音韻と音声
「音韻」と「音声」という2つの概念で説明でできます。
朝鮮語と日本語で「音韻」の仕組みが異なっているために、
このような現象が起こります。
音韻
どういうことかというと、
語頭において、舌先音(sを除く)は
(1)朝鮮語では、t、th、tt、n しかない。つまり d がない。
(2)日本語では、t、d、n しかない。つまりdがある。
この(1)と(2)は「音韻」の話です。音韻とは「どういう音として聞こえているか(意識)」のことです。(音韻は /t/
と表記することにします)
音声
ところで、実際に個々の人間がその時その時に発音しているのは、全く同じではあり得ない。
人の骨格が微妙に違うように口腔内の骨格も微妙に違うから、
みんな全く同じ発音をするのは不可能です。
人によって、またその時によって、発音も異なるし、声の高さ、音量、音質も異なります。
この発音を「音声」と呼びます。(音声は[t]と表記することにします)。
ということは、その度に実は異なっている「音声」を、
韓国人の耳には(1) のどれかとして、
日本人の耳には(2) のどれかとして聞いているのです。
これが「音韻」と「音声」の関係です。
(英語と日本語を例にとれば、英語人の耳には[r]と[l]がそれぞれ/r/と/l/として聞こえるのに、
日本語人には[r]と[l]が、同じ/ら/に聞こえるということ。)
つまり語頭において、舌先で発音されている音声は、息の強さ、声の出し具合、
鼻からぬけ具合などいろいろあっても、とりあえずすべて、
(1') 朝鮮語話者は /t th tt n/の4つのどれか
(2') 日本語話者は /t d n/ の3つのどれか
...として聞こえる。そして、この4つ、ないし3つが区別できていればいいわけです。
[d]は、何として聞こえるか
そうすると、
語頭において、[d] が発音されたとしましょう。当然、日本語話者は /d/ と聞きます。
ところが、韓国語話者はどうでしょうか。朝鮮語話者にとって /d/ はないので、
(1')の4つのどれかに当てはめることになります。
そこで、有声である特徴を有効にして /n/ と聞くわけです。
こんどは逆に、発する立場から考えますと、
/n/ を発しようとします。このとき、/n/ は鼻から抜いて(鼻音)、
声も出す(有声音)という特徴がありますが、
語頭においては /d/ がないので、/n/ 以外には有声音がありません。
だから、鼻からぬけて([n])いようが、ぬけていまい([d])が、
有声にしておけば /n/ しかない。むしろ、特徴のどちらかを省略した方が経済的です。
だから、朝鮮語話者は /n/ のつもりで [d]を発音することがあるのです。
ところが日本語話者が、朝鮮語話者の鼻からぬけていない /n/(つまり[d])を聞いたら
どうでしょう。/d/ と /n/ を区別する日本語話者にとっては /d/ と聞こえてしまう。
語中では状況が異なります。朝鮮語で語中の舌先音では、
/d/、/th/、/tt/、/n/ の4つを区別することになり、
こうなっては、/n/ を鼻から抜かなくては /d/ との区別ができなくなる。
だから必ず鼻から抜く([n])ことになります。
区別要素(○/×)による説明
別の説明の仕方をします。朝鮮語の先の4つの音を区別する要素を分析してみると、
次のような要素(有声/有気/緊張/鼻音)が考えられます。
(3)朝鮮語区別要素
| (有声) | (有気) | (緊張) | (鼻音) |
| /t/ | × | × | × | × |
| /th/ | × | ○ | × | × |
| /tt/ | × | × | ○ | × |
| /n/ | ○ | × | × | ○ |
/t/有声の要素か、鼻音の要素の、どちらかを無視しても、4つを見分けることができます。
1の区別要素を放棄するとは、/n/ も無声にしちゃえということで、
4の区別要素を放棄するとは、/n/ も非鼻音にしちゃえということです。
でも、無声の n をもつ言語は少ない。
しかも、/無声の n/( hn と表記)をもつ言語では必ず、有声の /n/がある。
だから、無声のn だけを持つというのは、ありにくい。
(生理的な原因でもありそうだ)とにかく、4を放棄する方が易しいようだ。
というわけで、4を放棄したのが朝鮮語なわけです。
音韻論では、この区別要素を「弁別素性」(distinctive feature)と呼んで、
×を「−」、○を「+」で表します。
ソウル語の語頭アクセントと慶尚道方言について
同じ舌先の音で、t, th, tt のように
3つを対立させるのはやはり、難しいようです。
上の(3) で、/t/ と/th/ をみると、2有気の−と+で対立していますが、
今のソウル方言で、これはどちらも+になっています。
その代わりに、高低で対立させています。
(4)ソウル語区別要素
| | (有声) | (高い) | (緊張) | (鼻音) |
| /t/ | × | × | × | × |
| /th/ | × | ○ | × | × |
| /tt/ | × | ○ | ○ | × |
| /n/ | ○ | × | × | ○ |
2の要素を入れ替えてあります。ソウルでは、有気の代わりに高低でもこのように
4つを区別することができます。( /tt/ も+になります)
しかし、慶尚道方言ではそうはいきません。
なぜなら、高低は、また単語の次元で区別に使われているからです。
多くの日本語と同じです。東京の「雨」と「飴」、「奈美」と「波」のように
高低で単語を区別する例があります。子音の区別に高低を使うわけには行きません。
だから、慶尚道では語頭でも /t/ が、完全ではないが、かなり有声です。
ごく単純化すると(5)のようになります。
(5) 慶尚語の区別要素
| | (有声) | (有気) | (緊張) | (鼻音) |
| /t/ | ○ | × | × | × |
| /th/ | × | ○ | × | × |
| /tt/ | × | × | ○ | × |
| /n/ | ○ | × | × | ○ |
こうなると、ソウル語のように、4を放棄するわけには行きませんね。
だって、 /t/と /n/が同じになってしまうから。日本語と同じ理由です。
だから、慶尚語では、ネーはデーにはなりません。
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