2.The Augurs of Spring 春の兆し
Dances of the Young Girls 乙女たちの踊り
3.Ritual of Abduction 誘拐の儀式
4.Spring Rounds 春のロンド
5.Ritual of the Rival Tribes 敵の部落の儀式
6.Procession of the Sage 賢者の行列
7.The Sage 賢者
8.Dance of the Earth 大地の踊り
Second Part
The Sacrifice いけにえ
1.Introduction 序奏
2.Mystic Circles of the Young Girls 乙女たちの神秘なつどい
3.Glorification of the Chosen One いけにえの賛美
4.Evocation of the Ancestors 祖先の呼び出し
5.Ritual Action of the Ancestors 祖先の儀式
6.Sacrificial Dance<The Chosen One> いけにえの踊り
Pictures from pagan Russia in two parts by Igor Stravinsky and Nicolas Roerich
Revised 1947
Re-engraved edition 1967
ストラヴィンスキー作曲バレエ音楽「春の祭典」・・・略してハルサイ
メジャーな指揮者による録音は2度行っているのが普通で、
バーンスタイン・メータなどは3回以上録音が残っています。
デジタルかアナログかによる技術の進歩を比べるにも、一人の指揮者の変遷を観賞するにも面白い。
そこで、100種類ぐらいあるのではないかと思われるCDを
全部集めることを目標にしています。今現在、65種類の録音を集めることができました。
初めてこの曲を聴いてから25年以上経っているのですが、
聴くたびに、ハルサイのすばらしさを確認するのです。
わずか28歳の若き作曲家、イーゴル・ストラヴィンスキー
(1882、ペテルブルグ−1971、ニューヨーク)は
1910年にセルゲイ・ディアギレフのために書いた
バレエ音楽「火の鳥」の成功によって一躍有名となった。
この後ストラヴィンスキーは「ペトルーシュカ」を発表、
これも大きな反響を起こしたが、次のバレエ音楽「春の祭典」の
大騒動に比べれば些細な出来事に過ぎなかった。
この「春の祭典」は、「火の鳥」を作曲中のストラヴィンスキーの
頭の中に浮かんだ幻覚がモチーフになっている。
その幻覚と言うのは、異教徒たちの行う原始的な、
しかし荘厳な儀式の場面で、車座になった長老の前で、太陽の神のいけにえとして選ばれた処女が、
狂ったように踊りながら死んでいく・・・そうした光景だった。
そして、ストラヴィンスキーは友人で異教徒の問題に通じている
ニコラス・レーリッヒ(この曲はレーリッヒに献呈された)と
このバレエの構想について相談をし、
クラーレンスの地で筆が進められていった。
そして、1913年5月29日、この「春の祭典」は
パリのシャンゼリゼ劇場で、不世出の名ダンサーと言われた
ニジンスキーの振り付けによって、約120回の猛練習ののち初演されたが、
この時が音楽史上もっともスキャンダラスな出来事になろうとは、
誰一人として想像できなかったのである。
ともかく、人々はかつて聞いたこともない強暴で荒荒しく、
奇妙なリズムで満たされた音楽に唖然としたのである。
野蛮な足踏みと、耳をろうするばかりの口笛と、破れ鐘のような怒号は、
しばしばオーケストラの音を消し去ったというから、
その時の聴衆の騒ぎが、いかにすさまじいものであったかが判る。
・・・たちまち嘲笑が起こった
前奏の始めの幾小節かを聴いただけで、
私は立ってしまったのだから、判断を下す資格はない。
わたしは全くうんざりした。
はじめのうちは孤立していたこれらの示威行為(ヒス)は、
まもなく連帯を呼び、次いで反対の示威が沸き起こり、
寸時にして恐るべき騒ぎになった。
上演の間中、わたしは舞台の袖でニジンスキーのそばにいた。
彼は十六、十七、十八と金切り声を上げながら、
いすの上に立っていた・・・拍子を取る彼独特の方法だったのだ。
哀れな踊り子たちはもちろん
観客席の騒がしさと自分たちのステップの響きのために
何一つ聞こえなかった。
わたしはその服を捕まえてニジンスキーをひきとめねばならなかった。
なぜなら怒り狂っていて、いつ何時舞台にかけあがって
たいへんな恥さらしをしかねなかったからである。
ディアギレフと言えば、そうでもしたら騒ぎが静まると思ってか
照明係にライトを点滅するように命じていた。
とうとうたまりかねた指揮者のモントゥーは、
御願いですから最後まで聞いてください。と叫んだ。
またこの曲を後に聞いたサン・サーンスも
「ストラヴィンスキーは狂気だ」と何度も叫んだというし、
初演を指揮したモントゥーがやはり
ボストン交響楽団とはじめてアメリカで演奏したときも、
「作曲者は即刻絞首刑にすべきである」
とまでかかれたのである。
この記念すべき初演の指揮をしたモントゥーは、
前もって「この曲は君をきっと有名にする」
とストラヴィンスキーに言われたのだが、
実際に全くその通りになってしまった。
モントゥーは「ペトルーシュカ」も初演しており、
彼は結果的にはストラヴィンスキーの
良き理解者となってしまったわけだが、
少なくともこの初演の前後には、
ストラヴィンスキーの音楽を
むしろ毛嫌いしていたほうだったようである。
モントゥーは、この「春の祭典」を
はじめて作曲者のピアノで聞いたときの感想を
次のように回想している。
「その時そこで、わたしはベートーベンとブラームスの交響曲だけがわたしにとって音楽であり、
この狂気じみたロシア人の曲なんか
音楽と呼ぶまいと心に決めた。
わたしは「春の祭典」のいち音符さえも
理解できなかったことを認めねばならない」
当時モントゥーは、このような調子だったので、
初演の大騒動の時にも彼は決して動揺しておらず
いかにも涼しげに以下のように述べている。
「全く奇妙なことだと思うだろうが、
わたしはこのバレエを一度も見たことがないんだ。
初演の夜は、わたしは目をスコアにくぎ付けにして
イーゴルがわたしに与えたテンポで
正確に演奏していたし、
わたしは今日までこのテンポを忘れたことはない。
知ってのように聴衆はほとんど混乱状態に達していた。
わたしの背後のほとんど暴動に近い騒ぎを聞きながら、
ちょっとでも騒ぎが静まったら、わたしはなんとしてでも
オーケストラをまとめようと決心した。
その通り、われわれは最後の最後まで、
空の劇場の静粛の中で練習した時と
同じように演奏したんだ。」
ディアギレフは、不出生の天才興行師で、
特に総合舞台芸術であるバレエの興業には
辣腕を振るった人物である。
実際、1909年以来、
彼の主催するバレエ・リュッス(ロシア・バレエ団)は、
約20年にわたって世界のバレエ界を度捲し、
その衰退の一途をたどっていたヨーロッパのバレエ界に
新風を送り込んだのであった。
また、ディアギレフは一目で芸術的価値の良し悪しを見分ける、
特異な直観力に恵まれていたので、
有能な新進芸術家を自分のバレエに起用しては
次々と世に送り出した。
その中で、ディアギレフの興行師としての勘と、
優れた芸術的天分に支えられて世界の桧舞台に登場し、
最も高く飛翔したのがストラヴィンスキーである。
ストラヴィンスキーは、1908年に「花火」という新作を発表し、
その斬新な音楽性で、一部の注目を集めたが、
この新作発表会に来ていたディアギレフは
この作品にいち早く目をつけ、
早速ストラヴィンスキーに会いに行った。
そこで彼の優れた楽才を見抜いたディアギレフは、
ロシアの古い民謡を題材としたバレエ音楽「火の鳥」の作曲を、
当時まだ無名の新人作曲家であった
ストラヴィンスキーに依頼したのである。
これは、ディアギレフにとってのひとつの大きな賭けであったが、
この賭けはものの見事に的中し、
1910年にパリのオペラ座で初演された「火の鳥」は
大成功の内に幕を閉じたのであった。
さらに、このコンビは翌年「ペトルーシュカ」を完成し、
またまた圧倒的な成功を収め、
目の肥えたパリの観客を完全に魅了しきったのである。
そして、1913年には「春の祭典」を生み、
ここに現代バレエ音楽の最高峰といえる
「三大バレエ音楽」が完成したのだった。
なぜ私は、ハルサイにひきつけられるのか
ハルサイをはじめて聞いたのは、マゼール指揮のウィーンフィルの
デッカ版が新譜で発売された頃でした。
1974年の録音だから、かれこれ25年近く前です。
当時ティーンエージャーだった私は
渋谷のタワーレコードに月に2回は通い詰めて
輸入版を安く買うことに心血を注いでいたものでした。
声楽の入っていない純音楽でオーケストレーションが
複雑で迫力のある曲がその頃の私の嗜好でした。
ストラヴィンスキーは1971年に亡くなっていますから
世界中で彼の曲が演奏されたのは容易に想像がつきますし、
ハルサイの録音もたくさんリリースされました。
そんなわけで、多感な、と言うより精神的に大変不安定だった
その頃、ハルサイのあの不安をあおるような
過激な音楽に浸ることが、心の癒しになったのでしょう。
ここ数年で随分ハルサイのCDを集めてわかったことですが
やはりこの曲は、最低でもステレオ録音の
できたら、デジタル録音のCDで聞かなければ、
なかなかハルサイの世界に浸れないということです。
60年代のモノラル録音の中にも音のいいディスクもありますが
やはり、二組のティンパニーが左右に聞き分けられるのと
なんとなくぼんぼん鳴っているのでは、大違いです。
また、この曲は、ダイナミックレンジの広さを要求するので
ステレオのチェックにももってこいです。
そういうわけで、私がアマゾンにリストを作ったとき
80年代の録音が多いという結果になってしまいました。
みのは、クラッシック音楽のマニアで、オーディオのオタクである。
スピーカーは、学生時代に中古で手に入れた、
オンキョーの、SCEPTER300を20年近く聴いている。
このスピーカーは、上部に3つのツイーターと3つのスコーカ―が付いている。
前面には、38センチのウーファー・スコーカー・ツイーターの3ウェイだ。
ここ数年、ウーファーのエッジの部分が崩れて無くなっていたのを、
そのまま使っていたのだか゛、
スコーカー・ツイーターの調節だけでは
バランスが悪くなり、うるさくなって来た。
しょうがないので、上面の6スピーカーをカットスイッチで切っていた。
また、中低音にかけてびびり異音の発生等あったが我慢して聞いていた。
サウンド・デン
メーカーに問い合わせたが、部品が無いので修理不可能と言われていた。
そこで、ネットで(スピーカーの張替え)を検索して、SOUND DEN という広島のオーディオチューナーのサイトを見つけた。
担当者とメールの交換をして感じが良く、
オーディオに対する意気込みもすばらしかったのでお願いすることにした。
セーム皮のエッジ張替えと再着磁しめて6万5千円を注文した。
両方で20キロあるウーファーの梱包に始まり、
2週間ほどで無事に取り付ける事ができた。
早速取りつけてみたところ、その効果はまさに耳を疑うもので、中低音のびびり・ノイズがまったく消え去っており、
低音もすこし硬い感じがしたがしまってクリアになった。
前面のツイーター・スコーカーとの繋がりもすばらしくなり、
まるで中低音が前面に押し出されてきたようだ。
38センチウーファーの復活
上面の6つのツイーター・スコーカーをオンにしてみた。
すこしずつ調整していく内に、オーケストラの最強音でもすべての楽器の音が
沸き立つように良く聞こえるようになり、余りの激変振りに驚いてしまった。
ウーファーが機能していない時は、9つのスピーカーがばらばらに鳴っているようだった。
また、低音から中音にかけての繋がりがとてもスムーズに鳴りはじめた。
15年ほど前のまだエッジが機能していた時の音と比べても迫力の点からも、
音質の点からも、多分良くなっていると思う。
フルオーケストラの鳴り方がすばらしかったので、
ピアノ・チェロ・バイオリンのソロをかけてみた。
弱音のパートも澄み切ったように響き感動した。
ウーファーの音が直接鳴っていないところでも、
本当に音楽的な音がするようになった。
同じ曲でも違う録音によって聞き比べてみると、
今まで気のつかなかったような特徴がわかり、
その録音の良いところが聞こえてきて、
古い録音・新しい録音ともに、それまでよりずっと楽しめるようになった。
オペラなどの声楽曲を聞いても、
ソプラノからバスまでパートが良く聞こえるようになり、
つやつやしてくるように感じた。
1週間ぐらい経った頃、担当の方から、
日に日にどんどん音が変わりますよといわれていた。
その通り、ほぼ10時間ぐらいかけた後から、
どんどん音が丸みを帯びてだんだんと重低音が響き始め、
ダイナミックレンジも広がったように聞こえる。
低音の響きも、コントラバスの音、ティンパニーの音、大太鼓の音というように
質の違いがはっきりと聞き取れるようになった。
デノンのプレーヤー
CDプレーヤーは、デノンのDCD−1650GLである。
このプレーヤーを聴いて10年近く経つが、なぜ買い換えないかというと、
このプレーヤーにはバランス端子が装備されているからである。
・・・普通のステレオピンプラグと違って、直径2センチぐらいの端子で
プラス・マイナス・アースが、片チャンネルに付いていて、
着脱にはノブを押して行う・・・
秋葉原で安く買って2万円ぐらいしたと思う。
それまで、ソニーのデッキを聴いていたが、
1650をバランス端子でつないだ時の音の違いには驚いたものだ。
音の深みと言うか
・・・・具体的に言うと輸入版の音が
なんとも言えない雰囲気を醸し出すのだ。
DVDプレーヤーが次にほしいもののリストに入っているが、
今いち1万5千円のやつとかは買いたく無い気がする。
かきこみDVDの規格が統一されてからにしようと思っていたら、
買いそびれた。
レーザーディスクもたくさんソフトを持っているので、それもひっかかる。
最近は、オプティカルラインアウトががついていて、
バランス端子はなしというデッキがほとんどで、
デノンでさえ50万近くする特注品にしか装備されていない。
そんなわけで、予算の都合もあり、
一度5年ぐらい前にピックアップの交換をしてだましだまし使っていた。
最近また読まなくなったので、
この前は6千円でレンズクリーニングをしてもらった。
レンズをクリーニングしてもらうところを、
目の前で見たが、白く曇っていて綿棒でふき取ると透明だった。
クリーニングしただけで、輸入版もすぐ読みこむようになった。
1650GLの修理
3ヶ月たって、作業の保証期限が来るまえに
サービスにもって帰ってもらい、分解整備をしてもらった。
というのは、ここのところ読みこむのに時間が掛かったり、
スタートボタンを押しても反応しなくなることが出てきたのである。
どうもレンズの汚れが原因で無いような気がするのだ。
分解整備とピックアップ・サーボモーター交換をしても
追加1万5千円ほどかかるとの事。
バランス端子にこだわらなければ、
DVDプレーヤーが買えてしまうのにとはすこしも思わないのだ。
結局、ピックアップとギアを交換してもらったのだが、
やはり交換して正解だった。
音の解像度が上がったのが聞き取れるのである。
サンスイのプリメインアンプ
アンプは、山水のAU−α707extraである。
もう山水は解散したような気がするが、今となっては後の祭だ。
実はアンプがすこしバランス的に弱い感覚が自分の中にあるのだ。
前のソニーのアンプが成仏して買い換える時、
当時の山水のプリメインアンプのトップモデルが、909だったが
ほとんど機能は同じで、
後は微妙な音質の差だと思ったので、節約してしまった。
今の日本のオーディオメーカーが作っているアンプは
5.1チャンネルのDVDプレーヤーを再生することを
前提にして作られている。
2チャンネルステレオアンプを作っているのは
海外の高級セパレートアンプとか真空管アンプぐらいである。
ましてバランス入力端子を装備しているアンプは
もう買えないのではないか。と思えるぐらいまれである。
まあ、過去のことは言ってもしょうがないので。こちらも10年選手である。
最近は、パワーダイレクト端子しか使っていないので、
プリアンプの部分はさび付いてしまっている。
ボリュームも回すとがさがさ言うのも気になる。
アンプの入力切替ノブを音を出しながら
何度かカチカチまわしてみたら。少し収まった。接触不良である。
デノンのサービスで修理はしてくれるらしい。
テクニカのコード
スピーカーコードは、オーディオ・テクニカの
PCOCC 2WAY SPEAKER CABLE AT−6550を
10年ほど使っていた。
セラミックコートしてあるやつだと思う。
セッティングの関係で片チャンネル5メーターも引いていた時期があったが
5年程前から、若月のどっしりしたラックに
CDプレーヤー・チューナー・LDプレーヤー・アンプ・LPプレーヤーを
収納しているので、1.5メーターぐらいでつないでいる。
スピカー端子の破損
20年も同じスピーカーを聞いていると、
いろいろなところに不具合が出てくる。
スピーカー端子のひとつの根元がばかになってきたのである。
スピーカーコードを端子にしっかり締め付ける事は
音質のバランスにも影響を及ぼす。
だましだまし使うのには、どうしたら良いか迷ったが
アロンアルファのゼリー状のやつで固める事にした。
すこし多めにつけて乾くまで、手で押さえておいた。
大成功である。
ぐらつきは無くなり、特に高音の雰囲気が良くなった。
スピーカーセッティング
ちなみに、スピーカーの置いてある部屋は、
旭化成のへ―ベル板のうえに太いカーペットが敷いてある。
最初にセッティングした頃は、建材店で一番大きいコンクリートブロックを
4つ仕入れてきて乗っけていたこともある。
何しろ片チャンネル50キロもあるスピーカーなので、
しっかりセッティングすることが肝要である。
最終的にたどり着いたのは、
カーペットをカッターで、スピーカーの部分だけ切り取り、
そこにホームセンターで仕入れた、
1センチぐらいの合板を敷いてその上にセットしている。
まだ材質とかは、吟味していないが、
このスピーカーに木が合うのは確かのようである。
今スピーカーの下に敷いている、1枚1000円かそこらの合板が
決してベストだとは思わないが、
(何しろサイズの関係で2枚の板を並べているのである)
オーディオ専門店で売っている一枚20000円以上する
ウォールナットを表面に張り付けたベースボードも
実際に使ってみないとわからないので
手が出ないで居る。
中間を取って建材店で見積もりを取ってもらったが
50センチかける60センチ厚さ4・5センチの板となると
加工賃も入れて2枚で2万以上するといわれた。
まだ、アッテネーターのセッティングも
ようやく落ち着いてきたという段階なので
もうこれ以上は、調整のしようがなくなるところまでいったら
考えてみようと思う。
1円のチューンアップ
スピーカーを鳴らしながら端子を接着していた時
左のスピーカーが微妙にぐらついている事に気付いた。
押さえている時は、低音が引き締まって聞こえたのである。
スピ―カ―の底には、四隅に非常に硬い
1.5センチ×5センチ厚さ5ミリのインシュレーターがついている。
そこで、1円玉をぐらついている隅に挟みこんでみた。
手で押してもぐらついかなくてどっしりしてきた。
鳴らしてみると随分落ち着いた音になったなという印象だ。
また、ピアノソロを聞いた時に、左右の定位がはっきりして
それまで左右の定位を取るのに苦労していたのが嘘のようだ。
たった1円のチューンアップである。
その後何かの拍子に、ぐらつきがなくなり
合板だけで安定するようになった。
やはり、そのほうがどっしりした音がでるようになってきた。
アッテネーター
最近のハイエンドスピーカーには、
スコーカ―・ツイーターのレベルのボリュウムが
付いていないのがほとんどだが、
SCEPTER300には片チャンネル5つのアッテネーターがついている。
アンプのバランス端子はボリューム以外直結だが、
アナログのイコライザーがついていているようなものである。
これが楽しいと思えるか、煩わしいと思うか、人それぞれだろうが、
すきなCDをコンサートホールの音のようにならせた時は
このうえない至福である。
まあ、新しいスピーカーにすれば安定はすると思うが、
同じような音になるかが、大問題である。
極性の組み合わせ
スピーカーをリフォームしてから3ヶ月経った頃から、
コンサートホールでもめったに聴けないような重低音が響き始めた。
ウーファーのエッジのエージングが効いて来たせいもあるが、
地道にアンプとCDプレイヤーの電源コンセントの極性の、
順列組み合わせを4種類試して見たのが良い方向に向かうきっかけだった。
それまでの極性のセットは、ウーファーのエッジが無い状態で、
上部のスコーカ―、ツイーターを
カットスイッチで切っていた状況で選んだものだった。
これをカットスイッチを入れて、新しい極性で聞いていくうちに、
上部のスコーカ―が相当強力な低音を出すことに気付き、
思いきってスコーカ―のアッテネーターを上げてみた
−背景の写真の左のアッテネーターである
最初は高音が強調されたような気がしたが、微調整していくうちに、
38センチウーファーと響き合いだしたのだ。
クライオ処理
2002年の5月にサウンド・デンから、
クライオ(超低温)処理したスピーカーケーブル
CPSP−20の案内が来たので、
メーター2000円を投資してみることにした。
宅急便で届いた、ケーブルを見た印象では、
AT−6550に比べて随分貧弱だった。
直径で半分ぐらいの感じである。
超低温処理してある素材を半田で固めるのに抵抗があったので、
大汗をかいて芯線がほどけ無い様に、交換してみた
どきどきする瞬間であるいつも聴いているCDをかけたところ、明かに音質が変わっている。
低音がほとんど出ていなく、ヴァイオリンの音が強調されている。
しかし2・3時間CDをかけて、
スピーカーのアッテネーターをすこしずつ調整すると
随分音が落ち着いてきた。
それまではライブでも聞こえないような
ティンパニーの響きがしていたのだが。
明かにに誇張であったのだ。ずぅーんと響く快感は取りあえず御預けにして、
バランスをみなおす事になった。
この代償と引き換えに、バイオリンの音がとてもきれいに聞こえてきた。
ピッコロなどの高音も耳をつんざくように鳴っていたのだか、
鳥の声のように変わった。
まあ言ってみれば中高音がクリアに響き始めたのである。
また、アッテネーターとの格闘が始まったわけだが
今度は、コードを換える前に近づけるという方向性で、
いつも聞いてるお気に入りのマゼールの「ラ・バルス」で調整中である。
今度はコントラバスの音、弦のピチカートが明確になってきた。
重低音も、ティンパニーより低い大太鼓の音がすばらしく響くのである。
あの誇張されたティンパニーの響きは、
「春の祭典」仕様のようなものだったのだが、
今度は、「12チェリスト」がすばらしく響くようになった。
S880の効果
今までリビングのオーディオのセッティングをしていたときは
比較する物がなかったが、自分の部屋でソニーの
情報量の多い、どちらかといえば中音重視の音に耳が慣れてきた結果
リビングのオーディオでも、それまでより、より繊細な音を求めるようになった。
その結果、このページの背景にある、上部スピーカーのセッティングを
大幅に変えてみたくなった。具体的に言うと真ん中のアッテネーターを
最強まで上げてみたのである。
すると、中低音までしっくりと落ち着いてきた。
上面のスコーカーで、ティンパニーの響きまでするようになってきて
弦楽器の弓が弦にあたる音まできれいに再現するようになった。
とうとう最終的なセッティングにたどり着いたように思う。
上面と前面の super high のアッテネーターを最小にして
他の3つのアッテネーターは最大までまわしきった状態で
前とは比べ物にならないほど安定した音が出るようになった。
もう寿命だからと半分あきらめかけていたが、
DVDシステムの音がきっかけになって
とても柔らかだが、情報量の多い、しっかりした重低音の出る
理想的な音になった。
最終的なセッティングはいつ終わるのか
つい一ヶ月ほど前、リビングのシステムが理想に近づいたと思ったが
ふいとセプター300のスピーカーは六角レンチで締め付けてあることを
思い出して、半年振りぐらいに70個以上あるボルトを締めなおしてみた。
すると今まで締めなおしたとき以上にクリアな音になったのが
聞き取れた。
今までの調整で上部の6スピーカーが、よく響いているので
中音の伸びがとてもよくなった。
情報量も格段と豊かになり、少し軽くなりすぎたかな
という感じである。
少し鳴らして落ち着いてから高音の真ん中のアッテネーターを
少し戻して、聞き込んでみるとバイオリンの響きが透明になり
重低音も鳴らしきるようになった。
どうも人間の聴覚は、聴こうと思ったものを
聞き取る構造になっているのではないかと思う。
ということは本当の自然の音をそのまま聞いている人は
ほとんどいないのではないか。というような気がする。
そういう音を聞き取ることができる人は幸せである。
S880とセプター300のセッティングはいつ終わるのか
きっと音が出なくなるまで続くのだろう。オーディオマニアの性である。
セッティングの解決はデジタルアンプだった
2006年に入って山水のアンプも片チャンネル音が出たり
でなかったりという末期症状を呈してきた、
デンオンのCDプレーヤーとのバランス端子接続が諦めきれず、
何とか安定させようとしたがそれも限界に達した。
ブツッと音声が途切れるようになってしまったのである。
どうもアンプのボリュウムを動かすとぶつぶつ言うので
山水のアンプともお別れかと諦めかかったころ、
デンオンのCDプレーヤーの読み込みはおろか、
トレイが開かなくなってしまったのである。
爪を引っ掛けて強引に開けて聞いていたが完全にお釈迦になってしまった。
父が合唱の練習でCDを聞きたがったので、
二チャンネルステレオのアンプを探してみたが、
国内ではどのメーカーも取り扱っていないようで諦めかけたところ、
ソニースタイルをサーフィンしてみると
なんとフルデジタルアンプの二チャンネルステレオプリメインアンプ
と改めて言うのも変ですが、
型番TA-FA1200ESインテグレートステレオアンプが
ソニーから発売されたばっかりでした。
父が予算はあるからいいのを買ってくれということで、
一緒に発売されたスーパーオーディオCDプレーヤー
SCD-XA1200ESも買うことにしました。両方合わせて22万円でした。
まずは、アンプの設置ですが、14.5キロということで
一人で持ち運び可能で今まで使っていた山水と同じくらいの大きさ、
ソニーにしては珍しくデザインのために圧縮したスリムボディではないです。
実用出力4Ωステレオで170W+170Wである。
S-MASTER PRO を掲げたフルデジタルアンプである。
とりあえず、アンプとの接続はいままでの
クライオ処理のスピーカーケーブルを使うことにしていたのですが、
取説を見てみるとバイワイアリング接続可能ということでやったと思いました。
セプター300は片チャンネルにスピーカー端子がふた組ずつついていて
切り替えスイッチが付いていて、
上面にあるスピーカをオフにできると思っていたのですがおお間違えでした。
片チャンネル2組のスピーカーコード接続をしたとき
前面のウーハー、スコーカー、ツイーターの三つを
一本のスピーカーコードでドライブして、
上面の六つのスピーカーは
もう一本のスピーカーコードでドライブするわけです。
その時に、今まで上面カットに使っていたすいっちを
オンにすると音域を分けてドライブできるのです。
そこで確認のため、ソニーのサービスに、スピーカーが4Ωで
バイワイアリングは可能かと聞いたところ、
スピーカーセレクターをA+Bに選択したときは
8Ω以上必要ですのでできませんと、
随分待ってからおり返し電話があった。
とても残念だったが壊すよりましなので
諦めてクライオ処理一本つないて゛聞きながら極性を合わせてたり、
コーキシャル接続のためのコードを物色したりしていたところ、
次の日に、昨日の案内は間違えでした。
4Ωのスピーカーをバイワイアリングは可能ですということで、
アナログからデジタルへの変化への期待から気合が入ってきました。
これは、いい音になるなという手ごたえを感じてきました。
この時点では、CDプレイヤーがまだ届いておらず
亡くなった母の寝室用に買った安い
DVDプレーヤーでコーキシャル接続を初体験しました。
AT-ED1000/1.3 ART LINK コアキシャルケーブルという、
オーディオテクニカの高いコードを買ってみましたが、
ソニーからコーキシャル用のコードが1500円で
ベスト電器で取り扱っていたので取り寄せてもらいました。
バイワイアリング接続のために
もうひと組スピーカーケーブルが必要になったわけですが、
audio-technica AT-DV65S/2.0 DVDスピ-カ-ケーブルを
メーター500円でアマゾンで買いました。
なぜクライオで統一しなかったのかというと
単に一刻も早く聴きたかったからです。
ソニーのコーキシャルケーブルは、テクニカのものより低音重視で
最近の新しいソニーの音でした。
極性も一番低音が響くように選択して
スピーカーコードも四本つなぎ
最後に補正マイクを使ってみましたが
やっとの思いでセッティングした極性を反対にしてくれましたorz
説明書を隅まで読むと自動補正のキャンセルの仕方が載っていたので
速攻で戻しました。
今までの山水では、トーンコントロールは、バイパスしていました。
アンプのボタンにボリューム以外直結にするスイッチが付いてるぐらいでしたから
今度のソニーにも、ダイレクトボタンはありましたが、
すべてデジタルボリュームデジタルトーンコントロールですので
私の耳では音の劣化は全く感じられませんでした。
とにかくドカンと低音を出そうとバスは+10トレブルは−5という感じで
素晴らしい深みのある音が出ています。
山水のアナログアンプでは考えられなかった、
ベースのしっかりした音でもちろん大太鼓の音などもばっちり聞き分けられ
またチェロの独奏なども素晴らしいみずみずしさで再現します。
まさにそこでチェロを弾いているような感じです。
九つのツイータースコーカーもアナログの時のような
不安定さは全くなくとても奇麗に、情報量もとても多く聴いていて楽しい感じです。
つまりセプター300はバイワイアリングを想定して設計されているんだなと
改めて納得したわけです。
また、スーパーオーディオCDプレーヤー SCD-XA1200ESも
コーキシャル接続で本領を発揮して音楽的に聞いて楽しいひびきを出しています。
このつなぎ方だと、CDプレーヤーのピックアップの音というのがシビアに出てしまいますが
とにかく生き生きした音。中音域のもこっとした響きにまいってます。
学生時代に、美学の授業でタンノイをアナログステレヲでドライブして聞かせてくれる
教授がいて、その時聞いたチェロからコントラバスまでの響きを
いまでも鮮烈に覚えていますが
まさに20年かけてその境地に辿り着いたということになりました。
若干、打楽器系ではありますが、とにかく録音の良いディスクをかけると
ものすごい音が出ます。
あとは環境依存の部分を改良するしかやることはないという感じです。
部屋の絨毯を固いフローリングに変えるこれを狙ってはいますが
まあ今のところは無理なので我慢しています。
最後の仕上げ
2016年になって、はるさいを時々聞いていましたが、
自分の部屋のホームシアターが15年経ち調子が悪くなり
5.1チャンネルの適当なソニーの製品が出てこないので
7月頃台座式のハイレゾ対応のホームシアターHT-XT3に買い換えました
15年ぶりの新製品は、進化が素晴らしく、ハイレゾ音源も綺麗に再現します
いつも聞いている音が素晴らしい情報量になったので、耳の聞こえ方もよくなりました
リビングのセプター300の音にももう少し輪郭がはっきりしてほしいと思うようになり
アンプにつながっている、使わなくなった、DVDプレイヤー、チューナー、ターンテーブルなどの
配線を外し、コンセントも全部抜きました、アンプとCDプレイヤーの構成にしたところ
モヤモヤしていた中音から高音にかけての響きが、情報量が増えて
素晴らしい響きになりました、
最後にアンプの電源コードを、それまでテーブルタップを経由して挿していたのを
接続機器が減ったので直接挿して見ました、これで低音の締りも素晴らしくなり
あとはスピーカーケーブルのバージョンアップぐらいとなりました