サンパウロ市(ブラジル)−2000年
ブラジルのみならず南米の経済の中心、南米大陸最大の大都市であるサンパウロ市。丁度「南回帰線上」に位置しており、夏至の南中には陰が出来ないそうです。海抜8百メートルくらいに位置しており、気候は夏は凌ぎ易く、冬は雪は降りませんが底冷えします。人口は大サンパウロ圏で1千8百万とも言われ、上空から見ると高層ビルが林立して世界的に見ても東京、ニューヨーク等と肩を並べる大都会です。しかしながら、この街は首都では無く、またかつて首都になったことは無い街です。
サンパウロ・概要(ブラジル)(2000年10月)
ブラジルと言いますと日本では「アマゾン」「密林の熱帯雨林」そして「サンバ」「インディオ」という未開の印象が強いように思いますが、ブラジルの中心都市であるサンパウロ市は南米随一の大都市であり、ブラジルそして南米の経済中心都市です。ただし、過去に一度も首都になったことも無いし、現在でもブラジル1州の州都に過ぎません。政治的には中心ではなく、勿論大使館はありません。
ただし、都市問題もかなり深刻であり、少し郊外の小高い丘から市中心部を見ますと空気が紫色になっており、大気汚染がかなり深刻な状態になっている事を伺わせます。外見の華やかさとは裏腹に飲料水、電力等都市生活に不可欠な基礎的な部分の確保も次第に難しくなって来ています。また下水処理も十分には行われていないようで、市内を流れるチエテ川の汚染はかなりひどいものがあります。今後も拡大を続けて行くサンパウロ、サンパウロの発展無しにはブラジル、ひいては南米の発展はあり得ないと思います。環境、インフラ等の都市問題を如何に解決して行くのか注目しています。
(写真)人種のるつぼ、混在の街
サンパウロは人口が大都市圏では1千8百万程、南米大陸随一の都市です。市内には高速道路が走り、高層のビルが林立しています。一方では農村等から流入する人が多く、市内の至る場所にスラムが出来ていて、治安上にも問題が出ています。
(写真)サンパウロ市・眺望-01
(写真)サンパウロ市・眺望-02
民家の屋根は茶色、そして壁は白でとても綺麗な街並みです。
(写真)サンパウロ市・眺望-03
また多くの日本人が住んでいる事でも知られています。永住者そして2・3世はブラジルの市民として生活しています。そして、日本から多くの日本企業進出しています。本田はトヨタと共にブラジルで自動車を生産・販売しています。
(写真)ブラジル・ホンダ(本田技研)
製造業ばかりではなく、商社、銀行等も進出しており、東京三菱銀行は長年、ブラジルの銀行として業務を行い、市民に親しまれています。
(写真)ブラジル・東京三菱銀行本店
そして敬虔なカトリック教徒が多いブラジルは世界一カトリック信者が多い国でもあります。大聖堂を始め至る場所に教会があります。 他の南米の都市と同様、市の核は大聖堂になっています。ここを中心に街が広がっています。
(写真)大聖堂(セ)
(写真)市内の教会-01
(写真)(写真)市内の教会-02
カトリックの大司教を決めるコンクラーベのメンバーもイタリア人よりも南米出身者が多くなっているそうです。ブラジルは世界最大のカトリック信者を抱える国です。近い将来ブラジル出身の法王が誕生するかも知れませんね。
サンパウロ市を歩いていると様々な光景、様々な人達が蠢いています。時には何をしているのか、何を販売しているのか直ぐには分からない時もしばしばあります。散策してこれだけ楽しめる街は他には無い様に思います。
ブラジルに関しては「治安が悪い、サンパウロは年々悪くなっている」という話しを耳にします。10年くらい前でも事情は同じで極端な場合には「外を歩くな」くらいまで言われていたように記憶しております。今回街を歩いてみますと、人出は増えた、それも買物をしている人が増えたように思います。セントロはどこも売る人と歩く人で一杯でした。誰も「危ない」という危機感を持っているような様子は無く、街の人の表情は明るく楽しそうでした。
(写真)街の点描-01
とにかく街に人が多いという印象を受けました。平日の昼間なのですが、人が群がっているように見えます。
(写真)街の点描-02
また今回感じたのは街が綺麗になっている、という事です。以前はその辺にゴミが散らかっている、汚いという印象でしたが、今回整備が進んでいるのには驚きました。
(写真)街の点描-03
サンパウロを歩いていて感じるのは歩道で商売をしている人が多いということです。一番多いのは雑誌・新聞を売っている店、そして軽食屋、靴磨きなどなど。足を止めてちょっと「おやつ」という人が多いのです。
(写真)街の点描-04
(写真)街の点描-05
(写真)街の点描-06
(写真)街の点描-07
(写真)街の靴磨き
(写真)ポルノ映画とストリップ
(写真)余り景気の良くない二人
1・パウリスタ通り
サンパウロのビジネス街としては何と言っても「パウリスタ通り」が有名で大きなビルが立ち並ぶ様は壮観です、銀行等が並び活気に満ちている通りです。総領事館を始め、日本の進出企業もここに支店を構えている企業が多いようで、住友銀行、東京三菱銀行等は単独で大きなビルを持っています。日本企業はサンパウロを南米の拠点としている事が多いのですが、経済の中心であるという理由ばかりでは無く日系人が多く、日本語が出来るスタッフが多うので言葉の面で有利である点があるようです。オフィスの中は日本語で用が足り、便利な反面、逆に現地のポルトガル語の習得に支障が生じるケースも中には中にはあるように聞いています。
朝の通勤時間オフィスに向かう人の波があるのは東京と同じですが、サンパウロのビジネスマン達の多くはジーパンにTシャツと言った非常にラフな格好です。またOL達は化粧も少なくほとんどがズボンです。スカート姿が少ないのには最初非常に驚きました。治安が悪いのが元々の原因でしょうが、他の南米の都市ではここまでラフでは無いのでやはりサンパウロの気質にも由来するのでしょう。
(写真)パウリスタ通り-01
パウリスタ通りの下には緑・3号線・パウリスタ線という地下鉄が走っており、4つの駅があります。この地下鉄を利用すると良いと思います。
(写真)パウリスタ通り-02
ビルは近代的な建物が多く、ブエノス・アイレスの「7月 9日通り」とは好対照を為していると思います。高層ビルが立ち並ぶ様は圧巻です。随一のビジネス街という事で付近にはホテル、レストランも多くあります。
(写真)パウリスタ通り-03
(写真)パウリスタの近くの裏通り
ただ、パウリスタ通りから少し中に入りますとまだ昔の風情を残している場所もあります。しかし多くは高層建築になっています。
2・セントロ
ここ数年で一番変化したのはセントロです。綺麗に整備が為されて道路を地下にし、大きな公園を作りました。セントロの再活性化に賭けるサンパウロ市の意気込みを感じます。
(写真)セントロ-01
公園の中を歩きますと、噴水があり、鳩が飛ぶ中を多くの市民が歩いています。今でも勿論治安の問題はあるのでしょうが、以前と比較するとずっと改善されたように見えます。
(写真)セントロ-02
(写真)サン・ベント付近
セントロの北側ルスの駅辺りからセントロ方向を見てみますと、以前と変わらぬ「ごちゃごちゃ」とした感じがあります。このような風景を見ていると作者はサンパウロらしさを感じます。
(写真)空港からセントロに向う
何気ないその辺の景色と言うのは余り観光ガイドにもホームページでも取り上げられませんが、一例として紹介しておきます。
(写真)ありふれた街の一角
3・ホテル
以前から多くのホテルがあるサンパウロですが、近年ますますその数が増えているように思います。以前日本人が多く利用していたのが「シーザーパーク」です。日本からの進出企業が進出し、そのサービスには定評がありましたが、残念ならが外国事業からの全面撤退を決め、メキシコ資本に売却されました。当時の多くのスタッフは新しいホテルチェーンである「ブルー・トゥリー」に移って行ったようです。
(写真)5つ星・シーザーパーク・サンパウロ
セントロには数多くのホテルがあります。木賃宿のようなのから5つ星まであります。小さいホテルが街の至る場所にあります。
(写真)セントロにある一般ホテル
4,5星の高級ホテル・ビジネスホテルの数も急速に増えています。故あって3年前に開店した新しい5つ星ホテル「ソフィテル」を利用しました。まだ出来てそれ程の時間が経過していないので部屋は確かに綺麗でお茶のサービスなどもありましたが、風呂が無くシャワーだけであるのには少々驚きました。余り日本人向けとは言えないかも知れませんね。
(写真)5つ星・ソフィテルの寝室
それでもどこの4,5星でも朝食はたいしたものであると思います。フルーツ、生ジュースがふんだんにあり、快適に過す事が出来ます。
(写真)5つ星・ソフィテルの朝食
ブラジルには約百万人ともそれを超えるとも言われている日本人・日系人が住んでいるいと言われており、日系人がブラジル人大きな構成要素となっているのですのですが、そのかなり多くの部分がサンパウロ市ならびにその周辺に住んでいます。街を歩いていると確かに日系人をよく目にします。従いまして、街の人からよく道など聞かれるし誰からも外国人とは見られていない、特に注目もされません。日本人である自分が外国人として全く意識されていないのです。
その中でも特に日本人が集中しているのが「リベリダージ」、リベリダーデと表記される事もありますが、発音からすると「リベリダージ」の方が近いように思います。サンパウロに来る以前、日本でもこの場所の写真を見た事があり、街のはずれの方にあるように勝手に想像していたのですが、来てみますと街のど真ん中に位置しています。南米の都市は大聖堂を中心として広がっているのですが、この街のシンボルをリベリダージの公園から見る事が出来、地下鉄で1駅なのです。東京に例えれば「浅草」に当たるのでしょうか?東京は日本人が作り上げた伝統の都市、サンパウロは移民が作り上げた都市という性格が出ているように思います。
この地域はそれほど狭いということは無く、地下鉄で一駅分は広がっています。リベリダージ駅を振り出しに散歩して丁度街の終わりに「サン・ジョアキン駅」があります。有名なガルボン・ブエノ通り以外にも数多くの日本人、韓国人、中国人の商店、レストランがあります。近年はこれらの韓国・中国からの住民が増えて来ており、名称を「日本人街」から「東洋人街」に代えたようですが、まだまだ街の主役は我が日系人です。
(写真)リベリダージの象徴、大阪橋の鳥居
ガルボン・ブエノ通りの中央に大きな鳥居があります。このリベリダージの象徴とも言える大鳥居は大阪橋にあります。大阪橋はブラジルに来る以前には下に川が流れているとばかり想像しておりましたが、意外に大きな橋で橋の中央には大阪橋のプレートがあります。実際に来てみますとこの下には近代的な高速道路が走っています。橋からの見晴らしはすばらしく北部の一帯がよく見えます。
(写真)大阪橋のプレート
この鳥居と共に東洋人街の象徴がばんぼりのような街灯です。ガルボン・ブエノ通りを始め、この一帯にはこの街灯が並んでいます。夜になりますと、一層「異国情緒」(ブラジルから見ての)を感じます。
(写真)大阪橋からリベリダージ公園方向を臨む
ガルボン・ブエノ通りを歩いていますと日本語ならびに中国語の看板を沢山見かけます。漢字ならびにひらがなで書かれた看板を見ていますと何故かほっとします。
(写真)ガルボン・ブエノ通り
看板を見ていますと「商会」「商店」などと言う名称が付いている店が多くあります。お土産品、食料品などを販売している店が多くあります。この数年、日本食品に関しては品数は飛躍的に増えて来ており、以前は地元で作られた製品が多かったのですが、現在では日本から持って来ている商品が多くなっています。日本食料品店に入りますと日本のコンビニかスーパーと見間違う品揃えです。店に入りますと日本ではお馴染みの「いらっしゃいませ」というテープが流れます。
(写真)リベリダージ公園からガルボン・ブエノ通りをみる
この地区は和食のレストランが多い事でも知られています。あるブラジルは2度目という駐在員の方に「サンパウロは変わりましたか?」と尋ねましたら、「和食のレストランが非常に増えたのには驚いた」と話されていました。確かに以前はこの地区でしか和食は食べられないという感じでしたが、今は街中で和食レストランを見かけるようになりました。それも大型店が多いように思います。移住者が始めた店が大半ですが、「サントリー」「乱月」のように日本からの資本で開店したお店もあります。
(写真)和食のレストランが軒を連ねる
リベリダージ駅があるリベリダージ公園では毎週日曜日には東洋市場が開催されます。簡単に言いますと日本のお祭りのような屋台が並びます。焼き蕎麦、今川焼き他、日本で売られているような楽しい食べ物のお店が並びます。また毎日ここでは朝早く、ラジオ体操が行われています。以前この公園に面したホテルに宿泊したのですが、毎朝モーニング・コールの代わりにこのラジオ体操の音楽で目を覚ましていました。「ラジオ体操第一〜」という大きな声と音楽が響きます。
普段でもこの公園にはお土産物の他、色々な出店で賑わっていますが、多くの一世にとっては仲間と過せる場所として利用されています。多くの一世達が楽しそうに集まっています。
(写真)リベリダージ公園には多くの一世が集まる
そして、宿泊。日系のホテルも数多くあります。高級なものでは4星の日系パレセ、バロン・ルーなどから庶民の味方の格安ホテルまで色々とあります。その中でも有名なのは「ホテル・池田」、昔から変わらぬ安旅行の味方です。作者も学生時代には利用させていただいた事があります。食堂があり、意外ですがブラジル料理のフェジョアーダが美味しいという評判がありました。
(写真)日系ホテル・ホテル池田
そして書店も多くあります、竹内、太陽堂等と並んで有名なのは「カーザ小野」でしょう。ここも以前と余り変わらない店構えです。雑誌などが日本から持ち込まれて売られています。サンパウロに住んでいた時には書店で売れ残った漫画を安く買い読んでいました。
(写真)カーザ・小野
この東洋人街で必ず行くのが「金澤製菓」です。こちらでは長年、和菓子を製造しています。練り菓子、大福など販売しています。また店の奥には座れるスペースが用意されており、お茶をいただきながらお菓子をいただく事が出来ます。出来立ての大福がある時などは「至福の時」を過す事が出来ます。この日も散歩で疲れたので、ここで一服です。番茶を飲みながら練り菓子を1ついだだきました。お茶の料金は無料で、お払いしたのは1レアル(約50円)です。皆さんもリベリダージに行く機会がありましたら是非訪問してみて下さい。ガルボンブエノ通りの奥の方、カーザ小野の向いにあります。
(写真)金澤製菓店内
このご主人は何時も笑顔で迎えてくれます。この日も「お菓子が美味しい」と話し掛けますと「以前、皇族の方が当店にお見えになり、お菓子が美味しいとおかわりをされた」と嬉しそうに話されていました。
(写真)金澤製菓のご主人
この他、色々な店がこのリベリダージにあります。日本語で書かれている看板が多く、この「マクドナルド」という日本語の看板も日本国外では非常に珍しいのではないでしょうか?
(写真)リベリダージに在る「マクドナルド」
このリベリダージ、一時期は治安が悪く、ガルボン・ブエノ通りを歩くにも怖かったのですが、商店街が治安維持に力を入れて以来、街は活性化されました。リベリダージの公園の中には交番があり、常時複数の警官が巡回しています。
(写真)リベリダージ公園の交番
日本語で用が足りる街、リベリダージは我々日本人にとっては快適な場所と言えると思います。南米を旅される若者達もここからスタートする事が多いように聞いています。南米を訪問した際には「地球の反対側にある日本」に立ち寄って下さい。
南米最大の都市であるサンパウロ市にも地下鉄があります。近代的かつ清潔で市民の重要な交通手段として利用されています。現在路線は青線(1号線・南北線)、赤線(2号線・東西線)、緑線(3号線・パウリスタ線)の3路線だけです。計画路線が数多くあるようで、今後の路線網の拡充に期待して行きたいと思います。自動車、バスが主な交通手段として利用されているサンパウロ、大気汚染の問題は深刻です。市内に地下鉄網を張り巡らせて何とかクリーンなサンパウロを実現して欲しい物です。
サンパウロで最初に出来たのは南北を貫通する青線(1号線・南北線)です。チエテ川の直ぐ北側に在るバスターミナルに隣接している「チエテ駅」、そして鉄道の始発駅である「ルス」駅を通りセントロの繁華街「サン・ベント駅」を通り大聖堂のある「セ」駅で赤線(2号線・東西線)と交叉し、日本人街として有名な「リベルダージ駅」を通り市南部の住宅街を走ります。赤線(2号線・東西線)は地上を走る区間が長く、終点まではかなりの時間を必要とします。一番新しく出来た緑線(3号線・パウリスタ線)はサンパウロ随一のビジネス街であるパウリスタ通りを走るものです。
また、サンパウロの地下鉄は明るく、綺麗であると思います。地下鉄の内部に店舗などは無く、コンコースは広く取ってあり全体的には非常にスッキリとした印象を受けます。また、地下鉄の入り口は分かり易く、非常にデザイン的にも優れていると思います。特に比較的新しい緑線は近代的なビジネス街であるパウリスタ通りを走るという事もあり、入り口は洒落た感じになっています。
緑線:3号・パウリスタ線の「TRIANON-MASP」駅はパウリスタ通りの丁度中間地点にあります。この付近には銀行などの本店が建ち並びサンパウロでは珍しく背広にネクタイというビジネスマンが行き交います。
(写真)「TRIANON-MASP」駅 (緑線:3号・パウリスタ線)
緑線:3号・パウリスタ線の「CONSOLACAO」駅はパウリスタ通りの西の端に位置しており、アウグスタ通りとの交叉点にあります。アウグスタ通りには洒落たお店があり、サンパウロ市内の買物街の一つです。
多くの駅では登りのエスカレーターは出口までエレベーターを利用する事が出来、また出入口には屋根が付いている非常に快適に利用が出来ます。
(写真)「CONSOLACAO」駅(緑線:3号・パウリスタ線)
チケットは1回、2回、10回の利用と3種類があり、どこまで行っても値段は同じ、単一料金です。大体1回の料金は為替の変動で多少は前後しますが、1ドル弱であると思います。回数券は勿論割安になります。
(写真)チケット売り場「SE」駅(青線と赤線の交叉する駅)
改札口は入るときにチケットを器械に通すとバーが回転する仕組みになっています。券を入れてOKとなるとバーを押しガッチャンと回転し中に入れるようになっています。最初慣れないと上手く回転させる事が出来ず失敗してしまうことがあります。この場合には中に入れなくなります。また小さい子供はこのバーの下をくぐれば無料で中に入れます。また出口は扉が付いている場所を通過し、これを押して外に出ることになります。
(写真)改札口
多くの駅では昇降用のエスカレーターが備え付けられています。内部には店舗は無く、激しく規制しているようで、物売りも居ません。
(写真)駅内部の階段・エスカレーター「CONSOLACAO」駅(緑線:3号・パウリスタ線)
(写真)電車が入って来る・「CONSOLACAO」駅(緑線:3号・パウリスタ線)
電車は見た限りでは3路線とも違いは無いようです。青線、赤線、緑線と分けているので、電車が色分けされているのかと期待しておりましたが、そうでは無くて各路線では駅名がこれらの色で塗り分けられている、ということのようです。
(写真)電車・緑線:3号・パウリスタ線
(写真)電車・青線(1号線・南北線)
社内は明るく快適です。ただ椅子がプラスティックで出来ており、少々固い感じがあります。譲り合いの精神は非常に強く、熟年の方が来ますと誰でも席を譲ります。(それもにこやかな笑顔でという事が多い)また荷物を持って立っていると「荷物を持ってあげましょう」と座っている人に言われることがしばしばあります。「人に親切なのは当たり前」という感覚があるのでしょうね。
(写真)車内の様子(青線:南北線)
3路線しかありませんが、地下鉄を利用するとかなり色々な場所に行く事が出来ます。10回回数券を買い、色々な場所を訪問すると楽しいと思います。
外食はどのようにしているのか?東京ではサラリーマン向けの各種の食堂があります。米国ではマクドナルドを始めとするファースト・フードで済ませる場合が多いのでしょう。ブラジルでは「バール」と呼ばれる場所が食事を取る最も一般的な場所です。「レストラン」兼「飲み屋」兼「喫茶店」。食事する客も飲み物だけの客も手軽に利用しています。
(写真)どこにでもある「バール」-01
どこにでもある「バール」、散歩をしたり仕事の途中で喉が乾いたり、お腹が空けば立ち寄ります。ビール大瓶が大体100円程度ですが、これは10年以上前と同じ値段です。食事も取れますが、決して軽食ばかりではありません。向いの席の人は山盛りの「タジャリン」を食べていました。もう一人の人はペプシ・コーラの大瓶、鶏肉の煮込み、豆、ご飯という注文でボリューム充分でした。
立っている人は何を飲んでいるのかとよく観察していますと、「ピンガ」を飲んでいました。小さいガラスのコップに注がれたピンガをキュとやるのです。制服姿からしますとどこかのビルのガードマンでしょう。このピンガはさとうきびから作る焼酎でブラジルを代表するお酒です。
パラグアイ、アルゼンチンでは余り一人で食事をしている人は居ません。どこでも昼食は複数で、という感じですが、ここブラジル、サンパウロで見る限りどちらかと言いますと一人で、というケースが多いように思います。
(写真)どこにでもある「バール」-02
洒落た作りにして、女性客を狙うバールもあります。一般のバールはどちらかと言いますと男性客が多いのですが、店の内装をカラフルにし、甘いものなどを置いて女性、アベック向きにしている店も見かけます。
(写真)結構小奇麗にしているバール・女性客が多い
このバールより多少大きめなのが「ランショネッチ」と呼ばれる食堂です。どのような差があるのかはよく分かりませんが、バールはどちらかと言いますと「飲料」、ランショネッチは「食べる」事が主体であるという違いがあるように思います。
(写真)軽食堂・ランショネッチ
サンパウロには勿論マクドナルドを始め、各種のファースト・フードがあります。そして地元のほっとドック店もあります。テーブルを外に二つだけ出して後は立ち食いというような店が多いのです。どの店もそれなりに客が居るのが何とも不思議な気がします。
(写真)地元のファースト・フード
そして今回目についたのは50セント、約30円の格安・ホット・ドック屋台です。あちらこちらにありましたが、どこも「50セント」で横並び、皆立ち食いで気軽に利用しています。
(写真)屋台ホット・ドック屋
喉が乾くと何か飲みたくなりますが、サンパウロでのお勧めは何と言っても「椰子の実・水」ですね。街を歩いているとあちらこちらにあります。なたみたいな大きな包丁で椰子の実を割り、ストローを立ててくれます。椰子の中は空洞になっており、そこにある水を飲むわけです。何とも不思議な味わいのある水で、最初はべっとりとして特に甘くも無く余り美味しいものとは思いませんでした、慣れて来ますと癖になる味です。
(写真)椰子の実・水売り
そして「おやつ」も各種あります。一番目にするのはアイスクリーム、とうもろこし、そして「豆類」です。豆の屋台では各種の豆を小分けにして売っています。多少お腹が空いた時に食べるのにはうってつけと言えるでしょう。
(写真)豆売り
(写真)とうもろこし売り
(写真)各種屋台
繁華街としてのセントロは以前は寂しいものでした。大型のショッピングに客を奪われてセントロは閑散としていました。それが最近セントロに人が戻って来ました。最大の問題である治安回復に努力した事とやはり値段の安さが大きいように思います。ショッピングで買物をする場合、どうしても割高なテナント料が加算されたものになります。
(写真)ショッピング・アーケード
(写真)歩道には露天商で一杯
確かに安い気がします。「7.99」とか「0.90」などという値段表が貼られています。前回来た時と比較しますと、物が豊富になっているように感じます。
(写真)安売り雑貨店
(写真)安売り・衣料店
ブラジルでもう一つ忘れてならない食べ物があります。「果物」亜熱帯から温帯までブラジルでは色々な果物が取れます。南部の雪の降る土地では林檎も栽培されいますが、やはり主力はトロピカル・フルーツです。街の至る場所で売られています。種類も豊富で安く美味しい、まことに結構です。
(写真)屋台果物屋
サンパウロの散策でもう一つの楽しみは路上のお店です。もう様々なものが売られています。小さな針金で作った「自転車」を販売している人がいました。
(写真)路上の玩具売り(パウリスタ・通り)
そして街でよく見かけるのはサッカーのユニフォーム売りです。人気チームのレプリカが所狭しと売られています。これなどお土産に如何でしょうか?
(写真)サッカーのユニフォーム売り
ブラジルで体験して面白いのは「床屋」だと思います。どうも国家試験というのはあるのか無いのか知りませんが、実に個性的な床屋さんが多いように思います。日本ですと余り「痛い」という事は無いのですが、ブラジルの床屋さんは少々乱暴な人が多く、痛い思いをすることがしばしばです。血が出て来る事態になった事もあります。
(写真)床屋
大聖堂の横で同じ様なテーブルでチケットを売っている一角がありました。どうやらカーニバルの入場券の売買を行っているようです。でもどちらかといいますと、強面のお兄さん、余りお客は多くはなさそうでした。
(写真)カーニバルのチケット売買屋