テキサス州

州都:オースチン
州の花:ブルーボネット
州の鳥:マネシツグミ


人口:約1700万人。カリフォルニア、ニューヨーク州に次ぐ全米第三位を誇る。人種的な割合は白人50%、ヒスパニック系26%、黒人12%、アジア系2%、その他10%。

気候:亜熱帯気候に位置し、高温多湿。テキサスというと乾いた砂漠にサボテンのイメージが強いかも知れないが、緯度を見れば分かるように気候は九州のそれにほぼ相当する。ヒューストンを例にとってみると、8月の平均最高気温は35℃であり、メキシコ湾からの湿気を含んだ空気によって湿度は平均60〜90%と高いのが特徴である。冬は日本同様に寒くなり、1月の最低気温は5℃となっている。日本の様にはっきりとした四季はなく、春と秋に相当する涼しい期間がそれぞれ1週間ほどあるだけで、それ以外は夏と冬といった感じである。また、4月〜6月にかけては竜巻の季節でもあり、こぶし大の大きさの雹が降ってくる事もある。竜巻は規模の程度の差こそあるが、年間100以上のものがテキサスを襲っている。8月〜9月はハリケーンも訪れる。とにかくテキサスの気候ははっきりしていて、暑い時は限りなく暑く、寒い時は限りなく寒い。それに加え、竜巻などの自然災害の規模もかなりのものである。

テキサスの有名人:ジョージ・ブッシュ大統領、リンドン・B・ジョンソン元大統領など。

歴史:時は遥か昔にさかのぼり、1492年コロンブスによる歴史的に有名なアメリカ大陸の発見当時、既にテキサスにはいくつかのアメリカン・インディアンの種族が住んでいたといわれる。インディアンのTeyshas(友人)と仲間内を呼び合う言葉がTexasという現在の州名へと転じた。

1519年からスペイン(1685〜1690年の間はフランス領)の支配下に入り、1821年メキシコのスペインからの独立と同時にメキシコ領となる。その後、Stephan F. Austinによる入植と共に白人人口が増加し(1836年52000人)、それに伴い言語や文化的な対立がメキシコ側とテキサス入植者との間で顕著になってきた。そして、1836年サンアントニオにおいて対立は究極化し、有名な「アラモの砦」を舞台として戦闘が繰り広げられるに至った。英雄デビー・クロケット(英雄とはよく言ったもの)率いるテキサス側自衛軍(入植者)187人は約5000人ものサンタアナ大統領自ら率いるメキシコ軍に囲まれ、13日間続いた戦いの後、降伏することもなく全員壮絶な戦死を遂げたのである。

アラモ陥落後、「Remember the Aramo」を合言葉にテキサスは共和国としての独立宣言のもとに結束し、サンジャシントにてメキシコ軍を大破。テキサス共和国の誕生となる。初代大統領としてサム・ヒューストン大統領が就任。

1845年12月29日には28番目の州として連邦に併合。1861年〜65年には南軍として南北戦争に参戦するが敗北を喫する。1901年にはスピンドルトップで石油が大噴出し、その豊富な資源により潤うが、1980年代のオイルショックにより経済的打撃を受ける。現在は宇宙開発計画を軸とするハイテク産業の中心地としての活気を再び取り戻しつつある。

よく言われる州の独自性の強さは上記のような歴史的な背景に通じており、テキサス州の州旗「ローン・スター」は州の別称として人々に愛されている。

日本との関係:テキサスに住む日系人人口は1900年の13人から始まり、1970には6000人と報告されている。ヒューストンには彼らをルーツとした「Satsuma」という名前も見られる。テキサス人のおおらかで独自性に富んだ精神により、第2次世界大戦中も他州でみられたような日本人迫害は少なかったようである。現在進出日系企業は200社を超え、それに伴って在留邦人も年々増加してきている。ちなみにヒューストン港への輸出入取引は対日本が約18億ドルで第一位を占めている。

主な姉妹都市:
ガルベストン ー 新潟市 (1965年)
ヒューストン ー 千葉市 (1971年)
フォートワース ー 長岡市 (1987年)
サンアントニオ ー 熊本市 (1987年)
オースチン ー 大分市 (1990年)




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