原子力事業の規制機関の消滅と不備な≪SA≫対策
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| 小括 | @ | 原子力規制機関(安全委員会)は原子炉の過酷事故(SA)の対応策を 指示・監督する義務を放棄した。(1992年) |
| A | この≪丸投げ≫を東電は歓迎した。 しかし、東電が現実に≪SAに遭遇した時≫その対応策は不備であり、現場の収束技術は全く未熟・未習得であった。 |
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| B | その結果は、周知の如く≪メルトダウン⇒爆発⇒放射能ばら撒き≫になった |
| 1 | 規制機関と促進機関 |
原子力の安全に関する国際条約にある様に、原子力発電 には≪推進機関≫と安全を審査する≪規制機関≫を明確に分離させる鉄則がある。8) |
| 2 | 規制機関の消滅 | 1992年に考えられない事が起こった。即ち、原子力安全委員会(以下安全委員会と略)は≪SA≫対策を東電に一任した。 9)(佐藤一男氏談) この事は規制機関の事実上の消滅を意味した。 (首相 宮沢喜一氏、通産大臣 渡部恒三氏、 安全委員長 内田秀雄氏) |
| 3 | 安全委員会の機能不全 | 規制機関の消滅後、 @東電は原子力部門の安全設備投資を渋る様になった (笛木謙右氏談)10)。 A保安院の反対で、安全委員会が防災指針の改善見直しを見送った事実11)。 B電力会社が構成する電気事業連合会(当時の会長は当 時の東電社長清水正孝氏)は福島原発事故の2か月前の 2011年1月に、安全委員会の指示に対し、反対の文書を送っていた12)。 Cこの様にして、安全委員会は≪鳥なき郷の蝙蝠≫の如き立場になるだけでなく、逆に促進派に助勢した。13) Bこの資料13)を見ると、原子力安全審査課長始め学者達が東電以上に原発規制反対・促進派であることを確認できる。 |
| 4 | ≪SBOによるSA時≫の不備な収拾策と、未熟練・蒙昧な手技 | @1992年、規制機関が機能しない状況下で、東電はSA対策 を引受けた。 Aしかし、3月11日に≪SBOによるSA≫に遭遇した時、高温の原子炉を≪低温未臨界≫状態に導入するための手引書 も不完全・不備であった。16) B更に驚くべきことに、収束手技・具体的な手順についても、未熟練・蒙昧であった。 Cこの対策方法の不備と、収束手技の未熟の二つが相乗してメルトダウン、続いて爆発を来たした。 |
| 5 | 東電の手順書の不備・限界による破滅 | ここでの結論は、≪SBO≫による≪SA≫の時、 @;IC(イソコン)等の緊急時炉心冷却システムを正しく操作出来る。 A炉心冷却システムが何とか持ちこたえる可能性がある6~7時間以内に、代替電源が調達できる。 以上の二つの条件を充たせない場合、114) B原子炉を冷温停止させる事は全く不可能であり。 C原子ウラン燃料のメルトダウンは防ぎえないことが判明。 D応援の東北電力の四台の電源車が最も早く、3月12日1時20分に第一原発到着した。これでもSBO後約10時間以上経過していた。しかも、大きい瓦礫を排除出来ず、その上接合ソケットの規格が合わず使用不能。 かつ、スィツチングギアも使用出来なかった。 E福島第一原発の5・6号炉と、第二原発の1~4号機は上記@とAが辛うじて充たされて、原子炉損壊の程度の差はあるものの、放射能を撒き散らさなかった。 F自明の事であるが、短い時間で電力と冷却水が補充できなければ、原子炉に対し致命的である。 |
8)原子力の安全に関する条約
9)平成4年5月28日原子力安全委員会決定
10)NHK TV スペシャル
11)毎日新聞12年3月16日;頁1;及び12年3月27日
12)共同通信社2012年3月27日
13)総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会合同WG(第32回)議事録
(18~22頁、35頁/全36頁)
114) 東電SA時運転手順書フローチャート (31頁/全32頁)
16)畑村事故調中中間報告書第Z項
http://icanps.go.jp/111226Honbun7Shou.pdf
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