はじめに
私は法律に関しては素人です。しかし社会で生きて参りますと法を法の文言のみで理解するのではなくその元にある「法の精神」に基づいて理解し守ろうとするのでなくては、社会の安定は守れないのではないかと考える様になって参ります。
私はMLMという商売の方法そのものが「社会にとって好ましく無い」という立場に立っております(理由については他のレポートをご参照ください)。世の中には、MLMに関して「ねずみ講と同じだ。違法だ。」と発言される方がおられます。この様な発言は、MLMに深く考えも無しに参加される方を減らす効果があり評価はしているのですが、時に「好ましく無い理由を」をきちんと説明することで減らしたいと願う者にとって幾分迷惑に感ずる事があります。なぜなら、実際に法律のどこに抵触するかという解釈を始めると、違法行為を引き起こしやすい個々の行為に様々な規制があるものの、「システムそのものが違法とは言えない」となってしまいます。これは、多少でも経済の法律に触れたことのある者には当たり前の事なのですが、「問題が明白なシステム」は法で禁止しますが、「明白でないもの」は、そのシステムの中に明白表れた「個別の問題行為」を禁止するのが普通です。しかし、世の中には「法はおんぶにだっこの様に守ってくれる」と思われる方があるようで、「違法でない=良い」と勘違いされる方もあります。
マインドコントロールの第一歩は、「既成概念の破壊」だそうです。「MLMは違法」という発言は、時に「既成概念」を作り上げます。そして、MLMに入り込んでいく方の後押しをしてしまうことにもなりかねません。そこで「法の精神」も含めた法律の考え方をまとめて報告したいと思います。
1.商売と法について
様々な掲示板で違法・合法論についての投稿を読ませていただいておりますと、 「@によって禁止されていない。だから良い」という発言に出会います。必ずしも間違った理屈ではないのですが、もともとの法というものの性質をお考え頂きたいと思います。すなわち、人と人が合意の上で物やサービスを金銭あるいは他の物やサービスと交換することは人の自然な営みであり法律が許可したり禁止したりするべきものではないという「精神」があるのです。
しかし実際の法律には様々な禁止や規制があります。このような法の禁止や規制は3種類に分けられると考えます。
(1)取り引きされる物あるいはサービスが社会にとって有害であるものの禁止。
取り引きされる物が麻薬取引であったり、サービスが恐喝や殺人の請負であったりするものは、商売の禁止というよりも「物やサービスそのもの」が法律の禁止・規制の対象となります。これは「商売」を禁止しているのではなく、社会に有害な「物やサービス」を禁止しているのです。
(2)商売で無いものを商売と偽る事の禁止。
単純に言えば詐欺の禁止です。商売とは基本的に「両者が何らかの利益を受ける事を前提として交換を行う営みである」と言えます。従って「明白に利益を受けない者が生ずる取引」を商売と称することは詐欺となり、禁止されます。例えば、MLMと紛らわしく良く話題となる
「ねずみ講」は「無限連鎖講の防止に関する法律」で禁止されおります。これはこの法律の第一条にもあるように「破綻する事が明白」であることから「明白に利益を受け無い者」が生ずる取引です。これを商売と偽ることは詐欺ですし、商売と称さなくとも「賭博」となります。そのため禁止されているのです。
(3)取引合意形成が満足になされるための規制
どのような契約であれ、「両者が合意の上で交換をしている」ので有れば、それは商売であり、法がとやかく言う筋合いのものではありません。しかし、合意が正しく形成されていないと「紛争の元」となります。
普通の商売方法の契約であっても合意が「錯誤に基づいて」いた場合は紛争となりますが、特別な規制を用意する事は無く済んでいます。しかし、「訪問販売等に関する法律」によって規制されている「訪問販売」「通信販売」「電話勧誘販売」「連鎖販売取引」などには、このような普通の商売のやり方と異なる部分があり、ある時期(昭和40年から50年代)に「錯誤に基づいた合意形成」「合意形成のない取引」が頻発し、社会問題となったために、法律を整備しなくてはならなく成ったのです。もともと法律の精神として「商売を許可したり禁止したりすることは原則として行う気はない」と言うことをご理解頂きたいと思います。法律が禁止も許可もする気の無い「商売」の中で「合意形成について正しく行われない危険性」を持つシステムには、その中で「合意形成」をゆがめそうな、個々の行為に規制をかけているのです。その規制は、「合意形成」が商売から逸脱しない様に、そして「合意形成」が商売から逸脱した場合に回復がなされるようにかけられているものであることをご理解ください。それでは用語に関する説明も含めて法の制定時にどのような社会問題が存在したのかを述べてみます。
2.法制定時の社会問題と法律規制
「連鎖販売取引」について述べる前に「訪問販売」について述べておく方が理解しやすいのでは無いかと思います。
「押し売り」と「訪問販売」
まず「押し売り」と言うのをご存じでしょうか?マンガ的なイメージですが、玄関先に腰掛けた頬に傷ある男性がゴムヒモや歯ブラシを並べて「先週刑務所から出てきました」と言ってる姿が浮かんできます。このような恐喝販売の他にも「泣き落とし」などもあった様です。これを、理屈で言うのなら「取引に関する合意が正しく形成されてい無いない」と言います。購入者がゴムヒモや歯ブラシが必ずしも欲しいと思っている訳では無い所に「不意打ち的に取引をもちかけ」ていますし、さらに「この商品が欲しい」という意識を喚起されたのかそれとも「怖いから早く出ていって欲しい」という意識によって取引を合意したのか分からないでしょう。「押し売り」というシステムを法律の用語で完全に定義する事ができるなら、定義して禁止するのですが、押し売りのシステムも多様であり、厳密に定義することは難しいのです。結局、「訪問販売」という大枠で括ったわけです。「訪問販売」そのものも「不意打ち的取引」として問題はありますが、もともと「まとも」に行商で生活されている人もいるように、大枠全体を禁止する事は「経済のダイナミズム」を損ねる可能性がありますので、大枠の中の「押し売り」という行為を排除するための「不実告知」や「威迫」という禁止行為を掲げて規制する事になります。つまり「押し売り」はその時の社会問題となった行為を表す用語であり、法律的には「訪問販売等に関する法律」の中の「訪問販売」に関する禁止行為(5条の2)違反として「不実告知」や「威迫」行為を禁じたわけです。
「マルチ(まがい)商法」と「連鎖販売取引」
それでは、「連鎖販売取引」の規制が生じた社会問題とは何でしょう。それは「マルチ商法」です。「マルチ商法」はマルチレベルマーケティングプラン(MLM)から出てきた用語であり、法律用語でもありませんので厳密な定義が有るわけではありません。現在、皆さんが「マルチ商法」と呼ばれているものとその当時に法律による規制の元と成った社会問題の「マルチ商法」とは幾分異なっているようですが、掲示板などで、「これは『マルチ商法』で、違法ではありません」などという発言を読むと、私などは違和感を感じます。もちろん厳密な定義の無い用語ですから勝手な定義で述べられても間違いでは無いのですが、
何も法規制の元になった社会問題の名称を定義を変えて使う事も無いのにと思ってしまいます。その当時の「マルチ商法」には「無限連鎖講(いわゆる『ねずみ講』)」との関係が強く出ています。「ねずみ講」の法規制は昭和53年と「訪問販売等に関する法律」(昭和51年)より後になるのですが、「ねずみ講」は破綻が見えやすい事から、商品を介在させながら、商品価値よりも再販売委託契約の契約金を「ねずみ講」の参加料の様に利用したシステムなども存在しましたし、商品の再販売利益に重点を置いた様なシステムであっても、ねずみ講的な運用が可能なもの
もあり社会問題化したのです。こういったマルチ商法の規制においても、大枠禁止は「経済のダイナミズムへの被害をもたらす」という配慮が働きます。「連鎖販売取引」が「ねずみ講」へ近づく事を規制によって排除しようとした部分が顕著に表れているのが「特定負担」の負担額により「連鎖販売取引」を定義した(11条)部分です。考え方としては、商品を介在させない「ねずみ講」は商売とは言えないので別法で禁止。商品があっても参加の負担額が大きいシステムは「グレーゾーン」として行政の監視下に置いたのです。また、ねずみ講への接近以外にも、「商品が届かない(債務不履行)」「商品仕様や利益・システムなどが説明と異なる(不実告知、事実不告知)」「しつこいあるいは威圧的な勧誘や脱会への妨害(威迫)」なども「素人商法」「押し売り」などとして社会問題となっていましたので、禁止行為(12条)や行政の指示発動要件(15条)として規制にもりこまれました。つまり(すくなくともその当時の)「マルチ商法」は、「ねずみ講」に近い(あるいは近い運用ができる)MLMという社会問題や「素人商法」「押し売り」という社会問題を表現したものです。法律的には「連鎖販売取引」における「不実告知」「威迫」「事実不告知」などの禁止行為違反や「債務不履行・遅延」「利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断の提供」「迷惑勧誘」などの行政による指示発動の要件として規制した訳です。もうひとつ「マルチまがい商法」というのがあります。この用語は、山岡氏によるアムウェイ批判の著書で使われたのが最初ではないかと思います。「マルチ商法」が「ねずみ講に近い連鎖販売取引」というイメージのある社会状態において、特定負担の金額を低くするなどにより法の定義する「連鎖販売取引」の要件を満たさない(しかし訪問販売の要件は満たす)システムを「マルチ商法」とは呼びにくいので「マルチまがい商法」と呼んだのだと思います。この著書の表現については長い間法廷で争われて来ましたが、最近判決が出ています。この用語も現在、様々な使われ方がされていますが厳密な定義が有るわけではありません。
3.法規制と社会問題の関係
我々はたいていの場合、左右の足を交互に前に出して歩いていますが、法律の何処を読んでも「歩くときは左右の足を交互に前に出しなさい」とは書いてありません。もし書いてあったとしたら、さぞ窮屈な社会でしょう。商売のやり方に関しても同じです。きちんと合意形成のできた「取引」なら、どの様なやり方であっても紛争はありません。法が無くとも「紛争」が無い状態では法規制はなされませんし、させるべきではありません。 上で述べた様に「訪問販売等に関する法律」は、社会問題が発生したことによって規制が生じたものです。そして、その規制も、商売のやり方(システム)を対象としたものではありません。システムに言及するのは「どういうやり方を『連鎖販売取引』というか」という定義が主です。規制は主として参加者個々が行う行為に対してなされています。商売のやり方そのものには「良いも悪いも言わない」が、そのやり方の中で問題を起こす個々の行為そのものは規制するという事です。改めて言うと法は、MLMというシステムそのものには良いとも悪いとも言ってはいませんが、MLMに参加される方の個々の行為は規制の下にあります。どうも、法制定時の考え方を見ると「連鎖販売取引に関して、禁止・規制行為が出来なくなれば、MLMのうまみが無くなり、自然消滅する。」 と考えられていた節があります。法制定からずいぶん時間がたちますが、自然消滅はしていませんね。この事実をMLMに何らかの価値があり「法の厳しい規制を順守しながら存続した」のか、「法の目をくぐって禁止行為を行う事によって存続した」のかの判断は、この文章をお読みの方それぞれが、様々な情報を検討されて判断されるべきでしょう。私の考えを言うのなら、遵守しながら存続したにしては、報告される違反事例が多すぎ、また、法規制の隙間を突くことを目的としたような契約条件を持ったシステムが多すぎると思っています。
4.法規制の目指したもの
現実には、禁止行為等が口頭で行われる場合が多く「禁止行為違反を証拠で証明」する事は困難な場合が多いです。これは、良く指摘される事柄ですが、法の制定時から予想はされていたようです。しかし、「証拠主義」というのは「法運用の基本」ですから崩すことはできません。そこで、法の中心は「正しい情報に基づいた合意形成かどうかをチェックできるようにすること」と「合意形成が正しくなかったと気づいた場合の取引契約破棄を可能にすること」におかれているように見えます。これが書面交付とクーリングオフです。書面による説明を義務づける事には大きな意味があります。書面上での「不実告知」などは法的証拠となりますので、書面では嘘が付きにくい事になります。口頭説明と書面説明に違いがないかを良く見極めて、「こんな話なら契約すべきで無かった」のであれば、一定期間内であれば契約撤回ができるという法の制定には、消費者を「おんぶにだっこ」するのでは無く、消費者の良識に基づいて社会問題を減らそうとする「精神」を感じます。その精神の様に全ての消費者が行動していただいているかどうかは疑問ですが・・・。余談ですが、実際にかなりの件数「クーリングオフ」は機能していますが、資格商法などの被害をみると交付書面を良く読まずに、口頭で時間かせきされてクーリングオフ期間を過ごしてしまわれる方などもおられます。法は、手取り足取り人を守ってはくれないものなのです、法を利用して我が身を守って欲しいと思います。考えていただきたいのは「不実告知」「威迫」などの行為は店舗販売でも起こり得ると言うことです。なぜ店舗販売にはクーリングオフが無いのでしょうか? ここに「不意打ちの前提」というものが存在します。つまり、普通の店舗販売では、客の方が「買おう」とか「買うかも知れないから見よう」とか自発的に取引の可能性に入り込むのです。だから交渉に入る前に周りの噂とかで前知識を仕入れて、悪い店にはいかないとか、覚悟して入るとかもできるので「不意打ちじゃ無い」と考える訳です。だから「不実告知」「威迫」などの頻発する店舗販売は自然に客足が遠のき、社会問題化する前に消えていくと考えるわけです。掲示板などで話題になる言葉に「自己責任」というのがあります。法、特に経済に関する法というのは基本的に「自己責任」を求めます。本来なら、税金に関する法以外は、「自己責任」に任せてしまいたいのではないかとさへ見えます。にもかかわらず法が出来たということの意味の重さを考えて頂きたいと思います。 自己責任で処理しにくい様な状況が生じ、社会問題が生ずる時に法が発生せざるを得なくなるのではありませんか?「訪問販売」「電話勧誘販売」「連鎖販売」などは「不意打ち」的要素を持っており、消費者の準備や覚悟ができず「自己責任」の範囲を超えたことで社会問題が生じたと判断されたからこそ、法規制が行われたと考えざるを得ないのです。さらに「連鎖販売」については「素人商法」の問題もあります。通常の店舗販売の場合には、かなりの資金が必要です。あくまで一般論ですが、それなりの資金を投入する場合には、人は慎重になり、商取引に関して「法律」「慣行」などを「自己責任」で学習をされると考えます。MLMは軽い負担による「商取引の勧誘者」を生み出します。連鎖販売は訪問販売や電話勧誘販売より長いクーリングオフ期間となっている事の意味を、それが「自己責任」にまかせたいはずの経済に関する法律の中に生じた事を良くお考え頂きたいと思います。
5.法への寄りかかりについて
訪問販売等で契約した場合には購入者にとって契約撤回ができるという法律を作ったのですが、法律としてはどうしても濫用を気にしなければなりません。例えば自動車のセールスなどで契約を購入者宅や勤務先などの営業所以外で取り交わす事はある訳です。また商売人同士の取引では売り手の方が買い手に会社に出向いて契約することの方が多いですね。ある商人に悪意を持つ人(会社)が「家(会社)まで契約書を持ってこい」と言って家で契約したあげくに、「訪問して販売しただろ」とクーリングオフをされたら、まともな商売の方が困ってしまいます。そこで色々と(適用除外)を付けることになります(第10条)。(適用除外)はいろいろとありますが上で述べたような、「営業のための契約」「請求による訪問」「通例である訪問」などが除外として載ってくる訳です。ここから悲しい事にイタチごっこの様な事が始まります。今度はまともな商売で無い方がその部分を利用しようとします。「とにかく営業所に引っ張り込めば訪問とはならない」というキャッチセールスや「なんとか購入者に資料請求させる」電話勧誘とか出て来るわけです。そうすると施行令とかで対応できる部分は対応し、対応できなくなると法律の改正をするわけです。実際「キャッチセールス」がらみは昭和63年に、電話勧誘がらみは平成8年に改正されています。平成10年にも電子取引に関する部分が通信販売の一部として追加されています。「連鎖販売」においても「再販売」以外の「受託販売」や「販売のあっせん」など、様々に法の定義枠を広げるなくてはならなくなったのです。また、法の解釈に関する行政通達なども沢山出ているのです。例えば、「時間差のある特定負担」への通達などです。法律はあくまで文章であり「抜け道」を探る形の動きに全て対応しようとすれば、細かく細かく規定や解釈を増やして行かなくてはならなくなります。私たちは「消費者」という言葉を良く口にします。しかしその「消費者」が物やサービスを購入するお金のほとんどは、本人あるいは家族が「まっとうな仕事」で稼いだものです。だからこそ法ができる際に気を付ける事として 「まっとうな仕事が法よってやりにくくなる事を避ける」ことです。しかし、抜け道探しと規制のイタチごっこが進めば、いつかはそこに行き当たってしまいます。近年、「企業倫理」と言うことが言われます。「法の抜け道」を捜した様なシステムの構築そのものが「企業倫理」に反しているのではないでしょうか?日本で宅配便を最初に始めた企業は、行政の「既得権益」と正面から戦われましたし、消費者はその戦いを支持したからこそ、宅配便は生まれ消費者は利益を受けています。法律や行政に対する批判は「大いにやるべき」でしょう。しかし、そのような批判を「抜け道探し」の言い訳に使うことからは「悪しき未来」しか生じないのではありませんか?「消費者の正しい目」とは何でしょうか? 私はMLMを好ましく無いと考えていますが、この文章をお読みの方の中で、MLMをお始めに成りたい方を止める力はありません。お願いしたいのは、せめて 「法の抜け道を捜している」ようなシステムを持った会社は選ばないで頂きたいのです。 その企業の姿勢そのものが「既に社会的な倫理感に欠けている」ことぐらいは「正しい目」で見ていただきたいのです。
おわりに
最初に述べましたように、私は法律には素人です。しかし仕事で多少法律も読みますし、専門の方に教えて頂くこともあります。しかし完全に教えて頂くことはなかなかできません。ただ「どういう状況下で法律が出来たか」ということを教えて頂くと、その法の文言一つ一つの意味が見えてきて、理解が進むと言うことを経験します。
この文章は、けっして専門家でも何でもない人間が、色々と情報を集めて、「お役に立てば幸い」と書いたものです。間違いもあるでしょう。間違いに気づかれた方は掲示板ででも、お教え下さい。調査して改めます。
拙い文をお読みいただいたことに感謝致します。 「ものつくり屋」