ナナイの「思い出のアニメーション」

1996年
「甲殻機動隊」
準備中
「新世紀エヴァンゲリオン」
私の記憶が確かなら1996年3月頃、朝日新聞にエヴァの記事が載りました。 精神科医の香山リカ先生が書かれた記事です。なぜアニメごときに (この時は既にアニメからかなり遠ざかっていました) 精神科医の先生がわざわざコメントされるのかいぶかしがる一方、 「ちょっと、チェック入れてみるか?」と思いTV欄を数日眺め、 見つけてみるとなんと最終回ではないか!? とりあえずビデオに予約しておきました。しかし例のごとく、 録画溜めのテープとなって1月程たってからやっと見た訳です。 オープニグ見てびっくり!絵はきれいだしよく動く、 カットが多くてサブリミナル入っているし(後にわかったけど、 若き日のゲンドウのカットなんか絶対わかんねーよなぁ...) 曲はちょっと小室哲哉入ってるけど、まあご時勢か?そして極めつけ、 GAINAXのロゴ。なんだ、そういう事か。私はてっきり「ナディア」の件で、 放送局から見放されているとばかり思い込んでいましたが、 ちゃんと仕事してるじゃん(実際はやっぱり修羅場だったようですが(笑))
で本編となるわけですが、現役ファンの賛否両論など知るよしもなく、 まったく先入観なく見ることができたわけです。 苦悩する主人公たちの真実の叫びがとうとうと流れていきます。 後に本編を見てからわかった事ですが、 本編中に使われたその時その時のセリフが、 このような形で再構成されたことに驚きを隠せません。

「生きていてうれしい?」「わからない」
「生きていてうれしい?」「うれしいに決まってるわよ」
「生きていてうれしい?」「楽しいことしかしたくないの!」
「さびしいのは嫌いかい?」「好きじゃないです...」
「つらいのは嫌いかい?」「好きじゃないわ...」
「だから逃げるのか?」
「そうよ、いやなことから逃げ出して、何が悪いっていうのよ!」

問いを発する者と答える者がお互いに向き合っていない構図が印象的です。 エレベータの壁に向いているレイ、電話越しに話し掛けてくる加持。 お互いの顔が見えない所で真実の言葉が発せられているこのシーン、 私には非常にリアルに感じられました。映画版の話になってしまいますが、 シンジの

「ここにいてもいいの?」
「(無言)」(字幕)

にも同様のリアル感があります。

...といった感想はどなたにも感じられたと思います。 実は私にはこの最終回の全体から、 私をぐっと引き付けるものがあったのです。 それは「癒し」です。 実は私は自己啓発セミナーを称する「東京セミナー」の「アウェアネス」 受講経験者です(「ブレイクスルー」を前に逃避しましたが...)。 つまり、 そこに自己啓発セミナーをほうふつとさせるものが感じられた訳です。 主人公に対して容赦ない批判を浴びせ、 追いつめていく過程には事実平常心で見ていられなかったです。 (私は「自己啓発セミナー」を非難するつもりはありません。 念のため(^^;))

「いったい、このアニメはなんだ!!!」

これが私とエヴァの関わりの切っ掛けとなりました。それからはひたすら 庵野秀明監督のインタビュー記事等をむさぼり読むことになる訳ですが、 監督自身自己啓発セミナーなどは受けた事がないとのことで、 でもかなり心理学等の本を読み込んだそうです。 ちょっとがっかりですが...(^^;)
心理描写でぐっときて、おまけにGAINAXとくれば、 アニメオタクOBならはまるしか道はありません。時期が悪いことに(笑) 宮崎翁の「もののけ姫」公開と重なり、 男30才がアニメブームに乗せられるとは思ってもいませんでした。
アスカ贔屓の私には「THE END OF EVANGELION」は大変よかった。特に、 アスカに徹底的に非難されたシンジが、 テーブルをひっくり返してまで感情を爆発させたシーン

「僕を殺さないで!」「...いや」

が圧巻です。こんなアニメ当分見られないだろうなぁ...


エヴァ関連収集本 心理学等関連収集本
 新世紀エヴァンゲリオン1〜5(コミック)  二澤雅喜・島田裕己「洗脳体験」
 SFマガジン8月号  「不思議現象」
 岡田斗司夫「オタク学入門」  福本博文「心をあやつる男たち」
 SFアニメがおもしろい  スティーヴン・ハッサン「マインドコントロールの恐怖」
 EVANGELION ORIGINAL T〜V  鶴見済「人格改造マニュアル」
 クイック・ジャパン vol.9〜12  別冊宝島「洗脳されたい」
 パラノ・エヴァンゲリオン  いとうせいこう「解体屋外伝」
 スキゾ・エヴァンゲリオン  いとうせいこう「ワールド・エンド・ガーデン」
 新世紀エヴァンゲリオン小辞典  筒井康隆「夢の木坂分岐点」
 EVA絵コンテ1〜5  トム・クランシー「クレムリンの枢機卿」
 井出功二 「エヴァンゲリオンフォーエヴァー」  「ダビンチ1995年6月号」
 別冊宝島「空想美少女読本」  カール・ロジャーズ「エンカウンター・グループ」
 阿世賀浩一郎「エヴァンゲリオンの深層心理」  米本和広「洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇」
 フィルムブック「Air」「まごころを、君に」  國分康孝「エンカウンター 心とこころのふれあい」
 R.D.レイン 「好き?好き?大好き?」  P.F.ケラーマン「精神療法としてのサイコドラマ」
 鶴岡法斎「新世紀の迷路 疾走するエヴァンゲリオン」  河合隼雄「こころの処方箋」
 文學界1998年2号  岡田斗司夫「ぼくたちの洗脳社会」
   マーガレット・シンガー「ひとごとではないカルト」
   苫米地英人「洗脳原論」

1995年
「」

1988年
「となりのトトロ」「火垂るの墓」
公開はゴールデン・ウィークあたりでしたが、 私が見に行ったのはアニメ上映では有名なテアトル池袋でのリバイバル (といってもたった3ヶ月後)の時でした。当時は「トトロ」より 「火垂るの墓」の方が見たかったというのが正直な所でした。 というのも原作本を既に読んでいて、 どう映像化されるのか大変興味があったのです。まあ、 何も知らずに映画館に入っていった訳です...
私がその時に見た順番は「火垂るの墓」−>「トトロ」だったのですが、 実際この逆で見たら、映画館から平常心で外に出られたかどうか疑問です。 ほんとに「トトロ」があって良かったと思った訳です(苦笑)。 平日の夜だったので、お子様連れの方はいなかったのですが、 はたして子供はどういう印象で「火垂るの墓」を見たのでしょうか? あるサブカルチャー誌で、「トトロ」見たさに「火垂るの墓」に遭遇、 衝撃のあまり「トトロ」 どころでは無くなった親子連れとかなんとかいう記事がありましたが、 たしかにアニメーションには想像以上の表現力をもっていることを 知らしめた作品であることは確かです。(「トトロ」 と同時上映させたというのが大人にとっても、子供にとっても効果的で、 うまいやり方だと思いました。)
そして、心の動揺が収まらないまま「トトロ」がはじまってしまい、今度は、 あまりのギャップの大きさに戸惑いを感じたまま、 映画館を後にする事となってしまいました。まさしく「火垂るの墓」 に食われた状態でした。その後、テレビで「トトロ」がオンエアーされ、 この時やっと落ち着いて「トトロ」を賞味することが出来た訳です。
この時初めて巷の評判通り、「懐かしい日本の風景」 を思いっきり感じることが出来た訳です。 かん太が雨宿りしているサツキとメイのために笠を置いていき、 意気揚々と走るシーン。 サツキがトトロに初めて出会うバス停のでの日常から非日常 (ちょっと表現がおおげさですね(笑)) に変るシュールでいて笑いを誘うシーン。 おばあちゃんの畑でメイがトウモロコシを取るのに手をかす、 おばあちゃんの一捻り。 おかあさんの退院が延びてしまい、 聞き分けのないメイにかんしゃくを起こすサツキ、 双方2人が家でお互い「フテ寝」しているシーンなど、 アニメとは思えない表現の豊かさに感動してしまいます。
なんといっても、 病院からの1通の電報から展開するクライマックスが素晴らしいです。 退院も間近で何の問題もないかのように思っていたのに、 サツキの気丈さが崩れ、 おばあちゃんの前で取り乱して一気に緊張感が走ります。 いなくなったメイを探しに、日が西に傾く田園風景の中を走りまわるサツキ。 また、その風景がなんとも美しいではありませんか! 何でこんなに懐かしさを感じるのでしょうか?


1985年
「銀河鉄道の夜」
あれは昭和60年(1985年)の夏でしょうか。 劇場の中はお子様連れの方が多く、ややにぎやかではありましたが、 それでも私は物語にすうっと引き込まれていました。 (小さなお子様にはちょっとつらい内容かなぁ、と思いつつ...) そのうち静かになり、気付いたらいよいよ眠りについて場内静寂につつまれ、 レールの音ますます響きわたると言った感じになりました(^^;)
私はその日2回(1回目は立ち見で2回目は座って。 当時はよくまあ疲れを忘れて見たものです(笑))見ました。 後日友人と一緒にもう1回見に行きました。というのも、 正直いって部分的によくわからない部分がありましたもので... (まるで原作同様、いいようのない未知の感覚とでも言うのでしょうか?) でも絵はとてもきれいでしたし、全体の流れとして何となくは解るのですが、 個々の描写についてはどうしても疑問が残ってしまいました。

 そうなんです、その時はわからなかったのです。 なぜわからなかったのか自分に、
 「腹が立つ!!」
 程悔しく思いました。

映画封切り後に発売された「アニメージュ」の関連記事を読んだ時の事です。 私の記憶が確かなら、ふくやまけいこ先生の対談の記事だったと思いますが、 そのなかで語られていたのです。

 ジョバンニはザネリに父親の事についてからかわれます。
 ジョバンニはそおっと空を見上げます。
 軒並みには「からすうり」が飾られていますが、
 ジョバンニの目にはそれが二重三重となって見えるのです....

そうなんです、ジョバンニは泣いていたのでした(号泣)
ああ、なんと言う事でしょう! 私にはそれがわからなかったのです!! この時ほど、「自分はいままで何を見て、何を感じてきたのか!」と、 悔しいやら情けないやらで、悶々の時を過ごしました。
今思うとちょっと大げさで、なんとも恥ずかしいのですが、この作品は、 私のこういった思いを、今でも鮮明によみがらせてくれるのです。 私はこの作品に会えて本当にうれしく思いました。

※この項は、以前NIFTY-Serveのアニメフォーラムに書き込みしたものに加筆、 訂正したものです。

1983年
「装甲騎兵ボトムズ」
準備中

1979年
「赤毛のアン」
 「赤毛のアン」が本放送されたのは、 私が丁度小学校を卒業し中学に上がったときでした。 初回から見るほど関心はなかったようですが、 最終回を迎える頃には原作の小説本を手にしていました(笑)。 当時は正にアニメブーム真っ只中で、 もっぱら動きの激しいものに目が行きがちですが、 今にして思えば、この作品に出会えたことは幸せでした。
 何が「赤毛のアン」を見るきっかけを与えたのか? そういえば、中学1年の時の国語の先生が、「『赤毛のアン』 シリーズを夢中になって読んだ」 なんて事を雑談混じりに語っていたのを覚えている。 「読書が楽しい」なんてこれっぽっちも思ったことがない当時の私にとって、 大の大人が目を輝かせて(笑)そう語るのを、 とても新鮮な思いで聞いていました。こんなことも影響したのでしょうか? 最終回が近くなった頃、どういう訳か原作の文庫本を買ったようです。 本放送の内容と照らし合わせながら、今日はこの辺りかな? なんてやっていました。でも実際は全く中身を読んでいないのですが(苦笑)。
 そして中学3年の夏に再放送がありました。 丁度夏休み期間だったと思いますが、この時は、ガーンときましたネ。 こんなに素晴らしい作品だったなんて!。 (思わず途中からカセットテープに録音してしまいました(笑)) 本放送で最初の方を見逃していたので、 アンがグリーン・ゲイブルズに初めてやってきた時のマリラの一声 「その子はだれ?男の子は何処?」とその後のアンの怒濤の号泣、 そして自らを「コーデリア」と名乗り、カスバート兄妹を困惑させるアン、 レイチェル・リンド夫人を前に地団駄を踏み鳴らし、怒り爆発のアン(笑)、 ギルバート・ブライス生涯の誤算「にんじん、にんじん!」に、 アン怒髪天の石版の一撃(石版は粉々に砕けるのがイイ。)等々、 伝説のエピソードの連続に、すっかり虜になってしまいました。 溺れかかったアンを、皮肉にもギルバート・ブライスが助けたシーンで、 素直に心を許せないアン。思わず感情移入してしまいます。 また、中学3年という時期のせいか、クイーン学院の受験勉強や合格発表、 また卒業試験の緊張感が、自分の事のように感じられました。 そして困難に直面しても、 未来に希望をもって立ち向かっていく姿に、尊敬と憧れの念を抱きました。 無事最終回まで見終って、今度こそと思い「赤毛のアン」第二章、 「アンの愛情」を買い込むのですが、 またしても読破には至りませんでした(苦笑)。
 中学卒業前、丁度「風の谷のナウシカ」連載と同時に「アニメージュ」 を定期購読するようになり、ますますアニメオタク化に拍車がかかりました。 TVシリーズ第1作目「ルパン三世」、映画「ルパン三世 カリオストロの城」、「未来少年コナン」、そして「赤毛のアン」と、 強く印象に残っている作品に、ことごとく宮崎駿のクレジットを発見したり、 宮崎アニメの、2次コン直撃(自爆)なキャラクターに魅せられたりと、 アニメの見方もいろいろ勉強していく訳です(苦笑)。まあ「赤毛のアン」 に関しては、演出の高畑勲の影響力が隅々まで行き渡っている感じ。 宮崎さんは場面設定で参加していましたが、 途中でスタッフから抜けているようです。
 こんなに素晴らしい「赤毛のアン」なのですが、 その素晴らしさを主張する勇気がなかった当時の私です。 そして高校3年の夏に漫画家「あぽ」こと、かがみあきら氏の訃報。 26才の若さで逝去。 ちょうどレフリー・レラリー・T氏から何冊か借りて読んだ事があり、 当時としてはちょっとショックでした。追悼集か何かだと思うのですが、 氏のプロフィール欄で、「赤毛のアン」のことを 「生涯で最も影響を与えた作品」と称えていました。それを見た時、 「いいものは、いい。」 と堂々と言えない自分がほんとに情けないと感じました。
 「赤毛のアン」は時がたつにつれ、ますます輝きを増していきます。 高校卒業後就職し、その次の年に親父が逝きました。夏の暑い頃です。 葬儀の段取りも分からないまま、 ただただあたふたとしているだけの私でした。初七日が過ぎ、 徐々にではありますが普段の日常が戻ってきます。 悲しみのあまり何もしたくなかったのに、「テレビが見たい」 「音楽が聞きたい」といった欲求は、以前のまま変わりありません。 友人が尋ねてくれば、楽しい会話も出来るのです。でも、 次の瞬間に愕然となります。 「身内の死」という悲しみを、こうも簡単に忘れてしまえるとは。 今自分のしている事がとてつもなく悪い事のような気がしてくるのです。 (でも、人の死を受け入れるとは、こういう自分を嘆きつつも、 悲しみを徐々に忘れさせていくしかしようがないのではないでしょうか。 永遠と悲しみにくれるのではなく、無情に忘れ去るのでもなく、 ただ日々の移り変わりにまかせて、自然に癒されるように...。) そう、マシュウが死去し、気遣うダイアナの誘いを突然断り、 立ち去ったアンの気持ちが痛いほどわかりました。 この物語は真実なのだ。
 先日ビデオ整理で、テレビS玉で再放送していた「赤毛のアン」 を撮ったビデオテープが出てきたので、ワクワクしながら見た。 またしても最初の方を撮り漏らし、いきなり「アン、ミニー・メイを救う」 からでしたが(苦笑)。 淡々としたエピソードの積み重ねに、どんどん惹かれていきます。 そして、マシュウの死に涙してしまう私です。 マシュウの死、マリラの失明の危機を前に、アンの取った決断。 最近ちょっと落ち込んでいる自分ですが、勇気をもらいました。 ありがとう!。
1978年
「未来少年コナン」
準備中

このページの履歴

2000/8/3
GOTO TOP

All Rights Reserved. Copyright (C)1998-2002 Nanai Migeru

nanaimgr@yahoo.co.jp

このホームページのホストは です。 無料ホームページをどうぞ!