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萱津古戦場の歴史
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萱津の戦い(1552年)
○織田信長・信光軍 VS 織田信友軍●
そもそも萱津の戦いとは、天文21(1552)年に現・愛知県甚目寺町萱津で行われた織田大和守家と織田弾正忠家との合戦のこと。織田信秀の死後、弾正忠家家督を継いで間もない織田信長が戦った最初の大きな戦と言える。
〜〜背景〜〜
織田大和守家当主であった清州城主・織田信友は、織田信長配下の鳴海城主・山口教継の謀反に乗じて家老・坂井大膳の軍勢を信長領の松葉城・深田城へと差し向け、両城を陥落させた。
これに対し信長軍は那古野城からの本軍と、守山城の織田信光の軍を合流して出陣。清州からも織田信友が出陣し、萱津の地で衝突することになる。
〜〜合戦〜〜
織田信光の軍勢が清州勢の横から攻撃を仕掛けたことで、戦いは信長・信光軍の優勢に進む。退き陣の中で、信友軍には坂井甚介(大膳の弟)など多数戦死した。だが、この劣勢を見て、松葉・深田両城から信友軍が押し出してきた事で乱戦となった。
〜〜結末〜〜
しかしこの状況をも信長・信光軍は押し返し信友軍は清州に撤退、信友軍には死傷者が多数出た。信長・信光軍は松葉・深田両城も余勢を以って奪還し完勝を収め、織田信友の力を大幅に削ぐことができたのである。なお、この合戦には既に柴田勝家(ただし信行擁立前)や丹羽長秀、池田恒興、前田利家ら後の重臣たちも参戦し、前田利家にとっては初陣でもあった。
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萱津古戦場所在地
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愛知県海部郡甚目寺町上萱津
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消防団の倉庫の隣に古戦場跡の石碑があります。
周辺は宅地化も進み、特に当時を偲ばせるものはない…
(2008.1.4)
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萱津古戦場へのアクセス
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甚目寺町内にバス路線なし!古戦場石碑の地図
・名鉄本線須ケ口駅から南西へ徒歩25分ほど
・名鉄津島線甚目寺駅から東南東へ徒歩25分ほど
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