福島原発に関する地震・津波対策の考察

日本三大実録に1986年に貞観地震津波が東北地方に甚大な被害を与えたと記載。
貞観津波の砂層を1986年箕浦幸治氏が発見した。 

岡村行信氏らは300カ所以上で証明し、南は南相馬市まで認めた。黄色矢印が調査地点。黒矢印は福島第一原発である。 
 
産総研の行谷佑一氏らは、第一原発の北約5kmの浪江町請戸川河口付近に砂層を認めた。


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東電が算出した3月11日の第一原発の浸水域図
 
 

静水面が13mのハザードマップ。津波は静水面より高くなる。濃紺は海、浸水域はやや紫色。黒い線は1~4号の建屋。


20mのハザードマップ。2008年東電で津波の浸水域の検討をした。イグアナはハザードマップや防水扉は≪想定外≫か。 


 小括      1986年、箕浦幸治氏が砂層を調べると、貞観地震・津波の跡が判る事を発表した。

  岡村行信氏らは400を超える地点を調べ、南側は福島県南相馬市まで行谷佑一氏らは福島県浪江町の請戸川河口で貞観津波の砂層を証明した。

A2000年代には原子力サークルの研究者の間で、も原発への津波の危険性が指摘される様になった。

B2008年に東電は津波ハザード≫も加えて、福島原発と津波被害を検討した。

この地震・津波は現実に起こる筈はないものの、≪
防潮堤増設は数百億円と4年の歳月が必要≫であると結論した。
 

  @原発事故後、東電は福島原子力事故調査(以下東電山崎事故調と略)報告書概要に≪第一原発の浸水域≫を図示している

A第2項の2008年の≪
津波ハザード≫の資料を援用して≪ハザードマップ(上図の左側2コマ)≫を描いていれば、津波が福島原発を襲えば、原発のどの個所が、どの機器が被害を受け、水没するかは幼児でも指摘し得た筈である。

B東北電力は既に同時期に女川原発に津波被害対策を取り入れた。

対照的に、東電が津波被害検討を
無視し、今回の事故を起こした誘因は東電の固陋な社風・体質であるのか。

   @怖い事を見たくない意識があった為?、≪交流全電力喪失(以下SBOと略)時≫の≪対応策・収束手技≫の模擬実験乃至は対応案を練らなかった。

A事故発生日の
深夜、≪泥縄的≫に≪全交流電源喪失時のベント≫の手引書作り始めた。同様に、≪SBO≫の時に、第1号機のイソコンの弁を手回しで≪開≫にすることも、失念していた。

Bこれ程までの、所長は勿論全職員の
職業意識の劣化、緊張感のなさは非難されて当然であった。





   貞観地震862年の証拠  @歴史書≪日本三大実録≫に、東北地方の重大な被害が記載してある。
A1986年に
箕浦幸治東北大教授が仙台平野で、貞観津波の砂層を発見した。 その後岡村行信氏を始め多くの研究者が詳しく調べ、その範囲が福島県東岸に拡がっていた。25)
貞観地震の砂層の調査   @ 東電の調査では大熊町の4地点で証明されなかったという。26)
Aこれに対し産総研の行谷佑一氏らは、福島第一原発から北約5kmにある福島県浪江町請戸川河口付近で砂層を証明した。断層長さが200kmの貞観クラスの津波際には約10mの高さまで浸水すると述べている。27)

B砂層は、貞観地震後現在までまで1100年間開発・土地改良されていない土地で証明できる。 従って、証明されない事は否定の証拠にならない。逆に証明されれば、有力な肯定の証拠になる。
 東電社内の津波の検討 @ 2008年という時期は、原子力事業関係の研究者の間で、津波の原子炉安全への影響を広く問題視していた。
 東電所内でも、2008年6月10日頃、福島原発に対して、
波高9.35m、10.2m、15.7mの津波の影響を討議した。28)
129)
畑村委

Aこの時、武黒一郎氏、武藤栄氏、吉田昌郎氏(吉田氏は当時
原子力本部整備部長、3月11日は福島第一原発所長であった)等は≪津波ハザード≫も加えて検討し、この地震・津波
は現実に起こる筈はないと結論付け、具体的な対策を全く行わかった。  しかし、畑村委によると、真の理由は≪
防潮堤は数百億円・4年の歳月が必要≫という事であった。

B原発建設の時正しかった設計も、年月が経ち、学問・調査が進歩して危険性を指摘される様になった。
この指摘を東電が無視して終わらせた、理性のなさは不可思議である。

C他方、
東北電力がこの研究を知り、十分な検討の後に女川原発の基礎を決めた。今回の地震の際も辛うじて冷温停止が出来た。他社が行い得ることを、東電が受け入れ得ないのは理解できないことである。これも東電の固陋な社風・体質によるものであろうか。29)

C日本海溝近くの大陸側のプレート上に位置する日本では、地震・津波は何時か必ず起こるものである。 日本側のプレートが極限まで押し下げられ、耐えられなくなった時跳ね上がり地震津波になる。

Dこれの跳ね上がりの際の原子炉事故を防ぐ、適切な方策を立てない所は、
事故を起こし続けるのではないか。
 
   東電の社員職業上の希薄な倫理観・責任感;  @事故後、東電社内事故報告書概要(東電山崎事故調と略)に≪第一原発の浸水域≫を図示している。山崎雅男氏はこの図と第二原発の図と並べて示し、津波が損壊の原因であり、事故は東電の責任にあらずと言いたい様である30)。 

A東電以外の人の印象は全く別である。
即ちこの図を
事故前に描けば≪ハザードマップ≫である。
前述の2008年6月に津波を社内で検討した際に、≪津波ハザード≫の資料も検討されたという。これを利用して≪ハザードマップ≫を描いていれば、≪
原発のどの個所が、どの機器が被害を受け、水没する≫かは幼児でも指摘し得た。
 この様にして、
浸水予想場所・機器を特定して、改善策を講じたら、前項の金額の1/10以下で水没防止が可能であった。

B何故に、
東電の社員の誰一人として、2008年に≪ハザードマップ≫を描き、眺めてみなかったの? われわれ部外者では考えられないことである。

C通例、日本の多くの緊急対策と収拾の職務に就く人々は、現場で≪
中堅のスタッフ≫が職種横断的に、時には他の施設も交えて、≪各種の対策検討等々の私的研究の場≫を作り、≪自らの職業倫理感・技術の向上≫を図るものである。

Dこれに対し、福島原発の中堅幹部が、  ≪
SBO時のSA≫が起これば、必須となる≪交流全電力喪失時の対応策・収束手技≫の模擬実験乃至は対応案を練らなかったことは驚愕の事実である。

E
事故発生後に、≪全交流電源喪失時におけるベント≫の手引書作り始めたとは、≪泥縄≫を現実に行ったとは、絶句せざるを得ない。

F 予想通り、この件について
山崎雅男氏は≪住民避難完了を待っていた≫、≪原子炉建屋の放射能が高いため作業困難であった≫等々不必要に仔細に述べている。

Gしかし、現実には
ベント作業手引作成に長時間費やした事。遅れた時間に比例して、どんどん放射能が高くなり、作業の困難度は著増する。要するに、開始が遅れた事が作業遅らせたに過ぎない。

H条理に合わぬ反論をする暇があるなら、≪原子炉建屋の外にベント操作盤を設置しているスイスの原発≫の顰に倣うべきであろう。


25)岡村行信氏、NHK ETV 埋もれた警告

26)東電の砂層調査(学会誌投稿、口演と東電のHPに記載されているが、入手不可能)

27) 活断層・古地震研究報告no.1 2010;(4頁/全21頁)

28)  読売新聞2011年8月25日朝刊

29) 毎日新聞 風知草 2012年3月19日

129畑村委員会報告Z項  http://icanps.go.jp/111226Honbun7Shou.pdf

30)東電山崎事故調査中間報告浸水図 (17頁/全140頁)


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