くまらさま
『くまらさま』に会ったことがありますか?
今でも時々、山々で見たという人がいますが、その昔はその姿をよく目にしたと聞きます。その人たちは皆こう言います。「明星山の天狗さまに出会ったんだ。それはびっくりしたよ。天狗さまは、赤い顔に長い鼻をして、わしゃわしゃした白い髪の毛と髭をはやしていたよ。」また、こうも言います。
「天狗さまは、大きなかえでの団扇を持って空を飛んでいなさった。いいや、あれは『しる』にのっていたんだろう。『くまらさま』はいつも『しる』にのっていなさる。
『しる』とは、風穴にすむと言われる大男です。大男といっても人間とはちがっています。『しる』の体は半透明の青色をしているそうです。だからだれも『しる』の体をはっきり見た人はいません。いつも風のようにかけていくのです。そしていつ頃からか、『しる』の上には明星山の天狗さま『くまらさま』がのっているようになりました。まるで『くまらさま』は『しる』の頭のようです。『しる』にのって自由自在につむじ風より速く飛び回る事ができるのです。
『くまらさま』に会いたければ自然が豊かな元気な山に行くとよいと言います。きれいな渓流、大木のおい茂った森、とってもよい香りのする花の咲き乱れる野原、たいがいはめったに人が入らない深い山奥です。そんな山奥にいる『くまらさま』にどうしてみんなは会いたがるかと言うと、それは『くまらさま』は昔からそこの住人に様様な智恵を授けてくれたからです。お百姓には作物の作り方、きこりには切って良い木と悪い木を見分け方を教え、川で魚をとる人には魚のたくさんいる場所をおしえ、そして、みんなが仲良く豊かに暮らせる方法を教えてくらました。時には日照りが続いて水不足で困ったときには雨まで降らしてくれました。そんな『くまらさま』を村人はたいそうありがたがり尊敬をもって接していました。『くまらさま』と村人はとても仲良しで
『くまらさま』の言う事はなんでも素直に聞いていました。
しかし、そんな『くまらさま』が村人の前から全く姿を消した事が一度あったそうです。山中探し回ったけどどこにもいません。大声で呼んでもこだまひとつ返ってきません。いつしか村人は「くまらさま」のことを忘れてしまいました。それからというもの、夏には日照りが続き、春には雪解け水が大雨とともに洪水のように流れてきました。作物が不作な年の冬はたいそう心細いものでした。村人は口々に言いました。
「くまらさまがいてくれたらな。」
「どこいったんだ。」
「探してもいないんだから仕方がねえ。」「どうしたらもどってきてくれるんだ?」
「このままでは、みんな死んでしまう。」
人々はなんとか『くまらさま』が戻ってくるように考えました。
「でも、どうして『くまらさま』いなくなったんだ?」
「わからねえ、だれか怒らしたか?」
「いいや、いつのまにかいなくなったんだ。」
「そんなことはねえ、なにか理由があるはすだ。」
村人は、『くまらさま』がいなくなった理由がまったくわからないようです。そんなとき、一人の女の子が言いました。「わたしは、いつもお花畑で遊んでいるときに『くまらさま』に会ったんだよ。でも、もうそのお花畑は無くなっちゃった。」『くまらさま』は子供が大好きで時には子供と遊ぶために山奥からやってきました。でも、もうそのお花畑は田圃に変わっていました。その子のおじいちゃんが言いました。「くまらさまは、自然のない所には決してあらわれねえ。そうか、くまらさまがいなくなったのは昔ほど自然が少なくなったからじゃ。」
「いや、わしらが自然を少なくしてしまったんじゃ。」
お百姓は言いました。「あの田圃は、必要なかった。ただ、もっと豊かになりたかったから、もっと米がとれると思って田圃にしてしまったんだ。あの田圃がんくても十分食べていけたんだ。」
きこりは言いました。「おれたちも、切ってはいけないと言われた木を切ってしまった。最初は一本だけだったんだ、でも、それでお金が入ったから、ついもっと、もっとと。今ではそこは木が無くなってしまった。」
おじいちゃんは、言いました。「そう言えば、天気がおかしくなったのも木が少なくなってからじゃな。」そうやら、山々の木々が雨を降らし、また洪水にならないよう雨水をその地面にためていたようです。
「もう、一度自然を戻そう。『くまらさま』に帰ってきてもらうんだ。」
「おおっー。そうだ。」
「そうとも。」
村人は、今までの行いを反省し、『くまらさま』の教えたことを思い出し、そして、自然をもどすために働きました。
そらから数年がたちました。無くなった自然はすぐには戻りませんが、それでも人々の努力のかいがあって、少しづつ山々に木々がもどり、あちこちに花も咲くようになりました。村人の心も何か変わったようです。ある人は言いました。「もっと豊かになりたいと思って努力したことが、不幸になってしまった。でも、食べないとわしらは生きていけねえ。だから食べるためには、自然をこわすことも必要だ。いや、食べるために自然から恵んでもらっていたんだ。自然をこわすのではなく、自然を育てながらその恵みによって生きてゆく。これが豊かさなんだ。」
しばらくした後、数人の村人が風穴へ行く事になりました。葡萄づるで作った大きなわらじを持っていくためです。『くまらさま』がのる『しる』にこの大わらじを履いてもらおうということです。ところが風穴についた村人が目にしたのは『くまらさま』でした。どこを探してもいなかった『くまらさま』は知らないうちに風穴へ戻っていました。
「や、よく来てくれたな、おまえたち。」『くまらさま』は、にこにこと声をかけてくれました。そしてまた、「しばらくは大変じゃったな。わしもおまえたちを手伝いたかったが、『しる』がいないと動きがとれんのじゃ。しかし、『しる』はこのとうり。」『くまらさま』は横にいる『しる』を指差して言いました。今まで気がつきませんでしたが、なんとあの大男の『しる』が、腰の下くらいしかない子供のような大きさで元気なくそこにいました。「これでも、おまえたちが自然をもどそうと働いたおかげですいぶん大きくなったんじゃ、一時は両手に乗るくらいまで小さくなり死んでしまうかと心配したわ。」
そうだったんです。『しる』は自然そのものだったんです。山々の精、川の精、水の精、木々の精、花の精、風の精、それらが形となって現れたのが『しる』だったんです。そして、その精と一緒に『くまらさま』は村人の手伝いをしていたのでした。村人は、やっと『くまらさま』がいなくなったのは、自分達が知らず知らずのうちに様様な自然の精を殺していたからだ理解しました。そして、『くまらさま』はいつも自分達を助けようと考えながらも、自分達がそれをできないようにしてしまっていたんだと気付きました。
「心配しなくても良い。おまえたちは、自然への感謝を忘れたわけではない。その気持ちさえ忘れなかったら、そのうち『しる』もその大わらじが履けるくらい大きくなるじゃろう。そしたらまた、昔のようにわしも自由に『しる』にのって動き回れるさ。」相変わらず『くまらさま』はにこにことやさしく村人に話して聞かせました。
それからというもの、この村の人々は、いつの日かまた、『くまらさま』が戻ってこれるようにと明星連峰の自然を守り、自然とともに生きる気持ちを大切にしてきたそうです。
終わり