表紙道路写真館

 表紙道路写真館とは、「michiのレポート」のトップページを飾った道路写真とその紹介文を表形式にして表示したコーナーです。なお、紹介文は公開開始日当時のデータを使用しているため、現在のものとは異なる場合があります。

 

 

No.

公開期間

道路写真

紹介文

16.

2013.5.26〜2013.8.18

 

 

 この写真は昨年の年末に東京で行われた首都高展の様子です。東京タワーの根元にあたるフットタウンで2012年12月20日〜25日の期間で開催されていました。首都高展は2012年12月20日に首都高速道路がはじめて開通してから50周年を迎えたことを記念して開催されました。会場では首都高速道路がまだC1都心環状線の一部区間にあたる延長数舛靴なかった時代から、着実に延伸を続けて今のようなアーバンネットワークを確立するまでの軌跡がパネルで事細かに展示されていました。それに加えて、C2中央環状線3号渋谷線をつなぐ2層ループ式で有名な大橋JCTに用いられた諸技術を模型で紹介するコーナーや、上の写真のように実際の標識や管理車両などの展示コーナーなどがあり、高速道路に深い興味のない人でも十分に楽しめる内容となっていました。そのおかげもあってか、平日の昼下がりにもかかわらず、大勢の来場者が詰めかけていました。

 

 さて、開通から50年を経た首都高は現在、老朽化という問題に直面しています。主に橋梁構造物にダメージが大きいようです。景観上の観点からC1都心環状線の日本橋区間がよく議論に上がりますが、この区間の橋梁も補修でどうにかなるか微妙な状態です。場合によってはリプレースメントが必要かもしれません。その際に、地下に移設するかどうかが問題になってきます。また1号羽田線には一部海上の桟橋区間が存在し、こちらは通常の老朽化に加えて塩害も進んでいると予想されます。現実に並行道路から上を走る1号羽田線を眺めると、かなり傷んでいる様子を確認することができました。これから首都高速道路株式会社を中心に対策を考えていくことになります。

 

15.

2013.2.5〜2013.5.26

 

  この写真は京滋バイパスの久御山(くみやま)JCT付近の写真です。写真写りが悪くて申し訳ないのですが、この先で路盤が高くなって高架橋が入り組み合っている様子がわかります。久御山JCTは巨椋池(おぐらいけ)の干拓地上に設けられたジャンクションです。土地が有り余っているため、用地を気にせずダイナミックで理想的な線形を描けているジャンクションです。用地取得が容易だったことから大きなジャンクションとなっているものでも、鳥栖(とす)JCTや垂水(たるみ)JCT、それから小矢部砺波(おやべとなみ)JCTをはじめとする旧式のものは地上に盛土・切土で造成して作ってあります。これに対し、近年の大規模ジャンクションは、豊田JCT、川口JCT、三郷JCTのように大部分を高架橋で建設してしまう傾向にあります。大規模ジャンクションの中でも、高速道路本線上を走行しながらジャンクションを遠目に見ることができるのは、なかなか珍しいと思います。

 

 大規模ジャンクションは多くの路線が乗り入れた結果に出来上がるものであり、当然のことながら交通の要衝になります。久御山JCTには京滋バイパス、第二京阪自動車道、阪神高速8号京都線(※)が乗り入れています。京滋バイパスは名神高速道路のサブ路線であり、瀬田東経由で名古屋方面へ、大山崎経由で神戸・中国道方面へ向かえる重要路線です。また、第二京阪自動車道は大阪方面へ、阪神高速8号京都線は京都方面へ伸びています。ここに挙げた地名だけでも、日本の代表都市となっており、久御山JCTはそれだけ重要なジャンクションということになります。

 

14.

2012.9.26〜2013.2.5

 

 

 ついに先の2012年9月5日、東京外環自動車道の関越道〜中央道〜東名高速の区間が着工しました。この区間は計画当初から都市化が進んでいるうえに、大規模幹線道路や大河川がなく、道路を通す用地がありませんでした。そのため、大昔の1965年に整備計画が作られたにもかかわらず、いまだに着工すらしていませんでした。しかし、現在の首都圏の3環状で完成しているものはなく、すべての交通が都心の首都高速C1都心環状線に集中し、慢性的な大渋滞を引き起こしています。(首都高速C1都心環状線は完成していますが、3環状には含めません。)

 

 この事態を抜本的に解消する契機となったのが2020年の東京五輪招致です。これに向け、該当区間も整備されることとなりました。しかし、前述のとおり開通させるには住宅街を破壊するしかなく、巨額の予算や住居補償などが問題となります。そこで、対策としてこの区間は大深度地下をシールド工法で片側3車線分も掘ることになりました。地下40mを超える大深度地下ではを土地の権利が発生せず、交渉を最小限にして工事を進めることができるというメリットがあります。この工法は長い間、技術的にも資金的にも不可能とされてきましたが、現在も行われている首都高速C2中央環状線の山手トンネルの工事の順調な進捗により、実現の可能性が高まりました。

 

 この写真は、東京都練馬区関町・上石神井(かみしゃくじい)両地区にまたがる青梅街道IC(仮称)の予定地です。これは関越道方面専用のハーフインターとなる予定です。この写真左手に立ち並ぶ建物は青梅街道IC建設に当たり、取り壊されることとなるでしょう。これは悲しいことですが、新しい高速道路の建設にはいつでも犠牲を伴うものです。

 

13.

2012.6.25〜2012.9.26

 この写真は東京都新宿区の山手通りの様子です。2008年の首都高速C2中央環状新宿線が開通してから約4年が経過し、工事期間に重機であふれた汚い状態になっていた山手通りが現在どうなっているのか、様子をうかがうため歩いてきました。すると、片側2車線に加えて、両側に歩行者・自転車分離式の立派な歩道が設けられていました。ピンク色の部分が歩行者専用、白色の部分が自転車専用です。街路樹も植えられ、山手通り沿線はきれいな街に変貌しました。

 

 写真奥手には地下を走る首都高速C2中央環状新宿線の換気塔が見えます。建設当時は、景観を損なうとして、一部の地域住民から反対されていました。これについては否定的意見も多くありますが、私は山手通りに色合い的には溶け込んでいると思います。また、このような高い構造物があることで、山手通りにアクセントが生まれたようにも思えます。

12.

2012.4.13〜2012.6.25

 この写真は静岡県浜松市浜北区にある新東名高速道路の浜松SAスマートICの開放日の様子です。ここからETC車は新東名高速道路に入ることができます。この4月で管理人は関東に引っ越したのですが、こちらでも電車内などで新東名が宣伝されているのを見ると、やはり新東名が日本経済に与えるポジティブなインパクトの強さを感じえます。NEXCO中日本もサービスエリア方面の利益を中心に相当力を入れている模様です。詳しくは、GW明けあたりに新東名の走行レポートだけでなく、サービスエリアをすべて網羅したページを順次立ち上げる予定です。そちらを期待していてください。

 

 さて、新東名は今年の4月14日15時に静岡県内区間が開通となります。静岡県内ではひっきりなしにテレビで取り上げられている模様です。とにかく道路界期待の大物新星です。走行できるのを楽しみにしていましょう。

11.

2011.12.26〜2012.4.13

 この写真は神戸市の摩耶(まや)埠頭と小野浜町(ポートアイランド対岸の埠頭)を結ぶ摩耶大橋の様子です。何の変哲もないような赤い橋ではありますが、これでも有料道路となっています。私がここを訪れたときは、実はここは有料道路だと気づきませんでした。無料化された港島トンネルを通ってポートアイランドから抜けてきた後、いきなり交差点が出てきて間違えて右折レーンに入ってしまいました。何が何だかわからずそのまま直進すると、ここに行きついたわけです。この橋を見てもまさかここが有料道路だとは思いませんし、何よりもカーナビやネットの地図において、この摩耶大橋の有料道路であることを示す線が真横を走るハーバーハイウェイのせいで見づらいことが原因だったと思います。この事態に陥るまでは、「ハーバーハイウェイ」の中にある「摩耶大橋」だと勘違いしていましたね。

 

 さて、もう2011年も終わります。やはり今年といえば、日本人に忘れられない教訓をもたらした東日本大震災でしょう。この写真を撮影したのは3月末日ですが、この当時は私の住む静岡県でもたびたび震度3-4クラスの余震に悩まされていました。このような中、震災の経験を風化させてはならないと思い立って、場所は違いますが同じ「震災」というものの被害にあった神戸市の「阪神大震災メモリアルパーク」に行ってきました。被害の規模こそ違えど、激甚災害に指定されるほどの両震災の怖さを身をもって感じました。

 

 暗いことを書いてしまいましたが、最後に来る2012年がいい年になることを期待して、本文を締めさせていただきます。良いお年を m(_ _)m

10.

2011.10.1〜2011.12.26

  ついに新東名の約半分にあたる区間の開通時期が公表されました。来年の6月だそうで、可能ならばもっと早めてGWに間に合うようになるかもしれないそうです。同時に開通区間のインターチェンジとサービスエリアの名称が公表されました。

  まずインターチェンジについては、2つの地名を合わせたものが多いです。その合わせ方としては、近接する2つの地名を合わせたもの(例:長泉沼津IC)と、大きな地区の中にある小さな地区の両方の名前を示したもの(例:清水いはらIC)があります。

他には、現東名のインター名と区別するために、頭に「新」をつけたもの(例:新富士IC)も多いです。私としては、「新東名富士IC」みたいにすると思っていたので驚きでした。「新富士IC」では、新幹線の新富士駅の近くにインターがあると勘違いする人が出てくると思われるからです。実際、結構離れています。

 サービスエリアの名前は、非常に素直なものが多いです。現東名では、逆にサービスエリア名は変わったものが多い(例:愛鷹(あしたか)PA)ので、ギャップが激しいです。恐らく、新東名はひたすら山の中を走るため、特徴的な名前を付けようと思っても付けられなかったことが影響していると思われます。

 できれば新東名のすべてのIC・PA/SA・JCTをWikipediaで確認してほしく思います。なぜならば、今後の日本の高速道路を既存の高速道路に平行する形で開通させるときの参考になると思うからです。それではこちらからどうぞ。

 ちなみに上の写真は藤枝岡部ICの本線(写真奥)とランプ橋(写真手前)を写したものです。近代的な橋梁になっていることがわかると思います。

9.

2011.5.16〜

2011.10.1

 最近のトップ画像は静岡の地元ネタが多くて済みません。すみませんが、今回もお付き合いくださいm(_ _)m

 上の画像は、静岡県中部、大井川を超えるはばたき橋への取り付け予定の道路です。現在、榛原郡吉田町と焼津市を結ぶ大井川橋は、一般道2本、東名高速1本しかなく、一般道の2本は片側1車線のため、渡津部で慢性的な渋滞が発生しています。この事態を抜本的に改善するために、静岡県道として新たな路線を新設し、片側2車線の「はばたき橋」として開通する予定です。工事は順調に進み、2009年度に開通する予定でした。しかし、一部の地権者が、橋の直前部分の用地を譲らず、2年近くたった今でも取り付け道路のみが開通するという事態になっています。このような、自己の利益ばかりを優先し公共の福祉を考えない行為は慎むべきだと強く思います。もっとも、静岡県では社会資本を建設するたびに用地問題に直面してきたのですが。静岡空港の用地強制収容問題がその好例です。とにかく、一日も早くはばたき橋が開通することを望むとともに、静岡県と地元の吉田町や焼津市の方々には、愚かな地権者を何とか説得するように頑張ってもらいたいと思います。

8.

2011.2.20〜2011.5.16

 

 国道1号浜松バイパス・小立野IC-中野町IC間の様子です。浜松バイパスの一部区間(小立野IC-北島立体交差点)では、天竜川を越える区間であるため、朝夕の渋滞が激しく、片側2車線では交通容量を処理することができないでいました。その抜本的な対策として、従来使用していた4車線用の橋の中央分離帯を撤去し、片側の4車線ぶんとしたうえで、反対車線用の4車線の橋を架けるという工事が行われました。以上の結果、片側4車線という一般道路どころか高速道路でもほんの一部区間しかない広い道路が出来上がりました。高速道路で片側4車線にする場合は、ほとんどの場合で左ルートと右ルートに分けますが、一般道ではそのようなことはしないようです、高速道路で左・右ルートに分けた片側4車線区間としては、名神高速・京都南IC-大山崎JCT間の上下線、東名高速・大井松田IC-御殿場ICの下り線、東名高速・静岡IC-焼津ICの上り線、中央道・上野原IC-大月JCTの下り線の4か所が挙げられますね。

 

7.

2010.12.6〜2011.2.20

 これは、michiのレポートが総力を挙げて取材を続けてきた、金谷御前崎連絡道路の建設中区間の橋梁です。ほとんど完成しています。実は、2011年1月23日に相良バイパス(金谷御前崎連絡道路)の西萩間IC〜東萩間IC〜相良牧之原IC間が開通し、金谷御前崎連絡道路の第鬼区間が全線開通することになりました。この区間の開通により、この道路は東名高速道路に接続しました。開通後は東名高速道路⇔牧之原市街・御前崎港のアクセスが格段に向上します。東名を利用される方は多いと思いますので、付近を通過する際は東名を降りて、新規開通区間も含め金谷御前崎連絡道路の全線を旅してみてはいかがですか。

6.

2010.8.28〜2010.12.6

 この写真にはなんだかすごい橋梁が写っていて、見たこともない構造をしていますね。この上は新東名高速道路の藁科川橋です。藁科川橋は、新東名の静岡IC-藤枝岡部IC間にあります。この藁科川橋は世にも珍しい構造で、上下2層で川を越える構造になっています。下層は静岡市道です。片側3車線の道路がダイナミックな橋脚でつながっている様子と、その下を市道が通り抜けていく様子がなんともマッチしていて、圧巻としか言いようがありません。

新東名も2012年度内には静岡県内区間が開通します。その際にはこの橋梁も含め、多くのすばらしい構造物がお目見えすることでしょう。あと2年半。楽しみに待ちましょう。

5.

2010.3.31〜2010.8.28

 本サイトでは現在、首都高速の都心環状線名古屋高速の都心環状線のレポを公開しておりますが、阪神高速道路の環状線はまだ記しておりません。そのため、ここで阪神高速1号環状線の紹介をしておきます。この環状線は名古屋と同じく、時計回り一方通行です。阪神の環状線が名古屋と違う点は、途中で2本の環状線ショートカット用の道があることと、形が名古屋のように整ってはいないということです。道路の雰囲気としては、名古屋高速よりは首都高速に近い感じで、少し地方のドライバーには抵抗があるかもしれません。交通量は上の写真からわかるように、かなり多いです。

4.

2009.7.19〜2010.3.31

 2009年6月4日に開港した静岡空港のアクセス道路です。茶畑が広がる田舎に、高規格の片側2車線道路が出現しました。静岡空港はご存じのとおり、開港時から莫大な赤字を抱える問題の空港であります。しかし、さすがに空港に向かう道路だけあって高規格に作られています。静岡空港のアクセス道路は3ルートありますが、このような高規格に作られているのは上の写真の[相良牧之原ICルート]だけです。他の[吉田ICルート]、[榛原ルート]はまだ1.5車線区間が残り、何度も右左折を繰り返せねばならない悲惨な状況です。そもそもこんな辺鄙(へんぴ)な場所にある空港が採算をとれるのかといわれれば、無理でしょう。このような空港ができてしまう静岡県民ののんきさが恐ろしいくらいです。まぁ、私も一静岡県民ですので、これ以上言いませんが、当然の如くこの道路も無駄でしょう。しかしながら、道路マニアの私としてはこの高規格の道路を愉しみたいですがね。

3.

2007.11.22〜2009.7.19

 上の写真は那覇空港自動車道の南風原南IC付近の写真です。「みなみかぜはらきた」とは読みません。「はえばるきた」と読みます。この写真はななけんが初めて行った沖縄の道路のものです。写真の右手にはいかにも沖縄らしい住宅が建っています。しかし左手を見るとここは沖縄だということを忘れてしまうような、那覇空港自動車道の高架が続いていることが分かります。沖縄にも高架道路をバンバン造っているなんて…、凄いですね。まあ当たり前ですが。ところで、この道路は那覇空港自動車道と名乗っていますが、終点も起点も那覇空港ICではありません。それどころか那覇空港が近いわけでもありません。これはこの道路が建設中で、延伸を続けているということです。今のところ、那覇市を少し北に外れた西原JCTから那覇市内の豊見城東ICまでしか開通していません。あぁ…また沖縄行きたいな…。

2.

2007.7.10〜2007.11.22

 上の写真は東海環状自動車道の豊田藤岡IC付近の写真です。豊田市には高速道路のインターチェンジがこのICを含めて6つもあり行く場所によって降りるICを変えなければなりません。なお、上の写真は開通から11日後に撮ったもので、路面や道路建造物がとてもきれいなことからも分かると思います。この当時は愛知万博もやっていたので、標識の標柱に万博の駐車場の案内が付いています。これは内回りの画像で、内回りには豊田藤岡ICの先に猿投山(さなげやま)トンネルという長大トンネルがあります。東海環状自動車道とは名古屋圏を環状する高速道路で、今は東名高速道路豊田JCT〜中央自動車道土岐JCT〜東海北陸自動車道美濃関JCTの区間のみが開通しています。将来は名神高速道路と養老で接続する予定です。現在開通区間のうち土岐JCT〜美濃関JCTの間は殆どが暫定2車線となっていて対面通行です。私が走ったときは朝だったせいか、ぜんぜん込んでいませんでした。開通したばかりなのに…もう少し車が多くてもいいかな、と思いました。

 1.

2006.8.31〜2007.7.10

 この写真は音羽蒲郡有料道路(三河湾オレンジロード)の料金所付近の写真です。この有料道路は2車線の対面通行ですが、センターライン上にポールは無く非常に走りやすい道路となっています。また、東名の音羽蒲郡ICから蒲郡市を結んでいることもあり、かなり交通量は多いものと思われます。この有料道路をパスするには国道473号の鉢地坂隧道(狭くて長い)を通るか、この道路の脇をうねうねと沿って走る県道を通るしかありません。管理人が実際に走行したときも、かなりの車がすれ違って行きました。