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   聴き手が主役のコンサート談話室(2)
  (2006年6月〜2007年の分)
新聞や雑誌のコンサート評、チラシやコンサート・プログラムの記載、CDの
ライナーノート等に何と書かれていようがいまいが、
それぞれの聴き手が自分で感じたことを、ホンネ・ベースで語り合えるのが
Internet時代のいいところでは?

この談話室は、音楽や舞台芸術全般にわたって、
徹底した「聴き手志向」で、しかも、マニアックにならないようにしながら、
無名だがステキなコンサートやアーティストをお互い発掘しあったり、
巨匠だが「こりゃ、どうみてもヘンだょ」といったことを注意喚起しあったり
しながら、「ココロのごちそう」を みんなで堪能していく一助にしていきたい
と思います。
ご感想や投稿をお待ちしてます。

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聞き手が主役のコンサート談話室(3)
  2008年1月以降の分はこちらへ ⇒



聞き手が主役のコンサート談話室(1)
  2006年5月以前の分はこちらへ ⇒



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Figaroのいろんな音楽体験から
新登場!Figaroの「勝手にランキング」

コンサート版「ミシュラン」の新登場。
Figaroの音楽体験を、つぎの基準で★印にしてご紹介します。

★★★★★ 感動で涙が出た、もしくは思わず「ブラボー!」と叫んでしまった、
         一生モノの”私のココロの財産”コンサート

★★★★   「このチケット代でこれだけ感動したり楽しめたのは超お値打ち!」
         といった大満足コンサート

★★★    チケット代に見合うクォリティーで楽しめたコンサート。
         ここでは、星3つを標準点とします。

★★      「この程度だったら、無名のアーティストで もっとウマいのがたくさん
         いるョ」、といった、興醒めで フラストレーションの残るコンサート

       会場で思わず「ブ〜!」と叫んでしまったり、「ヒドい! 金返せ!」と
         言いたくなるような、後味のよくない最悪コンサート。


     


MUSICISTA 愛の名曲コンサート 〜夢のあとに〜

★★
(11月5日 ルーテル市ヶ谷センターホール)

二期会の成田勝美氏が主宰する「ムジチスタ」の、年に一度の”うたまつり”とでも言おうか、とにかく、
補助椅子まで出るほどの超満席の、会場全員がそれはそれはHappyになった一夜。

まず、奥方の成田淳子のソプラノによるシューベルトの「幸福」、続いて、お嬢さんの成田伊美のソプラノ
によるシューベルトの「シルビアに寄す」、「音楽に寄せて」、そして、神谷尚のテノールによるベートーヴ
ェンの「君を愛す」、といったドイツリートから。ピアノは笈沼甲子。
成田伊美は、未だ東京音大4年生という若さだが、声が無理なくスッと出るのは、さすが。シューベルト
らしい清楚な雰囲気が醸し出されていた。
また、神谷
尚の明るく張りのある声でのイッヒ・リーベ・ディッヒは、もうこの1曲で今日の仕事の疲れが
どこかに飛んでいってしまい、明日への元気と希望が湧いてくる、そんな力と優しさを持っていた。

次は、イタリアのリート集。
”真打ち”の成田勝美が登場し、デンツァの「妖精の瞳」を歌うやいなや、さすが会場全体がその迫力に
圧倒された感じ。
と思った直後、こんどは、江口順子のソプラノによるヘンデルの「オンブラ・マイ・フ」の清く澄みわたる美
声で私たちの気持ちの高揚を鎮め、マスカーにの「アヴェ・マリア」で、まさにこの教会会場に相応しい
敬けんな気持ちに私たちを誘った。この曲の間奏部分のピアノも素敵。
続いて、同じ「アヴェ・マリア」だが、カッチーニの作の方の、こよなく美しい響きが成田淳子によって会場
いっぱいに響くや、教会という会場のせいもあってか、天井に近い十字架のオブジェのまわりに、まるで
天使達がはばたいているかのような、えもいえぬ恍惚の気分になってくる。
それを、神谷のうたう「舞踏への誘い」(レスピーギ)で、そっと私たちを”この世の愛の世界”に導いてく
れるという粋な構成に脱帽。

イタリアの後は成田淳子によるフランスもので、フォーレの「夢のあとに」と、プーランクの「愛の小径」
が歌われたが、後者の、フランス的エスプリの効いたワルツが、なかなか洒落ていて楽しかった。

前半の最後は、成田勝美によるリヒャルト・シュトラウスの「万霊節」と「献呈」。
「万霊節」の静けさと、一方、「献呈」の、徐々に盛り上がっていく曲づくりは、同じ曲でも女声リートとは
全く違った
作風に感じられ、リートの新しい楽しみ方を発見させてくれた。

後半はいよいよオペラ・アリア集。
成田伊美によるサン・サーンス(「サムソンとデリラ」から「私の心はあなたの声に花開く」)は、今後彼女
が燃えるような命がけの恋をしたり、苦しんだり、様々な人生経験を経るに従って、その表現がもっともっ
と真に迫ってくるに違いない。彼女による同じ曲を10年後、20年後、30年後に、また聴いてみたい。

神谷によるモーツアルト(「魔笛」から「なんと美しいこの絵姿」)を聴いて、将来、私の≪今風「魔笛」
の台本を公演する際は、ぜひとも神谷さんに”民野”役か”茂野守太人”役になって頂きたい!!
、と、
勝手に思ってしまった次第。パミーナの絵姿(実際にはハンカチだったが)を見ながら、心ときめく様子が、
歌のみならずその表情からも、じつに初々しく&微笑ましく伝わってきた。
(あぁ、退職金をはたいてでも、≪今風「魔笛」≫の公演実現を果たしたくなっちゃった! 映画の「魔笛」
(下記評)よりもずっと
面白い筈なんだけどなぁ!)

レハール(「メリー・ウィドウ」の「ヴィリアの歌」)では成田淳子が大いにノッて来、続く勝美さんの「君は
我が心のすべて」(「微笑みの国」)では、思わず会場から「ブラボー!」の歓声があがるほどの熱気!
そして、成田淳子と神谷尚による「ウィーンわが夢のまち」では、会場中が幸せのワルツに溶けちゃった
感じ。あぁ、またウィーンに行きたいなぁ!

そして、最後のコーナーがイタリア・オペラ。
江口順子の「ある晴れた日に」(プッチーニ)は、さすが日伊声楽コンコルソ入賞の江口だけあって、華が
ありながら、こよなく清楚に、秘めた情熱や悲しみを会場に響かせた。
続く成田勝美の「星は光りぬ」と、成田&神谷による「誰も寝てはならぬ」は、言うまでもなく五つ星の迫
力!会場も全員ノリノリ!
鳴りやまぬ拍手に応えて、アンコールもタップリと、「オーソレミオ」、「カタリ」、「浜辺のうた」、「乾杯の
歌」と、大サービス!

いやぁ、フルコースの御馳走に、デザートも目一杯おかわりしたみたいな満足感で、ちょうど29年前に
ここルーテル市ヶ谷センターで結婚式を挙げた私たち夫婦としては、何よりもの結婚記念日プレゼント
(3週間位早いけど)となりました。



映画「続・三丁目の夕日」

★★
(11月3日 新百合ヶ丘ワーナーマイカル)

公開初日に行ってきました。いやいや、前作以上に楽しめましたよ!
先ず、3DCGが、前作以上に自然に駆使され、銀座であれ日本橋であれ、本当にあの当時の雰囲気
をリアルに再現しており、当時を知る者としては、これらの映像を見せてくれただけでも感激。
そして、看板から、タバコ屋のつくり、駄菓子屋に陳列している小物、バーのカウンターにさりげなく置い
てあるアンクルトリスに至るまで、詳細にわたり、この映画のスタッフたちが忠実に当時のホンモノにこだ
わっているのが良く分かる。

ゴジラが東京を破壊するシーンから始まり、これが小説(フィクション)だったというあたり、「男はつらいよ」
のオープニングみたい、と思ったら、アレレ? このストーリーそのものが、まるで寅さんとリリーみたい
じゃない???
ということで、ひょっとしたら、この映画、シリーズ化されるかも???



ネヴィル・マリナー指揮NHK交響楽団定期演奏会
with アラベラ・美歩・シュタインバッハー


★★
(10月25日 サントリーホール)

かつて、アカデミー室内管弦楽団を率いての名演レコードの数々が懐かしい、あのサー・ネヴィル・マリ
ナーが、28年ぶりにN響と共演!

1曲目は、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61。
ソリストのアラベラ・シュタインバッハーは、ドイツ人の父と日本人の母の下に生まれたハーフで、今年
まだ26歳。日本での実質デビューで、貸与されたという1716年製のストラデヴァリウス「Booth」を携え
登場。
客席からみて舞台の奥のP席センターで、マリナーの指揮ぶりをとくと拝見しながら堪能できたのだが、
マリナー指揮振りは、まさに正統派の明確かつ端正なもので、N響の楽員達が充分に納得して頑張って
弾いているのがよく分かる。
そして弾き出したシュタインバッハーの音は、びっくりする程のしなやかさと温かさ!
オーケストラの重厚さに対抗したり出しゃばろうなどとは決してせず、むしろ、オーケストラの引き立て役
的な謙虚ささえ感じさせながら、しかし、全体としてじつにしっとりとした一体感で弾いていく。
ところが1楽章のカデンツァのソロとなるや、それまでの奥ゆかしさは脱ぎ去ってガンガンと自己主張を
始め、持てるテクニックも存分に発揮する! この2面性に圧倒されてしまった。まさに、「昼は貞淑な妻
として、夜は娼婦のごとく」ってな、不思議な魅力。これは3楽章のカデンツァでもしかり。

鳴りやまぬ拍手に、アンコールとして、イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番の終楽章を弾いたが、
この超絶技巧曲を、いとも簡単にガンガン弾きこなしながら、しかし、技巧を見せびらかすのではなく、
しっかりと感情を、そして心を伝える彼女の、20年後、30年後が楽しみ。
将来、「シュタインバッハーが未だ20代の、日本デビューを生で聴いた。」というのが自慢になるやも知
れない


休憩をはさんで、後半はブラームスの交響曲 第4番 ホ短調 作品98。
これもプレヴィンの力量なのか、N響の楽員も、持てるものを出し切ろうという意欲満々で、何度も聴いて
いるこの曲が、特に終楽章など、初めて聴くような新鮮な響きであった。



マティアス・ゲルネ: シューベルト「冬の旅」

★★
(9月21日 東京オペラシティ・タケミツ・メモリアルホール)

「めめしい失恋男の暗〜い歌」を、ドラマチックに歌った。この人、ミテクレはイマイチだが、やはりうまい。
これでS席5000円、A席4,000円というのは超お値打ち!
にも拘らず、空席が結構あったのは、≪日本は、クラシックまでもが「イケメン」でないと客は集められな
い≫ということなの?
アレクサンダー・シュマルツのピアノも、決して「伴奏」ではない、歌手と対等のドラマを感じた。



ケネス・ブラナー監督映画「魔笛」

★★
(7月16日 新宿タイムズスクェア)


モーツアルトの「魔笛」を、曲は原典に則りながら、ストーリーを第一次世界大戦時に置き換え、英語版
にした映画。監督・脚本が英国のケネス・ブラナー、ザラストロ役に、昨年のザルツブルク音楽祭にも出
演したルネ・パーペ、タミーノにジョセフ・カイザー、パミーナにエイミー・カーソン、夜の女王にリューボフ・
ペドロヴァ、パパゲーノにヘン・デイヴィス、パパゲーナにシルヴィア・モイ、ジェームズ・コンロン指揮のヨ
ーロッパ室内管弦楽団、等の顔ぶれ。

夜の女王が空を飛んだり、壁をよじ登ったり、地上の目線のシーンからカメラ位置が昇っていって空撮シ
ーンになる等々、まるで「スパイダーマン」のような3DCG多用による映像表現で
、ケネス・ブラナー監督
としては舞台ではできないダイナミックな効果を狙ったのだろう。
しかし、各アリア毎に面白い3DCD映像を考えようとするあまり、それでなくとも支離滅裂になりかねな
いストーリーが、よけいにバラバラにみえ、全体としての纏まりを欠くとともに、音楽が後ろに引っ込んで
しまった感じで、映画全体としての盛り上がりに欠いた。
しかし、
戦争をすることの愚かしさがそれなりに全編に流れており、これがブラナー監督の言いたかったことなの
かも?

英語の歌詞は、パパゲーノの「カタツムリになってしまいたい」というのが「亀になってしまいたい」とか、
モノスタトスへの「77回の足裏ムチ刑」が「降格」になっていたりと、オリジナルを微妙に変えている箇所
が散見され、違いを見つけるのもマニアックな楽しみかも?

ルネ・バーペのザラストロが、ヘンな権威主義で神格化されること無く、「ジャンパーをまとったフツーの
優しいオジサン」的に演じられているのは好感が持てる。
他の歌手達は、それこそ「フツー」の水準か?

監督の意欲には敬服するけど、ストーリーづくりは、我が≪今風「魔笛」≫に軍配でしょ!?


ベルンハルト・クレー指揮東京都交響楽団定期演奏会

35年後⇒
★★
(6月22日 オペラシティコンサートホール)

左のレコード・ジャケット写真をみて、「おぉ、懐かしい!」と思われた方は、団塊世代かそれ以上の年代
の音楽ファンでは?
1963年の、日生劇場のこけら落しに来日したカール・ベーム指揮のベルリン・ドイツ・オペラ「フィガロの
結婚」で、25歳の若さでケルビーノ役を歌い、日本での衝撃的なデビューを飾ったエディット・マティスが、
1972年に出した(当時、クラシックのジャンルでは確かベストセラーになった)モーツァルト歌曲集アルバ
ムが上記。そして左に写っているのが夫君のベルンハルト・クレー氏。(マティスが22〜23歳のときに行
った最初のリート演奏会を開いた際にクレー氏が伴奏のピアノを弾いたのが縁で結婚したとのこと)

そのクレー氏も、今年すでに71歳になり、13年ぶりの都響の指揮で来日。右のコンサート・チラシ写真
(左のモノクロ写真)は、左のジャケット写真の35年後の姿といワケ。

当日のプログラムは、
・ヘンツェ: 室内協奏曲05 - 15人の奏者のための交響曲第1番改訂版 (日本初演)
・シューマン: チェロ協奏曲 イ短調作品129 (チェロ: ダニエル・ミュラー=ショット(チラシ写真右側))
・ラヴェル: ハバネラ (ダニエル・ミュラー=ショットのアンコール・ソロ)
(休憩をはさんで)
・ベートーヴェン: 交響曲第7番 イ長調作品92

最初のヘンツェの曲は、1947年に作曲された交響曲弟1番を、2005年に15人小編成に書き直した
ものとのことで、極端に難解な「現代もの」でもなく、弦のフレーズが美しかった。(コンサートマスター
矢部達哉、チェロ古川展生)
続くシューマンのチェロ協奏曲は、30歳の若さのダニエル・ミュラー=ショットが、なかなか端正な演奏
で、3楽章続けて弾きまくった。オーケストラは、左に第一ヴァイオリン、右に第二ヴァイオリン
という配置
で、チェロ協奏曲というより、チェロのソロつき管弦楽曲といった感じ。

お目当てのべートーヴェンの7番は、聴いた席の場所(12列目のセンターより右側)によるものなのだろ
うか? かなりこもった音で、キレが今一つだったのが残念。この名曲は、テンポや強弱の変化、楽器間
のメリハリやバランス変化等で、つくりようによっては、かなりダイナミックに聴かせることができ、聴き終
ったあと、えもいえない「元気回復効果」があるものだが、
この日の演奏は、ライヴならではの≪曲が進むにつれての、手に汗握る盛り上がり≫がやや少なく、
まるでラジオで聴いているような、間接的な感動に留まった。
とはいうものの、無理矢理盛り上げていこうといった「ウケ狙い」は決してせず、端正に音を創っていく
クレーの姿勢は、さすが正統派のベテラン。好感が持てた。


友田恭子ピアノリサイタル

★★
(1月30日 東京文化会館小ホール)

モーツアルトのピアノソナタ、それも、ポピュラーな名曲ばかりを集めた、つぎのプログラムの一夜。
・ピアノソナタ 第10番 ハ長調 K.330
・ピアノソナタ 第11番 イ長調 K.331「トルコ行進曲つき」
 休憩をはさんで、
・ピアノソナタ 第12番 ヘ長調 K.332
・ピアノソナタ 第13番 変ロ長調 K.333
 アンコールに、第16番 ハ長調 K.545の1楽章、等。


子供でも弾くが、それこそ無駄な音が一音も無く、間違えたら直ぐにバレちゃうし、感情移入をし過ぎちゃ
うと嫌らしくなるし、かといって楽譜通りに弾いただけではBGM的になっちゃう、まさに、巨匠といわれる
プロでさえ難しい、しかし、名曲中の名曲の数々!
その難題を、自らのスタイルをしっかり出しながら、かつ、決してメランコリーにもクールにもなり過ぎるこ
となく、聴く方がそれぞれにストーリーを想い巡らせたくなるような若々しい変化をもって聴かせてくれた。

最初のK.330が、一人の女性の成長をみているようで実に面白かった。1楽章が、まるで小学生になった
ばかりのオシャマな女の子がドレスアップして大人達のパーティーかなんかに出させて貰った時に、やや
興奮して嬉しそうに大人達の会話に入ろうとして早口に喋りまくっているみたいで楽しく、一方、
続く2楽章では、あたかも思春期になって、片想いの初恋の恋心を日記に書いている、といった、せつな
く燃えて悩んでるんだけど、でも決して深刻ではない、サラリとした青春の一ページといった感じ。
3楽章になるや、新入社員となって、全てのことに未来と興味を感じながら嬉々としていろんな仕事にチ
ャレンジし始めた、といった感じに...。

K.331では、「トルコ風」というより、「江戸風」に感じられて、これはもう、内田光子サンとも、ピリスとも、
バレンボイムとも違った、友田恭子ならではの世界。教科書的に弾くだけじゃなく、自分のスタイルを創
り表現してこそプロ。その意味で、ブレンデルの弾くモーツアルトなんかより楽しかった。
1楽章の歯切れの良い弾き方が、チャキチャキの江戸っ子の話し方のようで聴いててスカッとした後、
2楽章でも全く重く無く、3楽章の「トルコ行進曲」になるや、まるで神田明神のお祭りでセイヤ、セイヤの
元気な掛け声と共にお御輿が通り過ぎていくような小気味良い興奮をおぼえた。

後半のK.332でも、聴かせどころの2楽章で、ヘンに感傷的になったり深刻になったりすることが無く、
サラリと弾いたのがかえって好感が持て、自分が20代に戻ったような元気を貰った感じ。

K.333は、1楽章のところで、まるでフリードリッヒ・グルダじゃないかと思わせる、思わずニタリとしてしま
った小粋な弾きぶりが数箇所あり、大器の可能性を感じた。

それにしてもモーツァルトの、時代や国やスタイルを超えた普遍的な魅力と、日常生活の中でこのような
音楽体験をしながら生きていけることの幸せを感じた一夜だった。



小曽根真クリスマス・スペシャル2006
「リベンジ・オブ・モーツァルト」


★★
(12月18日 オーチャードホール)

ゴールデンウィークにNHKBSで観た、「熱狂の日」の東京フォーラムでの「ジュノム」の、あの驚きをナマ
で聴けるとあって、娘と行ってきた。

プログラムによると、小曽根氏は、タイトルの「リベンジ」について、つぎのように書いている。
”モーツアルトが、タイムワープしてタイムトンネルを抜けて2006年に出てきたら、「同じように弾くんじゃ
面白くないから、こんな風にやっちゃおうか」ってやってると思うですよね。「リベンジ・オブ・モーツアルト」
とは、復讐じゃなくて、モーツアルトが復活してリトライするという意味。僕がモーツアルトっていう訳じゃ
ないんだけど(笑)、モーツアルトが「よぉ〜しっ!!」って腕まくりして弾くような気持ちを込めてやります
!そういう元気のあるコンサートにしたい。”

小曽根氏は、なんとまぁ、客席の一番後ろから歩いて舞台に登場。上着無しのシャツ姿で、マイクを持ち、
まず、上記の”想い”をヒトコト。
まさに自由奔放の一夜で、オール・モーツアルトのプログラムはつぎのとおり。

●2台のピアノのための協奏曲 変ホ長調 K.365(316a)
  (小曽根真+塩野谷哲のピアノ、および、OZMIC Orchestraと称して編成された33名の小編成オー
  ケストラ)
●クラリネット協奏曲 イ長調 K.622から2楽章
  (クラリネット: パキート・デリヴェラ)
休憩をはさんで
●ピアノ協奏曲 第9番 変ホ長調 K.271 「ジュノム」
アンコールに、
・全員登場による「サンタが街にやってくる」
・小曽根氏のピアノ・ソロによるピアソラの「ローラの夢」

最初の
2台のピアノのための協奏曲で、小曽根氏が塩野谷氏を呼んで紹介しようとするのだが、なか
なか登場しない。何度か呼ぶと、オケの中から楽員
らしき人がヴァイオリンを持って登場し、じつはそれ
が塩野谷氏であったという、コント的な出だしでスタート。
この出だしからして、フツーのクラシックじゃないな、とヘンな期待(?)をしてしまったが、期待を上回る
エンタテイメント・ミュージックになっていた。
1楽章の途中から、バーンスタインを彷彿させる、ちょっぴりアメリカ的なノリになっていき、なんと3楽章
ではラテンリズムに”変身”! そして、途中のカデンツァ部分から、なんと、パキートのクラリネットまで
登場し、オーケストラも原曲からはみ出す奔放さ。
クラシックを”教養の音楽”と思っている人にとっては耐え難いことだろうが、AZZの本髄であるアドリブ
感が楽しい。

続くクラリネット協奏曲は、小曽根氏のピアノも入り、「クラリネットとピアノのためのJAZZ的協奏曲」に
なっていた。
キューバ出身のパキート氏は、JAZZとクラシックの双方で、グラミー賞を計8回も受賞したという、バー
クリー音楽院の名誉音楽博士とのことで、ラテン系ならではの明るく楽しい響きに満ち溢れており、
本来は静かなこの名曲中の名曲が、なんとまぁ、快適なテンポでウキウキするノリの良い曲に変身して
しまっていた。

お待ちかねの「ジュノム」では、クリスマスにちなんで、小曽根氏が真っ赤なシャツに着替えて登場。
なんと、1楽章ではパキートのクラリネットが登場して吹き始め、2楽章ではキューバン・テイストの明る
さに、さらに3楽章では全員参加のジャムセッション的”ジュノム変奏曲”に”改変”されてしまっており、
ゴールデンウィークの時の演奏が、”クラシックにJAZZ的ハミダシを加えた名演”であったのに対して、
この日の演奏は、”モーツアルトの主題によるJAZZライヴ・セッション”とでもいえる、全く別ものになって
いた。小曽根氏の奥の深さに脱帽!

アンコールのピアソラの曲は、この日が、新宿の公演とぶつかってしまったためこのコンサートに来られ
なかった、俳優である奥さん(この日が誕生日であったとのこと)に捧げた演奏とのことで、しっとりとした
バラードに、小曽根氏の愛情ゆたかな心がよく出ていた。


はたして、天国のモーツアルトさんがこの日の演奏を聴いていたら、どう評しただろうか?
モーツアルトの作品のコンサートというより、”モーツアルトの名曲を主題にしたJAZZコンサート”として
大いに喜んだにちがいない。


バッハ・コレギウム・ジャパン
モーツァルト生誕250年記念特別演奏会


★★
(12月10日 東京オペラシティ・ホール

鈴木雅明率いるバッハ・コレギウム・ジャパンが、初めて本格的なモーツァルト・プログラムを聴かせて
くれるということで期待して行ったが、期待に違わず、忘れられない感動の日となった。

プログラムは、オール・モーツァルトで、つぎのとおり。
・証聖者の荘厳な晩課「ヴェスペレ」 ハ長調 K.339
・「レクイエム」 ニ短調 K.626

アンコールに「アヴェ・ヴェルム・コルプス」


ソリストは、森 麻季(Sop)、マリアンヌ・キーラント(Alt)、アンドレアス・ヴェラー(Ten)、ドミニク・ヴェル
ナー(Bas)という顔ぶれ。

最初の「ヴェスプレ」(晩課)は、教会での典礼と同様の、グレゴリオ聖歌のアンティフォナ(斉唱)も入っ
た、なかなか日本ではこのような体験のできない貴重なもの。なんでも、教会では、聖務日課が1日に
8回あり、夕方に行われる晩課が最も音楽的なものとのことで、モーツアルトが書くとかくも心を動かす
ものかと改めて驚きつつ、「教会音楽って、こりゃ、最古のコマーシャル・ソングだ!」と再認識した次第。

当時の音色を尊重した、いわゆるピリオド楽器と奏法は、大ホールでの商業主義的規模や効果を狙う
のではない、まさに「原点」そのもので、全部で26人からなる小編成オーケストラはゴマカシがきかない
が、それだけに、1つ1つの音の”心”がハッキリ出るとともに、アンサンブルが揃うと感動も大きくなる。
そして、一糸乱れぬ合唱の素晴らしさが加わると、まさに”天上の音楽”に昇華していく!
徹底して正確な中に、合唱のピアニッシモの美しさ、そして、弦の、キレがよいのに柔らかい響きなどが
重なって、会場全体を暖かく包み込む。その空間と時間を生で共有できる幸せ!


休憩をはさんでの「レクイエム」は前半、真っ赤なドレス姿であった森麻季も、さすがに他のソリスト達
と同様、黒一色に着替えて登場。
ここでも、出だしに入祭唱(イントロイトゥス)の斉唱が入り、教会での典礼の雰囲気が会場に充満した
後、鳴り出した弦の響きにビックリ! 音の間のキレのハッキリした表現で意表をつかれてしまった。
出だしと対照的に、「Dies irae」(怒りの日)は、まるでヴェルディのレクイエムを彷彿させるかの如く厳し
く大きく響きわたり、他方、「Tuba mirum」のソリスト達のハーモニー部分は、まるで「フィガロの結婚」の
中の重唱のようなオペラティックなアンサンブルも醸し出した。
そして、「Recordare」の出だしのチェロは、名手、鈴木秀美氏ならではの温かみに満ちた響きで会場に
染み入り、ヴァイオリンの誠実なアンサンブルに繋がっていく! そして、これ以上望みようが無いとさえ
思える合唱の一糸乱れぬハーモニーと、自然な心の高揚に逆らわない強弱の妙!

極めつけはアンコールの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」。
ゴールデンウィークに東京フォーラムで何度か涙を流して以来、この曲の名演に接すると、(無信心な私
なのだが)涙がこぼれてしまう。オーケストラと合唱が一体となり、静かに調和し、天上のハーモニーが
徐々に高まってくると、「あぁ、私が死んだ時は、お経はいらないから、この曲を流して!」と思えてくる
程に、まるでこの世と天国との橋渡し役の曲のように、私のカラダもココロも浄化してくれる。
これを聴きながら、私は2041年の12月5日(モーツァルトの没後250年の命日)に、これを聴きながら
ポックリ逝こう、なんぞと思ってしまった次第。そう、それまでピンピン元気でいなくちゃ。



新国立劇場「セビリアの理髪師」

★★
(12月7日 新国立劇場オペラ劇場

高尚なゲージツ作品というより、19世紀のドタバタ(だが上質の)西洋大歌舞伎!
いま旬のメゾ・ソプラノ、ダニエラ・バルチェッローナがいいというので、行ってきた。

ロジーナ役のダニエラ・バルチェッローナは、ひと声出すやいなや、未だ若いのに”貫禄”ともいえる安定
した歌いぶりで、何ら無理なくコロコロと、ときに朗々と出てくる声は、この一人だけで、もう、本場で聴く
オペラの醍醐味を東京で気軽に楽しめる幸せを与えてくれた。但し、かつてのアバド&ミラノ・スカラ座で
ベルガンサが歌った映像や、ベーム&ウィーン・フィルでキリ・テ・カナワが歌った「フィガロの結婚」の映
像でのロジーナ役に比べると、伯爵夫人になるに相応しい”気品ただよう女性”というより、チョい太目の
町の売れ残りのお姐さんといった感じ(失礼!)で、それはそれで、下町のドタバタ恋物語的演出にピッ
タリと言えなくはない。

というのも、相手役アルマヴィーヴァ伯爵役のローレンス・ブラウンリーが、どうみても”伯爵”って感じじゃ
ない、コメディアン的風貌! ロジーナに比べて20〜30cmも低そうなチンチクリンの黒人で、1幕はステ
ィーヴィー・ワンダーといった感じ、2幕でサングラスをかけ軍服で出てきた時なんざぁ、まるでサミー・デ
イビス・ジュニアそっくりのイメージで、ロジーナとの愛のデュエットの場面では、彼がミカン箱(?)の上
に乗っかって歌うという、背の低さを逆手にとってドタバタ喜劇にしてしまった演出。でも、歌は上手い!
テノールでこれだけコロコロと出せる歌手も珍しかろう。

バルトロ役のマウリッツィオ・ムラーロのバスは、よく響き、太っちょの演技も堂に入っていて、本場の雰
囲気を出していた。
他方、ガッカリだったのがフィガロ役のラッセル・ブラウン。声は出ないし、出だしの音は定まらないし、
この役に求められるウィットさや機転の利くクレバーさが感じられない。

特筆すべきは、バジリオ役の妻屋秀和と、ベルタ役の与田朝子の二人の日本人。来日歌手陣と互角に、
安定した実力で舞台の楽しさを盛り上げてくれた。


東京フィルハーモニー交響楽団を指揮したミケーレ・カルッリは、舞台が終わった後のカーテンコールで
かなりのブーイングが出ていた。そんなにひどくはなかったが、日本でもこんなにあからさまにブーイング
が出るような、聴き手が本心丸出しで楽しめるオペラハウスが東京にも出来たことが嬉しい。

ところで舞台だが、ヨーゼフ・E・ケップリンガー演出による、設定をフランコ政権下のスペインにしたもの
で、回り舞台でバルトロとロジーナの家全体を動かしながら、建物の外観とカラフルな部屋の内部を適
宜見せていくというもの。しかし、意味も無く家がグルグル回ったり、家の中の2つの螺旋階段を歌手達
が上ったり降りたり、1幕の終わりで警官達が入ってきた場面なんぞでは、2階で部屋中のものをひっく
り返したりと、とにかく慌ただしく、落ち着いて歌が聴けないのはいただけない。
しかし、チンチクリンの伯爵やフツーの町娘みたいなロジーナの風貌を活かして(?)徹底したドタバタ喜
劇に仕立て上げたのは正解。歌手の技巧を誇らせるアリアの数々も含めて、ロッシーニの曲の創りが、
如何に当時のエンタテイメント欲求を満たすために工夫されたかが鮮明に出ていた。
たぶん、ロッシーニ先生は、このストーリーの後日談であるモーツアルトの
「フィガロの結婚」の深い芸術
性を超えることなんか出来やしないとカンネンし、このような、ウケを狙った作風にしたのでは? と想像
させてしまう、それはそれで楽しい一夜だった。

それにしても、この新国立劇場オペラ劇場って、通い始めたらヤミツキになりそう。


ピアノへのオマージュ
= 笠原順子&友田恭子
デュオ・リサイタル

★★
(11月26日 市川市文化会館

姉妹デュオの実力派が、1つのコンサートでモーツアルトと、現代作曲家の水野修孝をとりあげるという
企画。
プログラムはつぎのとおり。
・モーツァルト: ピアノソナタ 10番 ハ長調 K.330
          フーガ ト短調 K.401
          アンダンテと変奏曲 ト長調 K.501
          ラルゲットとアレグロ 変ホ長調
・水野 修孝:  2台のピアノのための叙情小品組曲 (世界初演)
           @春のかおり
           Aときめき
           Bはるかな遠い道
           Cたそがれ
           D懐かしいこと
           Eあこがれ
          2台のピアノのためのバラード (世界初演)
          「追憶」のテーマによるピアノソロ (2003年作品)
          ピアノ連弾組曲「ミューズの時」 (1998年作品)
           @いつか君と
           Aボサ’98
           B夜の誘い
           Cマンドリーノ
           Dラグタイム”愛の夢”
・アンコールとして、
 モーツアルトのトルコ行進曲(ディオ版)
 モーツアルト「きらきら星」の変奏曲


妹の友田恭子によるモーツアルトのソナタは、いたずらに甘美になることも学究的になることもなく端正
に弾き、この最初の1曲で会場の雰囲気をステージに一点集中させた。
このソナタを除いて、この日のモーツアルトの他の曲は、余り演奏されることのない珍しい小曲ばかりと
あって、生演奏に初めて接する私としては興味深々。私にとってはこれだけでもう★4つの価値あり。
先ず、ト短調のフーガは、まるでバッハを思わせる威厳さえ感じさせる4分ほどの小曲で、2台のピアノ
により、モーツアルトらしい小粋なフレーズなどは一切排除された厳格な対位法の妙を示してくれた。
続く1台のピアノ連弾用の曲、K.501では、姉妹ならではの息の合った心温まる明るい音表現をしてくれ
た。
2台のピアノの
ための未完の変ホ長調は、グルックの作としてチェコの図書館にあったものが発見され
た後、1781年の秋にモーツアルトの手によって前半が書かれた未完の作と分かり、弟子のシュタート
ラーが補筆・完成させたもので、ケッヘル番号も未だ付いていないもの。この日の演奏は、さらにそれを、
1991年にフランツ・バイエルが補筆した版とのこと。
う〜ん。殆ど演奏会で取り上げられないこれらの曲は、名曲の数々に比べると、やはり地味かなぁ。
そんな曲たちを敢えてピックアップしたこの姉妹の意欲に拍手を送りたい。

後半の水野修孝(東京芸大出身の作曲家)の作品うち、「追憶...」以外の3曲は、この姉妹が水野氏
に委嘱して書かれたものとのことで、とても素直な曲風は、前半のモーツアルトと並べても全く違和感の
無い、聴いていて落ち着けるものばかり。

「2台のピアノのための叙情小品組曲」は、まるでラヴ・ソングのようにメロディアスで、かつ、童謡のよう
なシンプルな魅力に富んだ、ごく短い6曲からなり、全てに歌詞を付けさせてほしくなってしまうほどの
可憐さは、近頃のヒット曲にはお目にかかれない、”郷愁”のようなものまで感じてしまう。2曲目の「とき
めき」など、絶品!

他方、「追憶のテーマによるピアノソロ」は、あたかも、雨上がりで濡れた歩道にネオンの赤やブルーの
光が映る、人気の少ない夜の都会の風景、ってな雰囲気の映画でも観ているかのような、お洒落感漂
う曲。コートの襟を立て歩いていくダンディーな男のシルエットは、私?

「ミューズの時」は、この姉妹の十八番の一つ。「いつか君と」は、アメリカの良き時代の「Show Boat」の
曲を連想させ、「ボサ'98」は、まさにボサノヴァ調でノリが良く、「夜の誘い」は、往年のスタンダード曲「サ
テンドール」を彷彿させ、「マンドリーノ」は、その名の通りマンドリンを弾いている感じのトレモロ・イメージ
の曲。そして「ラグタイム」は、それこそラグタイム・ジャズそのもので、ディズニーランドの路上イベントの
楽しさを醸し出させる、等々、初めて聴いた時に比べ、見事、≪脱クラシック調≫に徹してきた。


ぜひとも、「2台のピアノのための叙情小品組曲」の歌詞を、私につけさせて!



モーツァルト劇場「劇場支配人」

★★
(11月3日 浜離宮朝日ホール

高橋英郎氏主宰のモーツアルト劇場が、モーツアルト生誕250年記念公演シリーズの一つとして、なか
なか日本で上演される機会の無いこのオペラを日本語でやってのけた。

訳詞・台本・総監督が(日本のシカネーダー?)高橋英郎、指揮が大井剛史、演出が森さゆ里、座長役
が文学座の醍醐貢介、役者のブッフに星野淳、バレリーナに鶴見末穂子、スイス銀行のパトロン、アイ
ラー役に吉田伸昭、ソプラノ歌手ヘルツ夫人に品田昭子、対抗馬のソプラノ、ジルバークランク嬢に菊池
美奈。オーケストラは寄せ集めの(?)室内アンサンブルの東京ニューシティ管弦楽団、等々という顔ぶ
れ。

「フィガロの結婚」を作曲していた1786年に、急きょヨーゼフ2世から頼まれて創ったオペラで、曲は序
曲、アリア2曲、3重唱1曲しかない、ドタバタの短編。初演時は、あのサリエリが作曲した「まずは音楽、
つぎに言葉」というものとの2本建てで公演され(モーツアルトの方が前座)、しかもギャラはサリエリの
半分だったというイワクつきのもの。ちなみに、台本は「後宮からの誘拐」での共作者のシュテファニー弟
で、初演時には座長役もやったとのこと。また、この時のヘルツ夫人役にはモーツアルトの初恋の女性、
アイロジア(既にランゲと結婚)が、また、ブッフ役はその夫のヨーゼフ・ランゲが演じ、ヘルツ夫人と歌手
役で競うジルバークラング嬢は、なんとサリエリの愛人カテリーナ・カヴァリエリ夫人だったというから面
白い。

さて、当日の公演だが、舞台をしつらえているシーンに始まり、バックステージの雰囲気を出そうとして
いるのだが、これが何と10分近くも続き、冒頭から間延びしてしまった感あり。
狭いステージ上にオーケストラと役者や歌手が乗って繰り広げるオーディション風景は、「コーラスライン」
の原点とでも言えようが、歌の少ない分、演技がややオーバーになりがちで、時に、場末のドサ回り芝
居のような感じに。
このストーリー自体がそうなんだから、敢えてそうしたのか、はたまた、もっとゲージツテキにしようとした
けど、予算の都合でこうなったのか、どっちにも想像できてしまうのは、ひょっとして、高橋先生の高度な
計算だったの???

いずれにせよ、この短編を初めてライブで体験させてくれた高橋一座に大感謝!



ウィーン・フィルハーモニー・ウィーク in Japan 2006
室内楽の夕べ


★★
(11月2日 サントリー小ホール)

サントリーホール20周年記念+モーツアルト生誕250年記念の、同ホール主催フェスティバル公演で、
ウィーンフィルのコンサート・マスター、ライナー・キュッヒル(第1ヴァイオリン)をはじめ、エクハルト・ザイ
フェルト(第2ヴァイオリン)、ハインリッヒ・コル(ヴィオラ)、ゲアハルト・イーベラー(チェロ)というトップ奏
者たちによる「ウィーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団」に、ヴィオラのロベルト・バウアーシュタッター、
オーボエのマルティン・ガブリエルも加わった、超豪華なオール・モーツァルトの夕べ。

プログラムは、
●弦楽四重奏曲 イ長調 K.464
オーボエ四重奏曲 ヘ長調 K.370(368b)
休憩をはさんで
●弦楽五重奏曲 ハ長調 K.515
アンコールとして、
●弦楽五重奏曲 ト短調 K.516から、まず3楽章、つぎに1楽章
という、
まさに極めつけ!

ところが、最初の
K.464の1楽章が鳴り出したとたん、アレレ〜!音が揃ってな〜い!
特にこの日のキュッヒル氏のヴァイオリンは、何となく挑発的で、トゲトゲしささえ感じられる演奏。良く言
えば「頂点に立った人でも、無難に弾くことなく、ここまでチャレンジしようとしている」であり、悪く言えば
「何か深刻なトラブルとか不幸でもあって演奏会どころじゃない!」ってな感じで、1曲終わるやいなや、
キツい表情のままペコンとお辞儀して、そそくさと引っ込んでしまった。

名曲中の名曲、オーボエ四重奏曲では、(当日のキュッヒル氏の厳しい表情に影響されてか?)ガブリ
エル氏のオーボエも甘美になることなく、ちまたの商業主義的な「モーツアルト効果」なんぞを否定して
いるかのよう。でも、さすがに2楽章のアダージョは、まさに天上の至福の響き!!
そして3楽章のオーボエの名人芸!
この曲を聴けただけでも、5,000円はお値打ち!

ハ長調の弦楽五重奏曲では、さすがにアンサンブルも揃って”挑発的”では無くなったが、しかし、2楽
章のメヌエットや3楽章のアンダンテも含め、決して「癒しのモーツアルト」や「胎教のアマデウス」といっ
たイージー・リスニングでは無く、どちらかというと、
ヨゼフ・ランゲが描いたモーツアルトの未完の肖像画
のようなシリアスな趣だった。

最も感動したのがアンコールのト短調五重奏曲。 この曲は、もう1回の公演(6日)の目玉であった訳だ
が、この日に、3つの楽章中の2つまで聴けてしまい、2日分のコンサートを1日で堪能させて貰った感じ。
≪疾走する悲しみ≫とは、まさにコレ!
この日のキュッヒル氏の、笑顔の全く無い厳しい演奏は、このアンコールのためにあったのか? とさえ
思えてしまう真に迫った名演! 室内楽の極めつけ!



「アスペクト・イン・ジャズ」リスタート&ミュージックバード
設立20周年記念「TALK & JAZZ CONCERT」


★★
(10月13日 TOKYO FMホール

いやぁ懐かしい〜ッ!
1973年から79年にかけてFM東京で毎週火曜の深夜に放送していた「アスペクト・イン・ジャズ」が、PC
M音楽放送「ミュージックバード」のJAZZチャンネルで、この10月から一挙リバイバル放送されることに
なり、ミュージックバード設立20周年記念も兼ねたトーク&コンサートの招待イベントに行ってきた。

第1部は、この番組で解説&進行をしていた日本のジャズ評論の草分け、油井正一氏をしのんでのトー
ク・セッション。
会場が暗くなり、椎名豊氏(pf)のコンボ(浜崎航(Sax)、上村信(b)、大田智洋(ds))で、この番組のテ
ーマ曲(ジェリー・マリガンのPrelude in E-minor)が流れるや、もう、当時が想い出されてきてジ〜ン!
ときちゃう。
歌手の大橋美加の司会の下、岩浪洋三氏、東芝EMIの行方均氏、大橋巨泉氏、椎名豊氏が油井さん
への想い出をそれぞれに披露。岩浪氏も巨泉氏も学生の頃からJAZZへの熱い想いを油井さんに手紙し、
同様に、行方氏も新入社員の頃から情熱を伝え、また、油井さんがそれぞれに心底丁寧かつ気安く対
していた、ということを知り、音楽に対する真摯な情熱がジェネレーションを超えて絆となっていくもの
なんだなぁと、あらためて痛感。
デキシーも、スウィングも、ビバップも、フリージャズも、全てそれらが生まれ、発展していった時代と同
時代に生き、聴き、伝えてきた油井さんの功績にあらためて乾杯!

休憩時間に、ニッポン放送の近衛さんやJ-SATの秋山さんにもお目にかかる。
第2部は
椎名豊カルテットをバックに大橋美加がコール・ポーターの曲を3曲ほど歌った後、椎名豊カル
テット
による、椎名氏のオリジナル曲も含めての、しめて1時間ほどのライヴ。
JAZZも、シャンソンも、カンツォーネも、どんどんフュージョン化が進み、'50〜'60年代の趣のある演奏を
聴く機会が本当に少なくなっている今、はたして100年後にこれらがちゃんと残っているのだろうかと、ち
ょっと、心配になった。

帰宅して、あらためて、油井氏の語りの入った非売品CD(上記の写真)を聴いてみた。
すると、「アスペクト・イン・ジャズ」が放送されていた当時の自分のJAZZ LIFEを想い出してしまい、もし、
今の私が当時の私に(新宿のピットインやらDIGやらで)会っていたら、「何とまぁ、キザな若造め!」な
んぞと顔をしかめただろうナ、なんて失笑してしまった。
極薄のグレーのサングラスに、ハンチングをかぶり、大人気取りしてオーリックの正目のパイプをくわえ、
ベルボトムのパンツ姿で、JAZZ喫茶の奥の方の席でリズムをとってる...、こんなキザな格好は、想
い出しただけで、もう、”穴があったら入りたい!”...「あのころボ〜クは〜、若かった〜」



モーツアルト劇場レクチャー・コンサート
室内楽と歌曲の魅力


★★
(10月8日 浜離宮朝日小ホール

高橋英郎氏主宰モーツアルト劇場の「モーツアルト生誕250年記念コンサート」シリーズ企画第3弾。
先ずは、フルートの金晶国を迎えた「モーツァルトの遊び心」と称する高橋氏とのモーツアルト論対談
があり、当日の演奏曲「フルート四重奏曲」、「オーボエ四重奏曲」の、こよなく明るい名曲の中によぎ
る短めの短調フレーズの数々の素晴らしさを共に称えていた。


当日の曲と演奏者は次の通り。

・フルート四重奏曲 ニ長調 K285
 (渡邊由美(fl)  アンサンブルofトウキョウ 吉村知子(Vl) 岡さおり(Va) 羽川真介(Vc))
・オーボエ四重奏曲 ヘ長調 K370
 (青山聖樹(ob) 上記のアンサンブルofトウキョウ)
休憩をはさんで、
・歌曲 (ソプラノ:高橋照美、ピアノ:久元祐子
  1.「夢の姿」k530
  2.「クローエに」k524 
  3.「夕べの想い」k523
  4.「すみれ」k476
  5.「ルイーゼが不実な恋文を焼く時」k520
  6.「警告」k433
  7.「魔法使い」k472
  8.「鳥たちよ 年毎に」k307
  9.「淋しい森で」k308
 10.「別れの歌」k519
 11.「春への憧れ」k596


前半の、まぎれもなく名曲中の名曲の2曲は、日本の若手の演奏水準の高さを示してくれ、安心して我
が身も心も曲中に遊泳させ、α波に浸る快感を得ることができた。
渡邊由美は日本音楽コンクール1位をとった人だし、青山聖樹はN響の契約楽員とのこと。特に、青山
氏のオーボエの的確な技術と歌心はなかなかのもの。

休憩時間にロビーで、高橋照美氏のこの日のモーツアルトの入ったCDが当る抽選会があり、見事、
当ってしまった! もうこれだけで
★★

その後半は、夫
君の高橋英郎氏が前後2回に分けて曲目解説をしながら、高橋照美氏が歌うという
構成。かつては
若い頃のエリー・アメリンクのような清楚で初々しい魅力を舞台中に匂わせていたんだ
ろうなぁ、といった想像もかき立たせ、時を超越した多様なモーツアルトの魅力を感じさせてくれた。



小島夕季ジャワ舞踏の夕べ; 十六夜コンサート
★★(10月7日 上野公園水上音楽堂

日本ではなかなかライヴで聴く機会の無い、インドネシアの民俗音楽「ガムラン」を、ジャワ舞踏付きで
楽しめる、とのことで行ってきた。
ガムラン音楽の高音域には、2万ヘルツ以上の、(人間の耳には聞えない)ヒーリング成分が多く含まれ
ているということを以前読んだことがあり、これを聴いて自らどれだけ癒し効果を得られるか、期待した
ワケ。

東京芸大出身の小島夕季サンという、インドネシア国立芸大でジャワ古典舞踏の研鑽をしてきた女性の
プロデュースより、毎年、十六夜の日上野の水上音楽堂で開催しているとのことで、今年が5年目。
ガムラン演奏は、「ランバンサリ」というグループに、「カルティカ」というグループも入り、全部で21人の
楽器&ヴォーカル・アンサンブルで、全員日本人。
真鍮の蓋付きしゃぶしゃぶ鍋のような打楽器(大小様々で音階を奏でる)や、巨大なフライパンのような
ドラ、大中小の木琴のようなもの等の打楽器中心に、1弦の胡弓のような弦楽器が一つ、それに女性
3人、男性4〜5人のヴォーカル、といった構成で、バリ(?)のガムランのような小さなシンバルのような
超高音域楽器は無かった。

プログラムは、
・「ゴレ・マニス」(かわいい人形という意味の、木彫り人形の動きを模した舞踏と音楽)
・「カゴ・ララス」(奇妙な調べという意味のインストルメンタル)
・「ガンビヨン・チャンプルサリ」(ゴレとガンビヨンという2つの舞踏の型をチャンプル(=ミックス)した舞踏
 と音楽。ちなみに沖縄の「ゴーヤ・チャンプル」の”チャンプル”も、同じミックスという意味とのことで、
 海伝いの文化の流れを感じさせた)
(休憩をはさんで)
・「ラントヨ」(祈りの舞踏と音楽)
・「シノム・パリジョト」〜「ウルル・カンバン」〜「カドゥン・トゥルスノ」(道化人形影絵芝居のバックで演奏
 されるインストルメンタル)
・「ガンビヨン・パレアノム」(若いニガウリの意味の舞踏と音楽)

中部ジャワのパントウムガラン宮殿で演奏&踊られる、いわば宮廷音楽とのことで、CDで聴いていた
ガムランよりもオットリとしたテンポで、楽器の音もあまりキンキラとせず優雅なもの。
舞踏もしかり。艶やかな装飾を施した伝統衣装で、登場時および退場時の足の運びはまるで能のよう。
また、手先、足先、そして首から顔といった突端部のひねりが特徴で、特に手先の格好は南アジアの
仏像の形を連想させる。

ガムランが、「ペロック音階」という、沖縄音楽そっくりの音階であることもこれあり、日本人のルーツの
一つを音で暗示しているかのような、えもいえぬ心の和みに満ちたメロディーで、しかも、起承転結感も
突然のフォルテッシモも少ない、全体が大きなうねりとなっていることから、聴いているうちに体じゅうが
α波に包まれて、起きているのと寝ているのとの中間のような気持ちよさ、快感になってきた。

ジャワの宮殿と同じような壁の無いオープンな会場でα波に満ちた音楽を聴きながら、顔を出した満月
を眺め、舞台の衣装や聴き手の皮膚をよぎっていく爽やかな秋風を感じる...。十六夜にコンサートす
る、そのこだわりに納得。


内田光子ピアノリサイタル
★★(9月16日 サントリーホール

サントリーホール20周年記念フェスティバル公演のハイライト。
ホール前のカラヤン広場では縁日が出ており、ホール入口の屋上部分には大きな月の写真のオブジェ
が静かに光り、そこに兎が餅をついているシルエットなどが映し出されて、いやぁ、ホールに入る前から
フェスティバル気分。

プログラムは、1月30日にサルツブルグのモーツァルテウムで聴いたものと、曲目も演奏順も全く同じで
以下のとおり。
・幻想曲 ハ短調 K.475 〜 ピアノソナタ ハ短調 K.457
・アダージョ ロ短調 K.540
(休憩をはさんで)
・ピアノソナタ ヘ長調 K.533/K.494
・ピアノソナタ ニ長調 K.576
(アンコールとして)
・ピアノソナタ ハ長調 K.330から2楽章
・ピアノソナタ ハ長調 K.545から2楽章

かつてのサントリーのCMに、「何も足さない、何も引かない」という見事なコピーがあったが、この日の
モーツアルトは、まさにこの一言がピッタリ。(さすがサントリー・ホール主催コンサート!?)
オリジナルを逸脱するような無駄な音や技巧など全く無く、他方、作曲当時の楽器(クラヴィコード)の性
能では物理的に表現できなかったが恐らくモーツアルトが抱いていたであろう究極なまでに昇華された
音のデリカシー、といったものが余すところなく会場全体に響いてくる!
短調の部分でも決して感傷的になり過ぎることも、間を取り過ぎることも無く、しかし、決して機械的でも
挑戦的でもない、ピュアな心がそのまま伝わってくる! これぞ至福の「ピュア・モルト」の音楽の世界!

1月に聴いた時は、一音も聴き逃すまいとピアノの音に全神経を集中し、結果、涙をこらえきれない程の
感動体験をした。
同じピアニストの同じプログラムで2回目、ということもあり、この日は、自分自身に一つの実験をしなが
ら聴くことにした。1月とは対照的に、敢えて自分の体の力を目一杯抜き、まるでホールの空間に空中
遊泳でもしているかのような、心身共に無防備で開放された状態で聴いてみることにした訳だ。
普通だったら、こんなリラックス状態でα波タップリの曲を聴いたら、間違いなく寝てしまう所だろうが、
ここまでの名演となると己の体全体でシッカリ聴いている。

2階のライトの前の方の席だったが、1階のセンターで聴くよりもホール全体の、えもいえぬ響きが私の
体全体を360度包み込んでくれるこの快感! こりゃもう、”天使の音楽の温泉”にドップリ浸かっている
感じで、からだじゅうの不純物や邪念がみるみるスゥ〜ッと飛び去っていき、自分の体も心も生まれたば
かりの全開放&無抵抗のピュアな姿に”復活”してくるかのよう。
いくらハイエンドの音響機器でSACDやDVDをサラウンド再生しても、ライヴならではのこの最上質の音
の温泉気分はゼッタイに味わえないと改めて痛感。


前半の短調の名曲の数々は、(内田光子が日本人であるということを別段意識する訳でもないのに)
「モーツアルト日本人説」を唱えたくなるほど、日本の伝統美のようなものを感じてしまった。
曲の端々にみせる、極めて僅かの”間の妙”や、
無駄なものは一切削ぎ落とした最小限の音の中に凝縮された、一見単純にみえて一生かけても極め
きれないであろう奥の深い感動を呼び起こす、さながら”音能”(=音の能)とでもいえる旋律構成、
「これでもか!」といったあからさまな目立ちを排除した、侘び・寂びの世界にも通じる、あるいは”枯山
水のような”とでもいえるピアニッシモの美しさや
おくゆかしさ、等々、
不純物が抜け去った後の体に、薬効成分(エンジェル・メディスン?)が染み入ってくる。

後半に入る直前、隣のブロックにプレス陣のライトが当り、何事かと思いきや、美智子皇后が。思わぬ
ロイヤル・コンサートに客席から拍手。まるで「ローマの休日」の最後の記者会見シーンのよう!

後半の2曲のソナタは、アンコールの2曲も含め、切り刻むことのできない至福の時間の大きな流れと
なって”天使の音楽の温泉”効果を高め、全身がもう、トド状態(?)となってしまって、動くことも嫌な程
に「Figaro(私)とSusanna(妻)のモーツアルト漬け」の一丁上がり、ってな感じに。

どの曲のどの部分がどうのこうのと評論すること自体、野暮ったく、何の意味も持たないほどの完成度!

それにしても、この日は、お客も素晴らしかった。曲が終わって直ぐに拍手をしたりブラボーなどとわめく
者は一人もおらず、弾き終わった後の余韻を、演奏者と客席の双方がじっくり&充分に楽しんでから、
じわじわ〜っと拍手が起こり、やがて会場中が上品な熱気に包まれる...。
こういう最上質な演奏会の後は、ホント、言葉が空虚に思えてきてしまう。
人類の最大の発明の一つが言葉なのだろうが、最上質のモーツアルトは、言葉以上に、人類誕生以来
最も優れた創生物なのかも、と、あらためて胸が熱くなってきた。

2日後に、これまた大好きなフリードリッヒ・グルダが弾くモーツアルトのソナタのCDを聴いてみた。
1980年にグルダが自主的にHotel Zur Postで録音したテープのコピーが25年ぶりに見つかり、その
まま手を加えずに今年初めてCD化されたという、わけありモノ。
グルダのピアノの直ぐ近くで聴いているような臨場感があり、あらためてグルダの素晴らしさを感じた一
方、同じ曲(アンコールのK.545の2楽章)でも、二人の演奏がこうも違うものかと感心すると共に、
いろんな表現の違いがそれぞれに深い芸術性を持つ、モーツアルトならではのユニバーサル性を再認
識した。(このCDを出してる所がUniversal Music社だからじゃないけど)



MUSICISTA第2回演奏会
★★(9月1日 LILIA総合文化センター

二期会の長身ダンディー人気テノール、成田勝美氏が主宰する、プロの声楽家達と複数のアマチュア
合唱団とのコラボレーション型音楽プロデュース「ムジチスタ」の充実コンサート。歌の世界の楽しさを様々
な切り口で目いっぱい堪能できて、お一人様1,500円とは、とにかく超お値打ち!
「クラシック音楽は、何となく敷居が高い気がして、なかなかコンサートに行く機会が無い」といった方々
にも、はたまた「声楽やオペラは外来演奏家しか聴かない」とツウぶってる(?)人達にも、一度は体験
してみたら? とお薦めしたくなるステキな一夜だった。

この日の成田氏は指揮者として、舞台から降りた所に陣取り、(この日は気心の知れた二期会の歌手
達や門下生達が殆どということもあってか)力むことの全く無い最小限の動きによる、ポイント、ポイント
を押さえた指揮ぶり。1月にザルツブルクで聴いた、ウィーンフィルを振るムーティーを思い出してしまった
ほどで、”ジェントルなエレガンス”とでもいえようか。

まず登場したのは、成田淳子、芦田興子の二期会女声デュオによる「ホフマンの舟歌」。この1曲で、
会場全体の雰囲気が緊張感からすっかり開放され、温かく、統一感のあるものになった。
つぎに登場の玉崎真弓は、フィガロの結婚2幕出だしの伯爵夫人のアリア、「愛の神様、この苦しみ」を、
憂いをこめて歌った。声が客席によく伝わって来る人で、将来が楽しみ。

女性6、男性4の合唱団「混声きみつ」は、真摯に歌う「涙そうそう」が、シニアならではの人生経験を
経た説得力のようなものが曲の盛り上がりとともに滲み出て来、つくづく、「音楽の素晴らしさって、プロも
アマもないなぁ!」と痛感。特に男声陣は、ミュージカル「ふるさときゃらばん」にいつも出演しているジッ
チャマのような気さくでかつ渋さのある表情がステキだった。

続くモーツアルト「コシ・ファン・トゥッテ」からのメドレーは、ピアノ伴奏でもオペラの楽しみを味わえる
こと
を証明してくれた。
フィオルデリージ役で4人が入れ替わり登場したが、若手の上野くにかは声がよく出、
二期会会員の江口順子は、女心のデリケートさ(?)を聴き手に訴えて来る表現力が見事で、さすがの
実力。また、高山有美子は表情や演技力があってこれからが楽しみだし、橘紘子も安心して聴ける実力
を出して私達聴き手を楽しませた。
他方、ドラベラ役は2人登場。新人の成田伊美
は、後半に見せたちょっぴり初々しく控えめな笑顔が歌
の流れにちょうど合っていてとても好感が持てた。また、寺谷美恵子が歌った「私はもう決めたわ」は、
高山有美子との息が合っていて、オジサンの私としては、つい、「そうなんだよね、女心ってものは..」
なんて
、すっかりストーリーの中に入り込んでしまった次第。

女声合唱の「LaLaLu」は、「コーラスで、ハーモニーがピッタリ合って歌っている時って、快感なんだろう
な?」と、想像しながら聴けた。皆さんの真摯な歌唱の中に、聴いているよりも歌った方が少なくとも数
倍の感動があるのだろうなぁ、ということがジワジワ〜ッと伝わってきた。ピアノのアレンジも楽しかった。

根津光恵が歌った「ドレッタのすばらしい夢」(プッチーニのオペラ「つばめ」より)は、衣装やメイクのせい
もあってか、アール・ヌーヴォー時代のマドモアゼルのような上品な雰囲気を醸し出していた。歌詞にある
「Il suo mister come mai fini?」(そのミステリーはその後、一体どうなったのだろう?)じゃないけど、ミ
ステリアスな魅力は将来どう磨かれていくのだろう?、と期待させる。
そして、「ロミオとジュリエット」からの「恋よ、恋!」を歌った神谷尚は、弱音が特にきれいだった。


前半最後の、日本橋女声合唱団も入っての3つの合唱団全員出演による「落葉松」は、徐々に高揚し
ていく”静かなドラマティックさ”が聴きもの。聴いてるほうの心にも、ジュワジュワ〜ッと高揚が伝わって
来、あらためて日本の名曲に感動。柴田かんなのピアノも雰囲気を出していた。

第2部は、ダイジェスト版の演奏会形式オペラって感じ。
まず、カルメン・ハイライトは、カルメン役の杣友恵子が、一見、この役には若すぎるように見えたのも
つかの間、歌いだすや、堂に入った演技や表情に華があり、ひょっとして10年後くらいに私が、「いやぁ、
彼女のカルメンを10年前に聴いてるんですヨ。」なんて誰かに自慢したくなるくらいに売れてるかも?
ミカエラ役はダブルで、根津光恵は素直な女心って感じが歌ににじみ出ていたし、かたや、上野くにか
は良くとおる澄んだ声が魅力。バックのコーラスも、オペラティックな雰囲気づくりに貢献していた。

リゴレットの「慕わしき人の名は」を歌った岩崎園子は、上品なゴールドのドレスを身にまとい、まるで
藤田嗣治の油絵の少女のような清楚な表情で端正に表現した。
また、「乾杯の歌」では、玉崎真弓が真紅のドレスで堂々と歌い、かたやアルフレード役の神谷尚が、
心の機微をよく表現!
そして、これまた真紅のドレスで江口順子が歌った「神よ、平和を与えたまえ」(「運命の力」より)は、
さすがトリを飾る貫禄で、ドラマティックに私達聴き手の心に迫ってきた。見事!

アンコールで、やっと主宰者の成田勝美が登場。朗々と歌う「オーソレミオ」は圧巻。合唱団も含めた全
員が舞台に居並び、途中から他の男声ソリスト達も加わって、さながらNHKのニューイヤー・オペラ・コ
ンサートってな華やかな雰囲気に会場のみんなも笑顔また笑顔。
そして、「イナ・バウアー」と紹介された「トゥーランドット」でシメ。

帰りのロビーで70歳くらいのシニアの女性達が、「成田さんって、カッコいいわねぇ!」なんて、コーフン
覚めやらぬ表情で熱っぽく語っていた。 アッ、ゴメン、他の男声諸氏のことはあんまり書いてなかった?


チック・コリア
Chick Corea & Touchstone featuring Airto Moreira &
Hubert Laws;
An evening of Chick Corea Classics, Flamenco & Jazz
★★(8月28日 ブルーノート東京

娘がWebでこの公演を見つけ、即、最終日の最後(9時半から)の公演を予約して家族で愉しんできた。
いやぁ、最上質のMusic Entertainment Eventを堪能でき、大満足!

ジャズピアノの巨匠チック・コリアが、マイルスはじめ様々なトップ・アーティストとの競演で神様的存在で
あるブラジルのパーカッショニスト、アイアート・モレイラと、かたやクラシックをジャズで演奏する名プレー
ヤーの草分けの一人でもあるフルートのヒューバート・ロウズという、「この高齢だと、ひょっとして今回が
最後の来日かも?」の二人の大御所を率い、それに、ティム・ガーランド(サックス)、カルレス・ベナベン
(エレクトリック・ベース)、トム・ブレックライン(ドラムス)という実力派、さらには、アウシ・フェルナンデス
のフラメンコ・ダンスまで入った、超豪華な顔ぶれ。

世界のチックのキッカケにになったといって過言ではない「リターン・トゥ・フォーエバー」のメンバーでもあ
ったモレイラが、客席フロアの袖で、「さぁ、行こうぜ!」と気勢をあげ、客席をぬって全員が登場するや、
満席の400名(?)からの割れんばかりの拍手と歓声。
「東京の人って、幸せですねぇ。世界一ステキなJAZZ CLUB、ここ、Blue Note Tokyoがあって。」と持ち
上げながらチックがメンバーを紹介すると共に、「素晴らしいBlue Note Tokyoのスタッフ達にも拍手を!」
と促す。この心くばり、彼の人柄ですねぇ。

そして、チックとモレイラが、森の中の小鳥のさえずりのような掛け合いの笛を鳴らしながら始まった1曲目、
「SENOR MOUSE」は、ラテンからジャージーな雰囲気まで、自由奔放に変化していくリズム感が絶品!
こんなに複雑自在に変化しながら誰一人としてリズムが狂わず、しかもこんなに楽しい雰囲気を振りまき
ながらやってのけるとは、まさにプロ。
2曲目は新作の「3 GHOULS」。3人の悪者の、アラビアンナイトのようなストーリー仕立ての曲で、
モレイラの声までが楽器となり、フリージャズというか現代音楽というか、複雑怪奇にリズムを打ちなが
ら、ときにチックもカウベルなんぞ鳴らしながら、いつのまにかノリノリになっていく。終わった後、チックが
「どう?怖かったでしょ?」と客席に問い、会場爆笑。クラシックの現代音楽と比べて桁違いに楽しいのは、
演奏者全員のエンタテイメント・サービス精神とリズム感の素晴らしさによるものだろう。

3曲目は、ヒューバート・ロウズのフルートソロ、チックのピアノ伴奏によるバッハの「SONATA #2 E♭」
シチリアーノ)。チックによる曲の紹介が、1650年頃のジョン・バックの曲っていうもんだから、誰かと
思ったら、ヨハン・バッハのことなんですね。途中から、ベースやサックス、そして全員が加わって21世紀
のノリノリ・バッハに大変身!
いやぁ、私が娘くらいの年頃(1972年)に買ったヒューバート・ロウズのLPレコード「春の祭典」には、バッ
ハのブランデングブルグ協奏曲なども入っており、しかもこのレコードでモレイラも参加しており、当時、
何度も聴いていたのですが、なんと34年ぶりにこの大御所2人のライヴに初めて接した訳で、こりゃもう、
オジサン世代としては感無量!

続く「PLANES EXISTENCE」は、チックがカウベルを鳴らしたり、モレイラがサンダルをパタパタ叩い
たりの、お笑いムード(というか、このままじゃかつての「ドンキー・カルテット」じゃぁ!)で始まったが、
ベースやドラムスが入り、JAZZの世界に突入し、いつしかラテン調に。そして、舞台の袖に現れたスリ
ムで妖艶なアウシ・フェルナンデスが、じ〜っとチックを見つめたまま、そろりそろりと踊りながら舞台に
上がり、リズムに合わせて足踏みしたり、あたかも誘惑するような手先の動きをしながらチックのピアノ
に近づいていく。この目つきや姿は、まるで蛇が獲物を見つけて捕らえるときのように、狙ったら絶対に
逃さないという怖さと紙一重の魅力。それに触発されたステージ上の男どもは、益々ノッてくる、”競演”
というか”狂演”にも似た
盛り上がりで、いやぁ、五感全てに響く大熱演!


大きな歓声の中で出演者達が帰ろうとすると、チックが「Where do you go ? Come Back !」と皆を舞台
に戻し、そして始まったアンコールが、カルロス・ジョビン「DESAFINADO」。なんとモレイラのヴォーカ
ル入り!さっすがボサノヴァの本場ブラジルのモレイラさん、ひょうひょうとしながらも憎らしいほどのいい
味を出している。そして、ノリながらも常に冷静に一つの纏まったパフォーマンスに仕上げていくチックの
力量はさすが。

鳴り止まぬ拍手に、アランフェス協奏曲から、十八番の「SPAIN」へ。真紅のストールをまとったフェルナ
ンデス
も妖艶なフラメンコで盛り上げ、会場が興奮の渦に。
「スペイン」は、ボビー・マクファーリンとのデュオや、ゴンサロ・ルバルカバとのデュオのCDとは違い、
7名のノリノリによる濃厚ジャムセッションで、迫力充分の盛り上がり! 
な、なんと、終わったのが夜の
11時50分でした。


モーツアルト劇場「アポロンとヒュアキントス」
★★(7月2日 浜離宮朝日ホール

モーツアルトが12歳の時に作曲したという、まさにこの天才の天才ぶりの一端を知ることのできるオペ
ラ。地元の大学が、先生が書いた基台本を基にこの天才少年に作曲を依頼したというから、さすが!

モーツアルト劇場主宰の高橋英郎氏の訳詞&総監督による、つぎのような面々での日本語公演。
父王オエバルス(テノール、蔵田雅之)、その娘メリア(ソプラノ、鵜木絵里)、スパルタの王子ヒュアキン
トス(テノール、小貫岩夫)、太陽神アポロン(郷家暁子)、西風ゼピュルス(バリトン、須山智文)、指揮
大井剛史、モーツアルト劇場合唱団、東京ニューシティー管弦楽団、演出・美術 三輪えり花、他。
なお、オペラ開演前に、遠山一行氏の話があり、会場の雰囲気を和らげた。また、ノーベル物理学賞受
賞の小柴昌俊
氏夫妻等も含め、ホントにモーツアルト好きが一同に会したって感じのロビーの雰囲気は、
大規模ホールでの海外著名アーティストの来日公演とは違った心温まるものだった。

狭い舞台の上に、ドーナツのような台を作り、その中にオーケストラと指揮者が入り、歌手たちはその
台の上で演じ、歌うという演出は、シンプルなギリシャ神話にピッタリ。

森鴎外訳の「オルフェウス」の時のようなバロック風の導入部は、12名程度の小編成オーケストラが
素朴なアンサンブルを醸し出し、まるでお能を観ているような神秘性!
ソリストたちは、特に誰が良いということは無いが、やはりオペラはCDで聴くだけでは本当の楽しさは
分からず、舞台を観るに限る!と痛感させてくれた。
特に、第3曲のアポロンのアリアや第4曲のメリアのアリアは、少年の作品とは思えない、深さと美しさ
に満ちており、また、第8曲のオエバルスとメリアの二重唱でのバックの弦の美しさは、あたかも「フィガ
ロの結婚」の4幕エンディングの重唱
のような洗練さ!
そして、第9曲の、アポロン、メリア、オエバルスの三重唱たるや、成熟したモーツアルトの世界が既に
そこに出来上がっている!

めったにライヴでお目にかかれないこのオペラを初めて体験したが、父、息子、娘、恋人、嫉妬するライ
バル等による恋物語は時代を超えた普遍性を強く感じ、今風「魔笛」、今風「フィガロ」に続き、いつの日
か、
今風「アポロンとヒュアキントス」台本を創ろう、とワクワクし始めてしまった次第。果たしていつに
なることやら?



モーツアルト劇場レクチャー・コンサート
「モーツアルトの歌 この多彩な魅力」
★★(6月18日 浜離宮朝日ホール)

モーツアルトのオペラをもっと身近に日本語で楽しもう、とのモットーで、高橋英郎氏を中心に1983年に
発足したこのモーツアルト劇場が、モーツアルト生誕250年の今年、記念公演シリーズとして企画した
第一弾。
1回のコンサートで、コンサートアリアからオペラ、シモネタの曲まで、モーツアルトの歌の様々な側面を
楽しめ、しかも本邦初演の曲まで盛り込むという、高橋氏ならではの見事な選曲!

プログラムと歌手は以下のとおり。ピアノ伴奏は中山博之。

【1部】コンサートアリア
・「私は出て行くわ、でもどうしよう」K.583(柏原奈穂)
・「どうぞ 尋ねないで」K.420(武吉史雄)
・「お願いです いとしい人よ」K.78(斎藤理都)
・「この美しい手と瞳のために」K.612(黒木純)
・「どうしてあなたを忘れられよう」K.505(高橋照美)
(休憩をはさんで)
【2部】高橋氏と田辺秀樹氏との対談:「モーツアルトのブッフォとセリア」
【3部】オペラアリアと重唱
・「ドン・ジョヴァンニ」K.527より
 ・「シャンパンの歌」(宮本益光)
 ・「さぁ、手を取り合って」(宮本益光、柏原奈穂)
・「フィガロの結婚」K.482より
 ・「朝に夕に恋して」(中川遊子)
 ・「手紙の二重唱」(
高橋照美、柏原奈穂)
・三重唱
(本邦初演)
 ・「愛らしい瞳が」K.439(高橋照美、中川遊子、黒木純)
 ・「今こそ あのむごいときが」K.436(同)
 ・
「いとしい光 うるわしい光」K.346(同)
・猫の二重唱「さあ、手を取り合って娘さん」K.625(宮本益光、柏原奈穂)
・「リボンの三重唱」K.441(
斎藤理都、武吉史雄、金沢平)
【第4部】
カノン
・「マルスとイオニア人になるのはむずかしい」K.559(男声合唱)
・「おお、バカのパイエル」K.560(同)
・「プラター公園に行こう」K.568(同)
・「私の大好きないとしい人よ」K.562(女声合唱)
・「おやすみ、ほんまのおばかさん」K.561(混声合唱)
・「アヴェ・マリア」K.554(本邦初演)(女声合唱)

第1部のコンサート・アリアだけが原語で、あとは日本語訳で、という構成は、”ご教養のクラシック”で
はなく、”モーツアルトの多面的なエンタテイメント性を味わい尽くす”、といった観点からの極めて理に
かなったものと思う。


本邦初演の三重唱3曲は、派手さは無いものの、まさしくモーツアルトの響き。なんでも、1783年に2人
のソプラノと1人のバスのために書かれた夜曲(ノットゥルノ)で、伴奏を3本のバセットホルンが受け持つ
というものだったそうな。いやぁ、貴重なライヴ体験!
もう1曲の本邦初演である「アヴェ・マリア」は、ア・カペラ(伴奏無し)の清楚な小曲で、(「アヴェ・ヴェル
ム・
コルプス」を思わせる、というと大袈裟過ぎようが)、オフザケの後のこの日のコンサートの最後を締
めくくるに相応しい、生誕250年記念コンサートならではのシメとなった。

猫の二重唱「さあ、手を取り合って娘さん」は、男が女を誘うと、女は「ニャオ〜、ニャオ〜」と猫語でしか
答えられない
というコミカルな曲で、これがモーツアルトの死の直前に書かれたと思うと、この天才の凄
さをあらためて痛感させられる。
「リボンの三重唱」は、モーツアルトがコンスタンツェ(妻)と外出しようとした時、彼の贈り物のリボンが
見つからず、二人で探しているとそこに親友のゴットフリート・フォン・ジャカンが尋ねて来、リボンを見つ
けてめでたしめでたし、という、まさに日常を歌にした18世紀版フォークって感じ。(感動の旋律では無
いが


この日の極めつけは、何といっても後半のシモネタ・ソング・オンパレード!
「マルスとイオニア人になるのはむずかしい」は、ラテン語でちゃんと読めばタイトルのようになるが、バ
イエルン
訛りに歌っていくと、「おれのお尻とオチンチンをなめろ」というもの。
「おお、バカのパイエル」も、「首でもくくってケツなめろ」といった曲。
「プラター公園に行こう」は、「サーカスは今日は黒熊がくたばってお休み。盛り場は蚊がブンブン、ウン
コがコロコロ」と輪唱する、これまたバカげた歌。
「おやすみ、ほんまのおばかさん」でも、「今夜はヤルゾ。オナラはブー、お尻をなめろ。」等々。
アンコールでもこれらを再度歌ったが、出演者全員、マジメな顔して歌うもんだから、ますます笑いを誘
ってしまう。
高橋照美サン(高橋氏の奥方)までが大真面目で、なんですヨ。
日本でもこのようなコンサートが満席になる時代が来たことに、成熟感(?)を覚え、ニヤリとした次第。



目白バ・ロック音楽祭2006
「ロザリオの祈り 〜 ルネサンス・モテットでたどる聖母の生涯」
by ヴォーカル・アンサンブル・カペラ
★★(6月16日 東京カテドラル聖マリア大聖堂)

昨年も同じ聖カテドラルで聴いたカペラを今年も。
今年は、ミサ形式とし、途中に福音書朗読なども挿入しながら、15世紀から16世紀前半の曲を中心に、
聖母マリアの生涯を一大ドラマに仕立て、かつ、途中に静かな演技なども入れた音楽劇要素も入れて、
より演出効果を狙っていた。
また、この音楽祭記念に出版されたオールカラーのビジュアル文庫本に、この日のストーリーに沿った
当時の聖母絵画の数々を掲載するという立体企画になっており、これは、この音楽祭の実行委員長の
筒井一郎氏ならではのプロデュース・センス。

構成はつぎのとおり。
・プロセッション: グレゴリオ聖歌「幸いな方、おとめマリア」
・マリア・アンティフォナ1: ギヨーム・デュファイ「救い主を養い給う御母」
・マリアの御誕生: グレゴリオ聖歌「あなたの御誕生は、神の御母よ」
            アントワン・ブリュメル「御誕生、そこから喜びが/あなたの御誕生は、神の御母よ」
・受胎告知: (福音書朗読)
        ジョスカン・デ・プレ「大天使ガブリエルが」
・エリザベト訪問: (福音書朗読)
           ジョスカン・デ・プレ 第4旋法のマニフィカト
・キリストの御降誕(クリスマス): (福音書朗読)
                     グレゴリオ聖歌 入祭唱「幼子が生まれた」
                     ジャン・ムトン「幼子が生まれた」
(休憩をはさんで)
・キリストの受難、悲しみの聖母: (福音書朗読)
                     ジョスカン・デ・プレ「スターバト・マーテル(悲しみの聖母)」
・キリストの復活、三人のマリアと共に: 中世単旋律典礼劇「誰を探しているのか」
                         グレゴリオ聖歌 続唱「過ぎ越のいけにえに賛美」
・マリア・アンティフォナ2: アレクサンデル・アグリコラ「天の后
、喜んでください」
・聖母被昇天、マリアの生涯を顧みて: ジョスカン・デ・プレ「アヴェ・マリア...尊いおとめ」
・マリア・アンティフォナ3: ジョスカン・デ・プレ「サルヴェ・レジーナ(めでたし元后
)」

メンバーはカペラの9名(花井哲郎、小酒井貴朗、鈴木美登里、花井尚美、本保尚子、青木洋也、及川
豊、望月寛之、根岸一郎)の他に、ゲストとして、アンサンブル・フォンス・フローリスの2名(長谷部千晶、
今江奈緒子)がジョイン。全員が黒一色のコスチュームで、紙芝居のように立てた大判の楽譜の周りに
立ち、楽器無しの”ア・カペラ”で歌うひとときは、丹下健三氏デザインのカテドラル大聖堂という超長時
間残響の異次元空間ということもあり、聴いている自分の体内から邪なるものがどんどん蒸発していき
ながら、己が空に吸い込まれていくような錯覚を創り出してくれる。

このグループを初めて聴いた昨年は、「えっ? 日本人でグレゴリオ聖歌をここまで表現するグループが
あるなんて!」とのカルチャーショックで思わず涙したが、今年は落ち着いて全体の流れを、あたかも観
劇しているかのように楽しめた。
このグループの澄んだハーモニーと、民族を超えた普遍的な音楽醸造成果に乾杯!



マグダレナ・コジェナー・リサイタル
★★(6月15日 王子ホール)

1973年のチェコ生まれで、22歳の若さでザルツブルクの国際モーツアルト・コンクールで優勝し、'96
年からウィーン国立歌劇場やウィーン・フォルクスオパー等でソリストとして出演、今年のメトロポリタン
歌劇場来日公演でも「ドン・ジョバンニ」のツェルリーナ役で出演するなど、
今まさに旬のメゾ・ソプラノの
お待たせ来日公演。

プログラムは以下のとおり。ピアノ伴奏は、同じチェコ出身のカレル・コシャーレク。

モーツァルト:歌曲セレクション
  ・ルイーゼが不実な恋人の手紙を焼いたとき K.520
  ・魔術使い K.472
  ・カンツォネッタ「静けさは微笑み」 K.152
  ・老婆 K.517
  ・すみれ K.476
  ・夕べの思い K.523
●シューマン:女の愛と生涯 Op.42
全8曲
(休憩をはさんで)
エベン:小さな悲しみ
●ドヴォルザーク:ジプシーの歌 Op.55         
  1. 私の歌が鳴り響く、愛の讃歌
  2. さあ、聴けよ私のトライアングルを
  3. 森はひっそりと静まりかえり
  4. わが母の教えたまいし歌
  5. 弦の調子を合わせて
  6. 大きくゆったりとした軽い亜麻の服を着て
  7. 鷹の翼はタトラの峰高く
●ヴォルフ:メーリケ詩集より
  ・新年に
  ・4月の黄色い蝶
  ・妖精の歌
  ・眠れる幼な子イエス
  ・あばよ

(アンコールとして)
ドヴォルザーク:おやすみなさい 大好きなあなた
●ヤナーチェク:大好きなあなたの馬
●R.シュトラウス:明日


細やかな女心を、時に繊細に、時に感情を盛り上げながら、精緻に織り上げていく力量は、バルトリの
ような圧倒的なパワーとは別種類のホンモノ!
モーツアルトでは、息づかいまでが充分に練られた音楽になっていて、6曲があたかも一連のドラマの
よう。じつにきめ細かく、”上品な情熱”をもって感情の盛り上がりを声にし、このあまり広くないホールい
っぱいに、じわじわと感動の渦を充満させていく。この場でライヴで体験できた数百名の一人であること
の幸せ。
(当初プログラムに記載されていた曲順は、「魔法使い」、「夕べの想い」、「すみれ」、「ルイーズ..」、
「老婆」、「カンツォネッタ」の順だったが、突然の変更は、次のシューマンの”大ドラマ”をモーツアルトの
世界でも、といった演出か?)

シューマンの「女の愛と生涯」は、一人の女性が素敵な男性に出逢い、恋をし、結ばれ、妊娠&出産し、
そして夫に先立たれるまでの一大抒情詩だが、少女のような初々しい表情から始まり、最終曲の大人
の深い悲しみに至る”時の流れ”、”心の流れ”をじつに見事に歌いきった!(愛妻Susannaがこの曲を
歌う時は、もっと淡々と、といった感じだったが、これは夫である私の魅力の至らなさによるものなの?
最終曲を嬉しそうに歌われないよう、より良き夫として努力を続けねば!?!?...)

エベンは、1929年生まれの、コジェナーと同じチェコの作曲家。ズザナ・レンチョバーという人の詩を基に
'60年代に書かれた「眠り泣き」、「愛」、「パン屑」、「タバコの煙」、「悲しい日」という5曲がこの日に歌わ
れた。メロディーに難解さは無く、東欧のシャンソン、ってな感じで楽しめた。さすがにコジェナーは、歌い
慣れているって感じ。

「ジプシーの歌」は、ボヘミアの詩人アドルフ・ヘイドゥクのドイツ語の詩に
、チェコ生まれのドヴォルザー

クが曲を付けたものだが、この日はチェコ語で歌われた。有名な「わが母の教えたまいし歌」も、ドヴォ
ルザークの母国語で聴くと、何となくより深みが増して聴く者の心にじわじわ迫ってくる。まるでコジェナ
ーによるチェコ音楽賛歌のよう!

ヴォルフ、そしてアンコールのドヴォルザーク、ヤナーチェク、シュトラウスの頃は、会場は静かな興奮と
幸せ感で満たされていた。



目白バ・ロック音楽祭2006
「西洋音楽史から見た地域性〜イタリア、フランス、スペイン
を比べて」
★★(6月8日 和敬塾講堂)

ルネサンス音楽史の今谷和徳氏(早大、桐朋、慶応、東京芸大、共立の講師)と、カペラッテという3人
の女性(国立音大出身の針ケ谷伸子、古川知子、田中理恵子)のアカペラ・ヴォーカル・ライヴやCDを
流しながらの、旧細川侯爵邸敷地の学生寮でのレクチャー・コンサート。

7〜8世紀、15世紀、16世紀のそれぞれのヨーロッパの地図コピーを見比べながら、音楽文化の広が
りを検証していくという企画。
グレゴリオ聖歌をはじめとする所謂「宗教曲」は、キリスト教のメッカ、ローマが中心となって広がってい
ったと思いきや、実は、7〜8世紀のフランスから、イタリアやスペイン、ベルギー等に広がり、ドイツに
行ったのは16世紀になってから、といった、歴史ロマンが音楽と共に楽しめた、なかなか体験できない
貴重な一夜。

曲は、
≪中世編(8世紀以降)≫
・グレゴリオ聖歌「サンクトゥス」(8世紀頃にフランク王国で生まれたもの。byカペラッテ)
・トゥルネ(現在のベルギーの町)のミサより「キリエ」(フランス中心に広がった多声音楽。byカペラッテ)
・「コルトナ(中部イタリアの都市)のラウダ」より、「めでたし聖母よ」(イタリアの単旋律曲。イタリアでは
 14世紀はじめ迄は単声であったとのこと。byカペラッテ
・「モンセラートの朱い本」より、「おお輝ける処女よ」(13世紀末のスペインの3声。byカペラッテ)
・「聖母マリアのカンティガ集」より、「聖なるマリア 真昼の星よ」(13世紀のすペインの、ガルシア語に
 よる400曲の曲集から)
≪ルネサンス編(15世紀以降)≫
・ギヨーム・デュファイ「めでたし天の后」(15世紀のベルギーの3声。byカペラッテ
・クリストーバル・デ・モラレス「主である神よ」(16世紀ルネサンス最盛期のスペインの曲。輪唱のよう
 な模倣唱法。byカペラッテ)
クローダン・ド・セルミジ「青春時代に生きているかぎり」(16世紀のフランスの世俗曲)
・ルカ・マレンツィオ「西風が戻り」(16世紀のイタリアの曲)
・ファン・デ・アンチエタ「二羽のあひるが、ねえ、母さん」(16世紀はじめのスペインの、カスティーリャ語
 (現在のスペイン語のもとになるもの)による世俗曲)

カペラッテは、あまり口を開けない発声で、ビブラートも無く、この日の素朴な歌の数々に合っていた。
それにしても、
当時の人達は、あまり感情を表に出さなかったのか? それとも、歌による感情表現は抑えるのがマナ
ーだったのか? 世俗曲も含め、後のバロックや古典派音楽と比べても極めておとなしい。
今の時代には、「癒し効果」抜群といえようが、ずっと聴いているとやや飽きるやも?
だからだろうか? 300人は入る会場で、入場者が10人ちょっとしかいなかったのは、ホント、もったい
ない!



目白バ・ロック音楽祭2006
「聖母マリアの頌歌」byアントネッロ
★★
(6月2日 東京カテドラル聖マリア大聖堂)

この音楽祭2年目のオープニング・コンサート。西暦1250年から80年頃にスペイン、ポルトガルで歌わ
れていた聖母マリアに関する歌を、アルフォンソ10世という人が編纂した「聖母マリアの頌歌〜カンティ
ガ集」のコンサートで、アントロネッロという、古楽器とヴォーカルの日本のグループの演奏。
勿論、初めて聴く曲ばかりであり、東京カテドラルの異次元空間での残響の効いた清らかなハーモニー
に心も洗われた一夜だった。
曲は、
・「プロローゴ 詩つくり、歌うは」(これから歌いますよ、という序の歌で、日本流に言えば、「口上」に
 あたるもの)
・「1番 今より、わたしは誉むべきマリアのために歌いたい」(聖母マリアへの頌歌の最初のもの)
・「330番 薔薇の中の薔薇」(薔薇の中の薔薇、花の中の花、貴婦人の中の貴婦人、君主の中の君
 主よ、と称える歌)
・「15番 すべての聖人たち」(器楽演奏)
・「139番 素晴らしく、そして慈悲深い」(説明役によるあらすじ)
・「384番 そのすばらしい美しい名で」(聖母への頌め歌)
・「167番 どなたが信じる処女マリアか」(説明役によるあらすじ)
(休憩をはさんで)
・「グレゴリオ聖歌:めでたし天の后」
・「100番 聖マリア 夜明けの星よ」
・「166番 かように彼は称えた」
・「60番 アヴェとエヴァでは大きな違いがある」(エヴァは我々を天国から天国から遠ざけたが、アヴェ
 が天国に帰してくれた、等と歌う)
・「26番 楽しさを知るのに大きな理由などない」(巡礼者の自害と、マリアによる復活のあらすじ)
・「24番 神の御母はお間違えになることはない」(死んだ司祭の口から百合のような花が咲いたという
 あらすじ)
・「37番 大いなる奇跡」(足を切断した者がマリアによって治ったというあらすじ)
・「159番 聖マリアはお許しにならない」(盗まれた肉をマリアが探し当てたというストーリー)
・「エスタンピー」(器楽演奏)
・「425番 喜びよ、喜びよ」(イエスが使徒達とマリアの前に復活したときの話)

音楽史の教科書に載っている、先が曲がった笛や、小型の素朴なハープ等の復元楽器の音色は、おお
らか、かつ、素朴で、まさに羊飼いが暮らしてた(であろう)2006年前のベツレヘムを想像させる。
他方、ヴォーカルは、グレゴリオ聖歌的な中に、時にブルガリアの民俗音楽のような東欧の発声が入っ
たり、(当然のことながら?)スペイン、ポルトガル、あるいはジプシー的なサウンドが入ったりして、意外
なほどに≪ポップス≫的な雰囲気作りをしている。唱法までは楽譜に残っている筈無く、これは恐らく演
奏者達の想像によってそのように解釈したのだろう。

春日保人(歌、フルート)、花井尚美(歌)、藤澤絵里香(歌、ダルシマー)、岡庭弥生(歌)、西山まりえ
(歌、ハープ、オルガネット)、矢野薫(プサルテリー、オルガネット)、石川かおり(フィーデル)、わだみつ
ひろ(パーカッション)、中村孝志(スライドトランペット、コルネット)、濱田芳通(コルネット、リコーダー、
ショー無)という面々で、ビブラートさせない唱法。イタリアやスウェーデンでCDリリースし数々の受賞も
しているとのこと。

詳細は、http://www.ne.jp/asahi/anthonello/casa/へ。

ところで、今年は、フランシスコ・ザビエル生誕500年、とのこと。




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