これまでのこと、これからのこと・・・・
ムックは7ヶ月のとき足の甲を引きずるようになりました。
近所の動物病院へ連れて行くとその獣医さんはムックに触ることもなく
何も言いませんでした。足を怪我するんですがというと怪我をするんなら
田んぼのあぜ道を歩かせてといいました。
主人が怒ってよその病院へ連れて行けといい今見てもらっている病院へ行きました。
そこではムックの歩く姿を見てこれは神経から来るものであること、レントゲンをとり
脊髄損傷でいずれ歩けなくなるだろうといわれました。
週に3回の注射と飲み薬で治療していましたが半年後ステロイドの副作用が始まりました
全身の脱毛と尿崩症状、治療は中断になりました。
なっちが家族の仲間入りしそのころからムックの痛みも強くなり
なっちが飛びついたことで腰をひねり尿閉と激痛で眠れない日々が続き
症状が治まった後麻痺は進んでいました。
岐阜に家畜病院があることを知りだめでもともとと受診しました。
それまでいろんな病院を訪ね相談しましたが中部では手術してもらえる病院は見つからないだろう、東京へ行けばあるが高額で命の保障もできないといわれていました。
最後の望みで岐阜大に行き、手術を受けることになりました。
手術後、今に続く介護の生活が始まりました。
手術してよかったと思うのは顔の表情から苦痛が消えたことです。
やつれて苦しそうな顔をしていました。写真やビデオを見るとわかります。
一年後車椅子を探し始めました。
かかりつけの病院では扱ったことが10年以上前で高額だったからと暗に作らないほうが
という口ぶりでしたが強引に押し切り東京の業者さんに連絡を取ってもらいました。
ムックは少し足が動きます。まったく麻痺しているわけではなくて前足にあわせて後ろ足も動かしています。膝をつく感じですがいちおう歩いている風のときもあるのです。
それで、東京の業者さんには動かすと危ないからという理由で作るのを断られました。
アメリカ在住の友達にアメリカで普及している動物用の車椅子を教えてもらい、
日本で取り扱っている業者さんがいることを教えてもらって連絡を取り車椅子を作ってもらいました。
車椅子ができた当初はつけるのを嫌がっていましたが慣れると散歩を喜び
散歩に行くときはしっぽもあがり遠いところへも足場が悪くても散歩を楽しみました。
今思うとそのころが一番楽しかったな。戻れるなら戻りたいです。
話は前後しますが脊髄損傷だといろんなところに影響が出ます。
泌尿器にはすぐ現れました。
最初のころ、病院で言われたとおり1日2回か3回導尿をしていました。
すると膀胱炎と結石になってしまいました。
いろいろ考えて導尿はやめ自分でおしっこを絞ってやる方法を選び、
膀胱炎のときは排尿を1日7回くらいさせていました。
何回か結石のほうは再発を繰り返しましたがこの3年、再発はしていません。
膀胱麻痺のせいか、体質なのか薬を飲んでもPHは下がらないので
石が出ない限りPHには神経質にならずフードはPHコントロールを続けるようにしています
ムックを自分の足で歩かせたいという思いはずっとありました。
電気治療を行っている病院にも通いました。週3回。
そこで、大学で手術したプレートが動きに負けて外れているから取り除いたほうが良いといわれ2度目の手術を受けました。
今思うとその手術は受けないほうが良かった。
後悔しています。
治療に対してムックが嫌がるようになったので治療もやめました。
2000年の秋、レーザー治療と鍼灸治療をやってもらえる病院を見つけ
2ヶ月に限定して治療を開始しました。
自宅では水中リハビリを始めました。
投薬された薬があわなかったようで呼吸困難が始まり、薬を中止したら
呼吸困難は収まりましたが体調が少しずつ悪くなっていきました。
体温調節もうまくいかなくなりはじめました。
2001年の冬、余命も長くないだろうと宣告されました。
できることはないので自宅で安静にするようにと。
夏、尿閉、呼吸困難が続きもうだめかなと思うことが続きました。
秋になり何とか持ち直し、冬を乗り越え
2002年の春を迎えます。
思ったより長く元気で過ごしてこられました。
この間にはなっちの具合が悪かったときも多く
私としては気が休まるときは少なかった3年です。
8月に7歳の誕生日を迎えられるかな。
これからムックはどうなっていくのかわかりませんが、
家族と一緒に最後まで暮らせることがムックにとっても
家族にとっても幸せかなと思います。
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