〜 はじめに 〜

あめい−せんそう【蛙鳴蝉噪】
 (蛙や蝉がやかましく鳴くことから)
 @がやがやしゃべること。
 Aへたな文章やつまらない議論をあざけっていう語。

『広辞苑』第5版より

 HPタイトルが読めるかどうか以前に、この前口上の存在にどれぐらいの人が気付くか甚だ心配ですが、別に読まれなくても構いやしないのでこんなところからリンクしておきます。どーも。インターネット上はおろか、生存確認をされるのも久しぶりかもしれません。ダメ人間のクェーカー。でございます。またHPをやることに致しました。よろしくお願い致します。

 何でこれをHPのタイトルにしたかというと…えーと、特に深い意味はないんです。四字熟語辞典をパラパラめくって、このHPの内容に合ったものを選んだつもりです。まずは「へたな文章」。それに、「やかましい」と思われるぐらい頻繁に更新したいってのと、掲示板やチャットで「がやがやしゃべること」ができたらいいなってのが込められています。無理だけど。

 基本方針は以前と同じです。やりたいようにやる。人に迷惑を掛けないようにする。無駄な所に力を入れる。隠しページはすぐ見つかるように作る。終わる時はある日突然ふっと消す。こんなところですか。HPタイトルから本名を消したのに特に意味はありません。リンクの際などの本名掲載はご自由にどうぞ。このHP内を全て見たらどこぞに普通に出てきますし。

 それでは、この「蛙鳴蝉噪」を可愛がってやって下さいませ。カウンタが一向に進まなくても、私が「やりたい」と思う限りは続けていきます。でも、無駄にカウンタが進むのもちょっと嬉しかったりして。それはさておき、何か不都合、疑問、苦情、誤植などがございましたら、すぐにメールや掲示板などでご一報下さい。出来る限り真摯に対応致します。(2003.04.11)


 追記。

 古本屋でふと芥川龍之介の『侏儒の言葉』を見つけました。「人生は一箱のマッチに似ている。」という文章を探そうとページをめくっていると、随所に共感を得る文章があったため、迷わず購入しました。また、その「序」があまりにも自分の気持ちとぴったりだったので、ここに引用します。

「侏儒の言葉」の序
「侏儒の言葉」は必しもわたしの思想を伝えるものではない。唯わたしの思想の変化を時々窺わせるのに過ぎぬものである。一本の草よりも一すじの蔓草、――しかもその蔓草は幾すじも蔓を伸ばしているかも知れない。
芥川龍之介

 「侏儒の言葉」の部分を「蛙鳴蝉噪」や「管理者の独り言」に置き換えて頂ければ分かり易いと思います。芥川ほど深い意味を持たせて前置きをしているわけではありませんが、大体こんな感覚でHPをやってるんだな、と思って頂ければ幸いです。特に私の思想はコロコロ変化します。まだ一貫した考えを持てるほど人間が出来上がっていません。(2005/05/18)

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