私はこんな人間です。

  私は戦争直後の第一次ベビーブームに土浦の常磐線沿いにある小さな部落で生まれました。すぐ近くには旧海軍の予科練、今の陸上自衛隊霞ヶ浦駐屯地や陸上自衛隊武器学校があります。

子供の頃は親父と下肥を担ぎ畑仕事の手伝いをし、チョウチョが飛び交う今風の無農薬野菜を作り、回虫を尻から引っ張り出してもらった記憶があります。

親父に連れられ近くの川で釣りや、たんぼでイナゴ採り、山栗やきのこ採りなど近くの里山が少年時代の遊びのフィールドでした。

 以前から山菜、きのこ採りは好きでしたが、登山道で見られる高山植物や野山の花、樹木にも目を向けるようになりました。

  私の山行スタイルは単独行が多いのですが、特に山に対しての注文はなく、百名山だろうが裏山であろうが、毎日でも山歩きをしていたいがそうもいかず、女房と子供の顔色を伺いながら月に数回歩いています。縦走が好きですね。日本アルプスや東北の山を寝袋やテントを持って気楽に歩くのは最高ですね。

ただ極度の高所恐怖症のため足下の見えない山はだめです。

最近は茨城の山でもガイドブックに紹介されていない山で,地形図を読みながらの山歩きを楽しんでいます。家にいても地形図を見ながら、山歩きを考えるのは楽しいですね。

酒が好きで、泊まりの山行では夜は最大の楽しみです。

山歩きの訓練として山岳レースにも参加しています。

  2003年に茨城県内にある「自歩」という会に入りました。この会は「ハンディキャップの有無にかかわらず、誰もが自然と親しめるような企画を実践し、自然と人、人と人とのふれあいを大切にすることで、介助する人とされる人という関係ではない、真の相互理解を深めること」を目的としています。私も障害をもつ人のためにも何か手助けができればと考えています。日本赤十字社の救急法救急員の認定を得ています。

  私の家は標高140mの所にあり、すぐ裏が阿武隈山地の南端に近い山です。このため裏山をよく歩きますが、山が荒れているのが気になります。茨城県には植林された人工林が多いのですが、木材を取るために植えられた杉やヒノキが今では手入れをされず、放置されているためです。富士山や百名山にはハイシーズンには過剰といえるほどの人が登りますが、これらの山には今は人が入りません。

  最近山で働くことのできる資格を得ました。林業について学び、チェンソーや刈払機の操作実習を行いました。

  平成20年には、森林インストラクターの資格を取得しました。