MY BACK GROUND STORY[CAREER]
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宮本直介&田中ヒロシ'S HIP BOP PLAYS LOVE STANDARDS 
CD絶賛発売中!!

      宮本直介  Naosuke Miyamoto  BASS




関西学院大学在学中より若手ベーシストのナンバーワンとして活躍。
1960年にジョージ川口に抜擢され「ビッグフォー・プラスワン」に参加。
渡辺貞夫、松本英彦などと共演。

現在は、自己のクインテット “NAOSUKE'S Hip Bop”や”宮本直介トリオ”で
阪神間のライブハウスに出演中。

1989年にNYブルーノートの日本フランチャイズを東京、大阪、福岡に実現させ、
現在プロデューサーとしても活躍中。

1995年3月阪神大震災後、渡辺貞夫氏を迎えての関学での
チャリティ・ジャズ・セッション開催で、中心的な役割を果たした。

2000年、アルバム「GOTTA GET READY」Vol.1 Vol.2をリリース。

2002年1月には、神戸松方ホールにて、テロにより大きな痛手を受けた
NYジャズ・ミュージシャンを支援するチャリティーコンサートを主幹し、
大きな賛同を受けた。

1999年より4年間、阪神間の中学、高校、大学生ビッグバンドを対象に
“JAZZ FOR KIDS”(関西テレビ主催)を渡辺貞夫と共にプロデュース、
現在も大学生のコンボバンドが大集結する“JAZZ PARTY ”や、
その年、最も活躍した優秀なジャズメンを顕賞する”なにわジャズ大賞”
また、”西宮ジャズ 3 Days””大震災のメモリアルKG、OBによるチャリティージャズ
などを毎年精力的に続けている。
現在関西ジャズ協会副会長。



1973年  初アルバム ”STEP” をスリーブラインドマイス (T.B.M.)よりリリースし続いて同レーベルの名盤となったNEWジョージ 大塚トリオ ”YOU ARE MY SUN SHINE” に参加する。 
1981年  2NDアルバム ”POISONOUS APPLE” をリリース。
競演:藤井貞泰 東原力哉

1984年  関西ジャズシーンの活性とN.Yミュージシャンとの交流 を深めるため、(株)OSAKA JAZZ FAMILY(O.J.F)とスタ ジオ ”パラドックス” を設立。副社長に今は亡き名ドラマー日野元 彦氏を迎える。兄の皓正氏はN.Yから随分力を貸してくれた。
1985〜1986年  N.Yよりミッシェル ヘンドリックス、ヴァネッサ  ルビンを日本に初めて招聘、全国ツアーを行う。
1987年  偉大なるディジー ガレスピーを単身招き、アロージャズ オーケストラや在阪ミュージシャンとの共演コンサートを各地で行 う。
1988年  クラウンレコードのアルバム ”CITY BREEZE” をN.Y でレコーディング、ドラムスにルイス ナッシュ起用する。
1989年  東京南青山にオープンしたブルーノート東京のこけら落 しとしてルイス ナッシュ、ヴァネッサ ルビンを招き ”CITY BRE EZE” 発売記念ライブ行う。
1989年  この頃の初の試みとしてプロミュージシャンのためのハ ービー ハンコックのピアノセミナーをパラドックススタジオで行う。ハ ービーは単身ノーギャラで協力してくれた!!
1990年  ルイス ナッシュ(DRUM)のファーストアルバム ”RHY THM IS MY BUSINESS” をプロデュース。ロン カーター、マ ルグュル ミラーなどの参加でN.Yでレコーディングを行う。
2000年 「GOTTA GET READY」 VOL@ VOLAをリリース
フロントに若き田中洋一(Tp)河村英樹(Ts)
を起用したNAOSUKE WORLD
2005年 HIP BOP PLAYS LOVE STANDARDSをリリース
メンバー: Tp.広瀬未来 Ts.高橋知道  P.木畑晴哉 D.田中ヒロシ
2006年 ジャズライフ50周年記念祝賀会を大阪ブルーノートにて行う。

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