| ■メモ
3/29
気がつけば、2週間も放置。
気がついてなかったわけじゃないけど、うふふ。
2週間前のメモを目にすると、軽くヘコむ、誰だ? これ書いたの。
押し下げてやる、くらえ、わはははは、、、
ええ、病んでますとも。
春ですものね。
いかりやさんが亡くなったと友だちに教えられる。
知らなかったと言ったら、非国民であるかのように罵られた。
実際、驚いて、『マジで!』と、普段はめったに出さない音量を出したが、その後、想いをはせる間もなく、『偉大なリーダーだったよな』とか、週刊誌の見出しのようなセリフを、ちょっと厳かなエフェクトのかかった声で、友だちの口から聞かされ、萎えきってしまう。
ドリフを観ていたといっても、しょせん、志村けん世代である同い年(30才)の友だちに、ワイドショーで見知った、いかりやさんの蘊蓄を聞かされてもピンとくるはずもない、ドリフ蘊蓄で必ず出てくる『ビートルズの前座』にまで話が及びそうになったので、『うるせえ、ばか』と、一刀両断にしてやった。
なんてことだ、と思う。
心無い友だちのおかげで、いかりやさんの死は、オレの脳内見出しでは、申し訳なくも、『うるせえ、ばか』になってしまった。
これが、『いかりやさん死んだらしいよ、なんか、ドリフがまた観たくなった』と、さらっと言われていたら、と考えると、天と地ほどの差がある。
脳内見出しは、『いかりやよ永遠に』だっただろうか、はたまた。
情報源によって、情報の脳内見出しは、ここまで違うのである。
ほんなこつ恐ろしか。
感性の薄い友だちとは、付き合いを控えようかとすら思う、春の一事。
3/14
11のメモ、チャイドナースではなくて、チャイルドナースです、すみません、訂正。
こんにちわ、ジョン・健・ヌッツオです。
あれ、俺が歌ってるんですよ、うふふ。
と、どこぞのスタジアムで、川平慈英に話し掛けられる夢を見た、なんでまた。
ところがオレときたら、そんな川平に何のリアクションもせず、川平のアゴばかり見ているのです、『川平のアゴって、割れていたっけ?』という疑問だけが、オレの思考を塗りつぶすのです。
しかし何故か、川平のアゴはボヤけており、どうなっているか確認できないのです、非常にイライラしました。
もちろん、目覚めた後、いちばん最初にやったことは、ネットで川平のアゴ探しです、気になる人は検索してみるがいい。
オレの場合、ネタ出しに苦労していると、夢が協力してくれる傾向がある、しかし、上記のように使えないものが多い、おせっかいを焼くのであれば、なぜ、もっと使えるものをよこさないのか、問いただしたい。
順当な考え方をすれば、夢に見ちゃうほど、ネタに困ってるのである。
夢に見ちゃうほど、川平が気になっているわけではない、もちろん、ヌッツオも、いや、ヌッツオは少し。
ネタに困っている自分を認めるのが嫌なので、アゴがピックアップされ、さらに、ボケていて見えないのであろう、あ、すげえ、深いな、ね、深くない?
喰えるな、夢診断で。
こうぞう夢診断。
肥前夢街道みたいだな、知らない? 気になる人は検索してみるがいい。
3/11
『育児は大変』と聞くと、『甘えんな、好きで作ったんだろが、踏ん張れよ』と思ってしまう自分がいることは否めない。
でも、『○○(外国)では、育児ノイローゼなど有り得ない、日本はおかしい』などと言われると、『日本の親だってがんばってるんだ、なめんな!』と、思ってしまう、なんとも矛盾している。
基本的に、『外国は素晴らしい』という物言いに反発を覚える。
海外で暮らす日本人の多くは生活水準が高い、その国にスラムがあったとしても、スラムには住まない、厳しい生活を強いられている人達とは、隔離された中で生きている。
今回、『デンマークでは、育児ノイローゼなど有り得ない』という読物を読んで、それは、『デンマークのどこそこ界隈の人達の間では』って話だろう?と思ったんだけど、調べてみると、これがそうでもない。
そもそも、デンマークは、生活水準の差が小さいようだ。
こうなると、ムキになってしまう(笑)、『なんとか、日本の不利を訴える材料はないものか』である、大昔、なけなしの金で買った『ATLAS』を引っ張り出す。
デンマークの国土は、九州とほぼ同じ、人口は約530万人。
人口密度は、日本の約3分の1。
しかし、デンマークはまっ平なんである、『山のない国』なのだ。
つまり、山のない九州に530万人しか住んでいないことになる、山もあり、九州のひとつの県に過ぎない福岡県の人口が、約500万人といえば、少しはピンとくるだろうか、狭いけど、広いんである。
ひとつ日本の不利を見つけたので、安心してデンマークを誉めることができるようになった(笑)
デンマークのいいところ。
・大きな乳母車で電車やバスに乗ってどこへでも行けてしまう。
・珍しいことではなく、ジロジロ見る人がいないので、授乳も人目を気にせずどこででもできる。
・総合して、乳児を持つ母親が外出を楽しみやすい、母親が気軽に赤ちゃんを連れ歩けるので、みんな、赤ちゃんを目にすることが多く、理解が深まる。
・父親が育児をよく手伝い、2週間の産休が父親にも与えられている、子供が病気をしたときに、その初日のみ公休をとれる、子供が病気をしたという理由で、仕事を休んでも、白い目で観られることはない。
などなどがある。
中でも驚いたのは、チャイルドナースというシステム。
チャイルドナースは、出産後、最初は頻繁に週1度、その後、2週に1度、1月に1度とだんだん間隔があいて、母親が、もう来てくれなくていい、と言うまでは、無償で自宅訪問し、なにくれとなく相談にのってくれるらしい。
具体的には言うと、赤ちゃんの体重や身長を測ったり、その成長にあわせて目は見えているか、耳は聞こえているか、などの身体検診全般と、授乳や離乳食の指導など、母親への育児指導をしてくれるらしい。
これは心強い。
核家族化する前の日本では、姑がこれらの役割をはたしていたかもしれない、が、姑は、経験者であっても、専門家ではない。
時代に応じて様変わりする医学的知識まで求められない、身内である、ということが、互いに甘えを生じさせ、かえってストレスの原因になることもあるだろう。
しかし、もし、自分を担当したチャイルドナースが、ソリの合わない人だったらどうだろう? いいかげんな人だったら? 極端な考え方をする人なら?
システムというのは、ほっとけば空洞化するものだ、システムを生むのも、育てるのも、殺すのも人次第。
やっぱり、与えられるのを待ってる人には、それだけのもんしか与えられないってことだ、避けたつもりの問題は、実際のところ、肥大化して先送りされてるのだ。
余談だけど、デンマークはマリファナ解禁国。
たしかLEGOの生まれた国でもある、LEGOのビビッドな色使い、そのへんの関係が興味深い。
豊かなセックスライフ、といえば、スウェーデンを思い起こすが、デンマークも負けてないそうだ、アダルトグッズなんかも豊富だし、売買春も合法化されている。
基本が自由でおおらかなんだなあ、バリアフリーに際限がない。
日本で育児ノイローゼを取るか、デンマークで、LEGOで遊んでた子供が成長して、マリファナをやりながらセックスにハジけきっている姿を観ることを取るか、あなたならどっち?ってのは違うか(笑)
3/10
身体中の血がどろどろしはじめたので、グッドフェローズを観ました。
観ながら、『ジョー・ペシかっこいいなあ』とか、『今年、ジミー・コンウェーが出所するんだなあ』とか、『じゃあ、ヘンリーは殺されちゃうのかなあ』とか考えてたら、余計どろどろしてきました。
慣れたはずの『ことえり』のバカ変換に逆上して、モニターをベランダから放り投げたいくらいに、理性の糸がか細くなってます、こういう時、『ことえり』は便利です、自分のストレスチェックができます、これは赤信号。
クリリンのことかー。
救いはマンガ。
望月峯太郎さんの『万祝』(2巻)をゲット、最高です、簡単に言っちゃうと、現代に海賊がいたらって話です、シビれます。
もしもシリーズと言えば、かわぐちかいじさん。
『太陽の黙示録』(4巻)もゲット、もしも、日本が無くなっちゃったら、という話、すげー期待をしてるんですが、沈黙の艦隊や、ジパングほどの緊張感は、まだ出てきてません。
さすがにこれは、少し上等に日本人を描き過ぎてるのかも、かわぐちかいじさん本人が、そういう人なんだろうなあ、吉川英治さんとオレの中でかぶります。
ただ、設定がしっかりしているので、登場人物に感情移入できなくても、自分をもしもの世界にするっと放り込むことができます、『もしも、日本が無くなっちゃったら』を自分につきつける楽しさ。
うん、少しさらさらしてきたかも。
3/9
エッチをしちゃうと、創作意欲が薄くなる気がするんです(ここだけの話)
つまりその、ゴブサタで、モンモンとしてる時のほうが、イイモノが書ける気がするんです、ある欲求を押さえることで、別の欲求を駆り立てる感じ、あちらを立てずに、こちらを立てるわけです、イヤーン。
ハングリーになっている、とも言えますね。
だから、せっぱ詰まると、少しだけ我慢するんです。
時間的余裕がないから、なんていう、かっこいい理由ではなくて、駆り立てる為に。 目覚めよ、野生のオレ、ってなもんで。
少しだけってとこがミソ。
しかし、もうひとりのオレ、そいつぁゴーキだね、なオレが言うのです。
『ちいせえな』と。
『そんな、ヒリ出したようなもん、誰が美味しく頂くんだ? どばぁーっとブっ放したらんかい』と、やや本宮チックに。
庶民のオレと、アウトサイダーなオレがぶつかり合うライン。
なるほど、その通りかもしれぬ、腰が立たないほど、とことん致した先に見えるものがあるのではないか、変態プレーイがどぉーしたぁー、ビビってんじゃねー、うるあーってんで、寝室に向かうと、彼女が寝てるわけです。
明日は朝から出張だと言っていました。
庶民のオレが帰ってきました、おかえり。
3/3
気がついたら3月。
ここ1年くらい、2ヶ月おきに、『さすがに今回は、ばあちゃんダメかもしれない』という連絡がきてる気がする。
祖父はずいぶん前にいっちゃってて、祖母は、2人とも生きてるんだけど、2人とも危険な状態にある、仲良く数年前から。
言うなれば、いくつもの死線をくぐり抜けたわけで、そういうのなんて言うの? ええと、あれ、なんだ、ほら、あ、そうそう、修羅場。
必死に思いだしたわりには、この流れで使えねえな、修羅場。
んで、今回も、『今回はさすがにダメだろうから、意識のあるうちに会っておこう』ってんで、帰ったんですが、不発だったわけです。
ロシアンばあちゃん状態とでもいいましょうか。
笑えませんか?
こうなると不思議な感覚です、親戚一同、雁首そろえて自宅待機、オレ達はいったい何を待っているんだ?ってなもんで。
医者から1週間は持つまい、と言われていたんだけど、意識はあるもんだから、普通のお見舞いのフリをして会いに行くわけです、でもまあ、急に孫子(そんし、じゃないよ、まごこ。)がぞろぞろやって来たら、そりゃ勘付くよって話で。
すごい痛みがあるらしいのに、『モルヒネはうたないでくれ』と、祖母は医者に頼んだらしくて、理由が、『身体に悪いから』だって(笑)
これは驚きました、こっちは喪服どうすんだ?なんて話をしてんのに。
かっこいいなあ、かくありたい、と思いました。
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