ある命あるモノの世界
バール♂

モス♀



バール:何故、命は繰り返すのか・・・
    何故、死は訪れるのか・・・
    ただ生まれて子をなし死にゆく・・・
    それにどれ程の意味があるのだろう?

モス:浮遊感。甲高いビブラートが辺りに響かせている。
   今日も、どうしようもない空腹感が襲ってきている。

バール:なぁ、モス・・・
    まだ死ぬなよ?

モス:分かってる。
   まだ死ぬ訳にいかないもの。

バール:人間の血の臭い・・・またヤッたのか?

モス:そうね、生きる為だもの。
   貴方はあの腐った水溜りの様な場所から抜け出して
   食事を取ってないんでしょ?

バール:もう空腹感も感じやしないさ。

モス:私は駄目・・・血が欲しくて堪らないの・・・

バール:俺達の存在は人間にとって忌み嫌われる存在だ。
    見つかれば、襲われるかも知れないんだぜ?

モス:知ってる。でも、私も人間を襲わなきゃ生きていけない・・・
   この喉の渇きを癒すには生き血が必要なの。

バール:今日も行くのか?

モス:ええ、行くわ。

バール:俺達は人間社会とは共存出来ない宿命なのかも知れないな。

モス:いえ、ある意味共存していると言えるわ。
   私達は生きる為に・・・人間達は私達からの恐怖から逃れる為に
   お互いを襲い合う。
   生存競争・・・でも私達にとって餌がなければただ飢えるしかない。

バール:変わったな。

モス:そう?

バール:考え方も行動も・・・そして見た目すらも・・・

モス:見た目は貴方も変わったわ?
   だって私達種族は変わる運命にあるんだもの。

バール:そういうモノに生まれた宿命か・・・

モス:じゃ・・・行くわね。

バール:ああ。

モス:背中の羽を大きく広げ宙を舞う。
   近くに人間がいる。
   その人間は酔っているに違いない・・・酒気がここまで漂ってる。
   恰好の獲物ね。

バール:俺は食事をやめた。
    その必要が無くなったからだ
    だが彼女には食事が必要だった。
    子をなし次の世代に命をつなぐ為に・・・
    人間に忌み嫌われ、時として命を奪われる危険を冒しながら。

モス:だらしない男・・・
   酒を呑むのは良いけど・・・泥酔して道端で寝込むなんて・・・
   私の餌になる為だとでも言うのかしら?

バール:きっと彼女は獲物に痛みすら与えないだろう。
    そして獲物の命を奪うこともしない。
    彼女にとって生きる為、生を繋ぐだけの為の行為。
    そう、食事なのである。
    だが、その代償に彼女が支払うリスクは自らの死・・・
    神よ・・・どうしてこんな不公平な運命を我等に与えたもうたのだ!

モス:美味しそうな首筋・・・・
   嫌いじゃないのよ?美味しく頂いてあげる。

バール:俺には彼女の無事を祈ることしか出来ないとだろうか・・・

モス:・・・・いただきます。

バール:こっそり様子を見に行ってみるか。

モス:このくらいで良いかな・・・
   空腹感も満たされたし。
   さ、いい子だから、私が立ち去るまで気付かないでいてね?

バール:いた。

モス:あれ?バール。

バール:心配で見に来てしまったよ。

モス:ふふ、今戻るところだったのよ?
   心配性ね!

バール:っ!?危ない!

モス:きゃあ!!!

バール:それが俺が見た、彼女の最後だった・・・
    人間の男の掌の中央で無残にも圧死させられ
    今吸ったばかりであろう男の血を散らばらせていた。
    蚊の一生・・・それは実に儚く。まるで夏の悪夢のような一生を送る。
    雄である俺は血を吸わない。
    だが、雌の彼女は命を賭けた食事が宿命付けられているのである。
    モス、すまないな・・・俺は安全な場所から君を見ることしか出来なかった。

モス:わかってる・・・そんな事知ってたよ。

バール:ぁ・・・・・・

モス:そっか貴方もこっちに来ちゃったんだ?

バール:・・・うん、俺、血も吸わないのに蚊だってだけで殺されちまったみたいだ。

モス:そう。

バール:2匹の蟲の一生を描くには・・・この舞台では短過ぎるかもしれない

                                END