折れた翼


 あまり無理をするな。と彼は言った。

 穏やかで優しい声は、いつでもボクの身を案じてくれた。

 愛している

 そう言った彼は優しい笑顔で。

 ボクの中にぬぐい去れないぬくもりだけを残して。



 両手を合わせて、ボクは錬成する。
 ボクの身を守り、そして相手の命を奪う、鋭利な武器。
 錬成された鈍色の武器は、まごう事なき、殺すための道具。

 しっかりと、握りしめたそれを振りかざす。
 足下の塊は、まだ苦しげな息を吐いていた。



 頬にまで飛んだ紅色を、何の感慨もなくぬぐい去る。
 「小隊長、残党は?」
 振り返らずに、言葉だけを投げると、ワンテンポ遅れて返事が返って来る。
 「北西の方に5、6人程です」
 どこか気味の悪いものを見るかのような視線には、気が付いていた。が。
 「正確に。残党一人でも逃したら、明日の戦局が大きく変わる事もあります」
 気が付かない振りをし、冷たく言い放つ。
 「は、はい!すぐにせっこうを送りますので、一時間程お待ちください!」
 「深追いは禁物。人数と、潜伏先が解ったらすぐに作戦を練りますから、十分に言い含めるように。…より多くの手柄を立てようと先走る馬鹿者は、すぐに国へ返しますから」
 他人の血を含み、重くなった軍服を脱ぎ、肩に掛け、結局小隊長の顔すら一度も見ないまま、本陣へと向かった。

 あまり、無理はするな。きみは人殺しには向いていない。

 からかうような温かな声は、耳にへばりついて離れる事などなかった。


 「エルリック大佐!」
 簡易的な作りの砦には、人の気配が少なかった。
 見せかけばかりの造りのこの砦はあくまでダミーであるため、詰めている者はたかが知れている。
 それでも日に一度、錬金術師はここを訪れなければいけない。
 いくらダミーであるとは言え、敵を誘い込む前に崩壊すれば意味をなさない。そのため、補強に交代でここに来るのだ。
 「…ホークアイ中尉。珍しいですね。何か問題でもありましたか?」
 かつて、焔の右腕だった彼女は、今二つ名を持たないボクの右腕に据えられている。
 いつになく取り乱した、彼女の声は震えている。
 とは言っても、ボクやごく親しい人以外には解り辛いものだ。
 「……アルフォンス…失礼致しました。エルリック大佐はこちらの作戦には加わらないと聞いていましたので」
 「ああ、その事ですか。今朝、変更になりました。兄さんから、聞いてませんでしたか?」
 「……リゼンブール討伐軍には……」
 「兄さん、最後まで反対してましたからね。軍属であり続ける以上、故郷に進軍する事だってあり得る…頭では解っていたはずなんだけどね…兄さん、優しいから」
 皮肉るように言うと、青ざめたまま、彼女は黙り込んだ。
 しばらく沈黙が続き、ようやく彼女が口を開く。
 ボクは、じっと彼女を見つめた。
 「反乱軍には、農民や女性も加わっていました」
 「ああ…顔見知りをこの手で葬るのは、ボクも多少気が引けたよ」
 何でもない事のように言うと、彼女の瞳から一筋の涙がこぼれた。

 ごめんなさい。リザさん。
 あなたが泣いても、ボクはもう何も感じない。

 「…ごめんなさい、大佐を…っ、守れなくて…ごめ」
 それ以上聞きたくなくて、ボクは彼女を睨みつける。
 手で口を塞ぐ事も出来たが、間違って殺してしまいそうで。
 「あれは、事故だ。誰のせいでもない。マスタング大佐は、戦死した。ただそれだけの事です」
 誰かのせいにするならば。


 この戦争を起こした、我欲のために、戦争を起こした奴らのせい。



 変わってしまったな。

 そう、兄さんは悲しげに言う。
 ああ、ボクもそう思うよ。

 辛いなら、二人で逃げようか。

 軍を抜けた所で、逃げた所で、何も変わりはしない。

 これ以上、おまえが傷つく姿を見たくない。

 ありがとう、兄さん。だけど兄さんやみんながいくら優しい言葉を、心から言ってくれても、今のボクは癒せない。

 だから、せめて。


 「いつ終わるかは解らないけど、ボクは戦うだけです。あのひとが先の戦いで決意したように。ボクはあの人の遺志を継ぐだけです。それがボクの存在理由で、ボクの選んだ道だから」


 ボクは変わってしまった。
 あのひとが居なくなって。
 ぬくもりだけを残して、それ以外にボクはもう、何も残っていない。


 抜け殻であれるならば、あのひとの遺志を継げる。
 自らの手をいくらでも血に染めよう。
 そしてすべてを消してしまうまで、戦い続けよう。
 終わりが来る、その日まで。


 「大丈夫。いくら、冷酷なボクでも、無抵抗の人は殺してないですよ」
 冗談のように言い捨てて、ボクは彼女の横を通り過ぎた。


 目を閉じて、優しいあのひとを思い起こす。
 今でも鮮やかに、その瞳が、ぬくもりがボクの中に溢れていた。

 届かないと知っていても、ボクは呟く。
 あなただけ、愛しる。
 あなたが、ボクのすべてだ。と。

 そして、折れた翼を抱きしめながら、ボクは血に染まった掌を見つめた。


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