原子力事業の規制機関の消滅と不備な≪SA≫対策


1992年は新幹線のぞみ運転開始、バルセロナオリンピック、金丸氏収賄の年
 

原子力安全委員会が原発事故対策を東電に任せ、消滅す。
 
原子力安全委員会は規制力をなくし、原子力保安院に牛耳られて、鳥なき郷の蝙蝠状態になる。
 ⇒

原子炉の全電源喪失には、炉心冷却システムを正しく使用して、しかも6から7時間以内に代替電源が手に入らなければメルトダウン必発。
 
 
原子炉がメルトダウンすれば爆発は避けれれない。爆発すれば、構内には大きな瓦礫で近付けない。

  

 小括    @  原子力規制機関(安全委員会)は原子炉の過酷事故(SA)の対応策を
 指示・監督する義務を放棄した。(1992年)
 A この≪丸投げ≫を東電は歓迎した。  
しかし、東電が現実に≪SAに遭遇した時≫その対応策は不備であり、現場の収束技術は全く未熟・未習得であった。
 
 B  その結果は、周知の如く≪メルトダウン⇒爆発⇒放射能ばら撒き≫になった





 
規制機関と促進機関 
原子力の安全に関する国際条約にある様に、原子力発電
には≪推進機関≫と安全を審査する
≪規制機関≫を明確に分離させる鉄則がある。8) 
   規制機関の消滅  1992年に考えられない事が起こった。即ち、原子力安全委員会(以下安全委員会と略)は≪SA≫対策を東電に一任した。  9)(佐藤一男氏談) 
   
 
この事は規制機関の事実上の消滅を意味した。
 (
首相 宮沢喜一氏、通産大臣 渡部恒三氏、
  安全委員長 内田秀雄氏
   安全委員会の機能不全  規制機関の消滅後、
@東電は原子力部門の安全設備投資を渋る様になった
 (笛木謙右氏談)
10) 
A保安院の反対で、安全委員会が防災指針の改善見直しを見送った事実11)。 
 
B電力会社が構成する電気事業連合会(当時の会長は当 時の東電社長清水正孝氏)は福島原発事故の2か月前の 2011年1月に、
安全委員会の指示に対し、反対の文書を送っていた12)
Cこの様にして、安全委員会は≪鳥なき郷の蝙蝠≫の如き立場になるだけでなく、逆に促進派に助勢した。13)

Bこの資料13)を見ると、
原子力安全審査課長始め学者達が東電以上に原発規制反対・促進派であることを確認できる。

   ≪SBOによるSA時≫の不備な収拾策と、未熟練・蒙昧な手技 @1992年、規制機関が機能しない状況下で、東電はSA対策 を引受けた。

Aしかし、3月11日に≪SBOによるSA≫に遭遇した時、高温の原子炉を≪低温未臨界≫状態に導入するための
手引書 も不完全・不備であった。16)

B更に驚くべきことに、
収束手技・具体的な手順についても、未熟練・蒙昧であった。 

Cこの
対策方法の不備と、収束手技の未熟の二つが相乗してメルトダウン、続いて爆発を来たした。
 
   東電の手順書の不備・限界による破滅 ここでの結論は、≪SBO≫による≪SA≫の時
@;IC(イソコン)等の緊急時
炉心冷却システムを正しく操作出来る。

A炉心冷却システムが何とか持ちこたえる可能性がある
6~7時間以内に代替電源が調達できる。

以上の
二つの条件を充たせない場合114)
B原子炉を冷温停止させる事は全く不可能であり。

C原子ウラン燃料の
メルトダウンは防ぎえないことが判明。
  
D応援の
東北電力の四台の電源車が最も早く、3月12日1時20分に第一原発到着した。これでもSBO後約10時間以上経過していた。しかも、大きい瓦礫を排除出来ず、その上接合ソケットの規格が合わず使用不能。
かつ、
スィツチングギアも使用出来なかった。

E福島第一原発の5・6号炉と、第二原発の1~4号機は上記
@とAが辛うじて充たされて、原子炉損壊の程度の差はあるものの、放射能を撒き散らさなかった

F自明の事であるが、短い時間で
電力と冷却水が補充できなければ、原子炉に対し致命的である。


8)原子力の安全に関する条約

9)
平成4年5月28日原子力安全委員会決定

10)NHK TV スペシャル

11)毎日新聞12316日;頁1;及び12327

12)共同通信社2012327

13)
総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会合同WG(第32回)議事録
                            
(18~22頁、35頁/全36頁

114) 東電SA時運転手順書フローチャート  (31頁/全32頁) 

16)畑村事故調中中間報告書第Z項  
  http://icanps.go.jp/111226Honbun7Shou.pdf


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