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外池俊幸の三百冊


最終更新日:2005年2月5日

 このページでは、私が読むことをすすめる本を、簡単な紹介の文章を付けて 紹介します。
 今回、こういうページを作ることを考えて、私が過去に読んだ本で思い出す ものを、比喩的な言い方で言えば、全体を眺めわたしてみて、岩波書店から出 ている本の多さにあらためて驚きました。ちょっと偏り過ぎですね。そのあた りを少し意識して、大手の出版社以外のところから出ている本にも注目して紹 介していきます。
 最近の反省。本の読み方が浅いかなと思いはじめました。いろんな分野の本 を読もうとすると、それぞれの関連する本までたくさん押さえるわけにいかな いところも出てきてしまう。しかし、きちんと批判的に、読まないといけない。 自戒。(8/6/03)
  1. 井筒俊彦(1980)『イスラーム哲学の原像』岩波新書(黄版)119.
     1册目はこれにしましょう。イスラーム神秘主義という、人間が世界をどう 認識するかを論じている。神秘主義という、私達が現実とは違うことだと考え られることを論じながら、論じている対象と論じている主体である著者との距 離感が非常にいい。岩波から出ている「図書」で岩波新書の何十周年の記念に、 「私の勧める岩波新書三冊」みたいな特集を組んでいて、河合隼雄が勧めてい て探した。しかし、絶版だった。それで神保町で探し、見付けて読んだ。
  2. 下條信輔(1999)『<意識>とは何だろうか』講談社現代新書.
     名前を最初に耳にしたのは、S. H. さんからだった。意識の問題、身体感覚 などは、やはり面白い問題で、関係する問題に関する研究をきちんと追い掛け て、最新の研究成果を踏まえて、しかも一般の人でも理解できるように書かれ ていて、すすめたい1册。
  3. 木村 敏『時間と自己』中公新書.
     「や」さんに勧められた。世界的な業績を上げていて、外国でも知られた人 らしい。さもありなん。中島秀之さんが、『認知科学』第10巻、第1号の巻頭 言で紹介されている。
  4. なだいなだ『権威と権力』岩波新書.
     古典的だが、人間は簡単には変われないので、人間の本質を捉えていれば、 進化が進むくらいの長い年数がたたなければ、当て嵌まるということになるの だと思う。布施英利は、現代人は、大体5万年変わっていないと考えている。 議論の余地はあるのだろうけれど、生物としては、万年単位で考えないといけ ないのでしょう。
  5. 網野善彦『日本の歴史 上・中・下』岩波新書.
     この人も、結局は、常識や思い込みを疑った人だったのだと思う。そして、 歴史研究で大きな成果を挙げた、そういう人だと思う。特に、「百姓」と呼ばれ た人たちすべてがが農業に従事していたわけではなく、漆、塩、陶磁器など、 様々なものを売買、また交易を行っていたことを明らかにした点は重要だと思 う。そして、疑う人が出てくると、次々他にも疑うひとが出て来て、研究全体 が活性化するという結果に結びつくのだろう。
  6. 網野善彦(2000)「中世再考」講談社学術文庫.
     すぐ後で、ホームページに、こういうことを書くのはどうかと思うのだが、 網野氏が研究されていることに近いことを研究されていて、網野氏の仕事につ いてもご存じだと思われる方と話す機会があった。業績は認めるが、あんなに たくさん本を書くということは、仕事の精度が問われるのではないかというこ とを言われた。
     しばらく前に、近世日本文学が専門の方と話す機会があった。明恵について の本が話題になったのだが、河合隼雄についても、私はそのまま鵜のみにする 気にはなれないということを言われた。岩波関係で有名になる人には、業績を 評価しながらも、きちんと注意深く読まないといけない人も多いのかもいしれ ないと思うようになってきた。((8/6/03)
  7. 網野善彦(1998)「東と西の語る日本の歴史」講談社学術文庫.
     前書きで、蕎麦好きの網野さんが名古屋大学へ赴任して来られて、手軽に入 れる蕎麦屋がなくて困ったということを書いておられる。しかし、麺好きの私 は、すぐにきしめんとかうどんとかになじんだから問題はなかったというよう な事を書いておられる。麺もそうだが、味噌もやはり東と西、地域によって違 うわけですね。
  8. 佐々木正人『アフォーダンスー新しい認知の理論』岩波書店.
     アフォーダンスという捉え方も、もうかなり知られるようになってきたのか どうか、私は全然分からない。しかし、私は、また私の周りにいる研究職の人 たちは、 かなりの数の人が知っていると思うし、重要であることも認識しているように 思える。
  9. 塩谷陽子『ニューヨーク 芸術家と共存する街』丸善ライブラリー.
     W. T. さんに教えられた。日本で芸術家というと、どういう条件を満たして いないといけないか、それを誰が判断するかと考えると、専門家と考えてしま いがちだが、ある意味で全く違う観点が取られているところが面白い。最初か ら、芸術なのであるから、飯が食えることなど前提にできないことが分かって いる。そこで、例えば、5年間、その芸術活動に従事していることを、芸術家 として認める基準にしようとしている。日本のように、才能があれば、すぐ売 り出されてしまうということにならない。
  10. 酒井高男『おもちゃの科学』ブルーバックス.
     複雑な装置や機具を使わないでできる面白いおもちゃ作りを紹介していて、 いいと思った。もうかなり前に出た本だ。
  11. 会田雄次『ア−ロン収容所』中公新書.
     戦争から帰ってきた時に、地球上にイギリス人が一人もいないようにしたい と考えていたという著者の収容所での経験を語った本。
  12. 松本 亨(1965)『英語の新しい学び方』講談社現代新書52.
     古い本ですが、外国語を学習する際には、何をすればいいのかをきちんと論 じていると思う。
  13. 松本 元『愛は脳を活性化する』.岩波科学ライブラリー.
     これは、やはり刺激的な本です。人間は知情意で言えば、情で生きる生き物 なので、他者からの愛が感じなければ生きていけないということ。人間は、愛 によって駆動する動物であり、その中心である脳は、そのように設計されてい るのだと考える。さらに、キリスト教がすべての人を受け入れてくれる愛をと く宗教である点に着目している。
     2003年3月9日死去。驚いた。2003 年5月11日、平成15年大阪府立大学名古屋同窓会に招かれて、大島 清(京 都大学名誉教授、愛知工業大学客員教授、元京都大学霊長類研究所所長) 「脳 200%活用法」という記念講演を聞いた。猿の子供を檻に入れて、ミルクだ けは与えるが、愛撫(タッチングという語を使っておられた)してもらえない 状態を続けると、本当に可哀想な状態になるという実験を紹介された。これは、 18世紀だったかにヨーロッパのある国で、国王が赤ちゃんを複数集めて、人 からの愛撫など、可愛がってもらえない(愛情をもって接してもらえない)状 態を続けたら、結局みんな死んでしまったということと本質的に同じことだと 思った。(5/12/03) 
  14. 中村とうよう(1999)『ポピュラー音楽の世紀』岩波新書.
     私は、10代の頃からいろいろな音楽を聞いてきて、途中から民族音楽にも 興味を持ち、さらに邦楽などにも興味が出てきた。インターネット経由で手に 入れることができるようになったということもあるが、本当に様々な音楽を聞 けるようになったのは幸いだと思うが、結局、聞くきっかけがあるか、どう聞 くかが問題になるのだろう。長年音楽を聞いてきた人が書いたこの本は、長年 音楽を自分なりに聞いてきた人には、大きな流れが見えて面白いだろうと思う。
  15. 三木のり平『のり平のパーッといきましょう』小学館文庫.
     松岡正剛の千夜千冊で存在を知り、最初に読んだ本。語り口からなにから、 非常に面白かった。例えば、面白いセリフなり、ギャグなりを思い付いても、 すぐ言ってはいけないって言っているのが面白かった。次の言える時までとっ ておくのだという。
  16. 養老孟司+甲野善紀『自分の頭と身体で考える』PHP文庫.
     スタンフォードへ、私よりも後に来られたI.Y.さん、合気道をやっておられ て、このI.Y.さんと知り合わなければ、読むことがなかったかもしれない本。 2002年10月20日に、豊田に甲野さんが講演に来られて、夫婦で聞きに 行った。会場で売られていたのを買った。講演の中で、科学者、あるいは研究 者に対して非常に厳しいことを言われるなと思ったが、この本を読んで、その 動機付けが分かった気がした。甲野さんの主催される武術稽古研究会松聲館の情報 はここに公開されている。著書に上がっている本の中から5册読んだ。
  17. カルメン・マキ、甲野善紀、名越康文(1998)「スプリットー存在をめぐる まなざし歌手と武術家と精神科医の出会い」新曜社.
     甲野氏が関係された本をあと何冊か挙げたいが、1册挙げるとするとまずこ れをすすめる。人と人の関わり、また個人に起こる気付きなどに関して、興味 深い話について書かれている。
  18. 甲野善紀(1995)「武術の新・人間学」PHP文庫.
     これも文庫になって手に入れやすくなったのですすめたい。
  19. 甲野善紀(1999)「武術の視点」合気ニュース.
     武術について論じた術理本シリーズの1册。最新刊なので、まずこれからと 読んだ。手裏剣を打つことについて詳しい説明があって、面白い。手裏剣を打 つのは、余程難しいとみえる。ここまで難しいと書かれると、その難しさを克 服することは難しいかもしれないが、難しいということを実感したくなる。
  20. 扇田昭彦『日本の現代演劇』岩波新書(赤版).
     私は音楽ほどには、演劇は見てきていないのだが、それでも唐十郎などは見 て、面白かったのを覚えている。「ベンガルの虎」の演出は、さっきあの女の人 が演じていた役を、違う女の人が出てきて全く同じ役を演じる、その演出、さ らに時間が平気でずれる演出は、それ以後、同じようなことをやっていると、 ああ同じことをやっているなと思ったりするようになった。寺山修司のすごさ (私は見てはいないが)も実感できる。扇田昭彦の書いたこの本には、中村と うようの本と同様に、長年見てきた人が書く本の良さがある。
  21. 渡辺守章(1990)「演劇とは何か」講談社学術文庫.
     演劇について考えるのは面白い。例えば、シェイクスピアについて、現代と いう高度大衆化社会に住む私たちは、そこに何を見ればいいのかという問題か ら考えなくてはならないのである。私自身の経験から言うと、私は高校生の時 に、「リア王」を翻訳で読んで、「ここまで娘の気持ちが分らない父親がいるは ずがない。」という意味での、リアリティの無さに苦しんだ覚えがある。そこで 私が意識しないで前提にしてしまっていたのは、「私と同じような境遇の生身の 人間がそのまま舞台にも登場する」ということであった。それが実は、当たり 前ではなかった。言い換えると、これを前提としないことを考えないといけな いことがあるということである。
  22. 井上有一『新版日々絶筆』平凡社.
     井上有一の存在は、「さ」さんに教えられた。もうしばらく前に、書を見たい のですがとある大学教授、書道の先生でもある方にうかがったら、正月に各地 をまわる現代書道20人展を見に行くように勧められた。現代書道20人展は、 書道関係者の間では、評価が高いのかもしれないが、私は、井上有一の書を見 ると、全く違う書があることが分り、非常に興味をひかれた。
  23. 三井秀樹『形の美とは何か』NHKブックス.
     私の知る限り、研究者が形の美しさを論じた本として、一番いいと思う本で ある。形を数学的にも分析し、単なる印象で論じているのではないところがい い。
  24. 西野哲朗『中国人郵便配達問題=コンピュータサイエンス最大の問題』講 談社選書メチエ.
     計算機関係で大きな問題、特に機密の保持のために暗号が使われるが、その 暗号が解読できてしまうと、人間のネットワーク全体が危機にさらされること になる。どうなるのだろう。
  25. 大谷幸三(1995)『ヒジュラに会うー知られざるインド半陰陽の社会』ちく ま文庫.
     インドに留学し、向こうで博士号をとってきた人と話したら、「ヒジュラ」を 「ヒト」でないと考えるのだとしたら、インドでは「神」か「魔物」だと言わ れた。そうかと思った。林屋辰三郎「歌舞伎以前」でも論じられるが、結局世 界中で、権力を持つ階層が出てくると、歌や踊りが得意な人々が集団をかたち つくり、接待を行い、また儀式を行うという特別な役割を担うようになり、権 力者も、それを庇護するようになるものであるらしい。そのインドにおける例 だと考えてよいのではないだろうか?葬儀を行う人々もしばしば、同様の特別 な扱いを受けたのではないか?篠田正浩の映 画「卑弥呼」を思い出す。
  26. 宮本政於(1993)『在日日本人』講談社.
     勧めてくれた当人(W. T.)が私にしてみれば、「在日日本人」。中身も面白いけ ど、勧めてくれた人がまさに在日日本人で、それが私には面白かった。
  27. 中田力(2001)『いち・たす・いち』紀伊国屋書店.
     S. M. さんがホームページで勧めているのを見て、買って読んだ。確かに面 白い。
  28. 川口慧海(1904, 1978)「チベット旅行記」講談社学術文庫.
     25年くらい前、たまたまNHKのラジオを聞いていたら、この本をモデルに したラジオ番組、実際に川口慧海がチベットを嵐の中を進む擬音入りの30分 くらいのものを聞いて、興味を持って探して読んだ。面白くてその後何度か読 み替えした。
  29. 星 新一(1975, 1978)「明治・父・アメリカ」新潮文庫(絶版).
     これはどうして読む気になったのだろう。思い出せない。しかし、明治時代 に単身アメリカに渡り、自分で大学に掛け合って、入学、出来合いの方法では なく、道を切り開いて行くところがいい。川口慧海は、臨機応変ということを 言うが、同様に、事に臨んで、どうすればいいかを考えて先へ進む。もちろん うまくいかないこと、とんでもない目にあうこともあるのだが。ちょっと事情 もあって今は手許にない。しかし、インターネット上の古書店が充実してきて いて、スーパー源氏で探して、今注文した。スタンフォードへ来られたI.Y.さ んに、来られる前に読むことを勧めたら、読まれたようで、面白かったと言わ れた。私自身がまた読みたくなった。
  30. 高木 卓「遣唐船」
     古来多くの若者が自分の国を離れ、遠い異国に学問、宗教などを学びに行っ た。そいう人達に共通する問題を取り上げた小説。中島悠爾先生との関わりが なければ読むことはなかっただろう。中島先生から、ドイツ語訳がついた本を いただいた。
  31. 大場建二(2001)「シェイクスピアを観る」岩波新書.
     もう随分前、東京で毎年夏開催されていたシェイクスピア・サマー・セミナ ーというのに参加した。5日間か、通しでシェイクスピアの作品を一つ読むの と、毎日日替わりで、講師が来られて、話をされるという二部構成だった。通 しで話をされたのが、大場建二先生で、ハムレットを取り上げられた。印象的 だったのは、「もう無理なんだけれど、そう出来たらいいなと考えるのが、何の 知識もなしにハムレットが見たい。」という主旨のことをおっしゃったのが、そ の後の私の姿勢に影響を与えている。一言で言えば、読み前、聞く前、見る前 に、解説を読んだりして、余分な情報を仕入れないこと。何の前提も知識もな しに読んだり、聞いたり、見たりできるのは1回だけだから。大場先生とは、 後に都立大に集中講議に来られて、少しお話しする機会もあった。
  32. 一ノ瀬恵(1991)「モンゴルに暮らす」岩波新書.
     この本の一番面白いところは、現在の日本と全く違うところがモンゴルには あるということを、実感させてくれるところだと思う。日本語の「ありがとう」 にあたらう言葉が、「バヤルララー」だと思って、日本語で「ありがとう」と言 うだろう時に、「バヤルララー」を連発していたら、しばらくして、ほとんど誰 も「バヤルララー」なんて言っていないのに気が付いたということが書かれて いる。物をもらった時に、それに対して、あからさまに感謝するのは、まさに 物欲しそうで、いやだし、恥ずかしいのだろう。
     この話をもう15年くらい前に、当時知り合いだった日本人女性(当時, 国文学専攻の大学院生)に話したら、小学校のお誕生日会、プレゼントをもら って、開けて、中身を見て、お礼を言いなさいと先生に言われた、あの時、私 は完全に何かを失くしたと思ったと言われたのに対して、そういうことを思っ た人がいるということを新鮮に感じた。昔(ほんの何十年か前)は、日本もモ ンゴルのようだったのだ。違うか?
     しばらく前に、日本語を教えておられる方で、モンゴルにも教えに行ってお られた方と話す機会があった。例えば、日本に来たモンゴルの人には、肉の差 し入れを持って行く。だまってもぐもぐ食べてくれたら、喜んでくれたのだと 思うとおっしゃった。どういう場合に、どう言うか、どういう表現を使うか使 わないかが文化によって違うんですね。
  33. 鶴見俊輔(1959)「プラグマティズム入門」現代教養文庫.
     これは高校生の時に読んで、特にパースの自分を実験台にして、物事を考え ていこうという姿勢に感銘を受けた。これもインターネット古書店で探して、 手に入れた。昔、読んだ本を読み返す愉しみが出てきた。
  34. R.D.レイン、村上光彦訳(1973)「結ぼれ」みすず書房.
     T. M. に10代の終わり頃教えてもらう。高校生の頃、はじめてベケットを 読んだ時もそうだったけれど、まいってしまった。その後、レインが書いた本 や関連した本も読んだ。どの本だったかに、A. A. ミルンの本からの引用があ って、それは、子供がいて、椅子が何脚かあって、この椅子に座るとぼくはラ イオンになる。この椅子に座ると、と言うのだが、最後(一つ)の椅子を指し て、「この椅子に座ると、ぼくはぼく自身になるんだ。」というのが面白かった のを思い出す。ある意味で、この子供は、自分自身になることも、ある種の演 技、役割、配役、キャラクターだと捉えていることになる。
  35. 三杉隆敏(1996)「真贋ものがたり」岩波新書.
     本物と贋作をどこで見分けるのかに関して、中国陶磁器についてであるが、 線が伸びやかさが違うという主旨のことが書かれている。実際にはそれだけで はないのであろうが、同じものをたくさん見ることには非常に強い興味がある。
  36. 河合隼雄(1987)「子供の宇宙」岩波新書.
     河合隼雄の本はたくさんあるが、この本は是非挙げたい。この本で、また何 冊かの子供が登場する本を読むことになった。
  37. 河合隼雄()「人間の深層にひそむもの」大和書房.
     対談集だったか、多分烏山の図書館で借りて読んだ。最後に講演を文章にし たものが二つ採録されていた。『ゲド戦記』と『モモ』を論じたものだった。余 計な情報を入れないで置こうと、この二つはもとを読むまで、読まないでおい た。しばらく間があいたと思うが、『ゲド戦記』が多分先で、もとを読んでから、 読んだ。さすが河合隼雄、面白かった。また間があいて、『モモ』を読んでから、 論じているものを読んだ。やはり面白かった。
  38. 河合隼雄『明恵 夢を生きる』京都松柏社.
     この本は凄い本だと思う。読む人が読まないと読み解けないことがあるとい うことを実感した。
     この本は、もう少し批判的に読んだ方がいいという指摘を受けた。確かに、 私がどこまで納得して読んだかは疑問だ。読み返してみないといけない。 (5/20/03)
  39. バーネット、龍口直太郎訳(1954)「秘密の花園」新潮文庫.
     児童書だとされる本の中に、大人が読んでも面白いものがある。「ゲド戦記」 のようなやつと、やはり子供向けなんだけれど、大人も読んでもいいというや つの二通りに分かれるのか。「トムは真夜中の庭で」なども後者か。
  40. E.L.カニグズバーグ「クローディアの秘密」岩波少年文庫.
     ちょっと出来過ぎだが、面白さは出色。
  41. ル=グウィン(1977)「ゲド戦記」岩波書店.
     私が一時期一番好きだった本です。河合隼雄の本の最後の方に、「ゲド戦記」 と「モモ」を取り上げた章があり、そこだけは読まなかった。どうしてかとい うと出来るだけ先入観無しに本を読みたいから。特に、面白そうな本はそうし たい。この方針は、結構大事にしている。それでしばらく置いておいて、「ゲド 戦記」を読んでから、それを論じているのを読んで、同様に、「モモ」を読んで から、「モモ」を論じているところを読んだ。
  42. ヘンリー・フィールディング()「トム・ジョーンズ」岩波文庫.
     読み出すとやめられない小説を何冊か挙げよう。小説の面白さという点では、 うんと前に書かれた小説ですが、読む価値あり。最近の小学校の運動会では、「パ ン食い競走」はやらないのだろうか?次々に事件が起こる、展開があるので、 その先どうなるのだろうと、先を読んでしまう。この小説もまさにそうだ。現 代のベストセラー、ペーパーバックの作家たちも、結局は同じことをやってい るのだと思う。
  43. 会田 由訳(1941)「ラサリーリョ・デ・トルメスの生涯」岩波文庫.  ピカレスク・ロマンの代表格でしょう。ピカレスク・ロマンは、しばらく前 に翻訳全集みたいなのが出た。図書館なんかには入っているが、まだ一つも読 んでいない。しかし、面白そうではある。
  44. 吉川英治()「三国志」講談社.
     中学生の頃かな、同級生の女の子が貸してくれた。大形本3册。夢中で読ん だ。宮本武蔵を読まないで残してあるのは幸いなのか?
  45. 北杜夫「楡家の人々」
     昨年、ロサンゼルス郊外で、多分25年以上振りで会った幼馴染みのK. Y. さんに、10代後半頃に、勧められて読んだ。面白かった。
  46. 大岡信ほか(1997)「世界文学のすすめ」岩波文庫.
     このリストに何か加えようかと、また読んだ。最初の対談は読ませる(PP. 11-60.)
    奥本 教養部を潰されたんで、専門課程の教師が教養の授業を結局やらされて るんですけどね。フランス語は使ってはいけない授業ですけど。レポートを書 かせてもちゃんとした文章ォ書けるのが、女性ばっかりなんです。男子学生が、 実に幼児化している。どういうことなんでしょうね。
    沼野 試験は、女性が上位を独占しているんでしょう。
    小池 どうしても、そうなるみたいですね。
    奥本 新聞社、出版社でも、筆記試験では上位三十番まで女性ばかりだという 話を聞いたことがありますけど、驚きます。男の子は本を読んでないんでしょ う。何をやってるんですかね。(笑い)[pp. 49-50]
    とあって笑ってしまう。マルチメディアの時代、IT革命の時代だという。人 間の受け止め方が進化したわけではないのに。「テレビを捨て、パソコンを捨て よ、街へ出よ」なんでしょうね。そして、「部屋へ戻ったら本を読め。どこでも 本は読める。」なんでしょうね。「何でもみてやろう」ということを忘れてはい けないだ。直接見ることで、直接経験することで、ヒトは学んできたので、そ の学び方は簡単には変わらないのに、そこを勘違いしている話がどうしてこう も多いのか?
  47. ウィリアム・シェイクスピア、高松雄一訳「ソネット集」岩波文庫.
     上の対談で、小池滋先生が、「本当にシェイクスピアが好きな人にいわせたら 憤然とするかもしれませんが、理由は簡単で、他の作品は訳がよくないからで す。おさしさわりがあろうがなかろうが、事実なんだから仕方がない。シェイ クスピアは戯曲で代表すべきだというのが正論であるし、私もそう思っていま すけど、翻訳として読むと『ソネット集』が一番いい。私は『ソネット集』は シェイクスピア全作品中ベスト5に入れていいのではないかと思っていますか ら、シェイクスピアを詩で代表させたことは、それほど乱暴ではないと思いま すけどね。でも、私個人の考えからすれば、やはりシェイクスピアはお芝居の 作家として評価したいですね。」と書かれている。岩波文庫に入っている中野好 夫訳のシェイクスピアの戯曲はどうなるのだろう。実際に舞台にのらない、読 む訳になっているから評価が低いのか。ただ、「おさしさわりがあろうがなかろ うが、事実なんだから仕方がない。」というのはいい。さらにもう一つ、ただ、 小池先生の言葉遣いなのだろうか、あるいは皮肉も込められているのか、「お」 の遣い方にひっかかる。それで/も、さしさわりがあろうがなかろうが、事実なん だから仕方がない。というページを作りましょう。書きたいことがたくさ んあるのら。
  48. ジョナサン・スウィフト「ガリバー旅行記」岩波文庫.
     小池滋先生が、上の対談で読むよう勧めておられます。確かに。
  49. マーク・トウェイン「ハックルベリー・フィンの冒険」
     これも挙がっている。確かに。野崎孝訳もいいし、岩波文庫もいい。面白く て途中でやめられず、徹夜して読んだことがある。
  50. セルバンテス「ドン・キホーテ」岩波文庫.
     これも挙がっている。モームも十大小説の一つとして挙げていました。
  51. フローベール「感情教育」岩波文庫.
     これも挙がっている。
  52. 茂木健一郎(1997)「脳とクオリア」日経サイエンス社.
     最も過激な立場は確かに、世界は存在せず、存在するのは、脳だけ。世界を 認識している脳しか存在しないと考えることであろう。これは面白いし、重要 な問題を論じていていい。
  53. 天外伺朗・茂木健一郎(2000)「意識は科学で解き明かせるかー脳・意志・ 心に挑む物理学」Blue Backs B1285、講談社.
  54. 白川 静(1978)「漢字百話」中公新書.
     先日、ATOKの新しい版で、いくつかの方言での変換を選択できるようになっ たと聞いた。漢字の学習も、紙に鉛筆で書いて覚えるのではなくて、ワープロ で変換してという生活に早くから入ってしまう日本人も増えているらしい。し かし、google で検索しようとすると、やはり文字列検索になるので、音だけ知 っているだけでは、うまく見つけることができない。ある方のお嬢さん、苗字 は分かっているのだが、「あや」 さんという名前(音連続)であるのも分かっているのだが、漢字が分からない。 いろいろな「あや」さんで検索して、「文」でやっと見つかった。見つかってか ら、そうだ「文」だったということを思い出した。
  55. 佐々木正人(1996)「知性はどこに生まれるかーダーウィンとアフォーダン ス」講談社現代新書.
     アフォーダンスの考え方は面白いと思う。世界が、世界として物理的に存在 しているのではなく、その中にいる人間にどう捉えられるか、見えるかを問題 にするからだ。
  56. ハリ−・クレッシング(1972)「料理人」ハヤカワ文庫.
     もう随分前に、多分「暮らしの手帖」の私の勧める本の欄で知って、読んだ のだと思う。確かに、面白かった。椙山女学院の事務の方と話した(もう12 年くらい前)ら、読んでおられて驚いた。現在も増刷されているらしいのは、 面白いと思う人がいるからだろう。私は、設定がカフカの「城」と似ていると 思った。
  57. 松岡正剛(2000)「知の編集術ー発想・思考を生み出す技法」講談社現代新 書、講談社.
  58. 原 子朗(1997)「筆跡の文化史」講談社学術文庫、講談社.
     公の文書に使われる字体に一定の変化がみられ、それが全国に比較的速く広 がったということが網野善彦の本に書かれていた。随分昔の人の書まで残って いる(例えば、空海)が、例えば、シーザーが書いた「ガリア戦記」を読むよ うな感じさえする。これを本当にあの歴史的な人が書いたの?!という感じ。 
  59. 石井良佳(2002)「ベトナム雑貨と暮らす」河出書房新社.
     知り合いになった人の友達が著者の石井良佳さんで、書かれたこの本をいた だいた。メイルのやりとりも始まって、人とのつながりができると世界が広が り、自分一人だと注意が向かないことが目に入るのがいいと思う。
     先日、知り合いになった方のところに来られて、はじめてお会いした。うち の奥さんも加わり楽しい夜だった。
     日本以外の国に住んだり、長期間滞在したりして、その国のことをある程度 知っている人が、日本人の中で増えるのはいいことだと思う。日本とは違う国 があるということを認識できるという意味でも。特にアジアの国々は重要だと 思う。アジアウェーブ から情報が得られる。もう少し広げると、進めアラビア街道からいろい ろな所へ行ける。
  60. 白川 静(2000)「回思九十年」平凡社.
     白川静は有名な人だが、しばらく前にNHKの番組で紹介しているのを見た。 漢字をトレーシング・ペーパーでトレースするということを昔からやっている という。やっているところも流れた。それが凄いというか、体を動かし、対象 の本質的なところを探ろうとしているところがいいと思った。探究心のある人 は、みんなやろうと思うのでしょうね。パースも自分を実験台にいろんなこと をやってみて、考えている。姿勢には、共通するところがあると思う。
     高橋和己を京都大学に呼ぶ際に、白川静が強く推薦したと書かれているのを 見付けた。そういうこともなさっていたのだ。
     漢字は面白い。書も面白いって思います。今日、新日曜美術館で中林梧竹を 紹介していた。私は、存在さえ知らなかったが、面白そう、良さそう。調べた らこんあのがみつかった: 中林梧竹記念館
  61. 河野裕明(1997)「アルコール依存症は治る」大和出版.
     煙草にしてもアルコールにしても、習慣性があり、文化である反面、しばし ば禁じられたり、課税の対象になったりする。同僚のP. H. がはじめて日本に 来て、札幌にある大学で教えた頃は、日本人の大人の男は、みんな煙草を吸っ ていたとしばらく前に聞いた。現在は、関係する組織の構成員30人ほどのう ち、吸うのは、P. H. を含めて3人にすぎない。日本に帰って来て、思うこと は自動販売機の多さだ。煙草にしても、消費される量かから考えて、未成年が 吸っている煙草の量を推定することはできるのではないだろうか。アルコール に関しても、ビールなどの自動販売機の多いこと。
  62. 菊野春雄(2000)「嘘をつく記憶」講談社選書メチエ175、講談社.
     ヒトについて考えようとすると、あらゆることに記憶が関わることに気付く。 学習は、まさに記憶と直接関わっている訳だし、人の顔を識別できなければ、 社会生活を営めないだろう。そして、どういう訳か、信用ならないものとして の一面を、記憶は持っている。どうして信用ならないのか、どうしてそうなっ たかも興味深い問題ではあるが。
  63. エリザベス・ロフタス、キャサリン・ケッチャム(2000)「目撃証言」岩波 書店.
  64. 浜田寿美男(2001)「自白の心理学」岩波新書、岩波書店.
  65. ポール・ヴァレリー、粟津則雄訳(1990)「テスト氏」福武文庫.
  66. 谷崎潤一郎(1934,1975)「文章読本」中公文庫.
  67. 三島由紀夫(1959)「文章讀本」中央公論社.
  68. 福田恒存(1960, 2002)「私の國語教室」文春文庫.
     これも「松岡正剛の千夜千冊」で見かけ、子供の頃取り上げられていたのを 思い出し、読んだ。東京女子大で教えておられた水谷静夫先生が旧仮名旧漢字 で論文を書いておられたのを思い出した。納得できなかったのだろうなという ことが、うすうす感じていたことではありますが、実感しました。同僚の福田 眞人に話したら、「正字・正かな」というのだそうだ。
  69. 中村真一郎(1975,1982)「文章読本」新潮文庫.
  70. 丸谷才一(1980)「文章読本」中公文庫.
  71. 斉藤美奈子(2002)「文章読本さん江」筑摩書房.
     私が文章読本に興味を持ったのとほぼ同時に、こんな本が出た。
  72. 井上ひさし(1981)『私家版日本語文法』新潮社.
  73. 町田 健(2002)「まちがいだらけの日本語文法」講談社現代新書、講談社.
     しばらく前から言語に関する啓蒙書を何冊も立続けに出して大活躍の言語学 者。名古屋大学におられるので当然面識もある。しかし、「まちがいだらけの」 のという修飾語句は、正直言って臭い気がする。しかし、これはもちろん意図 があって選ばれた題であろう。またこの題は、言語の持つ本質的な問題と直接 つながっている。つまり、人は、言語に対して規範意識を持っていて、自分が 使う表現が「正しい」、言い換えると「間違っていない」のだと考えたがる。そ の気持ちを刺激する題になっている。悩むという意味では、人生相談と同様、 結果としてことばの使い方に関しての相談、投書が新聞、雑誌をにぎあわせる ことになる。しかし、日本では、はやりすたれが激しくて、ことばの正しさが 真正面から論じられることが減ってきているかもしれない。
     もう一つだけ、この題と関連したことを書いておく。80年代に日本で何人 かの人がやったことですが、問題とする対象を、明確に特定することが難しい、 ことばに関しての間違っているか、正しいかの判断も似ていると考えていいで しょう、場合。そこで、効率が必ずしもよくないのだけれど、直接対象を特定 するのではなくて、「これこれの属性を持っているもの」は、「〜ではない」(と 考えてよい)だろうという形で問題を論じるということが行われました。「〜と はなんではないか」ということを論じるのである。
  74. 町田 健(1999)「言語学が好きになる本」研究社.
     本の中身を論じないといけないのだが、言葉を問題にしているので、題につ いて少し論じたい。この本の題は、言語学の用語で言えば「関係節」である。 しかし、「この本」を「どうすれば」、「言語学が好きになる」のかが明示されて いない。こういう節のことを寺村秀夫は、「短絡節」と呼んだ。惜しくも若くし て昨年亡なくなった井口厚夫氏が、ここで問題にしようとしている短絡節に関 する論文を書いている。次のような例がある。
    1. 頭の良くなる枕
    2. 今晩おかずの買える本
    そして、「この本を枕にして寝る」と「言語学が好きになる」のか、「この本を じっと眺めている」と「言語学が好き」になるのかは読者に試していただきま しょう。
  75. 斉藤茂太「ぐずをなおせば人生はうまくいく」
     本の題を問題にしたいので、目についた本の題名を取り上げる。この題から 分ること、「人間は進化の過程を考えると、多分1万年くらい前からずっと「グ ズ」なのかもしれない。」ということ。もう少し説明しないといけない。「ぐず」 な人がいるということは、極めて厳しい進化の過程の中を行き伸びてきた結果、 その資質は残っているわけで、何らかの生存価値を持っていたと考える方が自 然だ。そして、性急に「ぐず」を直すことはできない。なぜかというと、進化 が進むには、1万年でも短すぎるから。
  76. 新倉俊一訳(1979)「結婚十五の歓び」岩波文庫.
     メスとオスがつがいをつくる動物が地球に生まれて、つがいの作り方、維持 の仕方が、様々なわけである。相手の選び方、見限り方まで。
  77. ジョナサン・スウィフト「奴婢訓」岩波文庫.
     他にも痛烈な本を何冊か。
  78. 戸部良一・寺本義也・鎌田伸一・杉之尾孝生・村井友秀・野中郁次郎(1991) 「失敗の本質ー日本軍の組織論的研究」講談社学術文庫、講談社.
     こういう本が必要なのだろう。対象との間に距離を置いて、冷静に事態を検 討することが。
  79. 黒田 亮(1980)「勘の研究」講談社学術文庫、講談社.
  80. 梅棹忠夫()「知的生産の技術」岩波新書.
     岩波書店から出ている「図書」を定期購読しはじめたのが、高校生のはじめ の頃。最初に届いたのには、まだ、この本の1章となる予定のものが連載の最 中だったと思う。そして、出てすぐ買って夢中で熱心に読んだ。
     論じられていることで、今でも、いくつか重要だと思っていることがある。 例えば。「こざね法」という文章の書き方は、一般的で、どの時代でも通用する ことを述べていて見事だと現在でも思う。また、本を読むのは、内容を理解す るためだけではなく、書かれている事に触発されて考えることも大事で、そう いう刺激として読書を捉えているのも新鮮だった。現代の日本の表立った風潮 は、資格を取る(天下り先を作っているだけなのではないのか?)、マニュアル 化し教科書を作り、まさに筆記試験に受かるようにすることが自己目的化して いる感が強い。そうではなくて、知的好奇心を持っていることが大事だし、探 究心が大事だと思う。批判的に読む、刺激として読む、自分が反応することが 大事なのだろう。(6/9/03)
  81. 梅棹忠夫(1991)「二十一世紀の人類像ー民族問題を考える」講談社学術文 庫.
     ソ連が崩壊する前から、東西ドイツの壁が壊されるずっと前から、民族の分 布が、近代国家によって明確に引かれた国境線とは違うありようで存在してい る、場合によっては、一人遠く、祖国を離れて異国に暮らしながらも、自分の 所属する民族に思いを馳せている個人の存在も忘れるわけにはいかないのだ、 そういう離散的に引かれた近代国家の国境線とは違う、その背後に離散的では ない、民族の分布図、展開図が見えるかどうかが問題なのだと早い段階から考 えさせてくれた梅棹に感謝。
  82. 「月刊みんぱく」編集部編(1996)「100問100答世界の民族」河出書 房新社.
     国立民族学博物館友の会会員に毎月届く小冊子「月刊みんぱく」のQ&A欄に 掲載された記事の抜粋から作られたのがこの本。
  83. 宮本常一(1984)「忘れられた日本人」岩波文庫.
     最初にのっている「対馬にて」を読んで、日本にしっかりした合議の方式が 存在したのに驚いた。「土佐源氏」も印象深い。
  84. 田尻宗昭(1972)「四日市・死の海と闘う」岩波新書.
     もう亡くなってしまったが、こういう人がいないとという人だと思う。どこ の国でも、公害が発生し、ひどい被害が出て、それに対応する法律ができるの だろうが、過去の経験から学んでいるかどうかが問題だろう。 日本のとった 呆れかえる狂牛病対策
  85. 田尻宗昭(1980)「公害摘発最前線」岩波新書.
  86. 田尻宗昭(1983)「海と乱開発」岩波新書.
  87. ミヒャエル・エンデ、大島かおり訳(1976)「モモ」岩波書店.
  88. ギュンタ−・グラス、高本研一+宮原 朗訳(1981)「ひらめ」集英社.
  89. 河合隼雄(1985)「カウンセリングを語る」創元社.
  90. サミュエル・べケット、安堂信也・高橋康也共訳(1967)「べケット戯曲全 集」白水社.
     最初に読んだののは高校生の頃、何年かは思い出せない。「勝負の終わり」の 出だしを読んで、こんなことを考える、劇にしてしまう奴がいるんだと衝撃を 受けた。
  91. 小松左京(1964)「日本アパッチ族」光文社文庫.
  92. 開高健(1959)「日本三文オペラ」.
    大阪 砲兵工廠あと。梁石日原作「夜を賭けて」が映画化されて、評判になった。 日韓合作映画「夜を賭けて」ホー ムページ
  93. 植木 等(1987)「夢を食いつづけた男」朝日文庫.
  94. 井筒俊彦(1991)「意識と本質」岩波文庫、岩波書店.
  95. 谷崎潤一郎(1974)「台所太平記」中公文庫.
  96. 谷崎潤一郎「少将滋幹の母」
     私は谷崎潤一郎は好きで、千歳烏山に住んでいた時に、駅前の図書館に全集 があって、借り出しては結構読んだ。一番好きなのは、「蘆刈」なのですが、こ れも面白いと思った。特に、手紙を書いて、「読んだ」とだけでも返事を欲しい というのに対して、そこだけ破いて送り返してきたというくだり、もとの本に はやはり無かった。谷崎の創作なのか、私があたったものには無かっただけで、 本当はもとがあるのかどうかは、今でも興味がある。友人の安田孝氏からもら った著書「谷崎潤一郎の小説」を引っぱり出してきたら、次のような記述がみ つかった。
     安田孝(1994)『谷崎潤一郎の小説』翰林書房.p. 196, 注3に以下のように ある:
     「「少将滋幹の母」は数多くの古典作品にもとづき、ときにはその本文を引用 しながら物語を展開している。それらの作品の典拠については、池田勉氏の「「少 将滋幹の母」の典拠について」『国文学 解釈と鑑賞』1967年2月)、福井 祐子氏の「少将滋幹の母」と古典」(『立教大学日本文学』第20号、1968 年6月)、とりわけ前川清太郎氏の「少将滋幹の母」(『日本近代文学』第21集、 1974年10月)で、作中に書名が挙げられていないものまで含めて詳しく 検討されているので、これらの方々の成果をふまえて平中の形象のなりたちを 考えることにする。」
  97. 「平中物語」(1972)
     日本古典文学全集(小学館)は、非常にいいと思った。下に現代日本語が付 いているのがやはりすごい。岩波文庫の注釈付きの日本の古典文学は、普通人 には余程訓練を受けなければ読めないだろう。岩波から出ている全集も同様。 その意味で画期的だった。この全集で読んでいない日本の古典を現代語訳で読 みましょう。
  98. 佐藤信夫(1992)「レトリック感覚」講談社学術文庫.
     レトリックは文章の中でだけ問題になるのだと思っていてはいけない。世界 の認識の仕方の問題なのだ。
     思い出話を。東京に住んでいた頃、東京新聞をとっていたことがある。19 80年ころだ。夕刊の文化欄に倉橋由美子がコラムを書いていた。題がメタフ ァーで、どうしてそのメタファーが成立するかという根拠をいくつか示し、最 後に題が結論として繰り返されるという型で書かれていた。見事だった。私が いつだったか思い付いた、「優れたメタファーは脳髄を掴んで放さない。」を地 でいっていた。順序は覚えていないが、「森鴎外の歴史小説はお茶だ。」という のがあった。「子供を喜ばせる甘さがない。」というのが一つ根拠として挙がっ ていたように思う。他にも、根拠を挙げて、最後に、「鴎外の歴史小説はお茶だ。」 と結ぶのである。「西脇順三郎の詩は宝石だ。」っていうのもあった。「きらきら と輝いている。」というのが根拠として挙がり、最後は、「西脇順三郎の詩は宝 石だ。」で終わるのである。私は、今まで何回か、この記事をまとめて読みたく て探したことがあるが、結局成功しないまま現在に至っている。
     もう一つ関連した思いで話を:高校生の頃だと思う。しゃれたやつがいて、 メンズ・クラブ」を読んでいた。そいつの影響でか、10代の終わりから20 代に掛けてたまに立ち読みをした。それとも誰かの家においてあったのを読ん でいてみつけたのかもしれない。「マーロン・ブランドーはじゃがいもだ。」で はじまる記事がのっていた。「マーロン・ブランドーの映画は昔から割と好きで、 見てない映画だと場末の映画館まで追い掛けて見た。」というようなことが書か れていて、多分次に、「マーロン・ブランドーはじゃがいもだ。」「第一、顔から してじゃがいもだ。」「そして、映画を見る度に、今日はちょっと固ゆでだなと か、めずらしく柔らかいなとか思うのである。」というようなことが書かれてい た。後で思うのだが、これもまさにメタファーをうまく使った記事だったので ある。
     若い頃熱心に聞いた友部正人の歌がまた聞きたくなって、CDを買ってきた。 何枚も買ってきたのだが、友部正人「けらいのひとりもいない王様」axec AXCR-4 について。昔、レコードで出たのに入っていたのが、別な編曲、構成で入って いる。例えば、「空が落ちてくる」。友部の歌詞を考えると、やはりレトリック の問題を考えてしまう。メタファーがならぶ(これメタファー)。「カリフォル ニアへ行きたい。」と書いて、「メキシコ人たちはハイウェイの上さ」と歌うが、 今聞くと、東京で書いている、あるいは2ー30年前の東京の雰囲気・臭いが すると言えばいいのか(4/25/2003)
  99. ドナルド・キーン、吉田健一、松宮史朗訳(2001)「能・文楽・歌舞伎」講 談社学術文庫.
     読ませますね。訳ということはもとがあるのだろう。もとの英語も読んでみ たい。
  100. モリエール、内藤 濯訳(1952)「人間ぎらい」新潮文庫.
     普遍性を持っていると思う。
  101. 早川 光(2002)『東京名物』新潮文庫.
     友人の「た」さんの紹介、オススメだと年賀状にあった。入手。確かにいい。 これに触発されては、「名古屋名 物」始まったのです。
  102. 小川和佑「東京学」新潮文庫.
     早川光の本を知って、この一連のシリーズを読んでみたくなった。歴史を学 ぶことは重要だと思った。日本人のどれだけが、近代の日本の歴史を学んだん だろう。学校で教える歴史は、古いところからはじめるし、結局、終わりまで いかないで、学期末をむかえるという」のが大半だった。今はどうなのか。
  103. 大谷晃一「大阪学」新潮文庫.
     これも同様。東京と大阪がいかにに違う歴史を持っているかに関しての認識 も重要だろう。先に、こういう本をまとめようとしたことにも敬意を表したい。 大阪砲兵工廠のことなども知っておかないといけないと思う。大阪砲 兵工廠あと
  104. 岩中祥司「名古屋学」新潮文庫.
     清水義範の「そばときしめん」の方が文化論としては面白いと思う。自分の ことを見つめ直すのは重要な行為でしょう。
  105. 清水義範(1989)「蕎麦ときしめん」講談社文庫.
     はじめてこの本を私に教えてくれたのは、名古屋出身の国語学者の Y. K. 氏 であった。よく教えてくれました。私が名古屋人なら、作者に対して殺意を抱 くと思ったから、余計に。
  106. との爺(近刊)「蕎麦と味噌煮込みうどん」.
     誰か書かないかな、こういう題の本。
  107. 清水義範「永遠のジャック&ベティ」講談社文庫.
     面白かったと私にこの本の存在を教えてくれたのが、N. T. さん。最近知り 合いになった T. C. さんも読んでおられました。
  108. (財)あまがさき未来協会編(1996)「(あまがさき発「街かど学」のすすめ) ネオ・フォークロア入門」神戸新聞総合出版センター.
     執筆されている方のお一人が、メイルで知り合いになった方で、その方から 1册いただいた。 私のホームページの音楽に関するところに、随分昔に聞かれ たスペインのシンガーソングライターの名前が出ているのを見つけ、メイルを 書いて来られて知り合った。
     それはともかく、ここで取り上げた何冊かの本と共通することが当然取り上 げられているわけです。
  109. 中部産業遺産研究会編(2000)「ものづくり再発見ー中部産業遺産探訪ー」 産業考古学シリーズ5、アグネ技術センター.
     教育学部の横山さんと知り合いになり、いただいた。本棚で眠っていたが、 引っぱり出してきた。現場をまわらないといけないが、面白そうだ。このシリ ーズの第3巻が、「東京の産業移籍ー23区ー」で、首都圏が近い方は、こちら の方が役にたつかもしれない。
  110. 林屋辰三郎(1954)「歌舞伎以前」岩波新書青版D99.
     この本のことは最近まで知らなかった。しかし、面白い。48年前に出た本 ですが、今では普通になっていることを先取りしていると思えることが多い。
  111. 林屋辰三郎(1962)「京都」岩波新書.  この本は面白かった。町の区画が、道に囲まれた一角ではなく、道を取り囲 む区域である点など、今の日本と全く違う。
  112. 林屋辰三郎「町衆」中公新書、中公文庫.  上の本を読んで、読みたいと思いながらずっと読まないままきてしまった。 読んでみよう。
     インターネット上の古本屋さん(最近よく使う)経由で入手、読みはじめま した。面白い。
  113. 直木孝次郎(1971)「奈良ー古代史への旅」岩波新書.
  114. 小林信彦(1997)「現代<死語>ノート」岩波新書、岩波書店.
     面白いですね。言葉には流行り廃れがあるということですね。私が子供の頃 見た映画では、東京のサラリーマン風の男が、「失敬、失敬。」とか言っていた が、今は誰も言わないだろう。18年くらい前、東京都立大学の国文の研究室 でのこと。誰か院生だったかが帰ろうとして、「お先に、失礼します。」と言っ たら、ある先生が、昔はこんな言い方をしていなかったとおっしゃった。面白 いなって思った。
     樹木希林の日本語歳事記「大希林」は、結局一度、途中から見ただけだが、 敬語の使い方を取り上げていた。自分の関係するものに、例えば「お」を付け てはいけないので、「私のお手紙」とは言えない。しかし、「お電話いたします。」 はごく普通に使うようになっていると思う。
  115. 小林信彦()「現代<死語>ノートII」岩波新書、岩波書店.
  116. 清水義範(1993)『ことばの国』集英社文庫.
     廃語辞典という章があり(pp. 30-50)、上に挙げた小林信彦の本2册と同様の 問題を論じている。最初に挙がっているのは、「失敬」という言葉で、確かに私 が子供の頃見た映画では、大人がよく使っていた。
  117. 筒井康隆(1985)『筒井康隆劇場12人の浮かれる男』新潮文庫.
     「減るもんじゃないだろう。」とぬけぬけと言うところがすごいですね。 
  118. 筒井康隆(1990)「文学部唯野教授」岩波書店.
     この本は、出る前に、雑誌に連載されたの知り、図書館で探して読んだ。岩 波書店が出すところが臭いか?これを久しぶりで引っぱり出してきてみて思っ たことは、文学研究も新しい理論が出てきて、それを当て嵌めた研究が出て、 またしばらくすると新しい理論が出てくるということを繰り返してきたという ことを忘れていたが、そうで、言語学と同じだなということだ。
  119. いとうせいこう(1990)「難解な絵本」角川書店.
     独特の伝統をひく本だと私には思える本を何冊か挙げる。これもそう。M. Y. さんに教えてもらった。
  120. 南伸坊(1998)「対岸の家事」日本経済新聞社.
     これもそう。 
  121. ぐるーぷ・エルソル編(1987)「2歳から9歳までのこどものことば」晶文 社.
     こどもが言ったことを集めた本。本人は忘れて、母親は覚えていたり。これ はきちんとカードにとったものから作られた労作。東京に住んでいた時、千歳 烏山に住んでいて、下高井戸に住んでおられた鈴木さんと親しくなった。娘さ んの久仁子さんが、小さな頃、「弟が欲しいから買いに行こう。」「どこに売って るの?」「明大前に売ってるらしい。」という会話があったとお母さんに聞いた。 本人に聞いたが、もちろん覚えていなかった。
  122. 竹中 労(1981, 1999)「決定版ルポライター事始」ちくま文庫.
     昔、高校生くらいの頃、なんかすごい人がいるなって思っていた。嘉手苅林 昌の2枚組組みのレコードをプロデュースしたりもしていた。私は買わなかっ たが、友達が買って持っていた。(CDになったのをこの間見付けて、買った。波 の音が入っているのだが、それを聞いて、知名定男の「島唄」の最初、やはり 波の音が入っているのを思い出した。波の音は、北の方へいってもするだろう が、私にとっては、沖縄など南の海辺を思い出させる。)この本をこの間買って、 少し読みはじめて、しばらく前からの日本の胡散臭さ、表面の綺麗さみたいな ものが、取りあえずテレビなどで放映されるところからは見えて来にくくなっ ているということを感じた。
  123. 服部 隆(1999)「そば 手打ち/そばつゆの技法から開店まで」農文協.
     人とのつながりが出来ていくと、いろいろな人と知り合えるものです。服部  隆さんと知り合ったのも縁ですね。
  124. 服部 隆(2001)「誰でもできる手打ちそば」農文協.
     どういうわけか美幸さんがそば打ちに入れ込んでしまった。服部さんにお会 いした時に早知子さんがそう言うと、服部さんの本2册、「美幸さんへ」と書い て下さった。美幸さんはずっと持ち歩いているらしい。おかげで、2002年 の年越しそばは美幸さんがうったやつを食べた。
  125. スチュアート・カウフマン、米沢富美子訳「自己組織化と進化の論理」日 本経済新聞社.
  126. 吉田瑞穂(監修)(1994)第21版「(小学生用)ことばの森」(株)中央教 育図書研究所.
     本棚を眺めわたしていて、この本が目に付いた。これは面白い本です。大人 は本当に楽しめる。例えば、「気長」を引くと、なかまの言葉として、「ねばり づよい、しぶとい、しつこい、おっとり、ゆったり、のんびり」が挙がってい る。反対語の欄もある。さらにいいのは、つかいかたの欄に載っている例文で、 「待つと言ったら何時間でも待っている気長な人が世の中にはいる。」という文 が挙がっている。この例文がいける。どうしてここまで面白いと思うののかは、 きちんと分析し、説明が必要だ。本屋では売っていなくて、直接出版社から買 うしかなかった。電話番号は確認の必要があるが、03-3949-1236(代表)とあ る。
  127. 関光三「"いき"の源流ー江戸音曲における"いき"の研究」六興出版.
     ZeAmiの近藤さんが「最も優れた新内ガイド」とZeAmi 1996 SEPTEMBER p.32 に紹介されている。探した。絶版。しかし、名古屋大学附属図書館に入ってい た。読んだ。確かに、優れた本。勧めたい。邦楽を聞く人が増えたのはいいこ とだと思います。さらに情報が欲しい方には、ZeAmiの会員になられること をすすめます。粋の研 究でこの本に言及されています。 
  128. 星川京児・田中隆文編『邦楽ディスク・ガイド』音楽之友社.
     音楽は生で聞かないとと思います。邦楽もやはりまずは生で聞かないとと思 います。
  129. 星川京児編『世界の民族音楽ディスク・ガイド』音楽之友社.
  130. D・アーチャー著、工藤力・市村英次共役「ボディー・ランゲージ解読法」 誠信書房.
     心理学者のS. H. さんに教えてもらった。アメリカで、しかもしばらく前に 出た本の翻訳なので、実験の材料として使われた写真が古い(当時の髪型、服 などが、現在と違うのがはっきり分る)が、人の間の距離、表情など様々な情 報から、写真に写っている人達の関係を推測させる実験に多くの人がいい成績 をあげる。文化が違うと、細かなところで、場合によっては大きなところで異 なるのかもしれないが、日本人が読んでも面白い。
  131. 佐伯胖(1986)「認知科学の方法」認知科学選書10、東京大学出版会.
     出版されてすぐ読んだ。当時、関係者の間では、さすが佐伯先生、面白いと 評判になったように思う。第1章「おもしろい研究をするには」が面白い。し かし、第2章以降はたちまち難しい問題が論じられるようになり、きちんと読 み切るのは結構大変。そして、大変な思いをして読み切った人には、戸田正直 先生の補稿がおちのように最後に控えていて、それを読んで、面白い本を読み 通すという貴重な体験が完結することになる。
  132. 佐伯胖(1999)「マルチメディアと教育」太郎次郎社.
     「教育工学」は、行動心理学から出てきたんですね。知りませんでした。マ ルチメディアがもてはやされる昨今ですが、安易な期待に対して手厳しいこと が書かれていて、だからこそ読む価値があると思います。
  133. 原島博()「顔学への招待」岩波科学ライブラリー62、岩波書店.
     人にとって、他の人の顔を認識することがいかに重要かということのあらわ れか、顔でない図柄にさえも顔を見てしまう。顔を識別する能力があるという ことは、その能力に問題が起こる人が出てくる可能性があるということで、ま さにそういう人がいて、どう対処すればいいかは重要な課題であるようだ。
     評判になった写真がある。イギリスのもと首相サッチャー女史の顔写真の、 目と眉毛の部分を逆さにしたものを、逆さになっていないものを、それぞれ逆 さに置いて見ると、人間はサッチャー女史の写真だというのは分るが、二つの 写真のどこが違っているのかの判別が出来ない。逆さだったのをもとに戻すと できる。これは、人間は普通直立していて、人の顔を見るのは、相手も立って いることがほとんどなので、その向きの顔は識別できるが、逆になると、細か な区別ができなくなるらしい。チンパンジーは、逆さになっても区別ができる という説もあるようだ。
  134. レズリー・A・ゼブロウィッツ著、羽田節子・中尾ゆかり訳「顔を読む」 大修館書店.
  135. 山藤章二(2000)「カラー版似顔絵」岩波新書.
     いつ頃からかを特定することは、私には知識がなくて出来ないが、日本の美 術教育の問題点は、音楽教育でも同様だと思われるが、西洋の美術観、音楽観 を、そのまま持ち込もうとしたことだろう。歴史を遡ると、透視画法、遠近法 など、現代でも常識だと考えられている物の見方、描き方が、実は、ルネッサ ンス以降の歴史しか持たないことに気付き、驚かないといけない。そして、多 くの心理学的な研究により、ヒトが対象をどう認識するのか、してしまうのか が明らかにされてきた。そして、結果として、ヒトは、対象をあたかも写真で 撮ったように認識するわけではないこと、それはヒトが進化の過程で身に付け た能力と考えていいのだろう、が明らかになってきた。
     この問題を考えると、例えば、古代の洞くつに残された動物の絵は、写生し たものとは考えにくい。すると、印象に残ったシーンを思い出しながら描いた と考えるのが自然だ。そして、私たちは、思い出す時に、印象に残ったこと、 印象深いかどうかの区別をしていることになる。似顔絵は、その最たるもので、 この本はそれを具体的な絵を示し、実感させてくれるところがいい。
     私たちが対象をどのように捉えるか見るか、またそれが、どのような作品と して残されたきたか。子供描く絵の発達段階における違い。ルネッサンスにど のような絵画技法が出てきて広まるかなどは、「美術の見方」(MOA美術財団 編、ビデオ講座、全10巻)を参照。ルネッサンス期以降のヨーロッパを除く、 地域と時代では、また異なった手法が取られていたわけですが、それを私たち 現代人があまり意識していない。ルネッサンス期以降の手法ではない手法で造 られた作品を見た時の感動を語った記事がある。福本繁樹(2003)「(対談)造型 という右脳の仕事」「月刊みんぱく」27巻、2号、pp. 2-7.
  136. 「bit」(1989)創刊20周年記念号、特集:21世紀に向けて、共立出 版.
     バックナンバーを調べようとウェブで検索したら休刊していることが分かっ た。主に首都圏にいる若手に、新しい動きに関しての文章を発表する場所を提 供したりと大きな役割を果たした雑誌だったと思う。もう10年以上たってし まったが、10年以上前に、だれがどんなことを考えていたかを今振り返るの は面白い。
  137. 佐々木正人(1987)「」からだ:認識の原点」認知科学選書15、東京大学 出版会.
     読んでいなかったが佐々木正人の出発点的著書だと思えるので読んでみよう。  
  138. 苧阪直行(1998)「心と脳の科学」岩波ジュニア新書.
     分かりやすく書かれていて、ジュニア新書の読者として想定されていないと ご本人が思われる方にも面白く読めると思います。
  139. 酒井邦嘉(1997)「心にいどむ認知脳科学」岩波科学ライブラリー48.
  140. 渡辺 慧(1978)「認識とパタン」岩波新書(黄版36).
     出てすぐ買って読んでいる。その後、こういうことと関連したことが自分の 専門と本質的なところで繋がっているということを、どの程度意識していたか は怪しいのだが。
  141. 長尾 真(1992)「人工知能人間」岩波新書(赤版259).
     この本が出た頃には、パタン認識の問題など、人間の認識一般に関しての興 味も持つようになっていた。
  142. 長尾 真(2001)「「わかる」とは何か」岩波新書(赤版713).
     一般論で、個別の具体的な問題が、例を挙げて論じられることが少なく、全 体として読みにくい印象は拭えないが、問題の広がりをさぐるとっかかりに。
  143. 立花隆ほか(20009「新世紀デジタル講義」新潮社.
  144. 伊丹一三「ヨーロッパ退屈日記」文春文庫.
     懐かしい本です。現在手許にないので、インターネットで古書を探そうとし たが、まだみつからない。しかし、google で検索すると、自分のバイブルのような本だったとか、かなりの数の書き込み は見付かった。まだ、「一三」を名乗って いたので、あえてそれを残して。
     先日やっと手に入れました。ポケット文春版で、名前はもう「十三」になっ ていますが。
  145. 伊丹十三「女たちよ」文春文庫.
  146. 伊丹十三「再び女たちよ」文春文庫.
  147. 伊丹十三「自分たちよ」文春文庫.
  148. アガサ・クリスティー(1973)「春にして君を離れ」早川NV文庫.
     ミステリーではない。若い頃から年上好み。老いを意識して生きて来ました。
  149. イターロ・カルビーノ「木登り男爵」白水社.
     勧めてくれた人は忘れられない人。面白い本だと思う。イターロ・カルビー ノはその後、新しいのが出ると読んでました。ギュンター・グラスもそうでし たが、最近は小説家で新しいのが出ると読むという人を作らなくなってしまい ました。
  150. 福田眞人「結核という文化ー病の比較文化史」中公新書.
     同僚が書いた本なのだが、それはともかく、結核の感染者の数が減ったのは、 ペニシリンが開発されたおかげかと思ったら、グラフを見ると、ペニシリンの 開発とはほとんど関係なく、結核自体が、その前から終息に向かっていたんで すね。自然の描く曲線なんですね。名大サロンという会で話を聞いた。
  151. 立花隆「アポロ13号奇蹟の生還」新潮文庫.
     先日立花隆がラジオに出ていた。宇宙飛行士から話を聞こうとアメリカに渡 り、次々会う人を紹介してもらい、訪ねてまわったという話をしていた。そし て、やはり印象的だったのは、宇宙を見て、地球を見て、哲学的なことを言う かと思えば、全然そうではなくて、宇宙空間の暗闇の本当の暗さ、そして地球 の美しさに感動したということ、あるいはそれしか言わないということだ。
  152. 福井康雄「大宇宙の素顔ー最新データで見る最深の宇宙」光文社.
     この方も名古屋大学におられる天文学者(なのかな)。南米に天体望遠鏡を設 置して、研究をされている。やはり名大サロンの会で話されたのを聞いたが、 南米が場所からして天の川が綺麗に見える所なのだそうだ。だから綺麗な天の 川を見に南米へ行かないといけない。行かないと見られない。ハイビジョンが どうのこうのと言おうと、生で見ないと、見る感動はないんでしょうね、多分。 同僚のW. T. は、望遠鏡を買って、月があまり出ていない時期に、山の方へ車 で入り込んで、山の上から星を眺めている。それは、この世のものとは思えな いほど美しいらしい。
     アメリカにいた時に、グランド・キャニオンなど国立公園をまわる旅行に行 った。特に、モニュメント・バレーは印象的だった。赤褐色の変異の多様さ、 光の当たり方によっても変わるからそれこそ千差万別。赤褐色の岩の面の多様 さ。そこを吹き抜ける風、空気。それは行かないと感じられない。行ったこと がある人は、思い出すのだろうけれど、行ったことがない人には、やはり思い 出せないだろう。W.T. にこう言ったら、「自然というのはそういうものだ。」と 言われてしまった。オーロラもすごいっていうのを聞いたことを思い出した。
     授業をテレビでやったり、衛星放送で結んでやったり、オンラインで見られ るようにしておく。これ、私には欠けるものが多過ぎると思える。それなりの 人であればあるほど、直接授業を受けることが決定的に重要になってくると思 う。
     ふと思ったのは、どういう場合に、映像として記録したもので我慢せず、ヒ トは直接現場に行こうとするのかということだ。今日、大学へ来る途中で、地 下鉄を降りて斎場へ歩く人を見かけた。お葬式には、とるものもとりあえず出 かけるだろう。結婚式は、お葬式に較べると、それでも少し減るのか。
     人間が星を見て美しいと思うのはどうしてなのか、には興味がわく。人間が 赤ちゃんを見て可愛いと思うのは、そう思って大事に可愛がって育てないとい けないから、それを支援しているので、進化の結果だろうと考えるのは自然な 気がする。では、星を見て美しいと思うのは、似たことがあるのかどうか?
     後記:先日、名大サロンでまた福井先生にお会いしたので、この話をしたら、 人間の進化の過程を考える、例えば、夜が真っ暗なことは長い年数続いて、そ の間、人間は現在よりもはるかにたくさんの「星振る夜」を体験してきたのだ ろう。太陽も海も、人間にとって近しいものだったのだろう。
  153. 福井康雄(1998)「大宇宙の誕生」カッパブックス.
     前から思っていたことだが、宇宙の広がりがあまりに広大で、まずそこを理 解することが必要だと書いておられる。広大だということと、星の間の距離が あまりに大きく、光の速度で移動しても、何もないまま延々時間が続くことに なることがほとんどだということのようだ。
  154. 西澤潤一「教育の目的再考」21世紀問題ブックス10、岩波書店.
     最近、あまり見かけなくなりましたが、教育の問題では、マスコミでもよく 発言されていました。問題を根本のところへ戻って考えようという姿勢がまず いいなと思いました。
  155. 小倉鉄樹(1936, 2001)「山岡鐵舟先生正伝 おれの師匠」島津書房.
     I. Y. さんが読んで、「鉄舟がかっこよくて、惚れ惚れした」とのこと。I.Y. さんと知り合わなければ読まなかっただろうな。今日、注文しておいたのが届 きました。読みます。
  156. イーデス・ハンソン(1971)「英語の決まり文句上・下」実日新書、実業之 日本社.
     昭和46年、1971年に出ている。出て間もなく買って、丁寧に読んだ記 憶がある。絶版だがインターネット古書店で手に入れた。英語で話をする際に 必要になる決まり文句が整理されている。今から考えると当たり前のことを本 にまとめているのだが、当時(という言葉を使っていいのか)としては新しか ったのだろう。爆発的に売れている。
  157. Ursula K. Le Guin (2001) The Other Wind.
     岩波書店のホームページへ行ったら(2月12日)新しい本(5册目だ)の 翻訳が3月20日に出るという案内を見付け、5册目が出ているのを知った。 先ほど丸善で買ってきた。昨日、テレビで「もののけ姫」を観た。この気持ちに同 感。前から思っているが、私たちにどう見えるかが問題なのだと。しかし、 さらに考えると、私たちが考える、受け止めるすべてのもとに記憶があるとい うことになりますね。学習も個人の自覚も、他人の認識も。
  158. 中島義道(1990)「ウィーン愛憎」中公新書.
     Y.N. さんに教えてもらった。ご本人が、「いつも元気な〜さん」として本の 中に登場しているのだそうだ。
  159. 中島義道()1997「<対話>のない社会」PHP新書.
     中島義道の本は、結構はまってしまいます。あたっていると思うと、私はど んどん孤立するのか?
  160. トリン・T.ミンハ(1995)「女性・ネイティヴ・他者」岩波書店.
     私はそんなに顔が広い方ではないと思うが、そんなに多くない知り合いに教 えてもらって読むことになる本は多い。これもその一冊。やさんありがとう。
  161. 大竹昭子(2002)「個人美術館への旅」文春新書.
     12人の個人美術館を取り上げている。
    萬鉄五郎美術館
    土門拳記念館
    トミオカホワイト美術館
    鹿沼市立川上澄生美術館
    小杉放庵記念日光美術館
    川崎市岡本太郎美術館
    天竜市立秋野不矩美術 館
    熊谷守一記念館
    岸本町立植田正治写真美術館
    三隅町立香月美術館
    イサム・ノグチ庭 園美術館
    丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
     こういうふうにリンクが張れるのがいいですね。まえがきに書かれているよ うに、作品を観るのは体力を使うので、すごく疲れる。しかし、一人の作品が まとまってあるということは、やはり得難いことで、日本人だからこそ可能に なったと言っていいだろう。
  162. 森 毅「数学の歴史」紀伊国屋新書.
     高校生の頃読んだ。計算論関係の本を読んでいたら、その後の私の人生が大 きく変わっていたかもしれない。
  163. 中根千枝(1967)「タテ社会の人間関係ー単一社会の理論」講談社現代新書.
     Y.N. さんは今読んでいるそうで、この本の名前が挙がって、懐かしい気がし た。20代前半の頃に読んだのだと思う。確かに、鮮烈な印象があって、面白 かった。でも、さすがに中身はほとんど覚えていないので、読み直そう。手に 入れた。裏表紙の写真がいい。丸顔だがきりりとしていて、短かめのくせ毛も いい。
  164. D.ウォルクスタイン採話、清水真砂子訳(1984)「魔法のオレンジの木」岩 波書店.
     ハイチの村へ、語り部が来る。物語が語られる。「クリーク?(話そうか、聞 きたいか)」「クラック!(やってくれ、聞きたい)」ではじまる。有名な語り手 は、一度では語らない。声が小さいとか、もう一度とか、言って盛り上げる。 映画「マルチニックの少年」に、短いが語り手が登場して、似たやりとりをす るシーンがある。  福島泰樹の「短歌絶叫」を、 名古屋今池にあるライブハウスTokuzoに聞きにいったこと がある。朗読される詩を直接聞くということを考えると当たり前のことなのだ が、リフレインであることが、あらかじめ分るわけではないし(印刷されたも のであれば、分ると思う)、単に同じ句を同じように読むのではないことが、朗 読では可能だということを改めて思った。
     私たちが認識するものは、時間軸上に線的に並ぶわけで、詩も、言語も、漫 画も、映画も、先行する文脈に依存するという特性を持っていると思う。そう すると、どういう順序で並べるか、何の次にこれを置くかなどに選択の余地が ある場合には、当然、工夫の余地が出てくる。いつだったか楳図かずおが、新 日曜美術館に出てきて、漫画では、ページを繰った最初にびっくりするような 絵を配置するのだと言っていた。当たり前だが、開いているページは目に入っ てしまうので、見えていることになる。見えないところに、新しい、予測を裏 切るようなものを配置するということだ。詩人だったら、当然、印刷すること を考えて、どこでページが変わるかなど、自分で決めることを考えるだろう。 そう考えると、例えばみんな岩波文庫のような形式にしてしまうのはまずいと いうことになる。
     詩のボクシン グ(の公式サイト)の全国大会がテレビで放映され、注目を浴びたりして いるようです。「好きな詩人は?」と聞かれて、何人か挙げたら、死んでる人ば っかりですねと、日本人でない人に言われたという話を、名古屋大学の教員か ら聞いたことがある。絵を見るにしても、死んで、死んだことによって評価が 固まった画家の作品を見るのではなくて、生きている人、特に若い人は変化し ていく過程が見られて、それはそれで全然違う経験ができることになる。
  165. 岩田誠(1997)「見る脳・描く脳」東京大学出版会.
  166. 布施英利(1988, 1996)「脳の中の美術館」ちくま学芸文庫.
  167. 松山幸雄(1996)「ビフテキと茶碗蒸し」暮らしの手帖社.
     連載されていた時に読んでいたが、アメリカが良くて、日本がよくないとい う感じに書かれていたように、今から思い返すと、思える。注文、読み直して みることに。ただ、例えば、日本人は、知らない人と目が合って、微笑んだり、 ニカットしたりはしない。アメリカにいると、そういう対応をしない、こちら の外見もあるのだろうけれど、人は、例えばロシア語を話していたりする。サ ウスアリートへ行った時に、日本人のツアーだと思える日本人男性のグループ が向こうからやってきたことがあった。みんなぶっちょう面をしているのに驚 いた記憶がある。
  168. ジュディス・マーチン(1991)「ミス・マナーズのほんとうのマナー」暮ら しの手帖社.
     マナーは文化、人生相談も文化。日本と違うのが分かって面白い。
  169. 甲野善紀(2003)『古武術に学ぶ身体操法』岩波アクティブ新書63.
     甲野さんの本は、もう何冊も読んでいるので、新しいことがあるかなと思っ たが、これはこれで平明な日本語で書かれていて、中学生でも読めると思う。 そこがいいと思うし、あらためて共感するところも何カ所かあった。第4章の 2「クリエイティブな教育へ」で述べられていること、その通りだと思う。
  170. 最相葉月(2002)『絶対音感』小学館文庫.
     S. H. さんに勧められる。
  171. 木下冨雄他「教材心理学:心の世界を実験する」ナカニシヤ出版.
     S. H. さんに教えてもらう。簡単だけど面白い実験キット。人間の知覚の癖 というか偏りが実感できるところがいい。
  172. 原ひろ子(1979, 1989)『極北のインディアン』中公文庫.
  173. 原ひろ子(1989)「ヘア−・インディアンとその世界」平凡社.
  174. アルクCAT編集部『ペーパーバック倶楽部』アルク.
     私自身は買っただけであまり使わなかった。ただ、英語で書かれた本を読む ことを楽しみたい人には、いくつかにジャンル分けされ、さらに語彙の難しさ などの観点から星で表示していたので、読みたい本を探すとっかかりにはなっ ただろう。先日、検索してみたら、ペーパーバックに関しての日本語の充実し たページを見付けた。リンクも多く、役にたてられるでしょう。「お気楽ペーパーバックの楽 しみ」
  175. レーモン・クノー生田耕作訳(1974)『地下鉄のザジ』中公文庫.
  176. カルダーノ、青木靖三・榎本恵美子訳(1989)『わが人生の書』現代教養文 庫.
  177. 平川 南(1994)『よみがえる古代文書ー漆に封じ込められた日本社会ー』 岩波新書、赤版349.
     K. M. さんに、面白いからと読むことを勧められる。
  178. 藤沢令夫(1980) 『ギリシャ哲学と現代』岩波新書、黄版126.
     人が抱えている問題が数千年のオーダーで変わっていないということを実感 出来ていい。
  179. 市川惇信(2000)『暴走する科学技術文明』岩波書店.
     一気に読んでしまった。著者は、もともとの社会学者ではないようだが、的 確な分析が明示的に行われる。中根千枝が一冊にするのを勧めたと後書きに書 かれている。日本社会が、「内部規範集団」からなることを納得させる。構造、 体質は簡単に変わらないということですね。
  180. 桐島洋子(1971)「寂しいアメリカ人」文藝春秋.
     google で、「ヨーロッパ退屈日記」(伊丹一三)を検索したら、この本を自分 の「バイブル」(これも死語ですね)のように書いている人がいる。「寂しいア メリカ人」を同様に言った人が知り合いにいる。古本屋の店先で100円均一 の棚の中に見付けて買ってきた。久しぶりで読み返してみると、こういう書き 出しだったのか、最初は疑問文ではじまっているとか、いろいろ、昔読んだ時 には考えなかったことを考えます。(2003/3/30)
  181. 伊丹十三(1976)「日本世間噺大系」文藝春秋.
     こちらも同じ古本屋で100円の棚で見付けて買ってきた。「ヨーロッパ退屈 日記」もそうだが、伊丹十三の本から学んだことは、「こうはしない」という、 ある種の禁欲的な姿勢だったのではないかと思う。この本の最初は、「走る男」 (「女」でもいいと思うが)という題で、先に目的地に着こう、先に手に入れよ うという姿勢の男として、走る男が描かれている。私はほとんど走らない、急 ぎ足で歩きはするが。ただし、落ち着いてゆっくり歩いていないという意味で は、せかせかしている印象を与えかねない。せかせかした印象を与えないで、 かなり早く歩いているつもりなのではあるが。この章を読むだけで、面識のあ る男(「女」でもいいのだが、実際には「男」)で、逃げ出すかのように(実際、 私を敬遠しているのかもしれない)小走り で立ち去る人がいる。あれは気持ち悪い。そういう気持ち悪いという印象を人 に与えないという意味で、大きく敢えて言えば、「禁欲的」と呼べる姿勢を、伊 丹十三から学んだ気がする。(2003/3/30) 
  182. 林知己夫(1984)「調査の科学ー社会調査の考え方と方法ー」ブルーバック スBー571、講談社.
     もう随分前から、様々な調査結果があたかも科学的なデータのように提示さ れ、それをもとにこうだと言われることが多い。そういうことに注意しないと いけないと思い、買って読んだ。もう亡くなったと思うが、長い間社会調査と か統計とかいうとこの人が引っ張り出されることが多かった気がする。最近、 長い間親しくさせていただいていたという方と話す機会があった。林さんのい い/すごいところは、原票に必ずあたるところだったということを聞いた。何 か変だなと思って、原票にあたったら同じ筆跡のものが複数枚見つけられたこ ともあったそうだ。ここから学べるのは、やはりもとにあたれということです ね。
     この本で書かれていたことで、一番印象的だった、なるほどと思ったのは、 1回の調査で何かが分かったと簡単に思い込むことを、戒めていることだった。 また質問項目を安易に変更するなということも言っていた。同じ質問項目で継 続して調査を続けて、はじめて変化、推移が見えるというのである。この点は、 名古屋大学で過去に行われた大学改革、評価のためのアンケート、毎回、変更 の希望はあるかと尋ねていた。元の設計に専門家が関わっていないのではない かと私は思った。
  183. 八木一夫「オ ブジェ焼き−八木一夫陶芸随筆」講談社文芸文庫
     2003年4月1日にNHK教育テレビで再放送された司馬遼太郎が八木一夫 を語った番組は面白かった。オブジェ焼きという名前を付けて、写生でもなく、 職人がものを作るのとも違った、新しいものを作ろうとしている、その姿勢が いいと思った。うちの奥さんは前から、八木一夫の存在を知っていた。私は知 らなかった。この本はまだ読んでいない。注文した。松岡正剛の千夜千冊を知 らなかったら、職場でもめごとに巻き込まれなかったら、読まなかった本のよ うな気がする。 私の読書日記で、「私の生涯の座右の書の一冊。」と紹介されている。
  184. 金水 敏(2003)「バーチャル日本語 役割語の謎」岩波書店.
     目の付け所が違いますね。面白い本が出ました。生成文法では、言語の社会 的な側面はほとんど問題にしないように思える。しかし、サンフランシスコで 会った科学哲学が専門の大学院生も言っていたが、生き物としてのヒトの特質 を考えるのであれば、社会的な側面を考慮するのは当然のことになるのだろう。
  185. 武藤輝彦・小野里公成・川上信定(1997)「花火大会に行こう」とんぼの本、 新潮社.
     昨日、はじめてお会いしたT. C. さんに、このリストには写真集なども挙が っているのかと尋ねられた。挙がっていませんが、少し広げようかと思います。 それで、このとんぼの本のシリーズから1册。ネット上では、日本の花火が充実しているようで す。
  186. 藤田嗣治追悼展(1968).京都市美術館(朝日新聞).
     35年前ですね。京都市美術館に見に行った。中沢マツ子さんと行ったのか な?それともレンブラント展に一緒に行ったのか?藤田が書いた文章の抜粋の ようなものが図録に載っていて、1日のうちのかなりの長い時間、対象と向き 合っているらしいのに、そうなんだと思った。
  187. 浅野弥衛展(1996).三重県立美術館.
     私自身が生前お宅へうかがって半日楽しい時をすごさせていただいた野田理 一さんと浅野弥衛は交流があったと年賦にある。この人は、作品を見ると、こ うしようという意図が見えない、見せない人なんじゃないのかと思う。
     一室だけの小さな規模の展覧会だが、浅野弥衛展が2003年4月12日か ら7月9日まで名古屋市 美術館で開かれている。常設展も見られて大人300円。近くまでいらし たら、ぜひご覧下さい。
  188. 若林 奮展(2002).豊田市美術館.
     彫刻という性格上、立体なのだが、対象に対してどう働きかけるかが、作り 手の側からどういう動作をした結果なのかを考えられて面白かった。例えば、 「持ち上げる」、「引っ張る」、「ぶら下げる」など。
  189. 篠原勝之(1981)「人生はデーヤモンド」  「たけしの誰でもピカソ」に出てきて、ああ久しぶりに見るなと思った。昔 読んだこの本のことを忘れていたが、昨日また番組を見て、また読みたいと思 った。 この本に影響を受けたと書いている人がいる。インターネット上の古書店 で手に入れることに。履歴を見て、あっそうだ状況劇場を手伝っていたことを、 忘れていたと思った。内の奥さんが、「この人好き!」と言う。
  190. アンリ・ミショー、小海永ニ訳(1972)「幻想旅行記ーグランド・ガラバー ニュの旅」ユリイカ叢書、青土社.
     地球上には、実に様々な民族、文化が存在し、様々な人がいたし、現在もい るのだろう。同じ人間だから、共通したところが多いと考えるのが一つだが、 同じ人間なのに、ここまで違うのかということを、自分との相対的な関係で思 い知らされることに対する準備も必要だろう。この詩集は、幻想ではあるのだ が、多様さを感じさせてくれて面白い。
  191. サミュエル・ベケット、安堂信也訳(1971)「初恋:メルシエとカミエ」白 水社.
     ノベレというのか、小品と言うのか、好きな小説です。
  192. ギュンタ−・グラス、高本研一訳()「猫と鼠」集英社.
     これも好きな小説。1966年に映画にもなっていたんですね。
  193. 「とりかへばや物語」新日本古典文学大系26、岩波書店.
     昔から存在は知っている。河合隼雄が取り上げていたので気になってはいた が、読んではいなかった。小学館の全集に入っていれば現代語訳がついていて 読むのがらくなのだが。月報に河合隼雄が短い文章を書いている。先日、T. C. さんに、なかなかの本だと言われたので、読もうかと図書館から借りてきた。
     少し調べた。講談社学術文庫から注釈と全訳が出ている。見たことがあるの を思い出した。それからちくま文庫から中村真一郎の訳が出ているのが分かっ た。中村真一郎訳でいくか。
  194. 斉藤 孝(2000)「身体感覚を取り戻すー腰・ハラ文化の再生」NHKブックス.
     既に何冊か紹介した甲野善紀さんの本と共通する問題を論じた本。明治から 戦後すぐくらいの人の写真が何枚か載っている。現代の日本人ではなくて、昔 の日本人の体と動きを論じている。先日、探究心が強いという意味で似ている と思われる方と初めてお会いし、お話をうかがう機会があった。その時に、こ の本で論じられていることを少し話したら、その方の祖父にあたられる方が、 何人かの知り合いと写っている写真が残っていて、それを宝だと思うと言われ た。それに写っている人の表情、顔つきが、現代ではもう見られないとおっし ゃる。つまり、熊がいる狐がいるというふうに、人間なのに動物そのものに見 えるのだそうだ。宝物だそうだ。見てみたい。
     この本を知ったきっかけは、私の専門に近いので開いた杉山公造他編「ナレ ッジサイエンスー知を再編する64のキーワード」(紀伊國屋書店)で勧める図 書として挙がっていたことだ。
  195. J.L.クック/A.ゲッチン/K.ミッチェル著升川 潔/小林祐子訳 (1967, 1974)「生きた英語の上達法」研究社.
     公立図書館で見付けて良さそうだと思って、丁寧に勉強した本。懐かしい。 前書きに訳者が、もとの本を最初に読んだ時の印象を次のように書いている、 「外国人が英語を習うときにまちがいそうな語法や文法が重点的にしかも実際 の文に即して書かれてある」(vii)。その通りだと思う。もうさすがに内容で古 くなっているところもあるかもいしれないが、問題の整理の仕方、説明の仕方 などは、現在でも全然古くなっていないと思う。
  196. 國弘正雄(1970)「英語の話しかた」サイマル出版会.
  197. 小田 実(1989)「小田 実の英語50歩100歩」河合ブックレット18、 河合文化教育研究所.
     噂は聞いていた本だが、絶版。愛知県立図書館で借りてきた。 
  198. チョン・チャンヨン著、キム・スンホ訳(2002) 「英語は絶対、勉強するな!」 サンマーク文庫.
     これは、最近の私のおすすめ。ベストセラーにろくな本はないような気がし ますが、詳しくは、稿を改めて書かないといけない。
    英語は絶対、勉強す るな!
    引用します: <伊藤@管理者より> いい!のです。
    なんといっても一気に読めてしまってなんかやる気になってしまうところがな んともいいのです。
    この本の著者のすすめる英語学習方式を私流に捉え直してステップに分けると (同じ5つになってますが)
    (1)テープをただ音として集中して聞きわける。(訳さない)
    (2)音を書き取る。英英辞典で文字を正確に書く。(訳さない)
    (3)大きな声で音読する。(訳さない)
    (4)英英辞典で英語のまま理解する。(訳さない)
    (5)これを映画のビデオ、新聞に同じやり方で展開する。
    (※この5つのステップは私が勝手に分類したものです。本書の中ではきちん と著者が分類した5つのステップになっています。)
     この本は、英語で実務的な仕事をしようとすると、これくらいはやらないと いけないということを書いていて、いい本だと思います。
    英語 は絶対、勉強するな!のホームページ。掲示板があって、意見交換が盛ん に行われています。
     この本の中身を中核に据えた英語を自習する方法について私の考えをまとめ ました「大 学生以上の人に勧める英語自習プログラム」(8/5/03)
  199. 情報デザインアソシエイツ編(2002)「情報デザインー分かりやすさの設 計」グラフィック社.
     非常によくできた本である。デザインというと飾ることだと考えてしまう人 も多いのだろう。「設計」と言った方がいいのかもしれない。大事なのは、我々 人間にとっての「分かりやすさ」でしょう。
  200. 岡本太郎(1988, 2001)「自分の中に毒を持て」青春新書/文庫.
     記念すべき200册目はこの本にしよう。
     帯に、
    いつも興奮と喜びに満ちた自分になる
    あたりまえの人間なんて屁の役にも立ちゃしない
    とある。「ぐず」がどうこういう本よりも、ずっと刺激的で、自分がこっぴどい 目にあいそうなところがいい。岡本太郎は、「今日の芸術−時代を創造するもの は誰か」、「沖縄文化論−忘れられた日本」などなかなかいい刺激的な本を書い ているんですね。手に入れたので、読みます。(4/24/03)
     岡本太郎「青春と芸術」(1956年、河出書房刊、2002年、知恵の森文 庫、光文社)も良さそう。
  201. 樋口敬二(1991)「樋口敬二スケッチ集 旅でみた家」樋口敬二先生退官事 業記念会.
     名古屋大学へ赴任して来て間もなくの頃、豊田講堂に何枚かのスケッチが掛 かっているのに気付いた。ネパールの民家のスケッチで、一目みて「なんてい いんだろう!!」と思った。(これはうちの奥さんのほめると時の口癖、「何て いいの!」の私版。)輪郭を描く線もラフな感じで、そこに点描的に水彩で色が 付いているのだが、それ輪郭の線とがずれているのも面白くていいと思った。 「樋口敬二」という署名があった。その時には、それがあの「樋口先生」だと は気付かなかった。しばらく前野名大サロンの会で、ご本人がいらしているの に気付き、ご挨拶申し上げた。それがきっかけで、お送りいただいた。私は、 特に11と12、なかでも11が一番好きである。画集は、1ページ、1ペー ジめくりながら見ていく楽しさがある。
     CDも何度も聞くと、曲の順番を覚えてしまう。作る側も並べ方を当然よく考 えて決めるのだろう。長年、栄で営業してきたてんぷら専門店、目の前で揚げ てくれるという店に、閉店前の最終日に行って食べたことがある。揚げてくれ る料理人と話したが、やはり順番は考えるという。これって味が文脈に依存す るということだ。先行する文脈に、刺激の解釈が影響を受けるというのはごく 自然なことだ。
  202. 小田玉瑛()「シルクロードの印象」京都書院文庫アーツコレクション22 9、京都書院.
     愛知県立大学で開かれた言語学研究会に行ったら、パスパ文字の話をされた 方がおられて、その方が、パスパ文字の印章が載っている本として、原物を持 って来られていて、見せていただいた。注文したが絶版か?もし絶版なら、文 庫になる前の本がインターネットで売りに出ているので、それを買おう。京都 書院は昔から知っているが、美術関係の出版にも力を入れているんですね。ホ ームページを見るとおもしろそうなのがたくさんみつかります。京都書院公式ホームページ
     よく見たら1999年に倒産していたんですね。しかし、上のページから残 っているものは、前払いで手に入れられるようです。手に入れたい人は、在庫 があるうちです。
  203. 丸谷才一(1999)「新々百人一首」新潮社.
     残る仕事をしたという自負があってすごいですね。見巧者と言いますが、読 み巧者なのですね。
  204. 海老坂武(1988)「シングル・ライフ」中公文庫.
     人に勧められ私も読むことに。恋愛感情が募り、同棲 したりしても、生活が始まると、炊飯器を別々にしない といけなくなったりするわけですね。
  205. 吉村武夫(1987)「今も残る江戸の老舗」河出文庫.
     6/28/93に買っている。鶯谷の笹の雪も出ているし、 化粧品では日本橋の柳家も出ている。笹の雪は豆腐料 理が楽しめる店、下足番までいる、としてお勧めだが まだあるのか?
     柳家は、外池と字は同じだが、「といけ」と読むら しい。母が生きていたころ中井源サ衛門邸を訪ねて来 られて奥さんが、すぐ近くに住んでいた同じ字を書く 「外池」家である私の家を訪ねて来られたと生前の母 から聞いた。うちは「といけ」と読みますとおっしゃ っておられたとのこと。調べたら、日野町ではなく、 蒲生町に今も本家が残っているようだ。京都大学の大 学院生である外池君は、もとは蒲生町のようだが、 「とのいけ」と読むらしい。複雑である。どういう訳 か、千葉商科大学に専任講師として就職した私は、日 本橋で生まれ育った専任の方がおられて日本橋の外池 とどういう関係かと尋ねられた。宇都宮から通ってお られたドイツ語を教えておられた年配の先生がおられ て、ご挨拶にうかがったら、私の顔をつくづく眺めて、 「似てる!」と一言おっしゃった。私が会ったことが なかった、宇都宮在住の親戚である外池の息子とお嬢 さんが同級生らしかった。世間は狭い。
     宇都宮出身で、学部は早稲田、大学院が名古屋と渡 り歩いてきた黄倉君が、やはり私の親戚にあたる宇都 宮の外池の家の近くで生まれ育ったらしい。「とのい け」ではなくて、「とーのいけさん」と呼んでいたと 聞いた。余計なことを書きました。
     この本で取り上げられている店で、一番移り変わり の激しいのは蕎麦屋かもしれない。
  206. 篠田一士(1988)「二十世紀の十大小説」新潮社/ 文庫
     1989年に62歳で亡くなっているので、もう亡 くなってかなりたつので、知らない人もいるかもしれ ない。文芸評論家として活躍もし、都立大の英文の教 授でもあった。私は、都立大の英文で学んだので、親 しくさせていただいたわけではないが、直接知ってい る。大学院の授業をとったことはないが、学部の授業 はとったことがある。英文学というような一般的な題 の授業だった。「篠田一士という人」という文章を池 内 紀氏が書かかれたのが巻末に添えられている。少 し歳が下でやはり文学研究者だった人にどう見えたか が丁寧に書かれている。
     十大小説という題を付けることに対してのためらい のようなことが最初に語られるが、確かに、英米文学 に限らず、世界の文学を論じるだけの教養も知識もあ り、また見る目もあった人なのだろう。ラテン・アメ リカ文学にいちはやく注目したのにも敬意を表したい。
     私は、実は、「百年の孤独」を買って、読みはじめ たが、どうして忘れたが、すぐ中断して、そのままに なっている。
  207. 新藤兼人(1998)「弔辞」岩波新書.
     勝新太郎が亡くなったのは1997年だったんだ。 どんどん時間がたっていき、あまり印象がないという 人も増えてきているのだろう。「勝新ひとり旅」は、 出色の出来。勝新がどんな人だったのかがうかがえて 面白い。「センセイ、午めししまほう」というのがい い。既に紹介した、買って聞いてはいないが、「邦楽 ディスクガイド」に勝新の三味線も紹介されている。 「編者の意向でこの項目で紹介するが、勝新太郎の三 味線芸は映画俳優の余技ではなく、確かなプロの技で ある。というのも若山富三郎と勝氏の兄弟の父君は杵 屋勝東治郎師という長唄三味線の大家で、もともと長 唄の演奏家であった二人が素人歌舞伎の役者として劇 場出演したのを映画プロデューサーにスカウトされた という経緯があるからである。」(p. 173)(勝新太郎  遊びはなし SONY SRCL-3340)
     もう一人挙げるとすれば、岡本太郎を論じた「太陽に 向かって昇った」だろう。岡本太郎は1996年に亡 くなっている。岡本太郎が、どうものを見ていたのか を示唆しているところがあって面白い。映画のために 書を書いてもらったという。その書も載っている。や はり岡本太郎。
  208. ピーター・ブルック著、高橋康成・喜志哲雄訳(1 968, 1971)「何もない空間」昌文社.
     スーパースターの登場です。すぐ古くなってしまう、 前衛が前衛でなくなってしまう、そういう中で、何十 年も引っ張ってきた演出家である。私は、銀座セゾン 劇場でテンペストを一度見ただけである。「ハムレッ ト」はテレビでj放映されたのを見損ねた。同僚の英 語教師の誰かが録画していないかと、メイリングリス トにお願いメイルを出したが、反応がなかった。なん で、誰もいないの?
     5月7日にビデオに、「まだ手に入っていませんか ?ビデオにとってあります。」と言われた。見られる。 うれしい。
     それから「マハーバーラタ」。さすがに10時間く らいかかる東京公演は見に行かなかったが、今から思 うと見ておいたら良かった。映画にまとめたものは衛 星放送で放映されたので、見た。
     私は、30代から40代に掛けて、映画は結構たく さん見た。その結果が、いまの うちにいい映画を観て下さい(よくない映画も同時に 観るのが普通)に反映されている。しかし、最近 は、演劇をもっと見ておけば良かったと後悔している。 同じ時期に仕事の関係で親しくしていたH. M. さんは、 私が映画をよく見ているのを知っていて、「私は芝居 の方が好き。震えるような感動は、芝居でしから得ら れない。」ということを言っていたが、今、そうだと 思う。
     演劇のことを話しはじめると、コメディア・ディラ ルテに言及したくなる。そしてコメディア・ディラル テについて考えると、野田理一さんに聞いた、お水取 りの時に、ニ月堂の中で何が行われているかを語りた くなる。
  209. 唐 十郎(1973)「ベンガルの虎」書き下ろし新潮 劇場.
     私が見たのは、展開がこの本になったのと少し違っ ていた。けれど、面白かった。李礼仙と宇都宮雅代か な、が、交互に出て来て、同じことを言う。一人二役 ではなく、二人一役なのである。見ている側には、明 らかに別人だとわかるのであるが、面白いという強い 印象を受けた。
     それから、別なところで、名古屋くらいの大きさの 都市で学生時代を過ごす人たちに、都市だからこそ、 生の芸術に触れられる機会が多いので、それを無駄に しないようにと書いた。
     しかし、芸術と言った場合に、簡単に言えば上品な ものだけを考えているわけではない。「芸術」を上品 なもの、「芸能」は上品でないものを含むという使い 分けも可能なのか?「芸術」と「芸能」はどう使い分 けるのだろう?それは兎も角、芸術は、猥雑なものも 当然ふくむものだと思う。それを嫌う、排除したがる 人がいるのは、それはそれでいいのだが。
  210. アレックス・カー(1993,2000)「美しき日本 の残像」朝日文庫.
     この本と次の2冊の本は、尼崎市役所にお勤めの方 から紹介された。きっかけになったのは、都立大の同 窓会で知り合いになったN.C.さんが古い建物好き (それと和菓子好きでもある)だったことである。丸 ビルを現在の耐震基準を満たさないから壊す。日本の 代表的な建物なのに。技術があるのであれば、補修に 活かして欲しいって思いますよね。結局、私は見ない ままだが、N. C. さんは、半田の駅から近いところに あった亀甲富という古い醤油屋さん、中が見学できた そうだ、が良かったとのことだったが、google で検 索したら、どうも壊してしまったらしい。
  211. アレックス・カー(2002)「犬と鬼ー知られざる日 本の肖像」講談社.
  212. 松本隆一郎「失われた景観」PHP新書.
  213. 鈴木 忠司・中村雄二郎(1999)「劇的言語(増補版) 」朝日文庫.
  214. 渡辺 保(1991)「日本の舞踊」岩波新書.
     渡辺 保は、歌舞伎などに詳しい演劇評論家で、ラジ オ、テレビなどにもよく出ているので、あの太い声と顔 をご存じの方も多いだろう。結構丁寧に線を引いたりし て読んだ。身体性の問題だ。もう15年くらい前だが、 NHKスペシャルという番組で「驚異の小宇宙人体」とい うのが放映された。娘道場寺の練習をしている役者が、 動いていないのに、気持ちが張り詰めていて、心拍数 がすぐく増えると言っていて驚いたことがある。
     20代後半から30前半にかけて、武原はんに夢中 だったと書かれている。私は、NHKで放映されたのを見 たことがある。生を見ておけばよかったと思う。ゆっく り回転するので、ゆっくり違う形に連続的に変化してい くところを私たちは見ることになる。練習は、鏡の前で 行っていたと書かれている。Gary Peacock が昔、ベー スの練習はあまりしない。イメージトレイニングをやれ ばいいんだと言っていたのを思い出す。
  215. 三輪茂雄(1981)「粉の秘密・砂の謎」平凡社.
     名古屋の蕎麦屋、松寿庵の大将が、松寿庵 の「そばがき」のところに、「そばは粒で食べると味も そっけないのに、碾いて粉にして口の中に入れると香り 広がり、ほのかに甘い味が残る」という主旨のことを書 いておられるのを読んで、昔読んだことの本を思い出し た。抹茶も碾いているわけで、碾いてしまった後は、ど んどん酸化が進むので、空気と触れにくくして保存する か、早めに使い切るのがよいということも書かれていた。 加工されたものしか目にしないと、忘れがちなことだ。 ただ、酸化しにくくする工夫も様々開発されているよう だが。粉体工学は、現在は、ナノテクノロジーと呼ばれる 分野につながっているのだろう。
  216. 安倍公房(1973)「砂の女」新潮社.
     砂が出て来たからではなくて、これも挙げたいなって しばらく前から考えていたのです。砂がどこにでも入り 込んでくるという話と関連して、ずーっと髪を切っても らっていた宇田川純子さんに随分前に聞いた話だが、自 分の家で床屋さんをやっていると、切った髪が内の中に 入り込み、炊飯器で炊いたご飯のなかにまで入っている ことがあるそうだ。勅使川原宏監督の映画も面白かった。 配役を流す場面では、名前の横に認印が押されていた。
  217. 真田信治(2001)「方言は絶滅するのか」PHP新書.
  218. 石川九楊(1998)「現代作家100人の字」新潮文庫.
     有名な書家だが、私は良さが分からないと思っている。多治 見にある市之倉さかづき美術館で、「石川九楊の「館蔵」盃 千字文展」が、2003年4月5日から5月25日まで開催さ れていて、それに行ったら、会場で売っていて買った。作家の 字、原稿の字が紹介されていて面白い。中上健次の字、凄い。 この字を見たら、この字を書いた人の作品が読みたくなる、そ ういう凄さがある。100人なので結構たくさん紹介されて いる。谷崎潤一郎とかも。谷崎はすっと毛筆で原稿を書いてい たんですね。知りませんでした。
     印刷されたものと、もととの違いということを感じるとい う意味で、これと似た経験は、詩を活字で読むのと、朗読で聞 くのとの違いを感じた時に、経験した。詩を活字で読むのと、 朗読で聞くのとの大きな違いを実感したのは、名古屋今池にあ るライブハウス得三で、福島泰樹の短歌絶叫のライブを聞いた 時だ。シンガーソングライター、例えば友部正人の歌を聞くの と同じで、次のなにがどう出てくるかは予測できない。しかし、 印刷されていると、ページが変わると別だが、同じページの中 では、左にどういう文字列が続いているかが、見えている。あ る意味で先読みできる。たとえばリフレインがあれば、同じペ ージであれば、すぐ分かる。しかし、朗読する人は、同じ文字 列を必ずしも、同じようには読まない/口に出さないのだ。
     石川九楊の字は、やはりあまり好きになれなかった。ただ、 浅野弥衛と似たことを、文字でやっていると考えることもでき るなと思った。
    市之倉さかづき美 術館
  219. 杉本良夫(1990)「日本人をやめる方法」ちくま文庫.
     中島義道の本が何冊も出てきていて、それぞれ共感してしまう ので、毎日の生活が苦しくなってきてしまった。アメリカから帰 ってきて、すぐ高速道路に乗った。渥美半藤の方に知り合いがギ ャラリーを持っていらして、そこでフリーマーケットがあるので と誘われた。日本の高速を走るのは久しぶりだったのだが、少し 走りはじめたら雨。雨も久しぶりだった。結構強く降ってきたの だが、電光掲示板に、「雨天走行注意」と出た。すぐ「大きなお 世話だ。」と思った。
     先日、大阪へ講演会を聞きに行った。名古屋駅の新幹線のホー ムで、とうとう乗り降りするところ以外は鉄の柵ができた。昔、 東京駅の新幹線のホームでは、例の「足下にご注意下さい。」と いう放送が途切れなく流れているように思った。やはり、流れて いる。ずっとやっているのかと思ったら、電車が出て行ったら、 鳴りやんだ。もう一つ気になったのは、駅員の案内の放送、音 が大き過ぎる。耳が聞こえにくい人もいるとからというのか?
     大学の近くの郵便局、自動支払い機の前で人が操作をしよう とすると、一々大きな音で指示が流れる。何がサービスだと思 っているんだろう。
     街中で少し注意すると、ガードレールが、途切れ途切れに、 まめに設置されている。あれって、必要なんだろうか?
     いつだったかの名大サロンの会で、エネルギーが問題にな ったから、自動車電池が話題だった時だ。日本の無駄使い、 例えば、田舎の山の中の道に設置されている信号でも、夜中 でも点滅にならないで動いているのは無駄じゃないのか?ア メリカみたいに、全方向一時停止、先に交差点へ入った方か ら進めるようにしたらいいし、赤信号でも、一時停止、安全 確認して進めるようにしてもいいのに、しない。どうしてな のだろう?
  220. 青島幸男(1981)「人生万事塞翁が丙午」新潮社.
     知り合いが面白かったと勧められ、読むことに。
  221. 山路閑古(1965)「古川柳」岩波新書.
     こういうのって、ゆっくり読みたいですね。
  222. 柴田宵曲(1984)「古句を観る」岩波文庫.
     これもそう。漢詩も読んでみたいが、吉川幸二郎なのだろ うか。先日、河合隼雄だったかがラジオで、吉川幸二郎が、 生前アメリカへ招かれて、講義をしたのかな、学生が、早 くポイントをつかめる方法はないのかというようなことを 尋ねたら、おいおい分るもので、時間が掛かるのだという 主旨のことを言ったという話をしていた。確かに、そうい うことを言いそうな人だと思う。
  223. 米山万里(2000)「魔女の1ダース」新潮文庫.
     私が最初に米原万里の名前見かけたのは、ロンブ・カト− の「わたしの外国語学習法」の翻訳者としてだ。その後、暮 らしの手帖の別冊「ご馳走の手帖」に面白いエッセイを書い ているのを読んだ。桐島洋子ばりですね。私の誕生日は、6 月13日。久しぶりに今年は、金曜日です。
  224. 西村 亨「王朝びとの四季」講談社学術文庫.
     桜と言えばそめいよしのというのが現代の常識だろう。 花見もほとんどたくさん植えられたそめいよしのを見に 行くのが普通だろう。しかし、「桜と言えば、そめいよ しの」というのが、普通になったのは、そんなに昔から ではないと、NHKのラジオ番組に専門家が出てきて話し ていたのを5−6年前に聞いたことがある。
     日本の春の良さを、咲く花で代表させるかどうかに は議論の余地がある。うちの奥さんは、新緑の方が紅葉より ずっといいと言う。確かに、先日41号を戻ってきた時に、 川べりの山に見られる緑、その多様さは、モニュメント・ バレーで見た、赤褐色の岩の色の多様さ、形・面の多様 さと共通する、自然の美しさを持っていると思った。
     それで思い出して、持っていたこの本を引っ張り出して きたら、「春秋争い」という章があり、春と秋のどちらの 方がいいかは、昔から議論がある話題なのだとある。「紅 葉狩り」とは言うが、「新緑〜」とは言わないと思うが、 過去はどうだったのだろう。
  225. 寺山修司
     昨日の新聞(朝日、2003年5月6日)に「寺山修司 が死んで20年がたった」という記事が出ていた。5月4 日に亡くなったとあったが、私の奥さんの早知子さんの誕 生日なのです。それはそれとして、松岡正剛の千夜千冊を 見に行ったら、「寺山修司全歌集」を挙げて、さらに直接 の関わりについても書かれている。さすがというか、当然 と言うか。私は一度も見ていないのだが、見ておきたかっ たなあ。せめて歌集や著書を読んでみよう。「田園に死 す」は、映画館でも満たし、ビデオにとったのがあって、 東京にいた頃は何度も繰り返し見た。しかし、天井桟敷の 公演は見たことがない。見ようと思わなかった。そういう ことに注意が向いていなかった。寺山修司と天井桟敷の活 動については、扇田昭彦「日本の現代演劇」(岩波新書) を読むと、大体のところは分る。
  226. 「ハーフィズ詩集」黒柳恒男訳(1976)東洋文庫299、 平凡社.
     歌集が出てきたので、思い出した。ペルシャ文学は、10 世紀から15世紀末の間に、いくたの大詩人を輩出したとあ る。四行詩(ルバーイー)で有名な、オマル・ハイヤームは、 翻訳が岩波文庫にも入っていて、日本でも昔からよく知られ ている。しかし、実際には幾つかのジャンルがあって、それ ぞれのジャンルで誰が最高詩人であるかに関しては、イラン ・西欧諸学者の見解はほぼ一致していると解説にある。民族 英雄叙事詩は、フェルドゥスィー、頌詩はアンヴァリ−、ロ マンス叙事詩はニザーミー、神秘主義詩はルーミ−、実践道 徳詩はサーディー、叙情詩(ガザル)はハーフィズであると ある。私は、ペルシャ語ができるわけではないので、翻訳で 読むしかない。あるいは英語訳か。現代という技術革新に関 しては、日進月歩である時代に私たちは生きているわけだが、 文明、あるいは人間の行う営為に関して言えば、過去にも、 様々な時代に、様々な地域で、忘れられてしまったもの、破 壊されたものも含めて、大変な蓄積があることを忘れるわけ にはいかない。
     ハーフィズの詩集は、どこの家にもあるというようなこと が解説に書かれている。先日行ったペルシャ絨毯店の人に尋 ねたら、偉大な蓄積があることは知っていると思うが、現代 のペルシャの人の多くが読んでいるとは考えられないという 意見だった。
  227. ベンジャミン・フルフォード(2002)「日本がアルゼンチ ンタンゴを踊る日」Kobunsha Paperbacks.
     Y. K. さんに教えていただく。早速買って、早速読んだ。 まさに「業界の常識と世間の非常識」、いや違うか?「」世 間の常識と業界の非常識」そのずれを論じた本といってよい のだろう。マスコミの責任も大きいと思う。
  228. 金子兜太「今日の俳句」知恵の森文庫.
     誰かが俳句を論じたものをと思って、他にもたくさんあると 思うが。読み巧者なのかどうか?昭和40年に出た本が文庫に なって出たもの。当時の写真が随所に挟み込まれていて、それ も面白い。
  229. 佐藤郁哉(1992)「フィールドワーク」新曜社.
     「書を持って街へ出よう」という副題が付いている。この副 題は臭いが、本自体は非常に面白い。
  230. 高橋和巳()「邪宗門」朝日文芸文庫.
     若い頃は、同時代の人の書いた作品を読んでいた。1971 年に亡くなっている。いくつか小説を読んでいると思うが、こ の小説が一番印象深かった。私は、今まで宗教の問題を、まと もに考えたことが結局ないように思える。高橋和巳研究
      宗教の研究家の中に、井筒俊彦のような人はいないのだろうか?
  231. 多田広巳(1997)「手づくりの音遊びーあなたにもできる音遊具」 「REC レクリエーション」特別増刊25号、No. 460.日本レクリエーション協 会.
     2003年5月24・25日に松本のあがたの森公園で開催されたクラフトフェアまつもとに出店さ れていて、楽器二つとこの冊子を買う。佐藤高男の「おもちゃの科学」以来か な、物作りに関する本はたくさん出ているのでしょうけれど、なかなか私の目 にとまりません。 楽器の作り方だけでなく、音を吹き込んだCDも付いている。今は連絡がとれな くなってしまった、10代終わり頃に知り合った加藤晴幸さんが、浅草でサン バカーニバルが始まって間もなく、国立からも出るというので、太鼓で参加。 お宅にうかがったら缶ビールの空き缶にお米を入れて、ふたをした楽器があっ たのを思い出した。簡単に出来そうなのに、いい音がしたのを覚えている。会 場で楽器の演奏(「試奏」というのか)をしてもらったが、動かし方とか力の入 れ方にめりはりがあって、動かす速度もかなり速かったりで、やっぱりこうい うふうにやらないといけないんだと思った。
     CDを聞いてみたが、単にいろいろが楽器から、どんな音が出るかを示すてい るだけなのかと思っていたのだが、そうではなくて、曲になっていて、しかも なかなかいい。このCDが付いて本と一緒で定価2800円は安い。
  232. 出原栄一・吉田武夫・渥美浩章(1986)「図の体系ー図的思考とその表現」 日科技連.
     まだ良さ、面白さが十分分かったとは言えない。イコロジーと言われる分野 のやり方ではないところも面白い。
  233. 柄谷行人・浅田 彰・岡崎乾二郎・奥泉 光・島田雅彦・ すが秀実・渡 部直己(2002)「必読書150」太田出版.
     岡崎乾二郎さんに関する情報を知りたくて、検索していて、こういう本があ るのを知った。後書きとして奥泉光の書いた「リストを見て唖然としている人々 のために」というのが付いている。確かに、そう思う人も多いだろう。「入門と かどうとかいってないで、まずこれを読め」ということだろう。松岡正剛の千 夜千冊とは、大分違うリストであるが、参考にはなる。最近は知らないが、フ ランスで行われているバカロレアで点数を取ろうとすると、フランスの古典を かなり読んでいないとだめだと10代の終わりに読んだことがある。日本は、 全くそうではないと思った記憶がある。現在でも日本はあまり変わってないよ うに思える。とすると、大学に入ってくる人たちがそれまでに読んだ本の数と 量、さらには、何を読んできているかが問題で、ここに挙がっているようなも のは、ほとんど読んでいないだろう。とすると、大学へ入ってきてから、ここ に挙がっているようなものを読まないといけない。大変な思いもするし、楽し い経験もすることになるのだろう。
  234. 都立大 の先生の勧める本
     ちょっと息抜きに、都立大の先生が学生向けに勧めている本のリストが公開 されている。都立大は、私の出身校で、直接存じ上げている方も名前が挙がっ ている。大学の先生が学生に向けて本を推薦すると、こういうようなものにな るのが普通なのだと思う。「必読書150」作りに加わっている人の中には、こ ういうものを想定していた人もいたんじゃないかと思う。そしてこのリストは、 このリストで、専門によるばらつきがあって、そこもいいところだと思う。た だ、大学の先生は、授業の内容を理解し、身につけてもらうことを考えがちだ と思うのだが、授業を離れると、やはりある程度の数の本を読むこと。そして、 上で取り上げた梅棹忠夫「知的生産の技術」のところで書いたこと、単に教科 書のように中身を理解することだけを目的に本を読むのではなくて、読むこと をきっかけに、自分が思い付くこと、考えることをこそ大事にする。ある意味 では批判的に読むことであるし、また、自分がどう反応するか、そこが大事な のだということだ。
  235. 洲之内 徹(1978, 1996)「きまぐれ美術館」新潮文庫.
     うちの奥さんが洲之内 徹のことを知っていて、本を買ってきた。ぱらぱら と私も読んでみた。もうかなり前に「芸術新潮」に連載されていたものを集め たものだが、面白い。検索したら松岡正剛の千夜千 冊に取り上げられているのが分かった。写真を見ると、顔に見覚えがある 気がする。テレビなどにも出ていただのだろう。この 本には、かなり多くの日本人画家の絵の写真が載っている。それを見ながら本 文を読んでいて思ったのは、私は、過去、具象画にはそれほど興味を持ったこ とがないと思ってきたのだが、紹介されているのは、ほとんど、日本人が描い た具象の絵であるのだが、写実的なものは少ない。そこが洲之内の好みという か、目が選んだ、その結果なのだろう。何が描かれているか分るという意味で、 具象画なんだけれども、画家本人がどう考えているのか分らない(人によって も違うだろう)が、ひどくデフォルメ(言葉だけは知っている)されたのが結 構あって、そのデフォルメの仕方が画家によって違って、そこが面白い。山藤 章二の「似顔絵」(岩波新書)を思い出すのだが、似顔絵の場合には、どこか特 徴的なところを探し出し、そこを強調するのが一般的なのだろう。この本で取 り上げられている絵は、人物が描かれていても、やはり似顔絵ではない。
  236. コンラート・ローレンツ、小原秀雄訳「人、イヌに会う」至文堂.
     いつのまにか、私も50才になった。明日6月13日(久しぶりの「13日 の金曜日」)が誕生日で、51才になる。そうすると、比較的若い頃に読んだ本 で、面白いと思った本が、もうあまり話題にならなくなっているのを感じるこ とがある。コンラート・ローレンツの本など、まさにそういう感じがする。「ソ ロモンの指輪」や「文明化した人間の八つの大罪」、さらには、もちろん「攻撃」 も読んで欲しいのだが、犬好きの私には、この本も捨てがたい。むしろ、ロー レンツの本を読むのは、これからはじめてもいいと思う。
  237. 藤本義一(1980)「元禄流行作家ーわが西鶴」新潮社.
     岩波文庫の別冊、「読書のすすめ第7集」が出ているの見かけもらってきた。 藤本義一が西鶴のことを書いていて、この本の名前があがっていた。興味があ って、インターネット古書店で探して、手に入れた。
     読みはじめたが、直木賞作家が書きそうな歴史小説ふうで、どこまで史実に 基づいているのかが定かでない。しかし、西鶴がもともとは、芭蕉と争う俳諧 師だったというのは知らなかった。もういい年なので、一時期は知っていた、 あるいは本で読んだのかもしれないが思い出せない。「好色一代男」かなにかを、 文庫で高校生くらいの頃読もうとしたことがあると思うが、きちんと読み終わ るところまでいかなかった。
     名古屋大学に、日本の「近世俗文学」(とご本人が書いておられる)が専門の 方がおられて、芭蕉の俳句の解釈をしている本でいい本を教えて欲しいと言っ たら、芭蕉は、特別な階層向けに書いたのではないので、もとの俳句を読むの がいいと思うと言われた。ご本人は、西鶴について論文を書いておられるよう で、西鶴が重要な存在だとおっしゃっていたように思い、読んでみたいと思っ ていたのだが、元を読まないで、先に、この本を読むことに。
  238. 岡本太郎(1956)「日本の伝統」光文社(後に講談社現代新書現在絶版)
     上で取り上げた「必読書150」で、巻末の「参考テクスト70」というリ ストの、芸術に関する本が取り上げられているところに、この本が挙がってい て、探して初版を手に入れた。岡本太郎は、本としてまとまったものは、最近 までほとんど読んだことがなかった。しかし、きちんと批判的に読むのが難し いくらい、先に共感を感じてしまう、魅力的な内容の本が多いと思う。この本 は、調べたら、やはり松岡正剛の千夜千 冊で取り上げられていた。
     しかし、「モーレツに素人たれ」というのはいいのだが、それはそんなに簡単 にできることだとは思えない。佐伯胖先生が、「認知科学の方法」の最初の方で、 高らかに宣言された姿勢を、補稿で、戸田正直先生が、そんなこと人間には出 来ないという主旨の発言をされているのと似たことが言いたくなる。それから、 私たちは、経験や知識で物を見ているわけで、どこに注意が向くか、さらに言 えば、何を見ようとするかが、見えるものを規定するということがあることも 認めざるをえない。
     しかし、それでもなお岡本太郎の言うことには耳を傾けるべきことがたくさ んあるように思える。何でも鑑定団が人気番組になり、ものを見る目が問題に される。岡本太郎は、鑑定家と芸術家は違うと言っているし、自分がいいと思 うものを探せというのだ。しかし、何がいいのかを教えて欲しいと思う人が圧 倒的に多いということだろう。しかし、やはり自分の目で見ようとすることが 決定的に重要だと思う。
  239. Barbara Woodhouse No Bad Dogs: The Woodhouse Way
     Barbara Woodhouse と私との出会いは、千歳烏山にあったレンタル・ビデオ の店で、映画以外のところを見ていて、犬好きな私は、犬の訓練のビデオを見 付けたことだった。借りてきて見たのだが、日本ではいかに犬が理解されずに 飼われているかを痛感もし、しかし、他方で、きちんと訓練すること、その関 わり方に見事さにほとんど感動した。その後、英語の本(Talking to Animals) も読んだし、BBC の番組も見た。上に挙げた本も、一時期は文庫で出ていたが、 現在は絶版。ええい、元の英語の本で読んでしまいましょう。amazon.co.jp で、 比較的安く洋書が買えるようになりましたから。Barbara Woodhouse という人 の存在を知るだけでも価値があると思います。(7/8/03)
  240. Dick Francis(1989)Straight.
     もう少し前の作家だが、元競馬の騎手で、競馬がらみの小説を書いて一躍有 名に。はらはらしながら先を読んでいくというふうなので、一時期(1980 年代か)はまって、何冊か読んだ。さくさん書いているが、駄作はあまりなく、 どれも楽しめる。だた、登場人物が肉体的にひどい目にあうことが多いで注意。 こういう傾向をさして、イギリス人のある特性から来るのだと言った評論家が いた。(7/10/03)
  241. 川成 洋著、宮本雅弘写真(1994)「図説スペインの歴史」河出書房新社.
     どういう訳か、いつ頃からか、スペインには興味をひかれてきた。スペイン に残るアラブの影響を受けた音楽などを聞いて、スペインというよりも、地中 海世界(マグレブ)の存在と海を経由したつながりの強さを感じる。それはそ れとして、旅行にも行った。古いものが焼けずに残っているすごさ、さらに様々 な芸術家、音楽家などが生まれた国としてのスペインもある。この本は写真が たくさん載った、楽しい簡便なスペイン案内である。
  242. イターロ・カルヴィーノ(1988, 1999)「カルヴィーノの文学講義」朝日新 聞社.
     私は、好きだったカルヴィーノが亡くなったのは知っていましたが、この本 の存在は、正直言って知りませんでした。しかし、私が今まで読んだ本の中で も、もっとも重要な本で、さらに新しい、この本を読まなければ存在さえ知る ことが無かった世界へ導いてくれるという気がします。(7/19/03)
  243. Swan, Michael (1980, 1995) Practical English Usage. Oxford University Press.
     最初に買ったのは1980年代の半ば頃だと思う。最初に買った本が見付か った。1981年6月28日に新宿の紀伊國屋書店で買っている。本屋で見か けて、手にとって、良さそうだと思って買った。覚えている範囲で、最初に印 象深かったのは、 certanly と surely の使い分けを説明しているところだった。的確だし、例も 分かりやすいものだった。それ以降、授業で教科書のように使ったことも何度 もある。第2版が出て、分厚くなった。私は第1版への愛着が強かったのだが、 第2版になって、よくなったところももちろんある。distancing の記述など比 較的簡単な記述なのだが、やはり的確で良いと思う。
  244. Sinclaire, John (ed. 1987, 1995, 2001) Collins COBUILD English Dictionary for Advanced Learners. Harper Collins Publishers.
     日本語の電子化辞書を作るプロジェクト に関係していたこともあって、この 辞書は出てすぐに手に入れた。画期的な辞書だった。同様に、ロングマン英英 辞典も出てすぐに買った。ロングマンに関しては、当時、習ったことがあった 都立大の英文の先生が、語義記述のために選ばれた基本単語の数が少な過ぎる とおっしゃっていた。しかし、その後の経過を考えると、少ないからこそ英語 学習者に受け入れられ、爆発的に売れたのだろう。英語学習者向けの英英辞典 としては、コリンズとロングマンと Oxford Advanced Learners' 三つが代表的 なものだと思う。私は、英語の授業では、ロングマンを使ってきた。語義記述 のための基本単語が2000語と、はじめて英英辞典を使う人がとっつきやす いのがよいと考えての選択だった。しかし、「英語は絶対、勉強するな!」で提 唱されている英語学習方法を推奨するようになって 大学生以 上の人に勧める英語自習プログラム、英英辞典の活用を考えると、語義記 述のための制限がロングマンほどきつくなく、また、語義記述を full sentence で行っているので、それをそのまま、少し変えて英語の文を作れるという意味 でも、他にも第3版は、様々な記述を取り込んでいて、非常にいいと思いはじ めた。
  245. Oxford Collocations Dictionary for Students of English.Oxford University Press.
     やはり、日本語の辞書作りに関係していた関係で、Benson, Benson & Ilson (1986) The BBI Combinatory Dictionary of English: A Guide to Word Combinations も出て、すぐに手にすることになった。英語のコロケーション辞 典である。しかし、2002年にこの本が出た。使いやすい。参照しやすい。
  246. Cook, Ann (1991, 2000) American Accent Training. Barron's.
     これは工学部のK先生に教えていただきました。K先生は、良い発音教材でア メリカ英語の発音を学ぶ方が、聞き取りの訓練だけやるよりも効率がよいとい うご意見を持っておられます。日本語を含めたいくつかの言語とアメリカ英語 の発音の相対的な違いも論じられています。CDが5枚付いて、アメリカ英語の 聞き取り、発音の練習は、これさえあれば大丈夫という感じの本です。 amazon.co.jp cで4008円。すぐ届きました。(8/10/03)
    web のページも充実しています。American Accent Training
  247. 猪瀬直樹「日本国の研究」、「続・日本国の研究」文春文庫.
     ベンジャミン・フルフォードの本を思い出させます。しばらく前、夜中に衆 議院議員石井絋基が殺されたことに関する番組が放送されているのをたまたま 見た。猪瀬直樹へのインタービューもあったし、ベンジャミン・フルフォード も出てきた。
  248. ノーム・チョムスキー「メディア・コントロール」集英社新書.
     自分のことを生成文法学者だと思っているので、近しい存在ではなるのだが、 政治的な発言に関しての本はあまり読んだことがなかった。しかし、この本は 痛烈で、なかなかいいと思った。ベンジャミン・フルフォード自身がマスメデ ィアに関係する人間だが、日本のマスメディアには手厳しいことを言っている。 インタビューをした辺見庸が、
     「率直に、こんな男、見たことがないと思ったのである。つまり、人間への 私の意地の悪い見積もりが崩れた。それが当惑のわけである。第一に、ジャー ナリスティックなものいいをこれほどまでに嫌う人物を私は知らない。どのよ うな硬骨の革命家だろうが、ひねくれた芸術家だろうが、メディアを前にして は、愛想にすぎないものであれ、結局野ところ、多少の迎合をしてみせ、笑み の一つうやふたつふりまくものである。だが、チョムスキーは違った。"孤高の 反体制知識人"といった記事をねらった、自身をめぐるジャーナリスティック な作意に実に敏感であり、そのような紋切り型のロマンづくりへの同調をあく まで拒否するのだった。」(pp. 117-118).
     チョムスキーが希有なのだろうが、私のそばには、ここで言われている、迎合が得意な人、「帝王学」を標榜する、スリ寄ること、持ち上げること、子供扱いして手なずけることにたけた人がいる。
  249. 岡本太郎「青春ピカソ」新潮文庫.
     岡本太郎はすごいですね。私はほとんど読んでこなかったので、今頃そう思 うはめに。しかし、楽しくもあります。
  250. 中島義道(2000)「私の嫌いな10の言葉」新潮社.
     言葉へのこだわり、姿勢、態度をきちんと見て、その問題点を明らかにしよ うとしている点に共感する。
  251. 若林忠宏(1999)「民族楽器大博物館」京都書院アーツコレクション239.
     いや、凄い本です。この本の存在を知るきっかけは、古楽愛好団体FurnitureXの例会に参加したら、そこに置いてありました。202番に挙げた本と同じ京都書院アーツコレクションなので、在庫があれば買えると思い、京都書院(出版社)出版物販売に問い合わせ、手に入れました。在庫僅少だそうですね。興味のある方はお早く。
     経歴を見て驚いた。羅宇屋(吉祥寺南口)
  252. 中原佑介編著「ヒトはなぜ絵を描くのか」フィルムアート社.
     私たちヒトは、写実的な絵を描く、ありのままを描く、見たままを描くのではないことがはっきり分かって面白い。というかそうだったのだと忘れかけていたことを思い出す。演劇もそうですね。近代・現代という時代が特殊な時代なのだと言うこともできる気がします。(2/11/04)
  253. ぱくきょんみ(2003)「このコ」書肆山田.
     長年の友人、ぱくきょんみさんが新しい詩集を出されました。詩集は1980年の「すうぷ」以来じゃないかと思います。しばらく前に思い付いて、ごっさんに「すうぷ」を読んでみるように勧めました。良かったみたい。思い出して、本棚から岸田衿子の「ソナチネの木」を引っ張り出して、奥付を見てみると、丁度ぱくさんの詩集と同じ時期のものだったことが分かったようで。「なんとなく似ているのです。言葉が自由に浮遊する感じが。」と書いて来られた。今度のを読むと、ごっさんはどう思うのでしょう。(11/9/03)
  254. 長年の友人、村田靖子さんが、翻訳を出している二人の作家、一人は今年ノーベル文学賞を取った、J.M.クッツェー。もう一人は、イスラエルのアモス・オズ。こちらもノーベル文学賞をいつ取ってもおかしくないと言われているそうです。
     もちろん、ノーベル文学賞を取るかどうかが本質的なのではなくて、読む価値のある作家だということです。イスラエルと南アフリカは、共通するところがあるのだそうです。興味を持たれた方は、これを機会に。(11/24/03)
     クッツェーがノーベル賞を取り、村田さんが朝日新聞に紹介記事を書かれました。それを読んだ私に、村田さんは個人的に、クッツェーはもっともっと評価されていい作家だけど、日本ではあの記事くらいで忘れられていく。「日本は、文化的、文学的にアホタレになってしまった。」と書いてこられました。(12/5/03)
    2003年度ノーベル文学賞を受賞したクッツェー氏の邦訳本一覧です。(2003年10月現在
    ) 赤岩隆訳『ダスクランド』スリエーネットワーク(1994年刊)1748円 
    原題:Duskland (1974)
    村田靖子訳『石の女』スリエーネットワーク(1997年刊)1800円 
        原題:In the Heart of the Country (1976,77)
    土岐恒二訳『夷狄を待ちながら』集英社ギャラリー/世界の文学20 (1991年刊) 4175円
      原題:Waiting for the Barbarians (1980)
    くぼたのぞみ訳『マイケル・K』筑摩書房(1989年刊)1903円
      原題:Life and Times of Michael K (1983)…ブッカー賞受賞(1回目)
    本橋哲也訳『敵あるいはフォー』白水社(1992年刊)1553円
      原題:Foe (1986)
    本橋たまき訳『ペテルブルグの文豪』平凡社(1997年刊)2400円
      原題:The Master of Petersburg (1994)
    くぼたのぞみ訳『少年時代』みすず書房(1999年刊)2600円
      原題:Boyhood (1997)
    鴻巣友季子訳『恥辱』早川書房(2000年刊)2000円
      原題:Disgrace (1999)…ブッカー賞受賞(2回目)
    森祐希子・尾関周二訳『動物のいのち』大月書店 (2003年11月刊予定)2400円(予)
      原題:Tne Lives of Animals (1999)…ただし、これは共著
  255. 「エルサレムの詩ーーイェフダ・アミハイ詩集」思潮社.
     長年の友人、村田靖子さんが、エルサレムの詩人の詩集の翻訳を出されました。8年ごしの仕事、完全にヘブライ語からの翻訳は初めてだそうです。興味がおありの方は探して、ご覧になってみて下さい。(2/3/04)
  256. 白川 静(2003)「常用字解」平凡社.
     白川 静の仕事は、全貌を見ないまま、ただ凄い人だと思うだけです。それはともかく、「戦後のわが国の国語政策は、漢字の字数とその音訓の用法を制限sるという、過った方向をもって出発した。」という文ではじまる「常用字解の編集について」というそう長くない文は、読むだけのことがあると思います。(2/17/04)
  257. 高山 宏(2002)「表象の芸術工学」工作舎.
     豊田市美術館のミュージアムショップで見付けて買ってきました。高山さんというのは、ずっと前からすごい人ですが、テレビなどにはほとんど出ないので、知らない人は、知らないままかもしれません。たくさん本を書かれていますが、この本をとっかかりにして、必要があれば、興味を引かれれば、前に書かれた本に行くのがいいように思います。(2/20/04)
  258. Augusto Boal
     昨日同僚のEdward Haig さんに教えてもらいました。Theater of the Oppressed という本を書いていて、アリストテレスの演劇論に対して批判的なことを言っているそうです。興味あります。こういうことに関しても興味を持っている同僚がいて、恵まれているなって思います。ボアールと表記するんですね。アウグスト・ボアールと被抑圧者の演劇(3/2/04)
  259. 杉浦澄子(1995)「澄心庵 茶の湯歳事記」淡交社.
     著者の親戚にあたるという方が貸して下さいました。
  260. 佐藤良明(1999)「J−POP進化論」(平凡社新書)
     豊田に松岡正剛と坂田 明が来た時、坂田 明がこんなことを言っていた。アルバート・アイラーのゴーストを口ずさんでいたら赤とんぼになってしまったんだと。同様に、日本ではやったJ−POPの曲とつながりがみられるものとの間の補助線を探すことを試みている。(8/5/04)
  261. 梅棹忠夫(2004)「日本語の将来」NHKブックス
     さすが梅棹忠夫、多くの人が暗黙のうちに前提にしていることを前提にしないで、問題を根本から考えている感じがして気持ちがいい。(12/22/04)
  262. 加藤秀俊(2004)「なんのための日本語」中公新書.
     この本も。言葉の力について随分前にこの人は書いている。(12/22/04)
  263. アルンダティ・ロイ(2004)「誇りと抵抗」(集英社新書)
     インドのケララ州出身の女性。1997年に「小さきものたちの神」でブッカ−賞を受賞。チョムスキーが序を書いている。「ノーム・チョムスキーの孤独」という章がある。(1/7/05)
  264. ノーム・チョムスキー(2004)「覇権か生存かーアメリカの世界戦略と人類の未来」(集英社)
     まだ読みはじめたばかりですが、確かにチョムスキーはすごいですね。同じ集英社新書から出ている「メディア・コントロール」も、まだ読んでいない方は是非読んでみて下さい。
     安藤忠雄が今日の朝日新聞に日本の近代化が生んだ結果についての文章を書いていました。私も同じようなことをしばらく前から考えている気がします。多分、日本人の学習観・教育観・学力観に問題があるのだと思います。標準化というのがくせものだったのだと思います。私は、中学の終わりから高校、大学とかなりの数の本を読みました。やはりこれくらいの時期に何をやったかで、その後の人生が大きくは決まるような気がします。もう懐かしく思い出すしかないのですが、共通一次試験が行われるようになって、入ってくる学生が明らかに変わったとおっしゃっておられた先生を知っています。(1/7/05)
  265. ぱくきょんみ(2004)「いつも鳥が飛んでいる」(五柳書院)
     20年くらいにわたって書かれた文章を集めて本にされました。ぱくさんのまなざしを感じます。(1/7/05)
  266. 笠原 嘉(1996)「軽症うつ病」講談社現代新書
     なんか凄い順番で並んでしまいましたが、この問題も大きいと思います。多分私自身を含めて。以前から興味がある話題ですが、もうかなり前から、どういう薬を使うかを考えるの医者の重要な仕事で、それでいいのだ考えるようですね。(1/7/05)
  267. 鍋島俊隆(2004)「脳と心に効く薬を創る」岩波科学ライブラリー98
     久しぶりで岩波書店から出ている本を挙げます。上に挙げた本で取り上げられているうつ病の問題も取り上げられています。薬の開発には、マウスを使った実験が盛んに行われているようですが、「私たちとマウスの脳は、分子レベルで見れば基本的に同じものだと考えられるのです。」(p. 44)と書かれています。マウスを使った巧妙な実験も紹介されています。日本の薬事行政への不満なども述べられています。
  268. 小泉武夫(2004)「食の堕落と日本人」(小学館文庫)
     農水省ブレーンだということを批判的にいう人もいるようです。しかし、長年の農行政策の結果が現状なのであれば、それが間違った方向に進んで来たと考えているように思えます。必ずしも理路整然とした文章を書く人ではないと思いますが、キャラクターも魅力の一つなのでしょう。この国の食の堕落をいかに食い止めるか(1/21/05)
  269. 酒井邦秀(2002)「快読100万語!ペーパーバックへの道」(ちくま学芸文庫)
     英語の文章をたくさん読むことで英語の力を伸ばすというのが、一番まっとうな英語の力の付け方だと思います。お気楽ペーパーバックの楽しみは充実していて参考になると思います。(1/21/05)
  270. 文芸春秋編「東大教師が新入生にすすめる本」文春新書
     前からこの本の存在には気付いていたのですが、買う気になりませんでした。しかし、一昨日、また目についたので、ま、買ってみようかって思って、買いました。家に帰って読みはじめたら、これがなかなか面白い。いろんな専門の人がいろんな本を紹介していますから、誰でも、読んでみようと思う本が何冊かみつかるということかもしれませんが。(2/3/05)

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