ソウル観光ガイドを兼ねた朝鮮・韓国歴史入門 (1)

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「 朝 鮮 」

 朝鮮では、1392年に이성계(李成桂 イソンゲ)が国を建ててから1910年の日韓併合まで 500年もの長い間、李王朝が続いた。これを李朝朝鮮(李氏朝鮮)という。建国当初、国の名前を 조선(朝鮮チョソン)とするか 화령(和寧ホァリョン)とするかを明に裁決を求めたところ、「朝鮮の名前が美しく、由来も遠い」ということで翌1393年に国名として朝鮮を公布した。和寧とは李成桂の出身地、 영흥(永興ヨンフン)の別名である。朝鮮というのは紀元前にこの半島で国を作っていた王朝の国名であるがそれと李氏朝鮮にはつながりはない。

李氏朝鮮は 유교(儒教 ユギョ)を基盤にすえたので、現在まで南北朝鮮の生活では儒教の影響が根強く残った。ことに儒教の中でも最も厳格な朱子学を守っているので、本場中国の儒教よりも厳しい内容になっている。

 ソウル 

 朝鮮を建てるに当たって都を 한양(漢陽 ハニャンに)に定めた。現在のソウルである。その際、地名を 한성부(漢城府 ハンソンブ)とした。通常は「漢城」と呼ばれた。
 서울(ソウル)というのは朝鮮語で都の意味で、民衆の間では当初から서울と呼んでいたらしい。한성부 は1910年の日韓併合の時、日本が京城(けいじょう)と改名した。
 서울 の場所決定 都にこの地が選ばれたのは風水地理による。風水とは土地の「相」で、手相や人相と同じように吉凶を占って、墓や家の場所なども定められる。ごく簡単にいえば「背山臨水」、つまり山を背にして川を臨める所が良しとされた。서울では「山」は경복궁 (景福宮 キョンボックン)の裏の 북악산(北岳山 プガクサン)で、「水」が한강(漢江 ハンガン)である。
 そして四方を守山(北=玄武 南=朱雀 西=白虎 東=青龍)で囲まれている。「内水」として청계천(清渓川 チョンゲチョン)が流れていた。 청계천로(清渓川路 チョンゲチョンロ)の場所である。 長い間、埋め立てられていたが、最近、川が復元された。 都市全体は中国の都にならって、宮殿が北端から町を見渡すかたちになっている。


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