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牧之島城の歴史
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地理的に犀川に北、西、南を囲まれ、台地上に位置するため、川からは攻められないような天険の地にある。東の防備さえ固めれば、難攻不落の堅城となるため、古来より近世まで重要な城郭として利用されてきた。
鎌倉時代、この付近を支配した香坂氏によって築かれた。この頃はまだ牧城と呼ばれていた。
戦国時代、香坂宗重の代の時に武田信玄に降伏したため、この城を北信の拠点とすべく、信玄の重臣・馬場信春が入城。名も牧之島城に改め、現在の規模まで大規模に改修した。
武田氏滅亡後、上杉景勝や松平忠輝が領するところとなるが、1616年に忠輝が改易となると、この城も廃城となってしまった。
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牧之島城所在地
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長野県上水内郡信州新町大字下市場
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本丸西にある、三日月堀+丸馬出しは完存!
これだけでもとても見応えがあります。
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丸馬出し内は、牧之島城の駐車場に!
車のおかげで、土塁の高さが相当なものであることがわかる。
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丸馬出しから本丸の間にある、空堀。
近世まで使われただけの事はあり、深さも広さも十分にとってある!
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その空堀を渡ると幅広の土塁があり、その切れ目には枡形が造ってある。
千人桝形と呼ばれ、千人は言い過ぎでもその広さは土の城ではかなりのもの。
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本丸は現在、草っ原となっているだけ。
二の丸との間には水堀(手前)が巡らせてあり、さらに本丸には内桝形が形成されている。
平城で近世まで利用されたことから、武田氏の手による遺構はくっきりと、しかも雄大に残っている。一見の価値がある城!
(2008.6.15)
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牧之島城へのアクセス
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・JR,長野行新幹線,長野電鉄長野駅から川中島バス信州新町45分行終点下車。さらに町営(土休日運休)バスに乗り換え、「下市場」下車、南へ徒歩約10分。 |
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