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なリじぃが特に熱中したこと 1
ラジオ少年
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当時ラジオは最も重要な広報手段であり、娯楽でした。
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戦時中は個人が勝手に高性能のラジオを作ったり、外国の放送や短波帯を受信することは、法律で
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固く禁止されていました。戦後、この法律がなくなり、だれでも、自由に聞いたり、作ったり出来る
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ようになりました。その内民間放送が始まり、ますます盛んになりました。
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なりじいは、当時の子供向けのラジオ製作の本にあった、鉱石ラジオを作ったのが始まりでした。近
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所の模型屋でエナメル線や鉱石等の材料を買い工夫して作りました、ハンダ鏝も電気用が無かったの
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で家にあった炭で焼くものを使いました。やっと組み立て10m位の長さのアンテナと水道管に結ん
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だアースを付けてコイルをさんざん調整してやっとNHKの放送が聞こえたときは子供ながら感激し
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その後友達や模型屋さんに聞いて工夫を重ね民間放送も聞こえるようになりました。時には感度が良
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くなると聞いてバケツ程ある太い筒をボール紙で作りコイルを巻いたこともありました。あるとき行
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きつけの模型屋さんから、これを使ってみたらと、渡されたのが今のSONYの前身の、東通工製の
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ゲルマニュウムダイオードとたしかアイワ製のクリスタルーレシーバーでした、早速使ってみて感度
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今までの黄鉄鉱や方鉛鉱を使った鉱石検波器(FOXトンなる商品名)と長時間使っていると耳が痛
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くなる蚊の泣くような小さな音しかでないマグネチックレシーバーとは段違いに性能がよかったので
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民間放送が始まってしばらくしてわが家にも新しいスーパーヘテロダイン式のマジックアイ付きのラ
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ジオが入りました、同時に今までの古いラジオはなりじいの物になりました、毎日あちこちいじって
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いると、VOAやFENなど英語の放送が聞こえます、さらに時々でしたが、たぷん船からだと思い
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さらに改造してなんとか短波放送が受信出来るようにもしました、これが病み付きになって勉強そっ
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ちのけでバラしたり組んだりで毎日を過ごしておりました。
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同じ趣味の友達も大勢出来互いに情報や、部品の交換などもするようになり益々のめりこんでいきま
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このころ、大阪の日本橋や神戸の高架下商店街に旧目本軍やアメリカ軍の通信機や真空管、電気部品
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等を扱うジャンク屋がたくさんあり、安く買うことができました、
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その内受信だけではものたらなくなってきて、旧日本軍の野戦用送受信機等手に入れ友達とこっそり
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交信をしたりもするほどエスカレートしていきました。また、部品を集めて、かなり性能のよい送受信機
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を作ったりもしました。アマチュア無線免許を取り外国の人たちともお話が出来るようになりましたが、
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勉強不足がたたり英語がさっぱりでじゅうぷん話が通じないのが残念でした。
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