1.

ー真っ白な立方体の箱。その中にある長い真っ白なテーブル。
テーブルに沿って、たくさんの椅子が並べられている。
広い空間にポツンと座る一人。
目の前にある水の入ったグラスに手をつける。
手にとったそのグラスを思いきり投げ捨てる。
それは音もなく地面に落ちた。

ビー玉が1つ、目の前に転がっているのが見えた。
何の気なしに、ビー玉をテーブル上に走らせた。
そのビー玉は、真っ直ぐテーブルの端まで転がって落ちた。
すると途端に煙がモクモクとたちこめ、人影が現れた。
何処かで見た事がある。誰?見た事あるような気がする。
もしかして・・・

確かにそれは自分の姿だった。だが、決定的に違うのは老け具合。
深い皺の刻まれたその顔は、おばあちゃんと呼ばれる権利を得ている。
その老婆、姿形は完全に自分であるその老婆は、嫌な笑い方をしながら じっとこっちを見ていた。
自分の姿。未来の自分の姿なのか。ありえない。想像もしたくない。
消えて。そう願う。頭を抱え、長い机の上に突っ伏したー

2.

「うーん。ん?」

目を覚ますと、そこはいつもの楽屋だった。
収録後、疲れて眠っていたようだ。
小さなテーブルに体を倒して眠っていたせいか、筋がかたまってしまっていた。
畳の上に、飲みかていたお茶のペットボトルが倒れていた。
どうやら眠っている間に、自分で落としてしまったようだ。

「あー、もう最悪や」

豹柄のハンドバッグの中からハンカチを取り出して、濡れた畳を拭いた。 一部分だけ変色している。

「はぁ・・・」

最近ため息が増えた。年齢から来るものだろうか。
ここで仕事をしていると、若い昔の仲間達と触れ合う。
さらに新しいメンバーも入ってきた。しかも中学生。
以前在籍していたグループも、どんどん若くなっている。
個人の仕事は充実している。でも何故かよく出るため息。
拭いていた手を止め、楽屋に張ってある鏡で自分の顔を見る。

「皺、増えたかもなー」

もう大台に乗ってもうたし。色々考えなあかんよな。
さっき見た夢の影響だろうか、昨日よりも気になる。

「はぁ・・・」

また出るため息。その時、ふいに楽屋のドアが開けられた。

ガチャ

「どうもー、チャーミー石川でーす!」
「な、なんや!」
「それではいきまーす。音楽、カモーン!」

急に入ってきたかと思えば、石川は手に持っていた
ラジカセを自分で再生した。そこから流れてきたのは トランスミュージック。

「ヘーイ!デンデンデン!ヘーイ!」
「な、何してんねん、アンタ・・・」
「中澤キャスターもご一緒に!」
「何を?」

一心不乱に踊り続けている石川を見て、中澤はポカーンと 口を開けるしかなかった。楽しそうに踊っているその姿を。
暫くして音楽が止まり、石川は踊るのをやめた。

「どうもぉ、チャーミー石川でしたぁ。グッチャー」

そういい残すと嵐のように去っていき、そのまま放置された。
中澤は開いた口が塞がらなかった。

「な、何?」

理解に苦しむ彼女の行動。何をしに?何の理由で?
で、何で今トランスチャーミー? 全然タイムリーやないで。
古い古い。いや、もっと以前の問題なんやけど。
ぼーっとしていると、次の来客が。

ガチャ

「コラ、裕子。父さんはお前をそんな子に育てた覚えは無いぞ」
「「父ちゃん!」」

よっさん。辻。加護。何や今度は。しかも、メイクばっちり決まってるやん。
今日はそれ、無かったやんな・・・
好きなんやけどな。めちゃめちゃ好きなんやけどな。
ごめんな、今何が巻き起こってんのかが、裕ちゃんわからんねん。
どうしてほしい?のってほしい?どんな感じでいったらええの?

そうこうしているうちに、吉澤の眉間に皺がよった。
うー、とうめきながらパワーをためている。
辻と加護はそんな吉澤、いや親父の様子を見つめている。

「バカヤロー!」
ちゃぶ台をひっくり返す素振りだけ見せた。
「「父ちゃん」」
「お前達。いくぞ」
「「はい!」」

バカヤローという言葉を残し、三人はうさぎ跳びで返っていった。
二つ目の嵐はこうして去っていった。
またしても理解不可能だ。中澤の脳内は混乱を極めた。
マンボウの卵ぐらいの数のクエスチョンマーク。
特に会話が繰り広げられる訳でもなく、一方的。
目が点になり、すでに溢したお茶の事は頭に無かった。

「わ、わからん・・・今日は何・・・?」

そして、第3の刺客。

ガチャ

「も、もう、なんやねん一体・・」

以前コントでツボにはまってしまった、あのキャラがやって来た。
もう一人はレポーターの格好で。
レポーターの方が、石川が放置していったカセットデッキに
新しいテープを入れ、再生させた。
そこから流れてきたのは、例の有名ドラマの音楽。

「ユキコおばちゃん。こんな所で何やってるんだい?」
「い、いや、ユキコおばちゃんちゃうし」

一応、小声でそう言っておいた。今までの流れからいって 何を突っ込んでも無意味なのは百も承知だ。

「今日は中澤さんの所へ、オジャマールシェ」
「え?え?」

カメラ回ってないし。マイクないし。
プライベートをおじゃまーされても。
いや、その前にアンタが小川を突っ込まんとあかんのとちゃう?
ええの、ほったらかしで。今アンタしかおらんから。

「どうもありがとうございましたぁ。オジャマルシェ紺野でしたぁ」

え?何もインタビューとかされてないけど?終わりですか、紺野さん?
ほったらかしの小川はどうすんの?ホラホラ、きょとんとしてるで?
何とかしてあげて。寒くないように。毛布をかけてあげて。言葉の毛布を。
風引いてしまうから。今忙しいんやろ?風邪引いてる暇なんてないやろ?

「行くわよ。ゴロウさん」
「おっ。バス停はあっちかい?蛍」
「いや、私は蛍じゃなくて、オジャマルシェですよ?」
「そうかいそうかい。じゃ、行こうかね。蛍」
「う、うん」

めんどくさくなったな。紺野の奴。いや、そんな事はどうでもええから。
何なんや、このラッシュは。寄せては返すみたいな波は。 寄ってくるだけやけど。もう、分からん。

中澤は苛立ちを隠せずに、頭を掻き毟った。
静けさの中に、ドアをノックする音が聞こえた。
今日初めて聞くノックの音。

中澤はまた何かやってくるんじゃないか、と思いぶっきらぼうに答えた。
なんだかどっと疲れたような気がする。
そして次の来客が、全ての答えを導き出してくれた。

「なっち、カオリ、矢口」
「裕ちゃん」

普通の格好の3人が入ってきた。少し申し訳なさそうな顔をしている。

「何なん?あれは一体?」
「うん、あのね」
「皆思ってたんだ。最近、裕ちゃん元気ないよねって。だからカオリが  裕ちゃんの事、皆で元気づけてあげようって言ったの」
「あんまり裕ちゃんと、仕事場以外で会えないじゃん?だからオイラが  考えたんだ。それぞれ得意なキャラクターで裕ちゃんを喜ばせようって」
「突然だったから吃驚したかもしれないけど、ちょっとは楽しめたっしょ?」
「みんなノリノリだったから、テンションついていけなかった?」
「なっちも執事やればよかったべさ」
「あ、だったらヤグチ、キノコ出来たなぁ。カオリだったら何する?」
「・・・」

悩んでいるのか交信しているのか、判断は難しい。

そうやったんか。やり方はどうあれ。
最近ウチが元気ないからみんなして・・・

中澤は深く頭を垂れた。3人は中澤が怒っているのではないかと思い、
顔を見合わせた。矢口はそっと中澤の膝の上に乗って、下を向いた 中澤の顔を覗き込んだ。

「元気だせよー。裕子ぉー・・・・・・裕ちゃん?」

中澤は頭を垂らしていたため、髪で顔が見えなかった。
肩は小さく震えていた。

「おい、裕ちゃん。泣くなよ」
「うっさい!泣いてへんわ!泣いてなんかおらんわ!」
「泣いてんじゃんよー」
「うん、泣いてるよね」
「泣いてるっしょ」

すると突然、ドタドタドタと楽屋にたくさんの足音が。
皆いっせいに、この部屋に入ってきた。

「あー、中澤さん泣いてるよー」
「何で泣いてるのれすか?あいぼん、教えてくらさい」
「のの、自分で考え」
「う、うるさい!みんな出て行って!こんな狭い部屋に
 何人入ってんねん!酸素薄いわ!」
「はいはい。ほら、みんな出て行こうねー」
「もっとなかざーさんとお話したいのれす」
「したいしたい!」
「いいから早く出る」

飯田が皆を外へ促す。辻加護は無理問答を続けている。
安倍、矢口、飯田の三人は、顔を見合わせてくすっと笑った。
急に人がいなくなったせいか、中澤の楽屋は耳が痛くなる程静かになった。
中澤は立ち上がり、髪をかき上げた。もう一度鏡を見る。
目は真っ赤になっていたが、数十分前に見たものとは違って見えた。

カオリもリーダーが板についてきたなー。
まさかウチがみんなに励まされるとは思わへんかった。
この子らから結構エネルギーもらうよなー。

楽屋にある唯一の窓から、光が差し込んでいた。
中澤は両頬をポンポンと叩いた。

「おっしゃ!」

豹柄のバッグから手帳を取り出す。まだ今日は終わらない。
いざ次の現場へ。もうあの夢は見ない。そう確信できた。