テキサスの碧い空

                    クロコンドルが大空を舞う

  04.12月。10日間のテキサスの旅をしてきました。今回はカメラは脇に置き、普通の旅行のつもりでしたが、家族の暖かい協力で、撮影もできました。はなはだ恥ずかしい家族中心のレポートに、テキサス の野鳥の写真を載せました。レポートは、ヒュウーストンか ら帰るコンチネンタルの機中で一気に書きました 。お気軽にご覧になってください。




第一章(12月20日)
 今回テキサスに住む息子のレオにカミさんと会いに行くことになった。テキサスに行こうと思っても,2人で行くとなると、いろいろ、クリアしなければ」ならないことがあった。一番難しいことは老いた母親が入院中で、万一、何か有ればと思うと、いつも気持ちがしぼんでしまうことであった。僕一人ならいつものように世界の何処にでも行ってしまうのだが、2人で家をあけるとなると、難しい。
しかし息子が5月に帰国することが決まり、2人でレオに会いに行く機会はなくなってしまうので、熟慮した結果、思い切って行くことに決めた。
04.12.20 成田発ヒュウーストン直行C06便に乗り込む。11時間のフライトは長い。僕は機内のなかで山田太一著 「息子」のシナリオを読む。カミさんは上映中の映画のハシゴをする。
予定時間通り、ヒュウーストンブッシュ空港に着く。だが入国審査に時間がかかる。長い列が検査官の前に出来る。
入国審査を終了して荷物の出てくるコンベアのところに行ったら荷物はコンベアから既に降ろされ、バラバラに投げ出されていた。山のような荷物から自分の荷物を見つけるのが一苦労。税関を無事出て、Dターミナルで待っていた息子のレオと会う。1年ぶりの再会。
直ぐにレオのアパートメントに向かった。ヒュウーストン環状610号線はアメリカ車社会の縮図。片道4車線のハイウエーは車間距離を余り置かないで、車は70マイルから80マイル(1マイルー1.6K)のスピードで流れている。少し車間距離が開くと、直ぐに脇から車が入ってくる。右側の助手席に乗っていると目が廻るようなスピードである。僕は何度もレオに余りスピードを出さないでと言ったほどである。高層ビルの林立したアップダウンの街を抜けて一路レオの住むセギーン市に向かった。
途中、アウトドアの店に寄った。バスプロショップと言って釣具店だが巨大なそのストアはアウトドアの商品なら殆ど並べている店。僕はブラインドテントの布地を探したが適当なものがなく、アウトドア用の帽子を購入。
セギーン市のアパートに着いたのは夜8時を過ぎていた。
早速、カミサンは息子のレオのために日本料理を作る。と言っても魚料理中心だが。青森から送られてきたニシン、筋子、タラコ、シャケ寿司、ニシン干し、キリコミ、いなり寿司、それにミソ汁。レオの好物ばかり。
テキサスでは口に出来ないものばかりだ。そして日本から持ってきた日本酒で乾杯する。その夜は1時過
まで親子で話が弾んだ


    

Black Vulture 亜種クロハゲワシ                 アメリカオシ


第二章(12月21日
AM7:00 一度外に出たが暗い。仕方なくテレビをみたり、カメラやバッテリーの点検をして時間を過ごす。
レオと同居している猫のジタンが起きてきて僕に慣れないためか、遠くから僕をみている。レオとカミさんはそれぞれ別な部屋で夢の中。
僕は8時過ぎ、アパートを出て、近所をバードウオッチング。高い枝の上にオナガクロムクドリモドキが数羽とまって鳴いていた。その脇でホシムクドリが囀っている。暖かい土地柄か12月と言うのに囀りを始めている。

この辺は歩道がなく、車道があるのみ。従って車が走っているときは私有地に入り込む形になり、危険だ。
小鳥の撮影をするにも、車道以外は民家の敷地内にはいることになり、無断で敷地内に入ることは、アメリカ特にテキサスは危険である。
住民に何回も What are you doinng ?と聞かれた。可愛い小鳥の写真を撮影していると言うと、Have a nice day とスマイルで反応されることが多いが中には二コリともしないでじろじろみているヤンキーポイッ方もいた。
セギーン市にいる間、この付近で散歩をしたりマラソンをしたりする人は一人も見なかったが後日レオにこのことを尋ねてみた。そのような人は公園やスポーツジムまで行って走ったり運動するとのこと。しかし歩道がないことは何と不便なことかと僕は思った。セギーン市の大学近くのこの辺は住宅の1軒1軒が大きく、庭も公園のように広く、敷地は広大である。
それぞれの庭や街路樹にリスやハウススパロウが朝の陽光の中で餌探しを始めていた。
カージナルを車庫の上の茂みの中で始めて見た時は余りにも赤く輝いていたので驚いた。この鳥は最初警戒心の強い鳥かと思ったが、じっくり見ていると、近くに寄ってくるくることがあった。その後テキサスのオースチンやサンアントニオでも良く見ることがあった。
レオのアパートの近くに戻ると、裏庭の樹木の茂みの中にモズのような小鳥がいた。これも警戒心がなくスズメ達(ハウススパロウ)と遊んでいた。
後にレオの友人ステーブに教わったが、この鳥がモッキングバード 日本語でモノマネシドリ。テキサス州の州の鳥である。この鳥は州の鳥だけ、にいたるところにいた。マネシ鳥だけに、鳴き声をまねするのだろうか?僕は鳴き声は1回だけ聞いたが、それほど特徴のある鳴き声ではなかった。
ただ、この鳥はいろいろなスタイルをするので、時々別な鳥と勘違いすることがあった。

午後、車で40分ほどのサンアントニオまで出かけた。南北戦争で有名なアラモノ砦の見学をした。カミさんはそこでアラモノ砦の写真の郵便葉書を購入した。
夜、レオの友人スコットが訪れる。沖縄で4年間兵士をした後、大学に入って、教員を目指している。
来年はドクターコースに入ることが決まっているとか。このような人生経験豊富な方がレオの友人の中にいて、心強い。昨年スコットに日本酒を贈ったことを覚えていてくれて、初対面と思いない親しみを感じた。レオとスコットがギター演奏をしてくれた。

   
アパートの近隣                   左、僕でなく、レオの友人スコット。


モッキングバード(マネシドリ) テキサスの行くところに必ずといって良いほどいた。
アメリカの図鑑に綺麗な写真が載っていなかったので、気合を入れて撮影。

第三章(12月22日)
今朝は8:00起床。
昨夜は話し込んで2時過ぎまで起きていた。
今朝は昨日と違って寒い。昨日は半袖シャッでも大丈夫だったが本日はセーターを着ないと寒く感じるような天候。テキサスは前日比温度差20度以上違う日がある。天候の寒暖差が激しい土地である。
外に出ても小鳥が少ない。いつもいるオナガクロムクドリモドキも余り見られない。アメリカコガラが街路樹の先端で小さい実を啄ばんでいた。ハシボソアカゲラがその反対側から出てきた。日本のアカゲラよりオレンジが強い。レンズを向けると樹木の反対側に廻った。
鳥を探していて一番厭なことは犬に騒がれることだ。このあたりの犬は敷地内に長い鎖で縛って飼っている。なき始めると、隣の犬もなきはじめる。大概大きい犬だけに声が大きく、小鳥の撮影をしていられないほど、耳に痛く感じる。どこの家も庭が大きく、垣根やフエンスがないため、ついつい小鳥に夢中になり、敷地内に深く入り込んでしまう。犬に騒がれては、車道までバックしなければならない。
今朝は寒くて、早々と戻った。
午後、ニュウブラウンフエルーズへ行き、スモークハウスへ寄った。ここは有名なスモーク屋でカミさんはお土産にサラミを買った。皆で味見をしたら実に良い味で、更に買い増しした。次にサンマルコスへ行き、巨大なアウトレットが立ち並ぶ店に入った。このアウトレットの巨大店舗群は全米でも有数の大きさで州外からも顧客が押し寄せてくる。日本からもテレビタレントの先導ツアーが実施されている。その店舗群の敷地たるや、一日、見て廻っても見切れない広さである。流石にテキサスと感心した。(テキサス州は日本の1.6倍)

僕は普段ショッピングは苦手で余り店内にはいることがないが、ここの安価は僕にも分かった。折も折、クリスマスセールの最中で更にデスカウントになっていた。靴の価格は日本の3分の1以下で、デザインも豊富。僕はトレッキングシューズと散歩用の靴、それにカミさんとデート用の靴3足を購入。カミさんとレオは僕のものばかり見て廻って、くれた。カミさんのものも見たらと言ったが、私のは時間がかかるからと、しおらしい。何か魂胆があるかも。レオはクリスマスプレゼントに別なものが欲しいらしい。
次に隣のリーバイスへ行き、僕のジーンズを購入。それから僕は疲れてしまったので、車の中で買い物をする2人を待っていた。カミさんは黒い靴を買ってきた。やはり選ぶのに時間がかかるようだ。レオは楽しげに付き合っていた。
次にアンテックの店に3人で行った。日本流に言うと、古道具屋。アメリカの1950年代−80年代のものが多かった。
僕は昔始めて、サンフランシスコのアンテックの店に入った時、保安官の星バッジを購入したが、今、あれは自宅の何処にしまってあるのだろうか等と店に居る間そんなことを考えていた。カミさんは店にあった大きなテーブルが気に入り
「こんなテーブルが欲しい!」と僕に迫ってきた。
僕は慌てた。「おいおいそれをどのようにして持っていくのか?」
「運送代の方がかかる。」
レオも脇から「アメリカは梱包するのも、お客がやらなければならない」とアドバイスする。日本みたいに決め細かなサービスはない。「空港まで持っていくのも、我々がやらなければならないかも知れない」と僕。
その言葉でカミさんも諦めたようだ。しかし日本に帰ってからも、あのテーブル欲しかったとため息を付いていた。
沢山の買い物をしてレオのアパートに戻った。今日は本当に寒かった。セーターを着てコートを羽織らないと身体の芯まで冷え込んでくる。
レオのアパートはセントラルヒーテングで、部屋の中は快適。部屋はダイニングとリビングつきの部屋。
それに書斎と寝室の計3部屋。天井が高く、気持ちが良い。
リビングで今夜も3人でビールを飲む。飲んだビール名。ボーリスガール、シナロック、それにブラックポークスタウト。一壜が350mlで飲みやすく、それぞれ味が独特の味なので、試し飲みについつい飲んでしまう。
今夜も2時近くまでだべってしまった。


オナガクロムクドリモドキ ♂              オナガクロミクドリモドキ ♀ 羽毛色は茶色
カラスより遥かに数が多い。

  
 左右ともアウトレットの店舗群 一日かけても全部見ることはできないくらいのスペース。

第四章(12月23日)
本日は昨夜ステーブに教わったエンチャッテドロックまでドライブすることにした。ニュウーブラウンヘルズからジョソンシテイそしてフエドリックパークまでの旅。ステーブは約1時間といっていたが2時間はかかった。
テキサスの大地を今、自分たちは車で走っている実感がニューブラウンを過ぎたあたりから押し寄せてくる。車の前方も左右も勿論後方も地平線のみ。
車は2車線。すれ違う車もなければ追い越す車もない。道路を借り切って走っているようだ。レオの愛車は中古のサンダーバード。4600cc排気量8気筒のエンジンは実に静かで本日もご機嫌。時速80マイルで北に向かった。(アメリカのガソリンの価格1ガロン2ドル以下。1ガロン3.7Lつまり、1リットル56円以下。ガソリン価格が高騰していてもこの価格である。)時々、猛禽が飛行。カミさんが11時の方向、2時の方向と猛禽の飛翔を見るたびに指を指す。僕よりもエキサイトしている。
エンチャッテドロックに着くとその大きな岩の上にクロコンドルが飛行している。僕は慌てて車から降りてレンズを向けた。2枚ほどシャッターを切ったあと、その猛禽は悠然と山陰に消えた。

カミさんとレオはその大きな丘になっている岩に登ることになり、僕はカメラ三脚を持って平らな公園で撮影。まず、カージナルが挨拶に来て、それから不明のツグミ系の小鳥を追って小川の橋を渡ったところで見失ってしまった。そこでハシボソキツツキが枯れ枝にとまり、こんこん、餌を穿っているところに遭遇。5−6枚その姿を撮影する。車の駐車していたところに戻り、三人で遅い昼食。
次に見失ったツグミ系が気になり、レオの車で小川を越えて反対側の上り坂のところで少し待っていると、くだんのツグミが寄ってきた。余りに近すぎてピンが合わない。良く見ると、ニシマキバドリ。これはカナダで沢山撮影したが、越冬でテキサスまで南下して来たのかと思うと親近感がある。
本日も寒い日で、公園にはそれほど小鳥もいなかった。ステーブが鳥が沢山いたと言うのは春、来た時かも知れない。
帰途、サンアントニオに寄って、リバーセンターを散策する。。街の中を川が流れ、その畔にいろいろなレストランやみやげ物屋、が立ち並んでいる。サンアントニオで市民の一番の憩いの場所。街はクリスマスツリーで飾られ、老若男女ウキウキして通り過ぎる。河面にツリーがキラキラと映り、ロマンチックな光景を呈している。ステーキハウスのロンスターに入り、3人で夕食をとる。店の中はテキサスのカウボーイ姿の親子がギターで生演奏している。特大のステーキを注文してビールで乾杯。「この時間がこのまま止まってくれれば、」とカミさん。
うん確かにビールは旨い。ステーキも旨い。レオは車のドライバーだからジュースを飲む。州法ではアルコール飲酒の運転は認められているが、問題は飲酒は事故につながってしまうことだ。
アパートのあるセギーン市に戻ると、小雪が舞い落ち、街の中の道路は白くなっていた。南の国には珍しい雪。素晴らしいホワイトクリスマス!街の中のクリスマスツリーが一段と輝いて見えた。

  

 Northern Goshawk 亜種アメリカオオタカ          Crested Caracara カンムリカラカラ



 左右ともリバーセンター

第五章(12月24日)

朝早く、と言っても明るくなるのは8時ごろで一度裏庭を覗くと、モッキングバードが赤い葉のなかで羽ずくろいをしている姿を見つけた。急いでカメラを持ってきて撮影。全然警戒心がない。スズメ達がいると、飛び去るとき同時に飛び出すようなケースが見られれたが、本日は回りにスズメ達も居ないので寛いでいた。それからカミさんを誘って付近を散歩。

僕は3日間周りをバードウオッチングしているので、大体のことが近隣は分かるようになった。あそこまで行くと、犬がなき出すとか、老人が朝早くからベンチに座っているとかその程度の知識だが。
カージナルやモッキングバードがとまっていると、カミさんは何かと言う。「撮影した!もう一回しっかり撮らないと、いけないのじゃない!」
「あそこはね。バックが煩くて絵にならないの。」
僕はいちいち撮影しない理由を彼女に説明する。

いつも散歩しているところではつまらないので、住宅のない西側に歩いて行った。そこは雑草地になっていて、日本なら小鳥がいそうな感じだが小鳥は何も見られなかった。その雑草地の先は畑みたいな地面が続き更に見通しできないような地平線があった。「テキサスだ!」2人は素朴な感動をここでも味わうことが出来た。
本日はクリスマスイブだし、自宅で休養しようと昨夜は決めたのにもかかわらず、やはり午後になると、近くにドライブすることになった。約40分のオースチンの動物園へ行くことになった。この動物園が分からないところにあり、行くまでも何回か道を尋ね、レオは直接動物園に道先を問い合わせたりした。動物園近くまで行くと道も細くなり、やっと辿りついた時は4時を廻っていた。
「今日はクリスマスイブで、ボスも家に帰ってしまった。」動物園の女子従業員が2人、申し訳なさそうにクローズする旨をレオに伝えた。
レオは何故道を尋ねた時、それを言わなかったとクレーム。
それじゃ少しだけという事になり動物園に入ったが見るものが少なかった。中は荒れ放題で見物人も一人もいないし、荒れ山に動物小屋が散在。小屋と小屋をつなぐ小道も余り人が通った形跡がなく、手を入れている痕跡もすくない。
鳥も少なく、事前にもっと調べて置く必要があった。帰途、レオのお目当てのギターセンターに寄ってギターのアンプのキャリアボックスをクリスマスプレゼントに購入。近くのコングレス、日本で言う州の議会議事堂に寄った。古色のレンガ建ての建物はひときは燦然とテキサスの碧い空に輝いていた。
オースチンは人口140万人のテキサスの州都である。落ち着いた街で幾多のミュウジシャンがこの街から育っている。
夜、レオの友人ライアン兄弟が遊びにきた。クリスマスイブなので2人ともネクタイの正装をしている。
レオのアパートは日本式に靴を抜きリビングにテーブルを置き、我々は胡坐をかき団欒していたが、ライアンの兄の方は靴のまま、上がってきて胡坐をかいた。これにはカミさんも目を白黒させた。西欧人は部屋の中で靴のまま、生活するとは耳にしているが、日本人の家に来て、靴のまま上がったのは驚きである。
弟の方は日本式に靴を抜き、リラクスしていた。いつ遊びにきてもこの形だという。兄の方は
靴のまま胡坐をかき、ビールをを飲んだ。建築家の兄は今ゴルフに熱が入っているとのことで、僕の独特の拳で分かるハンデキャップの見方を教えた。ちなみにライアンの兄のハンデイは直ぐに僕に見抜かれ、僕のゴルフ談義に信頼が集まった。
(笑)
ライアン兄弟にレオはクリスマスプレゼントで、両親にもらったギターアンプのキャリアボックスを見せていた。アメリカではこのようにクリスマスプレゼントで頂いたものをそれぞれ見せることが習慣とか。愛情を頂いた確認で、日本にはない良い習慣だと思う。それにアメリカでは老若男女(ろうにゃくなんにょ)クリスマスプレゼンを相互にあげる習慣があり、僕にとっては靴3足、ジーパン2着でカミさんは靴と、わけの分からないガラス製のキャンドル立て3個。(日本にどうして持っていくのだろうか?) お
互い今年は楽しいクリスマスでした。

       
何処まで行っても、真っ直ぐな道路          ギターセンター 
碧い空に繋がっているようだ。
第六章(12月25日ー26日)

3日ぶりに晴れた。本日はレオの住むセギーン市郊外へドライブ。と言っても車で4−5分で着いてしまう距離。
レオのアパートから西側を見て地平線だけ見えた方角だ。直ぐにテキサスの大地が広がり、片道2車線の道路は真っ直ぐ青い天空に向かって、何処までも広がっていく。両側の高い木々に時々カタオノスリがとまり、そのつどUターンして撮影に入る。日本のノスリよりのんびりしており、車で接近しても逃げることは少ない。
僕よりもレオとカミさんが夢中になり、カタオノスリを探してくれる。碧い空には高く、クロハゲワシが舞っていた。
ドライブ中に左側の大きな樹木の茂みの中にクロハゲワシが数羽とまっているのを見つける。1羽は混み入った茂みの中だが羽を広げて寛いでいる姿が眼に入った。又もや車はUターンして、僕だけ車から降りて、茂みの中のコンドルに向かった。しかし路肩はバリバリとした乾燥した雑草がいく手をはばかって、奥の茂みに容易に入れない。そのうちコンドルは僕の姿に気がついたのか、大きく羽ばたいて、飛び去ってしまった。

そのあたりはコンドルが多いのだろう。碧い空にはコンドルが沢山帆翔していた。実に気持ちよく飛んでいた。レオのアパートの近くにこんな素晴らしところがあるとは知らなかった。事実このあたりはライアン兄弟の家の近くであり、いつも車でレオは通るのだがコンドルがこんなに沢山いることは知らなかったようだ。
北方へ車は走っていたが樹木が少なくなってきたので、戻って再び西方向へ向かった。道路の脇の民家が無くなり、少し左側が傾斜した奥の大きい大木の枝に黒い鳥がとまっているのが確認できた。
ストップ!
車は大きくUターンして右側の路肩にとまった。茂みの奥に大きな大木が数本ある中で、一番大きな樹木に巨大な黒い鳥が2羽、とまっていた。良く見ると、下の枝にとまっているのは茶褐色の鳥で最初黒い鳥の幼鳥かなと思っていたが、少し前進して、更に確認すると、カンムリカラカラだった。この大きなワシは僕が更に前進しても黒い鳥(クロハゲワシ)が飛び去っても逃げなかった。逃げなかったから最初、幼鳥と勘違いした。
カラカラが空高く舞い上がって、飛び去った。その後、昼食をセギーン市のロデオスタジアムの公園で食べた。僕は近くのガソリんスタンドに併設されているコンビニで飲み物類を購入。レオは連日の車の運転で少し疲れが出てきたようだ。鳥探しと、車の運転の両方は疲れる。彼が少しでも我々を喜ばせようと言う気持ちが毎日の運転で伝わってくる。

少し休んでからカラカラのいた大きな大木のあるところに戻った。黒い鳥(クロハゲワシ)が8羽枝にとまっていた。正しくその姿は怪鳥と呼ぶにふさわしく、不気味で静寂に満ちた林木が印象的だった。僕は興奮して車からおりて、撮影に入った。しばらくすると、その怪鳥は飛び出し、テキサスの碧い空に舞い上がった。何処までも果てし無く、悠久の天空へ怪鳥は帆翔し、気流を我が物として、ある時はワシ柱となり、ある時は滑空する。僕は時間がとまり、超然とした永久(とわ)の時間の中に入り込み、ただ、呆然自失するばかりだった。
帰りに夕食の食材を買うためにウオールマートへ寄った。セギーン市は人口23000人の小さい町だが、全米どこへ行ってもこのような小さな町にもウオールマートはある。
ウオールマートの巨大店舗は日本で言いば、ヤマダデンキ+ジョイフルホンダ+ダイエープラス食料大店舗になる。この超巨大店舗が24時間営業。全米の小売の3割のウエートを持つ。日本もいつかこのような小売業ができるかもしれない。ウオールマートの社長がたまたま、テキサスのTVに出ている番組を見たが、
アメリカの成功者に良くある、金持ちの顔でなく、田舎のおっさんと言う顔で、日本人に親しみを持てる顔だ。

彼は今も贅沢な暮らしからは離れ、仕事ONLYである。超大型店舗が24時間営業、しかもあらゆる町に店舗展開しているとなれば、小さい日本のようなコンビニが存在する余地はそれほどないように思う。従ってテキサスでコンビニは日本ほど数多く見ることができなかった。ヒュウーストンのような人口150万人の都会になると、ウオールマートは町の中に数店舗をネットして、その中に核店舗を配している。残念ながら時間がなく、ヒュウストンの核店舗(スーパーセンター)の見学は高速道路から見るだけになってしまったが、次回には必ず見たい店舗である。日本の小売業の将来の予測は難しいが流れとしては一極集中、巨大大型店舗、それにこれもメーカーと直結したアウトレット形の巨大店舗が思考される。「お客様の100パーセントの満足」をウオールマートの社長は掲げているが、それを実行しているところにウオールマートの凄さをみた。
ジエシーペニー、シアーズ、ターゲット、ケーマート、フォーリーズ、今や懐かしい古きアメリカになっている。時代は変わっても、顧客の満足度を追求するところが表舞台に躍り出ることは古今到来変わらないようである。

夜、6日目の乾杯。明日からはヒューストンを越えて3日間のサウスデルタのサンクチュアリーまでのドライブ旅行。
最後の夜はヒユーストン空港の近くに泊まり、その朝、成田行きのコンチネンタルC07便にのる予定だ。
従って今夜でレオのアパートとはお別れ。夕食後、カミさんは旅の整理。荷物をパッキング。
あと、3日間でお別れ。レオは鼻をぐすんぐすん始めた。彼の悲しみを感じる時の習慣だ。猫のジタンが彼に寄ってきた。彼の立派なパートーナーだ。




Turkey Vulture  怪鳥 クロコンドルはテキサスの碧い空に似合う。

第七章(12月27日

本日も晴天。車はアメリカの大都市を結ぶ10号線、俗称(アイテン、インター10)を東へ向かった。
レオの運転するサンダーバードのエンジンも静かに駆動している。時速80マイル。法定速度が昼間と夜は違う。昼間は70マイル(約115kmが制限速度)従って10マイルスピードを越しているが(135km)車の流れは大体この速度である。(これを超すと直ぐにパトカーが来るとか。)この流れがヒュウーストンの高層ビルが見えてくるところにきてもスピードは変わらない。片側4車線の車の流れは車間距離が殆どなく流れ込んでいく。途中、ヒュウストンのギターセンターに寄る。
ヒュウーストンを出たのが5時を廻っていただろうか。一路スミスオークサンクチュアリーへ向かう。ヒュウーストンを出たあたりから高速道路の周りの町並みは暗くなり、車も少なくなる。やがて町の灯はなくなり、暗い闇の中を抜けるようにただ走った。道路の看板も少なく、どのあたりを車が走っているのか全く分からなくなる。
下弦の月が右側に出ていた。
カミさんが日本と同じ。と呟く。
遠く地平線があるのだろうが、暗い闇の中で、まるで大きな海が前面に横たわっているようだ。月空に林や森が黒々と照らし出されなければ、そこは果てし無い悠久無限の大海と変わらない。
ウイニーという小さな町に着いた。時計は7時を廻っていた。
「あとどのくらいでサンクチュアリーに着く?」
「30分ぐらいかな」と レオ
「どうだろう。この町のホテルに泊まったほうが無難かも。」
「レオも運転の連続だし、疲れていない?」と K 
レオは早速、ガソリンスタンドへ行き、先にホテルがあるかどうか聞いてきた。
「先へ行くとプライベートの小さなモーテルぐらいらしい。」
「それではこのウイニーで泊まることに決めよう。」
ガソリンスタンドで教わったとおり、そこから2−3kmのところにモーテルが3軒あった。一番新しい小奇麗な建物であったSTUDIO6というモーテルでサインして近くのレストランで夕食。




上段 Red−shouldered Hawk カタアカノスリ  上段右 図鑑を見ても不明。メキシコ湾のアジサシ。

第八章(12月28日)

午前7時30分出発。今日も快晴。サウスデルタへ一路向かった。途中、ハクガンの群が大空を南に向かって飛行して行く姿を見つけた。国道脇の電線にベルテドヤマセミがとまっていた。これは幸先、いい。三人の胸は弾んだ。
サンクチュアリーの中では、車を駐車場に置き、後は歩くだけ。車からでると、まず、クロコンドルの挨拶。
今までより、近くを飛び頭上を旋廻。碧い空に飛翔が美しい。これを見ただけでも、テキサスにきた甲斐がある。殆ど毎日見ることが出来たが、本日の滑空飛行は格別。近いだけに顔の表情、羽の光沢もしっかりと見ることができた。
サンクチュアリーの水辺にベルテドヤマセミがいたので接近をしてみたが、日本のヤマセミと同じく、近寄せてくれなかった。この個体が特に警戒心が強いのかそれはわからない。
サンクチュアリーは小鳥が少なかったが、親子で2時間ばかり散策できたのが何よりだった。それにこれまでの8日間の旅の追想に耽るのも悪くなかった。
そして次に海に出た。
ここはメキシコ湾で2日前のスマトラ沖の津波を思い出し、余り海側に行かないようにしようとしたが行って見ると、クロワカモメが2羽砂浜に羽ずくろいしていた。直ぐに臨戦体制。砂浜に三脚を立て、静かに撮影する。更に30m先にアジサシ類が固まっているではないか。最初ベンガルアジサシと思ったが図鑑で見ると頭髪が横に寝ているので、アメリカオオアジサシのご一行と分かる。しかし始めてのアジサシ。嘴が赤く頭髪が異様な形で撮影の気分も盛り上がった。少しずつ前進すると、その中にキョウクアジサシの冬羽らしきアジサシ?が数羽混じっていた。これもしっかり撮影しなければと思うと、シャッターに力が入った。

不思議なことに津波のことは全て忘れてしまって、更に海辺の砂浜の固いところを選んで車を走らせた。
いつも乗っている4駆のランクルなら全然心配ないが、サンダーバードは海辺には不似合いで、しかも車の重さは3トン近い。もし、砂浜にハマってしまったら、脱出はちょっと不可能だ。そのようなことを頭に想起しながらしばらく海辺を走った。レオの運転は完璧だった。慎重さと程よい度胸が備わっていた。
それから一般道路に出てポートボリバーまで走る。左側はメキシコ湾。右側はテキサスの広大な不毛の大地。ポートボリバーでフエリーに乗り、ガルベストンまで15分。ヒュウーストン湾を横断するショートカットの道程。フエリー料金が無料には驚く。
船を待っている間に、ワライカモメ、シロペリカン、カッショクペリカン、などを撮影。フエリーの船着き場まで
係りの方が心良く入れてくれて、ワライカモメは特に念入りに撮影できた。
フエリーに乗船し、カメラ三脚を整理。
15分の船旅。海面にはシロペリカンが浮かぶ。冷たい風が吹き込んでくる。オハイオからクリスマス休暇できた中学生ぐらいの女子グループと立ち話をする。寒くない?オハイオは今雪の中で、ここは全然とのこと。

ガルベストンに着岸。
ガルベストンは港町。観光町でもある。
魚料理が有名とのことで、サカナの食べられるレストランに入った。
ロブスターのダブル。オイスター(カキ) 3種のマスターお勧めの料理。
それにビールでいよいよ旅の終わりの晩餐。この頃になると、レオは快活な普段のレオに戻り、3日前の夜とは違っていた。やはり大人になっている。僕は強く感じた。
レストランの外は外洋が開けている。折りしも、メキシコに向かう大きな客船が船出しようとしていた。
甲板に沢山の人。そして見送る人。
それぞれに人生があるように、今、僕らの人生もアメリカと日本に分かれる。
その夜、ヒュウーストン空港の近くのホテルに泊まった。



大きい順に、シロペリカン、ウミウ、クロワカモメ    アメリカオオアジサシ。真ん中大 クロワカモメ
ワライカモメなどがとまっていた。             後方小 ワライカモメ



中段左 クロワカモメ  中段右 ワライカモメ






ご挨拶
  旅行中、留守をサポートしてくれたNK、NM、そしてご近所のKさん、
  青森からレオに海産物を送ってくれたSA、SK、SS そして、OKの皆さん、お陰様で、2人でテキサスに行ってくることが
  出来ました。お土産は何も買ってくることは出来ませんでしたが、沢山の暖かい土産話を持ってきました。皆さんに
  心から感謝しております。
  有難うございました。

      1月吉日


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