1.

ー今年、ママからもらうクリスマスプレゼントは二者択一ー


他の四季を愚弄するほどに、冬を愛するようになった。
春・夏・秋の必要性は全く感じない。あまりにも不要だ。
せっかく暑さ、寒さ、その変わり目を感じる事が出来る日本に住んでいるのに、何と贅沢な意見なんだ。
一応はそう思う。けれども、やっぱり他の季節は不要だ。

モコモコのジャンパーを羽織り、モコモコの帽子を被り、通年で寒さを保つ北極や南極で暮らすのが理想。
妥協して、アラスカあたりでもいい。北海道ぐらいじゃ妥協出来ない。夏は不要な温度まで上がる。
息を吐けば濛々と煙は出続け、息を吸えば肺の辺りに痛みを感じる、そのぐらいの寒さが理想。他は不要。

もし仮にモコモコの国に言ったらば、皆こう思う事は分かっている。

「何てキュートな女の子がやってきたんだ」

と。

ああ、分かり過ぎる結論だ。今更論ずる事でもなく、分かりきった事実。
だけど、言われると嬉しい。分かっている事だけど、人の口からはっきりとそう言われると喜んじゃう。
そういう事を言わない人だと分かったとしたら、「大丈夫。分かってる。可愛いって言いたいけど言えないんだよね」と認識する。

ああ、なんて罪な女なの私って。とは思わない。
何ていうか、罪とか罰とかそういう次元を超えた可愛さを持ってるの、私。
ウサギと天使を足して2で割ったら、さゆが出来るの。ううん、違う。
この世の可愛いものを全て足したものがさゆなの、割るのはいらない。
こんなにも可愛いから、クリスマスプレゼントは毎年山ほど貰うの。だって、さゆは誰からも愛されるし誰よりも愛されるから。
でも、今年はママから1つプレゼントを貰えたらいいの。
最近高いものをねだってないから、今年は結構大きく言える権利を持ってる。
今欲しいものが二つあるんだなぁ、どっちにしようかなぁ。両方!って手もあるけど、いくらさゆが可愛いからってそこまでは。
ママの反応を見て決めるしかないかなぁ、迷っちゃうよ!

学校が終わり、家族と夕食を終えたさゆみは自分の部屋に戻った。
ついているものをわざわざ消そうなんて事は思わないが、暖房がついている部屋に長時間いるのは少し苦痛に感じるようになった。
だから、自分の部屋にいる時は暖房はつけない。去年買ってもらったホットカーペットも、一昨年買ってもらった電気ストーブも。
隙間風がびゅうびゅう入ってくるって訳じゃないけど、隙間が全くないという事もあり得ないから、部屋の温度は10℃もきっとない。
それが普通だし、それが適温。いつしかそう感じるようになった。

「あーあ、プレゼント、どっちにしよっかなぁ」

自分の勉強机にどかっと座り、数日後に迫ったクリスマスの事を考えた。
これ程までにクリスマスというものを真剣に考えた事はない。
しかもクリスマスをどのように過ごすかではなく、どっちのクリスマスプレゼントを貰うか、究極の二者択一で悩んでいる。
前者に対しては、もう決まっている事だからというのもある。

椅子のスプリングがギシギシと軋む音がするほど、さゆみは仰け反った。
天井の4角のうちの1つが目に入った。目に入ったというより、意識的に目に入れた。
それは家族のみんなもよく部屋に来る友達も知らない、さゆみにしか知りえない歪だった。

さゆみはおもむろに立ち上がり、ベッドの上に立った。
ベッドの横にあるタンスの引き戸を階段状に全て開けた。寒いという理由で中から衣服を取り出す為ではなく。
タンスを利用した階段と壁を器用に使い、さゆみは部屋の上部へと移動した。
いくら常に可愛くいたくて体重に気を使っているといっても、タンスは人を乗せる事を考慮して設計されていない。
さゆみはギチギチと鳴るタンスに苛立ちながらも、天井に手が届くところまで登り切った。
板と板の微かな歪は、ここまで来るとはっきりと見える。ここまで来ないと見えないとも言える。
知っている人間だから、遠くからでも歪をそれと認識出来る。

「んー」

さゆみはタンスの一番上に屈む格好で乗り、角の板を持ち上げそのまま部屋の裏側へスライドさせた。

「さすがにちょっと寒いかも」

天井裏にひょっこりと顔を出し、中を見渡した。
この家の底の面積そのままの広さが、この天井裏にはある。ざっと30畳ぐらいか。
だだっぴろいこのスペースには何もない。たった1つを除いて。
このスペースのど真ん中に、pピンク色の箱がある。
天井裏にある西側の窓から差し込む月光が、丁度そのピンク色の箱を照らし出している。
外の冷たい風のせいで、窓がカタカタと震えている。
冬という季節故か、差し込む月の光はキラキラと光っているように見える。

「ぴょん、ぴょん」

さゆみは下から顔を出した状態のまま、手振りつきでウサギの物真似をした。
勿論、誰が聞いている訳でもない。その声は静寂に包まれた天井裏に反響し、そして消えていった。

「どっちがいいかな」

誰に言う訳でも、何に向かって言う訳でもなく、さゆみは無機質に呟いた。
が、それは客観的に見た場合。さゆみにとっては、その言葉はただの呟きではなかった。
きっちりと対象に目を向け、その対象にむかって放った言葉だ。

「にひ、やっぱさゆが決めるー」

ある種、世界は自分を中心に回っている。レッツ、ポジティブシンキング。
自称、誰からも愛される笑顔を残し、さゆみは頭を引っ込め、元の位置に板をスライドさせた。
板と板の間には、以前と同じ歪がある。


スペースのど真ん中に、ピンク色の箱がある。

2.

2年前の冬、さゆみは大きなピンクの箱を買った。
その年の秋に、ウィンドウショッピングをしていた時に目をつけた、ブランドもののモコモコした高いコートを買おうと
貯めていたお金を全てつぎ込んだ。
その箱を買うにあたり、さゆみは様々なオーダーメイドをした。
自分の理想とする箱を作ってもらえるお店を探すのも一苦労だった。
色やサイズは勿論の事、内装まで拘った。

「パパが釣りにいく時に使う、クーラーボックスのような感じにして下さい」
さゆみは業者に希望を告げた。

「こんなに大きなクーラーボックスは初めてだよ」
白髪の混じったおじいさんは単純に驚き、けれども理由は聞かずにさゆみの希望を叶えた。

さゆみは2種類のステッカーも買った。合計で100枚は越えようかというほど、大量に買った。

「可愛いぃー。さゆのセンスって最高なのー」

大量のステッカーを満遍なくピンク色の箱に散りばめ、さゆみは満足そうに微笑んだ。

3.

クリスマスイブ。さゆみは二者択一を決断していた。

「ママー、ケーキー!」
「さゆ、ドタドタ走らないの。そんな子にはサンタさんは来ないわよ」
「ママがいるじゃん。もう今年のは決めてるの。ママに選択権はないの」
「もう、いつもは夢みたいなこと言ってるのにこんな時は・・・」
「ママ、今年はね・・・あ、その前にケーキちょーだい」
「もう、忙しい子ね」

ダイニングテーブルに寄りかかってピョンピョン飛び跳ねるわが娘の姿を見て、さゆみの母親は深くため息をついた。
早くパパ、帰ってきてくれないかしら。運悪く今日という日に北海道へ出張へ行った父親の不在を嘆いた。
さゆみの母親は冷蔵庫からケーキの箱を取り出した。
箱を開けると、中から二人分としては相当な大きさのチョコレートケーキが見えた。
それまで白い生クリームのたっぷりと乗ったクリスマスケーキを望んでいたのに(1週間前から騒ぎ出していた)、
ここ2年は何故かチョコレートケーキを望むようになった。
ただ嗜好が変わっただけだろうと、さゆみの母親は意に介さなかった。

「じゃぁ、切るわよ」
「はーい。あ、とりあえずママの分だけ切って」
「何、それ?」
「貸して」

さゆみは母から包丁を取り、特大のチョコレートケーキを5分の1ほど切り取った。
それを皿の上に乗せ、残りは箱にしまった。
少しいびつな形に切り取られた5分の1が、バランスを失って皿の上で倒れた。

「残りはさゆのもんー」
「ちょっとさゆみ、どうするの?どこいくの?」
「それは内緒、えへ。あ、そうだ。ママ、プレゼントだけどね。さゆ決めたから」

慣れてはいるはずだけど、あまりにも急展開過ぎる娘の行動についていくのがやっとだ。

「何?とんでもないもの頼むんじゃないでしょうね。パパにも相談しないといけないんだから」
「うーん。そんなとんでもないもんじゃないよ。愛するさゆのためなんだから。さゆ、実は欲しいものが二つあったんだ。
 でも、決めた。あのね・・・が欲しいの」

さゆみはその「モノ」を伝える時、母にそっと耳打ちした。恋人が愛の言葉を伝えるように、そっと。
母はその「モノ」に釈然としなかった。何故そんな「モノ」を欲しがるのか、理解不能だった。
毎年のように、可愛い服、可愛いアクセサリーをねだられるものと思っていた。
1つだけ分かることは、「ソレ」は確かに高いものであると分かる。

「何でそんなものが欲しいのか、ちゃんと説明しなさい」

母は怪訝そうに説明を求めた。今現在、家にある「ソレ」では納得がいかないのだろうか。
そもそも、「ソレ」を使う機会が多いのは母である自分であって、さゆみはそれほどの使用頻度はないはずだ。

「んー、簡単に言うと・・・さゆの愛のため?じゃ、明日一緒に買いにいこーねー。ぴょん」

さゆみは器用にチョコレートケーキの入った箱を持ちながら、手振りでウサギの耳のアクションをつけ部屋を出た。
そんな意味不明な娘の行動にほんの少し不安を抱きながらも、とりあえず頭に思う事は1つだ。

「結構高そうねぇ。パパ、何て言うかしら」

さゆみは部屋に戻り、先日登った天井の角を見上げた。
先ほどまでの母親とのやりとりで見せていた馬鹿っぽい表情は、完全に消えている。
きりっと引き締まった表情というよりは、無感情な状態に近い。
相変わらず暖房の効いていない部屋は、実際なら身が縮こまるぐらいの温度だが、さゆみはその寒さを全く感じていない。
それは限界を超えたから寒さを感じ取っていないのではなく、すっかり寒いという概念が無くなってしまっているからだ。

「さゆは一番じゃないの」

誰に言う訳でもなく、まして自分に言い聞かせるでもなく、ただそのように口を動かしただけかのように、さゆみは呟いた。

大きく手を伸ばしてケーキの入った箱を先にタンスの上に乗せ、先日登ったようにして自分もタンスの上に屈んで乗る。
相変わらず見える板と板の間の歪は完全に無視し、さゆみは板をスライドさせた。
ケーキの入った箱を天井裏に運び、腕の筋力と壁をうまく利用しながら、さゆみは天井裏に這い登った。

外した板はそのままにし、ケーキを手に取り天井裏の中央部に向かって歩く。
外の風は止んだのか、窓を叩く音は消え去っていた。

「あ、雪」

家全体に吹き付けていた風の代わりに、外はしとしとと雪が降っていた。今年最初の雪。
月の明かりは今はほとんどない、無光の世界。
さゆみはずんずんと部屋の中心に近づいてゆく。
中心にあるピンク色の箱の前に来る頃には、さゆみの表情は一変していた。
自称、誰からも愛される、誰よりも愛される笑顔になっている。
さゆみはその大きなピンク色の箱の前でひざまずいた。

「ハッピーメリークリスマス。イヴだけど」

さゆみはピンク色の箱の蓋を開けた。

蓋にはウサギと亀のステッカーが多数、隙間なくびっちりと張られていた。

「ハッピーメリークリスマス、絵里」

ピンク色の箱の中には、小柄で少し茶色がかったショートカットの少女が、一糸纏わぬ姿でいた。
その少女は胸の前で手を組み、無表情に目を瞑ったまま、身動きひとつしない。
さゆみは徐に着ている衣服を脱ぎ捨て、その少女の眠る箱の中に入った。
全く暖房のない天井裏で裸になるなんて行動は、どう考えても尋常ではない。

中に入ったさゆみは、身動きしない少女に抱きつくように肌を合わせた。
少女の組まれた手を解き、自分の体を抱きここむように移動させる。
箱の中にいた少女の顔には血の通った色はしない。さゆみが寄せた肌に、暖かさは感じない。
だけど、さゆみだけが感じ取れるものがあった。

「絵里、メリクリ。ふふっ、韻を踏んだ訳じゃないよ。今年も、絵里が大好きなチョコレートケーキ、持ってきたから。後で一緒に食べようね」

さゆみは絵里と呼んだ少女に抱きついたまま、箱の周りを見渡した。
釣ったお魚さんが入っているような、無機質なただのクーラーボックス。

「絵里。今年のプレゼント、何貰う事にしたか、聞いてくれる?多分、さゆ天才なの」

さゆみは少女の首筋に、ぐりぐりと頭を押し付けた。

「迷ったの。よくTVで流れてるじゃん。寒い地方に住んでる人達が着てるような、体も頭もモコモコに包んでくれるジャンパーみたいなの。
 ほんとはあれがほしかったの。あれもらって、どっか・・・アラスカとかで暮らそうと思ったの。そこだったら、絵里をこんな所に
 押し込めなくてすむじゃない?だから、そこでずっと可愛い、唯一さゆよりも可愛い絵里とずっと暮らそうと思ったの。でも、それって
 現実的じゃないから止めたの」

さゆみは少女の顔を、数センチの距離の所で見つめた。見つめ続けた。
少女の体からは、温度は伝わってこない。何も伝わってこない。さゆみ以外には。

「でっかい冷蔵庫を貰う事にしたの。それをここに置いてたらね、いつでも絵里に会えるじゃない?毎年冬になるまで、こんな箱の中に
 入れられて、しかも土の中に埋められたまんまじゃ、絵里も息苦しいと思って。冬になったら庭の穴を掘り返すさゆも大変だし。
 ふふ、さゆ、やっぱ天才」

さゆみは再び、少女に体を預けた。完全に密着するように、強く全体重を預けた。
重い、そんな言葉を言われる可能性はゼロであるが、例え言われたとしても問題ない。

「これは、さゆの愛の重さだよ、絵里」

温度なんて不要だ。さゆが欲しいのは1つなの。

「ずっとさゆよりも可愛い、一番可愛い絵里でいて」

さゆみは、右手で少女の腹部にそっと触れた。
真っ白な体と対称的に、その部分の皮膚がドス黒く変色している。
だけどそれは皮膚が変色しているのではなく、別の要素によってそうなったものだった。
少女の体に残る生々しい傷跡、もう流れる事はない白い体にこびりついた血液。

「さゆの足跡」

さゆみは少女に体を預けたまま、静かにそっと目を閉じた。
外は変わらず、しとしと雪が落ち続けている。
さゆみの部屋に掛けてある鳩時計の鳩が、12回出たり引っ込んだりした。
天井裏には、その時計の音は聞こえてこない。無音の世界は、耳が痛い。



「メリークリスマス」