「映画を選ぶ決め手は“気に入ること“だけ」―
クリント・イーストウッド 自らを語る 前編
〜アクターズ・スタジオ・インタビュー〜
(NHK-BS2 2005年3月11日放送)
収 録:2003年 ゲフィン劇場(アメリカ)
司 会:ジェームズ・リプトン
<3>
演じる側から監督へ『恐怖のメロディ』の頃
|
J |
「あなたが組んだ監督たちをたどってみましょう。 『マンハッタン無宿』の監督は?」 |
|
C |
「ドン・シーゲル」 |
|
J |
「M・ライデルの推薦で?」 |
|
C |
「ああ。監督を頼もうと思ったライデルが、 ” 1ヶ月で準備はできない”と言って、撮影所がシーゲルを推すと大賛成した。 ” 私は彼の監督作に出たから、彼なら最高だと分かる”” 1ヶ月で準備できるのは彼だけだ”と。それでシーゲルに決まった」 |
|
J |
「手腕に感心したんですね?彼とは5作撮った。 『白い肌の異常な夜』の撮影中、 そのドキュメンタリーをあなたは監督した」 |
|
C |
「シーゲルの監督ぶりを撮ったんだ。 『白い肌の異常な夜』は興味深い映画だ。 私もシーゲルもあんな映画は初めてだった。 奇抜な話だったよ」 |
|
J |
「あなたの演技は説得力があった。 役柄の嫌な部分をどう自分に納得させますか? 主人公は決して善人ではない」 |
|
C |
「悪人ではないよ。生きのびようとしただけだ。 南北戦争の北軍兵が、南部の女学校に運び込まれ 女たちを操ろうとするが、女たちも彼を操ろうとする。 そういう奇妙な関係が、やがて恐ろしい事態を招き、 結局彼は死ぬ・・・」 |
|
J |
「不必要に足が切断されたとあなたが気づくシーンは、 最高の演技でした」 |
|
―映画『白い肌の異常な夜』のシーンが流れる |
|
|
J |
「あなたの遺体を運ぶ場面の歌は誰が?」 |
|
C |
「・・・私だ」 |
|
J |
「そうですね」 (会場笑) |
|
C |
「(笑) ”俳優の名唱集”の1曲さ。語りみたいな歌だ」
|
|
J |
「1971年、ゴールデングローブ賞の 世界人気男優賞に選ばれ、 ライフ誌の表紙にもなった。 『白い肌の異常な夜』はヨーロッパで大ヒットし、 批評家にも称賛されました。 俳優や監督として長い月日を費やして、 取り組みたくなる作品の条件は?」 |
|
C |
「気に入ること」 |
|
J |
「単純に?それだけ?」 |
|
C |
「本でも脚本でも物語を読んで、 好きか その映画を見たいかを考える。 イエスなら、 やりたい役があるか 出演したいかを考える。 イエスなら話をすすめる」
|
|
J |
「1971年『恐怖のメロディ』を監督しましたね。 この飛躍のきっかけは?」 (会場、拍手) |
|
C |
「・・・趣味のいい観客だ(笑)。 (会場笑) あの映画の原案は、弁護士秘書だった友人が書いた。 60ページのストーリーを送ってきたんだ。 とても興味を覚えたよ。 ” ストーカー”の心理が描かれていて、当時としては新しい視点だった。 のちの映画がまねたよ」 |
|
J |
「この初監督作で 音楽の効果的な使い方をもう始めていますね ” ミスティ(Misty)”という曲を使った。また ”愛は面影の中に”という歌は人気を集めました。自分で選曲を?」 |
|
C |
「ああ。『Play Misty For Me』が映画の原題だ。 ユニバーサルは別の曲を使いたがった。 ” 夜のストレンジャー”がいいと・・・(会場笑) 彼らが権利を持つ曲で、私が嫌がってもこだわった。 いろいろ言ってきて面白かったよ(笑)。 (会場笑) 私は最後まで譲らず ”ミスティ”を選び映画で使う権利を2万5000ドルで買った。 高くはついたね。総制作費が72万ドルだから」 |
|
J |
「予算内で撮り終えましたか?」 |
|
C |
「ああ 余ったくらいだ。 あの企画は実は面白い始まり方をした。 私はユニバーサルの社長にこう頼んだ。 ” 小さな企画があります。私が監督したい”すると社長が ”わかった”私は一緒にいた代理人に ”簡単だったな”と言った。” やったよ”と。そして礼をいい帰ろうとすると、 社長は代理人だけを別室に呼んだ。 代理人に社長はこう言ったそうだ。 ” 彼に撮らせるのはかまわない”” だがギャラは払わない”(笑)(会場笑) 私は代理人に言った ”無理もないさ”” この映画で 力を証明すればいいんだ”」 |
つづく
制作総括:ジェームズ・リプトン
演 出:ジェフ・ビュルツ
制 作:ブラボーTV、ザ・モーメント・プロダクションズ
(2003年、アメリカ)
日本語字幕:米沢啓子
<3>
演じる側から監督へ『恐怖のメロディ』の頃