薄謝をもらうどころか、かなりの出費になりかねないですな。あんなもん、余命を心配する金持ちの道楽っぽいよね、くらいに思ってました。←ド偏見
しかし予ってば、ここ6年くらい、歯医者を除いて病院に行ってないので、久しぶりに消毒薬の匂いでも嗅いでくるのもいいかなあ、ってかんじなり。
原則として、外科的な負傷以外は病院のお世話にはならぬ、というのが予の持論で、風邪ごときで病院に行くなんて愚の骨頂。考えられませんなり。少なくともアジア諸国では、風邪で病院に駆け込むのは日本人くらいのようです。つまり狂わしき行動なのです。←こんなことを言って無用に敵(?)を増やすバカ
閑話休題。
脳の検査は、11日の金曜日の夕方4時半から3時間半もかけてやるそうで、ホンマに人間ドックの料金が浮いたんじゃなかろうか、と考えれば考えれるほどウキウキしてるくるなり。
実はこの日、午後イチで某家電メーカーにライティングの取材が入っているんだけど、1時間もあれば終わるので、移動時間も含めて問題ナッシング。ヨカッター。
通常はン万もするであろう人間ドックが、タダで受けられるだけで満足なり。もう検査結果なんかどうでもいいです。←ばっちり本末転倒
というわけで、検査の結果がわかり次第、ココに書いてみたいと思います。
てゆーか、ああいうのって即日には結果がわからないんだっけ?
そんなことも知らないのかよ、とか言わないでー。
なにしろ予にとって病院は、高級料亭くらいに縁がない場所なもんですから。あははー。
※注
たったいま考えた予の造語。自称ライターでありながら、実際の仕事はゼロに近いもしくはゼロの人たち。フリーライター人口の半数を占める(たぶん)。3年前の予の姿そのもの。
●5/24
透明思考 書店員Nの日記の内容は、なかなか興味深い話ですな。
てゆーか、いちライターとして、ふむふむと心当たりのある話なり。
確かに、本を広告として上梓する例はけっこうありますな。
予はアマゾンの愛好者だったりするので、実は書店にはあまり足を運ばないバカタレなんですが(ライターのくせに)、ついでに言うと定期購読雑誌も何一つないのですが(雑誌に何度も書いてるくせに)、それでもそういう「本の広告化」という事情は肌で感じておりますなり。 というか、昔々からあるとは思うけど、最近実感として、ひしひしと感じられるようになったということで。
というのも目下、ある会社社長の著書のライターを引き受けさせてもらうような流れになってるのです。
そういえば似たようなケースが一年ほど前にもあったなあと振り返る今日この頃だったわけで。
似たようなケースを経験していたからこそ、詳細についてスムーズなお話(メール往還)ができているし、そのなかで「慣習」(文字数ごとなど杓子定規に料金を請求するとか)をあえて破る提案をすることで、複数の候補(編集プロダクションを含む)に競り勝ってクライアントの信頼を得て、予に任せてくれるという段階にまで辿り着けたのです。
お? 法人(編プロ)を向こうに回して勝っちゃったよ。予ってスゴイじゃん!
そうかそうか。お前はいつのまにか、法人にも打ち勝てるようなフリーランスに成長していたのか。スゴイぞ予! エライぞ予!
……と、黙ってても誰も褒めてくれないので、しょうがないので自分で褒めますなり。
ケッ! なにいってんだい。
本格的な作業はまだナニひとつ始まってないだろ。まだ打ち合わせの段階じゃん。
……あ、そうかそうでした。とらぬ狸の川島なお美でした。
他のライティングもろもろと並行作業は常にあるけど、遅くとも8月頭までには完結させちゃおう。でないと夏に遊べない。またぞろ遠出もしたいしー。
巷じゃ資格流行りだそうですが、あるひといわく、国家資格よりも著書のほうが、宣伝ツールとして有効なんだそうです。しかし、自費出版は往々にてナメられるケースがありますが、自費出版という言葉を知らない読者に対しては、そりゃ水戸黄門の印籠のような効果を発揮します。
そういう「自分」や「自分の商売」を宣伝したいうえに、ご自分の文章力に自信がない人たちがますます増えてくれると、予のような、よろずライターの仕事が増えるので大変助かるなりね。ということに最近気がついたなりね。
ただし、編プロも含めて競争相手も多いので、安穏となんぞしてられませんとも。
いわば常に入札に参加してる状態。
これからのフリーライター(売文家)は、出版社や編プロだけではなく、会社社長も積極的にクライアントにしよう! コピーライターとの「住み分け」なんて考える必要はないぞ!(たぶん)
……と、同じ穴のムジナさんたちにとっては、けっこう示唆に飛んだ発言をしたつもりなんですが、しごく当然のことを言ってる気もしてきたなあ。
まあいいや。自分に言い聞かせるためのメモ代わりとして。
その一方で、仮に編プロ経由の仕事がすべて止まったとしたら、妄言王国の急激な財政悪化は必至なので、編プロが敵か味方かと問われれば、それはもちろん、基本的には頼もしい味方です。ええ、もちろんですとも。いやいやホントにホントに。 約束不履行や企画流れやピン跳ねや、時には不払いなんぞが勃発しようとも、それでも味方だもんそうだもん。いやマヂで。そんな疑いの目で見ちゃイヤーン。
本屋の話に戻りませう。
そもそも、書店に本を置いてくれと頼むのは、中小(または新参)出版社の営業マンだけかと思ってましたが、著者も自ら頼んで回るんですね。涙ぐましいというか、出版社は何してんねんというか。
しかし自費出版、とりわけ取次を介さないような本は、それくらいしか書店に並ぶ可能性はないというのは、ちょっと考えればわかることでした。ホントに「宣伝ツール」としての本なんだなあ。
出版社は何してんねんという話で言えば、まあ、特に大手なんかは下請けに丸投げ、著名人に名前だけ借りてゴーストライターに丸投げ、しかも印税は実際に執筆したライターより著名人に多く転がり込む仁義なき弱肉強食、とまあ、そんな風潮でありますことは皆さんご存知のとおり。
するってえと、世の中にコンテンツを提供している多くは、社員というより著名人というより、外部の名もなきフリーランスじゃないかという、分析というか舞台裏というか馬脚というか妄想というか金言というかが出てくるわけで、著名な童話作家のゴーストライターすら存在するという背中が寒くなる話もきいたことがあるなり。まあ、たぶん事実でしょう。
いちライターの立場としては、原稿を納品した後は、クライアントがその原稿をどう使おうが自由だと思ってるので、どうこう言うつもりはないんですけどね。
というか、文句を言わない対価として報酬をもらってるところもあるのです。だから、それはそれでいいのです。読者こそいい面の皮だけど、著名人や芸能人は、芸よりも夢を売る商売ってことで許してあげなさい。
他方、許すまじは、詐欺同然にゴーストライターの著作権を強奪したり、不払いを決め込んだりする輩(出版社・編プロ)が案外少なくないこと。フリーランス同士でたまに話す機会があると、かなりの高確率で、そういう被害をこうむったことがあったり、現在こうむっている最中だったりする。
契約書を交わす、判を押す前にそれを熟読する、それが無理なら半分納品した時点で半金をもらうよう提案する(予が今回のクライアントにやったように)など、最低限の自己防衛策は必要なようだ。
アホな編集者に原稿を「改悪」されたときなんかは、「バカかこいつ」とか「そこまで原形をとどめないような変更をするくらいなら、最初からテメエで書けよボケ」なんて思うことが稀にありますが、原稿はライターのものでなくて編集者のものだと腹を括る必要があるようです。不払いに比べれば、痛くも痒くもありません。いや、わずかに痛いけど、そんなことを吼えても何の意味もありません。彼らはライターの文章の生殺与奪の権を持つのです。金を出す立場だから。
しかし、ライターとて糸鋸。もとい人の子。あまりにひどい原稿蹂躙をされて辛抱ならぬと憤怒した場合は(特に署名入りの原稿の場合)、ソコとはもう二度と付き合いをしないことです。
おっ? 予ってばいつの間にか、取引相手をえり好みできるくらいになってたんだね。ヨッ、王様商売! ←ひとりでほざいてろ
もっとも、向こうでも「使えない奴だ」とか、同様のことを思ってる可能性が高いですが。
予の能力の問題というよりは、クライアントとの相性とタイミングの問題で、そこにちょっとギャラが関わってきます。
それから、そういうゴーストライター的なお仕事には、ひとつの特典があります。
クライアントは、本を出すからには書きたい内容があるわけで、それは多分に実用書的な要素が多いのです。まあ、簡単にいってしまえば、タダで最新情報(?)が読めるということ。
たかが宣伝されど宣伝で、宣伝とするからにはそれなりに人をひきつけるだけの興味深い内容が含蓄されてるはずで、いちライターとしては、それを楽しんでいく腹づもりでおりますなり。
んまー、なんてけなげなんざましょ。
と、誰も褒めてくれないので自分で褒めましたパート2。
てゆーか、立場的には、その魅力を文章によって引き出すのが仕事なんですがね。包装紙みたいなもの、という言い方をしたライターもありました。
で、さっきから話の落としどころが見つからずに困ってるんですが――次回に続く! なんて、非常にありがちな締めかたで遁走します。チャオ!
●5/23
【朝野十字さんところ→新之助の推理日誌→13.事件の伏線】は、拙宅の掲示板をのぞくと面白みが増すようになっているようです。
……てゆーか、予ってば気づくの遅すぎ。もしくは、気がつかないフリをしてたほうがよかったかな。ましてや笑ってしまったなんていったら問題かな。
さらに「短編で、妄言王の作品に投票する奴らは小説を知らん」「また敵を作るんですか」とか毒漫才を吐いて欲しいという願望がなきにしもあらずなんて公表したら、自虐主義だと小林よしのりに太鼓判を押されるのかな。
作者としては、まさに「小説」という枠を無視してやりたいお年頃であるところの、筒井康隆というよりはむしろ清水義範ちっく路線のつもりなんだと喚いたりしたら、自作解説が過ぎると証人喚問に呼ばれるのかな。秘書がやりました。
●5/22
短編21期について。
拙作が予選を通ってしまってるけど、いみじくも主催者の北村さんが述べられたとおり、これはGWがもたらした春の狂い咲きなり。
この日記を書いてる時点では決勝の結果が出てないのだけど、拙作が優勝するようなことはあってはなりません。
とか言いながら、初の予選通過にちょっとだけ欲深くなってまして、予選票はGWの都合で投票できなかったものの、決勝投票に関しては意図的に棄権しましたなり。ズルい奴なりねえ。
この日記を書いてる時点で、拙作に1票は入ってるのは確認しました。
そして、それが誰の票なのかが察せられてしまったので、ああ、あのひとに評価されたのかと、ちょっぴり嬉しかったりするのでありました。
さらに、21期の全感想などしてみたなり。
てゆーか、以下の雑感はGW前にほとんどを書いたのだけど、GWに遊びほうけてたり、その後は仕事の連続攻撃でグロッキーになってたりして、アップできずにいたものでありんす。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
仕事明けで疲れ切ってるヘロヘロ脳みその状態であえて読むと、こんな雑感になるよということを書いてみましたの巻。
作者の参考にとかは、まったく思ってないので念のため。(もしそう思うなら、疲れきった頭で読みはしませんなり)
1月光幻想
ほんまに幻想的。ストーリー性が乏しくて味気ない。
2さらば日本
タイトルと内容に乖離あり。内容もよく理解できなかった。
3タイミング
ヌルイ話。のろけ話を聞かされてる気分。
4僕とペンギンと春の歯車
不思議の国のアリスっぽいですな。あれは原文の英語がダジャレになってるらしいが、日本語にすると途端にそれがわからなくなる。そんな日本語訳のアリスのようなかんじがした。いかにも意味ありげで、実は皆無に等しいんないんぢゃなかろうか。そういう読み物だと思う。
5茸
物足りない。オチてない気がする。
6春の馬鹿やろう。
5秒未満でオチ読めた。
7Sounds Rain
彼の言い草を魅力的に読ませるための引き立て役として、彼にベタ惚れの主人公ではちょっと不適切だと思った。
8妖
さんざ使い古されたモチーフのはずなのに、「しめった土の」以下の文章に、ちょっと悪寒が走った。ヴァンパイアがエロスの象徴とか言われる理由が、この作品を読んで感得できた気がする。(大昔にブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』は読んだけど、全部忘れてしもうた)
9婚約指輪
末文はアカンと思う。道徳の教科書みたいになってしもうとる。
10弥生のいちご
改行求む。読む気力がわかぬなり。千字足らずなら、どう書いても必ず最後まで読まれるだろうというわけにはいかない。
11私の坊や
創作メモみたい。三点リーダーがうるさい。末文はアカン。そう書かずに読者に悟らせるべく、書き手は苦労するんだし。
12ネロの帝国
キレイな話、というかんじはしたけど、予にはよくわからなかったなり。
13緑郷館
長編のプロローグかエピローグといった印象。千字では世界観が出しきれていない感じがする。
14視る
「まんじゅうこわい」とはちょっとちがうんだけど、そんな系統を思わせる話。末文の「笑いながら」は不要かと。主人公が靴から、もっと深い人間洞察ができるようになったという描写があれば良かったのに。
15裏読みの銀
タイトルで勝手に将棋の話と思ったけど違った。オチは読めちゃった。
16早苗さんとコインロッカーベイビー
タイトルでネタバレしちゃイカン。
17約束
素直な気持ちで読むことができない(「運命なんかクソックラエ」とか思っちゃうとか)のは、たぶん予の心のほうがひん曲がってるから。
19オープンカーも音楽も、そして花束も
この作品に関して喋々できるだけの感性を、予は持ち合わせていない模様。よって、褒めることもけなすこともできませんなり。詩的だなあ、と思うくらい。
20君と、あなたと
地の文を主人公の心の声と読者に思わせといて、実は声に出していた、というオチだと思うけど、そのわりには途中で、地の文と男が会話してしまってる。
21むかし語り
疲れた頭だと、こういうリズミカルな文章はとても読みやすい。あざといという人もいるだろうけど、さあ読み解けといわんばかりの作品ばかりでは疲れる(そんな作品が皆無でも困るけど)。わかりやすさは美徳。ラストは賛否両論でしょうな。ただ、死に解決を見いだすのは、ちょっと物足りない。
22言いたいこと
言いたいことってなんでしょ? 「彼氏」と「清く云々」がキーワードで、そこから、微かな「処女信仰」を見いだすのはまちがいでしょか? ←いかにも自信なさげ
23馬切茂作
この作者が戦国時代に取材した作品を出してきたというだけで、個人的にはとても嬉しい。当時の一向宗は通常「死んで極楽」の教義を信じて喜んで死んだとされるが、主人公のような異端児もいたんだろうな。「坊主」は本願寺顕如で「城主どの」は信長の弟・信興を指していると思われるけど、あえて書かなかったんでしょうな。
24釜の中
「ブラックボックスの中身」は、最後まで明かさないほうが興味をひかれて余韻も残りますな。作者の一連の作品の中では、予にとっては読みやすい部類だった。ということは、作者のファンには「物足りない」と思われる可能性があるということだろうけど。
25坊主
「馬切茂作」の後に読んだから、タイトルから坊さんの話かと思った。「坊主頭」じゃアカンかったのかな? 某お笑い芸人が、先輩芸人の家を訪ねて、笑わせようと全裸になってインターホンを押した、ドアが開いたら先輩芸人も全裸だった、という話を思い出した。
●4/25
それでもイラクに行く、というのは若者に多いようだ。
って、なんか年寄りじみた言い草になってるなあ。まあいいや。
冒険を求める気持ちはわからんでもないんだけど、でも予は拉致監禁されて殺されたくはないから、真似はしない。できないといってもいい。あと十年若かったらとか、そういう問題でもない。
表面上は同じに見える「自己責任論」でも、人質宅に脅迫の電話や手紙をかけたりする、この世で最も醜くてヘドが出る人種などがいたりして、たまたま住所とTEL番号をゲットしたからいじめてやれ、という陰湿さだ。そんなお前たちこそ「死ね」だ。←なんて言ってるあたりで、すでに予も聖人君子じゃないけど
ついでに、元人質たちを非国民呼ばわりした政治家もどうかと思う。自衛隊派遣に公然と反対してるから云々という思想信条による差別を公言するあたりなんか、憲法から勉強しなおせこのアンポンタンと言いたい。助けたのが不愉快だというなら、死ねばよかったということか?
オマエの政治理念がどうあれ、そして政府にとって彼らが迷惑千万だったことは事実であったにせよ、自国民が助かったんだ。「人質が助かってよかった」の言葉も口にできないのか。口にはしたのにマスコミにカットされたということであればまだ救いもあるけど、そうでないとしたら、自宅に「死ね」と書いて寄越した連中と大差はない。というか、一応の「公僕」の発言としては恐怖すら感じる。やはり日本は社会主義国家だったのか、と。
そもそも予は、「自己責任論」が世間に流布しているとは知らなかった。これをもって政府の思惑通りという見方もあるが、まあ、結果的にはそうだろう。そういい募る人たちに限って、同じ目にあったら真っ先に政府に助けを求めかねないが。
しかし憚りながら、もし予が北朝鮮やイラクに行くなら、もちろん死を覚悟していく(でも覚悟はできないから行かない)。
「自己責任」は、べつに流行語大賞にするような代物ではなく、予は人生全般に通じるキーワードだと思っている。
なんだ西洋かぶれの近代的自我を持ち出しやがってとか言われそうだが、日本古来の「無常観」も「人事を尽くして天命を待つ」に通じて、同じことを言ってるんぢゃなかろうか。
あらゆる情報(経験を含む)を分析して自己決定するのはもちろん、他人に勧められて「うんそうする」と同意するのも、自己責任の範疇だろう。助言に従って失敗して、それを勧めた他人のせいだというのは、それこそ責任転嫁だ。
待遇の悪い職場に勤めちゃったのも自己責任だ。
そんなにイヤなら辞めりゃええやんと、予はフリーランスであるからして堂々と言えるのだ。わはは。←イヤな奴?
いわゆる裏切りにあうのも自己責任だ。
そもそも「だまされる」というのは、相手を信じた結果なのであって、信じた時点で「自己決定」があり、同時に「自己責任」も発生する。だいいち、生涯に一度や二度くらいは「裏切られた」と心を痛める経験をしないと、ロクな人間にならないと思う。ましてや小説を書くならムニャムニャ。
ちなみに予は、仕事上の「裏切り」(つまり報酬未払い)には、鬼にもなって報復をする。というか、した。もちろん合法的な範囲内で。
裁判そのものはほとんど役に立たないが、その過程における証拠集めなどが、相手を心理的に追い詰める手段、あるいは談判の際の土産としてはそれなりに機能する。これらの作業はひとりでは苦行だが、気心の知れた、そしてできれば気の強い人間と一緒にゲーム感覚でやるとか、途中に自分なりのお楽しみのイベントを挟むとかすれば、むしろちょっと楽しかったりする。
理が完全に予のほうにあって、なんの気兼ねもなく怒鳴り込めるのは、一種の快感ですらある。鬱憤を晴らすだけでなく「金を取り戻す」という具体的な目的があるのも良い。
プライベートでの「裏切り」は、そもそも予は裏切りとは認定しない。
予にとって「信じた」時点で、自分の意に反する行為を相手が取って、予が損害を受けてもかまわないと腹を括るということだからだ。
そりゃあ「裏切り」にあった当初は煩悶もするだろうが、復讐の鬼とかには絶対になりえない。だって信じたのは予だもん。相手が女だったら、怒りをぶつけることすらしそうにない。←女で損するタイプですな
閑話休題。
そのスジの自由業にボコボコにされたうえ、監禁されたことがあるという友人がいる。日本国内の話ね。
殺されるかもしれないと思ったそうだが、必死に説得して、一週間で解放されたという。
これは日本語(母国語)同士だったからできた芸当だろう。それから、監禁された理由が、ある情報提供者のウソをその自由業者が鵜呑みにした勘違いだったということも大きい。
ちなみに、そういう友人の主張が通ったということは、そういう「間違った情報」を、予とは縁のない自由業に提供した者は、友人いわく「たぶんオレを陥れるために(情報提供者が自らの保身を図るために)」だから、その後どうなったかは想像するだに恐ろしい。友人も「身を隠したらしい」とまでしか知らない。仮に想像したって、決して楽しいものではない。
さて、政治問題やら身代金目的の誘拐で、そんな論理がまかり通りますかね? しかも母国語が使えないのに。わたし英語が堪能だもんねとか言っても、向こうは英語が母国語とは限らない。況やイラクをや。
例の三人はたまたま「人道支援」が通ったけれども、信用されない可能性だってあるし、ジャーナリストだとスパイ容疑で殺されてもおかしくない。
別の例の二人だって、解放されて、危険に対する認識が甘かったと述べた。そりゃそうだろう。
政府の退避勧告は出ても、現地に行ってこの目で見たものじゃないと信じられない、とテレビのインタビューに答えていた学生がいた。だって前に観光に行ったときは安全だったもん、と。イラクに赴くにあたって、政府のお世話になるつもりはないと言い切った学生もいた。退避勧告におめおめと従っててジャーナリズムやヒューマニズムが貫けるか、という意見もあるだろう。
つまり、退避勧告が出ている地域であっても、日本政府の庇護など無用だから出向くという「命がけ」なんだから、これは文句なしに英雄的な行為だ。カッコイイ。尊い。皮肉でもなんでもなく、本当にそう思う。
ただし「命がけ」という自覚がないのだとすれば話は別で、それはたんなる無知の行為に過ぎない。危険はないだろうという甘い目算も、認識不足に他ならない。
くどいようだが、きちんと危険を覚悟した上で赴くなら、草莽の英雄と言ってもいい。もっと遇されてしかるべきだ。政府なんかじゃなくて、どっかの財団法人とかに。
ただ一方で、「英雄」とは「身内に迷惑をかける人間」という意味でもある。
べつに「身内や他人に迷惑をかけずに慎ましく生きろ」なんてことはまったく思わないけど、そういう一面もあるってこと。ひょっとしたら、彼らは家族なんか眼中にないのかもしれない。
国内はもちろん、退避勧告の出ていない地域(つまり普通に観光旅行できる地域)での拉致監禁であれば、予は原則として「自己責任」の埒外だと思う。だって不可抗力じゃん。北朝鮮の拉致を、拉致被害者たちの自己責任とほざくバカはいない道理だ。
というわけで、国内でボコられて拉致監禁された友人に「自己責任」を問うて非難するとすれば、それこそ筋違いだと誰もが思うだろう。予もそう思う。しかし彼はこう言った。
「そういう人たちと距離をおくことができなかった自分のミス」
自己責任の肯定とも、自己反省ともとれるコメントだが、少なくとも、危険を危険とも認識できずにイラクに行く人たちよりは賢い。何回でも言うが、万一の時には救助されないかもしれない危険があると認識して赴くのなら話は別。もちろん英雄である。
そういう意味では、自衛隊員は尊敬されなければいけない。派遣そのものは、これも何回でも言うけど個人的には反対だが、命がけの隊員に対して国民が冷淡であるのは、それこそ「非人道的」でしょうに。
友人には、例の自由業に属する幼馴染みが少なからずいる。実は心の寂しい孤独な人たちが多いことも、予は知らないがその友人は知っている。だからその自由業と深く関わることが「危険」であることを知りながら関わっていた。
で、これを彼は「自己責任」と自認した。しつこいようだが、ごくふつうの日本国内で拉致監禁されたのにだ。警察が助けてくれなかったとか法治国家なのにとか税金を払ってるのにとか、そんなことは一言半句も言わなかった。
もし、これを「そんなのは当たり前だ」と思えるのなら、「政府が危険であると指定した地帯に自ら飛び込む日本国民であっても、政府は是が非でも助けろ」と言える道理はないだろう。
犯人が日本政府に「彼らを助けたければ云々」と声明を出したから? だったら日本の警察は、誘拐事件で犯人に「金を出せ」と言われたら素直に出すのだろうか? そんなオイシイ思いを犯人にさせるなんて選択肢はないでしょう? 犯罪の助長にもあると考えるでしょう? ダッカ事件の愚をまた犯す?
憲法によって保障された基本的人権があるのだから、日本国民は、どんな条件のもとであろうと政府に庇護されるべきだ、という意見もあるのには驚いた。
憲法にも、基本的人権が「公共の福祉」――まあ、端的にいってしまえば、各種法律によって制限されうると明記されている。「どんな条件のもとであろうと」は無理なハナシ。
しかも、かの地は文字通り「無法地帯」だ。日本の甘っちょろい論理が通ると思うのは相当おめでたい。
てゆーか、そんな生兵法の法律論を云々する以前の問題で、政府が自国民をどんな場合でも確実に助けうると考えるのは(政府も世論に配慮してそれなりに努力はするだろうけど)、あまりにも理想論に過ぎる。
政府スジの本音としては、
「わざさわざ人質候補になるな。死ぬ確率を自ら高めるな。政府の評判が下がるじゃないか、選挙も近いのにまったく愚民どもが」
といったところなんでしょうな。
しかし政府の本音はともかく、わざわざ自ら死を招くなというのは正論ではある。
政治家や官僚なんてのは、個人としては「いい人」かもしれないけど、組織の一部として生きているという絶対的な宿命がある。大企業とか特殊法人に属している人たちも同様だろう。
で、組織には防衛本能というものがあるのであって、組織の存在意義なんかお構いなしで、組織にとって最も都合のいい意思決定を出す性質がある。つまり組織の保身に走る。
問題は、そういう組織の保身を見透かしたうえで、じゃあどうするかということである。
極端な例でいえば、私利私欲や党利党略や嫉妬や政争や票稼ぎや外圧に屈した結果が発露であろうと、出てきた法律や政策が国民にとって有益なものであればそれでよし。
逆に、誠心誠意の本音の正義の憂国がゆえの発露の法案であっても、国民にとって有害なものではあれば、それは有害なものに過ぎないということ。
こと政治に限って言えば、何をしたかという結果だけが問われる。為政者たちの動機や本音なんてどうでもいい。
政府筋としては、いくら本音では、
「政府の勧告を無視するような奴らなんか知らん」
と思っても、ふつうなら言えやしない。
はずなのに言えているのは、ひとつには人質たちが全員無事だったからというのと、今後、かの地で同種の日本人拉致事件が起こっても「救出失敗」あるいは「救出なし」もありうるという宣言だろう。実際、パーフェクトでの救出なんて難しいと思う。外交官が亡くなってるくらいだし。
「自ら死地へ赴くアホな人質に、自衛隊派遣という政策を振り回されてられるか」
と保身が政府の本音であるということを踏まえたうえで、それでも予は、やはり人質たちは自己責任に問われてしかるべきだと思う。てゆーか、もう十分ら問われたと思うけど。
もともとそういう「無責任」でありたいという本性を持つ政府はアテにできないから、危険が明白なところへは行かないほうがいいよということである。
●4/16
これだけ!著作権と情報倫理予が一冊丸ごと書いた本(というか冊子)です。めちゃ安いです。買ってね……と言いたいところだけど、学校専用教材で、個人販売はされませんなり。とほほ。
まあ、印税じゃないから別にいいんだけど。←コラそもそも、ネタ集めの段階から行なったライターの予の諱どころか、編集プロダクションの名前すら書かれていません。奥付にもナシ(だからココで紹介したんだけど)。監修の名前すらない。
そんなんで著作権を語るかー? とか皮肉を言ってはいけませんなり。言いたくても言わずにいる予に免じて、許してやってつかあさい。←おまえが一番言いたいんじゃないか?
慣習は成文法以上に、まかり通るのです。予も黙って通す(てゆーか甘受する)から、報酬がもらえるわけで。
まさに「名を捨てて実を取る」の典型なり。「個人販売されないはずの書籍を献本として予がゲットしている」ということと、執筆のときの話を具体的にできることでもって、予が書いたというそれなりの証明はできるので、いいんですけどね。
え? 誰に対して証明するのかって?
もちろん、新規のクライアントに対してなり。
フリーライターたるもの、今まで書いた本や雑誌や記事やサイトなどは、できるだけ営業ツールとして使うのです。そーゆーもんなりよ。あ、ちなみに当サイトは、そんな営業ツールとは無関係で稼動してます念のため。←そりゃそうだ。マイナスにはなってもアピールにはなるまい
●4/15
イラクでの日本人3人拉致事件について。彼らの消息を現地取材しようとして、さらに日本人2人が拉致されたらしい。
ホンマに彼らは危険を自覚してんのかな?
現地人の忠告を無視して突進して拉致されたらしいし。「話せばわかる」とか本気で思ってるんだろうか?
しかも、そのすぐにあとに3人が解放されて、思いっきり拉致られ損ぢゃん。
死にたくなければイラクに行っちゃいかんよ。
北朝鮮には行かない人が、なんでイラクに行くのかね?
イラクの一部の過激派は、殺戮の限りを尽くすアメリカの手先となっている日本人、と思ってる可能性が強いんでしょ? しかも死を恐れず、貧困で切羽詰っていて、さらに宗教的教義によっても動いている人たちが少なくない。アメリカの「ジャスティス」という独善的なお家芸でさらに逆上させてしまって、さらに狂わしいことになってるし。
日本人に好意を持ってるイラク人も少なくないからといって、そこに甘えるのは一種の傲慢だ。
彼らが常に過激派の危険を察知できるわけではないし、況や現地人の忠告を無視して突進するなんてのは論外でしょう。危険性をかなり甘く見てるんだ、たぶん。
アメリカのやり口は、信長のジェノサイドを想起させる。
つまり、11年にも及ぶ石山本願寺との戦い。
信長は刃向かう一向宗を斬り殺し、撃ち殺し、死骸の山を築き、兵糧攻めで骨と皮だけになって降服した者たちさえ容赦なく惨殺した。
その信長も、最終的には狂信的宗教に対するジェノサイドの無力を悟った。最後は朝廷を仲立ちとして、石山本願寺との和解を成立させたという史実が、それを証明している。
アメリカで言うところの「朝廷」は、もちろん国連だ。強い影響力を持っている点でも、信長と朝廷の関係に酷似している。
信長は11年で路線変更をしたが、アメリカはベトナム戦争の頃、いや原爆の頃からずっと「正義を貫くには虐殺しかない」という戦略を変更していない。単細胞だなあ。
人質だった3人については、我ながら驚くくらい安否を気にしていたのだけれども、しかし「解放」が確定したとたん、よかったという安堵よりも、ちょっとした怒りのほうが強かった。
あるサイトで、人質だった彼らを評して、
「目がまっすぐに腐ってる。大嫌い」
との旨の雑感が記されていた。独善的な奴らだ、という主張のようだ。
予は魚屋さんではないので、彼らの目玉の鮮度の鑑定はしないけれども、まあ、傍迷惑な人たちだわなあ。
意図的に登った雪山で遭難して助けられるのと同種のものを感じる。あえて雪山に登るからには、当然、死ぬことも覚悟しなきゃアカン。
その精神は高潔だけれども、高潔だからといって「そうするべきだ」という理屈にはならない。この「高潔」は、見る人によっては「独善」とも映るだろう。
あくまで「自分で決めた」ことだ。もちろん彼らは、イラクには、危険を覚悟で飛び込んだのだろう(ちゃうねんとは言わせん)。率直に言ってしまえば、テロリストが跋扈している地へ自ら飛び込んだのだから、もしテロリストに殺されても文句は言えない。
その危険を、自衛隊に責任転嫁するのは筋違いだ。
自分が自衛隊派遣に賛成だろうと反対だろうと、現に出ちゃってるんだから。それによってイラクの危険信号が真っ赤になってることは百も承知、二百も合点のはずだ。だからイラク入りはあくまで自己責任。
ジャーナリズムとか職務という言い方もできるが、それはそれで高潔な精神だが、公務員以外の民間人は拒否もできる(公務員だって辞職すれば拒否できる)し、死を覚悟してるから高潔なのだとも言える。
もっと言ってしまえば、日本政府は自衛隊を含む公務員のセキュリティはそれなりに強化できても、民間人にまで手は回らない。回す気もない。だから退避勧告を出すのだ。
某閣僚が、
「政府が危険や言うてんのに、そんなイラクに行くアホな民間人は困る。政府が警告してるのに死地に出向いて、んなもん内閣が責任とらなアカンのかいな?」(注:関西的意訳)
てなことを言ってた。それは政府筋の言い分としては正論なんだけど、情緒的な世論に配慮しないというか媚びないというか、さすがワンマンで鳴らした吉田茂の孫であることよと思ったのことよ。
十年前の日本なら、こんな明解に物を言う閣僚はひとりもいなかったはずだ。そもそも、自衛隊問題すらタブー視されてたな。
予は個人的に、イラクへの自衛隊派遣には反対だったし、今でも反対なり。
しかしだからといって、
「自国民が人質に取られた。自衛隊の撤退を要求してる。だから撤退します」
というアホな論理があるものか。そりゃそうだ。なんで犯罪者たちの言いなりになって、日本の国政の舵取りをせにゃあかんのだ。
仮に閣僚たちがアホでもパーでも、誘拐犯の言いなりになったとしたら、そこに「悪質な」あるいは「血迷った」という接頭語をつけなきゃならなくなる。
キョンキョン(仮名)が、
「自衛隊の撤退はしない。テロに屈しない」
との旨を断固と表明したのは、まことに正論なり(派遣が正当だったとは今でも思ってないけど)。
仮に、誘拐犯に従って撤退したとしたら、
「お、案外簡単に事が運んだな。あの国は、国民を拉致るだけで言うことを聞く」
と誘拐犯たちに侮られ、当地における日本人拉致を促進するだけだろう。という理屈は中学生でもわかる。
わかるのに、人質拘束真っ只中の党首討論で「自衛隊の撤退を含めて再考せよ」なんていう下水管(仮名)はアンポンタンだなあ。そんな最悪のタイミング(誘拐犯にとってはグッドタイミング)でほざくなよ。んなアホなこと言うの、キミぐらいのもんだ。(え? シャミン? キョーサン? ナニソレ? 先の衆院選で絶滅したんじゃないの?)
でもまあ、言わざるをえない立場ではあるか。
そういう7月の参院選をにらんでることが見え見えの発言には、正直げんなり。
言いたいことはつまり、自衛隊撤退は誘拐犯に言われてやるもんぢゃない。
誘拐犯の思う壺の発言をする野党・マスコミ・世論に押されてするものでもない。
それからもうひとつ。
解放された人質たちが日本のマスコミで
「自分たちが拉致されたのは自衛隊派遣のせい。だからキョンキョンは反省しろ」
というような論陣を張ったら、指をさして嘲笑してやろう。
彼らが拉致されたのは、自衛隊派遣後も、自らの意思でイラク入りしたからに決まってるじゃないか。
自己責任も知らないジャーナリストやNPOやNGOなんて、それこそ「まっすぐに腐ってる」といえる。
「イラクの危険性をナメてました。浅はかでした。ご迷惑おかけしました。ゴメンナサイ」
と謝るくらいがスジなり。誰に謝るかは知らんけど、とりあえずテレビの前で謝ったらエエと思う。
そして、あんなにテレビの前で取り乱して悲憤して手前勝手なことを口走ってた家族の方々の愛の深さを知りなさい。
ああ、彼らの言い分は勝手でしたとも。予は同情こそしたけど、それとこれとは話が別。
だって、イラク入りを止められなかった家族にも、一部の非はあるもん。
しかも、3人のうちひとりは18歳。つまり未成年。なにしてたんだ保護者。
それからついでに、3人の身を案じてはいたものの、解放された今、
「自分が何をやったのか、よく反省したほうがよろしいんぢゃございませんか」
と言いたいヤツもいるということを知ってもらいたいものである。ココにね。
でも、これを機に彼らは、マスコミで有名になるんだろうなあ。予は名前覚えてないけど。
そういう意味においては、生命の危機に瀕した甲斐はあったといえるかもしれない。
そのうち、コメンテイターとしてワイドショーにも頻出するかもよ。
●2/12
長かった。
例の福岡の債権回収が、ようやく終焉を見た。
事の顛末を、簡単に書き留めておくことにしよう。
そもそも、年末の「福岡行き」は、
1.債権回収
2.観光旅行
の2つの要素があった。
1.は、正確には、相手が訴状を受け取らないために発生した裁判上の手続である「現地調査」を行なうため、債務者(原稿料を払わずトンヅラしたB社社長)の住民票上の住所への殴り込みなり。
予としては、できれば相手と顔を合わせて半殺しに……もとい、話し合い(という名の圧力攻撃)に持ち込みたかったが、まあ、会える確率はきわめて低いと見ていた。
たとえ相手とコンタクトが取れなくても、居留守を使っているという「現地調査」を記して裁判所に提出して、裁判官に認められれば、訴状を受け取らなくても受け取ったことにして(擬制)、裁判は継続される。まあ、最低限、それができればヨシとしよう、というふうに考えていた。
2.は、大阪、神戸、下関、小倉、福岡、阿蘇山、平戸、秋吉台etcの物見遊山。
てゆーか、精神衛生上、1.にムリヤリ加えたものであるが、結局、2.を満喫するという意味において花丸だったなり。
諸賢、覚えておくといいよ。
人間万事塞翁が馬。
どうもやる気が起こらないこと(今回の例では「現地調査」)を、なるべく楽しく実行するには、そのついでに、喜ばしい内容(今回の例では「旅行」)をムリヤリにでも滑り込ませるといい。
債権回収という極めて消極的な理由で勃発した福岡急襲だけど、結果的にベリーナイスな旅行を味わえたという意味において、全般的に意義深かったなり。
そういう意味では、原稿料不払いのボケクソ社長もどき(不払いを決め込む奴など社長の資格はない)も、予の人生において役に立ったといえたのである。まる。
で、1.と2.をごちゃまぜにして記そうとするからまとまらないのであって(いや、書けないことはないんだけど、とてつもなく長たらしくなる)、とりあえず1.だけを主に抽出して、書いてみることにしたなり。
12月某日。
クルマで福岡に向かう。
1000キロ以上の行程を軽自動車で、しかもひとりで走破なんて、まともな神経の持ち主がやることではないけど、運転手の予が楽しんでるんだから、ええぢゃないかええじゃないかヨイヨイヨイヨイヨイ。
季節によっては吹雪いてもおかしくない、滋賀県を通っている国道8号線の脇で、車上一泊。雪は降っていないとはいえ、季節が季節だけに、暖房を切ると凍死しかねないので、エンジンをかけっぱなしで、持参の毛布をかぶって寝る。
順調に走らせていれば、もっと京都寄りの地点まで到達できたはずなのに、トラックの運ちゃん(40km/h)に道路前方を阻まれ、のっけから出鼻をくじかれる。
まあいいや。急ぐたびでもないしと、テキトーな言い分で自分を納得させる。
ちなみに、高速道路などというモノは使用していない。ずっと下道だったなり。高速料金を支払うくらいなら新幹線にするわい。
翌日、京都を抜け、大阪へ。
滋賀県の大津(県庁所在地)だか、京都だかで、国道8号が1号に切り替わる地点があったが、どこで切り替わったのか、とんと記憶にない。
大阪やら神戸やらを、ラビリンスのごとくグルグル巡っているうちに日は落ちて、予は、見てはならないものを見てしまっただー。
道頓堀に阪神ファンのドザエモン! in 大阪!
ポートアイランドでヤスを発見! in 神戸!
……うーむ、ギャグにキレなし。
しかも、どれも本当は行ってないし。
神戸のポートアイランドのギャグなんて、「 ポートピア連続殺人事件 」という、きっと誰にもわからないであろうネタだしなあ。いや、ポートアイランドがモデルかどうかは知らんけど。
閑話休題。
本当は、クルマの事故現場を見ちゃいました。
国道1号から2号に切り替わる分岐点で、ハンドルを切り損ねたクルマが、警告灯に正面からぶつかって大破してました。フロントガラスは割れるわ、ボンネットはひしゃげるわ、警官がわんさか取り巻いてるわで、当然、通行規制にひっかかって、予の車の速度がダウン。
しかも悪いことに、予の乗っていたクルマと、車種も色もまったくおんなじだったクルマが、見るも無残な姿をさらしていたなり。
すんげー感じ悪い。
明日はわが身か、なんて思わされてしまった。若葉だしー。
てゆーか、クルマで大阪・神戸を巡った感想を一言で言えば、ゴミゴミしていてイヤになっちゃうね。ほとんどかっ飛ばせないので、運転してて、あんまり楽しくない。交通量も多いので、神経も滋賀の田舎道とは比べ物にならないくらい使ってしまう。
大阪・神戸に遊びに行く機会があったら、これだけは行っておきたい。
悪いこと言わないから、電車にしときなさい。
あたかも、若葉君の予をまんまと事故らせて、大阪仕込みのパンチパーマさんが、予にからんでくることを助長しているような、そんな渋滞振りです。まあ、都心よりはマシっちゃあマシですが、地理に不案内だと、見知っている道よりも、ずっと神経を消耗してしまう。
もしも、予がヤク[ピー]のクルマと事故ったら……。
(って、こんな蛇足ばかり書いてるから、予の旅行記はなかなか終結しないのだね)
「オンドリャ(中略)、ベンツの弁償代500万払えや! ……ナニ? そんな大金ないやと? 目ん玉売れや、腎臓売れや!(注)」
(注)
予は要するに、福岡まで債権の取立てに向かっていたのであるが、いくら腸が煮えくり返ろうとも、こんな頭の悪い脅し文句は吐かない。
脅迫やら恐喝やら強要やらになったら、刑法にひっかかってしまうからだ。基本的なところで言うと、
・殺すぞ/死ね/沈めるぞ/埋めるぞ/五体満足でいられると思うな
・カネを払わないと〜するぞ/払わないとどうなるかわかってんのか
・家族がどうなっても知らんぞ/娘を吉原に叩き売るぞ
というようなことを口走ってしまい、あるいは意図的に言ってのけてしまっては、もし相手がそれを録音なんぞしてたら一巻の終わり。告訴されたら、晴れて前科者になってしまうなり(中には、多忙が本音で告訴状をもみ消したがる怠慢な警察署もあるらしい、というか実際あったけどね=実例:桶川ストーカー事件)。
あと、債務者をぶち殺したいほど憎んでいるとしても、殴り飛ばすなんて論外で(障害罪)、襟首をつかむだけでも、相手に法的逆襲のきっかけを与えてしまうことになりかねない。
前の日記に書いた「合法的な圧力」を堅持するという意味で、まずここらへんに注意しておくべきかと愚考するなり。
……え? じゃあ予は福岡で、実際にどういう圧力のかけ方をしたのかって?
えーとねえ、それはまた、次の機会にでも書くなり。
ぶっちゃけ、最初から「こうしよう」と決めたわけではなく、あれこれ試して、空回りに神経を消耗し、他力(予を「修羅」にした「身近な人間」)を借りつつ、苦肉の策として出てきた手法なり。
予の債権取立てのシーンは、相手と顔合わせすらできないという最悪の状況のなか、それでも最終的には優位に持っていくことができたという、少なくとも予のなかではハイライトなので、ギリギリまで読者の関心をひっぱらせてちょうだい。わはは。
●2/11
いまさらながら、芥川賞についてちょこっと。
『蹴りたい背中』という作品がゲットしたそんだそうです。作者は未成年者(←そういう言い方はやめなさい)
読んでいないし、あまり読みたいとも思わないのですが(話題作にはそっぽを向くという12歳の頃からのアマノジャクが、いまだに頻繁に発症する)、まあ、端的に言って、
「文芸春秋社の話題づくりかよ」
と思いました。当たり前すぎる意見で、どうもすいません。
実際、それなりに話題になっている理由として、綿矢さんが史上最年少ということもあろう。女性ということもあろう。
しかし、読者が食いついた(?)一番の決め手は、写真映えする顔立ちだったから。
……アンフェアではあるけれども、そういう部分はあると思います。出版事業も商売である以上、だから悪いとか言うつもりは全くないですけど。
言いたいことはつまり、出版社の経営上の立場から考えれば、応募要綱に略歴とか書かせるくらいなら、写真つきの履歴書を同封させるのが妥当ではないか。
なんてのはもちろんギャグだけど、そのうちどこかの出版社が実行するんぢゃなかろうか。
●2/6
「情報」という科目が高校の授業として制定されて久しいけど、予ってばその副読本をライティングしちゃってました。インターネットの犯罪とか、著作権とか、そんなような内容。やっとこさ手が離れたのは、今週の頭でした。
校了はまだですが、1/16の改正航空法(飛行機内で携帯電話を使っちゃダメーン! と法律で決まった)とか、スキミングとかの追加分やら、再構成やらも含めて、予の仕事は事実上はもう終わりです。
新学期に合わせて、3月中頃に出る予定らしい。
もっとも、学校教材の副読本だから一般書店とかに出回るか知らないけど。てゆーか出ないだろうけど。そもそも印税じゃなくて買い取りだから、別に買ってくれなくてもいいです。わはは。
着手10月末だったから、ダラダラとよくやってたなあ。
もとい、単行本(というか冊子に近いページ数だけど)にしては、3ヵ月はたぶん短いほうですな。
予が仕事を受けるとき、原稿料が安いので、断ろうか断るまいか、ギリギリまで悩んだ案件でした。他にも仕事が重なってたし。
結局引き受けたのは、魔が差したからです。←コラ
ちょっとした快挙としては、予のほうから切り出した「稿料交渉」によって、最終的には「我慢できるギリギリのライン」にまで原稿料を引き上げられたことなりね。
交渉が実った背景して、編集サイドで著者を探しあぐねた末に、予に白羽の矢が立てられたという事実が効いていると思うなり。大学教授に著者を頼もうと思ったけれども、高校教師が監修なのは不愉快だと断られたとのこと。まあ、「目下の者」が監修じゃ面白くないってんでフラれたってことです。そのおかげで予に仕事がきたわけで、なんだ、予は間に合わせかよ。
と、スネるのはもちろん正しくない態度なわけで、それにしたって、そんな話をよくも隠さず言ってのけたもんだと逆に感心してしまいますが、大学教授に準じる者と見込んでいるのです、とでも思わせたかったのかもしれない。まあ、そう思っておくことにしよう。
とはいうものの、もし予が原稿料の安さや扱いの悪さにヘソを曲げて、ライティング半ばの仕事を投げたとしたら、仕事が進行している段階であれば、困るのはクライアント様だ(実は、ライターの逃亡はそんなに珍しくないことらしいけど)。
いやいや、予の信用問題に関わるからそんなことはしないけれども、締切も死守するけれども(忘れさえしなければ←コラ)、クライアント様があまりに安い金額を押し通そうとするならば、
「もうやめた、なんて投げるわけにはいかないですもんね」
なんてい冗談めかして口にして、ちょっとだけ驚いてもらうのも、ひとつの手だ。いや、意図してやったわけじゃないけど、そんなかんじになった。
ちなみに、原稿料と改稿料のトータルで2回払いに落ち着きました。
予の思うに、こういう交渉は、あとで「言った言わない」の水掛け論になるのを避けるため、なるべくメールのほうがよい。口約束の場合は、せめて「○○円ですね?」と念押しくらいはしておきたい。帰宅後、折に触れてでも、即座にでも、メールで金額を確認することも忘れないほうがいい。
しかし、案外支払いが早いのがグーでした。通常は2ヶ月後の振込みですが、ココの編プロさんでは、翌月末に振り込んでくれたなり。わーい。いいクライアント様だ。
少し鋭い人なら、言うかもしれない。
「強引な稿料値上げによって、次から仕事を回してもらえなくなるのでは?」
予は答えよう。
編集者は、少しでも諸経費を安く抑えるのが仕事のうちなのだ。予としても、長期にわたって拘束されるのだから、安すぎると苛立ちを感じたまま、唯々諾々と屈するわけにはいかない。
てゆーか、予でさえ「安すぎる」と感じるくらいだから、向こうさんも「安いなあ」と感じているはずで、それを予のほうから「正常化」してほしいと交渉することは、ちっとも強引じゃない。と思う。
それを要求できるだけの仕事はしているのだ。一流の仕事ではないかもしれないが、少なくとも水準の仕事はしている。
さらにシビア(?)なことを言えば、取引先は他にもある。
たしかに、「次に仕事を回しますから」という甘言でもって、原稿料の安さを納得させる手に出る編集者もいる。しかし予に言わせれば、それは、
「キミに回すだけの仕事が来ればの話だけどね」
という文言が抜けているのだ。話の成り行き上、
「はあ。よろしくお願いします」
と答えはしても、あまり当てにはしていない。言ってるほうも、たぶん見抜かれていると承知のうえじゃなかろうか。
んまー、なんて虚虚実実の世界なんざましょ。薄汚いオトナじゃーん。ピーターパン症候群の予には耐えられないわー。←言ってろ
閑話休題。
軽く欲したにもかかわらず、予の署名が載らないというゴーストライター同然の予の処遇は、まあ、よしとしましょう。
署名が載らないということはすなわち、文責を負わなくていい(版元が負う。ひょっとしたら、編プロや監修も連座かも)という説もあるし。わはは。
でもまあ、理屈から考えれば、そうなるよねえ? 「予がその文章に関わった」という表示がなされていないということなんだから。
初稿で、監修の高校教師とやらが、エラソーなダメ出しを付しているのには閉口しました。監修だからダメ出しをするのは当然なんだけど、
「困りましたね」「やっぱり……ですか」
など、指摘された人間の不快指数を微妙に上げる以外には、何の意味もない蛇足を加えるという文章感覚。しかも、肝心の論点は中身の薄い抽象的な言い回し(「ポジティブに書くように」とか)を多用するもんだから、人格者でない予は、つぶやいてみた。
「こんな高飛車で大雑把な人間が教師なのか(教育とは一種のサービス業だろうに)。困りましたね」←八つ当たり
予が仕事を受けたプロダクションの編集者も、再打ち合わせの席で、監修の指摘を「イチャモン同然の」と口を滑らせるくらいでした。わはは。
もちろん全部が全部ではないけどね。
あと、編集者の、予に対するリップサービスもあったとは思うけど。
反面、版元の指摘は基本的に的確で、それをもとに、スムーズに書き改めることができたなり。その版元から「先生の言い分には、思い込みもあります。まともには受け取れない部分もあります」と注意があった。何のための監修だ? わはは。
もちろん、「高校教師(情報)」という名目が本に欲しかったんだろうね。
予は思ったなりね。
「コイツ(監修)が版元からナンボもらってるかだけは、絶対に知りたくない」
と。もし、予がその金額を聞いてしまったら、
「ケチをつけるだけでそんなにもらえるたぁ、いいご身分ですなあ!」
と、程度の低い私憤が燃え上がりかねないので。
●2/4
松屋の「豚キムチめし」(キムチ豚めしだったかな?)を賞賛した日記を書いたとたん、店頭から消えてしまった。野郎さん(2/3付)と同じく、贔屓にすればその商品が消失してしまうというハンドパワーを手に入れたようだ。
そういや、ほかほか亭の「ダブルステーキ重」も同じ憂き目を見たんだった。忘れてた。
しかーし! 豚キムチめしの消失は、ちょっと考えてみれば当然でした。豚キムチめしの大盛は560円。ノーマルの豚めしが360円。そんでもって、サイドメニューのキムチが80円。
560>390+80
……なるほど。こりゃ豚キムチめしが短期間で消え去るわけだ。
そんなわけで昨今は、大盛の豚めしとキムチを頼む日々なり。
●2/3
某氏に指摘され、本日が節分であることに気がつく。季節感も曜日感もないようなフリーランスをやってると、そんなものあったっけという気分だ。
そうか、節分か。
しかし、ひとりで豆をまき、あまり美味いとも思われない大豆をポリポリかじる図は、あまりにもカナシイので、知らぬふりをして、オニよ来るなら来い、ああ来るがいいさと開き直ることにした。まる。
だから未だにビンボーなのかも。
●1/30
福岡裁判のことを順を追って書こうと思ったけど、そうすると他のことがまったく書けなくなるので、気が向いたらまた後日にでも。
去年の夏の北海道旅行記も途中で終わってることだし、いつ完結するやら、本人もわかっちゃおりませんなり。桜が咲いてもセミが鳴いても完結しないような気が。愚弟も日記をつけてるらしいから、それを参照させてもらいつつ、書いたほうがいいかなとか思ってる今日この頃。
教訓。日記は早めに書かないと忘れちゃうぞ。
鳥インフルエンザというものが流行しているそうです。ンまー、いきなり時事ネタ。
日本をはじめ、韓国、中国、中国、タイ、ベトナム、インドネシア……あとは忘れちゃったけど、とにかくアジア全体に広がっているそうです。
ニュースで、鳥インフルエンザの発生国が赤く塗られた地図を見た。
「わお。アジア全体がこんなにも真っ赤に……あれ? 北朝鮮が真っ白だ。まあ、WHOの対象外なんでしょうな」
日本では、山口県で発生しているそうです。
嗚呼、予のいとしの山口県よ。
いや、いわゆる薩長閥はマイ良心に従ってキライですが、ふく(濁点はつかないのが本場流)は美味極まれリ。
福岡旅行の帰路、下関を通過するなら食わなきゃウソだとばかりに、下関駅近く(いやそんなに近くもないけど)の長州くじら亭(検索したらHPがあった。インターネットってすげーなー)という店に入ったのだけど、ここの「ふく三昧」は、すんばらしい!
ふぐ刺し、から揚げ、皮、焼き物、エトセトラで、まさにふく三昧。この美味と量で3200円は良心的すぎる。地元ならではですな。さすが港に程近いことはある。
おまけに、くじらの赤身も食ったけど、ご年配の諸賢、あの生臭い缶詰のくじら肉を想像してはイカンぜよ(予は食ったことないけど)。上品な味で臭みもなく、トロリとした食感。こりゃペリーも捕鯨したくなるっちうねん。グリンピースの連中に食わしてやりたい。いやマヂで。士郎さんの気持ちもわかるよ。
くじら肉といえば、渋谷とかいう街のど真ん中にも、「元祖くじら屋」とかいう店があるらしいと聞き及んでいるけど、渋谷でしょ? 東京でしょ? 期待なんかできるもんか。いや知らんけど。
ふだんの予なら、一食に3200円(+くじらの赤身800円)も出さないけど、それでも良心的だと思うなり。だって河豚だもん。しかも旅先だし。予の舌を信じるならば、ふくを食うなら、この店よりも高い満足感を得られる場所はないと思うなりね。海原ユーザンもノックダウンかと思います。たぶん。士郎さんも花丸くれるでしょう。きっと。
山口県にお寄りのさいは、ぜひ食らってみてください。ちなみに予は、この店の主人からリベートはもらってないので念のため。←そんなことほざいたら余計に怪しまれるっちうねん
一万歩譲って、この店よりうまい店があるとしても、一皿2万円じゃ話にならん。
誰が一食にそんな自腹を切るかっちうねん。まあ、世の中にはそういうバカもいるけど、少なくとも予のことではないな。人のおごりなら、食ってやってもいいけど。
料亭というのは、味オンチのバカが、金額の高さによってしか料理を評定できない連中が巣くう場所じゃなかろうか。料亭政治というやつ、薩長閥がその起源らしいよ。あーやだやだ。←思い切り偏見が入ってるな
やい道頓堀! この名店の安さと量の多さを見習え。結局キミんところでは食ってないから味まではわからんけど、まあ、勝てるわけがないな。
やい歌舞伎町! いくら1500円でも鯛もどきの味じゃ話にならんわい。しかも「お通し」とかいう注文していない一皿を押し付けて、余計な料金とりやがって。額面2000円(税抜き)じゃねえか、ドアホ!
やい冷凍ふぐ! お前なんか顔も見たくないわい。切り身だから顔なんか見れないけど。
えー、なんか急に美食家ぶってますが、行きかがリ上、さらにユーザンぶってみますと、レストラン取材で、たまにタダ食いしてました。最近はご無沙汰してるけど。
値段の高いものは、確かに概ね美味いと思います。「食は三代」(孫の代までかかって、ようやく食べ物の味のよしあしがわかる)なんて大嘘ですな。うまいまずいの判断は、一代どころか3日で十分だと思う。1日数件ほど回るならね。
某一軒家レストランの生ハム+メロンの組み合わせ……ああうまかったよ。たしかにうまかったけど、ピンポン玉のようなヤツが2つで1200円だなんて、自腹じゃ絶対に食わないね。
まあ、エセユーザンはここまでにしましょう。
ふだんの予は、ほっかほか亭の弁当を愛好してます。
ちょっと前まではキチガ<ピー>のひとつ覚えみたいにカツ丼ばかり注文してましたが、甘ったるい味付けに嫌気がさしてきて、最近はカラ揚げ弁当ばっかりです。値段のわりにはいいと思います。
え? 鳥インフルエンザ? ナニソレ?
ついでに言うと、松屋も我が厨房なりね。
アメリカでBSEとやらが発生したせいで輸入が禁止され、外食から牛丼(松屋は牛めし)が消えるらしいけど、代わりに「豚めし」が出たんだよね。「キムチ豚めし」が予のお気に入りさ。「牛めし」よりもずっと美味いと思うけどね。
吉野家の牛丼が消えるのは確かに残念なりね。美味いし。でも予はどういうわけか、ココの牛丼を食うと腹痛を起こすので、大事ありません。そして何より、予の居城からは、松屋よりも吉野家のほうが遠いのです。残念ながら。
●1/9
アロハー。諸賢、謹賀新年!
いま予はハワイから接続しておりますなり。
って、四月バカを三ヶ月も先取っちゃいました。
前回の日記の師走のイッピから、クリスマスも大晦日も松の内もすっ飛ばしておきながら、いけしゃあしゃあと、キンガシンネンもないですな。
「(妄)ってば、まがりなりにも三流ライターとして糊口をしのいでいるのに、実は筆不精ならぬキーボード不精なのだな。てゆーか、カネに関連しない文章をあまり書きたがらない、堕落した奴なのだな(ただし、彼の心の金銭もとい琴線に触れたメールは除く)」
と見当をつけていただければ、大体ビンゴではなかろうかと思うなりね。たぶん。んまー、なんてイヤな奴なんざましょ。
えーと、閑話休題[それはさておき]。
ごく一部の読者に好評を博していると聞き及んでいる「(妄)の原稿料等請求事件 in 福岡」について、今更かよ! とヒトリツッコミを入れつつ、ご報告したいと思いますなり。
まずは、昨年のというか前回までの経緯を、所感交じりで振り返ってみましょうじゃありませんかそうしようじゃありませんか。
三流ライターの妄氏は、福岡にある某社が発行する某雑誌に関連して、取材原稿を依頼された。
「おいしい」とは言いがたい仕事だったが、妄氏は「やります、やります!」と坂上二郎ばりに飛びついて(貧乏ライターの習性である)、2件の取材原稿を納品した。
にもかかわらず、版元はビタ一文払わないまま、一方的に連絡を絶つ。
ドロロンドロロンドロロンバー、と、まるでドロロン閻魔くんのようだった(てゆーか、ドロロン閻魔くんなんて知ってる読者はいるのか?)。
妄氏の調べたところ、会社の口座は生きているようだが、どうやら事実上の倒産らしい。
しかし、事実上どうであろうが知ったこっちゃなく、会社が雲散霧消しないうちに債権回収をせねばと、妄氏は内容証明郵便を使って、シカトぶっこいてると裁判に訴えちゃうよ、と最後通牒を渡す。
訴えに必要な、会社の登記簿を取っていたので、それに載っていたB社社長の自宅に送りつけてやったのだが、B社社長は完全無視。てゆーか、郵便局いわく「不在」扱い。
「居留守だろうがボケー! ぜってえ許さねえ!」
という義憤というか私憤をつのらせた妄氏は、必ずやB社社長に鉄槌を食らわせてやるぞこのクソッタレがー! と決意。
もちろん合法的にやらないとね、というわけで、民事訴訟(しかも少額訴訟)という愚挙に出る。
<所感>
民事訴訟が愚挙なるゆえんは、日本の司法制度において、債権回収の手段として民事訴訟をストレートに用いても、あまり効果は期待できないからだ。妄氏は事前にそれを知ったうえで、腹の虫が収まらないから訴訟したわけだが、その役に立たざること、想像以上だったと述懐する。
裁判所は判決によって「強制執行してもよい」という判断を示すだけで、強制執行そのものを実行するだけの実行力が、裁判所にはないからだ。あくまで許可あるいは命令をするだけなのだ。
「司法の入門書」レベルを超えた法律実用書にも、民事訴訟がいかに役に立たないかが書いてあるし(ということを妄氏は12月半ばに知った)、何よりも妄氏自身が実感したなり。
でも、社会的信用を失いたくないと必死になっている、いわば「善良な一般市民」が相手なら、訴状を受け取った時点で恐れ入ることが多いようだ。あるいは、その前段階の内容証明もかなり効果的だという。
しかし残念ながら、予の債権回収は、そんな初級レベルではなかった。ましてや今回の案件では、被告は株式会社という法人なので、裁判上は社長個人の財産に強制執行をかけることはできない。
そして、事が終わってからの知識なのだが、「債権」とは「金銭を請求する権利」に過ぎないという。要するに、知らぬ存ぜぬ無一文だこの口座は名義が違うと、債務者が言いぬけしやすいということだ。なんぢゃそりゃ。
とはいうものの、民事訴訟をしてやるということは、いろいろな証拠をつかむべく、書類だのなんだのをかき集めるということである。この証拠集め自体は、それなりに有効だったなり。裁判官や書記官といった、司法役人たちとは無関係な部分においてね。←何やら意味ありげな言い草ですなあ
所感>
で、妄氏はB社を訴えて、七面倒くさいのを我慢して提訴したんだけど、B社社長のヤツ、訴状を受け取らない。「受け取り拒否」ではなく、あくまで「不在」扱いだ。本当に不在なのかもしれないし、居留守なのかもしれない。しかし妄氏は、居留守だと直感した。
とにもかくにも、被告の代表取締役が訴状を受け取らないことには裁判になりませんと、あくまで民事訴訟法に則って「現地に行ってきて『現地報告書』を作成し、提出下さい」と、書記官は妄氏に告げた。
妄氏は憤った。
「ふざけんなボケー! 回収するはずの原稿料等(取材交通費を含む)が旅費に消えちまうじゃねえか! なんのための裁判なんだよバーカ!」
もちろん、書記官との電話を切った後に吼えたんだけど、こういう理不尽なことになりかねないのが、日本の司法制度なのだ。だから多くのライターが、原稿料の不払いでも泣き寝入りするパターンが多いというわけ。
しかし、妄氏は思った。
ならば予も泣き寝入りして、あのトンヅラ野郎を許すのか、いや許さない(反語というよりむしろ即答)。
というわけで、福岡へ行くことにした。
しかし、裁判ではなく「福岡旅行」がメイン、というふうにした。そのついでに、現地報告書とやらをチョイチョイと仕上げてしまおうということに決めた。そういうふうに気持ちを切り替えたのだ。
――とまあ、以上が、前回までのあらすじなり。
<所感>
諸賢、覚えておくといい。
債権回収とは、一種の戦いである。
暴力をはじめとする非合法なものを除く、有効な圧力をグイグイとかけていくべきだ。
裁判なんて、ほんの一選択肢に過ぎない。しかも、あまり賢いとはいえない。日本の司法制度は、債務者にとってかなり甘くできているのだから。払うべき金を払うことを意図的に放棄しているような畜生を相手にするときは、お行儀のいい裁判だけに頼ってなんぞいられない。
仏陀の再来とも言われた妄氏(←ウソコケ)が、いつまでも裁判という穏便な方法をとり続けると思ったら大間違いだ。こちらのスジがきっちりと通っているならば、そして相手がなめくさった態度をとり続けるならば、彼とて羅刹になるのである。
彼を真の羅刹にした人物はそう、意外と身近にいたのである。
所感>
ちうわけで、今宵はここまでにいたしとうござりまする。
この続きは、また次回。←読者を引っ張るというテクニックを覚えたらしい