軍服


 青。
 ボクが好きな色。
 空の色。
 水の色。
 心が穏やかになる色。
 暑い夏の涼やかな色。

 ゆっくりと近づく靴音に、はやる気持ちを抑えて振り返る。
 そして目に飛び込んでくるのは、鮮やかなまでの青。

 同じデザインのものを身につけている人は、この町にいくらでも居る。

 だけど、ボクにとってたった一つの色。

 「待たせてしまってすまないね」
 静かな、穏やかな、どこまでも甘いその声に、ボクは知らず微笑む。
 隣にごく自然に座るその人の、袖をつかまえる。
 「どうした?」
 ボクは首を振る。
 軽い嫉妬とそれ以上の愛しさを感じながら、強く袖を握る。
 袖にはボクの握った跡が軽くついてしまった。
 皺の一つ一つさえ、愛しいけれど、青いその服に包まれている彼は、とても隙がなくて悔しいから。
 「脱がせたいなぁ」
 音になったその言葉は、思いのほか大胆なものになってしまった。
 「…これ以上、私を誘惑しないでくれないか」
 苦笑まじりの、甘い声。
 「あ、あの…ごめんなさい」
 「中尉に叱られてしまうが…まあ、いい」
 座って5分とたたないのに、彼は立ち上がる。
 そしてボクの腕を掴み、促す。
 「ここで口づけてしまいたいが…人が多すぎる…待ち合わせた場所が悪かったな」
 彼は小さな声で呟き、店を出ると、日差しがすべて見透かすようにボクの体を照りつけた。
 あまりの眩しさに、彼はそっと目を細めてボクに言う。

 口づけた時のきみの表情を、誰にも見せたくはないからね。

 ボクは力が抜けていくような感覚を味わう。

 目眩さえしそうなその感覚を味わい尽くし、空を見上げる。
 日差しは、刺すように眩しく。
 その照り返しを受けて、ボクの体は青く染まる。
 鈍色のそれに、彼の青が混じる。
 細かい傷跡にも、染み渡る青。
 心も包まれて溶け込んで。
 ボクの存在はますます不確かになる。
 それが少しも嫌じゃない事に軽く驚嘆し、ボクは指先に力を込める。

 訓練され尽くし、覚えたタイミングと加減。

 壊さないよう、傷つけないよう、力を込めた指先で、触れる。

 「触れたい、早く。ちゃんと触れたい」
 音と言うのは、案外物理的作用以外の何かを含むもので
 そして敏感なこの人は、甘い苦笑をしたまま、答える。
 「きみが思うより確かなものに、きみは触れているよ。この手よりもずっとね」
 握り返され、込められる力。
 「だから、そんなに誘惑しないで欲しいな」
 きちんと留められた襟を緩め、真っ青な軍服を脱ぐ。
 「大佐?」
 「きみが握りしめた袖の皺は、確かにここに在る。きみも私もここに在る」
 そう、強い口調で言い放ち、ボクを引き寄せる。
 そして人ごみに背を向けさせられると、ボクの腹を開け空洞の中に脱ぎ去った軍服を投げ入れる。
 「私だと思って、大事にするんだ」
 「え?え、あの、まずいんじゃ…?」
 「紛失したと言えば問題ない」
 「あ…えーと、その…でも」
 「私が大丈夫だと言ったら大丈夫だ」
 おろおろするボクにきっぱり言い放ち、にっこり笑う。
 「そして、いつかその服を着たきみを私が脱がしてあげよう。脱がされるのは性に合わないのでね」
 優しく絡めとられた掌に、優しい優しい口づけをしながら。


 ボクの中から、青はボクを染める。


 ボクの一番好きなその色。
 その日から、真っ青なその軍服はボクの中に確固たるものとして存在を主張していた。


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