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13歳の頃 超短編 ゴボチ遊び 僕の村では当時13歳になると、13詣りと言って、県北の東海村の村松虚空蔵尊(むらまつごくぞうそん)へバスで遠足を兼ねて出かけるのが大きな行事でした。そこの神社へ13歳になって参拝すると、知恵が授かるとの言い伝えが有りました。 果たしてその効果はあったかどうか分かりませんが、その頃のことは数十年過ぎた今になってもよく記憶しております。 僕のその頃の夢は伝書鳩を飼って、自宅の回りをグルグル飛行させることでした。鳩を遠くへ持って行って、飛び放し、その鳩が自宅に向かって飛翔してくる姿を脳裡の中で描き、ただただ、毎日、ぼーっとしておりました。親父にはとても怖くて相談できませんでした。母に鳩を飼っても良いか訊くのですが、いつも親父が反対しているからとのことで話しは前に進みませんでした。鳩を飼うと1年前に新築した家の屋根が糞だらけになると言うのが反対理由でした。その他子供には分かりませんでしたが、経済的な理由もあったかと思います。 母には何回も鳩を飼うことで困らせました。 とうとう僕は我慢出来ず、ある日、自分の貯金を全部はたいて、隣部落の農家へ鳩を買いに行きました。鳩小屋の前で 中学生のエダちゃんは得意げに、僕に鳩の選び方を指南しました。「羽は光沢があり、しっかりした肩幅の大きいのが狙い目。足も大きく、太くがっちりしてた方が良い。」それから秘密でも打ち明けるように、静かに続けました。「鳩で一番大事ことは頭の中みだ。これが悪くては家に戻って来れないからな。のろのろ飛んでいたら鷹に襲われてしまうし。そう思わない?」僕は何回も聞いてることだが強く頷きました。 「鳩の頭の中は外見分からないが、顔の真ん中に付いてる鼻こぶで分かる。形が良くて大きいこと、これが選ぶ第一条件だ。」 僕は大きく頷き、鳩小屋の中の鳩たちを見回しました。20羽ぐらいがトウモロコシの餌を食べながら下を向いていました。どれもその鼻こぶの大きさは同じぐらいの大きさに見えました。エダちゃんはその中の1羽を取り出しました。 「これはこの中で賢い鳩だ。いつも遠くからでも必ず戻ってくるし、必ず1番か2番の早さだ。これを持っていくといい。これを種(たね)にして増やすんだな。早くこのぐらいの数に増やしたいだろう。」僕は何回も頷いた。 この鳩なら沢山の他の家の鳩を引き連れて自宅に戻ってくる力があるような気がしました。 それから小さいダンボール箱に入れてもらって自宅に帰りました。自宅の部屋で 箱から取り出し、その濃いグレーの鳩を頭から足先まで眺めました。本当にエダちゃんが言うように賢い鳩のようです。濡れたタオルで汚れた足を綺麗に拭き取ってあげました。レースに出る前は足の筋肉を暖かいタオルで包み、柔らかく揉み解してやると、いいとアドバイスされていたので、その真似事をしました。小さい筋肉を揉んでいるうちに、この鳩がレースに出て勝てる鳩のように思えてきました。しかし親父に自宅で鳩を飼う口実はどうしても思いつきませんでした。 「絶対駄目だ!うちで鳩を飼うことは絶対駄目だ。 」自宅に帰ってきた親父は僕に向かって怒鳴りました。父の逆鱗に触れたようでした。 「返して来い。!!」 「母は好きなのだから」と取成してくれたが親父は「駄目なものは駄目だ」と目を三角にして、再び怒鳴りました。僕は「返してくる」と小箱を持って外に出ました。小さい坂を上がって、小学校の裏の畑で小箱から鳩を出しました。 「さあ、飛んで帰りな。」鳩は2,3周低く廻って、次に真っ直ぐにエダちゃんの家の方向に向かって飛んで行きました。僕は畑の中で思い切り泣きました。もう家には帰りたくないと思ったら更に涙が出てきました。自宅に戻って、しばらくは誰とも話をしませんでした。弟が夕飯だよと僕を呼びに来ましたが、僕は返事すらしませんでした。 数日してエダちゃんに事情を説明しました。 「そうか直ぐに鳩が戻って来たので、逃げられたのかと思っていたがそうか」と彼は納得したようでした。 「親に了解なしでは、まずいな」彼は大人のような口調で言って、お金を返してくれました。 その後僕は鳩を飼うことはきっぱり諦め、代わりにメジロを自宅で飼うことを親父に認めてもらって、メジロに夢中になっていきました。平行して野山にいるホオジロやアオジも飼うことも始めました。一時期、羽の綺麗なカワセミを飼ったのもその頃でした。 700キロレースから戻ってきた鳩。04.3撮影。 ![]() ゴボチ遊び 超短編です。5分で読めます。那珂川 隆志の世界へどうぞ! |