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最初の印象 |
ゴルファーに似た思考過程で聞き取りと解析が行われた。 |
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印象の分析 |
@福島原発事故の原因は、第一に≪サッカーの試合≫の様に果敢に検証すべきであった。
即ち、≪全体を見据え≫、瞬時に判断し、対応する≪心構え≫と、第二に≪フィールド≫を全部使い,水溜り等のハザードがあっても突っ込むべきです。
A然るに、この委員会は≪ゴルフ≫の様な立場で検証した。
そもそも、ゴルフは最初から出発点と到達点は決まっている。即ち、最
初から≪所謂ハザード≫を避け、読みが外れた時にも、周囲を沈黙させ、caddieに頼る。
B最大の案件、第一福島原発の指針違反による欠陥性と、第二に40年近く原子力政策を主導した政権党と主要な議員という≪巨大ハザード≫の検証をしなかった。
Cしかも、青木功氏の様な練達の士ならまだしも、偏狂な委員がメモ読み、≪誘導≫し、≪承認≫を求めていた。
Dゴルフではcaddie、以外の人が≪誘導して試合させる≫事は違反である。
司法の場では許されるのか。第二に≪誘導した委員≫が、≪判決≫文を書く資格があるのか。
E東電の原発の安全策の≪ハードとソフト≫について、諸外国と≪対比≫していない。つまり東電の≪幼稚≫極まりない≪安全策≫を解析していない。51)
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検証されなかった項目の検討 |
@最重要の案件、福島原発の設備の指針違反。
A過去30年間原子力政策を主導した自民党の≪罪功≫
B過去に原子力委員長として、指導した中曽根康弘氏、谷垣禎一氏、大島理森氏等の検証。谷垣禎一自民党総裁は3月11日何故協力を断
ったのか。中曽根康弘氏は、認知症なのか、この16カ月沈黙を貫いているのは卑怯である。
C原発の指針違反と同時に、東電の≪原発損壊防止安全策≫を諸外国の安全策と対比していない。過去約40年間の経験を基に、外国で
は≪安全策を進化≫しさせて来た。これに対し、東電は退化させた。
例えば≪スイス≫のミューレンベルグ原発では、発電機等予備機器を
集積し、更に運転員が全員入れ替わっても収拾策を実行できるように、マニュアルを完備している。51)
C全電源喪失しなかった福島第二原発では、損壊し始めた4号機以外のベントの準備は数十分以内に完了した。15)
これに対し、吉田昌郎氏のチームは、全電源喪失時のベント手順書を3月11日〜12日に泥縄的に作成し、ベントが十時間以上遅延した。16)
最重要なベントの意義を知らないのか、委員等は、配管計装線図の不備が遅れの原因となったと軽く結論付けた。これは不完全な上、片手落ちの検証である。(本編、191頁/646頁)
D同じく≪SBO≫の後、第一号機のイソコンの弁の操作を怠り、長時間気付かず放置して、メルトダウンを促進した事。NRC指導員エド・ダ
イク氏が≪SBO≫の際には、最優先の行う操作は≪イソコン≫の弁を手動で開くことと強調したNRCの基準を無視した。14)
これに対し、委員は、既に損壊したのマークTについて、≪フェイルセーフ≫の言葉の解釈論をここで言い立てるのは、有害・無益であり。委員会の使命から逸脱した検討であろう。
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虜という言葉 |
@公文書に個人の好みで、≪虜≫を使うのは異様な感じがする。
A当然委員が読まれた≪エネルギー調査会第32回WG議事録≫36)
を見ると、内閣府安全委員会の纐纈一起氏や川原室長等々が東電の≪虜≫になったのではなく、内閣府が自ら企画し、東電と共闘している様が明確である。
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事故調の筋書に沿う誘導尋問 |
@巷間清水社長は曖昧な返事をし、しどろもどろな答えたと、報道されていた。しかし、現実は逆で、野村委員が、手元の文書読み上げ≪事
故調側の退避問題の認識を読み上げ、こう言う事ではありませんか≫と誘導した。清水社長は≪都合のいい事は肯定し、都合の悪い事
は記憶がないとかわし、或いは私の立場では答えるのは適当でないと避けていた。 進行するにつれて、次第に社長は余裕綽綽、胸を張って応答した130)。
この時、堪り兼ねた委員長が≪社員達が命を掛けて≫収拾作業をやっている時、≪記憶がない等≫と言う≪最高幹部は何だ≫と半畳を入れたのは理解できた130)。(動画開始後1時間54分前後の部位)
(動画開始後1時間55分以降の部位)、
野村委員は≪委員会の事実認識・仮説≫のメモ読み、東電社長を≪誘導≫し、≪承認≫を求め、その承認を持って≪仮説≫を≪定説≫と決めた。
委員長の指摘の後も、怯むことなく清水氏は、菅首相が≪東電で収拾策継続の檄を飛ばした≫とき、福島第一・第二原発、柏崎刈羽の現場
員も同時にこの檄を聞き、反発したと付け加え、恰も≪事故現場の東電は悪くない≫と野村委員の同意を引き出していた。現場の人々は確
かに称えるべき作業をした。(嘘か真か巷間退職金5億円、顧問料年9千万円というのに値する≪たぬき≫の面目躍如)
しかし、勝俣会長以下、社長、副社長、武黒氏、武藤栄氏、吉田昌郎氏の役員諸氏、発電所副長等との指導層幹部は≪指針違反等々の結果、原発爆発の原因を作った罪≫で裁かれるべきだ。
≪彼らまで免罪符を得た≫かの様な空気を瞬間的にでも作った、野村委員の浅慮には失望しかない。
A海江田氏、枝野氏、細野氏等々全員が異口同音に述べた意見より、事故調の仮説を読み上げ誘導した清水氏の方が真実であると結論
付け、官邸の誤解と決めつけたのは、軽率以上の正義に悖るものである。これこそ、委員が言う十八番の≪虜≫という状態ではないか。
現実の裁判でも、この様な誘導尋問は許されないのではあるまいか。
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官邸の聞き取り |
@首相と各閣僚の事故後の≪罪功≫についての究明は、将来の参考になるでしょう。
A一部マスメディアが言い立てた≪官邸の誰かが≫スイッチを押して、福島原発事故を起こしたという如き無稽な流言は沈静した。 |
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デーゼル発電機停止の問題 |
@テ゛ィーセ゛ル発電機の一部が停止したのは、津波の所為ではない。原因は4~5階のIC用水タンクから水漏れが疑わしいと長々と詳細に
解析した(227頁/全646頁)。D/Gが地震で損傷を受けたか否かは重要問題である。
Aしかし、537頁では、≪津波によつて浸水使用不能≫になったと一転記載。この一貫性のなさ、片手落ちは、報告書の価値を大きく棄損する。
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委員長の意見 |
≪第一項≫で指摘した根本的な各原因が未検証のまま、更に≪東電のSOB時の過酷事故対策≫が著しく退化し改善されないまま。
世界中に≪教訓として発信≫すると言う、≪euphoric≫な委員長を理解するのは困難である。
普通の日本人は、欠陥原発の検証結果を恥に思い、発信を躊躇っている。 |
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田中三彦氏の意見に対し |
@ 田中三彦氏は(636頁/全647頁)福島第一原発でさえ指針の要求を満していたか否か確認されていない、と述べている。
A国会事故調が最初に行うべき事は、≪指針に対する東電の違反≫であり、少なくとも≪本編の全646頁中では全く検証≫されていない。
Bこの件の≪未実行に関して≫、田中三彦委員は検証中に発議したのであろうか。 |
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田中耕一氏の意見 |
@田中耕一氏は(635頁/全637頁)は日本には現場の≪アイディア≫を出しあう文化があると述べたが、この意見に全く同感である。
A従業員の意見の項で、≪台風時にT/Bに流水事象があり、津波が来ればT/Bは水没する≫と指摘したら、社員が否定した。事故後、高台にD/Gが設置されていたらと思うとの意見あり。
B更に、東電社員は≪配管等の構造≫を会得していないのに、威張り散らすが、現場力に乏しい、schizoidな≪たち≫であったという。
C世間では、緊急作業に当たる部署では、中堅幹部が集まり、作業力の向上を諮るのが通例である。上記の証言を聞くと、東電にはそういう動きのない≪社風≫のであったに様見受ける。
D東電では≪このアイディア≫の提案が皆無であったのは、東電の蒙昧さの象徴であろう。。
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その他の印象 |
B大島賢三氏、横山禎徳氏は福島原発事故の現場で作業を続けた人々への感謝を述べている。これは全く同感で、特に協力会社の方
々、更に自衛隊、警察隊、消防庁等々の立場で応援作業をされた方々への謝意を忘却する事は絶対に許されない。
Cただし、東電会長、社長、副社長、武黒一郎氏、武藤栄氏、吉田昌郎氏等の役員、及び副長、その他を含めた≪東電幹部の責任≫は重
大である。この人々が積み重ねて来た、≪欠陥原発≫と≪指針違反の山≫。
D加えて、過酷事故対策マニュアルもなく、≪SBO≫時ののベントの手順
書を事故後に泥縄で初めて作ったこと、第一号機のIC操作法の無知が、積み重なり爆発を招いた事を、
E国会事故調が≪法的に裁かれるべき≫と、指摘しないのは解せないことである。 |
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住民側の意見 |
@9月21日、大熊町のタウンミーティング議事録にある。≪吉田昌郎氏が本部にいた時、丘の上の発電機を下に下ろす様≫指示した、という発言
A更に隠蔽体質の日本では原発は適さないという発言があった。
これはもう少し詳細・具体的にに聞き取り結論を出し、今後の役に立てるべきであった。
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原発の歴史 |
@1954年3月中曽根康弘氏達が提案し、1055年12月に原子力基本法が成立した。首相は鳩山一郎氏。
A福島原発第一号機は1971年3月26日に建設。総理は小渕恵三氏。
B原発は運転開始後30年経過すると、引き続き10年発電可能か、検査を受け、10年間延長認可を受ける。2011年3月11日事故を起こした
6機の原発はそれぞれぞれ認可を受けて運転中であった。認可した首相は。一号機、小渕恵三氏。二・三号機は小泉純一郎氏。四号機は
福田康夫氏。五号機は安倍晋三氏。六号機は麻生太郎氏であった。
C2011年3月11日福島原発事故の首相は菅直人氏。
D2012年7月大飯原発再稼動を認可した首相は野田佳彦氏である。
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