教員様の目安箱  NO12


[39] いやだけど愚痴っても仕方ない 投稿者:さくら 投稿日:2003/04/23(Wed) 23:13
 日教組は決して助け合いの集団ではありません。若い皆さん、騙されないように!「助けて助けて」の集団です。つまり、助けては欲しいが自分が人を助けるのは面倒くさい。腐ってます。50代の人が手本を見せてくれません。やる気が無く使い物にならない年寄りを、若い一部の人間が必死になって助けようと頑張っています。その一部の若い人がよく投げ出したくならないものだと、感心しています。
 若い世代のやり方が全て正しいとは思いません。でも今の時代に適応しようとする努力をしない人間は、資本主義社会においては淘汰されるべきではないでしょうか。なにも50代の人にパソコンをしろ、英語を教えろなんて言うつもりはありません。生徒指導や学級経営、子どもの躾、保護者との付き合い方など・・・ベテランならではの普遍的テクニックがあるはず・・・それさえも新採の人以下のことしかできない人が蔓延するこの教員という世界・・・。そんな人たちを弁護し、救おうとする日教組。そしてそれに甘えてますますその日暮らしをするロクデナシたち。
 恐るべきことに、そんなロクデナシたちが管理職や行政職になっています。こうなったら若い世代がこの世界を動かすしかありませんよ!群れて束になれば日教組と同じ過ちを犯してしまいますから、一人一人が仕事に誇りとロマンを持って頑張っていきましょう!やりがいは子どもたちの笑顔です。それさえあれば何もいらないではないですか!


[38] ああ、もういやだ 投稿者:さくら 投稿日:2003/04/23(Wed) 22:56
日教組はダメです。自己矛盾に陥っています。職員の自主性主体性を信じ、お互いに助け合って・・・ばかばかしい。それに一番ほど遠いのが日教組。教研集会はあほの集会。所詮教員なんてたいして頭も良くないし、思想を垂れるほど知的能力があるとも思えない。なのに!集まっている連中はさも自分が哲学者であるかのようにふんぞり返ってまくしたてる。中身は中学生レベル。反抗期の中学生が言いそうなレベル。議論するのもばかばかしくなるほど中身が薄っぺら。ま、行政主催の研修もたいしたことないけど、日教組よりはまだまし。だって、とりあえず目の前にいる子どもたちをどうするかという議論をしている分、現実から目をそむけていないから。日教組をありがたがっている人間にまともな奴はいない。あきらめきっている窓際族か、カルト野郎かどちらか・・・。日教組内のまともな教員は必ず活動に疑問を持っている(私の知っている範囲は)。
自由だ民主主義だ平和だと・・・いい言葉です。気持ちのいい言葉です。でも騙されてはいけません。正反対の道を歩んでいるのが日教組です。建前はあるが、日教組には言論・思想の自由は無く、独裁者がはびこり、具体策を考えようともしない無責任な戦争反対が蔓延しています。まずありえませんが、もし日教組またはその支持政党が政権を握ったら、思想弾圧と恐怖政治、そして外国の侵略がもれなく付いてくるでしょう。


[37] ちょっとストレス発散させて! 投稿者:ぼう 投稿日:2003/04/21(Mon) 22:26
私の学校の一部職員・・・。君達はなんなんだ!
いつもこそこそこそこそ小声で密談・・・!
新しい先生が着任すると、壁際に集まりこそこそ・・・。
会議の後は何を話してるのか、物品庫や保健室に鍵をかけこそこそ・・・。
ふんぬーー!言いたい事があるならはっきり言え!
あなた達の行動はおかしいよ。わかってんの?!
日の君の時になるとよくわかんない理屈ばかりならべおって!
えらそうな口をたたく前に学級経営ちゃんとしろよ―!
頑張れよ――!やる気出せよ――!
意見や思想を持つのはいい。でも、そのための行動をしようよ!
変な知識ばかり持たずに、頑張ってみようよ―!
ぶつぶつ言ってる君達と働いているのは苦痛だ!
特に事務職員!君は信用ならない・・・。
みんなにいい顔をしているようだが、影での君の行動は恐怖だ!
君の正体はばれているぞ。
物品を自分の机の中に隠すのやめろ!鍵までかけて・・・。
足りないものがあれば言ってくださいっていうけど、君には言いずらい上に、ほとんど学校にいないじゃないか!組合の会議って・・・
電話代の節約と言うが、君の組合関係の電話が一番多いのでは?
職員室に寄るといつも電話しているのはなんなんだ?
ふーーー、ちょっとすっきり!
いつか本人に言ってやる・・・。


[36] 給料 投稿者:koukun 投稿日:2003/04/19(Sat) 22:08
安い安いと聞いていたけど嘘パチなんですねェ。県立高校の担任だった先生とパチ屋で偶然会ったけど家建ててパチンコで4万すって余裕でしたわ


[35] Re[34]: 人事はどうなっているの!? 投稿者:職員兼大学生 投稿日:2003/04/19(Sat) 03:15
はじめまして。
 私は、5月から地元の小規模校で、緊急雇用対策の非常勤嘱託員として勤務します。それまで2年間は実習助手を、それ以前はシステムエンジニアを8年ほどやってました。
 私の場合、表向きには「任用期間切れ」ということになっていますが、無免許の私は免許取得のため大学にも在籍しており、「学業優先」が本当の理由です。
 生徒から見れば、教員に上下の区別はなく、仕事で金銭を受けている以上「プロ」です。
 管理職にしてみれば「親心」なのかもしれませんが、差別的な印象が非常に強いですね。私は、この世界で時折見られる、殿様が家来を「取り立てる」ような姿勢は大嫌いですが、結局臨時である以上は「使い捨て」感覚で対応されてしまうのが現実です。
 私も過去、「実習助手に免許はいらない。辞めてから取れ。」と言われたことがあり、教育に永く関わる者の言葉とは思えないものが多かったですね。
 これは個人的な意見ですが、もし「教えることが大好き」なら、そういう言葉に惑わされず、生徒が興味を持って授業に臨んでくれるような教師を目指されればよいのだと思います。職務上のルールはいろいろありますが、我々の仕事はあくまで「生徒のため」ですから。熱意を持って生徒に当たれば、生徒も必ずあなたのことを分かってくれるし、その評判は保護者を通じて必ず地域に認知してもらえるはず。仮に継続が無かったとしても、それはその学校とは縁が無かったということで、とにかく「自分が正しいと信じる道」を進みましょう。現場の先生方も、必ず助けになります。
 長文になりましたが、私も1年後は必ず免許を取り、皆さん方の後に続くことが出来るよう努力します。がんばりましょー!


[34] 人事はどうなっているの!? 投稿者:万年講師 投稿日:2003/04/13(Sun) 11:33
4月から小規模校で期限付き講師をしています。今のご時世私の市では期限付きはたったの7名しかいません。ほとんどが非常勤講師です。昨年度は、校長先生自ら「どうしても来て欲しい。」とのことでほかの仕事を断って緊急雇用という不安定な職につきました。
今年は校長先生の配慮もあって期限付き講師にしていただいたのだと思い感謝していました。しかし、4月に言われたことは「来年はもうこの学校には仕事はないから次こそは正規の男の先生を入れる約束だからね。」とのことそれに続け「期限付き講師は実績を作らないと二度となれないよ。正規だったらやめさせられることはないけど講師は正規以上に仕事をしたり研修を積んでいかなければ次はないよ。ほかの学校の講師の先生は土・日もでできているぐらい頑張っているんだよ。君もそのくらいやってもらわないとね。」
非常にこの言葉で腹が立ってしまいました。講師といえども親や子どもたちから見れば同じ教師であるのだから教えるプロとして取り組んでいかなければいけないと思っています。土・日出勤にしても自分は家でほとんど寝ないで毎日、仕事をしています。やはり、講師は見たことやある一部も意見だけで評価されるのでしょうか?
4月から新たに頑張ろうと思ったわたしは何かとてもさみしくなりました。私が甘いのでしょうか?


[33] パソコンソフト 投稿者:事務職員A 投稿日:2003/04/11(Fri) 07:10
一言苦言申し上げます。
学校の予算で買ったソフトウェアはあなた達個人のものではありません。個人的に使いたいのであれば、自分のお金で買って
ください。真っ先に自分のパソコンにインストールしているじゃありませんか。おまけにコピーまでして。
あまりに目の余る行為をするなら、著作権協会に通報しますよ。生徒達にコンピューターを教えるのだから、自分たちも
モラルを守ったらどうですか。


[50] 質問です。 投稿者:非常勤講師 投稿日:2003/05/01(Thu) 13:57
初めて書き込みします。ちょっと質問です。私は、今年の4月から県立高校で非常勤をはじめました。私は組合とか、そういうことに疎くて、何も思わずに公式文書に「平成」で年を書いたんですけど、まわりをみたらみんな空欄で提出!それから、大学時代の研究テーマ(某社会主義国のアイデンティティ形成・・・でも社会主義には批判的な口調だったかも・・・事実批判的)を話したりしました。教頭と笑顔で話したりもした。そんなことがあってから、2週間をすぎるころになると、なんだかほかの教員の感じが悪くなってきた・・・?学校とは関係のない人に聞くと、組合の人たちのいじめが始まっているのでは・・・みたいな。そんなもんなんですか?1ヶ月にして、もう職員室や教科の準備室がとっても苦痛。はっきり言ってくれればまだしも・・・。あー、しんどい。先生なるの、やめよっかなぁ。なんでこんなややこしいの?だれか教えてください。私がしたことって嫌われることですか?

[49] 私からも「さひちさんへ」 投稿者:ただの公務員 投稿日:2003/05/01(Thu) 01:38
「どんな職業、職場、地域にも高圧的な人も、他人批判する人はいる。」その通りです。人格欠如な人は捜せばどこにもいる、ということは私も思います。

しかし教員世界の傾向は、こういった範疇を明らかに超えています。この感想は「このような場(インターネットの掲示板)」の感想ではなく、私自身の今までの経験からです。

教員世界の大きな特徴は、子供相手に(誤解を恐れず書きますが)権力者として振舞い続ける結果、こうした自分の傾向や行動を考える機会に恵まれないことです。

例えば私の勤めていた教育委員会に頭がちょっと変ではないか?と思える位の女性指導主事がおりました。M教師としているのでなく、事実彼女は教頭先生として現在勤めております。もし大人相手の仕事をし続ける毎日を送れば、少なくとも対人対応は幾分でも矯正されたでしょう。あれでは誰が相手でも不愉快ですから。しかし彼女は教育委員会でも適応指導教室担当。登校拒否の子供相手に子供同様の屁理屈をこね回せばよいのです。子供は立場が弱く、彼女の顔色を見るしかありません。彼女の特異な性格が、ますます激しくなりました。

特殊な例をあげなくても、ちひろさんの周りには教員はいませんか?私は、教員自身はもちろん、ご両親が教員だった方も話せば見分けがつきます。特徴的ですから。教員は見た感じだけでもわかったりします。

誤解されると困るのですが、私は教員性格そのものを批判しているわけではありません(嫌いではあります)。営業マンや販売員の「外向きの笑顔が上手」は「嘘つき」、経理マンの「細かい数字にうるさい」は「みみっちい」、公務員の「手続きにうるさい」は「本質はおざなり」と暗に言っているわけです。

しかし教員の場合、永年教員をすることで得られる特性が、「教員」という仕事に対してマイナスに働くことが、ほかの仕事とは違うように思えるのです。

感情を偽る嘘つき、数字の末尾にこだわるみみっちいさ、内容はどうあれロボットのように手続きどうりにやる応用性の無さ。欠点には欠点ですが、その仕事にとって、必ずしもマイナスとは限らないと私は思います。

しかし教員の精神の子供差加減は明らかに児童・生徒にとってマイナスです。なぜなら「教員」という仕事に求められる人間性は「大人であること」が最低条件と私には思えますから。

学校という閉鎖空間内では子供と教員の立場は実質的に差異があります。そうした人間関係の中で、教員側に大人としての判断能力の意全く欠如している。これは私には極めて危険な実情と思われてならないのです。

広島県でしたか?民間からの校長先生が自殺なさいましたよね。原因は当然、教員間のいじめでしょ?気に入らない管理職。一致団結していじめぬいてやろう。
私自身の小中学校時代の教員の言動、大学時代の教員志望連中の言動。教育委員会での教員様方の言動。新聞を読みながら容易に想像できました。さすが教員集団。

一般の「愚痴」「いじめ」との大きな違いはここからです。普通は恐れ、慄き、反省するでしょう。しかし教員は自らを欺く屁理屈をまくし立てます。子供を黙らせるように。これが職業習慣です。決して自らは悪くないとしてしまうのです。

実は私は異動を希望し続けて現在は福祉部署におります。看護婦さんや保健婦さん(今は「看護師」「保健師」です)がおります。確かに彼女達は偉いです。頑張っています。困ったお年寄りの家に訪問に行ってます。

そこでの困ったチャン。やっぱり「元教員」がいます。どこでも「元教員」は・・・本当に困り者です。私が思うに、この人達の相手は子供でないと勤まらない、子供だから相手が勤まる。と言うと誰もが頷きます。

さひちさんは主婦ですよね?では、教員にかかわる機会は我が子を人質に出す時ですね。ぜひ、神経を使って教員に気に入られるように頑張ってください。相手は権力を持った餓鬼です。敵にまわすわけにはいかないのです。残念ながらそれが現状なのです。

そして教員様は頑張らないでください。皆さんの「頑張り」は人を不幸にします。「愚痴」は言ってかまいません。「愚痴」と自覚できていれば。


[48] さひちさんへ 追伸 投稿者:さくら 投稿日:2003/05/01(Thu) 00:12
 マイナス名話ばかりですみません。情熱を持って頑張っている教員もいっぱいますよ!警察の不祥事があったって、世間の多くの警察官は日本社会の治安維持ために日夜頑張っています。教員だって同じです。が、慢性的な惰性感が漂っているのは事実。それは子ども相手というこの職業の宿命なのでしょう。他の職場のようにはいかないでしょうね。職業の特殊性を考慮してなお世間の理解を得られるように、われわれは自粛しないとならないですね。

[47] さひちさんへ 投稿者:さくら 投稿日:2003/04/30(Wed) 23:53
 そうかもしれませんが、危険人物が思ったより多くいるのは事実です。だまされやすいんでしょう。きれいな言葉に・・・。うさんくさい宗教にはまっている人、自分だけが正しいと言い張る人(議論の余地無し)、がちがちの共産主義者・・・。職務上、弱い立場の人間に情が移り、助けたくなるのでしょう。が!教員の職務は「国民」を育てることです。国家を背負って立つ国民をです。無責任な個人主義者を育てることではないと思います。どうにもならない事例を目の当たりにしたとき、冷静に考え、涙をこらえて多数派に合わせることも必要です。弱い立場の人1人を救うために残りの多くの人が犠牲になり、助けることを「強制する」のが悪名高き日教組の行動原理なのです。平等でしょうか?私は違うと思います。人間には宿命があります。その宿命は自分自身の問題であって、他人には何の関係もありません。他人に責任をかぶせたり人のせいにしたりは大人として恥ずべき態度だと思います。自己責任の下、自分の宿命に果敢に立ち向かう、そして国家にそのチャンスを平等に与えるシステムがあること、それが平等な社会と言うものではないでしょうか?
何かと言うと非行に走っている子、障害のある子、学力の低い子、学校に馴染めない子を救うために我々は何をすべきかという議論に走ってしまい、そうでない「普通の子」をどうするかが置き去りにされています。平等な学校社会とは様々な宿命を背負っている全ての子に平等にチャンスを与え、努力した点を賞賛する学校でしょう。全ての子を救うことは学校のシステムでは出来ません。努力は出来ても完全なサポートは出来ません。資本主義社会の限界です。資本主義社会の限界であるなら、それは人間の営みの限界ともいえると思います。弱い立場の人を救って行こうと訴えることはできても、強制することはできません。助けてくれなかったって、相手を恨むことは筋違いで、それは単なる甘えです。社会は厳しいのです。
賢い常識のある保護者はその点を分かっています。ですから教員への批判はしても、むやみに学校システムへの批判はしません。ずるがしこい自己中心的な親が「人権」を盾に無茶苦茶なことを言ってきます。そしてそれに迎合して人気を取ろうとする教員が存在します。自分がよく思われたいために無責任にシステムのせいにする教員。周りは迷惑です。その先陣を切っている日教組。教員は神様ではない。学校は天国ではない。天国には永久になれない。そんな当たり前のことを今一度教員自身が自覚すべきです。結果の平等を保障しようとするシステムは必ず破綻し、組織社会を壊滅させます。だって人間は怠ける動物なのですから・・・。
 ひどい学校は独裁政権国家のようなところもあるそうですよ。幸い私の職場、周辺校はそこまでひどくはなく、過激な人権派、フェミニスト、怠け病の教員は白い目で見られています。人間の能力は様々なのですから、すべてが100%にはならないと思いますが、その努力の姿勢だけは忘れないように・・・。愚痴っても翌日気を取り直して頑張ればそれでよいのですけどねえ・・・ここで批判されている「教員」はその努力を放棄している人たちなのでしょう。

[46] どこの職場でも・・・。 投稿者:さひち 投稿日:2003/04/30(Wed) 22:26
教員だけが人格欠如なのでしょうか・・・。教員は高圧的かなぁ。他人批判ばかり?愚痴なのでは?どんな職業でも愚痴ってあるのでは?どんな職業でも不満や愚痴は出てきます。このような場だから心の中の毒を吐き出しているのでは?どんな職業、職場、地域でも高圧的な人はいますし、他人批判をする人がいます。教員ばかりではないと思います。それとも教員にはそのように思われる方が多いのでしょうか・・・。このような場だから多く感じるのではと思います。読んでいるとう〜んと考えてしまいました。頑張っている先生が多いことを祈ります。主婦の私は先生と看護師は大変な仕事だなぁといつも思います。先生頑張れ!
[43] 教員様は非常勤がいいですよ。 投稿者:ただの公務員 投稿日:2003/04/29(Tue) 14:50
ここは実は「教員様」がいっぱいなのですね。

私の感覚だと「日教組」かどうかと関係なく、およそ教員、特に自称「熱心な教員」はみんな問題です。高圧的で高飛車で自己中心的。謙虚さに欠けて人間性が子供。しかも常に自分は棚に上げて具体的解決より他人批判にのみ奔走する。というのはきっと教員の職業柄なんでしょう。

「職業柄」は程度の差があっても、どの職業にもあるものだと思います。営業マンや販売員なら外向きの笑顔が上手で、経理マンなら細かい数字にうるさく、公務員(事務職)なら手続きにこだわる?

でも教員様という仕事の大きな特徴は、長年の職業生活で得られる人間性が全くマイナスにしか働かないことです。私の知ってる「教員」を考えると「熱心」「優秀」などと言われている先生方は、まあ、職業柄に染まってます。組合な先生方も、ある意味「熱心」なのではありませんか?

そう考えると「きちっと勉強を教える」という第一義的に学校に要求されるべき仕事が最もこなせる人は、実は先生になって数年までの人と思います。「数年」を超えて情熱を持ち付けられる人は・・・例外です。そのような方とは個別に契約を更新すればいい。原則は数年(1年でもいい)で終わりです。

反論として「勉強を教える」事が教員の主な仕事ではないと言われると思います。では「人間性」でも教えます?教員様が?社会一般ができないことは、まして教員には不可能です。だって教員様は、もっとも人格が欠如している人達ですから。

こうやって考えると、今の予備校や学習塾に近い形に学校もなっていうけばと思います。確かにベストではないかもしれません。しかしベターです。教員様が永年教壇に立つことで多大な苦痛と損害を社会に蔓延させる事がいくらかでも防げます。

このような考えを、皆様はどのようにお考えになりますか?



[62] ただの公務員さんへ 投稿者:さひち 投稿日:2003/05/06(Tue) 19:33
なんと返事を返せばよいのかわからなくなっていました・・・。私は教員の方々にだまされているのでしょうか・・・?そんなことを考えていました。私は先生に気に入られようとなど思っていません。子どもたちに自分のできる範囲、ことによってはそれ以上のことをしてやりたいと思っていますし、一日の半分以上を子どもたちと一緒に生活している先生の意見もきいていきたいと思っています。私は教員の中の実状はあまり知りませんが、保護者の方と話しているといろいろな嫌な噂は入ってきます。しかし、実際にその噂されている先生と接点を持ったことはありませんし、本当のところはよくわかりません。子どもを預け、教育の一端を担っていただく先生ですから(家庭での教育は大切だと思っています)、先入観を持たずに先生と付き合い、考え、行動していきたいと思います。先生の行動、言動は子どもたちや、他の保護者の方々から耳に入ってきます。先生様様なわけではありませんから・・・。そんなこともふまえつつ考え、行動しているつもりです。私は専業主婦ではありません。仕事をしていて思うのは、人間関係はとても難しいです。まぁ、当たり前なのですけど・・・。いろいろな人がいます。くそ〜っと思う人も大勢います。この職場はそんな奴が多すぎるとも思ったことも何度もあります。ひどい噂もたくさんあります。しかし、実際に話してみるとそうでもなかったりします。尊敬できる人もいます。教員の世界もそうなのではないでしょうか・・・。
教員の資質という言葉をよく耳にしますが、教員の資質向上、おおいに結構!よろしくお願いしますよ先生と思う反面、家庭教育の資質も見なおさねばと反省しております。
なんだかよくわからない文章になってしまいました。申し訳ありません。

[61] いじめだらけ 投稿者:ははは 投稿日:2003/05/06(Tue) 14:52
教員の世界がこうもいじめがはびこっているなんて知りませんでした。
私は公務員の事務職でしたが、教員ほどひどくはありませんでした。
教頭夫人が{あなたの職場お局さんいなかったの?}との賜って私をいじめてきたのにはびっくり
部落問題の差別用語など平気で言っています。あたかもゲームのように他の人に言わせて{あー言っちゃた}だって?
その学校の懇談会では部落差別をなくそうなんて題材でやってました。
いまや狂育?

[60] 一般人の感想と意見 投稿者:非常勤な人 投稿日:2003/05/06(Tue) 01:43
 ことの経緯はさっぱり分からないが、あまりにも片面からしか人を見ていないように思う。
 教員に限らず、どんな世界にも「表と裏」がある。
 かつて、私はコンピュータ会社に勤めたが、そこでも高圧的で批判精神旺盛な人もいれば、高い理想を持って地道に精進される人もいた。
 教員が「高圧的」と映ることについては、脱サラ後に教員(実習助手ですが)を2年経験した私も同感である。ちなみに、今は非常勤職員であるが免許は無い。
 しかし、高圧的(あるいはそれに近い)性格の人ばかりではない。いやな部分にとらわれ続けると、全員をマイナスの目で見てしまいがちである。どこの世界でも「プラス」「マイナス」「プラマイ0」の人で構成されているものだ。
 教員・公務員の人が「他の世界」に飛び込んでみると、どこの世界にも案外似たような空気があることに気づくかもしれない。

[59] ただの公務員さんへ 投稿者:さくら 投稿日:2003/05/04(Sun) 00:18
 気が合いそうですね。一歩はなれて職場を見ると、おかしいことが見つかります。自分も教員なので、知らず知らずのうちに傲慢になっていくかもしれません。自分の言動ががおかしくないか、いつも自問自答するように心がけたいと思います。
 さて、右か左かの議論で言えば、基本的に右はないと思います。排他的な極右は別として・・・。日教組の言う「右」とは現体制であり、まあ基準、普通と言い換えてもいいのでは?ですから私は自分が右という自覚はありません。しかし右寄り(右=戦争とすぐ結び付けてしまう群集心理の恐ろしさよ・・・)と言われてしまいます。不思議です。
 今の日本以上に民主主義な体制は作れないような気がします。細かく見ると矛盾や不満はないではないですが、許容範囲というか、長所の裏返しのような気がします。自民党内に派閥が出来るのだって、民主主義の宿命ですし、政治がのろいのだって慎重さの裏返し。メリットのほうがはるかに大きいと思います。汚職もなくなれば理想でしょうが、汚職それ自体を批判することは出来ても、自民党を批判するのは筋違いではないでしょうか?私は日本という国に生まれて心底幸せだと思っています。ですから自分の能力で出来る範囲で社会に恩返ししたいと思っています。この考え方を右翼と言われた日にゃあ・・・いったいどうすればよいのでしょう?
 ヒステリックに左の考え方を訴え、それに何も言えない状況になれば、それはまさしく戦前の日本と一緒です。私はその時期の日本の状態を100点とは考えていません。しかし全否定はしたくありません。悲しい歴史の1ページだと思っています。だからこそ過ちを2度と犯さないようにと言うならば、思想統制・言論弾圧に結びつく政治体制を作らないようにすべきでは?私の解釈ではそれを防ぐのが今の現体制であり、戦前に逆行するのが日教組の方針だと考えています。だから日教組に対する不信感があるのです。日の丸君が代を話題に出すとまるでタブーかのように口を閉ざし、有事法制反対の話題になれば生き生きと議論が弾む・・・これはやっぱり異常ですよ。

[58] 再び、さひちさんへ 投稿者:ただの公務員 投稿日:2003/05/03(Sat) 02:14
お幸せそうで結構です。願わくばその幸せがずっと続くといいですね。それはそんなに低い確率ではないと思います。安心してください。「子供のような精神構造」である教員様に対して、うまく好かれるように心がけ、まあ上手にやっていけるのでしたら大丈夫。だって多くの人が、そうやって巧くやっているのですから。

私が教育委員会で耳にした教員同士の話の定番は、その場にいない人の悪口でした。特に話題の人の立場が自分達より弱いとなると力が入るらしく、横で聞いていて、本人がいる時といない時のギャップに、ある意味感心しました。彼らの精神二重構造のタネは「教育的配慮」という免罪符。陰口は悪口でなく教育談義、失礼!「談義」では無駄話みたいですね。「崇高な教育議論」。だから信じられない二重人格に平気でなれる。必要なら信じられない行動も平気でできる。まさに心理学のアイヒマン実験。口実の力。私は「教員」という仕事の業の深さを感じました。

さちひさん親子が幸せなことを否定するつもりはありません。さひちさんに私が言いたいことは、さちひさん達に良くしてくれる教員が他の子供をひどい目にあわせているとします。さひちさんはその先生を信頼しています。したがって、その子供がそうした目にあうのは自業自得とお考えになるでしょう。

しかしそう考えないで欲しいのです。先生を(自分の範囲で)信頼するのは結構です。「さひちさん達の幸せ」の範囲はそこまで含んでいます。しかし、ひどい目にあっている子供にとって、その先生は(子供ではないのです)あなたの信頼している先生とは違うのです。普通の大人の様に、相手の立場や好き嫌いと関係なく一定の人間関係を築くことができなくなっていくのが教員という仕事なのです。ですから、その先生のその子供に対する接し方は、さひちさん達との接し方とは異なる可能性が大なのです。

「何を言っているのかわからない」と思うかもしれません。その先生は、場合によって、さひちさん達に自分の行動を説明するかもしれません。自分に都合よく捻じ曲げた説明を。しかも、その先生はその説明を確信している「最強の嘘つき」。説得力はある可能性が大です。

先生を信頼しているさひちさんに先生を「嫌え!」などとは言えません。ひどい目にあっている子供の味方になってもらえるとも思っていません。

しかし、せめてその子の敵にはなって欲しくないのです。私自身も体験し見聞きした教員のやり口。それは特定の気に食わない相手に対する集中攻撃です。「口実の力」を駆る教員様達らしい必勝パターンです。大義名分を作ってあるだけに加害側は気楽。しかし被害側は孤立無縁な絶望感。せめて一方的な教員の口車に耳を傾けるのは慎重になるようにして欲しいものです。


と、まあ〜元々はこんな話ではありませんでしたね。私は別にポリシーとかそれほどない人間です(と自分では思ってます)。熱心な共産主義のお話を伺えば「そうだよな〜」と思い、右よりだと言われる著名人のお話を伺うと、自分ではちょっと愛国心に目覚めたつもりになったりします。それよりワールドカップの時の方が目覚めたかな?といった程度。きっと、さくらさんに怒られてしまうような人ですね。

ですから組合熱心、共産主義熱心、といっただけなら、まあ、そういう人もいますよね位しか感じません。私も職場の労働組合に入っていますし。

ただ教員様って、なぜそう極端なんでしょう?普通の職場(と言えるほど「普通」を知ってる自信はありませんが)って、やや右寄りの人とやや左寄りの人が、その手の話題は巧妙に避けつつ、仲良くやっていくってものでは?教員様の世界と他の世界の違いはどこにあると皆様はお考えですか?

私は、一つは今まで書いてきたような「教員」という職業の屁理屈に酔う傾向。二つ目に左右と言った話と別の次元での目的が希薄なのでは?と思います。

ちょっと前、埼玉でしたっけ、高校で予備校の講師を雇ったって話がありましたよね?先生方は猛反発なんでしょ?

予備校側は頼まれたので派遣。先生方は永年かかって培ってきた(?)自分達の授業が否定されて反発。雇った高校側は・・・やはり先生の授業能力が予備校講師よりも大幅に劣ると判断したんでしょうね。

経験則的にも私はこれに頷けます。まず教育委員会の先生方は各教科について専門家ぶります。しかし、まともな文章の書けない国語教員、社会常識のない社会科教員が校長先生になっているのが実情です。彼ら彼女らは根拠のない自信により適当に授業をしていることはご承知の通りです。

また一般的に塾、予備校は学校と比べ圧倒的に授業時間数は少なく、それでいて遥かに効率的に知識を児童・生徒に入れている様に思われます。さらに塾、予備校の講師のほうが学校と比べ一般的に経験年数が少なくアルバイト等が多いと思われます。つまり不利な条件下で成果を挙げているといえます。

理由は授業に対する取り組みと私は思います。インセンティブは生徒の成績なのか、評判による生徒増か、実績による収入増なのかはわかりません。ともかく単純に真剣さの差だと思います。

これと比べ学校の教師は、なんとなく暇なんではありませんか?授業なんて昨年とほぼ同じでいいし。昨年は、その又昨年と同じでよかったし。熱心な組合活動でもしないと燃えるものがないでしょ。予備校講師採用騒動は、そんな図星をついちゃったから、それは怒りますよ。

学校は第一義的には勉強を教える所です。そして現在はこれが上手くいっていません(=学力低下がおこっています)。とすれば学校予備校化以外ありません。なんといっても教員にインセンティブを与えるには短期採用への切り替えです。「免許制」の様に原則自動更新ではなく原則は解雇。現状の教師の態度をもたらしたのは、のんべんだらりんとした安定的地位ですから。こうした改革が私は必要だと考えます。

さひちさんはいかが考えますか?


[57] さひちさんへ 投稿者:さくら 投稿日:2003/05/01(Thu) 23:12
そんな教員もいっぱいいます。それもまた事実。なぜか特定の学校に偏る傾向がありますが・・・。反対に質の悪い教員も同じ学校・地域に集まる傾向があります。教員=悪ではありません。そうなりがちな傾向があり、それを結果的に助長しているのが日教組ということですね。
教育って理屈じゃないです。目の前の子を我が子と思えば、どう接し、どう言葉をかけ、何を伝えるべきかはおのずと分かりそうなものですが・・・私は我が子には、人様に迷惑をかけず、周囲への感謝の念を持った(=愛国心だと自分は解釈しています)誠実な人間になって欲しいと願っています。理屈ばかりをグダグダ言っていざというときには逃げ回るような姑息な人間にはなって欲しくないです。
さひちさんが尊敬できる教員というのは、たぶんこんな意識を持った教員ではないでしょうか?さひちさんの環境では信じられないでしょうが、真顔で共産主義を褒め称える教員は現実にいます。まるでテープレコーダーのように日教組の言葉を呪文のように繰り返す人もいます。単純というか頭が悪いというか・・・。教育学部の偏差値はあまり高くありません。え、あの人が!というような人が教員になっていたりします。学力が全てではないですが、少なくともその程度の人が思想や哲学を真意まで理解咀嚼できるとは思えません。凡人が思想の話を聞き、それを知ったことで自分が偉い人間になったように誤解していると思います。その結果、現実離れした考えを子どもたちに強制したり、日本の伝統を頭ごなしに否定したりといった暴挙に出るのでしょう。あ、言い忘れていましたが私自身も教員です。

[56] さくらさん、ただの公務員さんへ 投稿者:さひち 投稿日:2003/05/01(Thu) 22:37
ありがとうございます。私は頭が悪いので、何度も何度も読んでみました。う〜ん・・・。私は幸い?嫌な教員に会ったことはないような気がします。自分の過去を振り返っても・・・。息子や娘は学校から帰ると先生の話ばかりします。大好きなのでしょう。学校であったこともたくさん話してくれますが、今日ね、先生ね・・・と楽しそうに話します。家庭訪問や懇談会等で先生の思い、考えを聞いたり、行動を見たりしますが、一生懸命さが伝わってきて安心して子どもを任せることができます。私達は幸せ者なのですね。こどもたちはまだ小学生(小4と小6)なのでこれからたくさんの先生やいろんな人と出会っていくことでしょう。もちろん私も。ここの掲示板で読んでいるとかなり不安も出てくるのですが、家庭での教育はしっかりしようと気を引き締めます。息子たちの担任の先生は20代30代の若い先生ですが、私達の思いや気持ちをよく聞いてくれます。話しやすい方々なので、たわいもない会話(かなりくだらない)の中で(もちろん深い話しもしますよ)先生への信頼がアップしているようにも感じます。(笑)私はあまり物事を深く考えない人間なのかもしれませんね。でも、今の先生に出会えてありがたく思います。友人に教員がいますが、彼女の話しをきていますと、頼もしく思います。もちろん愚痴もでてきます。しかし、彼女は毎日を一生懸命にがんばっています。先生も人間で失敗もしますが、それを弁解せず謝りがんばってくれます。そんな先生ばかりではないとも思います。現にこの掲示板を読むとびっくりするような教員がいっぱいいるのですから・・・。だから、そんな先生がいなくなることを祈るのみです。

[55] Re[52]: 多数の参加を 投稿者:事務職員A 投稿日:2003/05/01(Thu) 22:35
> 懇親会は会場近くの一心亭でやります。焼き肉とビールよ。

 へぇ〜2時間教育の話をして、その後初めて会った人同士
 が真っ昼間からビール飲んで宴会するわけだ。まるでメルトモ
 のオフ会みたいなもんですな。
 そんな得体の知らない会合は、怖くて参加できませ〜ん。

  

[54] Re[53]: さくらさんへ 投稿者:非常勤講師 投稿日:2003/05/01(Thu) 22:16
さくらさん、返信ありがとうございます。
やはりそうですか・・・。教頭先生と飲み会の席で話した際も、「この県ではなく、実家のほうに帰って(教員に)なったほうがいいよ」と言われました。そのときは、ただたんに「この県は採用が少ないから」っていう理由をつけてましたけど。そりゃぁ校長が自殺する県だわ、と納得です。私は別に、社会主義自体を批判したいわけではなく、そんなつもりもありません。組合もそれ自体が悪だとは思わない。だけど、重箱の隅をつつくような、意味のない議論を声高に繰り返す、その体制はまったくもって必要ないものだと思うのです。ましてやそのような思想(組合が思想色濃いこと自体がおかしい)によって人間関係が変わってくる、それって子ども以下だと思う。何が社会主義?あんたら本当に社会主義を知ってるのか?と聞きたいです。本当に、自分が体験して改めて思いましたが、こんなことがまかり通る教員の世界がある限り、日本は絶対よくならないし、教員の免許更新制度など、本格的に考えてほしいなぁ、って思います。

[53] 非常勤講師さんへ 投稿者:さくら 投稿日:2003/05/01(Thu) 21:52
嫌われるべきことではありません。本来ならば。あなたはごく普通の良識ある人間です。こんなことぐらいで良識云々言うこと自体異常なのですが、それが悲しいかな教員の世界。嫌われて当然なのは子どものために日本国のために誠実に職務を果たそうとしない人です。
いじめかどうかは今後の動き次第ですが、覚悟はしておいたほうがいいでしょうね。「平成」を書かないことをしめし合わせているあたりが、思想にかなり毒された教組ですね。日教組も様々で、まともな活動をしているところから、闘争自体を目的にしているところまでピンキリです。あなたの県で正採用になったらかなり苦労することと思います。なぜその行動が必要なのか冷静に考えられない人が多いのか、または考えても発言できない環境にあるのかどちらかでしょうね。
私たちの使命は、目の前の子どもを、現実の社会でひとり立ちできる人間に育てることです。


[62] ただの公務員さんへ 投稿者:さひち 投稿日:2003/05/06(Tue) 19:33
なんと返事を返せばよいのかわからなくなっていました・・・。私は教員の方々にだまされているのでしょうか・・・?そんなことを考えていました。私は先生に気に入られようとなど思っていません。子どもたちに自分のできる範囲、ことによってはそれ以上のことをしてやりたいと思っていますし、一日の半分以上を子どもたちと一緒に生活している先生の意見もきいていきたいと思っています。私は教員の中の実状はあまり知りませんが、保護者の方と話しているといろいろな嫌な噂は入ってきます。しかし、実際にその噂されている先生と接点を持ったことはありませんし、本当のところはよくわかりません。子どもを預け、教育の一端を担っていただく先生ですから(家庭での教育は大切だと思っています)、先入観を持たずに先生と付き合い、考え、行動していきたいと思います。先生の行動、言動は子どもたちや、他の保護者の方々から耳に入ってきます。先生様様なわけではありませんから・・・。そんなこともふまえつつ考え、行動しているつもりです。私は専業主婦ではありません。仕事をしていて思うのは、人間関係はとても難しいです。まぁ、当たり前なのですけど・・・。いろいろな人がいます。くそ〜っと思う人も大勢います。この職場はそんな奴が多すぎるとも思ったことも何度もあります。ひどい噂もたくさんあります。しかし、実際に話してみるとそうでもなかったりします。尊敬できる人もいます。教員の世界もそうなのではないでしょうか・・・。
教員の資質という言葉をよく耳にしますが、教員の資質向上、おおいに結構!よろしくお願いしますよ先生と思う反面、家庭教育の資質も見なおさねばと反省しております。
なんだかよくわからない文章になってしまいました。申し訳ありません。

[61] いじめだらけ 投稿者:ははは 投稿日:2003/05/06(Tue) 14:52
教員の世界がこうもいじめがはびこっているなんて知りませんでした。
私は公務員の事務職でしたが、教員ほどひどくはありませんでした。
教頭夫人が{あなたの職場お局さんいなかったの?}との賜って私をいじめてきたのにはびっくり
部落問題の差別用語など平気で言っています。あたかもゲームのように他の人に言わせて{あー言っちゃた}だって?
その学校の懇談会では部落差別をなくそうなんて題材でやってました。
いまや狂育?

[60] 一般人の感想と意見 投稿者:非常勤な人 投稿日:2003/05/06(Tue) 01:43
 ことの経緯はさっぱり分からないが、あまりにも片面からしか人を見ていないように思う。
 教員に限らず、どんな世界にも「表と裏」がある。
 かつて、私はコンピュータ会社に勤めたが、そこでも高圧的で批判精神旺盛な人もいれば、高い理想を持って地道に精進される人もいた。
 教員が「高圧的」と映ることについては、脱サラ後に教員(実習助手ですが)を2年経験した私も同感である。ちなみに、今は非常勤職員であるが免許は無い。
 しかし、高圧的(あるいはそれに近い)性格の人ばかりではない。いやな部分にとらわれ続けると、全員をマイナスの目で見てしまいがちである。どこの世界でも「プラス」「マイナス」「プラマイ0」の人で構成されているものだ。
 教員・公務員の人が「他の世界」に飛び込んでみると、どこの世界にも案外似たような空気があることに気づくかもしれない。

[59] ただの公務員さんへ 投稿者:さくら 投稿日:2003/05/04(Sun) 00:18
 気が合いそうですね。一歩はなれて職場を見ると、おかしいことが見つかります。自分も教員なので、知らず知らずのうちに傲慢になっていくかもしれません。自分の言動ががおかしくないか、いつも自問自答するように心がけたいと思います。
 さて、右か左かの議論で言えば、基本的に右はないと思います。排他的な極右は別として・・・。日教組の言う「右」とは現体制であり、まあ基準、普通と言い換えてもいいのでは?ですから私は自分が右という自覚はありません。しかし右寄り(右=戦争とすぐ結び付けてしまう群集心理の恐ろしさよ・・・)と言われてしまいます。不思議です。
 今の日本以上に民主主義な体制は作れないような気がします。細かく見ると矛盾や不満はないではないですが、許容範囲というか、長所の裏返しのような気がします。自民党内に派閥が出来るのだって、民主主義の宿命ですし、政治がのろいのだって慎重さの裏返し。メリットのほうがはるかに大きいと思います。汚職もなくなれば理想でしょうが、汚職それ自体を批判することは出来ても、自民党を批判するのは筋違いではないでしょうか?私は日本という国に生まれて心底幸せだと思っています。ですから自分の能力で出来る範囲で社会に恩返ししたいと思っています。この考え方を右翼と言われた日にゃあ・・・いったいどうすればよいのでしょう?
 ヒステリックに左の考え方を訴え、それに何も言えない状況になれば、それはまさしく戦前の日本と一緒です。私はその時期の日本の状態を100点とは考えていません。しかし全否定はしたくありません。悲しい歴史の1ページだと思っています。だからこそ過ちを2度と犯さないようにと言うならば、思想統制・言論弾圧に結びつく政治体制を作らないようにすべきでは?私の解釈ではそれを防ぐのが今の現体制であり、戦前に逆行するのが日教組の方針だと考えています。だから日教組に対する不信感があるのです。日の丸君が代を話題に出すとまるでタブーかのように口を閉ざし、有事法制反対の話題になれば生き生きと議論が弾む・・・これはやっぱり異常ですよ。

[58] 再び、さひちさんへ 投稿者:ただの公務員 投稿日:2003/05/03(Sat) 02:14
お幸せそうで結構です。願わくばその幸せがずっと続くといいですね。それはそんなに低い確率ではないと思います。安心してください。「子供のような精神構造」である教員様に対して、うまく好かれるように心がけ、まあ上手にやっていけるのでしたら大丈夫。だって多くの人が、そうやって巧くやっているのですから。

私が教育委員会で耳にした教員同士の話の定番は、その場にいない人の悪口でした。特に話題の人の立場が自分達より弱いとなると力が入るらしく、横で聞いていて、本人がいる時といない時のギャップに、ある意味感心しました。彼らの精神二重構造のタネは「教育的配慮」という免罪符。陰口は悪口でなく教育談義、失礼!「談義」では無駄話みたいですね。「崇高な教育議論」。だから信じられない二重人格に平気でなれる。必要なら信じられない行動も平気でできる。まさに心理学のアイヒマン実験。口実の力。私は「教員」という仕事の業の深さを感じました。

さちひさん親子が幸せなことを否定するつもりはありません。さひちさんに私が言いたいことは、さちひさん達に良くしてくれる教員が他の子供をひどい目にあわせているとします。さひちさんはその先生を信頼しています。したがって、その子供がそうした目にあうのは自業自得とお考えになるでしょう。

しかしそう考えないで欲しいのです。先生を(自分の範囲で)信頼するのは結構です。「さひちさん達の幸せ」の範囲はそこまで含んでいます。しかし、ひどい目にあっている子供にとって、その先生は(子供ではないのです)あなたの信頼している先生とは違うのです。普通の大人の様に、相手の立場や好き嫌いと関係なく一定の人間関係を築くことができなくなっていくのが教員という仕事なのです。ですから、その先生のその子供に対する接し方は、さひちさん達との接し方とは異なる可能性が大なのです。

「何を言っているのかわからない」と思うかもしれません。その先生は、場合によって、さひちさん達に自分の行動を説明するかもしれません。自分に都合よく捻じ曲げた説明を。しかも、その先生はその説明を確信している「最強の嘘つき」。説得力はある可能性が大です。

先生を信頼しているさひちさんに先生を「嫌え!」などとは言えません。ひどい目にあっている子供の味方になってもらえるとも思っていません。

しかし、せめてその子の敵にはなって欲しくないのです。私自身も体験し見聞きした教員のやり口。それは特定の気に食わない相手に対する集中攻撃です。「口実の力」を駆る教員様達らしい必勝パターンです。大義名分を作ってあるだけに加害側は気楽。しかし被害側は孤立無縁な絶望感。せめて一方的な教員の口車に耳を傾けるのは慎重になるようにして欲しいものです。


と、まあ〜元々はこんな話ではありませんでしたね。私は別にポリシーとかそれほどない人間です(と自分では思ってます)。熱心な共産主義のお話を伺えば「そうだよな〜」と思い、右よりだと言われる著名人のお話を伺うと、自分ではちょっと愛国心に目覚めたつもりになったりします。それよりワールドカップの時の方が目覚めたかな?といった程度。きっと、さくらさんに怒られてしまうような人ですね。

ですから組合熱心、共産主義熱心、といっただけなら、まあ、そういう人もいますよね位しか感じません。私も職場の労働組合に入っていますし。

ただ教員様って、なぜそう極端なんでしょう?普通の職場(と言えるほど「普通」を知ってる自信はありませんが)って、やや右寄りの人とやや左寄りの人が、その手の話題は巧妙に避けつつ、仲良くやっていくってものでは?教員様の世界と他の世界の違いはどこにあると皆様はお考えですか?

私は、一つは今まで書いてきたような「教員」という職業の屁理屈に酔う傾向。二つ目に左右と言った話と別の次元での目的が希薄なのでは?と思います。

ちょっと前、埼玉でしたっけ、高校で予備校の講師を雇ったって話がありましたよね?先生方は猛反発なんでしょ?

予備校側は頼まれたので派遣。先生方は永年かかって培ってきた(?)自分達の授業が否定されて反発。雇った高校側は・・・やはり先生の授業能力が予備校講師よりも大幅に劣ると判断したんでしょうね。

経験則的にも私はこれに頷けます。まず教育委員会の先生方は各教科について専門家ぶります。しかし、まともな文章の書けない国語教員、社会常識のない社会科教員が校長先生になっているのが実情です。彼ら彼女らは根拠のない自信により適当に授業をしていることはご承知の通りです。

また一般的に塾、予備校は学校と比べ圧倒的に授業時間数は少なく、それでいて遥かに効率的に知識を児童・生徒に入れている様に思われます。さらに塾、予備校の講師のほうが学校と比べ一般的に経験年数が少なくアルバイト等が多いと思われます。つまり不利な条件下で成果を挙げているといえます。

理由は授業に対する取り組みと私は思います。インセンティブは生徒の成績なのか、評判による生徒増か、実績による収入増なのかはわかりません。ともかく単純に真剣さの差だと思います。

これと比べ学校の教師は、なんとなく暇なんではありませんか?授業なんて昨年とほぼ同じでいいし。昨年は、その又昨年と同じでよかったし。熱心な組合活動でもしないと燃えるものがないでしょ。予備校講師採用騒動は、そんな図星をついちゃったから、それは怒りますよ。

学校は第一義的には勉強を教える所です。そして現在はこれが上手くいっていません(=学力低下がおこっています)。とすれば学校予備校化以外ありません。なんといっても教員にインセンティブを与えるには短期採用への切り替えです。「免許制」の様に原則自動更新ではなく原則は解雇。現状の教師の態度をもたらしたのは、のんべんだらりんとした安定的地位ですから。こうした改革が私は必要だと考えます。

さひちさんはいかが考えますか?


[57] さひちさんへ 投稿者:さくら 投稿日:2003/05/01(Thu) 23:12
そんな教員もいっぱいいます。それもまた事実。なぜか特定の学校に偏る傾向がありますが・・・。反対に質の悪い教員も同じ学校・地域に集まる傾向があります。教員=悪ではありません。そうなりがちな傾向があり、それを結果的に助長しているのが日教組ということですね。
教育って理屈じゃないです。目の前の子を我が子と思えば、どう接し、どう言葉をかけ、何を伝えるべきかはおのずと分かりそうなものですが・・・私は我が子には、人様に迷惑をかけず、周囲への感謝の念を持った(=愛国心だと自分は解釈しています)誠実な人間になって欲しいと願っています。理屈ばかりをグダグダ言っていざというときには逃げ回るような姑息な人間にはなって欲しくないです。
さひちさんが尊敬できる教員というのは、たぶんこんな意識を持った教員ではないでしょうか?さひちさんの環境では信じられないでしょうが、真顔で共産主義を褒め称える教員は現実にいます。まるでテープレコーダーのように日教組の言葉を呪文のように繰り返す人もいます。単純というか頭が悪いというか・・・。教育学部の偏差値はあまり高くありません。え、あの人が!というような人が教員になっていたりします。学力が全てではないですが、少なくともその程度の人が思想や哲学を真意まで理解咀嚼できるとは思えません。凡人が思想の話を聞き、それを知ったことで自分が偉い人間になったように誤解していると思います。その結果、現実離れした考えを子どもたちに強制したり、日本の伝統を頭ごなしに否定したりといった暴挙に出るのでしょう。あ、言い忘れていましたが私自身も教員です。

[56] さくらさん、ただの公務員さんへ 投稿者:さひち 投稿日:2003/05/01(Thu) 22:37
ありがとうございます。私は頭が悪いので、何度も何度も読んでみました。う〜ん・・・。私は幸い?嫌な教員に会ったことはないような気がします。自分の過去を振り返っても・・・。息子や娘は学校から帰ると先生の話ばかりします。大好きなのでしょう。学校であったこともたくさん話してくれますが、今日ね、先生ね・・・と楽しそうに話します。家庭訪問や懇談会等で先生の思い、考えを聞いたり、行動を見たりしますが、一生懸命さが伝わってきて安心して子どもを任せることができます。私達は幸せ者なのですね。こどもたちはまだ小学生(小4と小6)なのでこれからたくさんの先生やいろんな人と出会っていくことでしょう。もちろん私も。ここの掲示板で読んでいるとかなり不安も出てくるのですが、家庭での教育はしっかりしようと気を引き締めます。息子たちの担任の先生は20代30代の若い先生ですが、私達の思いや気持ちをよく聞いてくれます。話しやすい方々なので、たわいもない会話(かなりくだらない)の中で(もちろん深い話しもしますよ)先生への信頼がアップしているようにも感じます。(笑)私はあまり物事を深く考えない人間なのかもしれませんね。でも、今の先生に出会えてありがたく思います。友人に教員がいますが、彼女の話しをきていますと、頼もしく思います。もちろん愚痴もでてきます。しかし、彼女は毎日を一生懸命にがんばっています。先生も人間で失敗もしますが、それを弁解せず謝りがんばってくれます。そんな先生ばかりではないとも思います。現にこの掲示板を読むとびっくりするような教員がいっぱいいるのですから・・・。だから、そんな先生がいなくなることを祈るのみです。
[54] Re[53]: さくらさんへ 投稿者:非常勤講師 投稿日:2003/05/01(Thu) 22:16
さくらさん、返信ありがとうございます。
やはりそうですか・・・。教頭先生と飲み会の席で話した際も、「この県ではなく、実家のほうに帰って(教員に)なったほうがいいよ」と言われました。そのときは、ただたんに「この県は採用が少ないから」っていう理由をつけてましたけど。そりゃぁ校長が自殺する県だわ、と納得です。私は別に、社会主義自体を批判したいわけではなく、そんなつもりもありません。組合もそれ自体が悪だとは思わない。だけど、重箱の隅をつつくような、意味のない議論を声高に繰り返す、その体制はまったくもって必要ないものだと思うのです。ましてやそのような思想(組合が思想色濃いこと自体がおかしい)によって人間関係が変わってくる、それって子ども以下だと思う。何が社会主義?あんたら本当に社会主義を知ってるのか?と聞きたいです。本当に、自分が体験して改めて思いましたが、こんなことがまかり通る教員の世界がある限り、日本は絶対よくならないし、教員の免許更新制度など、本格的に考えてほしいなぁ、って思います。

[53] 非常勤講師さんへ 投稿者:さくら 投稿日:2003/05/01(Thu) 21:52
嫌われるべきことではありません。本来ならば。あなたはごく普通の良識ある人間です。こんなことぐらいで良識云々言うこと自体異常なのですが、それが悲しいかな教員の世界。嫌われて当然なのは子どものために日本国のために誠実に職務を果たそうとしない人です。
いじめかどうかは今後の動き次第ですが、覚悟はしておいたほうがいいでしょうね。「平成」を書かないことをしめし合わせているあたりが、思想にかなり毒された教組ですね。日教組も様々で、まともな活動をしているところから、闘争自体を目的にしているところまでピンキリです。あなたの県で正採用になったらかなり苦労することと思います。なぜその行動が必要なのか冷静に考えられない人が多いのか、または考えても発言できない環境にあるのかどちらかでしょうね。
私たちの使命は、目の前の子どもを、現実の社会でひとり立ちできる人間に育てることです。

[82] すいません。書き忘れていました。 投稿者:ただの公務員 投稿日:2003/06/01(Sun) 12:44
いくつか書き忘れていました。どうでもいいことですが。

まず職業に対する批判ですが、今日は思わず強く書きましたが、前回程度の批判で「職業差別」と言い出すのにも笑ってしまいました。さくら様が教員様として、普段児童生徒に言ったり、その他の場面でも言ってる言動を振り返ってみましたか?あなたの言う「行政」に対する批判をはじめ他の仕事に対して向けられている批判はこんなものではありませんよ。前回程度で怒り出すのは・・・「教員様らしさ」の表れですね。

それから「子供の人権」と「教員の人権」を当然のように並列に書くのは、教員様らしさの表れといえ呆れました。あなたは同じような理屈で、散々子供に暴言を吐き続けているにもかかわらず、子供が一言でも言えば、信じられないような報復を「躾」の名の元に行っているのでしょう。その非常識さを問われれば、自分の言ってきたことは棚に上げて「教員の人権」を最後に主張する。

なるほど教員様に人権はあります。世間で尊重されすぎるほどに尊重されている人権が。そして子供の人権も、少なくとも対教員に関して無視されており、学校内では事実上存在していませんが、あります。

教員様以外の世界では、業務においてお客様の人権より職員の人権が優先される、そんなことは無いのですよ。理解できませんか?さくら様には。

したがって、教員様の人権なんぞより生徒児童の人権が、少なくとも業務について論じている限り優先されるのは当たり前ですよ。学校で生徒児童の生命と安全に対する保障より、教員様が誇りを持って殴る権利が優先される、そんな理屈は、さくら様をはじめとする教員様集団以外には存在し得ない屁理屈です。

という常識は理解できませんよね。教員様ですからね。

あなたのクラスの子供達が、あなたが担任であるという受難を少しでも無事にやり過ごされるように祈ります。そして、この様な無法地帯が、いつの日か、少しでも解消されますように。

[81] さくら様へ、最後に。 投稿者:ただの公務員 投稿日:2003/06/01(Sun) 11:48
精一杯婉曲に、丁寧に書いたつもりですが、図星を突いてしまったために怒ってしまったわけですね。教員様が大多数を占める掲示板なのに、真実をついてしまい、すいませんでした。しかし、さくら様の、教員様らしい小学生の様な御意見は微笑ましく読ませていただきました。

さくらさんの今までの過去の書き込みを振り返ってみましょう。特に最後近くの書き込みは平日の昼間になされています。休暇でしたか?そんなわけありません。明らかに学校で勤務時間中に、学校の備品と学校の電話回線を使って書き込みをされているのですね。

その内容。日教組非難と言えば聞こえはいいですが、つまり同僚の悪口。勤務時間を使って熱心に同僚の悪口を世間に向かって発信する。さすが仕事熱心。さくら様の「全人教育」は光り輝いていることでしょう。

特に、さくら様の最後の書き込み内容を見て見ましょう。5月25日の私の書き込みに対して書かれています。したがって私の書き込みと対比させつつ何と何が対応しているのかを読み取らなければなりません……と、国語の授業で教えていらっしゃいませんか?さくら先生?

「教員様に全人教育をしろと要求するのは不可能だ。不可能を教員様に強いるのは止めよう」という私の意見に「(さくら様をはじめとする)教員様はしなければいけないからしているのだ」と怒っていらっしゃる。発言内容に対立は無い事がさくら様には理解できていないわけです。「不可能なことをやろうとしている(だから問題が起きる)。」という問題提起に「不可能だけどやろうと努力している。」と答えている。その通り。あなたの「努力」が子供も家庭も不幸にしているという当たり前の事実に気がついてください。は教員様には不可能ですね。すいません。それにしても教員様って本当にバカですね。

「次に教職が全人格的教育をするような職業、ボランティア的職業と言えるか。まさにそれがこのホームページの主題のように思います。さくらさんは、そう思い、そのように実践なさっているのですね?」こう問われて「そう思うも何も、現状がそうですから、そう思い込み、そうせざるを得ないでしょう。…」と怒るわけです。

なぜ、あっさり「実践しています。例えば先日はこんなことがありました。」とは書けないのでしょう?「ボランティア的な動きや自腹を切らざるを得ない場面に出くわす(家庭の事情でご飯を食べれない子どもにこっそりパンを食べさせたり・・・見てみぬふりはできない)」という文書を読んで、かなり以前ならいざ知らず、最近こんなことがあって、しかも教員様のボランティア精神にすがっている?と疑問に思いつつ、具体例をお書きいただけるものと期待していたのです。

ところが具体例を書くどころか感情的に怒り始めた。これから推測されることは簡単です。つまりそんな事実は全く無いのです。さくら様のおっしゃる給食費云々の例でしたら私も昔々の話として聞いたことがあります。その程度の事を、さくら様は偉そうに書いただけ。さすが教員様ですね。

体罰について書き始めると、さくら様は「人権」について書き始めます。私の元の文書には「人権」という単語は一つも出てこないにもかかわらず。

実は「人権、人権言うな。教育の場に人権なんて単語は要らない」は教育委員会でも教員様集団がよくお使いになる論調です。新聞、テレビで教育現場の不祥事が出るたびに、教育委員会の先生方(つまり教員様も管理職の皆様ですね)が揃って言うセリフです。「あれは人権屋がたきつけているから大騒ぎになる。教育現場では殴るときには殴る必要があるし、たまには怪我をする奴もでる。稀には死ぬこともある。当たり前だ、大騒ぎすることじゃない。」この類の発言は教員集団の中では当たり前です。テレビでは勿体つけて謝っている風な校長先生も、テレビカメラが止まるや否やこう言っています。

実際、学校で児童生徒を教員が殺した場合どの様な罪に問われているか、さくら様はよく知っています。だから殴る必要があると平気で書けるのですから。

強姦事件の多くは「スキンシップ」の名の元でウヤムヤにされてしまう。だけでなく、わけのわからない言いがかりの元に被害者である生徒児童の方が酷い目に遭う、という事は、さひちさんへの書き込みの中で書きました。

殺人まで発展し、隠しとおすことができなくなった場合、問われる刑法上の罪は「過失致死罪」であって殺人罪ではありません。「過失致死罪」とは50万円以下の罰金だけです。刑務所に入る可能性はありません。これではあんまりだ、と検察が同情するような事案(一般に検察も教員様と同じ行政側ですから「同情」なんてしません)で「業務上過失致死罪」かで争います。たいていは「過失致死罪」になるかどうかで多くの事案は過失致死罪にすらない、いや、裁判にすら取り上げられません。「業務上過失致死罪」になって5年以下の懲役若しくは禁固又は50万円以下の罰金。同罪適用の代表的犯罪は交通事故です。つまり、ついうっかり人を轢いてしまうより、体罰の名の元に子供を殺す方が罪として遥かに軽いというのが、教員様の常識です。

では民事事件ではどうでしょう?行政職員の私が言うのもなんですが、行政機関は、多少変化はあっても総合的に言って裁判には強い、まず負けません。しかし、あらゆる事を犠牲にしてやっと(殺された生徒児童の親御さん側が)勝ったとします。すなわち、損害賠償をとれるわけです。それを誰が払うかというと市立学校でしたら市です。税金として集めたお金から予算を組んでお支払いします。殺した教員は…故意又は重過失で市に損害を与えた(裁判で損害賠償を払わせたのは典型的な損害です)職員に対して市は求償(=弁償)を求めます。軽過失(=通常の過失)なら免除ですが「体罰」という暴力は当然に故意で行われています。しかし多くの自治体では求償していません。私の勤めている市でも「良かれと思ってやったのだから」と処理がされています。どの自治体でもこうしていると思います。

せめて行政機関内部の処分。例えば懲戒免職にだけでも…していないと思います。せいぜい批判をかわすための異動止まり。昇進にすら影響を与えない。全く無抵抗の子供を一方的に虐殺しても。これが平和な法治国家の現状です。

さくら様に対して「社会のルールを守ってもらいたい」とは書きました。考え方の違いは人それぞれにあるでしょう。しかし「違うからそれでいいんだ」では社会を営む上で困ることもあります。そこで最低の合意事項として「法律」があります。法律の内容を批判することは自由(私は教員様のように内心の自由を否定するようなことはしません)ですが、現行法規を破ることに自由はありません。

さて「人を殴ってはいけない」という現代社会最低のルールは刑法208条の暴行罪として間接的に示されています。破った方は、この法律で処罰されなければなりません。体罰ならいい?体罰は学校教育法第11条で禁止されていることは御承知の通りです。したがって殴ってはいけないのですよ、さくら様。

教員様であるさくら様レベルすなわち小学生レベルで「社会のルール」について書かせていただきましたが、ご理解いただけましたでしょうか?

さて、さくら様はさくら様の主観において素晴らしい学級経営をなさっている。理屈を言ってもしょうがないと言うことで腕力を振るい続けている。怠け者の同僚の分も含めて躾に奔走している。「統制的な学級経営ではない」と自分ひとりで決めつけ、感情をぶつけ、押し付けている。しかし屁理屈をつけて自分は正しいと自分でも思い込んでいる。批判する者がいても、それは批判する人間が悪い。批判者が自分よりも立場が弱ければ大声でわめいて黙らせる。子供なら殴る。自分よりも強ければ陰口を言う。インターネット掲示板(ここですね)のように黙らせることができなければ捨て台詞を残す。そしてこうした「俺は正しい」という絶叫は学校の勤務時間中に学校の備品と学校の経費を使ってなされている。

そうそう「具体的な提案が見えてこない」というご意見がありましたね。私としては、この掲示板の中でもっとも具体的な提案を書いたわけですが、あなたの言いたいのは、この提案は気に入らないと言うだけ。なぜならあなたの「日教組批判」のどこに「具体的提案」があるのです?偉そうに教員様特有の口調で書かれていますが、さくら様の主張には「提案」すら無い。相手の聞いている質問に具体的に答えることすらできない。いや、相手の文書を読むことすらできない。仮にあなたに「具体的提案」を示しても、あなたは能力的に理解できません。無駄です。

まあ、さくらさんは典型的な「教員様」です。具体的提案として、さくら様に「反省してください」などとは言いません。無駄ですから。

冒頭で「憎しみのはけ口」という表現がありました。なるほどと思いました。教員を憎んでいる人は決して少なくありません。私も小学校時代の恩師を思い出すと目玉にボールペンを突き刺してやりたくなります。少なくとも駅のホームで見かければ電車の入場を見計らってホームから落としてしまうかもしれません。

さくら様。あなたが今日殴った生徒児童さんも決して口では言いません。態度にも表さないように(子供なりに)心がけているでしょう。しかし私と同思いをあなたに対して持っていますよ。仮に今思っていなくても将来思います。繰り返された体罰の衝撃は永く永く永く永く続きますからね。子供から見れば死ぬような恐怖をあなたから受けているわけですから。

教員様に対して職業差別?これだけ守られに守られているのに、まだ不満ですか?さくら様も、能力的に難しいでしょうけど、自分の言動をたまには振り返ってみたらいかがですか?という、言葉も聞こえませんね、教員様には。すいません。

さくら様も書き込みをしない、という事ですのでこの位にします。

[80] それは、大多数を占める一般組合員の了解事項でしょう。 投稿者:ミスター珍 投稿日:2003/05/31(Sat) 16:12
 無頼派事務員のミスター珍です。
> イデオロギーまっしぐらな人ほど、管理職になれば手のひら返す。
>これ、どこでも同じなんでしょうか?
 私も組合員から管理職推薦された沢山の教員を見てますが、管理職になって「日の丸君が代」
反対をする人は、一人も知りません。
 共産党が町長の某町でも、日の丸を掲揚しています。彼は、私は市民党だと主張しています。
人間は立場で思考します。野球選手でも選手時代と監督になったときでは、思考は正反対です。
 野党が「日の丸君が代」反対でも、村山さんのように与党になったとたん政策を180度転換
しました。そこを理解すべきです。
 ただ、無頼派の自分(嫉妬心が人一倍強い者です。)として組合推薦で管理職になって転向し
た者に対して制裁措置が皆無の点に疑問を感じます。俺が組合員なら絶対に私的制裁措置を取ります。
 マルクス思想なら虐殺(粛正)が正義であり、新撰組なら殺すのが正義の執行です。
 それを一般組合員がしないのなら、その組合は八百長組合です。
だから私は、一部の転向者よりも、大多数を占める一般組合員に対して疑問を感じます。
その意味では、今の教員組合は完全な八百長組合です。
もっと情けないのは、その教員組合に加入しているコバンザメ事務員です。
これじゃ 軽蔑されるのは当然です。

 

[79] Re[78]: イデオロギー 投稿者:事務職員A 投稿日:2003/05/30(Fri) 19:44
> イデオロギーまっしぐらな人ほど、管理職になれば手のひら返す。これ、どこでも同じなんでしょうか?

 どこも同じです。去年まで君が代 反対!反対!と叫んでいた
 人たちが狂頭になったとたんに、えらそうにこうしゃくしま  す。あきれちゃいます。

[78] イデオロギー 投稿者:某県の教員 投稿日:2003/05/29(Thu) 23:32
イデオロギーまっしぐらな人ほど、管理職になれば手のひら返す。
これ、どこでも同じなんでしょうか?

[77] ただの公務員さんへ 投稿者:さくら 投稿日:2003/05/26(Mon) 16:15
 すみません。ちょっと言い過ぎました。やっぱり私はここに書き込むのは場違いのような気がします。たぶん教員そのものを否定する掲示板なんですよね。今後現れません。ご迷惑をおかけしましたことをお許しください。

[76] ただの公務員さんへ 投稿者:さくら 投稿日:2003/05/26(Mon) 16:02
丁寧なコメントありがとうございます。ご批判いただいたこと、納得する点、反論させていただきたい点ありましたので書き込みをいたしました。もしあなたの書き込みが、単なる教員に対する憎しみのはけ口ならば、お読みにならなくても結構です。

まず、わたしは義務教育がそこにあり、「全人教育をする」と規定されている今の状況を土台として考えているということです。ですから、「教員には無理だから全人教育をすべきでない」と言われれば、「その通り」と納得せざるを得ません。私だって人格に自信があるわけではありません。しかし、どんなに世間からこの職業が馬鹿にされようと今日もまた学校に行き、「全人教育」をしなければならないのです。この発言さえ「甘え」と取られるなら、もうこの掲示板には教員は訪れられなくなってしまいます。
「次に教職が全人格的教育をするような職業、ボランティア的職業と言えるか。まさにそれがこのホームページの主題のように思います。さくらさんは、そう思い、そのように実践なさっているのですね?」
そう思うも何も、現状がそうですから、そう思い込み、そうせざるを得ないでしょう。教員が人格的に優れているなんてとても思えません。でもしなけりゃならないのです。職務として規定されているのですから。逃げれば「教師不適格者」の烙印です。

 体罰については、子供の本質の捉え方によって考え方が分かれるところではないでしょうか。私は2人の子供を成人まで育てました。子供を導くのが親の務めと信じ、自分なりに良かれと思って、自分の考え方や生きていくための術を教えてきました。時には真剣勝負で手が出たこともあります。それが間違っていたとは思いません。そして自分の受け持った子供たちにも同じ気持ちで接してきました。これが精神論だとおっしゃるならば、ただの公務員さんはどのようにして子育てをなさってきたのでしょうか?私が精神論を唱えているとおっしゃるならば、私から見ればただの公務員さんは無神論を唱えているように感じます。
 現に人権主義で学級経営をやっていた若いころより、今の方が学級は安定しています。子供たちが自分の好き勝手を言い、担任を自分と同列に見るようでは授業自体が成り立ちません。これに気づいたのは自分が子育てを始めてからでした。人権が学校の基本と信じていましたから。昔の教育には何かしら学ぶべきことがあると感じたのもその頃です。体罰に関しては議論は平行線でしょう。これは人権そのものに対する考え方のぶつかり合いになると思います。私は過度な人権思想や平等主義は逆に不公平感を生むと思います。私は決して自分の感情で子供たちに当たっていませんし、押し付けていることもありません。
 多分「給食の好き嫌いを認めない」という部分も体罰と捉え、不快に思われたかもしれませんが、これは「食べたら歯を磨く」「授業の始まりは挨拶をする」などと同じような基本的な生活習慣に関する部分です。これまで価値観の押し付けと言われたら、どうしたらよいでしょう。現にその子が嫌いなものも食べるように努力するようになって、その子自信も明るくなりました。友達も増えました。自分の子供も同じように教育しました。
 誤解されているかもしれませんが、私は統制的な学級経営は行っていません。友達を呼ぶ時「さん」づけしか担任が認めない学級が多い中で私は「愛情を込めた呼び方を」ということでニックネームも使わせています。巷で流行のジェンダーフリーだって必要な部分だけしています。

 何を持って「教員が怠け者でけち」とおっしゃってるのかも私には分かりません。そういう人もいます。ここまでくると単なる職業差別にしか聞こえません。怠け者になりやすい環境にあるとは思います。そしてそれを結果的に助長しているのが日教組だと言っているのです。怠けた人たちの分の仕事を黙々とこなしている人だっています。その人たちまで怠け者呼ばわりされては、あまりにかわいそうです。「けち」は単なる感情論でしょう。ボランティア的事例も出しましたが、ではあなたが教員だったとして目の前にそんな子がいたらどのように対処しますか?私はわが子の顔がまぶたに浮かび、無意識のうちに食べさせます。放って置けますか?鼻に着く聖職者意識でしょうか?あなたは「教員のボランティア=偽善」と決め付けようとしていませんか?私はボランティア的な面があるから聖職だと言っているのではなく、そういう面もあるから予備校方式はなじまないのではと意見を述べているだけです。

予備校方式も良いでしょうが、授業のみを教員が担当するとなれば、学校で子供たちが生活する時間が大幅に減りますよね。学校に子供を残すとどうしても生徒指導的な面が出てきます。また、係や委員会、掃除や給食の準備なども集団生活のマナーなどを教えないといけないので、教員はノータッチ。教員の価値観が出ますから・・・。授業が終わったら子供たちは下校か親のお迎え。これだけ共働き家庭が増えている現状でそれが可能ですか?それどころかますます少年団や学童保育など学校の施設を遅くまで利用する場面は増えています。残っている子供たちを見ているのはだれか?教員もその中に入っています。また、予備校方式が成り立つのは集団生活の最低限のマナーが身についているとうい前提があってのことですよね。小学校から予備校方式が可能ですか?子供たちは特に低学年のうちは担任に「親」を求めます。その子達が寄ってきた時、仕事じゃないからと言って無視できますか?子育て経験の無い若い教員ばかりの集団がサポートできますか?子供は物じゃあありません。理屈を言ったって相手は感情の生き物です。美しい面醜い面両方持ち合わせる「人間」です。ですから計算ずくの方法だけではうまく回らないのではないでしょうか?

 どうも一方的な「教員」そのものに対する批判に終始し、具体的な提案が見えてきません。この掲示板が教員を攻撃するためだけのものなら、それも必要ないんでしょうけど・・・。嫌いだからこき下ろし、その中でなんとか自分を見つめようと勇気を持って門を開き、議論に参加する教員さえも頭ごなしに批判するようではそれこそカルトではないですか?教員はダメ人間だから、何かと理屈をつけて叩こうとしているように感じます。私たち教員だって無能で力はありませんが、あなたも同じではないですか?変えようったって変えられないから現体制で何とか頑張っているのではないですか?教員に子供たちの人権を踏みにじる権利は無い・・・なら、あなたにも人の人生観や職業観を踏みにじる権利は無いのではないですか?今の論調では極めて
すいません。最後は感情的になってしまいましたが、批判が私の人格にまで及んでいたような気がしたものですからついつい・・・。くれぐれも職業差別にだけは陥らないでください。
 

[74] さくらさんへ 投稿者:ただの公務員 投稿日:2003/05/25(Sun) 15:38
「残念ながら」などと書くと、かえって失礼かもしれません。私が批判しているのはさくらさんの様な方であって、日教組の様な方ではありません。そして、例えばさくらさんに「変わりましょう」と言っているのではなく、さくらさんのまわりの社会に、さくらさんへの接し方や遇し方を考え直しましょうと言っているつもりです。

と言っても、お書きになっているような日教組を擁護するつもりもありません。さくらさんもおっしゃているように「現実を見つめないこと」は問題と私も思います。しかし理想主義的な主張そのものに私は問題を感じません。学校の教員自身はさておき、年若い少年少女が分別くさい現実論だけを語る社会には将来がない様にすら感じます。とにかく現状を容認、体制批判の類は一切しない…全員が全員、常にそうであるなら民主主義社会は停滞してしまいます。政権や体制に批判的な国民を育てることは、決して無意味ではないと私は考えます。

しかし、ただ批判をすればいいといったものではありません。学校の教員が子供に教えるべきはそんなことではないことについては、さくらさんと私は同意見だと思います。

私は教えるべきことは「考える」ことだと思います。例えば「大学は希望者全員が入学できるように大幅に増やす。高校は義務教育にして全額無料。大学は今の公立高校並の授業料にする。この大学は放送大学(当時できたばかりでした)の様な誤魔化しチープ大学ではなく、研究と教育が一体になった大学だ!」といった主張それ自体は別にいいのです。

ある意味もっともで、例えば文部官僚の主張と言うより「思い」はこれに近いのかもしれないと思います。ただ、こうはならないのはなぜか、を考えることが大切なのです。

どの程度考えるか、考えられるかは年齢によっても異なると思います。しかし中学生以上なら、これは財源の問題であることを考え始めなければなりません。増税すなわち個人生活を犠牲にすれば、あるいは例えば他の社会保障を犠牲にすれば、可能かもしれません。では何をどの程度犠牲にすべきか、これを考察することがよき市民の条件とも言えます。

もちろん子供は「財源」なんて概念は知らないし思いもつかないかもしれません。それを気づかせ、教えるために、教員は雇われているのです。

私が大学時代の教員志望連中の特徴として書いたのは、その主張を書いたのではなく、その考えの浅さを書いたのです。現状批判それはそれで結構なのです。日の丸君が代を見て反吐が出る感覚は私も同じです。偏差値教育が問題と言う意識が社会全般にあるからこそ毎年のように受験制度に変更が加えられてきたのです。

しかし、優秀と言われているいい大人を常に悩まし続けているのにはそれなりの理由があるのです。もし教員希望の彼らが大学大幅増設の後に大幅増税も主張したなら、賛成反対はさておき彼らの主張に耳を傾ける価値を私は感じました。同様に帝国憲法下で権力が過度に集中していた実例を示してもらえれば、やはり傾聴しました。ところが彼らはあまりに無知。あまりに考察が無い。結論を出せとは言いません。結論が現在出ていないような問題ですから。しかしそれだけに悩みが全くない彼らの決め付け論にあきれ返ったと言うことを前回は書いたのです。


さて日教組の話はさておき、さくらさんの文書を読んでいて、就職したときに隣にいた先生を思い出しました。彼女の口癖は「私は行政の人じゃあない!!」。だから私はあの仕事もこの仕事もしたくないし、できないのは当然だ、と言いたい訳です。彼女ほど極端でなくても教員様は「行政って奴らは」と言うのが好きなフレーズですよね。

当時、大学を出て就職したばかりの私は困惑しました。行政って?行政控除説(立法と司法の作用を除いた国家作用のすべてが行政)や積極説(法に従いながら国家の目的の積極的実現をめざして行われる統一的かつ継続的な国家活動が行政…でしたっけ?)を思い出しながら「事務屋(事務職員)」だと立法なのか司法なのか民間職員なのかわからないけど、学校の先生(学校も私学がありますけどね)は、より典型的な行政職員だよな〜などと考えました。

それで「先生は行政職員だと思いますけど」(教員様は「先生」と言わないと本気で怒ります)などと言ってしまったから、もう大変!!プリプリプリプリプリ怒り続けて、さすがプロのイジメ師とばかりにくだらない言いがかりをつけ始めてくれて…。

今から考えると彼女は「教育委員会に来たからには(=来ている間は)行政の人ですよ(=だから行政の人として自覚しなさい)」と注意されたと感じたのでしょう。人の上下関係といったことに極めて敏感。それが全てと言っても過言ではない教員様にしてみれば、新人の事務職員ごときに教員様である私が批判されるとは許し難き屈辱!!しかも、この私が悪の権化、行政の一員だと!!耐えられない侮辱!!さらに、そのセリフに理があるだけに、ますます許せない。生意気だ。教育的配慮から酷い目にあわせてやる…………と、まあ、極めて教員的反応をお示しになられたわけです。

教育委員会に何年か勤めて思ったことは、所詮、教員様はお客様に過ぎないと言うことです。上記の先生方の主張は、つまり「自分は客(ゲスト)であって当事者(メンバー)ではない」と言っているのです。

この御考えを御改めいただくことは不可能です。教員様ですから。
ですので「お客様」として気持ちよく御過ごしいただくことに、私はじめ「行政」は対応させていただきました。(無責任ででたらめの教員様らしい)批判に謙虚に耳を傾け、お客様お帰りの後に必死でサービス残業で仕事を片付ける。就職1年目の私ごときが教育委員会に来られて5年目6年目の役立たずお客様(お客様なのですから役立たずなのは当然ですよね)のご面倒が見られて大変幸運でした。


サクラさんのお考えは、こういった教員様の御仕事が大変な聖職。ボランティア的側面が強く、全人格的教育をなすにはチームワークで仕事をする必要があり、1年で変わるなんてとんでもない。学校経営とはそれほど容易なものではない。行政の無責任さが教員様に献身的奉仕を強いており、それは永年勤めている良心的教職員によってやっと成り立っているのが現状です。

なんでしたら、さらに付け加えましょうか?教員という高度に専門的な職業は日々の研究研修の繰り返し。10年勤めてやっと一人前。教員は子供に全人格的な教育を専門的な見地からしているのであって素人が口をはさむのなんて許せない。………と、まあ、こんな感じでしょうか?

まず「行政が悪い」は私の耳には「政府が悪い、自民党が悪い、文部省が悪い」に似ているような気がします。給食費云々といった具体的システム的な問題なら、具体的な提案を、有権者・システムの一員として、考えていきたいですよね。とにかく悪者を作っておきたい、とにかく行政が悪いとおっしゃるのでしたら、まあ、そういう考えもありますか。

次に教職が全人格的教育をするような職業、ボランティア的職業と言えるか。まさにそれがこのホームページの主題のように思います。さくらさんは、そう思い、そのように実践なさっているのですね?

世間的には、さくらさんのようなお考えが多数であると私も承知しています。そして私はその様な考えに反対です。なぜなら(教員様の)能力的に不可能だからです。どのように不可能なのか。それはこのホームページの過去ログやリンク先が典型例です。そしてできもしないことを要求し、無理やりやろうとするとどうなるのか?それも多くの不祥事事例から明らかです。

何を変えるべきか?理念の方を現状に合わせる以外、選択枝は実は無いと思います。つまり教員に不可能を要求することを止める事です。人格的教育など皆さんには不可能です。教科を教えることも満足にできていないじゃありませんか。さくらさんは、ボランティア的動き、自腹を切る、とおっしゃっいました。それは最近、いつ、どのくらいの頻度で、どの様にありましたか?教員様は怠け者でケチだって話がこのホームページには多数あります。違うと言う実例を期待しています。

さて、全人格的教育を人格未成熟な人達がやろうとした結果……体罰の話になります。制度で生徒は抵抗できないように縛って一方的に殴れるようにしておかないと上下関係を示すことができないのですね?その大人には権威は無いのですか?

ここで言う「権威」は相手を服従させる力です。この「力」は「暴力」とイコールではありません。例えば上で書いた「私は行政の人じゃあない」先生は新人職員の私を従わせる力に残念ながら少々欠けていました。まず従わせる要素として先輩・年長者で、組織上上位であり、(始末に終えない)やかましい性格がありました。ただ力の欠ける要素として、無責任で、当事者意識が無く、さらに決定的なのは(本人に自覚が欠如していますが)知識の無さです。彼女の指示に従っていては仕事が進まないのです。おかげで新人の私は組織上無関係な人の指示を探し回りました。

別に私は「教員に権威を持て」とは言いません。不可能ですから。

当たり前のことですが、現代社会は暴力を否定した社会です。警察、自衛隊、といった一部の例外的機関のみが暴力を集中的に持っています。その中に学校は入っていません。入っていないにもかかわらず暴力を使う。しかも「体罰」という、通常、無抵抗な弱い相手に対して一方的に振るわれる、しかも言いがかりと言える屁理屈大義名分のもと振るわれる、最も卑劣な暴行行為を。そして、これが社会的にも一部是認されてしまっています。なぜでしょう。

それは不可能を学校に要求した結果です。できもしない「全人格的教育」をやらせようとした結果です。そして体罰を肯定している連中は、やられた経験の無い連中なのです。

私は悲劇をなくしたいと思います。「全人格的教育」なんてのは、誰かがどこかで専門的にやるものではありません。さくらさんは「家庭が、行政が」とおっしゃった。そして、やってないから学校でやるのだと。私も家庭や学校を含めた社会がやると言うのはもっともだと思います。しかし学校が暴力を使ってまで担当するのは悲劇しかあり得ない。

しかし現に学校にそうした役割を求められているのだ、そういう反論をなさるでしょう。しかし、できないのだから、できないとはっきりさせた方がいい。学校は勉強だけ教えるので精一杯だと(実際は勉強すら教えられていない。だから子供が塾にいかなければいけないのです)。

はっきりさせるために短期雇用に変えていくべきです。短期雇用で教科を教える能力は十二分だと私は思います。「長年教職を勤めてきた」それで教科を教えることは上手くなりましたか?できる様になりましたか?かえってマンネリ化していませんか?社会的には数年で変わっていただいたほうが利益になると思いますが、如何ですか?

次に解雇するかどうかの判断能力、といった話ですが、原則は全員解雇です。と言うのは現実的に難しいのでしたら、常に一定の比率で解雇です。前に意識しているモデルケースとして予備校の講師のシステムと書きました。それでしたら毎年、契約更改です。自由契約選手にならないように、精一杯がんばってもらいます。人気投票でも、独断と偏見による管理者評価でもかまいません。人事考課なんてのは、どの組織であっても100%正確なんてことはありません。その中で教員は比較的評価のし易い職種だと思います。なるほど、今までやってなかった事ですから当初は混乱するでしょう。しかし混乱は数年です。トータルで見れば、大きく社会に貢献する改革になると思います。

そして、このことを通じて、学校がやらなければいけない仕事、やったほうが好ましい仕事、してはいけない仕事、が明確になります。あるいは、学校ができる事、できない事、が明確になります。

日教組の話からも、さくらさんの話からも、方向性は違っても「精神主義的なニュアンス」を感じます。そして学校や教員様にはこれが充満しているように思います。しかし私はこれが嫌いです。また(学校と対学校を除く)社会も精神主義的な方向には大局的には無いと考えます。学校も、ごく普通の社会になっていくべきと思いませんか?

それから、学校が荒れる原因ということですが単純に社会の一般的な反映と私は思います。むしろ学校だけが無関係に整然としていたら不自然に思います。それを学校だけは無理やり秩序つけようとすれば……私は、その方が遥かに問題が多いと考えます。